世界医薬産業の犯罪 化学・医学・動物実験コンビナート ハンス・リューシュ 太田龍訳
音声読み上げ世界企業が引き起こす
<巨大な医療詐欺>の実態
世界的・医療産業が引き起こした薬害、医療ミス、過剰治療の現実、動物実験が人間医療に役立たず莫大な利益獲得手段と化している現実を具体的に示し、欧米に一大センセーションを巻き起こした問題の書。
金さえ儲かれば他人の健康なんか知ったこっちゃないという
悪魔のような集団が 医学界 製薬業界を牛耳っている
驚愕の事実が、、、、 。
内容(「BOOK」データベースより)
世界的医薬・医療産業が引き起こした、薬害、医療ミス、過剰治療の現実、動物実験が人間医療に役立たず、莫大な利益獲得手段と化している現実を具体的に示し、欧米に一大センセーションを巻き起こした問題の書。
国際金融詐欺集団
ロスチャイルド ロックフェラー傘下の医者 製薬会社の犯罪 を暴く書。
この本は1982年出版である。本書を読まれれば「その頃から強い態度でこのサイトと同じことを言っている人がいたのか!」と思うだろう。
医猟はロックフェラーのペテンから始まった悪魔のインチキ犯罪集団だということ、ガン医療など、ウルトラペテンワールドであることを説明している人はいたのである。その本質は731部隊のマルタを使った実験棟と同じである。
この凶悪保険金殺人が問題にならないのはワナにかかった獲物から吸い上げた莫大な資金が国家や情報産業をも牛耳って権力の上に立っているからである。美味いエサをくれるご主人に服従するのが経済至上主義社会の原理である。そのための奴隷狂育、殺人狂育を施しているのが医学狂育の本質である。
このページではハンス・リューシュの世界医薬産業の犯罪を半分程度を抜粋し、悪魔の医猟利権の歴史やカラクリを紹介したい。
翻訳された太田龍氏ははやくから、医猟犯罪の凶悪なペテンの実態を見抜き、家畜奴隷社会のカラクリ、家畜制度廃止などを訴えられてきた。
度重なる警告を発せられてきたが、いまだにチンケなワナに騙される人が後を絶たない。国家権力と情報産業が乗っ取られているからだ。
当サイトと合わせて読んで頂ければ、悪魔に乗っ取られたこの世界の理解が深まるはずである。
●本書のレビュー
5つ星のうち 5.0 知らないことを知る, 2003/10/21By animasapiens - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 世界医薬産業の犯罪―化学・医学・動物実験コンビナート (単行本)
実験室の、あの温かい毛並みと冷酷な実験器具の残酷な対比。もしもあなたが足のつかぬ貯水槽に放り投げられ、「ストレス度を知るために」何時間で死ぬか、そんな実験の「マウス」にされていたら?動物実験者はどんなことでもする。医療の進歩のために少数の犠牲は問わないとでも奇麗事を言って、倫理的問いの欠如の中、どれだけ膨大な数の動物をむやみに殺しているか。製薬会社や化粧品会社の閉ざされたドアの奥で拷問はこの瞬間も刻々と日常的に、機械的に、非人間的に続いている。第一に、犠牲は少数ではなく膨大だ。第二に、実験の多くは金儲けのために行われている。
動物を虐待する人はかなりの高い確率で殺人者に転向する事実もFBIで統計が出ている。最近の戦争をTVで見て、何もこの狂気沙汰は実験室だけに留まらないことを感じた人も多いと思う。先人達が指摘してきたとおり「人間の文明の進化は、それに生きる人々がどのように動物を扱っているかで判断される」。
人間社会全体がどれだけ自己中心的に振る舞っているかを知らないことには問題がある。その「知らない」ということに利潤的効果を見出し、それを世間に「知らせない」ように操ることで世界を搾取しているある大きな陰謀について、本書の著者ハンス・リューシュは触れている。皆さんも、「知らない」ことによる非現実的安心感からほんの少しでも脱してみると、世の中の理不尽さはそんなに説明のつかないことでもない事が分かり、真相を見る勇気が湧いてくるかもしれない。一人一人のパワーは実は大きいのだから。それは権力ではなく、権力に翻弄されない本来の生命力のこと。そしてそのような生命力をおしえてくれているのは他でもなく、私たちの仲間である動物や自然であることも思い出してほしい。この本がそれに気づくいいきっかけになってくれればと思い、この本を推薦したい。
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この本では医者が患者をだますときのロバート・メンデルソンのことをロバート・メンデルスゾンと言っているため一般名に変換した。
PART1 詐欺師の教義
「法」を作るのは誰か
今日の薬品市場の状況は言語道断、悲劇的でさえある。政府は製薬業界が無用の薬を市場にあふれさせるがままに任せている。彼らに言わせれば動物実験によって、それらの薬の有効性・安全性は十分にテスト済みだという。しかし、これは詐欺である。しかも政府公認の詐欺である。というのは、薬のメーカーも、それを認可する政府も、動物実験などは元来まったく無意味なものであるということを百も承知しているからである。それでありながら、新薬の発売に先だって、一応動物実験さえ経ておけばその薬の副作用が隠蔽不可能という段階に至っても、「必要なテストはすべてクリアした。法律には反していない」と言いわけができるというのが本音なのである。
しかし、この「法律」なるものを作らせたのが、実は自分たち自身なのだということは、メーカーも政府も、おくびにも出さない。実際に立法に携わる人々は医学の専門知識などもち合わせておらず、立法の際、最終的には「医学専門家」と呼ばれる人々の意見に従わざるを得ない。
ところがこの専門家というのが誰あろう、薬メーカーの代理人なのである。しかもこれらの代理人は政府の保健機関と密接なつながりがあり、両者が同一人物である場合さえある。一般には、「立法者」とは全能者のごとく考えられており、彼らを陰で思いのままに操っている「専門家」の存在は、あまり知られていない。
レダリー研究所医学研究部長、ジェームズ・D・ギャラハー博士がこの現状を憂いて次のように述べたことがある。
――基本的問題点のひとつが、動物実験に対する非科学的先入観である。動物実験は科学的根拠に基づいて行なわれているものではなく、法律的意図に沿って行なわれているのであり、薬の人間に及ぼす影響を予測するという観点からは無意味なものである。すなわち、我々の研究そのものが無意味なものかもしれないということである(一九六四年三月十四日、アメリカ医師会誌)。
実際、医薬探求の試金石として動物実験を義務づけてきたこの「医学専門家」と呼ばれる集団は、利潤追求に溺れ、人類に多大な害毒を及ぼしてきた、史上最大最悪のペテン師集団なのである。
今日、この主張に同意する医療関係者が増加しており、本書の目的も、この主張を論証することにある。
迷信
自分でペットや家畜を飼ったことのある人にとって、経験から知ったにせよ獣医から教えられたにせよ、「人間用の薬をそのまま動物に与えれば死ぬことがある」ということは常識にさえなっている。これは何を意味するのだろう。動物の体は人間の体とは異なった反応をする、それゆえに人間に効く薬であっても、動物には害を与える場合がある、ということを意味しているのは明らかだろう。
しかし、この常識を十分にわきまえているはずの人でさえ、ひとたびマスコミの手練にかかればすっかりだまされてしまう。金権支配下にあるマスコミの大宣伝にのせられて、「新しい薬が何らかの形でテストされなければならないのなら、私自身がモルモットにされるよりは動物を使った方がいい」などと言い出す始末なのである。
しかし、この一見、人道的とも見える言い分の根底にはふたつの大きな誤りがある。第一に、新しい薬が必要であるという思い込み、第二に、動物実験で満足な情報が得られるという思い込みである。
このふたつの誤った思い込みは、組織的洗脳過程を通し、人々の頭にしっかり植えつけられた一種の宗教的教義教義というものは、議論の対象とはならないなのである。この教義は、まず家庭で論理的思考が芽生える以前の幼い頭に叩き込まれ、やがて学校で、その後はマスコミによって植えつけられるのである。目の前にはさまざまな反証が上がっているにもかかわらず、多くの人はすでに植えつけられた信仰――迷信――に固執する。それは中世の人々が、聖水の治癒力を信じたり、魔女狩りを正当化したりしたのと同様の頑固さである。しかし、現代の我々の過ちは中世の人々の過ちよりはるかに明々白々であろう。
***
「動物で得られたデータはすべて人間にも完全に適用しうる。毒物あるいは悪条件を用いた動物実験は人間のための毒物学および衛生学に完全に適用しうる。また毒物に関する研究は治癒上の見地からみてすべて人間に応用しうる」。
これはクロード・ベルナールの言葉である。ベルナールは動物実験を基礎とする今日の医薬研究の先駆者であるが、一八六五年に上梓されたその著書『実験医学序説』の中で上記のごとき馬鹿げた論を展開している。『実験医学序説』は、今日、その誤りを立証する証拠が急増しているにもかかわらず、いまだに現代の「公的」医学の原点とされ、医学研究者と呼ばれる人々のバイブルとさえなっているのである。
現在、アメリカでは「科学」という言葉は「研究」の意味をもつらしい。しかし「科学」の本来の意味は「知識」である。その原義において今日の「医学」は「科学」ではないと言えるだろう。
今日の医学は偽りの教義にすぎない。それは、化学工業界とがっちり手を組んだ医学権力が、大衆に無理強いしてくる教義である。アメリカに限らず、すべての先進工業国において状況は同じなのであるが、その無理強いの手段がどのようなものであるか、またその手段が合法的か否かなどは問題にもされない。その上、この権力グループの目標とするものは、国民の健康などではない。健康は国民から多額の金を絞り取る口実として使われるにすぎず、真の目標は自分たちの富と力の増大なのである。この点については後の章で詳しく述べることになるだろう。
真の科学は、自由な情報提供と、異なった意見の交換が前提である。ところが今日の医学界にはこの大前提が存在しない。もっとも、これまでも公的教義に対立する見解を口にする正直で勇敢な医師がいなかったわけではない。
たとえば、医学界が癌をネタに金もうけを企んでいるという事実を暴露したり、ある種の予防注射の集団接種は医薬業界の営利主義の産物だと公言したりする医師もいた。が、これらの勇敢な医師たちは、皆、すぐさま口を封じられたり、医学会への参加を拒否されたり(これでなぜ、学会発表の数カ月も前に発表原稿を提出しておかねばならないかがお分かりになるだろう)、二度と有力発言ができないような低い地位に左遷されたり、果ては医学界から完全.追放の憂き目に合わされたりしてきたのである。この、医学界にのさばるさまざまな形式の検閲についても後の章で再び検討することにしよう。
医学権力が誇大宣伝と併行させ、このような組織的検閲を行なっているため、前述のギャラハー博士や次に引用するモーデル博士などが、たまに歯に衣きせぬ爆弾発言をしたとしても、その声はすぐに闇に葬られ、二度と日の目を見るチャンスが与えられないのである。
二〇万五〇〇〇種もある薬
『タイム』誌が「アメリカの薬学第一人者の一人」と評したコーネル大学医学部のウォルター・モーデル博士がすでに二〇年以上も前に、『臨床薬理学と治療学』に次のように書いている。いったい、いつになれば我々は、薬が多すぎるということに気づくのだろうか。現在使われている製剤は一五万を下らない。その上、毎年約一万五〇〇〇の新薬が市場に現われ、一万二〇〇〇が消え去る――正直なところ、これだけの数の薬に見合うだけの病気などないのだ。目下、もっとも有用な新薬といえば、他の薬の弊害を軽減する薬ということになろう(『タイム』一九六一年五月二十六日)。
この記事から二〇余年経った現在、全世界の市場に出回っている薬はさらに増え、何と二〇万五〇〇〇種類に上っており、それに伴って新たな疾病の種類も増加している。
つまり今日の人類の課題は、新しい薬の「開発」ではなく、思い切った「削減」なのである。薬が減れば自動的に病気も減るだろう。我々は、自分の肝臓や腎臓、肺、心臓などを健康に保っておく方法を知っている。我々が知らないのは組織的洗脳のせいで! 魔法の薬が効かないばかりか、かえって体の機能を悪化させるという事実なのである。
アメリカ食品医薬品局(FDA)によれば、一九七八年にアメリカ国内で、病気を治す目的で飲んだ薬の作用で一五〇万人が入院する羽目に陥ったという。また、全入院患者の約三〇パーセントは病院で受けた治療によって、もっとひどい病気になったという。毎年一四万人ほどの人が、薬が原因で死亡しているという統計もある。
今日、北アメリカで最大規模のビジネスは食料品の製造流通業であるが、それに次ぐ第二位が医療ビジネスである。これは先進工業国であればどこでも似たりよったりの状況だろう。薬の多用や高価な治療法を奨励する健康保険制度によって、国民を手厚く「保護」し、お人好しの貧困階級からさえも税金を通し巨額の医療費を絞り取って、ビッグビジネスはその懐をたっぷりと潤しているのである。
医者はストライキをせよ
一九七三年にイスラエルで、二九日間におよぶ医者のストライキが行なわれたことがある。この間、イスラエル国民の死亡率が空前絶後の低さであったという事実は、決して偶然とは言えないだろう。エルサレム埋葬組合が発表した統計によれば、このストライキ中に行なわれた葬儀の数は普段の半分近くにまで減ったという。一九七六年十一月のコロンビアでも同じことがおこった。首都ボゴタで五二日間もの医者のストライキが行なわれたのであるが、カトリック教会関係者の話では、この八週間のボゴタでの死亡率は三五パーセント減少したという。コロンビア葬儀組合もこの事実を認めている。
同じような現象が、数年前にはカリフォルニア州で、また七八年にはイギリスでおきている。
医者が本気で人々の長生きを考えるのなら、ずっとストライキを続けて、釣りにでも出かけてしまった方がいいだろうと、自身医師で『医学の異端者の告白』の著者であるロバート・メンデルソン博士が語っている。
とは言うものの、今日ほど高い医療水準の恩恵に浴している時代はないーという大多数の人々の信仰に揺さぶりをかけるのは容易ではない。彼らはすでに徹底した洗脳を受けているため、どんなに、本当はそうではないのだ、と説かれても、聞く耳を持たないのである。
人間と動物
たったニグラムのスコポラミンで、ヒト一人を殺すことができるが、イヌやネコはその一〇〇倍量にでも耐える。学名アマニータ・ファロイデスというキノコは、たったひとつで人間の 家族を全滅させるが、最もポピュラーな実験動物であるウサギにとっては健康食品である。また中毒患者が二週間もかかって吸う量のアヘンを、ハリネズミは一口で食べても平気だし、その上、その毒を、一連隊の兵士を毒殺できるほどの量の青酸で洗い流すことができる。ヒ素は、かつて人間が毒殺用に好んで用いた薬品であるが、ヒツジはかなりの量であっても平気で飲み下してしまう。モルヒネは人間にとっては麻酔剤であるが、ネコやハツカネズミにとっては興奮剤である。一方で我々の大好物のアーモンドがキツネには毒、パセリはオウムには毒、そしてあの貴重なペニシリンは、ウサギ同様ポピュラーな実験動物であるモルモットを死に至らしめるのである。例はまだまだいくつでも挙げられる。しかし、ここに挙げただけでも新薬の実験台として、動物ほどあてにならないものはないという事実を説明するには十分だろう(そもそも、その新薬が不必要なものだというところがより基本的な問題なのだが)。
もちろん、保健機関や研究者たちもこの事実は十分承知しているのである。それでも彼らは、マスコミや一般大衆に向かって、お決まりの脅し文句をつきつける――皆さんの子供さんを使って新薬をテストしてもかまわないのですか?
しかし実はすべての新薬(すべての合成物質は有害である)は今も、あなた自身そしてあなたの子供さんを使ってテストされ続けているのである。なぜならば、くどいようだが繰り返させていただく動物実験では、言いわけ以外、何の解答も得られていないからである。いや、もっと悪いことには、人体への影響という点に関しては間違った答へと、ミスリードする。この法則に例外はない。
実際のところ、薬害は今日増加の一途をたどっているが、動物実験による安全テストが強制される以前には存在しなかった。薬害問題は動物実験普及の産物というべきだろう。
薬の押し売り
今日の医者のほとんどは、こけおどしの神秘的なネーミングでぞくぞく市場に参入してくる新しい合成薬品なくしては、医者としての仕事をやっていけないのではないだろうか。ところが、彼らが医学校で学んだ薬理学の知識といえばほんの限られたものにすぎない。というのも、古い薬にとって代わる新薬が次々と市場に現われ、その交替があまりにも頻繁であるため、医学校の教師自身が新しい薬の知識に追いつけないからである。医者がプロとしての技術を学習し始めるのは、医学校を終えて患者との実際の接触が始まった時点である。それと同時に、生涯ずっと続くことになる薬理学の勉強も始まる。この時、医者への薬理学教育を施すのが、薬品会社のセールスマン、そして洪水のごとく送り届けられるパンフレットなのである。セールスマンは金ペンやカモ猟への招待といったプレゼントを携えて医者を定期的に訪問し、新薬のサンプルを山のように置いてゆく。そしてその代償として、新薬を患者に試してみた結果のリポートを要求するのである。これをみても、実験室内でのテストが何の意味ももっていないという点は明白であろう。
若い医者は、医学校の教師から医学教育を施されるのではない。教師たちの知識ときては、何年も昔の古いものなのである。彼らを教育するのは製薬会社の強引なセールスマン連中である。ところが製薬会社の目指すところは人々の健康ではない世の中が健康な人ばかりになれば薬品工業は潰れてしまうではないかー目標は会社の利益の増大につきる。
薬に添付されてくる説明書を読んだ医者は、それが人間の病気に関する専門家によって書かれたものだと思うだろう。ところが実際には、病人などまったく診たこともない動物学的知識しかもたない人間によって、書かれているのである。この事実を知っている医者はほとんどいないだろう。
いずれにせよ、その事実を知ると知らざるとにかかわらず、多くの医者は頼りにできる新薬を常に手許に置いておくことだけで満足してしまうらしい。
『サイエンス・ダイジェスト』誌の一九八〇年一月号で、小児癌専門医力ール・E・ポシェドリー博士がこの点に関し、率直すぎるとも思える告白をしている。
手の施しようのない癌に冒されている子供とつきあう時、化学療法剤の数が多くあるということは、医者にとっては非常に助かるのである。試すことのできる新薬が常に手許にあるということで医者は落ち着きを取り戻す。
すなわち、使える薬の種類が多いということは、何もできないというフラストレーションを減少させるのである。
「癌に冒されている子供とつきあう」という部分に注目していただきたい。癌そのものとはつきあうことができない状態、それをポシェドリー博士はごく正直に「手の施しようのない」と述べているがすなわち不治なのである。しかし有難いことに、まだ無効性も有害性も証明されていない新薬がどんどん開発されるので、医師は、癌の子供やその親に少なくとも「何か新しい手をうっている」という印象を与えることができるのである。
営利主義の製薬会社は、大衆をも医師をも組織的にミスリードし、医師を自分たちの組織の「手先」に使っている。
この事実に、医療過誤裁判というショックを与えられるまで気づかない医者もいるようだ。多少古い話になるが、一九七五年六月九日号の『タイム』によれば、かつては稀だった患者からの医療過誤の訴えが、最近急増したため、高リスクの専門医の保険の掛け金が急騰しており、たとえばカリフォルニア州では一年のうちに五三七七ドルから二万二七〇四ドルにもなっているという。
動物実験では安全だとされた薬を、人間に使用した結果の薬害が急増しているという現実を知れば、保険金が跳ね上がるのも当然だと言えよう。本書では、薬害の実例を網羅することはできない。
ここで、氷山の一角にすぎないが、いくつかの例を挙げてみよう。
合法的大量殺人
一九七一年イギリスで、安全な鎮痛剤だとされているパラセタモール服用が原因で、一五〇〇人が入院した。さらにその一五〇〇人のうちかなりの人数が入院中の処置によって症状がさらに悪化した。同じ頃アメリカでは、オラビレックスによる腎臓障害で死者が出、MEL29は白内障を引きおこし、メタクロワンによる激しい精神障害が誘因で少なくとも三六六人の死者を出した。ただしこれは主として殺人や自殺による死者である。
ドイツのサリドマイドは、少なくとも一万人の奇形児を誕生させた。これはその後急速に数を増すことになる「催奇形性」薬品の最初のものだった。皮肉にも、その種のハプニングを防ぐための安全弁として動物実験が義務づけられて以後、催奇形性薬による奇形児の数が劇的に増加しているのである。
六〇年代、全世界で、三五〇〇人の喘息患者が原因不明の伝染病で死亡したが、その原因が、イギリスで製造された気管支筋弛緩薬イソプロテレノールのエアゾールスプレイだったことを、一九七二年になって、ジョンズ・ホプキンズ病院のポール・D・ストーリー博士が明らかにした。
スチルベストロールは若い女性に癌をおこした。
一九七五年秋、イタリア保健省は、抗アレルギー剤であるトリレルガンをウィルス性肝炎の元凶であるとして没収した。その何年も前に、研究者たちは肝炎撲滅を宣言していたのであるが、かえってその後じわじわと増え続けていたのは皮肉だった。
七六年のはじめ、スイス・サンド社のサルヴォキシル・ワンダー研究所は、自社のリューマチ薬フラマニールを回収した。意識障害を引きおこすことが明らかになったためである。
その数カ月後、イギリスのICIが、強心剤エラルディンの犠牲者(ないしはその遺族)に補償金の支払いを開始したと発表した。エラルディンは、七年間におよぶ「徹底的実験室内テスト」
(つまりは動物実験)を経て、市場に出されたものだ、というのがICIの言いわけだった。動物実験は、この毒薬に安全の太鼓判を押していたにもかかわらず、目や消化器系にひどいダメージを受ける人間の被害者が続出し、多数の死者まで出たのである。
七七年夏、スイスの多国籍企業チバ・ガイギーは、それまで一八年間も糖尿病の薬として通用させてきたフェンフォルミンを、アメリカ市場から撤収せざるを得なくなった。副作用で、毎年一〇〇〇人もの犠牲者が出ているという事実を隠しおおせなくなったためである。ところがこの報道の後も、ドイツ保健省は、自国の製薬会社には救済の手を差しのべた。七八年七月一日まで一年間の猶予を与えて、この致死性のある糖尿病薬の在庫→掃に便宜を図ったのである。国民の健康よりも、企業の利益が優先された典型的な例と言えよう。
七八年十二月二十三.二十四日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』が「ドイツ、抗コレステロール剤を禁止」という見出しで、次のような記事を載せた。
心臓麻痺予防のため、中年男性が多く用いているコレステロール合成抑制剤に、死亡例も含む重大な副作用があるという研究結果が公表され、近く西ドイツで禁止される。アメリカでは、この抑制剤クロフィブラート(商品名アトロミドS)は、現在四五万人の男性、二九万人の女性に処方されていると推定される。
西ドイツでの禁止は一月十五日発効し、クロフィブラート含有の薬剤を販売している二四の企業に適用される。イギリスのICIでは、この禁止は医学的に不当だとして抗議の構えを見せており、西ドイツ政府に対する訴訟も検討しているという。
今回の禁止の原因となったリポートによれば、クロフィブラートの長期使用者は、対照群の非使用者に比べ、心臓麻痺で死亡する率が低いとは言えないという。一方でクロフィブラート使用者は、主に肝臓・胆のう・膀胱・腸の癌をはじめとする他の病気による死亡率がはるかに高いと言う結果が出ている。
(傍点著者)。
七九年九月十一日、アメリカ上院保健小委員会において、医師とベイリウム中毒経験者が意見を述べた。それによれば、ベイリウムには、ほんの少量でも中毒をおこす可能性があるという。成人人口の一五パーセント以上が精神安定剤として常用している薬だけに問題が大きい。中毒になってしまった患者がベイリウム使用をやめる際には、ひどい禁断症状に苦しめられたといい、医師が最初に処方した時、その潜在的習慣性について一言も触れなかった点に、強い不満の意を表明した。
プレルディンおよびマキシトンは本来、覚醒剤であるが、食欲抑制剤としても使われていた。しかし、心臓および神経系統に重大なダメージを与えることが分かったため、現在は市場から回収されている。
不眠症の薬であるバルビツレート(ネンブタールその他)は長期にわたって使用するとかえって不眠症がひどくなることが分かっている。
精神安定剤であるプロナップおよびプラキシンは、南アフリカで多数の乳児の死因となったため、七〇年には市場から回収された。
鎮痛剤であるフェナセチンは、少しずつ組成を変え、二〇〇種もの商品名で販売されていたが、つい最近、アメリカ市場から姿を消した。腎臓の機能を破壊し、腎臓腫瘍の原因となり、さらに赤血球を破壊することが分かったからである。
アミドピリンも鎮痛剤であり、一六〇種以上もの製品に含まれている。これは白血球減少などの致命的ダメージをおこすことが知られている。すでにかなりの国で回収されたが、まだ使われている地域もある。
吐き気や乗り物酔いの薬マルツィンも、深刻な害をとくに子供に与えるため、スイス・イタリアをはじめとする多くの国で七一年、回収された。
降圧剤レセルピンは、女性の乳癌の発生率を三倍に高める。また脳腫瘍、膵臓・子宮・卵巣・皮膚などの癌の発生率をも高め、さらに、悪夢および翻症状を引きおこすという事実はよく知られている。
白血病の薬メトトレキサートは、口腔内の潰瘍、腸壁穿孔を伴う消化器官の出血、重度の貧血などをおこし、癌性腫瘍を発生させることがある。
血液の癌と言われる白血病の治療薬として用いられていたウレタンは、現在ではかえって、肝臓・肺・骨髄などの癌をおこす可能性があるとされている。
また別の白血病の薬ミトーテンは腎臓リンパ腺の壊死をおこす。
抗癌剤として宣伝されているシクロフォスファミド(シクロホスファミドとも書く、商品名エンドキサン塩野義製薬)は、肝臓や肺に始まる全身的な壊死を引きおこし、患者は癌の進行によって死亡するよりずっと早い時期に薬の作用で死んでしまう。これは抗癌剤と称する薬のほとんどにあてはまる。
結核用抗生物質イソニアジドは肝臓壊死を引きおこす。
同じく結核用抗生物質カナマイシンは聴覚を侵し、腎不全をおこす。
チフスの治療に用いられる抗生物質クロラムフェニコール(クロロマイセチン)は、骨髄損傷、重度の貧血、さらには致命的な心臓血管虚脱などをおこす。
下痢止めであると同時に便秘薬でもある(!)ビスマス(蒼鉛)は、フランスを例にとると、七四年以来の中毒患者が一万人、そのうち少なくとも二八人は死亡し、脳障害の報告例も多い。
多くの下剤に含まれているフェノールフタレインは嘔吐、蛋白尿(腎障害を示唆)、精神錯乱、そして死につながる。
「期待はずれの奇跡の薬」という記事が、八一年一月十四日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に載り、一三年前にアメリカで医師たちが大量にクロフィブラートを処分し始めた理由をこう説明している。
クロフィブラートは、現代人にとり、好きなだけ食べて健康維持、という一挙両得の贅沢を味わわせてくれる夢の薬に見えたのだった。一日四回、小さなカプセルを飲みさえすれば、心臓麻痺など気にせずにバターをたっぷりのせたステーキを食べていても平気だ、と思わせてくれた――ところがこの奇跡の薬、生命を救うどころではなく、かえって死亡率を高めるという研究結果が最近発表された。WHOの一〇年にわたる調査によれば、クロフィブラート常用者はプラセボ(偽薬 本ものの薬の効力を客観的に評価するために使われる――訳者注)を与えられた人々よりも、癌、脳卒中、呼吸器疾患、そして皮肉にも心臓麻痺などで死亡する確率が二五パーセントも高いという。
しかし読者諸君、絶望するにはおよばない。クロフィブラートをはじめとするさまざまな奇跡の薬にいかに恐るべき副作用があろうとも、それを中和する新薬を求めて、何千人もの功名心に燃えた研究者たちが何百万匹もの動物を使って、日夜、研究に心血を注いでくれているのだから。
新しい病気
●オキシキノール(キノホルム)
強大な企業と政府とが結託して、国民の健康悪化をもくろむ組織的陰謀は、今や日に日に巨大化している。一方では、「新薬」(とは言っても、実は、使い古された薬を、組み合わせを変えラベルを新しくして、売り出しただけのもの)は、放っておいても自然に治ってしまう病気以外の病気は治せない、いやそれどころか、数年前までは存在すらしなかった新しい病気を作り出している、という事実が明らかにされだしてもいるのである。一九七八年八月、日本からのニュースである。東京地方裁判所は、製薬会社三社および国に、神経系統の新しい難病を引きおこすオキシキノール(クリオキノール)を含む薬品を販売したとして有罪判決を言い渡した。いわゆるスモン(亜急性脊髄視神経症)裁判である。判決は、タケダ薬品、日本チバ・ガイギー、田辺製薬の三者と厚生省に対し、三二億五〇〇〇万円(約一七〇〇万ドル、五〇〇万ポンド)の補償金を、一三三人の原告に支払うよう命じた。現在、二〇件以上の同様の薬事訴訟が進行中であるが、これはそのさきがけだった。
この裁判で、原告団は、製薬会社が「夏下痢」に奇跡的な効き目があるとして売り出していた薬がスモンの原因であるということを立証した。「夏下痢」とは何とも非科学的な呼び名であるが、熱帯地方を旅行する人々がしばしばかかる軽い消化器の異常のことである。アメリカではこれを「GI病」とか「モンテズマの復讐」、イギリスでは「スペイン腹」と呼んでいる。大抵は、何も手当をしなくても四八時間以内にはすっかり治ってしまう程度の病気である。もっとも、治るのは、この「奇跡の薬」オキシキノールを飲まなければ、の話である。
オキシキノールを開発したのはチバ・ガイギーで、メクザフォルム、エンテロビオフォルム、インテロストパン、ステロサンなどさまざまな商標がつけられて世界中に出回っていた。旅行者は消化不良の最初の徴候があった時ただちにこれらを服用するよう、あるいは予防的に用いるよう指示されていた。「予防的」というのは異常の徴候が出る「前」に飲めという意味である。飲めば、薬が異常を作り出してくれるとでもいうのだろうか。
日本で、少なくとも一〇〇〇人が死亡し、三万人が失明や下肢麻痺の犠牲となるまで、オランダ、デンマーク、ドイツ、フランス、イギリス、ベルギー、イタリア、スウェーデンなどでも同様の死亡、失明、麻痺の例が出ていたにもかかわらず、その原因がオキシキノールであるということは分からなかったのである。
当初、チバ・ガイギーは、日本人だけがこの薬に非常な被害を受けたのであって、それは製薬会社の誇大宣伝を過信した日本の国民性の問題であるとして、自らの過失を認めようとしなかった。
ところがヨーロッパ各地での被害状況が明らかになってくるにつれ、その言い逃れは通らなくなってしまった。
東京での第一回スモン裁判に証人として召喚された、スウェーデン、イエテボリ大学の小児神経学教授であるオーレ・ハンソン博士は、この裁判で明るみに出された問題点を、七九年、『多国籍企業とスモン薬害』という本にまとめている。この本の中でハンソン博士は、大製薬会社というものは利潤のためとあらば屍…もちろん人間の屍であるーを踏みつけて前進することにまったく躊躇せず、自社の基本理念が金儲けであるという事実を隠すためならば、いかなる嘘でもつき通すものだ、と確信をもって書いている。
日本国内だけでも、オキシキノールは実に一六八種類もの異なった商品名で販売されていた。
ハンソン博士のリポートにはショッキングな記述が多いが、例えば、「九三九年六月十九日にまでさかのぼるチバ・ガイギあ実験記録の公開もそのひとつである。それによれば・相当数の実験動物にオキシキイルを飲ませたところただちに激しい痙攣をおこし呼吸困難に陥って・そのほとんどはひどく苦しんで死亡したという。このような結果が出ていたにもかかわらず・それは秘密に略悪誘纏きわまりない薬は市場に出されたのだった。添付された注意書には「ペットには飲ませないように」との警告が付け加えられたにすぎなかった。
これは何を意味するのだろうか。人間への影響を予測するのに動物実験が役に立つなどとは・研究者自身がまったく信じていないということの裏づけに他ならない。
一九八〇年四月二十八日、ジュネーブのペンタホテルで日本の関係者主催のスモン記者会見が・三七カ国の報道陣を集めて行なわれた。出席したのは、日本、マレーシア、オーストラリア、オランダ、イギリス、スイス、スリランカ、アメリカ、フランス、スウェーデン・ノルウェー・イタリアからの弁護士や医療関係者だった。この会見で明らかにされたのは、チバ・ガイギーがオキシキノールの動物実験における悲惨な結果を無視していたこと――これは明らかに彼らが動物実験が無意味なものであることを承知していたからである――そしていずれにせよ使うのは人間だからと、市場に出してしまったことである。
この会見記録は日本で出版された。以下は日本の弁護士による前書きからの抜粋である
スモンの被害者たちが、国とチバ・ガイギー(日本)、タケダ薬品工業、田辺製薬を相手どって、裁判をおこしてから九年になる。一九七一年五月二十八日の訴訟開始以来一九八二年までの原告は五五〇〇人に上っている。
一九七八年八月三日、東京地方裁判所はスモン訴訟に裁決を下した。その際、裁判所は次のような言及をした。「チバ・ガイギー本社では、エンテロビオフォルム/メクザフォルムを投与されたイヌがしばしば癲癇ようの発作をおこして死亡したとの報告を検討した結果、獣医たちにはこれらの薬を家畜の治療用に使わないよう警告を送っていた。しかしながら、これらの薬が人間用として製造されていたにもかかわらず、人間に用いた場合の危険性を警告するという措置をいっさい講じなかった。のみならず、すでに述べたように、日本では、エンテロビオフォルムやメクザフォルムの安全性を強調し続けた――」。
この会見に出席していたハイディ・アルデルセンというスウェーデン女性は、かつては多発性硬化症と診断されていたが、現在ではクリオキノールが原因のスモン患者であることが明らかになっている。ヨーロッパでは、彼女のようなスモン患者がまだまだ多数いるものと想像される。
チバ・ガイギーをはじめとする多国籍製薬企業は、先進諸国ではすでに禁止されている薬を、いまだに第三世界で販売し続けている。これは明らかに犯罪行為である(傍点著者)(「スモン、ジュネーブ記者会見記録」一九八〇年、スモン、ジュネーブ記者会見組織委員会、山一ビル、東京)。
●DES
スチルベストロール(一般にDESと略称で呼ばれる)については拙著『罪なきものの虐殺』に詳しい(日本語版一三二〇~三三二頁〉。DESは一九三九年に開発された合成エストロゲン(女性ホルモン)の一種であるが、動物実験では何年にもわたって全く有害性へきれきは認められなかった。ところが青天の震麗のごとく、妊娠中にこの「奇跡の薬」を処方された母親から生まれた女の子に癌が発生するという恐るべき事実が判明した。DESが胎盤を通し胎児に癌を発生させるという。しかしそもそも、このような薬がなぜ妊娠中の女性に投与されていたのだろう。妊娠中に薬は、それがどのようなものであっても危険なことは、もはや常識なのではないのだろうか。しかし少なくとも、動物実験の結果は人間にも当てはまるという誤った信念にこり固まった「研究者たち」の常識ではなかったようである。実際、医師たちがDESを処方した理由は、患者たちが妊娠中だったからに他ならない。DESの歌い文句は、安全な妊娠の継続だったのである。
DESは、薬が人間にまったく新しいタイプの癌を発生させる元凶であると医学界自身が認める最初の薬となった。ところが、そこでとられた措置は、何と、動物実験の一からのやり直しというものだった。そして再び収穫はゼロ。実験動物に癌は発生しなかったのである。
一九七三年、WHOからDESに関し緊急警告書が出されたが、それに、メリーランド州ベセスダの国立癌研究所(NCI)のロバート・ミラー博士が次のように書いている。
実験動物による研究――実験モデル(すなわち実験動物――著者)で得られた腫瘍のタイプと小児癌のタイプとには相関関係はなかった。
ここで、動物実験こそが間違いのもとなのであって、以後いっさい廃止すべきである、という結論を下すほどの叡知がミラー博士にはなかったのだろうか、あるいはその事実を公然と認めるだけの勇気がなかっただけなのか、おそらくは後者だろう。彼も、そして何千人もの彼のべセスダの同僚たちも、動物実験によって日々の糧を得ているのだから。彼らはそれ以外の、研究方法も、そしておそらくは糊口のしのぎ方も知らないのだろう。とにもかくにも、ミラー博士がこの警告書の中で要請したのは、動物実験の一層の強化だった。報告例では潜伏期間が一四年から二二年にも及んでいたにもかかわらず、である。
一九七六年九月にアメリカ・バンタム出版社に送った『罪なきものの虐殺』の最終稿では、その時点までに少なくとも三四例のDES起因の癌が報告されているとしている。この癌はこれまでにはまったく知られていなかった新しいタイプの癌である。七三年WHOから出されたミラー博士の歴史的ともいえる警告書『経胎盤性発癌』から引いてみよう。
半年に満たない前、母親が妊娠中に服用した薬品が原因で、子供に癌が発生することがあるという劇的な公表がなされた。それまでこのような現象は観察されたことがなかった。高齢者の疾患である特定種類の膣癌(クリア細胞腺癌)が、ボストン地域の八人の若い女性について報告された……。
DESによる発癌例が発見されて間もなく、私はこの症例をイタリアの雑誌『アニマライ・エ・ナチュラ』(動物と自然)の七三年十月号に報告した。そしてその潜伏期間の長さからみて、報告された数例は、以後続発する症例のほんの始まりだろうと予言した。これは残念ながら容易な予言だったのである。
さらにそれに続いてイタリアで、私自身が主宰するCIVIS(動物実験国際情報センター)というささやかな情報センターからも一文を発表した。その意図するところは、妊娠中の女性にエストロゲンを使用することの危険を医学界に警告するというものだった。この文のコピーをイタリア中のすべての新聞・雑誌に送ったがまったく無視された。たったひとつ受け取ってくれたのが『パノラマ』という週刊誌だった。それでさえも、私の記事のあとには、前世紀の医学知識しかもたないような医学記者の記事ばかりが続いていた。そんなこんなで、イタリアの「公的」医学界が現実に目覚めるまで、まったく無駄な二年近くの時間が流れ、その間医師たちは何も知らない患者に発癌性エストロゲンを処方し続けていたのである。その上、今なお目覚めていない医師も大勢いるのである。
その後、明るみに出た事実の重大さに鑑みても、このケースを犯罪的怠慢と呼ぶことは、いささかも誇張ではないだろう。
アメリカ国内でDES関連のニュースが一般の目にはじめて触れたのは七八年四月四日のことだった。ニューヨーク発UPIとして『ニューヨーク・タイムズ』に「癌患者、DESメーカーと和解」という小さな目立たない記事が載った。
流産防止薬として使われるホルモン剤(一般にDESとして知られる)を製造したニュージャージー州の製薬会社が、今日、損害賠償金の支払いに合意した。支払いを受ける女性は、その母親がDESを服用したために癌にかかったものである。
この製薬会社はシーダー・ノールズのカーンリック研究所で、デラウェア州ウィルミントン在住のキャサリン・コンウェイ・カーショウさんとの示談が成立した。支払いの金額については明らかにされていない。
このケースは、近々、民事大陪審による審議が予定されていた。今回の合意には、両者が賠償の金額その他の合意内容を明らかにしないとの条項が含まれている。これは、我が国でDESメーカーを相手どっておこされている訴訟のうち、決着のついた最初のケースである。
カーショウさんとその母親の訴状によれば、二五年前、母親が原因不明の流産を数回繰り返した後に服用したDESが原因で、娘のカーショウさんが癌にかかったという。
母親が妊娠中にDESを服用すると、少数ながらその娘に膣癌が発生するということが知られている。
このUPI電の最後のセンテンスには、この件をあえて過小評価しようとの意図がみられる。ところがその後、公表されるDES癌の数は激増したのである。そして犠牲者やその遺族は団結してメーカー各社を告訴した。『マザー・ジョーンズ』八月号に、ニューヨーク市に住むマーゴット・グレイマーという女性の投書が載った。この女性は自ら、「DESの被害者で、ニューヨークの『DESアクション』という団体の有力メンバー」と名のっている。投書の内容は次のようなものである。
――DESによる癌患者は報道されている数の二倍、おそらく四〇〇人近くいるものと思われます。死者は、分かっているだけで一〇人をはるかに越えています。さらにDES被害者の九〇パーセントは、膣腺疾患あるいはその他の生殖器官異常の「良性異常」状態にあります。およそ六〇〇万人の母親が妊娠中にDESを投与されたと言われており、従ってその半分、三〇〇万人が女の子として生まれ、DES被害者予備軍だと考えられます。最年長でも現在まだ三〇歳台ですので、これらの女性が現在は「良性異常」であっても、今後どうなるかの予測はつきにくいのです……。
この間にもDESによる癌患者の数は増え続け、DESアクションなどの活動の影響もあり、体制側報道機関も、この件を軽く見てばかりもいられなくなった。七九年七月十七日付の『ニューヨーク・タイムズ』に「DES訴訟で原告勝訴」という見出しの記事が載った。
昨日、ブロンクスの州最高裁判所で画期的ともいうべき評決が下された。陪審は、母親が流産防止のために服用したDESによって癌にかかった女性に対し五〇万ドルの損害賠償を支払うよう製薬会社に命じた。
この訴訟の原告はソーシャル・ワーカーとして働くジョイス・ビクラーさん(二五歳)、有罪となった製薬会社はエリ・リリー社である。
さらに同年八月二十六日付『ニューヨーク・タイムズ』に「DESは癌の原因、証言の女性、八〇万ドルを獲得」という記事が載った。この女性はアン・ニーダムさん(二六歳)、敗訴のメーカーは、ニュージャージー州ケニルウォースのホワイト・ラボラトリーズだったが、この会社は裁判中にシェリング・プラウ社に吸収されている。
チャーフーズ弁護士(原告側弁護人-著者)が法廷で述べたところによれば、DESを使った母親から生まれた女性のうち、約四〇〇人が膣癌にかかり、その他に少なくとも一〇〇〇人が前癌状態にあるという。
羊の群れのような国民が、医薬業界の支配におとなしく身を委ねている国ではどこでも、癌は増え続けている。
それにしても、なぜ、薬品メーカーが、民事ではなく、刑事裁判の法廷に立たされないのかという疑問は残る。大量殺人の罪で、刑法で裁かれるのが当然なのではないだろうか。
八〇年三月二十四日号『タイム』には、次のようなDES関連の記事が出た。
DES被害者の女性にとってはまたもや、有難くないニュースである。彼女たちが自分の子供を生む際には、一般の女性よりも流産の危険性がずっと高いということが分かってきたのである。
流産だけではなく、死産、早産、子宮外妊娠などの率も高い。
『ニューイングランド医学ジャーナル』その他の雑誌でも、DES関連のニュースが次々と流されているが、残念ながらすべてよくない話ばかりである。DESのダメージは第三世代にまで広がり、さらに、男の子供の生殖器への影響もあり得るのである。
付け加えておくと、DESはいまだに市場に出回っている。皮肉にも、本来の目的とはまったく逆の目的、避妊用アフターピルとして。
増加する奇形児
再び拙著『罪なきものの虐殺』であるが、その「一万のサリドマイド被害者」(日本語版三一四~三二〇頁)の章で、動物実験が、世界中に広がったあのサリドマイド悲劇の発端を作ったばかりでなく、その規模の拡大にも責任があったという点が論証されているので御参照いただきたい。ちょうどサリドマイド悲劇の徴候が見え始めた一九六二年、二月二十三日号の『タイム』は、サリドマイド剤は「三年におよぶ動物実験を経て」市販されたものだと報じた。
さかのぼって、五八年八月一日、ドイツの製薬会社ヒェミー・グルネンタール社は四万人の医師に宛て、自社のコルテルガン(サリドマイド)が妊娠中および授乳中の女性には最高の精神安定剤であり、母体にも子供にもまったく害がない旨の手紙を送っていた。
イギリスでは六一年十月、イギリスでのサリドマイド特許権使用者ディスティラーズ社が、独自の徹底した動物実験を行なった後、商品名ディスタヴァルとして発売した。それには次のような保障つきだった。ディスタヴァルは妊娠中の女性や授乳期の母親が服用してもまったく安全で、母体にも子供にも副作用はありません。
さて、七〇年十二月、ドイツの裁判史上、最長の刑事裁判が終わり、サリドマイドの製造元グルネンタール社は無罪となった。内外の医学界の権威が多数、動物実験によって人間への影響を完全に予測するのは不可能である旨の証言を行なった結果、グルネンタール社は刑事責任を免れたのだった。すなわち、必要なテストは良心的に実施されていたと認められたのだった。
ここで、またもやしくじったということに気づいた動物実験者たちは、恥じ入って荷物をまとめ夜逃げしただろうか。とんでもない。かえって失敗の埋め合わせをしようと、さらに大騒ぎをしてさらに大規模な動物実験を可能にするだけの資金をかき集めた。それが動物実験者というものなのである。
サリドマイド事件こそは動物実験を根絶してしまうきっかけとなるべきだった。ところが現実には、あらゆる合理性を無視して動物実験はさらに強化される結果となった。ここで重視されたのは企業の利益のみであり、消費者の安全など問題外だった。その結果が破滅的なものになるだろうということは容易に予測できたはずである。
プリモドス、アメノロン・フォルテ、デュオギノン、デベンドクスなどさまざまな商品名で市販されていたサリドマイドによる悲劇が、ヨーロッパ中で次々に明るみに出始めた
西ドイツでは、妊娠中にデュオギノンを使用した母親から生まれた奇形児の実態が公表されたが、デュオギノンの製造元であるベルリンのシェリング社は巧妙な手で消費者をペテンにかけた。七八年、商品名をキュモリットと変更したのである。これに対し、ドイツ保健当局は何ら異を唱えなかった。
アメリカでも、奇形児出生数は増加の一途を辿っている。その原因とされる薬のひとつがベンデクティンである。これはイギリスのデベンドクスのアメリカでの商品名である。
「ありふれた薬が奇形児の原因」という記事が、七九年十月九日付の『ナショナル・インクワイアラー』紙に載った。この新聞は、いわゆるスキャンダル専門紙のひとつで、ある特定階級の利益保護のために存在するまともな一流紙、たとえば『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』などには決して出ないような暴露記事がしばしば報道される。
妊娠初期に母親が吐き気止めの薬を服用したのが原因で、何千人もの新生児が恐るべき障害をもって出生している。これは、サリドマイド禍をも上回る大事件である。信じられないことだが、この薬は今でも毎年五〇万人近くの女性に処方されているのである。問題の薬で新生児の四肢に障害がおきる、との明らかな医学的証拠が挙がっているにもかかわらず、メーカーはその危険性を否定し、この恐るべき事実の隠蔽を企んでいると専門家は怒りの声をあげる。
さらにショッキングな事実は、政府食品医薬品局(FDA)が、多くの医師たちからこの薬の危険性についての警告を受けているにもかかわらず、その使用禁止に向け、まったく何の手段も講じていないという点だろう。この薬とは、我が国でつわりの薬としてもっともよく使われているベンデクティンである。「これは医薬史上、最大の悲劇だ」と、ジョンズ・ホプキンズ大医学部で教授だった二ール・ソロモン博士は語っている。
八〇年一月二十日、イギリスの、こちらは一流紙『オブザーバー』の第一面に「サリドマイド型の新しい薬害」という見出しが出た。それによれば、デベンドクスが障害児出産増加の犯人の「疑い」があるという。しかし、この記事でとくに興味深いのは、この「疑い」がここ二〇年もの間ずっと囁かれ続けていたという点である。そのため、デベンドクスのメーカー、メレル社は、法廷に引き出された時にはすでに、デベンドクスの催奇形性を否定する「科学的証拠」を十分に揃えていたのである。
さらに『オブザーバー』紙は「極秘文書」を公開し、メレル社とリーズ大学小児科のリチャード・スミゼルス教授(王立医師会会員)との間に、ある種の秘密協定が成り立っていたという点を明らかにした。
すなわち、メレル社の免責証明と引き換えに、教授の研究室への研究助成金の提供を考慮してもらうとの主旨の「極秘」書簡を教授がしたためていたというのである。この極秘書簡には次のような下りがある。「私はメレル社の御厚意を喜んでお受けするつもりです。つきましては、もし私どもが、催奇形性という点に関し、デベンドクスに『シロ』の証明を出せれば、それが非常にお役に立つだろうと思いますがいかがなものでしょうか」。
世智にたけたメレル社が、この謎かけへの対処の仕方を知らなかったはずのないことは想像に難くない。
ちょうどこの頃、アメリカではデベンドクス・ベンデクティン薬害に関し『ナショナル・インクワイアラー』は次のように報じた。
専門家たちがベンデクティンの危険性を言明しているにもかかわらず、メレル社は、薬局に出すベンデクティンの瓶に安全であるとのラベルを貼り続けてきた――そのラベルの末尾にようやく次のような中途半端な警告が見られるだけなのである。「明らかに必要とされる場合にのみ服用すること」。
PART2 化学・医学・動物実験コンビナート
化学工業シンジケート
多くの多国籍大企業が、あらゆる合法的(時に非合法的)手段を駆使して、ライバルを押しのけ、世界市場におけるシェアの拡大に血まなこになっているという現実は、今さら、説明するまでもないだろう。これは自由競争社会では当然の現象と言えよう。同時に、それらの巨大企業群がひとたび共通の利益を目指せば、あるいは共通の危機に瀕すれば、彼らは即座にライバル意識を捨てて、連合軍を編成するのである。化学工業界の利益は、ほとんどの基幹産業 鉄鋼、石油、航空機、武器と密接に絡み合っている。が、我々はここでは、医学界、および動物実験業界と、化学業界とのドロドロした関係に目を向けてみることにしたい。三者の関係を簡単に図式化すると、医学界は大衆を洗脳し、化学業界がペテンビジネスを続けていられるよう力を貸している。
すなわち、ある薬が無用または有害であるということが大衆の目から隠しきれなくなっても、すぐそれに取って代わる新薬を繰り出せるよう常にお膳立てをしているのである。そして動物実験業界は、他のふたつの巨大パワーに原材料と技術とを提供している。この化学・医学・動物実験コンビナートの結束はきわめてかたい。というのも、この三者の利益は完全に常に一致しているからである。
今日、化学工業界の送り出す石油化学製品は世界経済の中枢をなし、我々の生活のあらゆる側面に浸透している。ざっと見渡すだけでも、医薬品、化粧品、染料、顔料、添加剤、工業用洗浄剤、接着剤、衣料用洗剤、合成繊維、肥料、農薬、樹脂、プラスチック、潤滑剤、合成ゴム、原子炉などにわたり、その上、その各分野で常に新製品を供給し続けているのである。
もちろん、このリストがすべてを網羅しているわけではない。たとえば西ドイツのヘンケル社だけでも、同社発行のパンフレットによれば、あらゆる分野にわたる八〇〇〇種以上の製品を製造しているという。
このように、化学工業は他の工業、たとえば石油、鉄鋼、武器産業などの筆頭顧客であると同時に筆頭原料供給者でもある。顧客として大量の石油や鉄鋼を買い入れ、毒ガス、ナパーム弾、細菌兵器、核兵器などの製品にして売るのである。
この場合、製品は、予備段階および最終段階は、動物実験業界がテストを引き受け、その後はいわゆる「総演習」の場すなわち、朝鮮、ベトナムをはじめとするアジア、アフリカ、南米における戦争のことである――で人間を対象に実用に供される。
巨大企業が、その汚れた手でかき集める資金の力は無限大であり、集めた資金の使われ方は実にあくどい。可能ならばこっそりと、しかし場合によっては大っぴらに、政治家たちを買収してさらに利益を拡大するのに使われるのである。しかも国内にとどまらず、外国の政治家にまで、その買収の手は伸びる。
ロッキード事件を思い出してほしい。ロッキード社は自社の航空機をさまざまな国の空軍に買い上げてもらうべく(もちろん実際に支払うのはその国の納税者なのであるが)、女王の夫君、首相、国防相、政府高官などに買収の手を伸ばし、いとも簡単に彼らを「籠絡」してしまったではないか。
ドイツでは、そのロッキード社の戦闘機が平和時というのに数年間に二一一人ものパイロットの生命を奪ったため、世論が、一体全体何ゆえにドイツ空軍はあんな危っかしいポロ飛行機を買うのを止めないのだと疑問を投げかけ続けた。にもかかわらず、関係者からの弁明はいっさい聞かれなかったではないか。
とは言うものの、一航空機会社の財力など、化学工業界全体のそれには及びもつかない。化学シンジケートはその巨大な力を、もっと横暴にもっと広い方面に働かせているのである。
どこの国でも、医学権力は化学工業界のもっとも頼りになる協力者である。無智な大衆はこの両者の協力関係に気づいていないので、事は実に能率的に運ぶ。中世では教会が果たしていた役割を、今日では医学権力が担っているのである。
一九七七年、西ドイツ、パソー大学法学部教授のマルティン・フィンク博士が『薬剤テストー犯罪的手法』を出版し、薬剤テストの犯罪性を糾弾した。この本では病院がどのようにして何も知らない患者をだまして新薬のテストをしているか、中には新薬の効能と安全レベルを確定する目的で、スケジュールに組み込まれてしまう患者さえいる、といったことが述べられている。医学界に対しフィンク博士の下した判決は謀殺により有罪。
普段は互いに激しく競争し合っている西ドイツの、バイエル、ベーリンガー・ゾーン、べーリンガー.マンハイム、ヘキスト、メルク、シェリング、クノールの七つの製薬会社が、ここで共通の危機に瀕したとみるや、ただちに結束し、「薬学医学研究協会」なる団体を設立した。この団体は、その攻撃の矛先をもっぱらフィンク博士のプライベートな面に向けた。というのも、法律的科学的論争ではとても勝ち目がないと分かっていたからである。
本来、製薬会社の犯罪を暴くのは政府の役目である。しかしながら、国と製薬会社とはグルになっているため、国が製薬会社を告訴したといった例はどこの国でも見当たらない
スイスという国は、国としては小さいが、その経済力はなかなかのものである。このスイスにおける製薬業界の影響力は政府経由で他に及んでいる。そしてこのスイス方式が、他の多くの先進国でのやり方の手本となっているのである。スイスの製薬業界のある大立者が、中央政府に対し、次のように言ったことがある。
「私たちがこの国での一番の多額納税者であり、大口雇用者なんだってことを忘れないで下さいよ。
私たちが国を支え、あんた方を護ってるんですよ。だから私たちが政府のやり方に口をはさむのは当たり前でしょう。もし私たちのやり方が気にくわないとおっしゃるんでしたら、私たちはすぐにでもスイスの工場を閉鎖して、どこか開発途上国に移転してもいいんですよ。そこじゃ私たちは大歓迎を受けるでしょうからね。ま、いずれにせよ、私たちは人類のために働いているわけで、あんた方の幸せもスイス国民の幸せも、私達のそれと一心同体ってわけなんですな」。
「人類のため」云々は眉つばであるにせよ、この大立者の言わんとしていることへの反論は難しい。
事実、スイス政府は彼らの前にひざまづき、言われた通りにする他、しようがないのである。その結果が、予防接種の義務化、医療費の急騰、人口に不相応な強大な軍隊、豊富な水資源を無視した無駄な原子力発電所、などなど、さまざまな常軌を逸した政策となって現われる。アメリカでも事情は酷似しているのではないだろうか。
●国民投票
スイスのバーゼルという都市は、その世帯の六一パーセントが何らかの形で製薬工業に依存している文字通りの薬の町である。そのバーゼルで一九三九年、動物実験に反対する小さな団体が、動物実験を「今すこし人道的なものにするため」の国民投票を要求した。その時、製薬業界ばかりではなく、バーゼル市議会までがすぐさま、この動きを圧さえる方向で動いたのだった。市議会は、大学の医学関係者、製薬会社、および市保健当局の三者。この三者は互いに密接に関連しあっていたのであるがに、動物実験に関する「意見書」を提出するよう指示した。提出された三者の「意見」はすべて動物実験を称賛し、無条件でその継続に賛成するものだった。市議会はそれをひとつの報告書にまとめ上げ、一般市民に宣伝されるよう、政治家や報道関係者に配布した。この報告書に市議会がつけたメモを見ると、上記三者の意見は明晰で、まったく異論をはさむ余地はなく、市議会としてはこれを完全に支持せざるを得ない、とある。
しかし実際は、この意見書というのは、動物実験賛成論の虚偽のエッセンスとも言うべきものであったし、次のような明らかなでっち上げさえも見られた製薬業界において実施されている動物実験は動物の福祉という基本原則に則っている。
一方、国民投票推進派は、チューリッヒの歯科医ルードヴィヒ・フリーゲルの著した『動物実験に反対する一〇〇〇人の医師』という本の意見を基にして、独自の意見書を市議会に提出した。動物実験を馬鹿げて誤った行為だと言明した「一〇〇〇人の医師」一〇〇〇の中に七〇人以上もスイス人医師が含まれていたにもかかわらず、バーゼル市議会は、この推進派の意見を無視した。そのため、一般市民にとって、製薬会社が書いて市当局が支持した例の報告書のみが、投票の際の判断基準となったのである。
さらに、万が一に備え、製薬会社側は連日、自社の従業員に回覧をまわし、もし国民投票が推進派の思う通りの結果になれば、従業員は失業することになるのだと脅しをかけ、他の関連会社にまで圧力をかけた。国民投票の結果によっては、スイスの主要工業の海外流出を促進することになり、それはバーゼルだけではなく、スイス全体の経済の崩壊を招く、というのがその主張だった。
投票前の一週間というもの、自分自身の健康のため、家族のため、そして街のため、この国民投票に反対票を入れるようにと勧めるポスターや新聞広告が街中に溢れた。さらに投票日直前になって、それまでこの問題に中立を約していたバーゼル動物保護協会が突然方向転換をして、協会メンバーに反対票を投じるようビラや広告で呼びかけた。
スイスでは国営放送が唯一のラジオ放送であるが、その国営放送は、製薬会社のスポークスマンであるロズリン博士の意見のみを放送し、反対意見はいっさい流さなかった。その他の報道機関も同様だった。
また、公開討論会の場で、バーゼル市保健局長ヒューバー博士は、この国民投票はスイスの製薬工業を潰そうとする外国企業が資金を出して企んだものだという噂を広めた。この噂は野火のように広がった。
投票前夜、動物実験反対グループは討論会を開き、さらに自分たちの見解を新聞広告に載せようとしたが、すべての新聞社がこれを断った。このような状況下で行なわれたこの国民投票の結果がどのようなものであったかは説明するまでもないだろう。
●政府を操る影の力
膨大な富をバックにした化学工業シンジケートの情容赦のない影響力は、自国内の政治にとどまらず、外国政府にまで及ぶ。たとえば一九七八年、スリランカ(セイロン)の社会党政府は、アメリカからの薬品の輸入を大幅に削減すると発表した。が、その計画は外圧により破棄せざるを得なくなった。スリランカにとって不可欠であるアメリカ政府からの食料援助を打ち切られては困るので、仕方がなかったのである。
アメリカ政府の食料援助とは、製薬会社が行なっているものではなく、納税者の負担で行なわれているものだろう。ところが製薬業界は、この援助制度を、アメリカ製薬品を買うだけの経済力ももたず、そのような薬品を必要ともせず、欲しいとも思わない貧しい国に押し売りするための私的な脅しの手段として使っているのである。しかもそこで得られた利益は本来の負担者である納税者には還元されず、製薬会社の懐に転がり込む仕組になっている。この一点を見るだけでも、この巨大企業体がどの程度強力に、アメリカ政府を影で操っているかが分かるだろう。
さらにこのシンジケートは、アメリカ政府が発展途上国に借款を与える際に(もう一度言うが、このお金も納税者から出たものである)、そのお金がアメリカ製品の購入、それも借款国が必要としない製品の購入 必要とする製品はそのような細工をしなくても相手国は買うのであるーに費やされるよう要求を出す。そんなわけで、不要な人工肥料が南米やアフリカの肥沃な土地にむなしくバラ撒かれるというような馬鹿なことがおこる。モノが売れればともかく利益は上がる。しかしその利益は、借款のお金を負担した一般市民のではなく、化学会社の懐を潤すのである。
しかも化学会社は製品を法外な高値で売りつける。借款をもらっている国には、クレジットで買わせていただく製品を値切るほどの厚かましさはないのだろう。そして多くの場合、化学シンジケートの利益は医学シンジケートの利益に重複するのである。
医学シンジケート
シチリアとドイツの王、ホーヘンシュタウエン家のフリードリッヒニ世が、当時はびこっていた金儲け主義のニセ医者の手から病人を守るため、勅令を公布して医学の権威というものの基盤を築いたのは一三世紀のことだった。それによって、国家の認可を受けた「医師」が誕生し、そのドクターのみが合法とされた。「ドクター」という言葉そのものが、この時作られたのである。しかしながら、人間というものはいつの時代も変わらぬものらしく、この時代も、ほどなく、にせ医者たちが一致団結し、国家権力さえも介入できない強力かつ利己的なシンジケートを作り上げた。国によって「認可された」ドクターたちの方は、患者にのみ利益のあるお金のかからない自然療法を行なっていたのであるが、これは当然のことながら、にせ医者どもの濡れ手でアワ式の金儲けにとっては大変な脅威だった。そこでにせ医者どもの画策で「認可された」ドクターの方が、逆に「にせ医者」の烙印を押されて追放されたり、果ては牢に入れられたりする始末だった。そして本当のにせ医者どもは、イカが墨をまいて身を護るように、自己防衛にこれつとめたのである。
中世では、不可思議なおまじないの呪文や七回ものミサで祝福された奇跡の聖水などが治療に用いられていたが、これに代わって現代では、化学式が奇跡の薬として登場する。そしてその化学式が複雑になればなるほど、薬の値段は高くなり効果は大きくなる。この図式は中世そのままだろう。
今日でも我々は病気が治った場合、それが自然の力によるものではなく、薬の力だと考えるよう条件づけられてしまっている。
しかし、薬の副作用さえも克服して病気を治したのは、この自然の力なのである。当然、大多数の人々(大多数はいつも間違っているロスコモン)は、それを認めはしないだろう。それは自らの愚かさを認めることになるのだから。
医師という選ばれた司祭階級だけが、健康の奥義を知っているのだという一種の神話を、医学権力は作り上げてきた。これは化学工業シンジケートの宣伝力に支えられた医学の入念な陰謀であり欺瞞なのである。
現代では、そもそもいったい誰が医師を認可する権利をもっているのだろうか。それはもちろん、すでに十分な名声を得た他の「すでに認可された」医師たちだ。では彼らはどのようにしてその名声を得たのか。もちろん、「自然」のみが「最高治療者」であるということを認めることによってではない。自分自身を「最高治療者」すなわち病人の「救い主」として押し出すことのできる厚かましさによって、その名声を獲得したのである。医学は科学ではない。それゆえに、人をだませる才能があり、人と共謀しようとする積極性のある者が、医学界では指導的地位につきやすいのである。
クルト・ブリューヒェルは一九七四年『白い魔術師』(ベルテルスマン社、ミュンヘン)を出版したが、その中で彼は、西ドイツ製薬業界のインチキの実情を暴露し、業界こそが各種の慢性病、奇形、癌などの増加の最大の仕掛人であるという点を証明してみせた。拙著『罪なきものの虐殺』でも述べたが、『白い魔術師』の最初の出版元であるミュンヘンのベルテルスマン社は、発売後間もなく『白い魔術師』を市場から回収するよう「説得」されてしまった。ベルテルスマン社はドイツ国内で最大の発行部数を誇る『シュテルン』などの雑誌を出しており、こういった雑誌への大広告主とけんかのできる立場にはなかったのである(『白い魔術師』は後日、フィッシャー社で再版された。
同社は広告主の圧力が問題になるような雑誌類を出版していない)。
この間にブリューヒェルはさらに『医学シンジケート』(ロファルト、一九七八年)というタイトルの、ドイツ医学界の内幕ものを出版している。
●医学シンジケートの組織
クルト・ブリューヒェルは、長年、医学関係団体や製薬会社への特派員をつとめていたことのある、医学雑誌の編集者である。それゆえに、彼が医学界にタックルをかけた時、自分の書いている内容については熟知していたはずである。現在、我々にとって本書のコンテクストとの関連においてもっとも興味のあるのは「医学シンジケートとその組織」という章だろう。次のような書き出しである。最近の辞書によれば「シンジケート」という語には、主に次のふたつの定義が与えられている。
1 独自の法体系と行政機能をもつビジネス団体。カルテルの、より結束の強い形式。
2 アメリカにおいては、合法的企業体の仮面に隠れた犯罪組織。
すぐお分かりになるように、このふたつのタイプの「シンジケート」は、本質的にはまったく同じものである。そして我が国の医学界組織のあり方は、この「シンジケート」という語によって定義されるにふさわしいものだろう。
商業的な面から見たシンジケートの特徴を挙げてみる。
1 ある特定の品物やサービスの独占――すなわちそのタイプの品物やサービスを必要とする人は、シンジケートからしかそれを得られない。そこでシンジケートの力は無限に巨大化し、市場や社会に脅しをかけるのが可能となる。
2 シンジケートの存続のための厳しい内部規制。各メンバーはその規制への絶対服従を要求される。逸脱は、シンジケートの基盤――すなわち独占体制を揺るがすものとして、すべて厳しく罰せられる。
3 シンジケートの収益の最良の部分は、シンジケート内外の政策を一手に握っている少数の指導者のものとなる。シンジケート内の一般メンバーにも、国民の平均をかなり上回る収入は約束されているが、莫大な収入を得るのは、わずかな人数の上層部の人々に限られる。
さらにブリューヒェルによれば、一般に、シンジケート内の法体系と国の法体系とは衝突する場合が多いという。そのため、シンジケートは秘密結社のごとき様相を呈し、自らをその国の法の枠外にある――あるいは法の上位にあると言った方がよいかもしれないが――とみなすのだという。
ともかく、シンジケートは独自の法をもち、その法を情容赦なく内外に適用する。自身の内部での反抗者との抗争、そしてシンジケートの利益の妨げとなる外部のあらゆる人物や社会との抗争――こういった内外での絶え間ない抗争が、シンジケートの活動を特徴づけている。
ブリューヒェルの分析は、ドイツ医学界についてのものであるが、どこの国の状況も同じようなものだろう。
ある国の医学界と、別の国の医学界との協力関係は単なる紳士協定力と金という同じ理想を共有する紳士たちの協定にすぎないという点を付け加えなくてはならない。それゆえにある国では大きな利害関係の絡む問題であるためにその国の医学界が強力に介入しているが、他の国ではその問題にまったく介入しないという場合が往々にしてある。例としてBCGのケースを挙げてみよう。フランスでは一九五〇年、多数の良心的な医師たちの猛反対を尻目に、学童や軍人に対しBCGの接種が義務づけられた。「人道的配慮」から接種は「無料」ということにはなっているが、もちろん納税者がちゃんと代金を支払っているのであり、かのパスツール研究所が毎年ワクチン何百万人分かの利益を受け取るという仕組になっている。しかし、他の国の医学界がこのフランスの制度に右へならえをすることはない。むしろある国ではBCGの危険性が公然と批判されさえする。
その国では誰もBCGで利益を得ることがないためである。
アメリカでは、ポリオの「究極的解決策」として、(アメリカ製)ソークワクチンおよびセービンワクチンが一時大変なもてはやされぶりだった。しかし当時、ポリオはすでにほとんど絶滅しており、かえってワクチンの接種が原因で各地でポリオが復活したというのが実情だった。一方、フランスで採用されているポリオワクチンは、ソークでもセービンでもなくレピンワクチンである。
ピエール・レピンとは、パスツール研究所長その人なのである。そういえば、BCGがフランスで義務化された時のパスツール研究所長はカルメットだった――蛇足ながら、BCGのCはカルメットのCである。
一九七五年イタリアで、非常に象徴的な事件がおこった。薬事委員会が数千種の薬をリストアップし、それらがまったく無効、あるいは危険であることが証明されたとして、健康保険カタログからはずすよう要求した。報道機関はすでにその薬品リストを公表していた。ところが薬事委員会の上位に立つ最高保健協会が乗り出して、薬事委員会の要求をくつがえし、全薬品をもとのままカタログに残すとの決定を行なった。このようにして、国民の健康よりも製薬業界の利益が優先されたのである。この一例を見ても、医学権力の独裁の前に、良心的な医師たちがいかに無力なものでしかないかが分かるというものだろう。イタリアがとくに例外的なわけではない。むしろ典型的というべきだろう。
一九七八年六月二十三日、ウィスコンシン州の『デイリー・ノースウェスタン』など少数のマイナーな新聞だけに載った「安い薬の供給を妨げる裏工作」という次の記事も、象徴的と言えよう。
しかし、記事として出たことにより記事の行間に隠された問題点を察知し得た人々が少数とはいえいたことにはなる。
薬事法改正支持グループが今日、語ったところによれば、製薬業界は、安い薬を供給するために作られている州条例をくつがえす工作を密かに全国規模で行なっているという――この改正支持グループの母体は、全国退職教育組合、ニューヨーク州議会などであるが、彼らによれば、二流銘柄の薬品を製造している製薬会社の連合団体が、密かに運動して、かなりの州で州条例を変更させたり廃止させたりしてきた」という。これまでのところ、三八の州で、医師が処方した高価な一流銘柄薬を薬局の薬剤師がより安価な一般薬に変更して売ることを禁止するように、法律が改定されたり廃止されたりした。
ただし、このような曖昧模糊とした記事にさっと目を通しただけで、ことの真相を把める読者はほとんどいないだろう。これは簡単に言ってしまうと、未知の勢力――報道機関があえて実名を明かそうとしないある種の人々が、産業界よりは一般市民の利益のために作られた法律を廃棄させるよう、政治家に働きかけるだけの「影響力」を持っている、ということを示しているのである。
そして、この種の記事は『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』といった体制派大新聞には、なかなか載りにくいのである。
この項の締めくくりとして、イギリス人の開業医でありコラムニストでもあるヴァーノン・コールマン博士が、一九七五年に書いた文から引用させてもらおう。
製薬業界が医学界を取り仕切っているというのが実情であろう。医師たちは製薬会社に、こづき回され、脅しをかけられ、金銭でつられ、すっかり専門職としての自己規制を失ってしまっている。しかし不適切な薬の処方の結果、引きおこされる悲劇に対し、医師たちは全責任を負うべきである。
もともと、産業界の唯一の目標は利潤の追求なのであって、彼らの倫理観の欠如を糾弾するのはフェアとは言えない。責任は明らかに、専門職たる医師の側にある。今や医師というものが、製薬業界からの指示と命令を仰ぐだけの下僕になり下がっており、まだ専門職と呼べるかどうか、そこが問題ではある(『メディスン・メン』モーリス・テンプル・スミス社、一九七五年)。
動物実験シンジケート
医学専門家、研究者、科学記者といった別々の人々によるまったく同じ主旨の動物実験擁護論が、各地で同時に持ち上がるという不思議さこれが各地の動物実験産業に対し、反対運動への対処の仕方を指示している中央組織の存在を示唆しているのは確実だろう。一方で、旧態依然の自称、反動物実験団体の発表する非科学的な声明などの中に、実験擁護団体のそれと驚くほどよく似た論調が見出されることがある。
すなわち、すべての動物実験は(ワグナーの時代から言われているように)最終的には廃止されるのが、倫理的見地からはスジであるが、現時点では必要不可欠であるということが暗黙のうちに了解されている、という論調である。そこでは、動物実験の無益さ以上に、その誤った研究法が引きおこすダメージを糾弾する多くの医療関係者の言葉はまったく無視され続けてきた。すなわち反対派にも擁護派中央組織からの指示が届いているのである。
では、その中央組織とはどこにあるのだろうか。これは謎である。一般にはワシントンDCにあるかのように思われがちだが、どうもそうではないらしい。ICIの本拠地ロンドンか、スイスのチューリッヒにあるらしい。このチューリッヒという都市は、スイスの銀行業の中心であると同時に、バーゼルのホフマン・ラロシュ社の非常に精密な実験装置製造の中心地でもあり、さらに世界唯一のナパーム弾製造会社であるアメリカのダウ・ケミカル社のヨーロッパの拠点でもある。ダウ・ケミカルはチューリッヒに自社の銀行ダウ・バンキング・コーポレーションまで持っている。
化学工業シンジケートが支配的な力を持っているような国ではどこでも、動物実験シンジケートは、科学的かつ高尚な名称を隠れみのにした強力なロビーに守られているものである。
このシンジケートの主な仕事は、一般大衆への「方向づけられた情報の提供」、報道関係者および政治家への「圧力」、そして動物保護団体(動物実験反対団体も含む)への潜入的浸透である。
表向きには、シンジケートは大衆や報道機関に「方向づけられた情報」を提供しているだけである。しかし裏ではこっそりと、政治家や報道関係者を賄賂で操作している。さらにもっと密かに、シンジケートの構成員にマル秘「ガイドライン」を与えて反対派への対処の仕方を指示しているのである。私はこの種の書類を実際に見たことがあるが、中にはきちんと印刷されたものもあったが大抵はガリ版刷りである。「真の動物実験反対論者は菜食主義者であるだけでは不十分。革靴や羊毛製品なども身につけるべきではない」とか「これまで一度もアスピリンを飲んだことがありませんか?」といった類の実験反対論者との論争に使える表現の例が挙げられているばかりでなく、そのような論争に臨む場合の服装や態度にまで、指示の内容は及んでいる。
「論争相手は、服装なども多少だらしない、激しやすい若者である場合が多いので、相手とのコントラストを際立たせるためにも身だしなみをきちんとすることが大切である(必ずネクタイ着用のこと)。ただし、あまりぜいたくな身なりもよくない(グッチの靴はダメ!)。相手がどんなに敵意をむき出しにしてきても、常に礼儀正しく冷静に振る舞え。相手の話を途中でさえぎってはいけない。絶対カッとするな。こちらが落ち着いていれば、相手がカッとなって落ち着きを失う、これがこちらの思う壷」といった具合だった。
しかし、もっとも重要なガイドラインは、動物実験反対団体向けのそれである。これは書面にはなっておらず、私が信頼できる筋から得た情報では、口頭によるものだった。その効果のほどは御存知の通りである。実際このような反対団体への広汎な潜入的浸透が行なわれているからこそ、反対派がいくら騒ぎたてようとも、動物実験シンジケートは安心して活動が続けていられるのである。
●潜入的浸透
あなたの真摯さを証明するために、動物実験者を痛罵してもよい、いや、痛罵せよ。その際、道徳的、倫理的、知的見地からの攻撃は構わないが、決して医学的見地からの非難はするな。これだけはタブーだ(動物実験シンジケートが動物保護団体向けに出しているガイドラインより)。大企業をはじめとする資金力の曲豆かな大勢力が、政府の内部に潜入して、政治を動かす影の力となっていることは周知の事実だろう。しかし、動物保護団体にまで、この手の潜入的浸透が行なわれていることはあまり知られていない。そしてこの潜入的浸透は大抵の場合、いともたやすく成功するものなのである。必要なのはお金と時間である。この場合どちらかといえば、時間の方が多少よけいにかかるかもしれない。
動物実験反対運動内部への潜入的浸透は、ヨーロッパ各国では相当激しく行なわれているが、アメリカではさほどでもない。というのは、ヨーロッパ各国での動物保護関係の法律は、それが字義通りに施行されれば動物実験がほとんど不可能になるほどの厳しいものであるのに対し、アメリカにはその種の法律がないため、潜入的浸透によって反対派を切り崩す必要性も小さいのである。
さて、そのヨーロッパの現状であるが、動物実験を行なっている研究施設を監督し、法が遵守されているかどうかを監査する委員会が存在する。しかしこれが実はまったくの見せかけにすぎないのである。委員会のメンバーに正統反対派が入り込める余地などなく、結果としてすべて擁護派ばかりで構成されることになる。この委員会は時おり、一応警告の真似ごとは行なう。たとえば、実験動物の食餌内容とか小屋の狭さとかいった程度のことで、それ以上の追及はしない。真の動物実験反対論者はこの監査委員会のメンバーにはいないからである。
ヨーロッパ各国で、歴史があり、資金力も豊かな動物保護団体よりも、新しい団体の方がより積極的な発言をし活動的である理由も、この浸透にあると考えられる。つまり、新しい団体には、まだ浸透が行なわれていないのである。
時として、リーダーの無能さが原因で動物保護運動が自然に停滞し、潜入的浸透を受けているかのように見える場合もある。が、多くの場合、保護団体の活動の非能率さは、外部から慎重に故意に企まれた潜入的浸透の結果だと言えるだろう。
また、ヨーロッパの歴史の古い動物保護団体では、動物シェルターを作るとか、代替法研究(alternateve research)のための基金を準備するなどといった一種の牽制行動が多いのも、潜入的浸透のなせる技だと考えられよう。こうして動物保護団体としての仮面をかぶったまま、実に注意深く巧みに動物実験の実態、すなわち、その明らかな医学的無意味さから、国民の目をそらさせるよう動いているのである。そればかりか、暗に、動物実験の有用性、必要性を宣伝してさえいる。いわく動物実験廃止が実現できるのは代替法が考案されてからである、と。そして、動物実験に基づく現在の医薬研究法は単なる言い逃れの口実で、むしろ昨今の薬害急増の原因となっているという事実を指摘する多くの医療関係者の証言には決して耳を貸さないのである。
さらに、拙著『罪なきものの虐殺』が、ヨーロッパで、皮肉にも動物実験反対グループから無視され悪評をこうむった原因も、この潜入的浸透にあるのだろう。『罪なきものの虐殺』は、医学における動物実験の果たすマイナス効果について科学的包括的に論述した最初の書物だと言わせていただこう。ヨーロッパでの冷たい反応とは対照的に、この本はアメリカの反対グループには好評であり、また世界中の多くの医師からも熱意をこめた賛意を寄せていただいたのである。
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『罪なきものの虐殺』がイタリアで出版されたのは一九七六年である。この本は多くのイタリア人医師の賛同を得たが、それと同時に、当時イタリア国内唯一の動物実験反対グループであったミラノのUAIからは激しい攻撃を受けた。
当時のUAIは大企業や金融筋と結びついた弁護士の一団に率いられていたのであるが、『罪なきものの虐殺』の出版に伴って、メンバーの一部が集団で脱退し、新しい反対運動グループを設立した。そして、この新しいグループが動物実験反対の署名運動を始めようとしたところ、崩壊しかかっていたUAIが、これを激しく妨害したのだった。
『罪なきものの虐殺』のドイツ語版が出たのは七八年春であるが、その数カ月後には、実験反対派の医師たちによって「動物実験に反対する医師連盟」が結成された。
同じ年に、スイスで、やはり医師たちによって、名称は似かよっているがドイツのそれよりは穏健な反対グループが結成された。現在の会員数は約四〇〇名である。
八〇年には、スイスの環境保護派ジャーナリストであるフランツ・ウェーバーが知識人や医師を集め、いわゆる「民間主導型」の「脊椎動物の生体解剖と苦痛を伴う実験廃止」を訴える運動を始めた。
すでに、必要な数の署名が集まっており、スイスではおそらくここ数年のうちに、世界ではじめて、動物実験廃止法案の国民投票が行なわれるものと思われる。
一九八〇年六月九日、ウェーバーが同志たちとともに、この民間主導運動の発足を発表するや否や、スイス動物保護団体連合(SPA)――これはうまい具合に、スイス製薬工業の中心であるバーゼルに設置されている――は、この運動を否認し、傘下の六七団体にボイコットを指示した。そしてただちに、新聞やパンフレットを通じて、動物実験を医学的商業的見地から擁護するキャンペーンを大々的に繰り広げた。その上、実験反対派の人々の個人攻撃までも行なった。製薬工業はまずは、汚れ仕事は動物保護団体に任せておいて、自分の手を汚さずにことを済ませたのである。これを見ても、動物保護団体と製薬工業との癒着の度合いが分かるというものだろう。
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近年、各地で動物実験反対運動がとみに活発になってきたためか、企業側も打つ手をエスカレートさせている。
たとえば、潜入的浸透による切り崩しよりも手っ取り早いというわけか、自分たちの手で「動物保護団体」なるものを設立してしまうのである。次に二~三の例を挙げてみよう。
まず、オーストリアの例である。オーストリアには動物実験を「管理」――本来、意味するところは「制限」である――する法律はいっさいなかった。しかしここでも動物実験反対運動が活発になり始めたため、企業側は、他のヨーロッパ諸国にはあるような、名目上は動物を保護するため、しかし実は動物実験を合法化するための法律を作る必要性に気づいた。
ウィーンの著名な獣医ジョゼフ・ケーニッヒ博士が日刊新聞『クーリエ』のコラムに、ある日突然、これまで一度も口にさえしたことがなかった動物虐待への非難記事を書いた。そして、動物実験反対団体を設立し、実験室での動物への虐待禁止のための厳しい規制を要求しようとの提言を行なった。早々、新しい規制法案起草委員会が作られ、そのメンバーには、こともあろうに動物実験業界の大立者であるザルツブルグの外科医オスカー・ブロックル博士が加わった。それにもちろん、「動物の保護者」たるケーニッヒ博士自身もメンバーに名を連ねており、彼には将来設立されるはずの動物実験監査組織の長の座が用意された。
オーストリアでの動物実験を「規制」する最初の法案はすぐに議会を通過した。そしてその日から、動物実験者は完全に「保護」され、動物たちはまったく抗議の機会も与えられぬまま、その運命を実験者たちの手に委ねることになったのである。
私が真実に気づいたのは、七八年夏、ちょうど『罪なきものの虐殺』のドイツ語版が出版された直後のことだった。
その時私は、オーストリア国営テレビの、動物実験に関する討論番組に出演依頼を受けていた。この討論会で、ケーニッヒ博士はドイツのヘルベルト・スティラー博士や私と同じ反対論者として紹介された。賛成論サイドは、前述のブロックル博士とスイスの製薬会社サンド社のオーストリア代表ヘルムット・マスク博士だった
ブロックル博士は、動物実験は「法律によって強制」されているから行なっているのであると繰り返し述べ、ケーニッヒ博士もこれを認めた。
ところが二人とも、もともとその法律を作らせたのが自分たちであるということなどすっかり忘れてしまっているようだった。そして討論が進むにつれ、反対論者であるはずのケーニッヒ博士が、段々と賛成論の見解を擁護し始め、私の示す動物実験で安全が確認済みの薬による薬害の数字や、スティラー博士の意見までも嘲笑するに至ったのである。そこではじめて私は真実に気づいたのだった。
このテレビ討論の後、『クーリエ』のコラムで、ケーニッヒ博士は製薬業界にエールを送り、私に対しては、私の祖国スイスが財政的に黒字でいられるのは、バーゼルの多国籍製薬企業のお陰なのだということをゆめ忘れるな、との助言までしてくれたのだった。
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フランスでは、七〇年代後半、生物学者ジョルジュ・ハウス教授によってLIDA(動物の権利のための国際連盟)が設立され、動物憲章が世界に向け高らかに宣せられた。これによりハウス教授は一躍、動物擁護者としての名声を獲得したのである。
この憲章によれば、いかなる目的であっても、動物に与えられるあらゆる苦痛は、倫理的見地から排除されねばならない、とされている。
ハウス教授自身がLIDAの会長に推したのは、レミ・ショウヴァン博士だった。ショウヴァン博士はLIDAの長に納まってからは、一般には動物実験反対論者だと思われているが、実のところは積極的な動物実験者だったのである。
またハウス教授自身も、その動物憲章の崇高な理想とは裏腹に、学会、新聞記事、インタビューなど公の場において、間接的にではあるが執拗に動物実験の必要性を弁護し続けている。たとえばこんな具合である。
ハウス教授は、現在行なわれている動物実験の八〇パーセントはただちに止めることができるだろうと述べる。この数字は、多くの反対グループが受け入れ、動物実験者でさえ、自分自身の仕事が残りの二〇パーセントに入る限りにおいては十分に承認しうる数字なのである。
しかし、これは、残りの二〇パーセントを今後数十年間は必要と認めるということであり、それは、毎年数百万匹もの動物の死を意味するのである。
八一年十月二十四日、ローマのリッツ・ホテルで開かれた学会で、多数の動物擁護派の人々は、ハウス教授が体制側医学の立場から、動物実験反対主義を痛罵するのを耳にした。彼は倫理的見地のみから動物実験に反対するという。これは製薬工業シンジケートのガイドライン通りの議論ではないか。彼のスピーチは次のようなものである。
「こと倫理問題に関する限り、私どもは、動物実験反対主義と、何ら意見を異にしておりません。
しかしながら、科学と医学の本質をないがしろにするような幼稚な動物実験反対論、すなわち、動物実験が医学の進歩に意味を持たないとか、逆症療法や予防接種が危険であるなどと公言するような反対論には、私どもは断固、異を唱えるのであります。このような誤った情報を広めることにより、反対論者は大義を自ら傷つけているのであります。もし、動物の権利の擁護という倫理問題にのみその運動の焦点を絞っていたならば、彼らの運動もまったく攻撃を受ける理由もなかったでしょう」。
このスピーチをLIDAローマ支部が、報道関係者のためにイタリア語の翻訳で用意したが、そこではこの反対主義者攻撃のくだりが賢明にも削除されていた。
製薬工業シンジケートは、主要な動物保護団体に対し、彼らの運動を倫理上の議論のみに絞って展開し、科学的議論は無視するようにというガイドラインを与えている。
というのも科学的論争となると、動物実験者にとって不利な証拠が出揃っているため、ことが面倒になるからである。動物保護団体がこのガイドラインに沿って動いている限り、企業側のスポークスマンは実にラクなのである。彼らは常に自分たちの倫理的大義の方がより高尚だと言えるからである――いわく、私どもは犬の幸せよりは皆様のお子様の生命の方がずっと大切だと考えております。
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一九七九年十月、ロンドンで開かれたWFPA(世界動物保護連盟)の理事会で、WFPAの方針に反するような行動をとった人――たとえばハンター、動物実験者など――を理事会のメンバーから外そうという動議が提出された。が、これは一対一〇棄権八で否決された。もしも可決されていれば、なんとWFPAの会長自身が除名されることになるはずだったのである。その会長というのはハンス・ユルゲン・ヴァイヒェルトというミュンヘン出身の学校長で、自身ハンターでもあり動物実験者でもあったが、どういう訳かこんな地位に就いてしまったという人物である。
この翌年、二大保護団体であるWFPAとロンドンに本部を置くISPA(国際動物保護協会)は、もはや自分たちの存在の無用さを隠しおおせなくなったとみて、合併してひとつの団体となって名称を変更することにした。こうして、名前こそ多少新しくなったが、中心人物はまったく旧態依然というグループが誕生した。これがWSPA(世界動物保護協会)である。
そしてこの新生WSPAの会長に選ばれたのが前述のヴァイヒェルト校長である。彼はこれまでにWFPAの会長であったばかりでなく、ドイツ最大の保護団体ADTの副会長、また別の保護団体「ドイツ動物愛好者」の会長も兼任していた。
ところが一方では、バイエルン狩猟協会のメンバーであり、一応動物実験を理論上は非難してはいたものの、時と場合によっては弁護側に回る偽善者だったのである。
では、どのような「時と場合」に動物実験を弁護したのかと言えば七四年、ボンでアルフレッド・ギュトゲマンという外科医が、肝炎の若い看護婦に「生体透析」を試みた。患者の循環系を三匹のヒヒのそれにつないで肝機能を回復しようとしたのである。しかし結果としては、ヒヒも患者も死んでしまった。
外科医仲間はこの試みをまったくの愚行だと非難し、動物実験反対グループも抗議の声を上げた。
この時、四面楚歌のギュトゲマン医師に援軍を送ったのが、ヴァイヒェルトが副会長兼スポークスマンをしていたADTに他ならなかった。ADTはギュトゲマン医師の実験を「人間第一主義」に則っているとして、正当化したのである。ドイツの新聞はこれを「動物保護主義者さえも動物実験を正当化」との見出しで報じた。
他の動物実験反対グループからの抗議の嵐を受け、ヴァイヒェルトのADTは「動物実験に関する我々の見解」という次のような公式文書を発表して、自己弁護をする必要に迫られた。
「世界中すべての国において、科学は、さまざまな領域における動物実験が破棄し得ないものであるということを、異議をはさむ余地なく認めている。動物保護主義であってもこの主張に対する反駁は不可能である。従って、動物実験完全廃止の要求は、まったく無益なものである」。
明らかなのは「科学」の主張に対し反駁しようと思わない保護主義者のみが、反駁し得ないということだろう。その種の「動物保護主義者」とは、もちろん、ヴァイヒェルト一味のことである。
かつて、ADTはドイツ国内の七つの保護団体の推進役だったが、これらの七団体で、七〇年に発効する予定の動物保護法案を起草したことがあった。日頃これらの団体のスポークスマンをつとめていたヴァイヒェルトが草案を作ったのだろうと言われている。いずれにせよ、彼はこの法案を少なくとも支持はしていた。
これは、当然のことながらすべてのタイプの動物実験を容認するものだったが、その注釈部分から抜粋してみよう。
「残酷な動物実験の禁止という基本原理への例外規定も将来は認められなければならないだろう。
法律上、また実際上の理由で、このような実験を、たとえば健康の維持、増進といった特定の研究分野に限定してしまうことが不可能だと思われるからである」(傍点著者)。
さて、これをWSPAの機関誌『アニマルズ・インターナショナル』に載っている表向きの宣伝文と比べてみよう。この機関誌はドイツ語と英語で発行され、世界中のお人好しの動物愛護者に購読され、WSPAの貴重な資金源となっているのである。
「WSPAは、いかなる動物にも痛み、苦しみ、傷を与えることがあってはならないと確信する。
実験用動物に対しても同様である」(ドイツ語版よりの翻訳)。
これで、公的な動物保護運動を支配している偽善の正体がお分かりになったことだろう。このような偽善は、長年にわたって保護団体や動物実験反対グループが意識的に加担した組織的陰謀なくしては、到底、達成不可能だっただろう。
このような状況をはじめて白日のもとに晒したのがCIVIS(動物実験国際情報センター)だったのである。ちょうど、動物実験という誤った研究方法によっておこされている薬害の実態を、科学的証拠をもって、はじめて暴いたのが『罪なきものの虐殺』だったように。
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ロンドンに本部のあるNAVS(全国動物実験反対協会)は、一九世紀に設立されたイギリス最大の動物実験反対グループのひとつである。このNAVSの発行する『アニマル・ディフェンダー』という機関誌は、毎号、反対論関係の推薦図書を紹介する。
しかし推薦されるのは、動物実験を倫理的見地からのみ批判する書物ばかりである。誤った研究方法が人類に与えたダメージについて触れた本など一冊として推薦されたためしがない。
さらに、掲載される写真類も当たり障りのないものばかりで、たまにひどい写真が載せられているかと思うと、必ずといっていいほど「ポーランドでの実験風景」とか「ソ連における動物実験」などというキャプションがついているのである。
これでは、動物実験擁護側としても、あまりピリピリする必要もないだろう。実際、『罪なきものの虐殺』は、今のところ、NAVSの推薦図書リストから外されっ放しの、唯一の主要な反動物実験関係書だろう。
NAVSの理事の一人、ジェームズ・ドナルド・ホイットール博士が『罪なきものの虐殺』の見解に強い共感を示してくれているにもかかわらず、こうなのである。『罪なきものの虐殺』の英国版の出る八カ月ばかり前、アメリカ版を読んだホイットール博士は、七八年八月十七日付で次のような手紙を著者の私にくれている。
『罪なきものの虐殺』を読ませていただきました。素晴らしい本だと思います。動物実験の実態をはっきりさせ、それを克服する道を示していると思います――よろしければ六冊送っていただきたいのですが。当地では手に入らないようですので――この本は、社会に情報を提供するにとどまらず、激しい議論を喚起し、世論を形づくることになるでしょう――ミセス・セイリング(ニューヨークの「動物のための統一行動」代表――著者注)が、私に、NAVS理事会(私もそのメンバーの一員なのですが)に働きかけて、動物実験反対派の研究者を雇い入れ実験のリポートを書かせ、そのリポートをNAVSから定期的に刊行するよう勧めてくれました。そうすれば、一般の人々も実験室内で何が行なわれているかが分かるだろうというのです。そこで私も 一応やってはみたのですが、うまく行きませんでした……。
さらに同年十月十三日付のホイットール博士の手紙である。
コリン・スミス(NAVSの当時の書記長――著者)宛ての貴信のコピー、お送り下さり有難うございました。代替法開発用の資金を準備したからといって、動物実験が廃止されるものではないということをスミスに言って下さったのは、大変よかったと思います。
この手紙から半年足らず後、『罪なきものの虐殺』がイギリスで出版された。その時、私はホイットール博士がNAVSの機関誌に、この本について何か書いてくれるだろうと大いに期待していた。博士が無理なら、せめて編集長のジョン・エヴァンズが書いてくれるのではないかとも思ったが、結局は完全に無視された。
その代わり、というわけでもないのだろうが、『アニマル・ディフェンダー』八一年九・十月号に、当時ドイツの製薬会社が自国内の雑誌にさかんに載せていた動物実験賛歌とも言うべき文が載った。その記事によれば、動物実験のお陰で、人類は生命を永らえさせてもらっている、というのである。が、本当は、多くの実験関係者が生活を支えてもらっている、という方が当たっているだろう。
この記事には、NAVS内部でさえ非難の声が渦巻いた。NAVSの会長で、イギリスの動物実験反対運動の旗手であるレデイこミユリエル・ダウデイングは、やんわりと、機関誌に載せる記事の選択に全責任を持つのは編集長のジョン・エヴァンズだと逃げた。エヴァンズはエヴァンズで、問題のドイツの記事を弾劾する「編集長コメント」も載せるはずだったのが、何かの手違いでその原稿が行方不明になってしまったのだ、ととぼけた。
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NAVS系列の国際レベルの団体は「IAAPEA」と呼ばれ、これには世界各地から五〇余りの動物実験反対グループが加盟している。このIAAPEAの総会が、八一年イタリアのミラノで開かれ、各国代表がスピーチを行ない、動物実験の残酷さ、そしてその無用さまでもがさかんに槍玉に挙げられた。
しかし、ここでも、いつものガイドラインはしっかり守られ、誤った医薬研究法によって人間が受けるダメージについての非難は一言もなかった。もちろん、IAAPEAに加盟している反対グループの中には、まったく純粋な信念を持って加わっているグループもなくはない。
ローマで近年結成されたLAVなどがその例で、このグループの運動の基本原理は『罪なきものの虐殺』のそれと完全に一致するものだった。ところがLAVの代表は、総会では発言のチャンスさえ与えられなかったのである。
***
イギリス最古の動物実験反対団体はBUAV(イギリス動物実験廃止連合)で、本部はロンドンにある。一九世紀末、実験の「廃止」を目的に結成されたが、現在の活動と言えばすっかり本筋からそれたことばかりである。たとえば、動物用シェルターの設置、代替研究法開発の資金集め、そしてやたら豪華なシンポジウムの開催などである。このBUAV主催のシンポジウムでは、国連総会に勝るとも劣らない空しい言葉の羅列が披露されている。
BUAVがどれほどひどく潜入的浸透を受けているかを示す例を挙げてみよう。数年前、イギリス国会に、一八七六年施行の動物虐待禁止法にとって代わる新しい法案が提出された。旧法が時代に合わなくなったためとされてはいたが、新法は明らかに動物実験者の起草によるもので、さまざまな面で旧法以上にひどいものだった。BUAV理事会は、このとんでもない新法の支持にまわったのだった。
『罪なきものの虐殺』のイギリス版が発売されたのがちょうどその頃であり、この本がBUAVの機関誌『動物の福祉』で、こっぴどくやっつけられたのも当然と言えよう。
編集長ジョン・ピットは、たとえば『罪なきものの虐殺』が「ホースリー=クラーク定位装置」(小動物の頭部にカニューレを埋め込む際、動物を動かないようにしておく装置――訳注〉を拷問道具と定義した点を取り上げ、論外だという。彼によれば、この装置の発明は現代医学の進歩に大いに貢献しており、その発明者は称賛されるべき「動物実験反対論者の外科医たち」だったという。
また、一世紀前、BUAVが動物実験「廃止」推進組織として設立されたということを、ピット氏、すっかり忘れたらしく、『罪なきものの虐殺』の廃止論的立場を小馬鹿にして、動物実験賛成派の雑誌『ニューサイエンティスト』からの引用までして、次のように言っている。
「動物実験の制限ではなく、廃止を本気で夢みるような人物の書いた『罪なきものの虐殺』のごとき本は、もうたくさんだ」。
しかしピットのこの動物実験反対論攻撃を機に、BUAVのメンバーが集団で反乱をおこし、次の総会で、それまで長期間会長の座にあったべテイ・アープを追放し、新会長にジーン・ピンクを選んだ(ピンクは、現在イギリスで急成長を遂げている新進の実験反対グループ「アニマル・エイド」の創始者である。このグループの運動方針は『罪なきものの虐殺』のそれと完全に一致する)。
とは言うものの、BUAVの理事会の大半は依然として古株連で占められていたため、ピンク女史は何かと活動の邪魔をされ、間もなく辞任せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
これ以後、BUAV理事会のメンバーに選ばれるのは、BUAVへの忠誠心の明らかな人物に限られるようになった。新理事会は、目下、すっかり傷ついたBUAVのイメージの回復にやっきになっている。このイメージ回復作戦が成功するか否かは、今やジョン・ピットも追放されており、誰にも予測のつかない状態である。
***
BUAVの機関誌『動物の福祉』七九年十二月号で、ジョン・ピットは、その当時まだWSPA(世界動物保護連盟)の会長だったユルゲン・ヴァイヒェルトを、強硬なる動物実験廃止論者
実はとんでもない食わせ者として好意的な紹介をした。そしてWSPAについてヴァイヒェルトが書いた次のような文を掲載した。「WSPAは、倫理的見地から、痛み、苦しみ、傷などを動物に与える、いかなる動物実験をも拒否する」。
とにもかくにも、ヴァイヒェルトの動物保護主義者としての名声は揺るぎないものだった。一九七四年に、バンケルエンジン(ロータリーエンジンの一種――訳注)の発明者であるフェリックス・バンケルが、ドイツで動物虐待の撲滅を目指す財団を設立したが、この財団の理事長に、一も二もなくヴァイヒェルトを据えた。七四年六月、ミュンヘン大学で行なわれたバンケル財団の第一回授賞式では、ポール・ヴァイゲルト博士に、ヴァイヒェルトの手によって賞金が渡された。
では、このヴァイゲルト博士の受賞対象となった業績が何だったかと言えば、五匹のイヌと数百匹のラットを使って、車の排気ガスが有毒であるという、あまりにも分かり切ったことを改めて残酷な実験で証明したにすぎないのである。何をか言わんや、というところだろう。
アラブの大富豪、サドルデイン・アガ・カーンが動物保護運動に肩入れした時も、結果は似たようなものだった。カーンはバンケルのようなまわりくどいやり方は好まず、ある保護団体に資金援助をするというストレートな方法をとった。ところがカーンの崇高な志とは裏腹に、この団体といえせうのが、薬品業界への浸透による切り崩しですっかり硬直化した似而非保護団体だったのである。
私自身、未遂には終わったが浸透されそうになった体験をしている。スイス国内の既存の動物実験反対運動に飽き足りなくなった人々の要請を受け、七九年、私が主宰して設立したCIVIS(動物実験国際情報センター)でのことである。
CIVIS設立の一〇カ月後、チューリッヒで第一回総会を開いた。有力な保健関係の雑誌をいくつか出しているヘル・エルンスト・スタイゲルという編集者が、その総会で発言を行なった。彼はCIVISのメンバーではなかったが、自分の雑誌に『罪なきものの虐殺』の抜粋を載せたり、CIVISへの参加を勧める広告を無料で出しており、我々としては彼を仲間だと考えていたのだった。
ところが驚いたことに、彼はCIVISのやり方があまりにも「アグレッシブ」だと言って非難し始めた。そして、もし我々の政策が今少し「理性的・穏健」なものに変われば、また廃止論的立場を改めて国内の製薬産業の弾劾を止め、そして段階的改善に満足するようになれば、彼が我々の運動のために有力なスポンサーを見つけてくれるなどと言い出した(ただし、そのスポンサーが誰なのかは明らかにしなかった)。
スタイゲルは、これまで自分の雑誌に繰り返し書いていた言葉などまるで忘れてしまったように、スイスの製薬工業の立場を執州心に弁護し、自分の生命が今日あるのは、製薬工業のお陰なのだとまで言った。彼が自分で総会に連れて来ていた少数の人々だけがさかんに拍手を送った。
しかしCIVISのメンバーの反応は冷ややかで、聴衆は次第に反感を募らせ、会場の雰囲気は暴動でもおこりそうなものになってきた。スタイゲルはムッとした様子で、突然、総会会場から退出してしまった。
ところが、これにもこりず、翌日、彼はCIVISの入会申し込みを申請してきたのである。もちろん我々は申し込み書も会費もつき返した。
彼は、CIVISへの入会申請が拒否されたのは憲法違反だとして、CIVISを告訴するかもしれない、などと仄めかしてきた。もちろん違憲であるはずもなく、その点は問題なしとしても、まだスタイゲルは我々につきまとった。
総会会場からとび出した時、彼は会場に数名の「オブザーバー」を残しておいたのだった(この点については、彼自身が手紙の中で認めている)。このオブザーバーたちは、その場のCIVISのメンバーの住所氏名を、可能な限り多くメモした。
そして数日後、これらのCIVISのメンバーたちのもとにスタイゲルからの手紙が届いた。その手紙で彼は、CIVISが輝かしい将来を約束された実に素晴らしい団体であると誉め称え、その運動は多くの志高いスイス市民の精神的金銭的援助を受けるに値するものだと述べた。
そしてCIVISの持つ唯一の汚点さえ排除されれば、その援助を、彼が喜んでとりつけよう、というのである。もうお分かりだろうが、その「汚点」とはすなわちCIVISの理事長であり創設者[ルーシュ――訳注]を指すのは言うまでもなかろう。
このような事情があって、現在CIVIS理事会のメンバーには、創立以前から私自身がその公正さや信念の堅さをよく知っている、ほんの一握りの人々しか名を連ねていないのである。
●動物実験シンジケート事情 イギリス
イギリスにおいて、動物実験シンジケートが手を組む相棒の一人は、古い伝統を誇る動物実験反対組織である。このような奇妙な共謀体制が出来上がっているのは、それが単に反対組織の指導者の無能さゆえの偶然によるものなのか、あるいは意図的なものなのかは、区別がつけにくい。いずれにせよ、結果は同じなので、ここでは問題にする必要もないだろう。世界のさまざまな人道主義運動を常にリードしてきたイギリスは、また偽善的行為の先駆者でもあった。動物実験を「管理」するという時、それは検査官による立ち入り「検査」を意味する。しかし、現在、その任務にある検査官の数はわずか一四名である。約五五〇万件といわれる動物実験に対しこの数なのである。これでは検査官といっても、手紙に返事を書き、許可証を発行するくらいのことしかできるはずがない。その上、彼らは、大資本が牛耳る研究組織と伝統的に密接につながっている内務省の管轄下におかれているのである。
RDS(研究防衛協会)という団体が、イギリス動物実験シンジケートのロビー(圧力団体)である。ロンドンの高級ビジネス街チャンドス・ストリート一一番地、ライセスター・スクエアの近くにその事務所を構える。RDSの会員規約には、具体的にはっきりとその目的が記されている。
「研究防衛協会は、一九〇八年一月、スティヴン・バジェットFRCSによって設立され、次のような目的のために存在する。
(1)イギリス全土における、動物の使用を含む実験・研究の現状、ならびに動物実験が実施されている条件・規制の現状を広く社会に知らしめる。
(2)人間と動物の福祉、人間と動物の生命と健康の救助、そして苦痛の予防のためには、このような実験が重要な役割を果たすという点を強調する。
(3)医学・獣医学・生物学の研究に従事する者を動物実験反対論者の攻撃から守る。
(4)研究従事者が許可証や検定証を内務省に申請する際に援助する――また当協会は、著名人による講演会を会員のために企画することができる――協会の機関誌『征服』およびその他の印刷物は、すべてのメンバーに無料で配布される――」。
RDSのメンバーには研究者ばかりでなく、実験用動物の繁殖業者も含まれている。
RDS会長のハルスベリー伯爵は、これまで二〇年以上にもわたり、国会内で、動物実験擁護の立場で活動を続けている人物である。ドレーズ・テストと呼ばれる実験があるが、この実験では、毎年何万匹もの動物が金属のクリップで目を開かされたまま、たとえば化粧品のごときどちらでもよい薬品によって失明させられてしまう。しかも得られる結果は変わりばえもせず信頼度も低いものなのである。このドレーズ・テストに異議を唱える人たちの気持が、かの伯爵にはどうしても理解できないらしい。
さらに伯爵は、実験室に出入りの許されている数少ない国会議員であるという特権を活用して、アシジの聖フランシスのごとく、じかに動物たちの意見を聞き情報を収集するらしい。七六年六月二十一日、上院で実験動物の苦痛についての討議が交わされていたが、ハルスベリー伯は悪趣味なユーモアを披露した。
「喫煙実験用のイヌについてでありますが、先日、アルデレイ・エッジの研究所を訪れました際、ちょっとイヌたちに聞いてみました。それが、人間にかくも多大な愉しみを与えてくれる喫煙というものに、イヌ自身はどの程度反対しているかを知るにはベストな方法だと考えたわけです」。
彼のリポートによれば、喫煙実験に使われているイヌの大部分は、休み明けの月曜の朝、訓練士が実験再開にやってくると、大喜びして跳びはねるという。
いずれにしても、動物実験反対グループと友好的とまでは行かなくとも少なくとも中立的ー関係を作り上げ、事を荒だてない、という点で、イギリスの実験擁護ロビーは、アメリカのそれよりも、はるかにうまく立ちまわっていると言えるだろう。
ここで、内務省主任検査官、スティーヴン・ヴァインの手紙を引用しよう。監督する側の内務省検査官と、監督される側の動物実験業界との癒着にまだ気づいていない人たちにとっては、真実に目を開くきっかけとなりそうな文面である(それにしても、イギリスの反対グループは、なぜ自らの手でこの種の告発を行なわず、私のごとき外国人に任せておくのだろう)。問題の手紙は、ロンドンSW1、マーシャム・ストリート、ロムニーハウス、内務省という住所入りの内務省公用箋にタイプされ、日付は六九年十月二十二日、宛名人は、積極的動物実験者として知られるRDSのA.D.マクドナルド博士(ロンドンW1、キャベンディッシュ・スクエア、チャンドス・ストリート一一)である。以下、その全文。
拝啓マクドナルド教授
昨夜のロンドン動物園での素晴らしいディナー、有難うございました。RDSにもよろしくお伝え下さい。
さて、一~二の問題に関し、極秘裡に話し合える機会をもちたいと考えております。近いうちに双方に都合のよい日を選び、当方へ昼食時にでも御足労下されば、幸甚に存じます。
敬具スティーヴン・ヴァイン(署名)
さらに次のような手書きの追伸がある。
追伸ケンブリッジのヤング教授〔動物実験者――著者注)宛ての、外科手術用動物に関する私どもの手紙のコピーを同封致します。お役に立てば幸いです。
本来、実験動物を保護すべき立場にある、この内務省検査官と、動物実験業界との癒着は、検査官がこの手紙の数年後、定年を迎えた時、正式に確認されることになった。なんとヴァイン氏は、動物実験ロビーRDSのメンバーに迎えられたのである。
●動物実験シンジケート事情 フランス
フランスでの、動物実験擁護派のロビーは「医学研究協会」という。この協会が、会長に歌手のイヴ・モンタンを据えようとの奇抜なアイディアを思いついた。おそらくは、どのみち、動物実験者にしても医学的知識などないのだから、モンタンが医学についてまったく何も知らなくとも問題はないだろう、とでも考えたのだろう。それに、大衆を甘く見て、完全に洗脳済みかまったく気にしないかのどちらかだと考えたのだろう。とにかく、動物実験シンジケートが重要だと考えたのは、モンタンの人気、すなわち芸能人としての経歴が、一科学者などには到底及ぶべくもない何百万人という熱烈なファンを引きつけているという一点だけだった。
おまけに会長就任の時期が、一時芸能生活から引退していたモンタンの、ステージへのカムバックの時期と重なったこともあり、フランスの新聞・テレビは競って彼にインタビューを申し込み、「医学研究協会」会長受諾の理由を尋ねた。フランス最大の写真週刊誌『Paris-Match』このインタビューに答えて、モンタンは、動物実験を「我々があえて耐え忍ばねばならぬ残酷さ」と呼んだ。
これに憤慨した人々が、モンタンと雑誌社宛てに挑戦状を送った。モンタンと彼が選ぶ動物実験者とを公開討論の場に引き出そうというものだった。
しかし、雑誌社もモンタンもこの挑戦を無視した。
●動物実験シンジケート事情 アメリカ
アメリカには、一九四六年創立の「全国医学研究協会」(NSMR)なる組織があり、そのレターヘッドには、「生物医学の原理とその人道的目標の理解を広めるために」という大仰なモットーが恥ずかし気もなく印刷されている。このNSMRとは、アメリカの動物実験シンジケートの表看板であり、今やアメリカだけでなく仏英伊日独にまたがる多国籍企業へと成長したチャールズ・リバー繁殖研究社傘下にある非公式ロビーなのである。実際、NSMRは、人道的科学組織の仮面をかぶった、動物実験シンジケートの宣伝部門である。
本部は、ワシントンDC、ヴァーモント・アベニューNW、一〇二九番地、国会議事堂からほんのひとまたぎの場所にある。この距離では、シンジケートのロビイストたちが、ブリーフケースに札束を詰め込んで国会議員たちを訪問するにしても、タクシーのお世話にもならずに済むというものだろう。国が動物実験援助予算として七七年一年間だけで、納税者の納めた税金から、何と三〇億ドルを支出したのも頷けよう。
NSMRのメンバーは、と見ると、実験動物を大量に使う国立保健研究所(NIH)、国立科学財団、退役軍人管理局、陸・海・空軍をはじめとするそうそうたる顔ぶれが揃っている。フランスとは違って、アメリカでは動物実験は一応は真面目なビジネスだと考えられているらしく、いかに知名度が高いからといっても芸能人を会長の椅子に座らせたりすることはないようだ。NSMR会長に選ばれるのは、外部に対しては押し出しの立派な、報道関係に向かっても弁舌さわやかな、著名な生物学者か外科医と決まっている。
とは言っても、やはり他の国と同様、NSMR会長と言えども、シンジケートの支配権を握っているわけではなく、単なる飾りものにすぎない。もっとも、金儲けに忙しい現役開業医である会長には、殺された動物たちの血にまみれた金が闇から闇へと動く、全国にまたがるシンジケートを操るだけの時間もノウハウもないのが当然なのかもしれない。
NSMRの前会長、現書記長は、ノースポート復員軍人局病院動物実験室の責任者の心臓外科医クラレンス・デニス博士である。しかし実際にNSMRを動かしているのはこのデニス博士ではなく、クールでドライな専門家集団なのである。彼らは決して表面に出ることはない。
しかし、シンジケートとしての路線を決定するのも、演説や新聞発表の原稿を作るシンジケート好みの「科学記者」を捜し出すのも、PRエージェントや有力なロビイストを雇い入れるのも、すべて彼らなのである。彼らは、大きな法律事務所のオーナーで、国会議員の後援者である場合が多く、国会の中で誰が一番手なずけやすいかもよく知っているのである。実際のところ、NSMRは、その科学的団体としての社会的イメージを損なうことなく政治ゲームを手だまに取る達人だと言えよう。
一般市民がNSMRに宛てて抗議の手紙などを出した場合も、返事が来ないということはまずない。大抵の場合、専門家の手になる仰々しい回答が返ってくる。次に引用するのは、ペンシルヴァニア州力ーライルの一看護婦に宛てた長文の返信の抜粋である。七八年六月三十日付、差出人はNSMR理事、サーマン・S・グラフトン獣医学博士となっている。
あなたの御手紙のトーンから察しますと、今日の生物医学研究室の現状を御存知ないように思われます。三〇年から七〇年も以前の、陰惨な例を引いて一般の人々の感情を逆なでしようとする動物実験反対論者の誤った宣伝にのせられて来られたのではないでしょうか。
医療の専門知識を学んだ人々が、生物医学研究の目指すところが人類の幸福であるという認識もなしに、ただ「百万ドルビジネス」だとみなしているとは、私には到底考えられません――かつて、ソーク、セービン両博士が、サルを使って実験を行ない、サルの腎臓の組織培養によって、ポリオワクチンの製造に成功し、ポリオを我が国の子供たちにとって忘れ去られた病気にしてしまった時、四人の幼い子供の父親として感じた喜びを今でも思い出します。
なんと説得力のある文章だろう。とくにこの獣医先生が、ソークワクチンが導入された時には、すでにポリオはほとんど消滅しており、しかもやがてその危険性が指摘され、セービンワクチンにとって代わられ、さらにセービンワクチンにも発癌性が認められるに至った、という経緯をすっかり書き忘れている点など、素晴らしいではないか。
セービンワクチンに発癌性があるのは、このワクチンがサルの腎臓で培養されたからに他ならない。サルは腎臓にSV-40ウィルスと呼ばれるウィルスを持っているが、これはサルにとっては生来のものでまったく無害であるが、人間にとっては異質のもので、時として致命的ともなり得るのである。
そしてまた、このために、スタンフォード大学の細菌学教授だったレナード・ヘイフリック博士が、流産胎児から採取したヒト細胞を使って別種のワクチンを作ったということも、書き忘れているではないか。こちらのワクチンは無害であることが証明されているにもかかわらず、アメリカの医学界で認められるには何年もかかった。
これは、動物実験支持派の教義を、危地に追いやるような発見だったからである。これについては『罪なきものの虐殺』に詳しい。ヘイフリック博士自身の論文や『タイム』『ニューズ・ウィーク』その他の医学雑誌などからも引用してあるので参考にされたい(日本語版二九五~二九六、三二七頁)。
ニューヨークに本部のある「動物のための統一行動」という動物実験反対グループによる情報を付け加えておこう。それによれば、NSMRの前身は、チャールズ・リバー繁殖研究社の実験用ラットやその他実験器材の調達機関だったという。それが、政治活動や実験動物のイメージ向上に専念する別会社「アメリカ実験動物科学協会」を設立し、やたら多くの獣医をかかえ込むことになった。この会社は、実験動物の斡旋、繁殖、飼育を行なうとともに、高校や大学の授業での動物実験への協力も行なっている。眼球摘出などの一七種の外科手術を施した処理済み実験動物を市場に提供しているタコニック・ファームズも、この会社の傘下にある。
●動物実験はビジネス
数年前になるが、アメリカでももっとも傑出した医師の一人とされるA・V・アレン博士が「動物実験はビジネス!」と題する一文を発表したことがある。ところがこの文は、シカゴの全国動物実験反対協会の発行する雑誌『ザ・ナショナル』にしか掲載されなかった。アレン博士という人物は、シカゴ大学医学部の卒業生であり、イリノイ大学医学部大学院眼科教授、アメリカ医師会会員、シカゴ医師会会員、産業医全国協議会メンバー、エジソン・カンパニー主任外科医などの肩書を持つ押しも押されもせぬ医学界の権威である。このような人物でさえ、動物実験反対論となると、自由に公表できないというのが現実なのである。これは数年前も現在も変わりがない。動物実験シンジケートのチェック能力のしたたかさを物語る例だろう。以下はアレン博士の問題の文の抜粋である。動物実験がビジネスであることに気づいている人は、あまりいないようだ。このビジネスを職業として選ぶ人の動機は、他のさまざまなビジネスに入る動機とまったく同じであるすなわち金儲けと興味である。
しかし動物実験ビジネスを魅力あるものにしているのは高給だけではない。名声なのである。
新聞、雑誌、ラジオ等のメディアを通して自己宣伝ができる。そこが最大の魅力なのだ。動物実験によって、名声が得られなければ、現在の多くの著名な実験者は社会的にも経済的にも凡庸な一般大衆の一人にすぎなかっただろう。
研究という錦の御旗を振りかざし、実験者は大学内に、非常に金のかかる実験室を作らせる。
そこでは、あわれなもの言わぬ動物たちが地獄の苦しみをなめ、その結果、いく人かの人間が自らを「偉大な科学者」と吹聴できるだけの栄誉を獲得する。このビジネスのトップにいる人々は、これが本当はまやかしであることを知っているに違いない。
しかしその下には、自分が科学という機械のなくてはならない歯車のひとつであり、科学の進歩に貢献しているのだと、真面目に信じている多くの普通の人々がいるのも事実だろう……。
この動物実験ビジネスのバブルをはじけさせるには、社会に、彼らの詐欺行為の手口を暴露してしまうのが一番だろう。
では彼らの詐欺の手口とはどんなものだろう。もっとも一般的なのが、新聞発表というしろものである。多くの場合、美辞麗句を連ねて、某研究者が「動物実験によって」ある病気の謎を「解きかかっている」とか「素晴らしい発見」をしたなどと、業界側から新聞社にニュースを流すのである。ところが、よくよく調べてみると、「素晴らしい発見」が実はもう何年も前から周知の事実だったりする。
ここ一〇年ばかりの聞に、しばしばお目にかかったニュースを要約してみると、ざっとこんな具合だろうか某博士は外科手術による狭心症の治療法を研究中である。この方法は○○研究室で考案され、すでにイヌを使っての実験が行なわれている。某博士は××を専門とする凸凹大学教授である実にずる賢い広告ではないか。実験者某博士の売名、大学の宣伝、動物実験バンザイ、そしてわりを喰ったのはイヌだけ、という次第。
このインチキ広告を読んだ読者の反応の方はどうだろう。もし読者が結核だったり、癌だったり、胃潰瘍だったり、狭心症だったり、高血圧だったり、風邪だったり(これらが最近の新聞発表のポピュラーなテーマである)した場合、きっとこう言うだろう。「有難や某博士、有難や凸凹大学、イヌを実験に使うのには大賛成!」。病気に悩む人々にとって、某博士の新治療法は、まさに天国からの甘い調べなのである。しかし、耳に快いばかりで病気は決して治らないだろう。
また、別の詐欺の手口を検討してみよう。医学の分野での有益な業績のほとんどすべてが動物実験に負うものであるかのように言う、宣伝記事にしばしばお目にかかるが、これも詐欺である。
もし研究者たちが、真実に近いところに踏みとどまって、自分たちのしていることを弁護するのであれば、この言い方もまだ許せる。しかし、これらの記事には「もし動物実験がなければ年間数百万人の赤ん坊が死ぬだろう」式の、立証不可能な仮定ばかりが目につくのである。
これほどナンセンスな仮定はなく、ちょっとチェックしてみようという気のある人にとっては、簡単にくつがえすことができるだろう。
たとえばこんな具合にウエスト博士は軍隊毛布のテストを行なった。二〇匹のイヌを毛布にくるんで冷蔵庫に入れ、凍死するか否かを調べたのである。ゆえに、もしイヌによる実験がなければ、アメリカ軍の兵士たちは凍死するだろう。
「もし動物実験がなければ、ペニシリンもサルファ剤もなかっただろう」と動物実験者はよく口にする。ところが、サルファ剤は一化学者、ペニシリンは顕微鏡を覗き込んでいた一生物学者によって発見されたのである。
これに対し、動物実験者は「しかし、使用法や使用量はイヌによる実験で決定したのだ」と反駁してくる。彼らのこの反駁がどの程度真実なのかを知りたいと思い、私は独自に、ペニシリンが発見されて以来、今日に至るまでのペニシリン関連記事すべてに当たってみた。そして分かったことは、一〇の記事のうち九までが、人間でのテストに関するものだったということである。それらを時間の順に並べてみても、まず人間で試されてから、イヌによる実験が行なわれているのだった。
では結局、ペニシリンの使用法、使用量はどのようにして決定されたのだろうか。それは大病院の内科医たち、そして医療の現場の開業医たちが、それぞれの経験と判断を寄せ集めた末に決定されたというのが答えだろう。いずれにせよ、ある特定の集団――とくに動物実験者――だけに、功績を帰するわけにはゆかない……。
●シンジケートの法王
一九七八年五月三日、私はアメリカのラジオ番組で、動物実験界の「法王」と呼ばれる全国医学研究協会(NSMR)の会長、クラレンス・デニス博士と討論するチャンスに恵まれた。デニス博士はノースポート復員軍人局病院動物実験室の責任者をつとめる心臓外科医である。番組というのは、ニューヨークWOR局の「シェリー・ヘンリーアフタヌーンショウ」だった。この時、私がデニス博士に尋ねたかったのは、ニューヨーク自然史博物館で行なわれていた「ネコの性行動についての実験」のことだった。この実験はかなりの年月にわたって続けられ、私が『罪なきものの虐殺』で言及した時点ではまだ続行中だった。
しかし七七年、『ニューヨーク・タイムズ』に中止を呼びかける全面広告が載ったために、一般の人々の知るところとなり、大々的な抗議デモが博物館前で繰り広げられ、しばらく中止されていた。デモの時には、博物館のスポンサーの一部が援助や寄付を取り止めると脅しをかけたが、館長のロバート・ゴーレットがようやく実験の中止を命令したのは、それから一年近く経ってからのことだった。
しかもその後も、アメリカ全土約三〇カ所の実験室では、同様の実験がまだ続けられていた。そしてその三〇カ所の中に、デニス博士のノースポート病院も含まれていたのである。
元来、ニューヨーク自然史博物館での実験内容が外部に漏れたのは、博物館の研究チームが毎年研究助成金を申請する時に記入しなければならない申請書を、ヘンリー・スピラという高校教師が手に入れたことに端を発する。この申請書は、ロックフェラー財団傘下のある団体に提出されたものだった。スピラは問題の書類の存在を博物館の内部告発によって知り、一般には余り知られていない情報公開条例に訴えて入手することができたのである。この条例が適用されるのは公的基金が絡む場合に限られる。
問題の申請書の「主任研究員」の欄には、博物館の動物行動部主事であるレスター・B・アーロンソン博士の名があった。アーロンソン主事は、毎年、研究助成金を申請し、毎年それを受け取っていた。実験の内容は、やはり書面で前もって説明しておく必要がある。彼の書いた説明を読んでみると、実験には(性的に)成熟したオスネコと生後三カ月の仔ネコを用い、まずネコの体のさまざまな部分の切断を行なう。たとえば、両眼球摘出、外科手術による聴覚・嗅覚の破壊、脳外傷、去勢、脊椎切断などである。そして、このような処置がその後のネコの性行動にどのような影響を与えるかを「発見」するのが実験の目的だという。
さらに研究チームは実験計画に「終末実験」も組み込んでいた(研究者用語で「終末」とは「死に至るまで」の意味である)。申請書にはこの「終末実験」の目的が明記されていないところから判断して、おそらくは実験内容にバラエティーを持たせたかっただけなのだろう。
ネコにとっては死による解放まで長くつらい道のりが控えていた。まず、ネコは金属性の枠にしっかりと固定される――あらかじめくり抜かれた眼窩に深く突きささる二本の棒のついた「定位装置」がネコの頭部を締めつける。その上、はっきりと意識のあるネコが動かないよう、クランプで締めつけて鼓膜を破ってしまう。次にこのあわれな動物のペニスの神経を外科的に露出させ、先にフックのついた銀の電極につなぐ。こうしておいて、ネコの「終末」まで連続的に電気ショックを与えるのである。
このような実験を、アーロンソン主事は助手のマデライン・クーパーとともに行なっていたという。申請書にはこの他に「防音室」と「檸猛な動物移動のための檻」が必要であると記入されていた。
この実験の行なわれていた博物館前で行なわれたデモ、そして実験中止を要求する新聞広告を、NSMR機関誌七七年十月号は「むかつく」という形容詞で表現した。
さて、前置きが長くなったが、この実験に対する公式見解を、業界の法王じきじきに示してもらえる機会が巡ってきたのだった。
私の質問はこうだった。「デニス博士、私どもはここに実験記録を持っておりますが、ニューヨーク自然史博物館でのネコの実験の目的を教えていただけますでしょうか」。
そしてデニス博士の答「御存知だとは思いますが、レイプが深刻な問題になっていますね。
このレイプ急増の要因に、異常性行動というのがあるんです。ニューヨーク博物館でやっていたことは、ある意味で人間の頭脳に似た頭脳をもつネコ――いや、その、確かに人間ほど高等じゃないでしょうが、色々な点で、ともかくこの種の目的のためには一応似ていると言えるんですそのネコを使ってその辺りのことを調べてみようと、その辺を目的にやっていたんだと思いますね。それがここ何年もの彼らの研究の目的だったと私は考えています」。これはテープにとったデニス博士の答をそのままおこしたものである。ただし、戸惑いがち恥じらいがちに挿入されるアーやウーは省略した。
追記 このインタビュー当時、デニス博士指揮下の動物実験室で、同種のむかつくような実験が、まだ行なわれていたものと思われる。
PART3 健康への脅迫
癌は金鉱脈
「癌は増加、国会で専門家が発言」。これは一九七九年三月七日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙の見出しである。記事の概略は次のようなものだった。国立癌研究所の担当官が、昨日、上院保健小委員会で語ったところによれば、ほとんどすべてのタイプの癌が今なお増加の傾向にあり、数種は劇的に増えているという。男性の癌では膀胱、前立腺、肺、腸など主要一〇種のうち八種が、女性では肺、子宮、乳、膀胱、腎臓など一三種のうち八種が増加を示している。
癌の致死率の高さは、いわゆる「癌研究費」と呼ばれる予算を大幅にかつ急速に膨張させてきた。
「癌戦争」における国防省ともいうべき国立癌研究所の、七二年から七八年にかけての支出は五〇億ドルに達している。この額は、研究所創立以来七二年までの三五年間の総支出の二倍にあたる。
同じ時期のアメリカ対癌協会(こちらは私立の機関である)の「戦費」も、七一年の七五〇〇万ドルから七二年は約一億五〇〇〇万ドルと、ほぼ倍増した。
しかし、これだけの莫大な出費に見合うほどに癌は減ったのだろうか。答はもちろんNOである。
癌の根絶は、癌のメカニズムを理解したからといって達成できるわけではない。正常細胞を狂わせて癌に変化させる癌誘発物質を最小限に抑えることによってはじめて可能となる。巷に氾濫している科学情報は、空気中にも、食物にも、水にも、薬にも、化粧品にも、タバコにも癌誘発物質が存在するということを教えてくれている。
ところが、これらの排除のためにはほとんど一銭も使われていないのが実情である。
癌誘発物質の使用は法律によって禁止されるべきである。もし禁止されれば、製薬業界は大きな損失をこうむるだろう。その上に、癌治療薬関連の利益まで失うというダブルパンチを受けることになる。
今や癌は医学の問題ではなく、社会経済問題である。自然界にバラ撒かれている薬品類、食品保存剤、工業用溶剤、放射線、殺虫剤――これらが癌の犯人なのだ。ところが、政治家の優先順位では、健康や倫理は利益よりずっと下位におかれている。これまでの各種の癌撲滅キャンペーンがひたすら資金集めに終始してきた理由もここにある。
一九四九年、モリス・ビールが『薬の話』という本に、次のように書いている。
癌患者へのラジウム使用を、どこかの金儲けのうまい医療ビジネスマンが流行らせて以来、.ラジウムの価格は一〇倍にも跳ね上がった。そのためにラジウムを所有する人々にとって、転がり込む莫大な利益のことを考えると、ラジウムを使わない癌治療など容認できるはずもない。
また、癌患者に使われる多量の薬品は、薬品の価格引き上げに貢献する。そのために製薬業界は、薬を使わない自然治療法を認めることができない。そこで、薬も血清もX線もラジウムも、そしてメスも使わずに癌の治療をする医師は――いずれにせよ、それらを使ったところで癌は治せないのだが医学界体制派からひどいいやがらせを受けるのである。
それだけではなく、製薬工業界の勢力下におかれている食品医薬品局(FDA)、郵政省、公衆衛生局、連邦取引委員会をはじめとするさまざまな政府機関からの圧力までかかるのである。
本当に正直な医者は、癌はオーソドックスな治療法では治らない、というだろう。X線や外科手術は、苦痛の期間を長びかせる(場合によっては短縮する)だけである。その期間中、嘘の希望が患者やその家族に「時的な安らぎを与えてバランスを保っているにすぎない。
しかし製薬業界にとっては、この苦痛の期間こそが稼ぎ時なのである。彼らが薬品を使わない癌治療に反対する最大の理由である。原価五セントの薬が、小売値では五ドルにもなる。癌患者の苦痛をごまかすために使われる薬が製薬業界の利益に貢献している度合いはかなりのものである。
また、放射線照射を受けた後には激しい苦痛が伴うことはよく知られており、この時も大量の投薬,注射が必要になる。製薬会社が手術の補助手段として放射線照射を薦める理由もここにあるのである。
痛みが麻痺すれば患者は回復の希望を持つ。そこで大量のアヘン剤が投与される。しかしいかに大量のアヘン剤を使ってみても、照射の後におこる神経炎は結局は患者にとって命とりとなる。
しかも患者はこのアヘン剤を製造原価の百倍もの値段で買わされているのである。
一方で実際に癌は治っている。しかし、善意の人々の寄付で存在もしない病原菌の探索を行なっている癌ビジネスのお陰で治るようになったのではない。コッホ、レフラー、ジェーソンら本ものの医師、そして自然療法のブラスやホクシーらの尽力によるのである。
このビールの記事は古すぎて、今日の状況にはピッタリこないという人がいるかもしれない。そのような人は、八〇年十二月二十二日号の『タイム』を見てほしい。これは「医学」ではなく「法律」に分類されている。
記事によれば、七八年、マサチューセッツ在住の若い夫妻が、白血病にかかった三歳の息子チャドに化学療法を指示した法廷命令に従うことを拒んでメキシコに出国した。メキシコで治療を受けたチャドは九カ月後に死亡、夫妻は子供ばかりでなく住む場所までも失ってしまった。アメリカでは二人に逮捕状が出ていたからである。
チャドが、悪名高いアメリカの治療を受けたからといって治っていたという保証のできる人などいるはずがない。にもかかわらず医学権力の圧力を受けた当局はそう広言したのである。
夫妻は、それまでアメリカ国内でチャドに化学療法を受けさせていた。が、結果は明らかに思わしくないものだった。さもなくば、わざわざ費用をかけ不便さをしのんでメキシコまで行ったりせず、そのままアメリカで化学療法を続けさせていただろう。
一般的な治療法を見限って、多少怪しげな療法にでもすがろうという人々の多くは、それまでの治療法がまったく無益か逆効果でさえあることをすでに経験しており、他に救いの道がなくなっている場合が多いのである。しかし当局はそうは見ないと『タイム』の記事は言う。
七八年のケースを起訴した前司法副長官ジョナサン・プラントは判事に、もし夫妻が化学療法を指示する法廷命令に従っておれば、チャドは今週五歳の誕生日を祝っていただろう、と述べた(原文のママ!)。
そして、他の一般国民同様、完全な洗脳を受けている判事は、あらゆる反証にもかかわらず、の言葉を完全に信用したものと思われる。
癌研究は前進、癌は増力
アメリカ対癌協会と人口動態調査の統計によれば、癌による死者は着実に増加している。一九六八年には死因の一六・八パーセントが癌だったのが、七〇年は一七・ニパーセント、七五年は一九.三パーセント、そして七八年は二〇パーセントを越えた。このような癌の増加の割合は、いわゆる文明国、すなわちアメリカとよく似た医学保健体制を敷いている国では、ほぼ同じだと言ってよいだろう。これが過去二〇〇年間にもわたって、事実上動物実験にのみ依存して行なわれてきた儲かる「癌研究」の成果なのである。記録に残っている最初の癌に関する実験は一七七三年、フランスのベルナール・ペイリルのものである。ペイリルは乳癌患者から採取した「癌液」を犬に接種した。この実験によって彼は、リヨン科学アカデミーの「癌とは何か」という論文コンクールで一位を獲得した。
それ以来、納税者と社会全般の途方もない費用負担によって、何百万どころではない何億というあらゆる種類の動物が犠牲にされてきたのである。常に、これこそが癌の「秘密」を解く最良の方法だと言われ続けて。
しかし実際のところ、癌は秘密でも何でもない。大部分の癌の原因はよく分かっているのである。ゆえに、予防によって避けることが可能である。ところが、予防医学は医学界では継子扱いなのである。金にならないからである
毎年、何百万匹という動物に癌を発生させることによって、癌の治療法を見出そうとする、驚異的に費用のかかる試みは、コンピュータによって犯罪をコントロールしようとする試みに似て、禾己主義、不毛、そして馬鹿げていると言わねばなるまい。外部からの癌細胞の移植、著しく片寄った食餌、あるいはある特定の物質を極端な量与えることなどによって実験的に発生させた癌は、自然に発生する癌とはまったく別のものであり、しかもそれが動物と人間ではさらに大きく異なってくるということは誰の目にも明らかだろう(少なくとも、マスコミや教育を通じて組織的に行なわれる洗脳によって完全に理性を失わされていない人にとっては)自然発生の癌は、それを発生させた生物体そのものと密接な関連を持つ。そしておそらくは精神的なものも大きく影響するものと思われる。
しかし、外部から移植された癌細胞には生物体との自然な関連がまったくない。その生物体は癌細胞の単なる培養基にすぎないのである。
癌というこの恐ろしい病気に対する人々の恐怖をうまく利用して、研究者、製薬業界、そして医学界は、癌を金儲けの種にしているのである。
しかも、癌は、化学会社の作り出す化学工業製品によって引きおこされる場合が多いのである。二〇世紀とは、癌研究、癌治療が、前例を見ないほどの素晴らしい金鉱脈と化した世紀なのである。
***
南ア連邦・ヨハネスバーグで発行されている『ザ・スター』(一九八一年四月十日付)に「なぜ、癌研究は失敗したか」という記事が載っている。
動物を使って実験を行なっていることが、癌研究の失敗の原因であり得る。動物の癌は人間のそれと異なるからである。これは動物実験シンポジウムにおける、ゲストスピーカー、ロバート・シャープ博士の見解である。
シャープ博士によれば、癌研究において、動物実験に代わる他の方法もあることにはあるが、現在あまり広く使われていないという。「当局の調べによれば、イギリスの癌の発生率は著しく増加している――癌研究において、動物実験は好ましい結果を残しているとは言い難い。むしろ、研究方法が動物実験に片寄っていることが、癌研究失敗の原因だといえよう」とシャープ博士は語った。
***
では、この「癌研究」なるものはどのようにして行なわれているのだろうか。動物実験室で仕事をする自称「研究者」たちは、病気の研究というものがいかに行なわれるべきかという点についてはまったく無知である。彼らが知っているのは、癌をも含め、病気をいかに発生させるかという一点のみである。この点については、彼らは実に想像力豊かな素晴らしい業績を残している。
「実験用動物をもっと買うために、もっと金が要る。金が多ければ多いほど、買える動物が多くなり、成功のチャンスも多い」と彼らは言う。大した成功である買われた動物は、皮下に腫瘍を移植され、その腫瘍が成長して体の器官を侵していく様子が観察される。癌の成長とともに苦痛も増し、やがて死に至る。放射線の効果を調べるために、多量の放射線を浴びせられる動物もいる。
しかしすでに述べたように(そして多くの医学者が指摘しているように)、動物に人工的に発生させた癌への効果を調べたところで、それは人間に自然発生的にできる癌とは何の関係もないのである。
強い放射線の影響で、動物の四肢は壊疽にかかることが多く、やがてもげ落ちてしまう。
また、発癌性があるとされている(あるいはその疑いをもたれている)物質を多量に食べさせられた動物は、嘔吐を繰り返し激しく痙攣してやがて死ぬ。腫瘍をかかえている動物の多くは食欲が落ちるが、これは腫瘍の成長速度を緩めることにもなり、苦しみの時間がいたずらに長びく結果となる。
また、腫瘍が化膿することがあるが、そのような場合、その動物は他の感染症にも侵される。腫瘍は胸部、脊椎、耳、尾など体のあらゆる部位に発生させられるが、体の外部にできた腫瘍は同じ檻の中にいる仲間に噛みちぎられることも多い。さらに、温度が腫瘍の成長にどのような影響を与、凡るかを見るために、極寒極暑に放置される動物もいる。
医師から悪性と診断された癌が、すっかり治癒した多くの場合、自然食療法などによってという例が報告されている出版物が、ヨーロッパでもアメリカでも、非常に多いのに驚かされる。
医学界体制派は「もし治ったのであれば、もともと癌ではなかったのだ」と言い逃れる。しかし、不治の癌との診断は「認可された」医者が「認可された」診断法によって下したという事実を、軽々しく忘れてもらっては困るではないか。
次の引用は七九年九月七日、『フィラデルフィア・インクワイアラー』に載った、ダビー・デイヴィスという女性の談話である。
「私の母は九年前、癌と診断されました。医者や病院が与えようとしたのは希望ではなく、大がかりな手術でした。それでは母は生命は助かったとしても、一生寝たきりになる可能性が十分でした。母の癌は心臓のまわりをぐるりと取り巻き腹部にまで広がっているというものだったのです。しかし母は幸運にも、現代医学以外の道もある、ということを知っていたのです」。
ダビーさんのお母さんは、フロリダに住む生化学者の友人を捜しあて、その友人の指示するビタミンと自然食の厳しい食餌療法を守ったのだった。
「今、母は私よりも元気なくらいです」とダビーさんは言う。
現在の癌治療は億万ドルビジネスだ。信じたくないことだが、これは厳然たる事実である。癌を治さずに、ただ、患者の生存期間を引き延ばす。患者にとっては拷問である。一方、自然療法(医師によるもの、カイロプラクティック、食餌法などすべてを含む)は費用がかからない。もしアメリカで、癌治療法として自然療法が合法化されれば、金儲けの手段を失って路頭に迷う人が多数出るだろう。
この記事には誤りが一ヵ所だけある。「患者の生存期間を引き延ばす」というくだりである。大抵の場合、引き延ばすことはほとんどなく、苦痛を倍加させながら短縮してしまうと言ってよいだろう。
いずれにせよ、この種のニュースが全国レベルで報道されるのは非常に珍しい。癌ビジネスの利益の妨げとなるようなニュースは、すべて、オピニオン・リーダーとなるべき大手の新聞によって揉み消されてしまうのである。新聞社が製薬シンジケートの直接の保護下に入っている場合もあり、製薬会社からの広告収入に依存せざるを得ない場合もある。
ヒューストン=ナル・リポート
アメリカではじめて、癌研究内部に調査のメスを入れた報道といえば、ロバート.ヒューストンによって一九七八年から七九年にかけて書かれた一連の記事だろう。これにはWMCAラジオの解説者ゲイリー・ナルの協力があった。今さら驚くには足りないが、この告発記事はアメリカ中の主要新聞社からは、ことごとく掲載を拒否された。たったひとつ引き受けたのが『アワー・タウン』というニューヨークのタウン誌(発行部数五万四〇〇〇)だった。この雑誌はその性格から、広告収入に頼っていなかったから引き受けられたのである。
その後、真面目な医学報道にはあまりふさわしからぬ雑誌『ペントハウス』が引き受けた。このヌード専門誌には、五三五万人もの熱心な固定ファンがついており、タウン誌同様に広告主の圧力からは自由の身だったのである。『アワー・タウン』七八年九月三日、十月二十九日、および『ペントハウス』七九年九月号の抜粋を御覧いただきたい。このヒューストン=ナル・リポートの内容は、よる裏づけを受けている。
その後同様の調査を行なった他の人々に桁はずれの大金を投じて癌征服を目指している組織的癌研究が、大ニュースを発表した――自らの研究そのものが誤りであることが証明された、というのである。
このクライマックスは「癌戦争」である。これはニクソン政権下の一九七一年、PR用として始められたプロジェクトだったが、七八年五月末、ついに敗北を認めざるを得なくなった。国立癌研究所所長アーサー・アプトン博士による敗北宣言は『ニューヨーク・タイムズ』の第一面を賑わした「癌研究・戦術を転換」……。
しかし、この敗北は巨大企業にとっては予定通りだったのではないか。癌は不治という前提に立ってこそ生き残りが可能な企業には、すでに金が湯水のごとく流し込まれた後なのだから。反論ありますか?
●「癌は不治」が前提
ヒューストンとナルは次のごとき疑惑を抱くに至った。何か間違いがおこった。しかしいっさい説明がない。この問題に正面から立ち向かうことを憚らせる何かが介在している。ということは、この間違いが組織的に企まれたものであると考え得るのではないだろうか。
ここで、癌不治仮説と、それを支持するデータを検討してみよう。命題は次の通り。
(1)癌解決に反対するということは、医学専門家にとっては、自己矛盾であり考えられない行為である。
(2)しかし現在の治療法研究体制の中で、職業的に癌と共存している人々にとっては、癌が解決されてしまったという事実を受け入れることが矛盾であり考えられない行為である。
(3)このディレンマの克服法は、たとえ部分的なものと言えども解決を信じないこと、とくにその解決が外部からもたらされた場合は決してそれを信じないことである。
(4)社会的に自らの独善性を防衛するためには、話題になっている研究の前進は、これをすべて欺瞞であるとして、精力的に否定しなければならない。
事実、癌研究がもっとも恐れているのは、解決の展望なのである。「癌解決」の意味するものは、研究プログラムの終結、技術の切り捨て、栄誉獲得の夢の消滅などだろう。ひとたび癌が征服されれば、無限とも見えた慈善団体からの寄付はなくなり、国の予算はカットされるだろう。
そして大量の資金と技術と設備の投入されている高価な外科放射線、化学療法の最新のノウハウは時代遅れになり、現存の医療研究体制は徹底的に打ちのめされるだろう。このような恐怖が、たとえ無意識的にせよ、代替法への抵抗や敵意をおこさせるのである。その代替法が有望そうであればあるほど、敵意も強くなる。新しい治療法は信用してはいけない、受け入れてはいけない、奨励してはいけない、そしてどんなことがあっても許してはいけない、たとえその療法のテスト結果が良好なものであっても(できればテストなどしないにこしたことはないのだが)、とにかく駄目なのである。次に見るように、このパターンが、現実に、常時繰り返し行なわれている。
ヒューストンとナルは、ここで、公的医学からは認められていない数々の治療法を列挙している。
多くの人々がそれらの療法により実際に癌が治ったと証言しているにもかかわらず、医学界はこれらを「にせ医者行為」とみなす。これらの療法の多くは自然療法をベースとするもので、生食が主になっており、費用もかからない。すなわち、医学界体制派に警戒心をおこさせるに十分な条件が揃っているのである。
さて、ヒューストンとナルのリポートに戻ろう。
これらの非正統派治療法は、各種医療関係機関が資金援助や取り締まりを行なう際に参考にするリストに、タブー領域として記載されている。この異端者名簿とも言うべきリストを集中管理しているのはアメリカ対癌協会(ACS)である。
このACSという私立の団体は、現状維持を金科玉条とし、自らの使命は「良すぎる発見の切り捨て」にあると心得ているらしい。ACS発行の「立証されていない癌治療法」というブラックリストがある。これには現在の「手術、放射線、薬漬け」の一般的治療法にあえて背を向けた療法がリストアップされ、こきおろされている……。
それにしても、本来「立証されていないこと」の研究を目的としているはずの研究団体が「立証されていない」という語を軽蔑的に用い、科学における基本的誤謬とも言うべき、「立証されていない」と「誤りであることが立証された」とを混同するとは、実に奇妙な話ではないか。
もし「立証されていない」道に踏み込んではいけないのであれば、残されたのはすでに知っている道しかなく、進歩というものがあり得ないのである。
七三年、NCI(国立癌研究所)の細胞化学部部長ディーン・バーク博士が、当時のNCI所長フランク・ラウシャー博士に宛てた公開状でこう述べている。「ACSの『立証されていない治療法』のうち少なくとも六つは、無害で有効だと思われます。ただちにNCIで調査するに値すると思います」。さらに、「FDA(食品医薬品局)が認可したが、有毒で免疫反応抑制作用があり、その上発癌性がある」とも述べている。
ACSやFDAでは、非正統的治療法を開発したのは無資格のにせ医者どもだと思い込みたいようだ。
ところが「立証されていない治療法」のリストを調べてみると、事実はまったく逆だということが分かる。治療法の七〇パーセントは、その提唱者がMD(医学博士)であり,しかもその五分の一は医学部教授である。さらに一〇パーセントは生化学・生物学などのPhD(博士号)を持つ科学者である。
すなわち「にせ医者」呼ばわりされている人々の八〇パーセントが、きちんとした有資格者だということである。またこれら「にせ医者」の中には紛れもない天才もいる。
たとえば、植物性薬剤KCの開発者で、MDとPhDふたつの博士号をもつモーヴィス・マクウィーン・ウィリアムズである。
彼女は、かつて、スタンフォード大学のルイス・ターマン博士の行なった有名な天才児研究において、天才児グループの中でもとくに秀れた能力の持ち主とされた人物である(因みに、彼女はACSを相手どって、研究業績を中傷したとして、一〇〇万ドルに上る名誉棄損訴訟をおこした。しかし七六年、本人の死亡により中止となっている)。
また、癌の食餌療法開発者として知られるマックス・ガーソン博士については、かのアルベルト・シュバイツァー博士がこう評している。「私は彼のうちに、医学史上最高の天才を見ます。彼に病を癒された人々が、彼の理論の正しさを証言するでしょう」。
ヒューストンとナルは、『アワー・タウン』に載った最初の記事の締めくくりで、かつて一九四九年、モリス・ビールがその『薬の話』の中で、ACS、AMA(アメリカ医師会)、FDAについて書いたことを、歯に衣着せぬ論調で繰り返している。
現代は癌の暗黒時代である。
その時代に君臨する教会とも言うべきACSは、癌研究におけるもっとも革新的かつ有望な道を、異端として禁教にしている。その上、このACSやAMAに従順この上ないFDAは、革新的療法の提唱者を迫害し、その試みを禁止することによって、教会の魔女狩りに協力している――我々はいつかは、本当の敵は自然現象である癌などではない、敵は癌研究エスタブリッシュメントそのものなのだ、という真実に直面させられるだろう。彼らエスタブリッシュメントは人間の病苦を食いものにする寄生虫である。癌征服の希望が見え始めると、いつもそれを破壊し、自らはますます肥え太るよう画策するのである。
基本原理は「利益」
ヒューストン=ナルの記事以前にも、『罪なきものの虐殺』の中で指摘したように、医学エスタブリッシュメントの基本原理は、国民の健康ではなく自分たちの利益である。もちろん医学の世界に限らずどんな職業でもそうであるように、医師の中にも知的で良心的な人はいるだろう。しかし大勢として、医学界は利益のために動いていると言っていいのである。彼ら医師の思考回路が、医学校で最初の生物学の講義を受けた日から、間違った方向に向いてしまったのは、医師個人の責任ではない。当時、彼らには選択の余地などなかったし、ましてや現在、支配者として君臨する医学シンジケートの構造を変革するなどという選択はあり得ないのだろう。ここでもう一度、さきのヒューストン=ナル・リポートを引用してみよう。
ACSとNCIは「癌戦争」プロジェクトの目玉商品として、二八万人の女性を対象とする乳癌の集団検診を共催した。悪名高きX線乳房撮影(マンモグラフィー)である。医師たちのさも親切げな微笑や楽観的な説明にのせられて、いけにえの小羊たちは科学という名の祭壇で、発癌のリスクを高めるとされているX線に我が身を晒したのである。
しかも重点は五〇歳以上の女性におかれていた。この年齢層はX線による発癌の危険性がきわめて高いのである……。
ACSの開くセミナーは、言ってみれば春のファッションショウである。医学記者や科学記者に、多額の研究費の行方を華々しく披露しておこうというわけである。現実には、その大金は失敗以外の何も生み出していないのであるが。このショウではいつも必ずひとつやふたつの「大発見」が発表される。
これが、うまい具合にちょうど寄付金募集の頃に発表され、その上、みごとに科学記者会議の時期とぴったり重なっているのである。この華やかな年間行事を見ると、科学記者というものが、報道よりも宣伝に関わっているということがよく分かる。彼らは医学エスタブリッシュメントの利益の増大の片棒を担いでいるのである。
国民はこの時期、科学記者の書く膨大な量の「癌研究さらに前進」なる記事を集中的に読まされることになる。彼らの癌意識は高まり、はかない偽りの希望を持たされて、不毛な癌研究への攻撃の矛先は鈍る。この辺りでACSの資金集めのエンジンがかかる。
すぐそこまで来ている勝利までもう一歩!という歌い文句につられた何百万人という人々からの小切手が、ACSのもとに殺到するのである。確かに「すぐそこ」――地平線のすぐ向こうまで来ているに違いないが、一九一三年にACSが「緊急臨時団体」として発足して以来、ずっとそこに留まったままなのである……。
医学エスタブリッシュメントが地平線目指して走らせている純金製癌研究馬車の用心棒をつとめるのが、体制派科学記者たちなのである。彼らは決して、代替療法などについて報道しない……。
一九六四年、一人のロンドンの医師が、外科手術は癌を根絶するよりも癌の成長を促す可能性の方が大きいと発表した。その年以来、外科手術による切除とその痛みに果敢にも反対してきた多くの癌専門医たちの研究の理論的帰結がガーソン式食餌療法である。ガーソン以前の医師たちも、癌が全身の病気であり、適切な食事が、癌と戦う体を助ける、との見解を持っていた……。
一九世紀の癌治療医で、外科手術に反対した人々の多くが、適切な食事の持つ治癒力を認識していたという事実は注目に値する。
しかし一方で、いわゆる公的医学が、このような栄養学的アプローチに対し、露骨な嫌悪を示して、いずれはにせ医者の烙印を押されるに違いないと考えていたのも事実なのである。
マックス・ガーソンへの攻撃は執拗に繰り返された。もっとも激しい攻撃は身近な仲間からのものだった。
それでも彼はニューヨークの診療所でかなりの年月、頑張った。癌患者は彼の診療所に最後の望みを託してやってきた。そしてその患者の癌が治ると――事実、多くの場合治った。以前の担当医は、その患者が確かに癌であったということを示すカルテを処分してしまうことさえあった。
一九四六年、上院は、癌の予防と治療研究用の予算承認のための公聴会にガーソンを招いた。
彼は五人の治癒患者の病歴を紹介し、委員会のメンバーに大きな感銘を与えた。この時の二二七ページに及ぶ記録(公文書八九四七一号)は、今では連邦印刷局の古文書の中に埋もれてほこりをかぶっている。
この記録の閲覧を申し込んだある新聞記者は「コピーは一部も残っておりません」との素っ気ない応待を受けた。この公聴会の五年後、とうとうガーソンは、ニューヨーク内のすべての病院での医療行為が許されなくなってしまった。今ではすっかりお馴じみになった「抹殺」の犠牲者になったのである。新しい療法の考案者は杜会的に完全に孤立させられ、医学雑誌に論文を発表させでもらえない。どこかで何とか発表したとしても「非科学的」と一言のもとに切り捨てられる。これが抹殺である。
この間にも切除手術や放射線治療を受け、墓場へと急ぐ犠牲者はどんどん増えた。「あれ以上手の尽くしようはなかった」というのがエスタブリッシユメント側の医者の決まり文句だった。
犠牲者は検査も済ませ、支払いも済ませ、お決まりの苦痛と死への一方通行の道をひたすら辿った。
一九五九年、ガーソンは死んだ。アルベルト・シュバイツァーの妻の結核を治した医師、しかし公的医学界からはまったくかえりみられることのなかったガーソンを、シュバイツァーはこう悼んだ――彼を知り、彼の価値を知る我々は、今日この医学の天才に哀悼の意を表する。
医学界の弾圧を受けてきたさまざまな治療法の詳細な説明の後に、ヒューストンとナルはこう書く。
科学の世界では、革新に対しては、信じ難いような弾圧が、これまでも常にあったのは確かだろう。しかし、第二次大戦後、強大な権力をもつ石油化学工業の抬頭に伴って、弾圧の激しさは一段とエスカレートした。
●APと『タイム』に抹殺されたニュース
一九六〇年代から七〇年代にかけて、化学療法は癌治療の新しい希望としてマスコミでももてはやされていた。薬品の副作用の恐ろしさや、その発癌性、致命性についてはほとんど触れられることはなかった。七三年、NCIの細胞化学部部長ディーン・バーク博士が当時のNCI所長フランク・ラウシャー博士に宛てて公開状を出したことは本書の「ヒューストン=ナル・リポート」で触れた通りである。その中で、バーク博士は、従来の抗癌剤は事実上そのすべてに発癌性があるということがNCI自身の研究によって発見されたと告発している。
APと『タイム』の一般ニュース担当の編集長は当初、このニュースの報道に非常に乗り気だった。ところが医学科学担当の編集長がこれを握りつぶしてしまった。
なぜ、APのごとき大通信社や『タイム』のような有力雑誌がこの種のニュースを抹殺するのかという事情については後述する。
●独自の考えの抑圧
今日、医師たちは、医学界という威圧的なシステムの中で、常に上層部の意向を気にし、独自の考えを抑えながら仕事をせざるを得ない。医師たちは他の何を差しおいても検査を行なう。彼らの診療は、ひたすら防衛的であり、良い診療をしようという積極性がまったくない。彼らは独自の判断で新しい学説を取り入れることを恐れ、どうひいき目に見ても非科学的としか言いようのないやり方でお茶を濁しているのである。CAST(農業科学技術協議会)、IFT(食品技術研究所)というふたつの半官半民「非営利」団体がある。CASTの場合を見ると、その運営は、加盟メンバーからその規模に応じて年会費を五〇〇〇ドルかそれ以上を徴収して成り立っている。現在のところ、ダウケミカル、モンサント、ホフマン・ラロシュその他九四社からの会費がCASTの収入の半分を占める
非営利とはいえ食品工業、化学工業の営利第一主義の影響をもろに受けたこのような団体が、アメリカ国民のための「食事プログラム」なるものを作り上げ、現在のような問題の多い食習慣を国民の間に定着させてきたのである。その上、発癌性食品添加物の問題では、これを過小評価し、国民に誤った意識を植えつけてきたのもこれらの団体である。ヒューストン=ナル・リポートは、CASTのような団体の実態の暴露を試みた全国規模の報道が、これまでまったくなかったことに気づかせてくれる。
●アメリカは最高の医療環境に恵まれている
ヒューストン=ナル・リポートは続く。ACS(アメリカ対癌協会)は、ジェーン・プロディという『ニューヨーク・タイムズ』の敏腕科学記者に対し非常に好意的である。プロディは 九七七年、ACSの副所長アーサー・ホレブ博士と共著で『癌との闘いには勝てる』を出版しており、さらに同年、彼女のいささか感情的にすぎると思われる化学療法礼賛記事「癌との薬戦争」に賞を与えた。「卓越したコミュニケーション」というのがその受賞理由だった。
一方で、やはり科学記者で「アメリカ・ジャーナリスト作家協会」の会長をつとめるパット・マクグラディ・ジュニアーが、西ドイツ・ボンのヤンカークリニックで成功した癌に対するビタミンA.酵素療法についての記事を書いた。
この記事は一部ではアメリカ・ジャーナリズムの古典とさえ絶賛されているにもかかわらず、五年間もあちこちの雑誌から掲載を断られ続けた末、ようやく『エスクァイア』に拾われたのだった。なぜ断られたのか?パットはこう言う。「雑誌社がACSにお伺いを立てたからなんです。私の原稿を見せて『これどうでしょうか』と尋ねたわけです。するとACSはあっさりとこう言ったんでしょうね。『アメリカじゃ、もっと水準の高い医療環境に恵まれてるんですよ。外国でのことなんて役に立たないんじゃないですか。ボツにしましょう』とかね」。
彼女の父、バトリック・マクグラディ・シニアーは、かつて、ACSの方針に反旗を翻してACSを辞職した人物である。そのマクグラディ・シニアーはこう語る。「ACSの科学部門、医学部門の連中は誰一人として本当の科学研究などできはしない。彼らはこと金集めに関しては素晴らしいプロだ。だが、癌をどうやって予防するか、どうやって治すか、という点に関しては何も知りはしない」。
さて、ヒューストン=ナルの結論はこうだ。
癌戦争における我が軍の将軍たちは不適格である。医学・石油化学連合軍の銃口は間違った方向――すなわち我々国民に向けられている。今、我々は、我々の基本的人権の第「番目である生命の権利――ひいては健康の権利を断固要求しなくてはならない。
癌で生計を立てる人々
年々、癌による死亡者数に匹敵するだけの人々が、癌によって生計を立てていると言って過言ではないだろう。それゆえにこそ、化学・医学・動物実験コンビナートが現状維持に全力を注ぐのである。ACS(アメリカ対癌協会)は、一九一三年に設立された時点では「緊急臨時組織」だった。しかし今や、化学・医学・動物実験コンビナートと結託して行動する永続的集金宣伝マシーンになってしまった。一九七八年会計年度のACSの収入は一億四〇〇〇万ドル、総資産は二億二八〇〇万ドルを越えている。このうち研究活動に支出するのは年間収入の三〇パーセント以下で、その研究もACS自身が行なうものはほとんどなく、外部団体の研究に資金援助をするという形が多い。
しかし、それらの「研究」がどのようなものか、またどのような成果が上がっているかについては、ほとんど話題に上ったことがない。
ヒューストン=ナル・リポートによれば、ACSの年間予算の五八パーセントは職員の給与と事務費に消えており、上層部の年収は七万五〇〇〇ドルにもなるという。二億ドルを越える資産が投資に回されており、その結果、ACSは銀行の上得意におさまっている。ACSの重役のうち一八人は銀行関係者で、七六年八月現在、資産の四ニパーセントがこれらの重役の関係する銀行に直接投資されている。ここにも当然のようにロックフェラー家が顔を出している。
各種慈善団体の独立監督機関として全国的にその名の知られている全国情報局が七六~七八年度のACSの会計検査を行なっているが、その結果もかなりスキャンダラスなものだった。次のようなものである。
「ACSの資産の累積に関しては、これが次年度の予算要求額を越えるものであり、疑問の余地がある――ACSは過去数年にわたり、より十分な資金があればより多くの研究補助金が出せただろうとの主張を繰り返してきた。しかしこれは、その正当性が事実によって立証される主張ではない」。
今のところ、このような、エスタブリッシュメント内部の真実の姿を伝える声は無視されている。
その種の報道記事は、体制派の新聞社や出版社では受けつけられない。単行本の場合も普通は出版してくれる出版社がなく、万が一、何とかして印刷までは漕ぎつけたとしても、メジャーな販売ルートに乗ることはなく、その上すぐ絶版にされてしまうというのが現実なのである。
出版された少ない例を見てみよう。ロバート・E・ネターバーグ博士とロバート.T・テイラーによる『癌産業の陰謀』(ピナクル出版、ニューヨーク、一九八一年)である。
NCI(国立癌研究所)やACSの行なっている研究活動は、何億何十億ドルという大金を費やしているにもかかわらず、癌征服の歩みにまったくの逆効果しかもたらしていない。これらの癌エスタブリッシュメントは新しい方法や考え方に対し非常に閉鎖的である。そのために、視野のうちに明確な目標を見定めることのない自閉的組織になってしまっている。
しかし、ACSの筆頭副所長フランク・ラウシャーは七八年六月五日、WMCAラジオで臆面もなくこう言ってのけた。「ACSは国民の利益のために活動する団体です。ACSの資金の大部分は癌患者のケアとリハビリのために使われています」。
このきれいごとの科白の裏にかくされた真実も、ヒューストンとナルは暴いた。ACSの七八年度の予算を検討してみると、たった六二〇万ドル、すなわち五パーセントだけが「個々の癌患者の援助」のために支出されているにすぎないという。
この数十年の歴史を持つ癌撲滅運動の宣伝マシーン、ACSの資金集めの巧妙さには、今や何かしら芸術的な雰囲気さえ漂っている。もちろん、大義を掲げた団体はACSに限らず一般論として、資金集めには長けている。動物愛護団体は言うに及ばず、老人福祉しかり、難民救済しかり、癩救済しかり。
しかし、癌は群を抜いているのである。
多くの著名人が、癌との「聖戦」のためとあらば、その団体がどんなことをしているのか、どのように運営されているのか、はたまた誰を益するのか、などまったく気にする様子もなく、いそいそと名前を貸すのである。八一年三月一三日付『インターナシ・ナル・ヘラルド・トリビテン』に載った次のような記事は珍しくもないだろう。
パスツール研究所およびワイズマン研究所の癌研究費のために催されたパリ・オペラ座での慈善公演で、モナコのカロリーヌ王女の姿が目を引いた。ルドルフ・ヌレイエフが自作の「ドンキホーテ」を踊ったこの公演では二〇万ドルの収入があった。
主催したのは、オペラ座を借り切った宝石商のジャック.アルペル氏とギイ・ド・ロスチャイルド男爵夫人である。男爵夫人は、ロスチャイルド家のパリでの住居であるランベール・ホテルで二五〇人招待の夕食会も開いた。
パスツール、ワイズマン両研究所の研究が主に動物実験によって行なわれているということは、今さら言う必要もあるまい。そして両研究所が、癌研究の分野での大混乱に大いに貢献してきたことも。
さらに八一年十月十二日号『タイム』を見ると、「フランク・シナトラ(六五歳)がスローン・ケタリング癌センターのための慈善興行でルチアーノ・パヴァロッティと共演――」とある。
喜劇俳優のジミー・デュランが死んだ時『タイム』はこう書いた。質素な八室の家に住み、ダモン・ラニョン癌研究基金のために、生涯飽くことなく働いた」。
この奇妙なACS方式はヨーロッパ各地でも真似されている。ごく最近のことだが、イタリアの新聞が、自動車王エンツォ・フェラーりがその全財産をイタリア随一の動物実験研究室である「マリオ・ネグリ薬理学研究所」に贈るとの遺言をした、と発表した。この研究所は創立以来一五年、何百もの論文を世に送り出してきたが、その中に有益な発見は唯のひとつもないと言ってよいだろう。
フェラーリのケースは悲劇的な例と言えよう。彼は最愛の一人息子ディノを筋ジストロフィーで失っている。明らかに誰かが、もし、より多額の資金が動物実験に投資されておれば、ディノの病気は治ったに違いないと、フェラーリに信じ込ませるのに成功したのである。ディノがずっと幼い頃投与された薬か母親が妊娠中に飲んだ薬が原因で、不治の病にかかった可能性が高いのだということを、誰も彼に教えはしなかった。
さらに同じイタリアで、七九年五月八日報道された感動物語がある。ピサに住むパオロ・ギアンダイという一〇歳の少年が癌で死ぬ際に、イタリア対癌協会に自分の貯金を全額寄付すると遺言したというのである。新聞社はこの話を大々的に取り上げ、癌研究資金調達の絶好のチャンスを逃がすまいと張り切った。記事にはパオロ記念寄付金の送り先の住所が抜け目なく付け加えられた。
人は死ぬ。癌で死ぬ人も多い。そして全財産を、ありもしない「癌研究」に遺贈する。それが自らの苦痛と死の原因を生み出した組織そのものへの遺贈であるとも知らずにいるのである。これは故意に流されるにせ情報の威力なのである。そしてこの陰謀は今や本家アメリカのみならず、世界中に広がっているのである。
治療しない方が長生きできる
カリフォルニア大学バークレー校の生理学教授ハーディン・ジョーンズ博士が癌患者の追跡調査を二五年スパンで行なった結果、公式医学で「認可」された「手術・放射線・薬剤」治療を受けた患者に比べて、治療を受けなかった患者の方が早く死ぬという事実はない、むしろ長生きする場合が多い、ということが明らかになった(そしておそらくは、苦痛も少ないと言えるのだろう)。ジョーンズ博士はこれを一九六九年のACSの科学記者セミナーで発表した。この時、彼は、自分自身が一九五五年に同じテーマでニューヨーク科学アカデミーの会報に書いたことの確認を行なったのである。この報告の後、彼は多くの医師から称賛の手紙を受け取った。科学引用インデックスを引いてみると、その後報告された別人による三つの論文が彼の報告を支持していることが分かる。
ところがこのジョーンズ報告を記事に取り上げたのは、新聞一紙、保健ニューズレター一誌だけだった。製薬シンジケートが検閲を行ない、このような物騒なニュースを国民一般の目に触れさせないよう取り計らったからである(医学関連ニュースに課せられる厳しい検閲については後の章で述べる)。
さらに、ジョーンズ報告によれば「癌治療の効果を支持する証拠は、組織的な生物測定の誤りに依存する」というのである。
彼の報告はその後論駁されていない。また癌患者の治療後の生存率が改善されたというニュースも聞かない。むしろ反対に博士の調査によれば、乳癌の場合、従来の治療法による治療を受けない患者の方が四倍も長く生きるという。「治療を拒否した患者は平均一二・五年生きた。手術その他の治療を受けた者の平均生存期間はわずか三年だった。
癌患者への外科手術は逆効果であるという点については、疑いを差しはさむ余地はない」。
我々の病気に対する恐怖の多くの部分は、肉体の統一性を壊し、激しい痛みとストレスとに晒す治療そのものに対する恐怖だろう。まず外科手術は癌を広がらせ転移を促進する。イスラエル・ワイツマン研究所のマイケル・フェルドマンらの一九七八年の研究によれば、初期腫瘍は転移を実際に抑制しているのだという。
さらに、手術による肉体的精神的ショックによって自然な免疫システムに狂いが生じる。免疫作用はあらゆる病気に対するもっとも重要な防衛手段であり、正常に働けば、病気を克服できる可能性は十分なのである。次に放射線照射は、この自然な免疫システムをさらにひどく破壊する。
その上、放射線そのものに発癌性があることは広く知られている。さらに化学療法も、薬自身に発癌性がある場合がある。また、薬の作用が激しすぎ、癌が患者を殺すより早く、薬が殺してしまうことさえおこり得る。
一九八〇年七月、前イラン国王レザ・パーレビがカイロで死亡した。ロイター電によれば、パーレビ国王の死亡後、アメリカ人心臓外科医で、主治医師団の一人だったマイケル・デベイキーがテレビ局のインタビューで次のように語ったという。国王の直接の死因は癌ではなかった。癌を阻止するはずだった化学療法が死因だという。
さらに、名前はふせてほしいというもう一人の医師によれば、エジプト人医師が薬の量を増やした途端に、感染症がおき、死に至ったのだという(『ラ・スイス』一九八〇年七月二十九日)。
癌治療のために、それまで六年聞も化学治療法を受けてきた国王が、死の前年の秋、メキシコからニューヨークへと飛び、アメリカの素晴らしい癌専門医の手中に落ちた瞬間、彼の生きのびる望みは、断たれていたのである。
七九年十月二十六日付の新聞を見ると、医師団は、まず、国王の胆のうの切除手術を行ない、それから癌の集中治療を勧めたという。同じ記事によれば「国王の細胞標本検査を行なった病理チームが、今日、結果を発表した。診断は大細胞型リンパ腫」だという。
そしておそらくは、薬品と手術とによってボロボロになった体をひょっとすると治してくれるかもしれない、まったく別の流儀の医者のところへ行ってみようなどという気を、国王がおこさないようにだろう、癌専門医グループは、自分たちの治療法の有望さを力説したのである。
化学療法チームのリーダーとなるモートン・コールマン博士は、近年リンパ腫が薬品によく反応しているという点を強調した。「リンパ腫はこの処置に非常に敏感に反応します――リンパ腫に対しては、打つ確かな手があるのです」(『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』一九七九年十月二十七~二十八日)。
もし誰かを癌にかからせたいと思うなら、次のような手順を踏めばよい。
(1)大手術を受けさせる。
(2)大量に放射線を浴びさせる。
(3)集中的化学療法を受けさせる。
今日、公式医学によって「認可された治療法」で治りたいと望んでいる癌患者に施されている治療というのがすなわちこの三段階なのである。実際、パーレビ国王にも、この通りが行なわれたのだった。
一八九〇年式手術 お値段は二万五〇〇〇ドル
今日のアメリカにおける乳癌の標準的治療法と言えば、いまだに一八九〇年代のハルステッド式定型的乳房切除である。ピッツバーグ大学外科教授、バーナード・フィッシャー博士を委員長とするNCIの特別委員会からは、このやり方は一九世紀の誤った生理学に基づくもので女性の体を切り刻むだけだとして異議が出されているにもかかわらず、ACSはいまだにこれを支持しているのである。癌がⅠ期かⅡ期であった場合、生存率について言えば、この定型切除法は、イギリスで一般に行なわれている単純切除に比べて、決して良いとは言えず、しかも免疫システムへの打撃はより大きいと思われる。このアメリカ式切除法は果たしてその平均手術料二万五〇〇〇ドルに値するものなのだろうか。組織的詐欺に、国民はだまされているのではないのだろうか。
アメリカでは、毎週少なく見積もっても一〇〇〇人の女性が定型的乳房切除を受けており、そのうち、かなりの人が、ただ生体組織検査を受けるためだと信じ込んで手術室に入るのである。手術で切除するのは、乳房、胸筋、およびその付近のリンパ腺であるが、切除後、患者には、狭い範囲の切除手術の場合に比べ、はるかに大きな苦痛が残る。
とくにリンパ腺の切除は患者にとってまったく得るところがない。単に手術料を引き上げて医者の懐を潤すという、儀式的犠牲の意味しか持たないのである。この手術法が考案された一八九〇年代には、癌がリンパ腺を通してだけではなく、血液を通しても広がるという事実がまだ知られていなかったので、リンパ腺切除も止むを得なかったと言えよう。
いずれにせよ、リンパ腺切除は、単に不必要というばかりではなく、有害でもある。
異端者は切れ
すでに述べたように、ACSとNCIは共同で乳癌のX線集団検診を実施している。五〇歳以上の女性を中心としているが、この年齢層は放射線による発癌の危険性がもっとも高いのである。ロスウェル・パーク記念研究所、生物統計学部長アーウィン・プロス博士言うところの「医原性乳癌の史上最悪の大流行」を生む統計的可能性が考えられるにもかかわらず、この集団検診は精力的に続行されているのである。
フロス博士はこの他にも、しばしば率直な発言を行ない、医学界を当惑させている。たとえば、一九七八年八月十日、ニューヨーク州議会保健委員会において、博士は、食生活改善および発癌性物質の規制という癌の初期予防の重要性を強調したが、その発言中、癌産業の営利第一主義という微妙な問題に触れたのである。
「癌の初期予防というのは癌産業にとっては脅威でありましょう。なぜならば、予防が可能になれば、治療による癌のコントロールという現状に代替法をもたらすことになるからであります」。これは癌産業にと。て見逃すわけにはいかない発言だろ。そして次に彼が白血病に使用する放射線量軽減に関する研究を発表した時、NCIはついに彼への研究助成金を打ち切った。
国会予算員会の聴聞会において、ブロス博士は、連邦政府の癌研究費が主として「人間の癌などにはまったく興味もなく、病気の予防などまったく気にかけたこともない実験室研究者に流れている」と告発した。
さらにNCIの癌ワクチン開発計画を「あれはまったくの茶番。時間と労力とお金の無駄使い。その半分の時間と労働とお金が初期予防につぎ込まれていれば、今頃は我々は、癌征服の道を着実に前進していただろう」と酷評した。これではNCIが彼への助成金をカットするのも無理ないだろう。
さらに、NCIが高額な研究委託契約を身内同士で結んでいたという事実が露見するに及んで、この無節操な経営のあり方も槍玉に上げられた。
ウォルフ博士という人物も、七七年、予算委員会で同様の意見を述べている。「産業界はこれまで自らがその原因を作り出してきた癌へのコスト支払いを免れてきたが、もし癌の予防が達成されれば、彼らの利益を大幅に減少させることになるだろう」。
さらには「癌戦争」司令官の中からさえも批判的発言をする人々が現われ始めた。コールド・スプリング・ハーバー研究所長でノーベル賞受賞者、ジェームズ・ワトソン博士がその一人である。
七五年、MIT(マサチューセッツ工科大学)におけるシンポジウムでの博士の発言である。「アメリカ国民は癌関連では粗悪品を売りつけられている」。
癌の八五パーセントが環境汚染が原因と考えられているにもかかわらず、NCIの予算のうち環境問題に費やされるのは、一〇パーセントに満たない。さらに環境問題の大半が食品に関係すると言われているにもかかわらず、食品研究に使われる予算は一パーセント未満である。
しかもこのごくわずかな額でさえ、七四年の国家癌対策法の改正以後、ようやくNCIに強制されるようになったものなのである。
さらにもう一人つけ加えておこう。NCIの予防部副部長ジオ・ゴリ博士は、七六年、アメリカ人の癌の原因の少なくとも半分は食習慣に関連すると考えられるとの証言を行なった。その率直すぎる発言がもとで、彼は七八年、NCIをクビになった。
化学・医学・動物実験コンビナートの陰謀を暴露しようとするジャーナリストたちは、権力側の番犬とも言うべき『ニューヨーク・タイムズ』『タイム』『ワシントン・ポスト』『シカゴ・トリビューン』などからは切り捨てられる。それと同様に、医学界の内情を暴露してその利益と権威とを危機に陥れるような医学内部者も、容赦なく切り捨てられるということなのである。
では今後の情勢にまったく希望がないのかと言うと必ずしもそうではなさそうだ。このところ、権力側の築き上げていた沈黙の壁に少しずつヒビが入りはじめているように思われる。ジャック・アンダーソンは何とか医学権力の検閲をくぐり抜け、自らのコラム「ワシントン・メリーゴーランド」に、「慈善ならざる慈善」と題する一文を載せるのに成功している。以下はその抜粋である。
あの病気、この病気との闘いのための寄付を集める各種の慈善団体は、その出発点においてはすべて、人間を病苦から救うという高適な理想を掲げていた。
しかし、これらの団体の中には、その当初の目標を見失うものも出る。自分たちの大義だけに固執し、出来上がってしまった官僚機構を存続させることに汲々とし始めるのである……。
このような官僚主義の偏見にとらわれている慈善団体のひとつが、かの有名なアメリカ対癌協会(ACS)だろう。ACSが癌治療法研究のためにと宣伝して集める寄付金は、年間一億八〇〇〇万ドルにも上る。
ACSへの寄付の多くは企業からのものである。批評家たちが私の助手モニカ・マッケンナに語ったところによれば、これがネックとなってACSはその広報活動を寄付募集と禁煙キャンペーンに絞らざるを得ないのだという。
ACSは、職場や環境を発癌性物質で汚染している企業を非難して、法人寄付をフイにしようとはゆめ思わないのだろう――と批評家たちはにらんでいる。それゆえに、たとえば、靴職人、病理学者、繊維工業労働者などが日々その危険に晒されているホルムアルデヒドに関する報道に、その絶大な威力を発揮しようとしないのだ、と(ペンシルヴァニア州スクラントン『トリビューン』八二年一月二十日)。
王立癌研究基金
アメリカの対癌協会(ACS)に当たるイギリスの団体と言えば、王立癌研究基金(ICRF)である。そのレターヘッドによれば、ICRFは登録慈善団体であり、その後援者は、王立動物虐待防止協会(RSPCA)の後援者と同じ高貴な人物、すなわち女王陛下であるという。ただしRSPCAは、その名称が「虐待防止」であるにもかかわらず、人類のためと称して、動物実験を正当化している団体なのである。さて、このICRFも大英帝国の慈善団体の伝統に則って、そのトップには貴族を据えている。
会長はアンガス・オーグルビー卿、理事長はエリック・スコウェン卿という。このスコウェン卿の方は、スコウェン「教授」の他に、恐ろしく長ったらしい称号が続く。MD(医学博士)、Dsc(理学博士)、HorLL.D(名誉法学博士)、FRCP,FRCS,FRCPE,FRCPathといった調子である。
ICRFは、ある若い女性からの質問状を受け取った時、いかにも彼女の誤解を悲しんでいるといったポーズをとってみせた。この女性は拙著『罪なきものの虐殺』を読み、その中で癌研究の分野ではこれまでお金が不足したためしがない、不足しているのは頭脳なのだ、と書いてあるのに注目した。そして、お金のあるICRFがなぜ、新聞広告で寄付を募り続けるのかと質問してきたのだった。
実際のところ、かつて英下院で、癌に関する「有効な」研究のための資金は、必要とあらば国が出す、という保証が与尺られたのである。一九五二年四月二九日、モルソン氏が研究資金の保証に対し次のような発言をしたという記録が残っている。「現在のところ、資金を使えば使うほどよりよい結果が得られると考える理由は何もない」。このモルソン発言の正しさを時間が証明したと言えよう――五二年以来、毎年、癌研究費は増加の一途を辿っているが、一緒になって癌の死亡率の方も増加しているのである。
さて、八〇年五月八日、ICRFは無遠慮な質問状を出した女性に、次のような主旨のいんぎんな返事を送った。差出人は「クレーム処理係」G・K・マクロードMIPR、FBIM、FISMとなっている。
「ICRF会員の多くは、あなた同様に動物を愛しており、商業べ麦で行なわれる動物実験は受け入れられるものではないと考えております。ですから、あなたの動物観と私のそれが同じであると申し上げてよいと思います。しかしながら、人間にそして動物にも苦痛を量る病気の治療の道を見出そうとして日夜研究に励んでいる非常に頭脳明晰な科学者たちとともに仕事をしている私にとりまして、不足しているのは資金ではなく頭脳であるとおっしゃるあなたの御意見には同意致しかねます」
七〇年代末、イギリスだけでも一二万人以上が癌で死んだ。イギリスに限ったことではないが、この一二万人の癌の原因の多くは環境要因それに薬である。
つまりほとんどの癌は予防可能だったということなのである。それは現在も変わらない。しかし相も変わらず癌の脅威を格好の口実として寄付金を集め、それを湯水のごとく使い続ける人々がいる。
ICRFとそのライバル「癌研究キャンペーン」とが運営する「癌チャリティ」は、癌死者が増え続ける中でますます盛況を呈するのである。このふたつの団体の合計資産は四四〇〇万ポンド、年間支出は二二〇〇万ポンド、ところが、癌の教育と予防に使われるのは、そのニパーセントにも満たないというのが現状である。
G・K・マクロード氏、そしてICRFの会員諸氏、今のままの宣伝を続けるといい。あなた方の「カモ」はどんどん増え続けるのだから。
予防接種 『罪なきものの虐殺』への追補
予防接種の効果を正確に評価するのは困難である。接種されたグループとされないグループ(対照グループ)を十分な人数で実験し、統計的に有意な分析結果を出すことが不可能だからである。それゆえに、予防接種の効果は好意的に解釈しても、はっきりしないというところだろう。
一方で「衛生」の効果には、はっきりと歴史的評価が与えられている。中世以降、ヨーロッパを荒廃に追い込んだ度重なる疫病の大流行がようやく下火になった原因は、予防接種ではなく衛生観念の普及だった。疫病が衰えを見せ始めたのは予防接種の始まる半世紀も以前だった。しかし衛生観念の導入と疫病の衰退はちょうど時を同じくする。この点に関して、医学史の専門家たちの見解は一致する。
予防接種の効果の評価が曖昧であるという状況は、また、化学・医学・動物実験シンジケートに手前勝手な主張を言いやすくさせる状況でもある。つまり、効果ありの統計的証明ができないということは効果なしの証明もできないということだからである。ところが、手前勝手な主張も、それが医学エスタブリッシユメント――大学教授、研究所長、保健官僚など――から出されると、国民はその主張が事実であり真実であると頭から信じ込んでしまうものなのである。
ポリオを例にとってみよう。ポリオが予防接種によって根絶されるものではないという決定的証拠が医学文献を賑わしている。
むしろ、集団接種が導入された地域ではどこでも、ぶり返し、あるいは初期増加が見られるという。この顕著な例がブラジルだろう。ブラジルでは、集団接種が始まるや否や、空前のポリオ大流行がおこったのである。
にもかかわらず、このような事実は医学界では故意に無視される。というのも、予防接種神話は、化学・医学シンジケートにとっては、癌鉱脈にも匹敵する確実な収入源だからである。
ジュネーブのWHO(世界保健機構)は、セービンワクチンこそがポリオ撲滅の立役者であるとするセービン自身の論文を発表し、同様の内容のソークの論文も出している、ということを申し添えておこう。一方フランスでは、ソークワクチンもセービンワクチンも両方とも問題にされない。
というのは、パスツール研究所自前のワクチンを差しおいて、よその国のワクチンにお金を出すことなど考えもしないというだけの理由である。自前のワクチンとは、研究所のかつての所長ピエーマール・レピンの名をとってレピンワクチンと呼ばれているもので、ソーク、セービンをはじめとするこれまでに生み出された各種のワクチンと同様、まったく無益かつ危険な代物である。
動物の細胞から作られたこれら各種のワクチンが危険なのは、それが動物に由来するからに他ならない。中には発癌性が証明されたものもある。これが、ヒト細胞を使ったワクチンを生み出すきっかけとなった。このヒト細胞ワクチンには発癌性はまったくない。とは言うものの、すべてのワクチンには危険性がつきものであることは否定できないが。
フィラデルフィア(後にスタンフォードに移転)のレナード・ヘイフリック博士によって開発された、このヒトニ倍体細胞株を使ったポリオワクチンについては『罪なきものの虐殺』に詳しいので御参照いただきたい。はじめから動物を使う方法が法律で禁止されておれば、このような危険のより少ないワクチンがもう何十年も前に作り出されていたことだろう。アメリカのメルク研究所のウィルス生物学研究部長モーリス・R・ヒルマン博士が『アメリカ呼吸器疾患評論』(90:683,一九六四年)に書いたものを御紹介しよう。
二倍体細胞のもうひとつの利点は、動物培養細胞には自然に存在しているウィルスの汚染がないという点である。事実、もしこのような二培体細胞がもっと以前に入手できていたならば、ポリオその他のワクチンにサルの腎臓が使われたかどうか大いに疑問である。
さらにヒルマン博士によれば、二倍体細胞は動物細胞では増殖しないウィルスを増殖させるという。
これは、普通の感冒の原因とされ、特別なコントロール方法のないライノウィルスなどの不活性化ウィルスおよび生ウィルスワクチンの開発の可能性を開くものだろう(『サイエンス』143(3606):976,一九六四年二月二十八日)。
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アメリカでの豚インフルエンザ予防接種禍についてはお聞きになったことがあるだろうか。大流行すると宣伝されたにもかかわらず、流行らず、かえって予防注射による死者までが出てしまい、フォード大統領にとっては思わぬ失点になってしまった事件である。何千人という犠牲者やその家族がアメリカ政府を相手どって訴訟をおこし、多額の補償金を勝ち取っている。
この種の予防接種禍は、医学界がその権力をほしいままにしているような国では珍しくもない。
毎年秋になると、ヨーロッパ中の薬屋にはこんな広告が出るではないか。「インフルエンザの大流行間近か!予防注射を受けましょう!」。そして、宣伝に乗せられやすい人々は列をなして予防接種を受けるのである。今では医学体制派でさえも、インフルエンザの予防注射は大きな危険が伴う割には、予防の効果がないという点を認めているのに、この有様なのである。
一九八一年十月一日、フランスで開かれていた予防接種禍裁判において、パスツール研究所前所長メルシエ教授に、なぜ研究所がその無用性が広く認識されているインフルエンザワクチンの製造販売をいまだに続けているのか、という質問が向けられた。その時の教授の正直すぎるほどに正直な答である。「研究費の助けになるからです」。
●BCG禍
製薬業界の番犬とも言うべきマスコミが、ポリオワクチン禍の全貌を明らかにするまでには、まだ二〇~三〇年は待たねばならないだろう。しかしポリオ同様に一般的なワクチンである結核ワクチンBCGの実態は、現在明らかにされつつある。BCGの問題がもはや無視できる段階ではなくなってしまったためである。
一九五〇年、BCGの無用性危険性を主張する医師グループの激しい反対を押し切って、フランス政府はすべての学童にBCGの接種を義務づけた。これはパスツール研究所にとっての、莫大なたなぼた式利益を意味した。
当時、国民にBCGを押しつけようと画策していたフランス政府のあの手この手を、医療関係者たちが記録に残している。その中でも目を引くのがマルセル・フェルー博士の『BCGの失敗』だろう。フェルー博士は一九八一年現在八八歳。ポワティエ出身の小児科医で、国立医学アカデミーの会員である。七七年『BCGの失敗』を自費出版した。この中で彼は、BCG義務化の初期の頃は彼自身も関係者たちの宣伝にのせられ、自分の子供たちにもBCGを受けさせたこと、しかし下の方の子供の時には接種を拒否し、孫たちの頃には接種を妨害さえした、との体験を綴っている。
これは彼自身、そして同僚たちの経験を総合して出した結論だったという。
さらにこの本には、ポワティエ医学校学長選挙立候補とりやめの経緯も出てくる。同僚に強く推されての立候補で、当選は確実と見られていたが、立候補を取り下げない場合は拒否権を発動するとの保健相からの圧力がかかったという。理由はフェルー博士のBCGに対する姿勢にあったのは言うまでもない。
イギリスの製薬・医学シンジケートの御用雑誌『ニューサイエンティスト』が、七九年十一月十五日、「インドの裁判で結核ワクチン敗訴」という長文の記事を多少当惑げに掲載した。インド政府が要請したある調査の結果を、それまで隠していたが、公表せざるを得なくなったのである。記者はニューデリー、K・S・ジャヤラマンとなっている。
インド南部で開かれた結核ワクチンBCG評価の裁判で、驚くべき事実が明るみに出された。
ワクチンは「バチルス性結核には予防効果がない」というものである。この徹底的かつ仔細な調査は、WHOおよび米国の協力を得て、インド医学研究協議会(ICMR)が一九六八年から行なっていたものである。
この発見によって引きおこされた現場の困惑は、次の文からも伝わってくるではないか。
このBCG裁判は昨年終了していたのであるが、その余りにも驚くべき結論のために、インド政府は、インド、WHO双方の専門家が、ニューデリーとジュネーブで数度の会合を重ね、その結論のもつ意味を十分に分析し終わるまで、発表を遅らせていたものである。
次の文面はさらに興味深い。
BCG接種を受けたグループでの結核発病率はわずかながら、対照グループ(BCG接種をしないグループ――訳注)のそれよりも高い。ただし統計的に有意な数字とは言えない。これにより、BCGの予防効果は「ゼロ」と結論された。
「統計的に有意でない」と言いわけがましく付け加えてみても、BCG未接種の人々よりも接種した人々の方が、結核罹患率が高いという事実を糊塗することはできないだろう。実は、この結核発生率のパターンは、一般的伝染病発生率パターンを踏襲しているにすぎない(ただし医学界体制派はこれを見て見ぬふりを決め込んでいるが)。
すなわち、ある伝染病の集団予防接種が開始されると必ずその発生率は急上昇する、その後下降に転じて徐々に接種以前のレベルに落ち着くというものである。そのため、発生率をグラフにする場合、接種直後の急上昇の頂点を初年度にとれば、その後は発生率が下がっていると読めるのは当然だろう。その際初年度以前の発生率が低かったという点を指摘する人などいないのである。
この数字のごまかしは、ポリオに関してとくに甚だしかった。ソーク、セービンワクチンが導入された時には、ヨーロッパでのポリオ流行はすでに一段落した後だったのである。一方、熱帯を中心とする地方では、ワクチンが用いられているにもかかわらず、あるいはワクチンが用いられているがゆえに、今日なおポリオは増加の傾向にある。
しかしながら、司法官であると同時に行政官でもあると自認している化学・医学・動物実験コンビナートにとって、自らの敗北を認めなければならない理由などまったく見出せなかった。八一年一月末、WHOさえも思いのままに操っている彼らは、ようやく例のインド発のニュースのショックを和らげる方法に辿り着いたらしい。「国際連合」の名のもとに、スイスのマスコミが次のように報じたのである。「さきのインドのBCG裁判について調査を行なっていたWHOのふたつの専門家グループは、BCG接種をこのまま継続するのが適当であるとの結論に達した」(まったく同じ時期に、母乳の代用として粉ミルクを使用することを、WHOの三〇名の委員が承認した、と報じられている)。
人間モルモット――『罪なきものの虐殺』への追補
単純に人道主義的立場から発言する人々というのは、医学研究者からは、感情的すなわち非科学的と見くびられがちである。しかしそれらの人々とは一線を画する、十分な医学的素養を持った人人も、動物実験に反対し、同時にすべての人体実験に対し、反対の声を上げている。今日行なわれている医学実験の大部分はまったく無益だと言えよう。その理由として、第一に、健康を支配する基本原理は実験で確かめなくとも、常識として理解されているからである。
第二に、実験では過激な手段によって人工的な病気状態を作り出すが、このような不健康状態は、生体の内部から自然発生的におこるそれとは決して同じではないからである。
それでもなおかつ、実験による医学研究は増加し続けている。これは、この方法が確実に経済的プラスをもたらすからだろう。そして、たとえ医学の正道からはずれ、健康をよりひどく損なわせることになったとしても、少なくとも研究者個人の好奇心を満たすことができるからだろう。
実験者たちは「イヌか赤ん坊か」という殺し文句を使って、自分の無意味な実験を弁護してきた。
しかし現実には、彼らはイヌも赤ん坊も使う。赤ん坊の方はもちろん事なく済ませられる場合だけである。実験者の多くは、イヌでは正確な解答が出せないことを知っている。それで赤ん坊を使いたがるのである。公共施設に収容されている孤児、身よりのない呆け老人、刑務所の囚人、場合によっては心理的経済的に圧力をかけやすい弱い立場の人、そして何も知らない一般の病人をだますということすらある。この問題に関しては『罪なきものの虐殺』の中で、完全とは言えないまでもかなり詳しく述べたつもりである。しかし『罪なきものの虐殺』以後、状況はさらに悪化している。
現在アメリカでは、少なくとも二五の州で囚人を医学実験に使うことが認められている。ペンシルヴァニア州だけでみても、バックス郡刑務所、ランカスター郡刑務所、ホルムズバーグ刑務所、バークス郡刑務所、ノーザンプトン刑務所、デラウェア郡刑務所、レバノン郡刑務所、フィラデルフィア教護院、チェスター郡農場刑務所などが実験に参加している。
一九七八年八月号『ナショナル・インクワイアラー』に、クリス・プリチャードの「製薬会社、患者をだましてモルモットに」と題する記事が載った。
食品医薬品局、科学調査部の医官であるマイケル・ヘンズレイ博士が明らかにしたところによれば、生まれてくる赤ん坊に呼吸障害をおこす可能性があるということを知らせずに、妊婦たちに、ある種の鎮痛剤を与えていた研究者がいたという。実際に、この研究の目的は「新生児に軽度の呼吸機能低下をおこさせる」ことにあったという。そしてさらに別の薬剤がその治療に有効かどうかを調べるために……。
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「動物実験はサディズムである。そしてこのサディズムによって教育された医者たちは、大衆にとっての最も深刻な懸念さえも正当化してしまう」と言ったのは、フランス人医師G・R・ローランである。今から二〇~三〇年ほども前のことである。さらにそれよりかなり以前、一九一二年に、ドイツ人医師ヴォルフガング・ボーンは次のように書いた。ローラン、ボーン両者の言葉は、今日見ても予言的だったという他はない。
「動物実験の公に言われている目的は、どの分野においても達成されておらず、将来においても達成されないであろうと予言できる。それどころか、何千人もの人間を殺してきた。動物実験の拡大がもたらしたものは唯ひとつ科学の名を借りた拷問と人殺しのみである。おそらくは、この人殺しは今後も増え続けるだろう。なぜならば、それが動物実験の論理的帰結なのだから」
実験室内で日常的に行なわれている動物実験は、実験者の医学的理解力を鈍らせる以上に人道的感性を鈍らせる。これを証明するリポートは、医学文献中には目白押しだが、一般の人々の目に触れるような報道はほとんど行なわれない。次に引用するのは、一九七九年二月一日、オーストラリア、シドニーの『シドニー・シャウト』に載った例外的とも言える記事である。
シドニーで、数名の多動児の異常行動を抑えるための脳外科手術が行なわれた、と州政府に報告があった。「頭を壁に打ちつける癖のあった少年に脳手術が行なわれたが、この手術によって少年は廃人同様になる可能性がある」とニューサウスウェールズ州人権擁護委員会コーディネーターのレックス・ワトソン氏が本紙記者に語った……。
このような手術の副作用のひとつとして考えられるものに視野の二五パーセント狭窄がある。
またワトソン氏によれば、一般の手術に比べ死亡率も格段に高いという。
人権擁護委員会の調べで、これらの手術はすべてプリンス・ヘンリー病院神経精神科で行なわれたことが確認された。手術は大脳辺縁系に対し行なわれるもので、これは記憶や思考に影響を与える旧式のロボトミーとは異なる。しかし医療関係者の中には、この手術は、人間の基本的本能を歪めるものだと考える人々もいる。
現在調査中の患者の一人は、手術後、四回も自殺を図っている。
『精神衛生』一九七三年三月号に、ワシントン大学精神医学部精神医学技術調査グループの代表であり、開業医でもある、ピーター・ロジャー・ブレギン博士が次のように書いている。
またまたロボトミーと精神外科手術のニュースである。フィラデルフィアでひとりの黒人男性がヘロイン中毒で死亡したが、この男性の頭部に奇妙な傷あとがあるのに気づいた新聞記者がいた。これは、彼の脳の一部が、麻薬中毒治療のための試験的手術で灼かれた時できた傷だった。
記者は執刀した神経外科医を捜し出した。この医師は死んだ中毒患者の男性に手術を試みる前に、サルで実験を行なっていたというが、その実験は不完全なものであったことを認めた。
ケンタッキー州ルイスヴィルでは、三〇歳の女性が前頭葉白質切裁術が原因で失明した。患者は医師を相手どって訴訟をおこしているが、原告側の証言によれば、この女性の頭痛の原因は心因性であったにもかかわらず、精神療法のチャンスをまったく与えられないままロボトミーが施されたという。
ミシシッピ州ジャクソンでは、神経外科医が、多動児数人(最年少は五歳)に脳の切除手術を行なった。そのうちの一人には、電気凝固を五~六回行なったと執刀医は話している。この子供は手術後かなり扱いやすい患者にはなったものの、知能は低下しているという。手術を受けた子供たちの人種について、医師は明言を避けているが、病室を垣間見た人の証言よれば、三人は黒人だったという。
うつボストンでは、鬱病の女性が電極の埋め込み手術を数回受けた後、それ以上の手術を拒否し、外科医、精神分析医両者に激しい怒りをあらわにした。この女性はその後すぐに自殺したが、医師たちはこれを「満足のいくケース」と報告している。すなわち、この女性は鬱病からは回復していた、さもなくば自殺するエネルギーもなかったはずだから、というのである。
さらにボストンで、ふたつの大きな電極で脳を串ざしにされたまま一年間放置された患者たちがいる。この電極にはさらに四〇個ほどの小さな電極がついており、それらで脳を刺激したり脳波を記録したりした。リモコン実験のために一年間そのままの状態が続けられた後、神経外科手術が行なわれた。
タラヴでは、同性愛好者にポルノ映画を見せ、彼らの「快楽中枢」に刺激を与えるという実験を行なった神経外科医がいる。彼らを異性愛好者に転換させるために行なったのだという。この神経外科医は、「人の患者に同時に一二〇もの電極を埋め込むという非公式「記録」ももっている。
ボストンの神経外科医グループが『アメリカ医師会誌』に、スラム街での暴動は政治要因のみによって引きおこされるのではなく、暴徒たちには何らかの脳障害があると考えられるという主旨の論文を載せた。司法省は、個人のうちに潜むその暴力的性向を見つけ出す「検査法」と神経外科的治療法の開発に研究助成金を出した。国会までもがその年に五〇万ドル、翌年一〇〇万ドルの助成金を立法化した。
このような手術を行なっているのは一握りの変質者ではない。ボストン、ハートフォード、ニューヨーク、フィラデルフィア、ニューオリンズ、ルイスヴィル、サンフランシスコ、サンタモニカ、それに国立衛生研究所などの権威ある医療機関に勤務するれっきとした神経外科医や精神分析医なのである。
脚注には次のようにある。
これらの報告のうち、新聞紙上や法廷で公開されたもの以外は、国会議事録一九七二年二月二十四日、E一六〇二~一六一ニページに詳細に記録されている。
次の引用は『タイム』一九七九年四月二十三日、「精神病院での極秘手術」より。
先週、バトリック,マーフィー弁護士がシカゴで訴状を提出した。訴状によれば、一九五〇年代から六〇年代にかけ、イリノイ州マンテノ精神病院の患者二五名ないし一〇〇名に対し「非公靭興極秘」の精神外科手術が、シカゴ大学ビリングズ病院において実施されたという。手術では患者の副腎が摘出された。副腎というのはコルチゾンその他のホルモンを作る器官である。手術の責任者は、癌のホルモン治療法でノーベル賞を受けたチャールズ・B・ハギンズ博士(七七歳)だったという。
ここで、シカゴ大学側は憤然としてこの告発内容を否定したとある。しかし記事はさらに次のように続く。
マーフィー弁護士は、人民保護官として、法的に無力な立場の人々を護る責任があるとして、大学側の否定に対して、反証を示している。すなわちマンテノ病院が事実上「人体実験室」だったと証言する、ある精神分析医のメモを公開したのである。
「人間モルモット、失明の男性に二九〇万ドル」一九八一年一月二十七日、ニューヨーク発UPIより。
生後まもなく失明した二七歳の男性が、医療過誤の賠償として二九〇万ドルを受け取ることになった。医師が両親の了解を得ずに、国家予算のバックアップを受けた医療実験にこの男性を使ったのだという。
この男性は、ニュージャージー州ユニオンシティに住むダニエル・バートンで、彼の弁護士は「このケースは人間モルモット隠しだった」という。ダニエルは一九五三年ニューヨーク病院で未熟児で生まれ、二八日間保育器に入れられていた。ダニエルの両親はそれまでにも一人子供を亡くしていたが、医師たちは今度の赤ん坊は大丈夫だと太鼓判を押した。が、ダニエルは失明した。
二七年間、両親は運命だと諦めていた。しかし二人の考えが変わったのは、未熟児に大量の酸素を与えるという、国家予算補助の医療実験についての記事を雑誌で見つけた時だった。これらの未熟児は皆、ダニエルと同じ一九五三年生まれで、その多くが失明していた。
マンハッタンの州最高裁判所陪審は、ダニエルの失明の原因は酸素実験にあるとの評決を下し、月曜日、二九〇万ドルの賠償を認めた。
ダニエルの弁護士、マーク・ワイゼンは、病院からダニエルのカルテを入手し、彼が保健省の未熟児研究プログラムに組み入れられていたことを立証した。医師たちは未熟児に、誕生後一カ月間純濃度の酸素を与えることが救命に効果があるかどうかを実験していた。しかし、この高濃度の酸素が赤ん坊の網膜に通じる細い血管を収縮させ失明に至らせた、とワイゼン弁護士は言う。
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「日本の戦時人体実験隠蔽にアメリカが協力」一九八一年十一月二日付『インターナショナル・へラルド・トリビューン』より。フィリップ・J・ヒルツ署名の記事、以下はその全文。
[ワシントン発]第二次大戦中、日本はアメリカ人捕虜をも含む約三〇〇〇人を、生物兵器実験で殺害した。しかしアメリカ軍上層部が日本側と秘密協定を結び、この実験の事実を隠蔽したと最新号の『原子物理学会報』が伝えている。
この秘密協定は、関係者の戦争犯罪免責の含みもあるものだったが、アメリカ側がこの協定に同意したのは、貴重な実験結果をアメリカも利用できるようになるからだった、と『会報』の記者は書く。
生物兵器開発用の実験動物として使われた犠牲者たちは、大量のペスト菌、炭疽菌、天然痘菌などによって殺された。さらに、病原菌だけではなく、放射線、馬の血液の輸血、生体解剖などさまざまな殺され方をされたらしい。
『会報』の記事を執筆したジョン・ポウエル氏は、膨大な量の日米間の秘密協定文書を、情報公開法に則って国防省から入手したと述べている。そしてこれらの文書のうち六つの文書からの引用を記事の中で行なっている。
当時、日本と妥協したアメリカ側関係者は、実験でアメリカの兵士が多数殺されているため、もし問題が表面化すれば、「アメリカ軍内部の高官の責任追及というこみ入った状態にもなりかねない」という危惧を持っていたという点がそれらの公式文書から明らかになるとポウエル氏は言う。
軍そのもののコメントはいっさいない。またアメリカ人兵士の犠牲者の数、名前なども明らかにされていない。この点につき、ポウエル氏は、軍部はこれらを日本側に詰問すればことの全貌が公の目に触れる可能性が大きくなるのではないかと考えて、あえてしなかったのだろうと推測している。
まず実験期間中に提出されていた古い報告書によれば、当時日本には非常に高度な生物戦プログラムが存在していたこと、そして石井四郎軍医中将指揮下で実験が行なわれていた三カ所のキャンプで大量の戦死者が出ていたことが確認できる。
一九四七年五月六日、東京からワシントンに宛てた極秘電報がある。それによれば、戦争犯罪の免責が保証されるならば、実験の全情報を提供する旨の石井中将の意向が伝えられている。さらにポウエル氏が引用している別の文書によれば、石井中将から入手した実験情報は生体実験に伴う「良心の呵責」を考えると、「評価できない」ほどのものであり、アメリカにとってこの機会を逃せばもう二度と手に入れることができない種類の情報だったという。
また、この情報の値段は、日本が実験を実施するために支払った現実のコストに比べると、まったく取るに足らないほどに「安あがり」だったともいう。
エドワード・ウェッター博士およびH・1・スタブルフィールドという二人のアメリカ人のメモによれば、その後、石井中将はBW(生物戦)実験の犠牲者の検死の際に使われた八〇〇〇枚の細胞標本など具体的なものの提供をし始めたことが分かる。さらにそのメモにはこうある。
「戦犯裁判が行なわれれば、この種のデータが世界中に完全に公開されることになるだろう。アメリカ合衆国の防衛と安全のためにも、公表は避けるべきだと考える」。
さまざまな実験が捕虜を対象にして行なわれたことがうかがえる。たとえば、まず捕虜を病気にカカらせる、しばらく病状の自然な進行過程を観察した後、病原菌の与えたダメージの程度を観察するため病人を「犠牲」に検死を行なうのである。
メリーランド州キャンプ.デトリック(後にフォート・デトリック)基礎科学部長エドウィン,V.ヒルが、この実験結果の持つ価値の大きさに注目し、一九四七年十二月に出したリポートの中で次のように述べている。「この情報を自らすすんで提供してくれた日本人は、この価値の大きさのゆえに、辱めから免責されるべきだろう。また我々は、この情報が他の国の手にわたらぬよう最大限の注意を払わねばならない」。
さらに東京の米軍司令部からの別のメモにはこうある――日本に「戦争犯罪免責」を与える利点は、それにより「石井中将とその忠実な部下たちの過去二〇年間の貴重な蓄積を我々が利用できるようになる」という点である。
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『罪なきものの虐殺』で、アメリカやイギリスでは、研究者たちが、堕胎されたばかりの胎児を実験材料として病院から買っているという話を書いた。表向きの禁止にもかかわらず、この胎児売買はその後も広がり続けている。
最近は、アメリカ政府の支出する研究費が、フィンランドの病院から買った生きた胎児を使った実験に費やされているという噂も耳にする。なぜフィンランドかと言えば、フィンランドでは妊娠五カ月までの人工流産が法的に認められているが、五カ月の胎児は人工流産手術後保育器内で生かしておくことが可能なのである。そのような生きた胎児が研究用に売られているのである。
いつものことながら、このような恥ずべき事実をあえて社会に知らせようとする報道機関はほとんどない。その数少ないひとつがコネチカット州グリニッジの『グローブ』である。一九八〇年八月十九日「人工流産胎児、実験用に生かされる」という見出しの、チャールズ・ラクマン署名の記事が掲載された。
フィンランドのある病院で、生きた人間の胎児を使ったぞっとするような実験が行なわれている。それを資金援助しているのがアメリカ政府である。
『グローブ』が入手した情報は、胎児の首を切り落したり、腹部を切り刻んだりして実験が行なわれている。それも胎児には麻酔さえかけられていない、という非常にショッキングな内容である。
オランダ人ジャーナリスト、ハンス・ペルケルの調査によれば、人工流産児はヘルシンキの病院から一万二〇〇〇ドルで買われており、その費用の出所はアメリカ政府なのだという。オハイオ州クリーブランドのアメリカ人研究者ピーター・アダム博士がフィンランドに送金したもので、アダム博士はヒト胎児研究助成金として、アメリカの国立衛生研究所から六〇万ドルを受け取っているのである。
当のアダム博士は、先月、脳腫瘍のため四四歳で亡くなっている。未亡人の小児科医キャサリン・キング博士が『グローブ』に語ったところでは、アダム博士はもう随分前にフィンランドの研究グループとの縁を切っており、今はアメリカの資金が彼らの研究に使われている事実はないという。また、アダム博士はクリーブランドの自分の研究室でも胎児を使った実験は止めていた、とキング博士は言う。
元来、フィンランドがこのような実験の場として選ばれたのは、フィンランドの中絶法が非常にリベラルで、妊娠五カ月までの中絶が法律で許されているからである。五カ月の胎児は中絶後も生きのびる場合が多い。生きのびた胎児は保育器に入れられ、ヘルシンキからトウルクという港町に運ばれ、その恐ろしい運命に弄ばれる日を待つ。
トウルクの実験室で働いていた一人の看護夫は、フィンランド人研究者マルティ・ケコマキ博士のもとで行なわれたこれらの実験のひとつを目撃したという。彼のぞっとするような証言は、『グローブ』の姉妹誌『ナショナル・エグザミナー』に今週掲載された。
「博士たちは胎児を取り出しておなかを切り開きました。肝臓が欲しいのだと言っていました。赤ん坊を保育器から出した時はまだ生きていました。男の子でした。体は完全で、手も足も口も耳もありました。尿さえ分泌していました」。おなかが切り開かれた時、赤ん坊には麻酔注射は打たれていなかったという。
この惨劇についての説明を求められたケコマキ博士はこう答えた。「人工流産児なんてゴミですよ」。そしていずれにせよ、このような胎児が生きのびる可能性はほとんどないのだ、と彼は言う。「それならば、社会のために役立てた方がずっといいんじゃないですか?」。
ケコマキ博士もお決まりの人道主義を振りかざしたのである。これはすべての動物実験者が自らの血なまぐさい殺害行為を正当化するために使う決まり文句である。『グローブ』はさらに続ける。
博士はこの新しい方法ですでに何人もの赤ん坊の命を救っているという。彼の胎児実験の目的は、未熟児の脳への栄養供給の方法を見つけることである。そのために胎児の頭部を切り取り脳を隔離し、栄養を与える実験を行なう。「未熟児を救おうと思えば、人工流産胎児の脳や肝臓が要るんだ」と博士は言い、実験が残酷で野蛮だとは思わないか、という問いかけには、ただ肩をすくめただけだった。
ここで蛇足ながら付け加えておくと、前述のアメリカ人医師ピーター,アダム博士は、ケース,ウェスタン・リザーブ大学の小児科教授であり、クリーブランド・メトロポリタン病院の小児代謝部長だった。このふたつの医療機関は、ロバート・ホワイト博士が有名なサルの脳移植実験を行なった場でもある(「ついに脳の移植」の項参照)。このホワイト博士の脳外科医としての技術と経験をもってしても、アダム博士を脳腫瘍から救うことはできなかったのである――それも四四歳という若い死だった。
貧しい国からの搾取
貧しい発展途上国は、欧米の製薬業界にとって、格好の猟場である。健康教の宣教師を装った精鋭セールスマンを送り込み、政府高官を賄賂で抱き込んだり言葉たくみにだましたりして、先進国ではその有害さのためにすでに売れなくなってしまった薬さえも売りつけるのである。販売活動が思い通りに運ばない場合は、恐喝や政治的暴力といった非常手段に訴えることさえもいとわない。暴力? まさか、と思われるだろうが、その例がチリで起こっている。一九七二年、自身医師でもあったサルヴァドール・アジェンデ大統領が指名した薬事委員会が、治療効果が立証しうる薬品は二〇~三〇種しかなく、国際処方薬は削減されるべきである、という答申をまとめた。この二〇~三〇種というのは中国のいわゆる赤脚医生(裸足の医者)の用いる薬品類とほぼ一致する。ところが、この答申を実行に移そうとした少数派医師のほとんどが、一九七三年九月十一日、クーデターをおこしてアジェンデ政権を倒した軍事政権によって、その週のうちに暗殺されてしまったのである(アメリカのCIAがこのクーデターに手を貸していたということは、ワシントンが認めている)。
このクーデターによって成立した軍事政権は以前よりさらに苛酷な独裁政権だった。しかし、ことアメリカとの貿易、そして化学工業製品、とくに医薬品の輸入にはオープンな市場となったのである。
もちろん、アメリカ製医薬品の洪水に反対したチリ人医師たちの殺害にCIAが手を下したという証拠はない。しかし同時に、なぜ政治革命でそれほどまでに多くの医者が殺されたのか、とくにある特定の医者たちが、という疑問に説明もつかない。余談ながら、CIAの仕事には殺人も含まれると言われている。CIAというイニシャルは「国際暗殺センター(Center of Intrenatoonal Assassination)を指すのだという話もある。
次の意味深長な引用は、一九八〇年八月二十二日付『ニューヨーク・タイムズ』と『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に載った、アンソニー・ルイスの「秘密の代価」という記事からのものである。
通常のキッシンジャー氏の発言の傲慢さは、それが活字になってみると、御当人さえも気恥ずかしさを感じるほどのものである。しかし今回の四〇人委員会における発言内容は、個人レベルの問題として片づけられるようなものではない。武力、経済力そして殺人計画による他国への密かな介入をもいとわないという、CIAおよびホワイトハウスの、このところの姿勢を反映する発言だったからである(傍点著者)。
チリのケースがとくに例外的というわけでもない。もうひとつ別の例を挙げてみよう。一九七八年、当時社会主義政権だったスリランカ政府が、同国薬事委員会の答申を受けて、医薬品の輸入を大幅に削減しようとした。その時、駐スリランカ、アメリカ大使が、アメリカからの食料援助を差し止めると、スリランカ政府に脅しをかけたのである。詳しくは以下をお読みいただきたい。
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一九七九年、BBC(英国放送協会)のリッチー・コーガンをはじめとする三人のリポーターは「病気と富」という番組の中で、医療従事者への国際アンケートに基づく驚くべき事実を報道した。
イギリス国民は、快適な居間のテレビを通し、自称「倫理的」多国籍企業が、貧しい国々を餌食にして、恥さらしな行為をしているのを知った。一〇億人もの飢えて病に冒された人々が、「国際援助」という名の偽善の降り注ぐ中、健康に生きるという基本的人権を奪われている姿を見たのである。
スリランカでは、バンダラナイケ首相の社会主義政権時代、薬理学者のセネカ・ビビレット教授が、政府の協力も得て、同国の医薬品の種類をそれまでの数千から二〇〇~三〇〇種へと削減するのに成功した。さらに、重症の病気に対応するには、三四種の非銘柄薬品で十分であると結論した。
そこで財政的に逼迫していたスリランカ政府は、自国内で必要な薬剤を製造すれば安くつくと考え、原材料だけを輸入することにした。
これに対し強く反発したのが、スリランカに子会社をもつアメリカの製薬会社ファイザー社だった。その頃たまたまスリランカでコレラが流行したが、ファイザー社は見せしめのためコレラの薬テトラサイクリンの製造を中止してしまった。困ったスリランカ政府は、ファイザーを国営にするとゆさぶりをかけた。ここで、アメリカ大使が仲裁に入り、もしそのような措置が取られたならば、アメリカ政府は緊急食料援助を打ち切るだろうと告げた。
こうして、結局、スリランカはビビレットの三四医薬品プロジェクトそのものを破棄せざるを得なくなったのである。
その後スリランカでは社会主義政権が倒れ、資本主義になった。とみるや、スターリング・ウィンスロップ製薬会社(ロックフェラー一族〉が、スリランカ最大の医学雑誌『ファミリー・ドクター』に次のような広告を出した。「ブランド薬品市場へようこそ再び――これから始まる健康な自由競争は、必ずやスリランカ国民に利益をもたらすことでしょう――」(引用ママ!)。
BBCの番組で、一人のスリランカ人医師が、憤懲やる方なしといった口調で外国の製薬会社のやり方を糾弾していた。ある会社がウィンストロールという名の小児用液体ステロイド剤を押しつけてきたという。この薬は成長を促進させるとされており、禁忌もなく入手がたやすい。スリランカではスターリング・ウィンスロップの子会社がこれを製造しており、かなりよく売れているという。
しかしこれには、子供に性転換をおこす可能性があるとされている。性転換をおこすような薬は、長期的には深刻な混乱を生体に与えるであろうことは容易に想像できよう。しかも成長促進のために用いるということは、明らかに長期使用を念頭においているわけである。これに関し、アメリカのウィンスロップ社はノーコメントだった。
イギリスの製薬業界は『ミムズ』というマニュアルを月刊で発行しており、それには現在流通している薬剤の禁忌や副作用が記されている。
ところがアフリカ版ミムズには、すでにヨーロッパでは廃棄処分になった薬や安全レベルを越える用量が堂々と載っているのである。アフリカでは、貧しい人々が団結して裁判に薬害を訴えるなどということはあり得ないからだろうか。
タンザニアでは、薬の販売量が驚くべき数字だという。薬そのものに、あまりにも多額の費用が使われるために、病気予防にまではとてもまわらず、病院や診療所さえも資金不足で次々と閉鎖されている現状だという。かえって病気を引きおこすことさえある薬の宣伝にはお金がかけられるのに、栄養不良、不潔な水、どろんこ、といった根本的な問題の解決は放置されたままなのである。
そのようなことにお金をかけたところで、製薬会社の利益にはならないからである。
バングラデシュは「世界でもっとも貧しい国」と言われるが、本来は新鮮な野菜の育つ地味豊かな土地なのである。ところが国家予算の四分の一は何と合成ビタミン剤に費やされている。しかもそのビタミン剤は、多くの子供にとって死を招く結果にさえなり得るのに。欧米の薬セールスマンから薬を買わされた町の薬屋は、薬を買うだけのお金も持たない人々に、薬の危険性も教えずに売りつけているのである。
コンビオテイックというストレプトマイシンとペニシリンの混合抗生物質がある。これはあらゆる病気に効く――切り傷にさえ――万能薬のようにして、イギリスとアメリカの会社から販売されているが、実は、耳と腎臓には甚だしいダメージを与え、とくに結核患者にとっては非常に危険な薬なのである。これはアメリカ本土ではもう一〇年も前に禁止されたにもかかわらず、アメリカ・ファイザー社は、地域を限っていまだに生産を続けているのである。
現在、このような先進各国の製薬企業による搾取から貧しい国の人々を護ろうと奔走しているのは、医療奉仕のボランテイアグループである。中国の赤脚医生(裸足の医者)のやり方を真似て、医療技術の訓練を受けた看護夫や保健婦たちが、薬草を主成分とする薬すなわち製薬企業の搾取とは無関係の薬を携えて辺鄙な地方へと出かけて行く。
しかしこのような文明の手の届かない辺鄙な土地に住む人々でさえ、現代医学に対する信仰という点では、今や欧米人と変わるところがない。彼らも現代医学とその司祭たる医師の持つ奇跡の治癒力への盲目的信仰を植えつけられてしまっているのである。赤脚医生たちは、古い迷信ばかりでなく、このような新しい形の迷信をも乗り越えなくてはならない。
欧米の人々は今、ようやく、薬の過飽和状態とその破滅性とに気づき始めている。一方で、薬の洪水は貧しい第三世界の人々を飲み込み始めた。国民は薬を買うほどに豊かでないにもかかわらず、無智で邪悪な国家支配者の加担した先進国の搾取の前に、なすすべもないのである。
●『マザー・ジョーンズ』より
『マザー・ジョーンズ』というのは、アメリカで発行されている、ある雑誌の名前である。世の中の真実一般、とくに化学製薬業界の犯罪的行為に関心のある人にとっては、なかなか読みごたえのある雑誌と言えよう。ただ、この種の雑誌の常であるが、販路はほとんど閉ざされており、発行部数はきわめて少ない。まず手始めに、一九七九年十一月号の「二〇世紀の組織犯罪」を読んでみることにしよう。この雑誌には『ニューヨーク・タイムズ』『タイム』『リーダーズダイジェスト』などでは決してお目にかかることのない種類の記事が出る。この号は、化学製薬業界のダンピングに焦点をあてている。
もう少し具体的に言うと、製薬企業が、いかにして発展途上国に自国ではすでに禁止になっている化学製品を投げ売りしているか、またどのようにして自国では明記を義務づけられている注意書きを、これらの国向けの製品では省略しているか、といった内容である。
数年前に、サンフランシスコにあるカリフォルニア大学医療センター薬理学講師ミルトン・シルバーマン博士が、のっぴきならない証拠を公表している(ただし、反響はほとんどなかったが)。
彼は二人の同僚とともにある比較調査を行なった。すなわち、製薬会社が薬を医者に紹介する際に、合衆国でとラテン・アメリカ諸国(製薬会社の格好のカモ)でとは、どう違っているかの比較である。以下二~三の例を挙げてみよう。
〈テトラサイクリン〉レダリー社製抗感染症用抗生物質。合衆国での副作用表示 嘔吐、下痢、吐き気、胃の不調、発疹、腎障害、胎児に害を与える可能性あり。中米およびアルゼンチンでの副作用表示――なし。
〈オヴレン>C・D・ソール社製避妊用ピル。合衆国での副作用表示-吐き気、抜け毛、神経過敏、黄疸、高血圧。ブラジルおよびアルゼンチンでの副作用表示――なし。
〈イミプラミン〉チバ・ガイギー社製抗諺剤。合衆国での副作用表示-高血圧、脳卒中、よろめき、幻覚、不眠、しびれ、視覚のぼやけ、便秘、かゆみ、吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、発汗。
中米、ブラジル、アルゼンチンでの副作用表示――なし。
同種の情報は、アメリカの医師たちの標準的手引書となっている『医師用卓上レファレンス』(製薬会社の出している製品説明書である)からも抜き出せるだろう。もちろん、アメリカに限らず、他の国の同様のガイドブックからでも可能だろう。
かくのごとく、先進国製薬業界による、発展途上国民殺しの陰謀は、着々と進行しているのである。
●ヨハネ・パウロⅡ世のメッセージ
一九八〇年五月、アフリカ各地を旅行中だったローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世は、ザイールで外交官や学生たちに、正直な市民たれ、そして同時に、彼ら第三世界を支配する目に見えぬ権力に敢然と立ち向かえ、と語りかけた。「この大陸は重荷に苦しんでいる。自らの内部からの重荷と、ある権力の支配によって外部から負わされる重荷とに」(『Corriere della Sera』)。ローマ法王という特殊な立場にある人物の話す言葉は逐一、世界中に報道され分析される。従って発言は常に外交的であらねばならず、特定の個人を名指しで批判することなど不可能だろう。
しかし、故モリス・ビールをはじめとする我々名もなきジャーナリストにはそれが可能なのである。
さて、ではアフリカ大陸に、外部から重荷を負わせる「ある権力」とはいったい何者なのか。ロックフェラーセンターでアメリカの外交政策を操り、アメリカ製品に対し門戸を閉ざす国の民主政府をくつがえし、CIAを通じその国の独裁政権と手を組む――かのオールマイティ、製薬シンジケートこそが、法王の胸のうちに秘められていた名であったに違いない。
PART4 権力の実像
『薬の話』
『ワシントン・タイムズ・アンド・ヘラルド』の編集長だったモリス・ビールは、一九三〇年代にはメリーランド州で郡レベルの小新聞を発行していた。その新聞には、地方の電力会社が毎週必ず四分の一ページ大の広告を出しており、その広告料は新聞社にとっては大きな収入源だった。ところがある日、紙上でその電力会社のサービスの悪さを訴えた一読者の肩をもったところから話は急転する。記事が出てほんの二~三時間のうちに、広告代理店からビールのもとに厳しい叱責の電話がかかってきた。この広告代理店は電力会社の広告を一手に引き受けていたのであるが、今後ビールにこのような「逸脱行為」があった場合、ただちに広告契約をキャンセルする、しかも電力会社のみならず、ガス会社、電話会社もこれにならう、という警告だった。この時はじめて、ビールは「報道の自由」の何たるかに目を開かれた。そして新聞経営から手を引く決心をして、すぐに可能な限りの高値でつまりひどい損をしてという意味だが新聞社を売却した。
しかし、すべて新聞編集者が彼と同じことができるわけではないだろう。ビールの場合、メリーランド州の地主階級だったからこそ思い切った行動に出られたと言えよう。彼は編集者としての経験を生かして「自由な人々の地、勇敢な人々の故郷」における報道の自由の現状に鋭く切り込んだ一冊の内幕ものを書き上げた。これが『驚くべき薬の話』(The Super Drug Story)である。その後、『薬の話』(The Drug Story)、『新薬の話』(The New Drug Story)など何度か改題されている。
ところが、印刷を引き受けてくれる出版社がみつからず、一九四九年に、とうとう自力でワシントンDCにコロンビア出版社という会社を設立し、ようやく出版に漕ぎつけたのである。
この本は、アメリカでこれまでに出版された本のうちもっとも重要なものの一冊に数えてもよいほどのものであるにもかかわらず、大きな書店に置かれたことも、ベストセラーを選定する大新聞の書評に取り上げられたこともない。それでもなおかつ、現在までに三三版を重ねているのである。出版元はユタ州オーレムの、バイワールド出版に変わっている。
ビールは数年前に世を去っているが、生前、自著を販売するには郵送しか方法がなかった。宣伝ルートがほとんど閉ざされていたからである。以下の引用は『薬の話』の抜粋(ただし多少要約)である。これを読んでいただければ、なぜ、彼のメッセージが、時の権力から容赦のない迫害を受けた。そして今なお受けているかがお分かりになるだろう。
今から三〇年ばかり昔の話になる。スタンダード石油会社は、一頭の豚をその鳴き声以外、余すところなく利用し尽くす、豚処理工場の徹底したやり方にいたく感銘を受けた。そこで販売部は何とか真似できないものかと検討をした結果、ジョン・D・ロックフェラーⅠ世の父親で、薬の行商人だった「ビルおやじ」のことを思い出した。ビルおやじは一八六〇年代、瓶詰めにした石油を癌の特効薬だと称して田舎者たちに売りつけていたのである。
ビルおやじはこの瓶詰め石油を「ニュージョル」(新しい油)と命名し、癌患者や、彼の舌先三寸で癌にかかるに違いないと思い込ませるのに成功した相手に売りつけたのだった。これだ!とスタンダード社では考えた。そこで原価たった五セントの「ニュージョル」六オンス瓶を薬屋には二一セントで売った。この時は、癌の薬としてではなく、便秘の薬としてであったが。
この現代の「ニュージョル」が市場に出てしばらくすると、医師たちがその有害性を指摘し始めた。体から脂溶性ビタミン類を奪い、その結果、重度のビタミン欠乏症を招くというのであった。スタンダード社は「ニュージョル」にカロチンを加え、これで欠乏症を防げる、と対抗したが、医師たちは同意しなかった。
ニューヨーク州選出上院議員だったロイヤル・S・コープランドは、自分の上院オフィスー納税者が負担からラジオ放送を流し、何年間も、この油にまみれた汚ない薬の宣伝を行なった。その報酬は年間七万五〇〇〇ドルだったという。今日、「ニュージョル」はスタンコ社が製造している。スタンコ社とは、ムーディの便覧によれば、スタンダード石油の子会社のひとつとされている。
この「ニュージョル」の驚くべき利益で、アメリカ最大最悪の財閥、ロックフェラー帝国に近い将来、製薬業が加えられるであろうことは明らかだった。が実際に製薬トラストが結成されたのは予想外におそく一九三九年になってからだった。それ以来、今日(一九四八年のことである――著者)の一〇〇億ドルビジネスに至るまで、製薬トラストの利益はひたすら上昇カーブを描き続けてきた。
ドイツと手を組んで、アメリカの製薬トラストが結成されたいきさつは、一編の小説になるほどである。その頃、ヒットラーはドイツ第三帝国の構想を練り始めていた。しかし彼は、アメリカがイギリスの領土とロックフェラーの石油を護るため、世界中を巻き込んだ第二次大戦をおこし、国内の失業問題の解決を図ろうとしているということなど、知る由もなかった。アメリカは危険を冒すつもりは毛頭なかった。
当時ドイツ国内で化学製品の独占を誇っていたIGファルベンインダストリーは、特許のコントロールを容易にするためにアメリカのスタンダード石油と協定を結んだ。しかし、近い将来アメリカ国内で、ドイツが嫌われ者になるであろうことがはっきりしてきたため、スタンダード石油は、アメリカの化学製薬分野へのヒットラーの関与を隠そうとして、一九三九年、IGアメリカ社を設立した。
この新しいドイツ・アメリカ合併の化学トラストの株式の一五パーセントはスタンダード石油が所有した。この隠れ蓑の会社の重役には、ウォルター・ティーグル(スタンダード石油社長)、ポール・ウォーバーグ(ルーズベルト――ロックフェラーの太鼓持ち)、エセル・フォードらが名を連ねた。後に証券取引委員会(SEC)による調査の際、ティーグルは自分がIG社の株主であることを否定した。彼名義の五〇万株は、まったく別人のダミーにされて名義を使われていたにすぎないというのである。ではその「別人」とは誰なのか、と調査官に尋ねられたティーグルは、宣誓を行なっていたにもかかわらず、平然と知らないと答えた。
しかし本人以外のすべての人は、それがロックフェラー家の誰かか、スタンダード石油社自身か、であることを知っていた。
真珠湾攻撃の後、IGアメリカ社は、スタンダード石油の援助を受けて、ドイツとの関わりをカムフラージュすることにした。株数は明らかにされていないが、シェリング社、モンサント、ダウケミカル、スタンダード石油ニュージャージー、スタンダード石油インディアナ、スタンダード石油カリフォルニア、デュポンなどを含む多数のアメリカの大会社の株を所得した後、社名をゼネラル・アラニン&フィルム・コーポレーションと変更した。個人経営だったホフマン・ラロッシュ社に至ってはまるごと買収した。
アメリカ軍の歩兵部隊がドイツのフランクフルトに進軍した時、驚いたのは、フランクフルト中の建物がことごとく破壊されてしまっている中で、IGファルベンの建物と大工場だけが無傷で残っていたことだった。フランクフルト最大の攻撃目標であるIGファルベンには攻撃を加えるな、という命令に、空軍飛行士は歯噛みしたのだった。その際、司令部の出した薄弱な理由ドイツ進駐アメリカ軍のオフィス用ビルとしてあの「重要な」IG社のビルを残すにも半信半疑だった……。
ロックフェラー式ビジネス
ビールの引用をもう少し続けよう。一般に投下資本に対し六パーセントの利益を上げられれば、確実に儲けられるビジネスだと言われている。ロックフェラーの製薬トラストの中心メンバーであり最大の持ち株会社であるスターリング製薬は、一九六一年度、純資産四三〇〇万ドル余に対し、税控除後の営業利益が二三五〇万ドル弱、すなわち利益率五四パーセントである。
また別の、ロックフェラー支配下の会社スクイブは、」九四五年度、資産の六パーセントどころではなく、何と五七六パーセントの利益を上げたのである。
これは、あの稼ぎ時とも言うべき戦争中の話である。陸軍、海軍が製薬トラストのプロモータの役目を果たしたにとどまらず、実際に、顧客となりトラスト製造の毒薬を買って、何と二億本もの注射で兵士たちの血管に有無を言わせず注ぎ込んで、トラストを儲けさせたのである。薬でこんなポロ儲けができるのであれば、ロックフェラー財閥自身はもちろんのこと、食品医薬品局、公衆衛生局、連邦取引委員会、取引改善局、陸軍軍医部、海軍医務局、またその他の医療関係官僚たちが一致団結して、医薬品を使わない治療法を排除しようとするのも無理のない話だと言えよう。
ロックフェラー財団の最新の年次報告書を見ると、過去四四年間に財団が行なった大学や公的機関への寄贈を一覧表にしてある。その総額はゆうに五億ドルを越える。たとえば知名度抜群の超エリート校、ハーバードには八七六万ドル余、エール約七九三万ドル、ジョンズ・ホプキンズ約一〇四二万ドル、スタンフォード約九五〇万ドル、ワシントン大学(セントルイス)約二八四万ドル、コロンビア(ニューヨーク)約五四二万ドル、コーネル約一七一万ドルなどなどである。
このような寄贈をもらった大学では学生たちに、製薬トラストの意に沿う薬の知識を教えるだろう。さもないと、もう寄贈はもらえなくなるだろうから。事実、薬を使わない治療法を教えている三〇余の大学には、ロックフェラーから一銭も贈られていないのである。
薬の宣伝媒体となる大学に多額の寄付を繰り返すうちに、ロックフェラーは巨大な世界規模の財閥へと育っていった。そのネットワークの充実ぶりは、すでに三〇年前、ビールをして次のように言わしめるほどのものだった。
ロックフェラー財閥が、人間が考えつく限りに壮大な工業帝国を築き上げてきたということは誰の目にも明らかだろう。この帝国の基礎となったのがスタンダード石油であるのは言うまでもない。産業界に暗躍した創業者ジョン・D・ロックフェラーの類を見ない残忍な悪党ぶりは、今日なお人々の語り草になっている。
この大帝国の要石は、ニューヨーク市内に二七支店、海外に二一支店を有するチェイス・ナショナル銀行(現在、チェイスマンハッタンと改名し、内外あわせ二〇〇支店以上になっている――著者)である。そしてその保有企業の中でも大きな力を持つのが製薬ビジネスなのである。
ロックフェラー財閥はこの世界最大の製薬トラストの売り上げの増大のためには、傘下の他の業種の圧力を最大限に利用する。それゆえに現在市場に出回っている一万二〇〇〇種の薬のほとんどが有害であるという事実など、彼らにとって問題にもならないのである……。
ロックフェラー財閥は、政府の保健関係機関すべてに独自の「推薦者」を送り込んでいる。そのため、政府関係機関では薬物を使用する治療法だけが採用されるのである。もちろん軍隊でもそうである。アメリカでは何百万という家庭にとって、薬を使わない自然療法医、脊椎指圧療法師(カイロプラクター)整骨医(オステオパス)などが家庭医である。
しかし、そのような家庭の息子たちが徴兵され軍隊に入ると、皆、一様に薬漬けにされてしまうのである。製薬会社は売らねばならぬ薬を山とかかえ込んでいる。ところが薬を使わない療法の医者にかかる患者は薬を買わない。
そこで、とビールは言う。
売らねばならぬ製品をかかえ込んだ財閥が取った巧妙な方法といえば、医学教育の場で、不必要なまでに多量の薬を使用するよう学生たちを教育してしまうというものだった。人間の本性、貧欲さを考えるとこれは当然の成り行きなのだろう。
一九〇四年、設立された当初のロックフェラー財団は=般教育財団」と呼ばれていた。一九一〇年、この財団を補佐するという名目で「ロックフェラー財団」が設立され、連邦議会の設立認可取得を目指して動き出した。この動きを、コロラド州選出のネルソン上院議員はくさいとにらんだ。コロラドの油田におけるロックフェラー家の略奪行為は、良識あるコロラド人にとっては、非常にうさん臭いものだったのである。認可申請中のロックフェラー財団が、好き勝手に処分できる資金を宣伝用として一億ドルも所有しているという事実を、ネルソン議員が調べあげ、議会で公表したため、時のタフト大統領は認可申請が通らぬよう取りはからった。
その後三年間、ロックフェラーのロビイストたちは執拗に議会に働きかけたが、毎年、議会はこれを却下し続けた。ついに諦めたロックフェラー側は次善の策をとった。一九一三年五月十四日当時の州上院議員ロバート・F・ワグナーの「斡旋」で、ニューヨーク州の認可を手に入れたのである(後に、このドイツ生まれの空論家氏は、ロックフェラーの資金力と政治力によって、連邦政府上院議員になった)
とにもかくにもこのようにして、アメリカ国民を薬依存症に仕立て上げるための「教育の場」は出来上がった。まず、学校教育での洗脳、次に直接の宣伝、そして最後で最大なのはその宣伝によって得られた利益でマスコミを操作する、という三重の構えである。
『広告時代』という雑誌の調査によれば、すでに一九四八年、大企業の新聞、雑誌、ラジオでの宣伝費の総計は一一億四二二万四三七四ドルという額に上っていた。一九四八年といえば、今より一ドルの価値のずっと大きかった時代である。
しかもその驚異的な額に、ロックフェラー=モルガン財閥連合の占める割合はおよそ八〇パーセント、それもモルガンの死後はその全部がロックフェラーになった。彼らはこの巨額の宣伝費を国民に流す医薬関係情報を操作するために使っていたのである――状況は今も同じである。
マスメディアで製薬トラストの利益に反する報道を行なおうとすれば、遅かれ早かれ必ずどうしようもない壁にぶつかる。
本書でもすでに述べたが、「治癒した癌」のケースでも大抵その壁にぶつかった。後の章では、国際ニュースでの例も挙げるつもりでいる。かつてビールがリポートしたアメリカ国内での報道の状況は、ドイツ、スイス、イギリス、フランスなどほとんどの先進国での状況の典型だと考えてよいだろう。
大広告主にとって、自分が広めたいと思うニュースをメディアに乗せるのはごく簡単なことである。と同時に、広めたくないニュースを閉め出すのも容易なのである。
一九七八年、『コロンビア.ジャーナリズム・レビュー』が行なった調査によれば、タバコ会社の広告を載せている主要雑誌には過去七年間、喫煙の危険を論じる長文記事はひとつも見当たらないという。これで、アメリカやヨーロッパの主要出版物に、動物実験による医薬研究の愚を、正面から本気で取り上げる記事が一片も出ない理由もお分かりになるだろう。
検閲
いかに独立した新聞といえども、全国レベルのニュースに関しては報道協会が頼りである。AP、UP、そしてINSを通して入ってくるニュースが、それが医療関係ニュースだからといって、すでに検閲済みだろうなどと疑いの目で見る理由はどこにもないはずである。ところが、これがおこっているのである。まずAPだが――ビールによれば、四〇年代末、彼の著書がはじめて出版された頃、製薬トラストの理事の一人がAPに重役として送り込まれていたという。問題のロックフェラー財団理事というのは、ニューヨーク・タイムズ社主のヘイズ・ザルツバーガーにも劣らぬ大物でAPの有力重役の一人だった。そのため、製薬トラストの検閲をパスしなかったニュースは流さないという方針を、APの科学編集長に受け入れさせるのはいとも簡単なことだった。薬の売り上げにさしさわるようなニュースは決してトラストの検閲をパスしないのは当然だった。
次にUPに関して言えば、アメリカの医学シンジケートの機関誌『JAMA』(アメリカ医師会誌)一九四〇年一月二十日号で、UPがAMA(アメリカ医師会)の意向を尊重して、医療・保健関連のニュースはすべて、ニューヨークオフィスおよび「科学」編集長を通さねばならないとの内部通達を出したという一種の自慢話を掲載したことがある。そして、これらの「科学」編集長たちは、AMAの独裁者、JAMAの編集長モリス・ブイッシュバインを医療問題のエキスパートだと考えていたというのである。
ところが皮肉なことに、記録を調べてみるとこのエキスパート氏とやらは、実際の診療に従事したことはただの一度もなく、州の医師免許試験を受けた時には、解剖学で四八点も取れなかった、ということが分かるのである。
アメリカの情報を独占する御三家は前述のAP、UPと、故ウィリアム・ランドルフ・ハーストのINSである。ハーストは頑固なまでにマイペースな新聞王だった。ところが大恐慌の一九三二年、さしものハーストの新聞帝国も倒産寸前にまで追い込まれた。そこへ、ロックフェラーのチェイス・ナショナル銀行が乗り出し、製紙会社への二五〇〇万ドルの負債をも含むハーストの借金を肩がわりし、抵当権設定者を排除した。
ハーストという名前が買われて、彼は年俸一〇万ドル(それまでは年に五〇〇万ドル稼いでいたのだが)の編集長として雇われ、自由に采配をふるう権限を与えられたーただしロックフェラーの利益に反さないという条件で。彼の自尊心と愛人だった映画スターのマリオン・デイヴィスを満足させるため、一歩だけロックフェラー側が譲歩した。動物実験の残酷さに対しては思いきりがなかろうがわめこうが構わないというのだった――ただしこれも、その無用さや血清療法などが人間に与える害については書くな、との条件つきで。
以上でロックフェラー製薬トラストの報道界御三家支配が完成した。これで、血清療法をはじめとするさまざまなニセ治療法や、癌征服も間近などという眉つばものの情報が、アメリカ中は言うに及ばず世界中の新聞に堂々と流されることになったのである。
しかし製薬トラストがどうしても屈服させることができない人物も、時々現われる。エマニュエル,M.ジョセブソン博士という医師は、全国科学記者協会がその倫理コードの一部として次のような一節を付け加えるよう、トラストに「説得」されたと指摘している。 「科学記者には、医学・科学問題の事実関係を判断することができない。従って、医学界権威者によって認められた発見、あるいは学会などで公表された発見のみを報道する」。
ヒトの骨、器官、神経などの位置を半分さえも知らない医学政治屋のモリス・フィッシュバインが筆頭格の「エキスパート」にランク付けされている、という一点だけからでも、この倫理コードのバカバカしさが分かるというものだろう。そもそも、問題にされているのが医学上の真理ではなく製薬トラストの利益であるがために、フィッシュバイン死後数年になる今日でも、状況はまったく変化していない。
一九七八年一年間にアメリカ国内で一五〇万人が薬の副作用で入院する羽目に陥った。また、知的で勇敢な医師たちは、現在市場に出回っている医薬品のほとんどが無益かつ(あるいは)有害であるとの発言を繰り返している。にもかかわらず、新聞は相も変わらず薬の宣伝で溢れかえっているのである。
一方で、薬を使わない治療法についての報道は、事実を歪曲するために悪用する場合でもなければ、極力抑え込まれている。その治療法を実施するのがカイロプラクターであっても、自然療法医であっても、整骨医であっても、宗教家であっても、あるいは頭をちょっと使う一般の医師であっても、彼らの治療法が大新聞の紙面を賑わすことはまったくないと言ってよいだろう。
薬こそ万能なりの思想を定着させるには、人間の創り主である自然は人間の健康について無知であると教えなくてはならないだろう。連邦安全局児童課発行の統計を見ると、製薬トラストが全力を上げて施薬、予防接種、血清投与などを展開し始めて以後、かえってアメリカ国民、とくに子供の健康状態が甚だしく悪化した、ということが分かる。今の子供たちはあの予防注射この予防注射と注射ぜめにあっている。しかし唯一科学的な病気予防は、きれいな空気と健全な食べ物によってきれいな血を保つことである。しかし、空気と食べ物という、単純でお金のかからない病気予防法は、製薬トラストにとってはもっとも望ましくない方法なのである。
製薬トラストが、洗脳の場として大学を見逃すはずもない。ロックフェラー式洗脳を受けた人物を大学上層部に送り込み、そこで、ロックフェラー仕様のインテリ・ロボット製造に適進させるのである。
『薬の話』とはまた別のモリス・ビールの本が刊行された一九五九年当時、ロックフェラーの息のかかった人物で大学の学長や理事に収まっていたのは、たとえば、外交委員会のお飾り委員長だったヘンリー・M・リストンがブラウン大学学長、ロノート・G・スプロールがカリフォルニア大学、トーマス・工・パーキンソンがコロンビア大学とペンシルヴァニア大学、ハロルド・スタッセンがペンシルヴァニア大学長、フレデリック・W・エッカーがコーネル大学、アーサーH・ザルツバーガー(ロックフェラー子飼いのニューヨーク・タイムズ社主)がコロンビア大学、パーシー.J・エボットがオベリン大学、ジョージ・W・バーピーがボードワン大学、そしてジョンD.ロックフェラーⅢ世はプリンストン大学の理事であり、弟のディヴィッド・ロックフェラーはハーノード大学とシカゴ大学の理事だった(デイヴィッドは一九八一年までチェイス・マンハッタン銀行の取締役をしていた)
また、ハーノード大学監事会のメンバーには、アーサー・A・ヒュートン、クラレンス・ディロン、アーサー・W・ペイジ、トーマス・S・ラモントら忠実なロックフェラー信奉者たちが名を連ねていた。ここに挙げた例はほんの一部にすぎない。そして彼らの後継者たちが今日もそうであるように、彼らはすべて、一九世紀初頭のクロード・ベルナールに始まる、動物実験こそがあらゆる医学上の問題の唯一最終の解決法だとする教義を信じていたのである。しかし、その医学上の問題とやらは、実は動物実験という研究まがいの行為によって、一層複雑化してしまったのである。解決されたのは製薬会社の利益ばかりである。
もっとも、大学の学長が「教育のため」それを非難するのは酷だろう。しかし一方で、聡明な学長であったならば、ジョンD・ロックフェラーからの贈り物には多少用心していたかもしれない。というのはジョン・Dは見返りなしではビタ一文出さない、という話は有名だったのだから。
またロックフェラー財団が、薬を使わないで、公的医学が不可能だと決めつけるような治療法を教えている学校には一銭も寄付したことがないという事実にも気がついていたかもしれない。
そして彼らは、ロックフェラー財団が博愛主義を装う一方で、薬の大量使用を促進しているという事実にも気づいていただろう。
また一九四八年時点で五〇〇〇万ドル、現在ではさらに多額の寄付を受けているニューヨークのロックフェラー研究所が、実は巨大な製薬トラストの一部であるという事実にも気づいていたに違いない。このトラストの利益たるや、国家財政の赤字を膨らませながら国中に展開されている「健康増進運動」の甘い汁を吸って、天井知らずの増大を続けているのである。
しかしたとえ、それらに気づいたとしても、おそらく彼らには諸悪の根源が誰であるかを名指しすることはとてもできないだろう――ローマ法王ができなかったように。そして彼らは自分の地位――生命――を守る道を選ぶだろう。
医師会(AMA)と食品医薬品局(FDA)
汚染された食品や有害な薬から国民を守ろうという、なかなか立派な法律が成立した際、製薬トラストは時を移さずその管轄官庁にコネをつけた。その管轄官庁というのが食品医薬品局(FDA)である。たしかにFDAは時折、どちらでもいいような小物の悪党を告発して、国民を有害食品や薬品から守っているかのようなポーズをとる。しかし、かつてビールが書いたように、FDAとは「基本的には製薬トラストの利益を脅かす勢力の締めつけを任務とする、正義誤用のための機関である」と言えよう。
製薬トラストの下僕であるFDAは、その主人の法律違反に目をつぶるだけではない。主人の利益を食う競争相手、たとえば自然療法用の器具の販売人など、の妨害に卑屈と思えるほど熱心なのである。
私の母国スイスでも状況は非常によく似ている。大製薬会社が、新しい(毒にしかならない)薬の発売の許可をとるのは、自然食品メーカーが安全低価格な自然食品の販売許可を取るより、はるかに簡単なのである。これはアメリカ、スイスに限ったことではなく、イギリス、フランス、ドイツなど他の先進国でもほとんど同じだろう。
もともとロックフェラーがOKを出した人物ばかりで構成されているFDAである。ある零細な自然食品業者を潰せ、という命令が上から下った場合、総力をあげてこの命令に従うのも当然だろう。
もちろん、この命令はスタンダード石油や製薬会社が直接下すわけではない。前面に出るのはAMA(アメリカ医師会)で、AMAが、問題になっている自然食品についてまったく何も知らないやぶ医者どもに、「それらの食品には治療効果はまったく認められない」などともつともらしく証言させるのである。
そして、とビールは言う。
製薬トラストは国民の納めた税金を使って、自分の競争相手を潰すためにはあらゆる手だてを尽くす。運悪く睨まれたのが零細業者であった場合、弁護士への支払いと法廷費用だけで、あっという間に倒産させられてしまうのである。
この言葉の裏づけとしてビールは実例をいくつも挙げている。たとえばペンシルヴァニア州スクラントンの医師アドルフォス・ホーエンシー博士の場合である。
彼は、健康のためには、ビタミン類(彼の使ったのは自然のビタミン)が不可欠だと言ったばかりに、製薬トラストの不興を買い、「にせ薬売り」だとして法廷に引き出された。この裁判でAMAはこれまでの医学定説をくつがえし、「ビタミン類は人体にとって必要なものではない」と一〇人の医者に証言させた。政府刊行物こま、彼らの証言内容とは反対のことが書かれているという指摘を受けた一〇人は、それは時代遅れだと言ってその場を切り抜けたのである!
政治への介入
それにしてもなぜ、このような無茶がまかり通るのだろうか。ビールも指商しているが、そもそもルーズベルトを政界に押し出したのが、ロックフェラー財閥の資金力だった。そのため、彼が大統領になった時、彼の主要政策の一部――すなわちロックフェラーの事業に影響のある部分という意味である――の舵とりが財閥の手に握られるのが避けられなかったという事情がある。ロックフェラーのパートナー、チェイス・ナショナル銀行のヴィンセント・アスター所有の豪華ヨット「Nourmahl号」が、週末ごとのパーティ用として大統領に提供された。そこでのどんちゃん騒ぎの裏で、首脳陣はこっそりと政治ビジネス談義を繰り広げていたのである。このようなからくりが分かると、ルーズーベルト政権が最初に実施した大規模な保護政策が、アメリカとドイツの染料トラスト(ロックフェラー=IGファルベン)保護のためのものだったという事実も驚くに足りないだろう。ビールは次のように書いている。
記録を正確なものにするために、言及しておかねばならないのは、ルーズベルトが大恐慌のお陰でホワイトハウス入りを果たす以前に、すでに共和党のフーバー政権も同じように経済界とつるんでいたという点である。
たとえば、ジャマイカ製生姜酒で五〇〇〇人以上の死者を出した事件で、大製薬会社側の味方についていたのである。
つまり、ロックフェラー財閥(=ルーズベルト)政権は、メロン財閥(=フーバー)政権をそのまま継承したにすぎない。しかしルーズベルト政権になってから、新たにいくつかの政府機関が、ロックフェラー製薬トラストの自由裁量に任されてしまったのも確かである。FDAはそのひとつである。
FDAの他に、ビールによれば次の「保健機関」がロックフェラーの手に握られているという――公衆衛生局、退役軍人局、連邦取引委員会、陸海空軍医務局、国立衛生研究所、国立研究委員会、国立科学アカデミー。「保健」とは国民の健康の犠牲の上に成り立つトラストの「健康」を意味するのだろうか。
ワシントンにある国立科学アカデミーは、あらゆる科学分野、とくに健康の分野の最高権威であ科学に関する最終判断を示す機関だと考えられている。このアカデミーの所長という重要なポストにトラストは身内の一人を名指していた。薬で大儲けをしていたメルク社の大株主重役、アルフレッド・N・リチャーズである。ビールが著書でこの点を追及すると、リチャーズはさっさと所長を辞任してしまった。ロックフェラー財閥が次に指名したのは、何とロックフェラー研究所所長デトレヴ・W・ブロンクだった。
***
もちろんビールの時代は、かなり以前には違いない。では今日、AMAとFDAはどうなっているのだろうか。一九八〇年に『一〇億ドルの医療詐欺』(ボブスメリル社、インディアナポリス・NY)を出版した、勇気ある開業医キース・アラン・ラスコ博士の書いていることを見てみよう。
まずAMAについて。
AMAは表面的には専門職としての医師たちを代表する組織のように見える――しかし歴史的には単なる同業者組合、現在はロビイスト団体としての機能しか持たない。患者たちの目には、医療社会化制度の前に立ちはだかる障壁とうつっているかもしれない。残念ながらその通りなのである。一九五〇年代六〇年代、AMAを牛耳っていたWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)たちは、医師というもののイメージを台なしにしてしまった。彼らは、老齢者医療保障制度に強硬に反対したことによって、
(1)患者の福祉などまったく念頭にない、
(2)医者の高収入の維持だけを考えている、
という白衣の下に隠れていた本音をすっかり暴露したのである。
次にFDAについて。
FDAはなぜサイクラミン塩酸(チクロ)およびサッカリンの禁止に向け、あれほどまでに強力かつ迅速に動いたのだろうか。サイクラミン塩酸もサッカリンも人間に腫瘍をおこしたという報告は一例もないのである。一方で、FDAはなぜタバコ禁止に向け動かないのだろうか。タバコは現実に毎年一〇万人もを殺しているのである。答は明らかだ。タバコ産業が巨大であり、サイクラミン塩酸やサッカリンの業者が零細だからである。
政府にとって零細業者をやっつけるのはいとも簡単である。
しかし大企業、たとえば製糖工業、タバコ会社、が槍玉に上げられている時、大企業を敵にまわして国民の側につくことは不可能なのである。私はいつも疑問に思う――ドラッグストア、病院、診療所などの医療施設の多くに、タバコ自動販売機が設置されているがあれはなぜなのだろうと。
医学・製薬カルテルの現状
アメリカの医学・製薬カルテルの現状は、ニューヨーク州、ナイアガラフォールズの医師J・W・ホッジ博士の次のような言葉に要約されているといえるだろう。「婉曲に『アメリカ医師会(AMA)と呼ばれている我が国の医学トラストは、単にそれが汚い手を使う独占企業体だというだけではない。自由な市民を支配することにかけ、歴史上類を見ないほどに傲慢、危険、かつ専制的な組織だと言えよう。安全で単純な自然療法はすべて、AMAトラストの傲岸極まりないリーダーたちから『似而非療法、詐欺行為』だと激しい攻撃を受ける。
また医学トラストにメンバーとして連ならない治療師たちはすべて、トラストのメンバーから『危険なにせ医者、ペテン師』だと断罪される。メスや薬品や血清やワクチンに頼らず、自然な方法で健康状態を得ようとする公衆衛生学者たちはすべて、トラストの暴君たちから完膚なきまでに傷めつけられる」
AMAや製薬トラストをこのように見ているのはビールとホッジだけではない。『罪なきものの虐殺』でも引用したが、リチャード・クニーズ博士は、AMAはアメリカ医師会(American Medical Association)ではなくアメリカ殺人協会(American Murder Association)だと公言し、AMA大会の場で、自分の会員証を焼き捨て、『金か生命か』〔ドッド社、ニューヨーク、一九四七年)というAMA告発本を著わした。しかし彼のように真実と引き換えに、自らの職それも高収入の約束されている職をあえて棒に振ろうとする医師が果してどれだけいるだろうか。
医薬カルテルは、カイロプラクティックや自然療法などの「異端的」医療の医師たちは正規の医学的訓練を受けていない(場合によってはまったく訓練を受けていない)などという宣伝を流しているが、根拠は、ただ彼らが薬品を使わないからという薄弱なものである。
インディアナポリスにあるリンカーン・カイロプラクティック大学では学位取得に四四九六時間、デヴォンポートのパーマー・カイロプラクティック大学では最低限六〇分クラスを四〇〇〇時間、テンバーの自然療法技術大学では年一〇〇〇時間で五年間、シカゴの国立マッサージ大学では卒業までに、四三二六時間が必須とされている。
一九五八年、この「正規の訓練を受けていない」医師の一人、ニコラス・グリマルディがリンカーン・カイロプラクティック大学卒業直後に、他の六三入の一般の医師や整骨医に交って、コネティカット州の基礎科学試験を受けた。彼の九一・六という得点は、これまでのコネティカット州の最高得点記録である。
さらにビールは次のような情報を付け加えている。
AMAがある製品に「認可」を与えると、その製品の広告を『JAMA』(アメリカ医学会誌)に載せることを要求する。しかし業者が広告を載せたがらない場合がある。するとAMAは一旦与えた「認可」を取り消して、今度はその製品を中傷するのである。これは一種のたかりである。もし医学以外の世界でこんなことをすれば、すぐ刑務所送りになってしまうだろう。
また、こんな反対のケースもある。腐ったバターや卵を販売したとして、一〇回以上も連邦政府や州政府の有罪判決を受けているある大手バター会社に、トラストが「認可」を与えていた。この「認可」はもともと国民にその会社の製品が純正であると思わせるためのものである。度重なる有罪判決の事実にもかかわらず、医学雑誌の有力広吉王であるこのバター会社は「AMA認可」というお墨つきを使い続けていられたのである。AMAのたかりの構図はここでも明らかだろう
モリス・フィッシュバインが世界に名をはせる『JAMA』の編集長としてAMAの事実上の独裁者に収まって以来、このようなたかりは珍しくもなくなった。ビールは、自らの告発内容を証明するすべての氏名、日付、手紙、新聞記事などを明記して、いくつもの実例を挙げている。
現行の癌治療のいかがわしさを非難したがために、医学界から執拗な追及を受けている医師が多数いる。その一人であるチャールズ・ライマン・ロフラー博士の言葉を、ビールが引用している――「AMAを牛耳るやぶ医者ややくざ医者による組織再編成が行なわれて以来、医学界は我が国でも最悪の詐欺集団になってしまった」。
現在、ビールやロフラー博士の頃の状況が好転したという徴候はまったく見えない。いやむしろ、より一層悪化していると信じるに足る根拠の方が多い。
明日の正統派
前述のロフラー博士が医学界主流派から、異端者として追放されたのは二〇~三〇年前のことである。しかし、今日、彼のような異端者が増え続けており、それらの人々が医学界の主流となるのももう時間の問題、それもさほど長くはない時間、だとさえ思われる。今日の異端は明日の正統派なのである。ごく最近の「異端」の一人が、ロバート・メンデルソン博士だろう。シカゴ在住の小児科医で、医学界主流派からはやぶ医者、気ちがい、狂信家、奇人などと好きなように呼ばれているが、その社会的信用には非のうちどころがない。二五年以上にわたり開業しながら、同時に医学部で教鞭をとってきた。医療相談サービスプロジェクトの全国責任者、イリノイ州医師免許試験委員会委員長でもあり、医学や医学教育における数々の賞を受賞している。
医学界のお偉方を激怒させたのは、一九七八年にメンデルソン博士が出版に漕ぎつけた『医学の異端者の告白』(シカゴ、コスモポリタンブックス)という本だった。現在はワーナー社版のペーノーバックで出ている。彼はこの本の中で、医学製薬トラストが隠しておきたいと思っていることをすべてさらけ出してしまったのである。
メンデルソン博士は次のように言う。医者という人種は、悪名高い中古車のセールスマン程度にしか信用してはいけない。医者にとっての金のなる木である定期健康診断は不必要である。不正確この上ない検査結果に基づく診断で落ち込まされ、揚句、益よりは害の多い薬潰けにされるだけである。胸部レントゲンによる定期検査は要注意。危険な上に不正確である。同じ写真を見ても、技師によって解釈が異なり、さらに三一パーセントの技師ときては、同じ写真を二度目に見ると違う解釈をする。売春婦か多数のパートナーと性交渉のある女性でない限り、定期子宮細胞検診は不要である。
現代医学は科学でも技術でもない、人を救うよりも殺すことの多い偶像崇拝の宗教であるーと『罪なきものの虐殺』で私は繰り返し書いたが、メンデルソン博士はこれを確認してくれているのである。
彼によれば、血液検査、尿検査、ツベルクリン、胸部X線撮影といった簡単な検査の解釈は実は非常に難しいもので、医者の間でも論争の種になっており、従ってその有用性には大いに疑問があるという。
さらに悪いことは、そのような検査を受けるためには、確実な細菌感染源である病院や医師との接触が必要になるという点なのだという。「通常、街なかにはいないような細菌が病院にはいる。病気をばらまく張本人は医者なのだ」とメンデルソン博士は言う。さらに彼は続ける。
実のところ、かつては私も扁桃腺、リンパ腺、胸腺の放射線照射は必要だと信じていた。この程度の照射量はまったく無害だと太鼓判を押した医学校の教授の言葉を信じていたのだ。ところが後年、その「まったく無害」だったはずの放射線が一〇年も二〇年も経ってから甲状腺癌を発生させるという事実を知ったのだった。
私はもはや現代医学を信用しない。人間の健康にとって最大の危険は医者である――医者を信用するな、医者の処方する薬は危険だ。そもそも安全な薬など存在しない……。
現代医学は我々に、医療イコール健康という等式が正しいと思わせてきた。しかしこの等式は、我々の体、家族、国、ひいては世界を滅ぼす潜在性を持つ等式なのだ……。
医者は妊婦を病人として扱う。妊娠、出産は九ヶ月に及ぶ病気であり、治療が必要というわけだ。そこで点滴が打たれ、胎児は超音波でモニターされ、山のように薬が与えられ、まったく不必要な外科的処置で子宮口が広げられ、ハイライトとして帝王切開が行なわれる――すぐに帝王切開をする産科医は要注意だ。多くの病院で全出産の五〇パーセント以上にも達する不必要な帝王切開が行なわれるという。しかも母体の死亡率は通常出産の二六倍にも及ぶのである……。
もし、うっかり感冒やインフルエンザで医者に行ってしまったとしよう。医者はおそらく抗生物質をくれるだろう。その抗生物質は感冒やインフルエンザに効かないというだけではない。もっと深刻な病気の原因となる可能性が十分にあるのだ……。
子供が教師の手に負えないような暴れん坊だからといって、うっかり医者にでも連れて行こうものなら、医者はその子供を薬物中毒にしてしまうだろう……。
4児期の白血病が胎児期のX線被曝と深いつながりがあるという点はしばしば指摘されているにもかかわらず、いまだに産婦人科医の多くは、妊婦にX線を使っている……。
レントゲンによる乳房撮影は、発見する乳癌の数よりも発生させる乳癌の数の方が多い、と統計上明らかになっているにもかかわらず、いまだに毎年何千何万という女性が乳房撮影を受けに来診する……。
もし病気になったら、自分の病気について、より多くの情報を集めなさい。それは決して難しいことではない。医者が勉強したのとまったく同じ本を手に入れることが可能なのである。
しかも医者の方は、その内容をほとんど忘れてしまっているかもしれないのだ――きっと医者なしで何とかなる、と考えるようになるだろう……。
現代医学――医師、病院、薬、機器の九〇パーセントをなくしてしまってもいい、と私は思う。
そうすればすぐにも、我々はもっど健康になるだろう。
メンデルソン博士のこの最後の一行がとくに注目に値するのは、これが目新しいからではなく古いからなのである。
一世紀以上も前に、ハーバード大学医学部の著名な教授オリバー・ウェンデル・ホームズ博士(息子同名の公明な最高裁判事である)が同様の発言をしているのである。
もしすべての医薬品を海底に沈めることができれば、人類にとってはその法がずっと幸せだろう。ただし魚にとってはいい迷惑だろうが。
ではなぜ、オリバー・ウェンデル・ホームズ博士の言葉、そして過去から現在に至る良心的医療関係者の書葉が、これまで国民の支持を得られなかったのだろうか。それは、良心的な声が、医学界主流派の組織的誇大宣伝の力に負け、かき消されてきたからなのである。しかも今日は、化学工業シンジケートの膨大な力が医学界に加担している。
彼らの唯一の目標は、何も知らない国民を手玉にとって高価な治療や有害な薬を売りつけ、医学・化学コンビナートの利益を増大させることなのである。彼らのやり口については「PART5」で詳しく検討することにする。
偽善的慈善
アメリカの「見えざる政府」の中でも、とくに力にもの言わせてのさばっているのが、いわゆる「慈善団体」である。これらの団体は単に世論を形づくり「教育的」政策を打ち出すにとどまらず、現実的な力の行使もしている。フェルディナンド・ランドバーグ教授がその著書『アメリカの名家六〇』の中で書いているように、慈善団体を支援したがゆえに「博愛主義者」と称えられる人々の多くは、現実の人間に対しての人間愛など抱いていなかったのである。
たとえば自動車王ヘンリー・フォードー世だが、もし彼に人間愛があったのだとすれば、残念ながら伝記作家たちはそれを見落としてしまったようだ。彼の伝記からは、反対のイメージのフォード像ばかりが浮かび上がって来る。
ランドバーグによれば、フォードは我々凡人と同じく、博愛主義者ではなかったという。それでもなおかつ、彼は大慈善団体を設立した。フォード財団はロックフェラー財団に追い越されるまではアメリカで最大の慈善団体だった。ロックフェラーのネットワークときては、あまりにも巨大で、今日、その実態を正確に把握するのは不可能だとさえ言われている。
二〇世紀初頭、博愛主義者であるはずのフォードもロックフェラーも、自分の工場でのストライキを機関銃装備の「公認ギャング」を使って切り抜けた。数十名の労働者がこのギャングに撃ち殺されている。今日ではこんな手荒な手段は使えるはずもないが、一方でその必要さえないほどに、彼らの権力は強大なものになっているのである。
一九三八年四月十日、アルバート・アインシュタインはプリンストンからルーマニアの友人に宛てこう書き送った。「時代を支配するのはひとつのファッションです。そしてほとんどの人は、自分たちを支配している専制君主を見ることができません」。
専制君主がどのようにして人々を支配しているのかを検討する前に、まず慈善団体というものの機能について少し触れてみよう。膨大な収入のある個人や団体は、慈善団体を通せば、「受けとる」よりも「与える」方が結果としてはるかに利益が大きくなるのである。 以下はランドバーグの試算である。一九六五年当時の税法では、課税対象となる収入(各種控除後)が一〇〇万ドルであったとすると、税額は六六万九八〇ドル、すなわち七〇パーセント近くが税金だということである。しかし三〇万ドルまでは全額税控除の対象として慈善団体への寄付ができる。つまり一〇〇万ドルのうち三〇万ドルを寄付に回せば、課税対象となる収入は残りの七〇万ドルとなり税額は四五万九九八〇ドル、すなわち、約二一万ドルの節税にな箔。しかし「慈善」に三〇万ドルを「与えた」のであるから、六六万ドルの税を払った場合に比べ、一見、差引九万ドルの損をしたかのように見えるだろう。
ところがである。ロックフェラー型慈善家は、この三〇万ドルを、もらった側が勝手に使ってしまうような一般の慈善団体に与えっ放しにしたりはしない。これでは本ものの慈善になってしまう。
彼は、自分自身が直接間接に支配権を握っている慈善団体に三〇万ドルを寄付するのである。そしてそのお金を、自分が経営権を握る会社の株に投資する。するとこの三〇万ドルが生み出す利益は年間少なくとも一万五〇〇〇ドルにはなり、しかも無税。かなり効率の良い使い方ではないか。最悪でも六年間で当初の九万ドルのコストを回収し、その後はどんどん無税の利益を生む。このようにして彼は濡れ手でアワ式にお金を手に入れるのである。
では、この「慈善団体」というのは社会にどのような貢献をしているのだろう。ロックフェラー財団の中心は「一般教育財団」である。この基金の仕事は、動物実験によって怪しげなお墨付きを与えられた薬を、アメリカ国民が大量に消費するようきちんと「教育」されているかどうかに睨みをきかせる、というものである。今日も、一般教育財団は、年間一五〇万人を病院に送り込み、そこでまた薬を追加して、さらに新しい病気をおこさせている。
一九〇一年、ロックフェラーはニューヨークにロックフェラー医学研究所を設立した。前述のように、すったもんだの末ようやく設立認可がおりたのであるが、この研究所には(ロックフェラー一個人にではない)「研究所が賢明と判断する教育的任務を遂行する」特権が与えられた。しかしこれは明らかに立法の側に立つ一個人への屈従だった。ロックフェラーという人物は、自らが関わるすべての事業、とくに博愛主義的事業に対し、独裁的支配権を持ち続けたからである。
ロックフェラーは、このニューヨーク医学研究所の他に、三五〇〇万ドルを寄付してシカゴ大学を、三億ドル(当時一ドルは現在の六倍もの価値があったのである)で 般教育財団を、ほとんど時を同じくして設立した。多少、簿記の勉強をした以外、自身ではまったく「一般教育」というものを受けていないロックフェラーが、アメリカ国民を教育するという難事業に取り組む許可をもらったのである。これはまるで、女たらしのカサノバが女学校の寄宿舎の舎監になったようなものだろう。事実、ロックフェラーはそれまでに、価格協定など、アメリカ合衆国の法律に違反する行為を繰り返し、何度も法廷に引き出されていたのである。
ランドバーグ教授はこう書いている。「ロックフェラー財団自身がそう意図していたかどうかは別としても、一九一一年最高裁が解体命令を出したスタンダード石油帝国を存続させ、しかもロックフェラー一族の支配下にとどめておくのに、財団の存在が大いに役立ったのである」
ロックフェラー方式が、いかにたくみに慈善とビジネスを絡み合わせていたかを物語る実例を挙げてみよう。一九四七年、国際基礎経済コーポレーション(IBEC)およびアメリカ経済開発国際協会(AIA)が「国際協力の試み」と称して設立された。設立当初はネルソン・ロックフェラーが両方の会長をつとめた。IBECは企業で、資本金二〇〇万ドルでスタートし、間もなく一〇八二万四〇〇〇ドルへと膨らんだ。目的は「ラテンアメリカを中心とする特定地域の生活水準向上に寄与し、可能ならばその利益を投資者に還元する」とうたわれている。これと併行して設立されたAIAの方は非営利団体だった。このふたつの設立意図に垣間見られるマキャベリズム的狡猜さを、ランドバーグ博士は次のように指摘する。
「IBECを未開発というほどではないにせよ貧困な地域における営利目的の企業活動に使い、一方でAIAを健康(ロックフェラーの薬で?――著者)、教育(薬の大量使用を?――著者)、研究(動物実験?――著者)、および信用(利益?――著者)を提供する非営利団体として機能させた。活動はまず、ブラジルとベネズエラで開始され、逐次その他の地域へと広がった」。
AIAは最初はロックフェラーの基金だけでスタートした。しかし、すべてのロックフェラーの「慈善」団体にお決まりのポリシーに従って、外部にこの人道的運動への参加を呼びかけ寄付を募ったところ、多くの賛同を得た、と発表した。最初に加わったのが(ロックフェラー支配下の)ベネズエラの石油会社数社だった。その後、ブラジル・ファイザー社(これもロックフェラー系)をはじめとするいくつかの企業だったという。
予想通り、IBECもAIAも急成長を遂げた。ランドバーグ博士の調査によれば、IBECは一九六五年時点で、合衆国に九工場、ラテンアメリカ地域に一三五店舗を有し、その他世界各地に全面あるいは部分所有権をもつ関連会社が一〇八あった。それらの従業員数を合わせると一万九〇人、総資産一億四二二二万七六六ニドル、六五年度の利益は二七二万三〇〇七ドルだった。一方AIAの方は、六四年度の財団案内四二四ぺージを見ると、六一年度の総資産七二万五五八五ドル、受け取った寄付が九〇万八二〇七ドル(いったい誰から? ――著者)、支出は八三万七四四四ドルとなっている。これがロックフェラー方式である。
***
ロックフェラーの医学研究所および一般教育財団の設立と時を同じくして、アメリカでは薬の消費量が増加し始め動物実験が広まりだした。ここで今日の悪循環のサイクルが出来上がったのである。
すなわち、動物実験→人体実験→新薬登場→新しい病気→動物実験の追加→再度人体実験→新薬が原因の病気に対処するためのさらに新しい薬――と限りがない。
しかしここで「対処」というのは決して「治癒」にはなり得ない。単に症状を押さえているだけであり、そのような状態は結局はさらに新たな病気を引きおこすだけなのである。
ロックフェラー父子はまったくの善意から、この間違った医薬研究法を推進するという誤りを犯したのではないか、すなわち、心底この研究方法が人類を益すると信じていたのではないか、と好意的に解釈するむきもあるかもしれない。
しかし父親も息子も主治医としていたのはホメオパシー(同毒療法、病原因子と同じ性質をもつ物質の少量で治療する方法――訳注)の医師で、その長寿と健康は合成医薬品を決して使わなかったお陰だと考えていた、とのエピソードが公開され、この甘い解釈も打ち砕かれてしまった。
彼らは、自分たちが極力避けた医薬品を、ありとあらゆる手段を駆使して宣伝し、何も知らない国民をだまして売りつけていたのである。
この事実についてはピーター・コリエとデイヴイッド・ホロヴィッツ共著の『ロックフェラー家、アメリカの王朝』(一九七六年)に、ほんの一節ではあるが示唆に富んだ一文が出てくる。
ロックフェラーの医学校が達成したと言われている偉大な医学的業績(その中には、実際には存在しない黄熱病のワクチンであるとか、脳性小児麻痺および肺炎に関する研究とかが含まれている)の神話を周知の事実として紹介した後で、著者はこう付け加えている。
ロックフェラー父子は、現代医学の発展のために多額の資金を提供し続ける一方で、現代医学に対して基本的には不信感を抱いており、ホメオパシー医師H・F・ビガー博士を主治医とし続けた、その言行のギャップに戸惑わされた人々が少なからずいた、と。 ロックフェラー家がその慈善事業のため、スタート時においては相当のコストを強いられたのは確かだろう。
しかし自らの財団に投入されたその資金は、結局は一セントたりとも失われることはなかったのである。たとえば一九六四年に解散した一般教育財団の、解散後に出された最終報告書を見てみよう。創立の一九〇二年から六四年までの六〇年余の間の総支出額は三億二四六三万二九五八ドル、このうちロックフェラー家からの「寄付」一億二九二〇万九一六七ドルだった。それとほとんど同額の一億二八八四万八五七〇ドルが投資収益で得られ、五〇七〇万三〇二四ドルは資本利得(キャピタル・ゲイン)、さらにその他の収入として一五八七万二一九七ドルが記されている。
しかもすべて非課税である。
●中国の植民地化
ロックフェラーの各種の「教育的」活動はその初期段階から非常に利益の大きいものだということが明らかになった。そこで、国外での大学教育や政治に関わるジョン.D.ロックフェラー.ジュニアー個人の慈善事業として、一九二七年には国際教育財団がスタートした。ジュニアーはまず三〇〇万ドルを寄付した。この資金はもちろん例によって完全なヒモつきである。この国際教育財団はロックフェラーの国際的事業家としてのイメージもさることながら、人類の恩人、博愛主義者のロックフェラーの新しいイメージを世界に広めるのに役立った。しかし、ロックフェラーが窓から外に投げ捨てているかに星るお金は、実竺銭残らず大きな利子を生んで玄関から戻って来るのだということを、恩恵を受ける側の国民に知らせる人など誰もいなかった。ロックフェラーの関心は日本からインドまですべての東洋の国々に向けられていたが、とくに中国に強い関心を示した。というのも、スタンダード石油が、中国ではほとんど独占的に灯油を供給していたからである。
そこで彼は中国医学委員会なるものを作り、北京総合医科大学を設立するための資金を提供した。貧しく無智な東洋の子供たちに知識を授けるためにやってきた「偉大なる白人の父」の役割を担おうとしたのである。一九五二年までにこの委員会は、中国の医学・科学教育の「西洋化」のために四五〇〇万ドルを投入した。
中国のすべての医学校は、ロックフェラーの大盤振舞の恩恵に浴そうと思えば、五億の人民に、伝統的な赤脚医生(裸足の医者)の使ってきた安全、有効、安価な漢方薬を打ち捨てるよう説得しなければならなかった。
高価な上に発癌性催奇形性があり、致命的副作用が明らかになればすぐ新しい薬に交換しなければならないUSA製「奇跡の薬」とは違い、彼らの漢方薬は何世紀にもわたる実用テストに耐えてきたものばかりなのに、である。さらに中国に古代から伝わっている鍼治療も、動物実験でその有効性が証明Lされない限り「科学的価値」なしとみなすというのであった。動物ではなく人間への実用で経験的に証明されてきた有効性などは、西洋の魔術師どもには関係のないことだった。
しかし、やがて中国に共産党政権が拍頭し、商取引が不可能になったと見るや、ロックフェラは急に中国人民の健康に興味を失ってしまった。そしてその関心は、今度は日本、インド、そしてラテンアメリカに向けられるようになったのである。
見えざる政府
合衆国政府の主人は資本家と企業家である。国会議事録のどのぺージを見ても、ホワイトハウスでの会議録のどの部分をひっくり返しても、我が国の経済政策への助言の出所は、ただひとつなのだということが分かる。政府のかかえる難題をすべて肩がわりして引き受けてくれる慈愛に満ちた保護者、親切心あふれる受託者が誰であるのかは、あまりにも歴然としているではないか――大銀行家、大工場主、大商人、鉄道会社々主――合衆国政府は彼らの養いっ子になってしまった。
このような破壊思想の持ち主は、いったい誰なのか。爆弾を手にした無政府主義者?それとも共産主義者?驚くなかれ、あの厳格な体制主義者ウッドロー・ウィルソンが、初回の大統領選運動期間中に語った言葉なのである(『新しい自由』一九三年、ダブルデイ出版、ニューヨーク、五七~五八ページ)彼は当時、これらの不正の是正を公約に大統領選に臨んでいた。
ところが、それからわずか数年後、ウィルソンが「政府の主人」と椰楡したその主人が、ウィルソン大統領に世界大戦への参戦を命じたのだった。
歴史学者のランドバーグはその著書『金持ちと超金持ち』の中でこう書いている。
最近の研究では、一九一四年から一八年にかけて、世界各国の工業界の巨頭たちは、第一次世界大戦の戦火から世界を救済するどころではなく、戦争の中心的推進役を果たした、と結論づけている。航行の自由の保証、軍国主義の終結、民主主義の防衛といったたてまえ論を振りかざして、はるか外野から、アメリカをヨーロッパ大陸での戦争のただ中へ押し出したのは、アメリカ工業界の大立者たちだった。
今日の世界のかかえる難問題の多くは、アメリカをも含む一四~一八年当時の大国政府と、その背後に控えていた大資本家たちの責任だと言えるだろう。彼らは、他の何にもまして、状況の生み出した必然的結果とも言うべき全体主義的共産主義の生みの親なのである。
駐独アメリカ大使をしていたジェームズ・W・ジェラードが、アメリカを「支配した」六四名の大物をリストアップしたことがある。筆頭に挙げられたのがジョン・D・ロックフェラーⅠ世、続いて銀行家のアンドリュー・W・メロンとJ・P・モルガンだった。この三人は、ウィルソン大統領の第一次大戦参戦について語られる時に必ず持ち出される名である。ジェラードがこのリストを作成した時の現役大統領だったハーバート・C・フーバーが六四名のうちに挙げられていないというのも象徴的と言えよう。
これらのことはすべて、ランドバーグ教授の前述書四章で明らかにされているのであるが、素朴な平均的アメリカ国民にとってはちょっとした驚きかもしれない。彼はまた、ウィルソン政権が、「J・P・モルガンの付属物にすぎず、モルガン指名の国会議員たちにとって、ウィルソンを中立政策から参戦へと転換させることなど朝メシ前だった」とも述べている(さらに詳しく知りたい読者はアーサ・S・リンク著『ウィルソン』全四巻プリンストン大学出版、一九四六~五四年。および『ウッドロー・ウィルソンとその進歩的時代』ニューヨーク、一九五四年をお読みいただきたい)。
数十年前の選挙戦でのウィルソン候補の言葉は、今日もなお真実である。アメリカの大統領は、J・F・ケネディのような死に方をしたくなければ、形式的統治者以上のものにはならないのである。工業界、金融界の大物たちが大統領に代わって、国の統治の実際の責務を引き継いで久しいのである。
大企業が我々の社会の主導権を握っている。この増大の一途を辿る大企業の権力を制限しようとするすべての企ては失敗に終わってきた。独占体制を回避すべく、進歩派が打ち出した二つの重要な策がある。ひとつが取り締まり制度であり、他のひとつが独占禁止法である……。
取り締まり制度は大混乱に陥っている。本来は取り締まりの対象となるはずの大企業が、今や取り締まり機関を完全に手中に収めてしまっているのである。
一方、独占禁止法は事実上死文化している。最近の報道を見ていると、法務省の独占禁止法担当部署というのは、ほとんど機能していないということが分かる。
ホワイトハウスその他の権力組織による頭ごなしによる頭ごなしあるいは裏取引による折衝が一般化してしまったためである(『進歩派』一九七七年一月号。編集者兼発行人モリス・H・ルービンの記事より抜粋。この月刊紙は故ラフォレット上院議員が創刊)。
「おそらくは地上最強の圧力団体は石油ロビーだろう。それに匹敵するのが、病院経営者と医師のロビーだ」カーター大統領(『アメリカ医師会ニュース』一九七九年六月八日)
追記 一九八〇年、エクソンは、そのビジネス上のパートナーであるゼネラレいて、アメリカ最大の企業となった。ではエクソンとは何者か? 一九一一年、受けたロックフェラーのスタンダード石油トラストの新しい名前なのである。
PART5 大いなる洗脳
権力への道 ロックフェラーのマスコミ支配
彼のキャリアを公平な目で検討すれば、必ずや、彼が人間の持つもっとも醜悪な情熱-すなわち金銭に対するあくなき欲の犠牲者であったという結論に達するだろう……。
この金の亡者が、密かに忍耐強く、ひたすらに、いかにして富を増やそうかと画策を巡らせている図それは決して快いものではない……。
彼は残酷と背徳をもって、商業を平和的なりわいから戦いへと変化させた。市場競争を品位ある競い合いから凶暴な殺し合いへと変化させた。そして彼は自らの組織を慈善団体と呼び、教会出席と慈善行為を己れの正しさの証明とする。しかし我々のような単純な人間の目には、彼のこの二面性はどうしてもうまく噛み合わない。これは信仰という仮面をかぶった悪行である。その名を偽善という。
これは一九〇五年当時、広く読まれていた『マックルアー』という雑誌に、アイダ・ターベルが連載した「スタンダード石油の歴史」に出てくるジョン・D・ロックフェラーⅠ世の描写である。
この当時、ロックフェラーの評判はまだ最低というところまでは落ちていなかった。ロバート・ラフォレット上院議員が彼のことを「我々の時代の最悪の犯罪人」と呼んだのはこの後だし、新聞が彼を「世界でもっとも嫌われている人」と評し、漫画で、片手で金の詰まった袋を盗みながらもう一方の手で子供に一〇セントを恵んでいる偽善者に描いたのも、これより後のことである。
ところがずっと時代が下って第二次大戦後になると、アメリカ国内でも外国でも、ロックフェラーⅠ世の名誉を傷つけるような記事を見つけるのは非常に難しくなってしまった。さらに、父親の足跡を忠実に辿ったジュニアー、そしてその四人の息子たちについての非難もまったく聞こえてこない。それどころか、今日、さまざまな百科事典をくると、ロックフェラー家への賞賛しか見当たらないだろう。こんな具合である。
ジョン・D・ロックフェラーⅠ世は、一九一一年にはビジネス活動から引退し、余生は社会への寄付に没頭して過した。彼の莫大な財産によって設立された、数々の慈善団体は、受託人がそれを管理し、運営に当たる職員たちは国民への奉仕の機会を模索し続けた。寄付総額は六億ドルに上るとされている(ロックフェラー所有になる『ブリタニカ大百科事典』国際版、一九七二年)。
また彼の独り息子、ロックフェラー・ジュニアー(一八七四~一九六〇年)についても同じ事典にこうある。
彼はロックフェラー家のビジネス、慈善、市民団体において、父親の手足となって働いた。その生涯は慈善、市民活動に献げられたと言って過言ではない――一九 七年から五五年末までの寄付総額は四億ドルに上る。
もちろんここでは、ロックフェラー家のこれほどの財力を築き上げた冷酷なビジネスのやり方については一言も触れていない。モルガンやメロンと手を組んでアメリカを第一次大戦に巻き込み、五万人のアメリカ人兵士をヨーロッパで死なせた政治的陰謀についてもまったく触れていない。
では、二〇世紀初頭の、前掲の『マックルアー』の連載記事に見られるようなロックフェラー父子への声高な非難が登場した時代と、非難の声が徐々にマスコミの表面から消え、ついには、ロックフェラー家とその慈善行為への全面的な賞賛ばかりになってしまった現代との問に、いったい何がおこったのだろうか。
ブリタニカによればⅠ世が「ビジネス活動から引退」したとされる一九一一年というのは、彼が違法経営によって有罪判決を受け、スタンダード石油トラストを解散するよう裁判所に命じられた年なのである。当時スタンダード石油トラストは四〇の会社を包括しており、そのうち一四はロックフェラーの一〇〇パーセント所有だった。
ところが皮肉なことに、ロックフェラー帝国をさらに強力にしたのが、この強制解散だったのである。おそらく、これはロックフェラー自身さえ予想しえなかったことだろう。解散以前のトラストは誰の目にもはっきりと見える格好の標的だった。
しかし解散後、地下にもぐってそのカは見えない場所で安全に守られるようになった。見えない暴君を撃つことはできない。ロックフェラーは裁判所に命じられた通りにトラストを解体した――ふりをした。トラストを多数の別会社に分割し、それらの会社を、自分の息子をも含めた傀儡を通して支配し続けたのである。
二〇世紀というコミュニケーションの時代を支配する鍵は「世論」だということに、ロックフェラーが気づいたのは一九一三~四年におこったある事件がきっかけだった。それまでは彼は世論というものを馬鹿にしていた。
当時はまだラジオ、テレビ以前の時代で、新聞がマスコミの中心だったが、その新聞が彼への敵意をあらわにし始めた時でさえそうだった。そして現在では当たり前のようになっている世論の形成ということなどまったく考えず、せいぜい参考にして利用する程度だった。
ある事件とは、「ラドロウ殺戮」と呼ばれている事件である。この時、世論の風当たりがあまりにも激しくなり、さしもの厚顔のロックフェラーⅠ世も、何とか手を打たねばという気をおこした。
そして、この時の世論操作が思いのほかうまくゆき、これを機にロックフェラーはアメリカの一財閥から世界のそれへと変身することになったのである。
●社会的イメージ
鉱山労働者組合、というのは後に有名な労働運動家ジョン・L・ルイスを生んだ組合であるが、この組合がロックフェラー所有の会社のひとつ、コロラド燃料・鉄鋼山会社の鉱山労働者の給料アップと生活条件向上を要求してきた。ヨーロッパの貧しい国々からの移民がほとんどを占める鉱山労働者は、途方もない家賃を払って会社支給のあばら屋に住み、それでなくとも低い賃金は、これまた途方もない値段で品物を売る会社の売店でしか通用しない金券で支払われ、彼らが行く教会の牧師は会社雇いで、子弟は会社運営の学校で教育を受けていた。
また会社の図書館には、熱狂的クリスチャンであるロックフェラーが「破壊的」とみなす種類の本、たとえばダーウィンの『種の起源』などは置かれていなかった。さらに労働者たちが組合に入るのを防ぐために、警備員やスパイをおき、そのためには年間二万ドル以上を費やしていた。これが当時のコロラド燃料・鉄鋼山会社の状況だった。
この会社の公式の責任者だったロックフェラー・ジュニアーと、財団の理事でシニアーの腹心、バプテスト派の牧師フレデリック・T・ゲイツの二人は、組合と交渉することさえ拒んだ。そしてストライキに参加した労働者たちを社宅から立ち退かせ、ボールドウィン・フェルツ探偵社を通して何千人ものスト破りを雇い入れた。さらに、アモンズ・コロラド州知事に説いて州兵を動員させた。
ラドロウ鉱山は戦闘状態に陥った。州兵が、さらには社宅立ち退き以後テントを張ってキャンプしていた労働者やその家族が情容赦なく殺された。恐れをなしたアモンズ知事がウィルソン大統領に連邦軍の出動を要請し、ようやく騒ぎが収まった。
現在ほど強いロックフェラー色はなかったとは言え、すでに決して反ロックフェラーでもなかった『ニューヨーク・タイムズ』がこの事件を一九一四年四月二十一日、次のように報じている。
今日、コロラド州ラドロウ地区で、ストライキ中の炭鉱労働者とコロラド州兵による戦闘が一四時間にわたって繰り広げられ、ギリシャ系のストライキ指導者ルイス・ティカスが殺され、ラドロウのテント村には火が放たれた。
翌日の『ニューヨーク・タイムズ』の記事はさらに続ける。
コロラド州ラドロウ地区のロックフェラー所有のコロラド燃料・鉄鋼山会社でおこった州兵とストライキ中の炭鉱労働者間の一四時間にわたる戦闘の結果は、死者四五人(うち三二人は婦人と子供)、行方不明二〇人、負傷者二〇人余と判明した。ラドロウキャンプは焼け焦げた残骸に覆われ、労働闘争の歴史に類を見ない恐怖に満ちた事件を物語っている。労働者たちが州兵のライフル射撃から身を守るために掘った穴の中で、婦人や子供たちが捕らえられたネズミのように炎に煽られて死んだ。今日午後、掘りおこされた穴のひとつには、一〇人の子供、二人の婦人の死体があった。
ロックフェラーへの世論の風当たりが急に強くなった。そこで彼は、米国随一と言われた腕ききの新聞記者アイヴィ・リーを雇い入れることにした。リーに与えられた課題は、この暴君の社会的イメージを塗り直すという難しいものだった。
設立されたばかりのロックフェラー財団に用途未定のお金が一億ドルばかり転がっているのを知ったリーは、そのうちのほんの一〇〇万ドルほどを著名な大学、病院、教会、慈善団体などに寄付することを思いついた。この提案はただちに受け入れられた、もちろん一〇〇万ドルは喜んで受け取られた。そしてこのニュースは世界中の新聞を賑わした。新聞社にとって、二〇〇万ドル」は内容のいかんにかかわらず常に大きなニュースなのである。
これが今日まで延々と続くマスコミへの巧妙なニュース売り込みの始まりだった。華々しい新聞報道にのって、ロックフェラー家から流れ出す多額の寄付金の輝きに目をくらまされて、気まぐれな大衆は外国人移民の殺戮事件のことなどすぐに忘れてしまった-少なくとも大目に見る気になった。
その後、ロックフェラーは新聞記者だけではなく、新聞社そのものを買収、資金援助、そして創業した。一九二三年にヘンリー・ルースが創刊した『タイム』は間もなく経営困難に陥り、J・P・モルガンに買い取られたがモルガンの死とともに彼の金融帝国も崩壊した。その時、ロックフェラーは時を移さず、この見返りの多そうな雑誌をその姉妹誌『フォーチュン』『ライフ』とともに買い取った。
そしてこの三誌のためにロックフェラーセンターの中に豪華な一四階建ての社屋、「タイム&ライフ・ビル」まで建てた。ロックフェラーはその上『タイム』のライバルである『ニューズ・ウィーク』の共同所有者でもあった。『ニューズ・ウィーク』はルーズベルトのニューディール時代のはじめ、ロックフェラー、ヴィンセント・アスター、ハリマン一族の共同出資で創刊されたが、表面に出ていたのは、フランクリン・D・ルーズベルト大統領のブレーン・トラストの長、レイモンド・モレイ教授だった。
いかにロックフェラーとは言え、その財力にはやはり限度があった。そこでリーは、もう少し日常的レベルで大衆の目にこの帝王の気前の良さ、親切さを印象づける名案を思いついた。道ばたで彼のもとに近づいて来る子供たちにピカピカの一〇セント銅貨を恵んでやるという案である。一人としてお金を貰えない子供がでてはいけない。そこで彼のボディガードたちは銅貨を入れた袋を持ってついて歩くようになったのである。
●インテリの買収
生来の皮肉屋であったロックフェラーでさえも、いわゆる「インテリ」がいかに簡単に買収されてしまうかという点では、いささかの驚きを禁じ得なかったようである。実際のところ、インテリという人種はロックフェラーにとって最高利回りの投資の対象となった。アメリカの内外に「教育資金」を設立し、これにふんだんにお金を出すことにより、ロックフェラーは政府や政治家のみならず、知識階級、科学者たちをも支配できるようになったのである。彼の支配下に入った知識階級の筆頭に挙げられるのが医学界、すなわち現代の新しい宗教の司祭たる医者の集団である。賞金と栄誉の両方が揃ったピューリッツア賞、ノーベル賞などは、ロックフェラー支配体制にあからさまに敵対する人物には、これまで一度も与えられたためしがない。
ロックフェラー王朝の創始者によって考え出されたこの支配体制は今日も続いており、王位継承者たちによりさらに強化されている。
枯れることのない基金の生み出す収入の一部を毎年投げ与えることによって、ひょっとすると次は自分が貰えるかもしれないと期待しながらしっぽを振っている飼い犬すなわち大学長、大学教授、科学者、研究者、編集者、ジャーナリストといったインテリを自分のまわりにいつまでも侍らせておけるわけである。そして御馳走を期待して待っている人々は、それを与える主人を非難するような発言はしないものなのである。
たとえばピューリッツア賞受賞者であり、ロックフェラー医学研究所教授である細菌学者のルネ・デュボス教授である。彼は動物実験に対しては繰り返し懐疑的見解を発表してはいるが、常に奥歯にもののはさまったような言い方しかしない。ロックフェラーの資金に依存し、動物実験が盛んなロックフェラー研究所で仕事をしている彼としては仕方のないところなのだろう。
一九七八年、ヘンリー・キッシンジャーが国務長官在任当時、ネルソン・ロックフェラーから用途不明の五万ドルの「ギフト」を受け取ったという事実を公に認めざるを得なくなった。この件は、内部ではすでに皆が知っていたこと――すなわち政治動物園の中でうごめいている他の動物たち同様に、キッシンジャーさえも、ロックフェラー工場の製品にすぎないということーを、はじめて公衆の前にさらけ出したのだった。
またヘンリー・ルースは『タイム』のれっきとした創始者、編集長でありながら、経済的にはロックフェラー家からの広告収入に全面的に頼らざるを得なかった。彼の広告主に対するへつらいぶりは有名だった。
ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアーは前述のラドロウ殺戮には大きな責任がある上、父親の問題の多い汚ないビジネスのほとんどに協力してきた。それにもかかわらず、一九五六年ヘンリー・ルースはジュニアーを『タイム』の表紙に取り上げ、「The Good Man」というタイトルで特別記事を組んだ。次のような誇張が随所に見られる。
ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアーの生涯は、建設的社会事業への献身の一生だった。
この献身のゆえに、彼は戦争に大勝利をおさめた将軍や外交で国に尽した政治家と並ぶ、アメリカの真の英雄に列せられるのである。
『タイム』はその後もずっとロックフェラー家からの広告収入に依存しており、ジュニアーとルースが共に世を去った後も、編集部にはその基調を変える自由が与えられなかったものらしい。一九七九年、ジュニアーの息子、ネルソン・A・ロックフェラーの死に際して、次のような死亡記事を載せている(彼はベトナム戦争をはじめとする各地での戦争に関し、最右翼のタカ派であり、アッティカ刑務所での捕虜大量虐殺の責任者だった。他にもスキャンダルは多い)。
彼は祖国を向上させ、高揚させ、祖国に奉仕するという使命感にかられていた。
ロックフェラーⅠ世の伝記作家
ロックフェラーⅠ世に戻ろう。アイヴィ・リーの世論操作は大成功を収めていた。傍らでジュニアーは父親の伝記の執筆を誰に依頼するかで悩んでいた。「権威ある」作品に仕上がらなくてはならないし、さきにアイダ・ターベルやジョン・T・ブリンのスキャンダル本でかぶせられた汚名をすすぐようなものでもなくてはならない。しかし、伝記制作の最初の関門はシニアー自身の非協力的態度だった。これは老人にありがちの過度とも言える秘密主義が原因だった。リーがニューヨークの『ワールド』紙のリポーターで同時にすばらしいゴルファーでもあったウィリアム・O・イングリスを伝記作家として推薦し、やっとこの第一の関門を通り抜けた。事実、イングリスはよき作家であるよりはよきゴルファーであろうとしていた様子がうかがえる。彼はシニアーとともにロックフェラー私有のポカンティコの一八ホールのコースを無限と思われるほどの回数まわり、そのたびに老人は思い出を少しずつ語った。二人の交友は一九一五年から二五年まで続き、イングリスはようやく伝記の草稿を仕上げた。
当然のことながら、シニアーもジュニアーもその草稿の良し悪しを判断できる立場にはなかった。
そこで財団の中の「鑑識眼のある」専門家の判断に委ねることになった。
五セントで葉巻の買えた時代に、イングリスに支払われた年俸八〇〇〇ドルというのは、かなりの額の報酬だったと言、尺よう。この高給が彼の批判精神を鈍らせてしまったらしい。財団のブレーンは、彼の伝記はあまりにへつらいが過ぎ、とても世問に公表できない、との合意に達した。イングリスはロックフェラー宮廷内での寵を失い職を追われた。そこで、リーは今度はドイツからエミール・ルードヴィヒを招請することにした。ルードヴィヒはベストセラー伝記作家で、その頃ちょうど、彼の記念碑的作品とも言えるナポレオン伝を書き上げたばかりだった。
もちろん、ルードヴィヒの他にもロックフェラーの伝記執筆依頼を断った人物がいたかもしれない。
けれども記録に残っているのは彼一人である。彼はアメリカ行の渡航費を支払うというリーの申し出は受け入れた。しかしアメリカでロックフェラーに直接会い、どのような伝記を期待されているのかを聞かされると、すっかりこの仕事に興味を失ってしまった。
そしてそのままドイツに戻った。アイヴィ・リーの伝記作家捜しは振り出しに戻った。
その頃、ウィンストン・チャーチルが自分の父祖、マールボロ侯爵の伝記を書き、文筆家としての名声を博していた。リーはイギリスに渡り、チャーチルに、どのくらい支払えばロックフェラーの伝記作家となる屈辱に甘んじてくれるか、と恐る恐る尋ねた。チャーチルは前金で五万ポンドニ五万ドル、しかも大恐慌の時代のことである――を要求した。
その報告を受けたロックフェラーは、自分が二五万ドルに値するほどには後世の人々の評判を気にしてはいないと感じ、NOの返事を出した。そして一九三〇年、ジョン・D・ロックフェラーI世は世を去った。息子はまだ、ロックフェラー王朝創始者の伝記作家にふさわしい人物を見つけていなかった。
しかしアメリカ国内でも名誉とお金を求める物書きには不足していなかった。ロックフェラー財団ブレーンの白羽の矢は、コロンビア大学(ロックフェラーがスポンサー)教授で、著書のクリーブランド大統領伝がピューリッツア賞(同じくロックフェラー後援)を受賞したばかりのアラン・ネヴィンズに立った。
ネヴィンズには、ルードヴィヒやチャーチルの華麗さはなかった。しかしロックフェラー体制内の囲われ者であるだけに信頼はおけた。実際、彼の書き上げた伝記のタイトルを見ただけで、彼がロックフェラー家の求めていたものが何であったかを、十分了解していたことが分かるだろう
『ジョン・D・ロックフェラー、アメリカの英雄時代を生きた男』。この伝記には、ロックフェラー批判が適所に適量ばら撤かれており、そのため辟易するような追従的部分をも何とか受け入れられるものにしている。しかし追従も相当なもので、「ロックフェラーは一瞬たりとも個人の商業上の利益追求と慈善活動とを混同するようなことはなかった」と書き、さらに、リシュリュー(フランス、ルイ一三世の宰相)、ビスマルク(ドイツ、鉄血宰相)、セシル・ローズ(南ア政治家、ローデシアは彼の名に因む)に比べても、少しも遜色がない、と恥ずかしげもなく述べている。
***
やがて、あちこちの出版社から、洪水のようにロックフェラーの伝記や一族の歴史を綴った書物が出版され始めるに及んで、隠そうにも隠しおおせぬほころびも見え出した。もちろんそれを見る眼を持った人々にのみ、見え出したという意味である。時が経つにつれ、故人の好ましからざる性癖であるとか若い頃の違法行為などを公にすることも許されるようになった。もっとも、まだ生存中の一族の輝かしいイメージを傷つけたり、財閥の経済的地位を脅かすような発言は許されるべくもなかったが。
例のアイダ・ターベルの文章も再登場したし、フェルディナンド・ランドバーグ教授の『金持ちと超金持ち』(一九六八年)、ピーター・コリエ、ディヴィッド・ホロヴィッツ共著の『ロックフェラー家』(一九七六年)など、相当批判的な内容のものも次々と出版された。ランドバーグはコロンビア大学に学んだ後、これもまた、ロックフェラー傘下のニューヨーク大学に移った歴史学者であるが、ロックフェラービジネスの過去の不正のあれこれを堂々と公開した。
またコリエとホロヴィッツもあちこちに発表した「容赦のない暴露記事」で、ロックフェラーの慈善活動の大半が、実は節税対策であり、寄付したよりもはるかに多額の見返りのあった利己的なものだったという事実を証拠だてることさえできたのである。しかしこれらの「容赦のない暴露記事」のどれからも見逃されているひとつの重要なビジネス分野がある。そのひとつとは何か?
彼らは、ロックフェラーが関心を寄せていた工業、商業分野を、たったひとつを除き、すべて言及している――石油、石炭、天然ガス、電気、鉄道、自動車、鉄鋼、ゴム、不動産、美術、出版、ラジオ、TV。
しかし、激しいロックフェラー攻撃の本においてさえ、常に忘れられているもっとも利潤の大きい分野、すなわちⅠ世の父親「ビルおやじ」が、まむし油とびん詰め石油を癌の特効薬と偽って、片田舎を売り歩いていた頃からずっと、ロックフェラー帝国の中心に位置してきた商売――薬である。
ではなぜ、薬への言及がないのか。ロックフェラーと二〇〇もの製薬会社との関わりに言及すれば、アメリカの「一般教育財団」と、その後、世界各地に設立された同種の慈善団体の設立の真の理由を暴露することになるからである。すなわち、ロックフェラー家は、他でもない一族の利益と権力の増大を図るもっとも有効な手段として「教育財団」という名の慈善団体を設立したのである。
そしてこの教育財団を通して何も知らない大衆に薬の大量使用を崇拝する「新しい宗教」を押しつけたのである。
もし、ホロヴィッツらの本に、ロックフェラーと製薬業界との関わりが述べられていたとすれば、おそらく無事出版されることなどなかっただろう。また、たとえ出版されたとしても、すぐ絶版になっていただろう。
誤情報宣伝局
●一九六七年
一九六〇年代に入り、アメリカでは動物実験反対派の動きが再び活発になり、上院での公聴会なども開かれていた。医学・製薬・動物実験コンビナートにとって、この動きは目障りきわまりなく、この辺りで、全国で最高の権威を誇る新聞誌上で――すなわち『ニューヨーク.タイムズ』のことだが――この件に関する大々的な宣伝をする時が来たと判断した。国中の大新聞が『ニューヨーク・タイムズ』に歩調をあわせるのが慣例になっているからである。この時、全国医学研究協会(NSMR)の指図を受けて、宣伝用の記事を書いたのは、ローレンス・ガルトンというフリーランスの科学記者だった。『ニューヨーク・タイムズ』は彼の記事を日曜版に載せるという特別待遇を与えた。記事の信頼度が強調されたと大喜びしたNSMRは、後日、これを引き伸ばし光沢紙に刷って、イラスト入りの小冊子に仕立て、無料で各方面に配布した。その冊子の表紙には「『ニューヨーク・タイムズ』一九六七年二月二十六日付日曜版より」と大きな文字で麗々しく印刷されていた。
ガルトンの使ったテクニックは当時よく使われた手法で、実験動物は決して苦痛を与えられていないし、むしろ一般の動物たちより苦痛の少ない死を迎えている、と強調して、読者を安心させるというものだった。
研究目的で解剖される動物には深い麻酔がかけられ、観察が終了すると意識が戻らないうちに死に至らしめられる。手術後も生かしておく必要がある場合の手順は、人間の手術の場合と同様である。すなわち、無菌状態での手術、術後回復の監視、可能な限りの痛みの除去。
もしこれが本当なら、動物実験反対論者どもは、いったい何を騒ぎ立てているのだということになるではないか。二一年にもわたり、アメリカ中の動物実験研究室に足繁く通ったと公言しているガルトン氏に、今さらこんな質問をするのも野暮かとは思うが、あえて聞かせてもらおう。
あなたは、電気ショックで実験動物――それも予算さえ許せば霊長類を使うのだが――の心身を完全に破壊するまで行なわれるおびただしい数の神経生理学実験について、本当に聞いたり見たりしたことがないのか。
また、「ネコの性行動」調査の実験について本当に聞いたり見たりしたことがないのか。この実験は、一九六七年時点で、全米二〇以上の大学で実施されていたもので、ネコのペニスの神経を外科的に露出させ(簡単に言うとナイフで切り開く)、ネコが終末(すなわち死)に至るまで、絶え間なく電気ショックを与え続けるというものなのだが。
お決まりの「無痛実験」宣伝の後に、ガルトンは、さらにもうひとつのよく使われる手法を出してくる――動物虐待に非難の声を上げているのは誰か?誰って、動物愛護団体に決まっているではないか。それならば、とガルトンは言う。
「昨年中にマサチューセッツ州で医学校や病院研究所で、実験に使われたイヌは一万頭にも満たない。ところが、動物愛護協会によって三万五〇〇〇頭ものイヌが殺されたと発表されている」。ここでのガルトンの絶妙な言葉の使い分けに御注意願いたい。実験には「使われた」、愛護協会には「殺された」と言っている。愛護協会は、病犬、野良犬、捨て犬などの無用の苦痛を長びかせないよう殺したのである。このような数字と言葉のごまかしで読者を完全に混乱に陥れておいて、最後のとどめを刺す。
病気とは残酷なものだ。重度の火傷、重い外傷、激しいショック、手術、予防接種、糖尿病や高血圧など慢性病の薬、心臓ペースメーカー――これらの研究は動物実験に負うところが大きい。
ガルトンは臓器移植を入れ忘れているようだ。それにしても、ここでの彼のすべての主張は証拠を欠いている。従って容易に完全な反論が可能である。最初の火傷を例にとって反論してみよう。
火傷に対し、動物の皮膚とヒトの皮膚とは反応の仕方が異なる。動物は浮腫を生じ、ヒトは火ぶくれをおこす。そして動物実験に負うところあってか、一〇〇年前と変わらず、ある割合以上に皮膚に火傷を負うとヒトは死ぬ。一九八〇年、イタリアのソレントで開かれた医学会で、人工臓器の生みの親の一人で、パリのデュボス教授の長年の協力者でもあるルイジ・スプロヴィエリ教授が、一〇カ国から集まった数百人の医師たちを前に語った言葉に注目したい。「生物医学研究は今や、動物に頼る必要はありません。コンピュータを使うべきです。伝統的手法に頼るのは有害無益です。
というのは、人と動物の違いが、私たちをほとんどの場合、間違った結論へと導くからです。私たちは人工臓器が動物実験で試されずとも、直接、人間に使って大丈夫だということにすでに気づいております。たとえば、心臓の弁、そしてベースメーカーです。これらは、まず人間で完全に機能するということが分かってから、動物でもうまくゆく、ということが追認されたのです」(『ラ・ナツィオーネ』フィレンツェ、一九八〇年十月五日)。
一九世紀末に、今日でも使われている外科手術テクニックの大部分を考案したローソン・テイトから、バリバリの現役R・J・ベルチャー教授に至るまで多くの外科医たちが、前述のガルトンの記事で外科手術についての部分はまったくのでたらめだと非難した。外科手術だけではない。彼の書いたことすべてが非難の的になった。ところが『ニューヨーク・タイムズ』は、押し寄せる抗議をまったく取り上げなかったのである。
●一九七八年
一九七八年三月二十七日『ニューズ・ウィーク』に「実験室の動物たち」というタイトルの長文の記事が載った。執筆者はピーター・グウィンとシャロン・ベグレイ。二人は相当な無理をして、動物実験という弁解不可能な行為の新しい逃げ道を捜し出している。科学者にとって、実験に動物を使用することは、自然の秩序の一部だと考えられるのである。
「神が人間に動物の支配権をお与えになったという、旧約時代の伝統にまでさかのぼる」とNSMRのサーマン・グラフトン博士が語っている。
生物医学者たちも、彼らの扱う動物たちが虐待を受けているという批判に対しては、きっぱりとこれを否定する。「ニューヨーク中のネコの半分は、我々の実験用ネコほどに人道的な扱いを受けていないだろう」とコーネル大学医学部のブルース・エワルド博士は言う。
ほとんどの動物実験は有益であり、注意深く実行されている――厳しい規制の結果、動物の苦痛はかなり軽減されている……。
費用の増大、保護法の強化(そんな法は存在しないか、たとえあったにせよ実施はされていない――著者)、そして、実験非難の声、という三重の脅威にさらされて、研究者たちは、研究が有効で人道的であるよう細心の注意を払っている。
●一九八〇年
一九七八年までは、誤情報宣伝局は世論をリードするマスメディアのトップに次のように働きかけていた――「すべての動物実験は人類の幸福にとって必要不可欠である。しかも実験者に自然に備わった慈悲心によって動物は十分に保護され、事実上何の不利益もこうむっていない」。ところが、権力側のこの言い分に対し、一九七八年に『罪なきものの虐殺』が実例をもって、完全な反証を提出した。彼らは『罪なきものの虐殺』をすぐ絶版に追い込むのには成功した。しかし動物実験反対派は、反対闘争の拠り所としてこれまでの倫理的道徳的論拠に加えて、堅固な科学的根拠を見出したのである。
そこで、再び、NSMRの指令によって、長文の動物実験擁護記事が新聞に出されることになった。今回ももちろん『ニューヨーク・タイムズ』である。反対派の亡霊を払拭するためには、動物実験のもたらす恩恵の素晴らしさを伝えるメッセージを完壁なものに手直しする必要がある。これは難しい仕事である。
さて七八年十二月三十「日付『ニューヨーク・タイムズ』の付録に、バトリシャ・カーティス署名の記事が出た。記事のタイトルは、体制側の姿勢が、六七年頃のそれとはすっかり変わっているということを印象づけるよう工夫されていた。
いわく、「動物実験反対論」。もっとも、「反対」はタイトルだけで終わりだったが。NSMRの編集者たちは実に巧妙だ。反対運動の高まりの機先を制するために、世論の変化を、他でもない実験業界自身の変化の影響だとしてしまったのである。
「多くの科学者の間にも高まっているこの危惧の発端は、科学者自身の発見の中にある」とカーティスはぬけぬけと言う。こんな白々しい文句を聞かされた後は、どのような文が続こうと驚きもしなくなる。
「ポリオワクチンから刺激反応生理学まで、数多くの重要な医学上の発見が、動物実験の成果であるという事実には疑いの余地がない」。このいつもの擁護派の決まり文句『罪なきものの虐殺』にその多くを引用したように、その虚偽性は医学の権威者たちによって明らかにされてきたのだがを述べた後、カーティスは次のようなことまで書くことを許されている。ただしほんのわずかでも否定的ニュアンスはにおわせないよう注意した上でのことだが。
今日、よく行なわれる心理学実験に「学習させられた諦め」(learned helplessness)と呼ばれる状態がある。檻に閉じ込めた動物にさまざまな電気ショックを与え、その動物がショックを回避する方法を次々と学習するようしむける。最終的には動物は床に横たわって、ショックを受身的に受け入れるようになる。研究者はこの「学習させられた諦め」の状態と、ヒトの響状態との間に何らかの同一性を見出そうとしている。
この非人格的な冷たい書き方は、自称「研究者」たちの研究論文に相通じるものではないだろうか。
例によって、この記事のどこにも製薬業界の私利私欲や、動物実験は必然的に人体実験につながるという恐るべき事実などについてはまったく触れられていない。人体実験は現実に、主に公的施設に収容されている孤児や貧しい老人たちを対象に行なわれているのである。この種の実験を資金的にバックアップしているのはロックフェラー関連団体である。
この記事は、『リーダーズ・ダイジェスト』に転載された。『リーダーズ・ダイジェスト』は毎月の発行部数が全世界で二〇〇〇万部、読者数一億人と豪語しているロックフェラーの息のかかった雑誌である。
このカーティスの動物実験の記事の掲載された国際版一九八〇年三月号(アメリカ版では二月号)を検討してみると、非常に興味ある事実に気づく。
『リーダーズ・ダイジェスト』を開いてみると、まず特等席の第一ページを占領しているのは、ロックフェラー傘下のブリストルマイヤーズ社の感冒薬コムトレックスの広告。
そしてそれに続く最初の六ページ全部が、薬と化粧品の広告で埋まっている。七ページ目にはドライヤーの広告があり、その後、ようやく本文が始まる。これがニページ分の記事で、タイトルが「医薬界だより」、内容は医薬研究や新薬、新しい治療法などの称賛に終始する。
この号に関して言えば、前述の六ページに加え、さらにあと二七ページ分が化学工業関連製品(石油化学、農業化学関係が少々あるがほとんどは薬と化粧品)の全ページ広告に当てられ、これらで雑誌全体の広告の大部分を占める。化学工業に無関係の広告ぺージもあるにはあるが、後ろの方に追いやられている。
さらに、前の方の一ページは、かの誤情報宣伝の大本山、ブリタニカ大百科事典のための指定席になっている。
この百科事典は近年、ロックフェラー傘下に入ったが、それ以来、医学関係項目を、医薬品取引に有利な方向へと全面改訂を行なった。
世論の買収
マスメディアによる虚偽、歪曲、弾圧といった周到で組織的な情報操作は、独裁政権下においてよりも、いわゆる民主的といわれる社会においての方がはるかにたちが悪い。独裁制社会では、国民は、マスメディアに表現の自由がないということを知っているために、政府発表のニュースはすべて割り引いて受け取るべきものと承知している。それに対し、民主社会では、ほとんどの国民は、もし異なったニュース源から出た情報の内容が同じであれば、それは真実だと考えてしまうだろう。彼らは、すっかりだまされているということに気がついていないだけなのである。
『ニューヨーク・タイムズ』や『リーダーズ・ダイジェスト』のようなマスコミ界のメジャーが、動物実験の必要性に反駁を加えるような情報は流さない、というのは何もアメリカに限ったことではない。国全体が化学・医学権力の支配下におかれている国ではどこでも同じような状況だと言えよう。
〔南アの例〕南ア『ケープ・タイムズ』一九七七年六月二十八日付紙上で、クリスチアン・バーナード博士は、動物実験反対論者に挑戦を試みた。医学が実験動物を使用することなしに、これまでいかにして進歩してきたか、また将来どのようにして進歩できるかを証明せよ、と迫ったのである。この挑戦を、南アの動物実験反対同盟、SAAAPEAが受けて立ち、回答を送った。しかし、バーナード博士の原稿は検閲しなかった『ケープ・タイムズ』が、回答の方は入念に検閲し、核心となる部分をほとんどカットして骨抜きにしてしまったのである。
ヨーロッパ中の体制派の新聞は、『ケープ・タイムズ』と同様の編集方針をとっている。反対派側が流したいと思う重要な情報は、大抵、検閲の網にひっかかってしまう。
〔フランスの例〕一九七七年七月二十九日、パリの日刊紙『ル・フィガロ』にJ・P・カケラ教授の署名入りで「モルモットか人間か」という記事が載った。これはタイトルを見ただけでもお分かりの通り、嘘情報と決まり文句の羅列に終始した動物実験賛歌であり、現代医学の最大の誤謬が最高の成功のごとくに紹介されている文である。動物実験のお陰で人類が救われたという、いつものあれである。
『ル・フィガロ』には反論の投書が殺到したらしい。しかし紙上に取り上げられたのはそのうちたったの二通、それもズタズタにカットしての採用だった。一通はフランスの動物実験反対同盟の会長からのもの、そしてもう一通は私のものだった。私自身かなり努力して簡潔に書いた文だったにもかかわらず、主要な部分はほとんど削られていた。たとえば、ごく最近フランス語で出版した「動物実験に関するテクニカル・リポート」を希望者に無料で送るという申し出を書き添えておいたのだが、もちろん削除された。このリポートには、他のさまざまな情報とともに、動物実験を科学の失策だとして糾弾した各国の一五〇名に上る医学界権威者の言葉を引用してある。
他の欧米諸国の主要新聞も、これまでのところ、反対運動に対する扱いは、上記二例とほぼ同様だろう。
しかし、何と言っても、政府と化学・医学コンビナートとの馴れ合いがもっとも露骨に出ているのは、フランス、ドイツそれにイタリアだろう。フランスとドイツでは、もっとも有力な宣伝媒体であるテレビが、国家の独占事業であり、イタリアも、テレビ事業に対し、政府が主導権を握っているからである。
これらの国のテレビで放映される討論会まがいの番組で動物実験がテーマになったことがある。編集部によって多少手が加えられたなどという程度のものではない、完全な事実の歪曲になってしまっていた。
一九八一年五月、フランスで大々的な討論番組が放映された。出演者の顔ぶれを見ると、実験支持派にはそうそうたる「科学者」を揃えた。
一方、反対派の方は、「科学者」を向うにまわして堂堂とわたり合える人材が注意深く排除されていた。反対派代表として選ばれたのは、ブリジッド・バルドー、新聞記者、映画製作者、それに、サリドマイド悲劇に関しては何も知らない(さもなくば知りたくない)ため討論会の間中ほとんど無言を通したホメオパシーの医者、といった顔ぶれだった。そこで、動物実験者たちは、思うがままにあらゆるにせ情報を一六〇〇万人の視聴者に伝えることができたという次第である。
PART6 無用の惨劇
イギリスの女医第一号、アナ・キングスフォード博士は次のように書いている。「動物実験者の魂に巣食う精神の堕落は、彼から最高最善の知識を得る能力を奪う。彼は健康の秘密を発見するよりは、病気を蔓延させることの方がはるかに容易だということを知るだろう。彼は生命を蝕む細菌を探し求めるが、見出すのはただ新しい死に方のみである」。***
科学は人類に迷信からの救済を約束した。しかし、自らが歴史上、もっとも高慢で残虐な迷信と化した。これは現代文明の生んだ最大の悲劇と言えよう――かつて、もっとも秀れた常識のフォルムであった科学は、今や神として生まれ変わった。民衆(信徒)も科学者(司祭)とともに天上の声を聴く科学はかく仰せられる、かく求めておられる、と。科学は機械的な神である――かつての神々は司祭に去勢を求めた。しかし科学は司祭に、人間的感情を取り除くよう要求する(ブリジツド・ブロフイ『ザ・リスナ~』一九六九年)。
***
人の寿命は少しも変わっていない。人は老いると病気がちになる。どんなに多量の薬を飲もうと、どんな手当をしようと、六五歳という平均寿命は、この一世紀の間ほとんど変化していない。薬は老化に伴う疫病には手の出しようがない。老化現象そのものにはさらに手の出しようがない。薬は
心臓病も癌も関節炎も肝硬変も、そしてごく普通の感冒さえも治せない。確かに老いた人々の苦痛の一部は緩和できるようになった。
しかし残念ながら、一般論としては、老人への専門的医療措置は苦痛を増加させる。そればかりでなく、措置がうまくいった場合、かえって苦痛を長引かせる結果になっている(イヴァン・イリッチ『医学のネメシス』p45,"ロンドン、一九七五年)。
***
「多数の労働者に職がない時、失業問題がおこる」というフーバー大統領の有名な論法がある。実はこれは、学術論文でしばしば見かける論法なのである。「生体が食物を与えられなければ飢餓がおこる我々はこれを、統計的に有意な数のイヌ、ネコ、サル、ロバ、ブタその他の動物を使って科学的に証明した。また助成金が与えられれば、これを再度証明する準備がある」
しかし今日、「基礎研究」と呼ばれる仕事に携わる人々は、このような見え透いた言いわけをするだけの良心もなくしてしまったようだ。「基礎研究」といえば響きは良いが、つまりは、健康な動物にまったく不必要な拷問を加え、肉体的精神的に破壊してしまうという作業のことである。これは正気な人間にとっては、考えることさえ不可能、ましてや実行することなど論外な行為なのである。
●動物たちの復讐『罪なきものの虐殺』への追補
WHOによれば、肉体的精神的にハンディキャップを負った人の数は、一九八〇年に世界中で四億五〇〇〇万人、すなわち世界人口の約一〇パーセントに上るという。そのうち一億三六〇〇万人が一五歳以下である。これは、健康環境が悪化し、かつてないほどに多くの子供たちが、国際教育財団のお節介で、いやがおうでも有害な医療介入を受けている結果の数字と言えよう。たとえば、胎児期に母胎に施された治療、出生後の各種の予防接種、放射線、合成ビタミンや合成薬品の投与などである。一億三六〇〇万人の内訳はヨーロッパ一一〇〇万、北米六〇〇万、ラテンアメリカ一三〇〇万、アフリカ一八〇〇万、アジア八八〇〇万となっている。
***
次に引用するのは『臨床薬理学および治療学』(Vol.7,1966,pp.250-270)に載ったイギリスのロバート・シャープ博士の、非常に啓蒙的な論文である。これは、拙著『罪なきものの虐殺』の内容を確認するものである。
――フレミングはペニシリンが(ペニシリンは偶然に発見された。動物実験によるものではない――著者)、血液によって不活性化するのではないかと考えていた。この懸念は、サンプルをウサギに注射したところ、確認されたかのように思われた。この結果に落胆したフレミングは、ペニシリンをさらに広汎に応用してみようという興味を失い、体表面の感染症に限って使用した。
後にオクスフォードのフローレイとチェインの二人がペニシリンに再注目し、ネズミで感染症に効果があることを確認した。
しかし、ここで幸運だったのが、実験動物の種類の選択である(二人がこの実験を開始した時、彼らの実験室では、もっとも一般的な実験動物であるモルモットが全部死んでいたのである――著者)。ペニシリンはたとえ微量であってもモルモットには致命的である。
もしネズミの代わりにモルモットが実験に使われていたとすれば、おそらくペニシリンは永遠に日の目を見ることがなかっただろう。
さらに幸運が重なる。ある重病の患者を救うためにフレミングはペニシリンを脊椎に注射することを考えた。しかしその結果がどうなるかについては未知である。フローレイは急ぎネコを使って実験を行なった。が、その結果を待っていたのでは、フレミングの患者が助かるチャンスはなくなる。ネコの結果が出る前に、患者はペニシリン注射を受け、回復した。しかしフローレイのネコの方は死んだ。この教訓は今もって生かされていないのである。
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一九八一年四月二十三日、医師、研究者、作家、芸術家などからなる三〇名のイギリス人が、マーガレット・サッチャー首相宛ての嘆願書にサインした。国の医学研究予算の一部を、動物実験に代わる別の方法の開発専用に回して欲しいという主旨のものだった。この時も、それまでと同様、サッチャー首相は断固、冷たくNOと言い放った。
同年五月十四日付、ダウニング・ストリートからの返信は次のようなものだった。
「――生化学研究における動物使用に代わる研究方法開発のためにさける国家予算は、残念ながら、ありません。医学研究委員会は、代替法に関する研究プロジェクトは、従来の研究プログラムの一環として行なうのがベストであると考えています――」。
この「医学研究委員会」なるものが強硬な実験主義者によって構成されているという点はここで指摘するまでもなかろう。また、「科学畑」出身で、これまでも常に動物実験支持の姿勢を見せていたサッチャー首相は、自身がかつて動物実験に関わっていたのではないかという疑惑を持たれるのである。事実、動物実験を認めるほどの人は誰でも、実験そのものへの参加をも躊躇しないだろう。
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西ドイツの保健相アンジ・ヒューヴァーの姿勢もサッチャー首相のそれに非常によく似ている。
一九八一年六月二十五日、ヒューヴァー保健相はボンでの公聴会の席上、動物実験を破棄することはできないし、部分的廃止たとえば化粧品のための実験や残酷な上に間違った結果を導きがちなLD-50(対象動物の五〇パーセントに対する致死量)テストなど――も問題外である、ときっばり言い切った。ちょうどその頃、保健相の同僚ミルドレッド・シールが、「癌征服プログラム」
のために、マルクをかき集めている最中だった。
ヒューヴァー保健相は、他の仕事があるからと言い二〇分で公聴会から逃げ出した。あとは保健省の役人の一人が引き継いだ。この役人は、実験削減の実施すらも難しいと述べた。というのは、保健省が実験の実態を完全に把握しきれていないためだという。「たとえば、我々は我が国の大学の中で、何がおこっているのか知りません」と彼女は言う。また、なぜ保健省がせめて悪評フンプンのLD-50テストだけでも禁止しないのか、と聞かれて、こう答えている。「もしそんなことをすれば、我が国は薬品を輸出できなくなります」。
この時、彼女は明らかに、アメリカの時代遅れのディレイニイ改正法に言及していたのである。
この改正法は、各種のテストを義務づけたもので、今日の全世界の薬害に大いに責任を負うべき法律なのである。また、彼女の回答は、サッチャー首相、ヒューヴァー保健相をはじめとする先進工業国の政治家たちが、製薬トラストの利益にいかに深く絡んでいるかを示す証言だったのである。
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ニューヨーク州ローゼスポイントで発行されているタブロイド誌『ザ・グローブ』の一九八〇年五月二十七日付の記事に次のようなものがあった。
空軍の極秘化学戦・レーザー線研究に携わっていた心理学者が明らかにしたところによれば、殺人光線や電気ショックによってアカゲザルが情容赦なく盲目にされたり苦痛を与えられたりしているという。テキサス州サン・アントニオのブルクス空軍基地での実験に使われたアカゲザルは、その傷めつけられ方があまりにもひどかったため、自己破壊的になり、自分の腕の肉を噛みちぎったり、胸から毛の塊を抜き取ったりするようになった、と心理学者のドナルド・バーンズは『ザ・グローブ』の単独インタビューに答えて語った。
バーンズはオハイオ州立大学の卒業生で、ブルクス空軍基地で一六年間、研究者として非の打ちどころのない仕事ぶりだった。しかし、実験用サルの扱いが余りにもひどいため、これを世間に公表すると抗議したところ、今年一月に解雇されたという。
空軍スポークスマン、サルバトーレ・ギアンモは、空軍施設は、実験動物認定協会の検査官による立入検査を、一九七九年五月十五日に受けており、その際、問題なしと判定されたと語っている。
しかし、たとえば首の回りの拘束カラーがきつすぎたため、窒息死した三匹のサルを目撃したとバーンズは語る。さらにこう証言する。「椅子に縛りつけられたサルたちが、胸の前でクロスしている金属の棒の間から死にもの狂いで抜け出そうともがいているのも見ました。サルたちが余りにも激しくもがくので金属棒が腹壁に食い込み始めていました」。
アカゲザルが実験動物として重宝されるのは、穏やかで非常に信頼のおける動物だからである……。
バーンズは言う。「――台はユラユラ揺れるようになっており、我々はサルたちにその台をまっすぐにするレバーの使い方を教えました。その訓練の仕方というのは、足の裏に金属板をつけ、
彼らが迅速に正確にレバー操作をしないと、そこに電流が流れるようになっているのです。なかなか操作を覚えないサルには、突然電気を流してショックを与えて罰しました。サルは一日に何百回もショックにつぐショックを与えられます――けれども私たちの行なっていた実験はほとんど無意味なものでした。すでに以前、行なわれたことのある実験ばかりだったんです」。
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一九七九年九月二十四日付、ロンドンの日刊紙『スター』より。
実験施設へ送られるサルたちは、檻にぎっしり詰め込まれたままの状態で激しく鳴き叫ぶ。そのため喉が膨れ上がり呼吸ができなくなる。インドネシアから発送された六二五匹のうち、恐怖の空の旅を耐え抜いて、生きてスウェーデンに着いたのはたった一四〇匹だけだった……。
アムステルダム空港で、サルの輸送風景を目撃したディック・ヴァン・ホーンのコメント。
「九月八日、インドネシア、ジャカルタからスウェーデン、ストックホルムへ送られる数百匹のサル(ジャワ産、アカゲザル)が、乗りつぎのため、アムステルダム空港で数時間待たされていた――取り締まり官が檻のうちふたつを開けるよう命じた。ひとつの檻には一五匹のアカゲザルが入っていたが、そのほとんどすべてが怪我をしていた。もうひとつの檻には一一匹いたが、そのうち七匹はすでに死んでいた。これらのサルの死因は明らかに空気不足で、眼球はとび出し、舌は自分で噛みちぎったものらしかった。取り締まり官は灯りをかかげて、他の檻も検査したが、次々に死んだサル、怪我をしたサルが発見された――」。
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国際霊長類保護協会(IPPL)の会長、シャーリー・マクグリ~ル博士のリポートから、サルの輸出に関する情報を少し拾ってみよう。
インド政府は一九七七年、サルが残酷な放射能実験に使われていることに抗議して、輸出禁止に踏み切った。アメリカとWHOからの強力な圧力、またインド自身の政権交替にもかかわらず、現在も、輸出は再開されていない。
バングラデシュ政府は一九七九年、あるアメリカの業者に七万匹以上のサルの輸出を許可した契約をキャンセルした。八一年三月二十六日付の『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、ダッカのアメリカ大使館は、バングラデシユ政府に、輸出が再開されない場合は、アメリカからの政府援助を打ち切るとの脅迫まがいの圧力までかけていたという。さらに、アメリカ大使館にこの輸出再開要求をゴリ押しさせたのは、契約をキャンセルされた動物業者だったとも伝えている。
この件のもっとも強硬なロビイストの一人は、WHOの生化学薬剤部長フランク・パーキンズ博士である。博士の娘、ジェイ・パーキンズ・イングラムは、アメリカでジャッカス霊長類商会なるサルの輸入業を営んでいる。
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インドの切実な外貨獲得の必要にもめげず、あえてアカゲザル輸出禁止に踏み切った当時のインド首相はモラルジ・デサイである。七八年六月二日、ニューヨークでの記者会見での彼の発言は、アメリカ人報道関係者にとっては、人間性、倫理観、医学観などに関する耳の痛い教訓だった。
質問――首相御自身、我々人間にとっての医学上の必要性についてはよく御理解いただいているとは思いますが、研究用アカゲザル輸出反対の立場を御説明頂けますでしょうか。答――真の人間であるならば、いかなる生きものに対しても残酷な仕打ちはすべきではない、というのがインドの哲学です。
それゆえに我々はいかなる動物も人間による残虐行為の対象となるべきではないと考え、輸出を拒否しているのです。現在のような科学研究だけが人類の幸福への答ではありません。自然の法則に従うことにより、人類は幸福、健康へとより大きく前進できるでしょう。この方法では薬はまったく不要です。私自身、これまで何年も、そして現在も、薬は使っていません。
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動物実験業界およびいわゆる保健機関により暗黙のうちに公認されているごく日常的な実験を少し紹介してみよう。
〔イルカの自殺〕イルカの知能はひょっとすると人間以上かもしれないとさえ言われるが、実験によるフラストレーションと不安に耐えかねて、実際に自殺をするイルカもいると言われている。
〔苦痛を与えられて殺されている動物の数〕アメリカだけでも年間九〇〇〇万匹近くに上る。そのうち三四〇〇万匹が製薬業界の犠牲である。動物だけではない、何万人という人間までもが、製薬会社の間違いだらけのしかも言いわけにしか役に立たない実験の犠牲になっている。
〔イギリス、ハンティントン研究所での実験〕ウサギの目にシャンプー液を噴きつけると、その激しい痛みに耐えかねて普段は声を出さないウサギでさえ叫び声を上げるという(この種のテストを行なったことを認めている企業は、レブロン、ウェラ、エリザベス・アーデン、ファベルジェ、ジレット、コティ、モンテイル、ヘレナ・ルビンスタイン、ジョンソンなど。ヤードレイは数年前に動物使用を中止したと語っている)。
〔痛みの効果を調べる実験〕イヌやネコを熱した鉄板の上におくと、踊り狂い、灼けた手足を吹いてさまそうとする。
〔有害食物実験〕無理矢理、有害食物を食べさせられたビーグル犬は、何日も苦しんだ揚句死んだが、その血液はチョコレート色に変色していた。
〔固定実験〕さまざまな種類の動物が拘束衣その他の固定装置によってまったく動けないようにされた結果、完全に麻痺したり発狂したりした。
固定装置にくくりつけたサルたちに定期的に電気ショックを与え続けたところ、胃の腫瘍で次々と死んだ。最後の一匹が死んだのは実験開始二三日目だった。
〔歯痛と食物〕イヌの歯の根幹にドリルで穴を開け、イヌが食物を食べる時の痛みをいかにしてコントロールするかを調べた。
〔暗闇実験〕仔ネコの両眼を縫いつけ、暗闇の中でどのような反応を示すかを調べた。この種の実験はこれまであちこちの国で際限なく繰り返されている。
〔ラットが溺れるまで〕ラットを水の入ったタンクに落とし、溺れるまでにとのくらいかかるかを調べた。すぐに「絶望して」溺れ死ぬラットもいれば、六〇時間も頑張って泳ぎ続け、力尽きて死ぬラットもいるという。
〔不眠の影響を調べる実験〕実験動物をノーブル=コリップ・ドラム(noble-Collip drums)に入れて上下に激しく振り回し眠らせないようにすると、三〇日間も寝ずに耐え、ようやく死ぬ動物もあった。
●レイプ・ラック
一般にどこの国でも、報道機関は動物実験の実態を公表するについては非常に消極的だと言えよう。しかし、カナダの『トロント・サン』のように、何度も繰り返し強硬な姿勢でこの問題に挑んでいる新聞もあるにはある。同紙の「実験室における科学という名のサディズム」というピーター・ウォージングトンの記事は、次のような書き出しで始まる。カナダやアメリカにおける最重要機密事項は、諜報活動でも公定歩合でもプールでの首相のプライバシーでもない。さまざまな大学、研究所、実験施設における動物実験で何が行なわれているか、なのである。
続いてウォージングトンは実験室内で繰り広げられている残虐行為の実例を示す。回転ドラムの中で死ぬまで振り回されるイヌ、未精製の石油を食べさせられる北極グマ、「レイプ・ラック」にくくりつけられて妊娠させられる雌ザル――このサルはやがて自分の赤ん坊を虐待するようになる。
すなわち、床に赤ん坊の顔を叩きつけたり、体を引き裂いたり、歯で頭を噛み砕いたりするのである。何のためにこのような実験をするのかと言えば、虐待された人間の子供が成長すれば、やがて自分自身の子供を虐待するということを証明するためという。
サディストたちはこの手の実験を飽きもせず繰り返す。人間の苦痛を防止するためにというもっともらしい口実に隠れて、実は空前の規模で、新手の拷問が動物たちに与えられているのである。明らかに精神的に狂ったサディストどもの手によって。しかも明らかに文明社会の立法者としてはふさわしくない立法者どもの庇護のもとで。
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ケンブリッジの研究員、コリン・ブレイクモアが同僚と行なった実験については『罪なきものの虐殺』でも紹介したが、彼らはまず、アルバートという名のネコの片目を一〇二度回転させ、ヴィクトリアという別のネコの片目を七七度回転させた。手術は二匹が生後一二日目に行なわれ、手術後は一日一八時間明かりをつけた部屋に入れられていた。九カ月が経過した後、二匹には一〇カ月間の行動実験が行なわれた。その結果、二匹は回転された目だけを使っていても障害物を避けるこ
とができた、という(『実験脳研究』Vol.125,一二九七六年)。
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ここで『アニマルズ・ディフェンダー』(動物擁護者)八〇年十二月号に載った動物実験の宣伝を少しばかり拾ってみることにしよう。
まず『イギリス実験病理学誌』(六一巻、一九八〇年、pp.61-68)に、マンチェスター大学外傷科のH・B・ストーナー、A・ハント、J・ハドフィールドおよびH・W・マ~シャルが次のように書いた。「人によっては納得しかねるような奇妙な実験が、そこかしこで行なわれているのも事実だろう。しかし、大部分の実験はほとんど苦痛のないものである」。
『ネイチャー』二八五号(一九八〇年、pp.225-227)には、シアトルのワシントン大学心理学部霊長類研究センターのH・M・H・ウー、W・G・ホームズ、S・R・メディナ、およびG・P・サケットがこう書いた。「忘れてならないのは、動物たち自身も実験の恩恵を受けているという点である」。
前述の『イギリス実験病理学誌』(六〇巻、一九七九年、p.589)にはグラスゴー西部病院病理生化学部D・F・J・ローム、G・ジェデオン、J・ブルーム、およびA・フレックがこう書いた。
「動物実験を行なう有資格者は動物を愛している。同時に、それらの人々は現状では何をすれば一番よいのかを的確に判断したのである」。
一九八〇年、イギリスの動物実験反対団体、動物解放戦線が、ケンブリッジ郊外にある実験研究農場に踏み込んだことがある。当時その農場では、ヤギの乳房を首に移植するという実験が行なわれていた。警察はカメラマンを逮捕し、カメラとフィルムを押収した。とにかくまず第一に保護されるべきは実験者であり、すべての証拠は国家機密法の名のもとに差し押さえられねばならないというわけだろう。この法によれば、政府は動物実験研究室内の写真をとる人物は誰でも告訴することができるのである。『ザ・ガーディアン』(八〇年七月一日付)はこの乱入事件を次のように報じた。
バブラハム・ホール研究農場を運営する農業研究委員会は、この乱入事件を非難する次のようなステートメントを発表した。「バブラハムの実験動物たちは、日頃、平穏な雰囲気の中で、気心の知れた世話係による静かで優しい取り扱いに慣れている。それゆえに、動物たちは今回のような、窓ガラスや柵の破壊、カメラのフラッシュなどに、ひどい苦痛を覚えたはずである」。
このようなイギリス流の偽善に比べると、アメリカの動物実験者たちのあけっぴろげの率直さは、むしろ斬新にさえ響くだろう。たとえば、『ザ・ナショナル』〔一九五四年六月号)に載ったシカゴ大学のジョージ・ウェィカリン教授の言葉、「この件に関しては『人道的』という語とはいっさい関わりを持たせたくない」。『ピッツバーグ・プレス』(一九七四年十月二十七日)のインタビユーでのウィスコンシン霊長類センター所長バリー・F・ハーロウ博士の言葉、「私は動物は好きではない。ネコもイヌも嫌いだ。サルなどどうして好きになれよう」。このハーロウ博士というのは、
「愛」についての研究というもっともらしい口実をもうけて、生まれたばかりのチンパンジーの赤ん坊たちを母親から引き離し、最長の場合は八年間も、一匹ずつを完全な隔離状態で暗闇の中に置き、その成長過程を観察した人物である。
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一九五〇年、ボストン生まれのヘンリー・フォスターという獣医が、チャールズ・リバー繁殖研究所という名の実験動物供給会社を設立した。この会社は実験用ビーグル犬の繁殖で大儲けし、七七年には一五〇〇万ドルもの利益を上げる優良企業へと成長した。八〇年四月二十八日号の『タイム』は、ユーモアさえ交え、次のようにチャールズ・リバー社について書いている。
一九七九年度の同社の売り上げは三〇〇〇万ドル、純益は三〇〇万ドルに上った。本年度は同社から一八〇〇万匹を越える動物たちが世界中に送り出される予定である。これらのお育ちの良い動物たちは、科学の名のもとに、サッカリンをむさぼり食い、酒に溺れ、紫煙をくゆらせ、放蕩に身をもち崩すことになっている。
動物実験の量、質では世界のトップをひた走るアメリカが、長寿ランキングでは世界の一七位にしか顔を出さないのはどうしたことなのだろう。しかもアメリカでは末期患者を一秒でも長く生かすべく必死の延命努力が行なわれている――事実、多くのアメリカ人にとって人生の最後の数年間は集中治療室内での苦痛の引き延ばし期間にすぎない――にもかかわらず、こうなのである。
大雑把な数字を示すと、アメリカでの心臓麻痺による死者は、一九四九年の四〇万人から七三年は二倍の八〇万人に、癌死の割合は一〇万人につき六八人から一七〇人へと急増、さらに一九〇〇年には糖尿病による死者は一〇万人につき一二・二人だったが、四分の三世紀の進歩の後、一八・五人(五ニパーセント増)に増えている。この間に何百万とも知れぬイヌたちが糖尿病のための実験と称して膵臓切除の苦しみをなめさせられてきたのである。何と素晴らしい成果ではないか!
過去一〇〇〇年にわたる動物実験は、人間の病気のために、ただのひとつの治療法さえも生み出さなかった。しかし、無数の新種の病気を作り出してきたのである。
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動物実験者は実験が単に研究者個人の野心や好奇心を満たすためのものではなく、人類の幸福にとって不可欠なものであると主張する。しかし実験の実態が公表さえされないという事実が、この主張の立証を困難にしているように思われる。
今日の豊かな社会で、高騰する燃料費が支払えないため、寒さに凍えて死ぬお年寄りが何千人といる。その傍らで、癌撲滅キャンペーンでは、昨年、七五〇万ポンドが集まり、研究費としてあちこちの研究団体に寄付した。医学という名の祭壇に捧げものをすることによって、悪魔の目を避けることができると信じている迷信深い大衆の貢ぎ物を当然のように受け取っている団体が
いくつもあるのだ――痙性麻痺協会は三〇〇万ポンドを研究助成に使った。この協会はガイズ病院の研究プログラムに二〇〇万ポンドの助成金を出したことがあるのだが、そのお金がどんなことに使われたか知っているのだろうか。かつてこの病院で働いていた青年研究者の母親の証言を聞いてみよう。
この青年が、ロンドン大学内のある建物の最上階から動物のなき声が聞こえてくるのに気づいて上がっていった。そこではさまざまな動物が、たとえば、筋ジストロフィーの実験のために手術をされた後ろ足をひきずるなどして、苦痛にのたうち回っている光景を目にした。
この時、この青年は動物実験への嫌悪感から、科学者としての自らのキャリアを捨てたのだという(動物の権利擁護協会の機関紙『クラリオン』一九八〇年二月号、ロンドン)。
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これまで三五年聞、エストロゲン錠剤の定期的服用は女性の乳癌予防に効果があると言われていた。しかし、この主張に真っ向から対立する新しい研究が報告された。――そのリポートによれば、エストロゲンはかえって癌を発生させる可能性があるという――アメリカだけでも、五〇〇万人から六〇〇万人の中年女性が医者にエストロゲンを処方されていると言われる(『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』一九七六年八月十七日)。
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――アメリカでの、ここ数年来の保健行政のあり方には懸念すべき点が多々ある。これは単に、例の豚インフルエンザについてだけ言っているのではない。豚インフルエンザプログラムが始まった年の九月、食品医薬品局(FDA)特別委員会の作成した報告書によれば、普通の感冒を治すあるいは予防する薬は存在しないにもかかわらず、製薬会社は三万五〇〇〇種類もの感冒薬を市販しており、消費者は年間三億五〇〇〇万ドルを、それらの薬のために支払っているとの指摘があった……。
――保健行政の優先順位を決めるのは企業の営利主義である。豚インフルエンザの時も、主だった製薬会社は、いずれ持ち上がるかもしれない損害賠償の申し立てから、納税者のコスト負担で会社の損失が守られるという保証がとれるまで、ワクチン製造を見合わせていた(つまり会社側はワクチンの副作用を十分予測していたということである。現実にワクチンは多数の死者と麻痺患者を出し、その結果、企業ではなく政府が訴えられた――著者)。
我が国の経済においては、保健行政は私企業の利潤追求の手段になっている。最近の調査によると、全国の病院の九〇万床のうち二五パーセントが空いているというが、それにもかかわらず、病院の拡張は続けられているのである(『ザ・プログレッシヴ』一九七七年一月の中の記事「我が国の病める保健行政」より)。
***
現在、世界中で年間四億人が飢えのため死んでゆくという。その一方で、医者たちは片や健康な
胎児を堕胎して金持ちになり、片や試験官ベビーのための費用をかき集めているというこの現実。
●代替法『罪なきものの虐殺』への追補
カナダ、バンクーバーの『ザ・プロヴィンス』が一九八〇年六月二十二日付で報じたところによれば、ブリテイッシユコロンビア癌研究所のハンス・スティッチ博士が用いた薬品の発癌性テスト法では、これまでの動物実験法では一種の化学物質をテストするのに二〇万ドル、三年を要したのに比べ、何と六〇〇ドル、一週間で済むという。しかしこれまでずっと動物実験室での訓練しか受けてこなかった研究者にとっては動物実験こそがすべて、である。その上、医学研究分野においてこの種の代替法が採用されることになれば、研究者には新たに科学的トレーニング、想像力、知性が要求されるようになるだろう。これまでだと、どんな馬鹿でも、動物を切り刻んだり毒を食べさせたりして、目で見たことと、結論が実用的なものかどうかなどいっさいお構いなく、報告する程度のことはできたのである。
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似而非科学実験室で繰り広げられている無用の惨劇について、近年、かなり広く報道されるようになった。ところが、カトリックもプロテスタントもその他の西欧諸教会も公式には、動物実験に対し抗議の声を上げない。いやそれどころか、教会の指導者たちは、この常軌を逸した蛮行を公然と容認してきた。表向きには、「人間第一主義」をその容認の根拠としている。
しかし実際のところは、ユダヤ教会・キリスト教会が、口先では貧しい者のための教会と唱えながらも、実は富める者のための教会になっているというのがその理由だろう(この点に関しては『罪なきものの虐殺』の「宗教」の項、日本語版二七六~二八二頁を御参照いただきたい)。動物実験はキリスト教の本質――謙虚、利他主義、憐憫に背く重大な罪である。これでは若い人たちが、西洋の既成宗教に背を向け、東洋の宗教、とくに仏教にひかれるのも当然といえば当然だろう。仏教ではあらゆる存在への憐れみを説き、次のように戒める。
「人が他の生きものに、大地に、そして他の人に行なうすべての悪は、すべての人類への報いとして返ってくる」。
***
いま、現実に目覚め、その現実を好まない医師たちが急増している。
キース・アラン・ラスコー博士の『億万ドル医療詐欺』から少し引用してみよう。
もしたった一カプセルのクロロマイセチンが、骨髄にとり返しのつかない損傷を与え白血病の原因となるということを知っていれば、病人は自ら進んでクロロマイセチンを服用したりするだろうか。ところがクロロマイセチンの売り上げは年々上昇しているのである。一九七六年には医師によって五〇万通を越えるクロロマイセチンの処方箋が書かれた。今も思い出すのは、風邪にクロロマイセチンを処方されたばかりに、再生不良性貧血にかかり死んでいった一人の子供のことだ(風邪に!クロロマイセチンがウィルス感染の風邪に効くはずがないではないか!)。
臨終の床で子供は出血し、両親は泣いていた。私は何人かの同僚医師から、もし両親に、子供が開業医の心ない処方が原因で死んだのだという事実を告げれば、私自身大変なトラブルに巻き込まれるぞ、とおどされた……。
人々は外科医の妖しい魅力、尊大な態度にごまかされているが、いったん仮面を剥ぎとれば、瞳にドルサインを光らせている平凡な金持ちの一人にすぎないことを知るだろう。人々は彼を崇めるかもしれない。が、実のところ、それほど頭脳明晰な人種でもないのである。外科医とは単なるテクニシャンである。木工や彫刻などの工芸家、あるいは熟練した葬儀屋や肉屋といった職人と同じである。
●堕ちた偶像『罪なきものの虐殺』への追補
数年前のことである。ブラジル、リオデジャネイロのマラカーニャ球技場に集まっていた一三万五〇〇〇人のサッカーファンに、一人の外国人ゲストが紹介された。観衆はまるでブラジル代表チームが決勝ゴ~ルでも決めた時のような大歓声を上げてこのゲストを歓迎した。この時、観衆は自分たちが、さかのぼって一九二〇年代チンパンジーの性腺移植によって老人に若さを甦らせることができると発表したセルジエ・ヴォロノブ教授以来の大ペテン師に、喝采を送っているということを知る由もなかった。このゲストは、一九六七年、人類の救世主として歓呼をもって迎えられた、南ア、ケープタウンの心臓曲芸師クリスチアン・バーナード博士だった。使いものにならなくなった心臓を新しい元気な心臓に取り換えることができるということは、他の臓器も同様に取り換え可能だということではないだろうか。すなわち、人類太古以来の夢であった永遠の生命に今一歩のところまで近づいた、と世界中が錯覚したのも無理はない。
バーナード博士に続いて、心臓移植手術を行なった外科医の多くが、その手術の愚かさに気づき、やがてきっぱりと止めてしまった。アメリカの心臓外科医の第一人者、マイケル・ディベイキー博士もその一人である。一方で、もう少し生物学に造詣の深い外科医たちは、このような移植手術の必然の結果を前もって予想しえたために、手術をしてみようと思わないだけの良識を示した。
すべての生体に生得的に備わっている免疫系が遅かれ早かれ、外部からの臓器を拒絶するということは、あまりにもよく知られている医学上の定説である。それゆえに、たとえしばらくであっても生体に外部からの臓器を保っておかせるためには、生体が健康に生きてゆくには不可欠なこの免疫系の働きを麻痺させる必要がある。これは結果的に生体を、致命的感染症から癌まで、あらゆる病気に対してまったく無防備な状態におくということを意味する。
この医学の常識を無視して、バーナード博士は、心臓移植患者たちの死因についての責任を回避し続けている。ケープタウン発のロイター電はバーナード博士の信じられないような発言を伝えている。
「拒絶反応は問題ではない(原文のママ!)。我々の移植手術で、これまで拒絶反応によって死んだ患者はいない。死因は、三人が感染症、一人が肺塞栓症、そして一人が自殺である」(『バンクーバー・サン』一九七八年二月二日)。
***
マルコム・マジェリッジは、率直な発言で知られた著名なイギリス人ジャーナリストである。実際あまりにもズケズケと言いすぎるため、彼の書く記事の中には、イギリス特有の「名誉棄損法」
に抵触するとして、本国では載せてもらえないものが出るほどなのである。この法によれば、たとえ内容が事実であると証明されたとしても、ある個人を恥ずかしめるような内容のものは公表が禁止されているのである。そこでその手のマジェリッジの記事は、アメリカで公表されることになる。
『ヒューマン・ライフ・レビュー』(ニューヨーク、一九八〇年冬号、Vol.Vl.No.1)でマジェリッジは、バーナード博士の移植実験について書き、その背後にある彼の心理構造の分析を行なっている。
まず、彼はバーナードの心臓移植第一号患者だったワシュカンスキーについてこう語っている。
心臓は動いた。そしてしゃべるという点から言えば、患者は確かに生きていた。病院にはお祝いが殺到し、テレビカメラが入り込んだ病院内テレビ取材禁止の大原則が崩れ、病院にはあるまじき華々しいシーンが繰り広げられた。ワシュカンスキーは舞台の中心に引き出され、スポットライトが当てられた。愛する家族との面会シーンがセットされ、患者は喜ばしげな科白をいくつかしゃべった。
そして一八日目、感謝に満ちて息を引き取った。「奴らは私を殺そうとしている」とワシュカンスキーは死の前に絞り出すように言った。「眠れない、食べられない、何もできない、奴らは針でもってしじゅう私をつついている――昼も夜もずっと、気が狂いそうだ」。
ワシュカンスキーに続く第二号患者、歯科医のフィリップ・ブレイバーグ博士は手術後二年間生きた。この二年を彼がどのように過したかについての報道の仕方に関しては、ワシュカンスキーの時とほぼ同じだった。活字での報道では――ここでも病院内取材禁止の原則は無視された――彼はより一層、厚顔無恥であることを要求された。心臓移植のわずか三週間後、彼はそのニュースを待ちわびていた世界に向け「セックスを行なった」との発表さえしたのである。
実は心臓移植を行なったのは、バーナード博士が最初ではない。行なったことを広く宣伝したのがはじめてだったのである。それだけ彼が売名に熱心だったということの証明であろう。そして彼の大々的に宣伝された第一回目の手術後、患者にはこのような形での新たな苦痛が課せられることになったのである。
ロンドンの内科医で、世界的にもよく知られた臨床医学の教授であるM・H・パプワース博士がその『人間モルモット』(ペンギン、一九六九年)の中で次のように書いている。
どのように経験を積んだ医師であっても、移植をしないで生きられる期間と、移植後最終的に拒絶反応がおこるまでの移植受容期間のどちらが長いかを正確に言い当てることはできない。
ブレイバーグ博士が移植手術に同意する前にこれを読んでいなかったのは気の毒としか言いようがない。手術はバーナード博士の名声を不動のものにしたが、おそらくはブレイバーグ博士の苦痛を増大させただろう。そして、手術によって、彼の生存期間が長くなったか、あるいはかえって短くなったかは証明のしようもないのである。
ブレイバーグ博士の二二歳の娘、ジルは、ケープタウン発UPI電で、父親が移植心臓で生きた一九カ月間は「地獄」だったと語っている。
「薬のせいだったのか移植のせいだったのかは分かりませんが、父はまったく別人になってしまいました」とブレイバーグ嬢はインタビューに答えている。「肉体的に、移植後の父の生は地獄そのものでした。父はずっと苦痛を訴えっ放しでしたが、そのことを世間に知られるのをとてもいやがっていました――」。なに、バーナード博士は、知られるのはもっといやだったろう。
マスコミは依然としてこの手術を一種の奇跡として取り上げたがった。そして『ホスピタル・メディスン』誌には報告されていた事実、すなわちブレイバーグ博士が、移植後、二度の激しい心臓発作に襲われ、薬の作用が原因のひどい黄疸をおこしており、さらに抵抗力低下による髄膜炎にかかっていたということを公表しないよう、細心の注意を払っていたのである。これらのすべての症状は、拒絶反応を防ぐためにとられた医学的処置の結果としておこったものである。そしてブレイバーグ博士は生きている間、ずっと病人であり続け、その上、おそらくはその死期も早まったものと思われる。
『人間モルモット』の中でパプワース博士はさらに次のように述べている。
患者にとって移植後の状態が、移植の原因となった病気の状態よりもましな状態だとは到底考えられない――我々は、移植手術によってもとの病気が治癒することは決してなく、健康人に戻ることもない、ということを知っておかねばならない――移植手術はすべて失策の自認、すなわち早期発見初期治療の失敗の告白なのである。
ところが悲しいかな、病気の予防とはお金を使わないで獲得される一人一人の健康にすぎない。
すなわち、華々しい新聞の見出しになるようなものでもなく、サッカースタジアムを埋める大観衆の喝采を浴びるようなものでもなく、研究者、実験者、医者そして化学・医学・動物実験コンビナートに名声と金銭を約束するようなものでもない。それゆえ、動物実験そして人体実験は続けられるだろう人々が真実に目覚め、新しい立法を求めて反乱をおこす日まで。
***
一九七七年六月二十二日、ケープタウン発グルート・シュア病院でバーナード博士が二五歳のイタリア人女性にヒヒの心臓を埋め込み、本人の心臓とつなぐ手術を行なったが、二時間半後、この女性は死んだというニュースだった。
これはバーナド博士の実験シリーズの一部にすぎなかった。さまざまな動物を使った各種の実験(たとえば、彼の自伝にあるイヌの出産過程の逆行実験など『罪なきものの虐殺』日本語版四四~四五頁参照)に始まって、やがて動物実験者の常で、人間での実験にまでおし広めるという残酷極まりない実験シリーズである。イタリアの日刊紙『コリエール・デラ・セラ』はこの女性の死に次のようなコメントをしている。
今回のバーナード博士の手術に関しては多少の当惑を覚えるむきもあるのではないのだろうか。
ことに患者が心臓弁の移植手術だと了解していたという事実を知ればなおさらだろう。心臓弁の移植は、我が貧しきイタリアにおいてさえ、ごく普通の手術なのである……。
この分野のパイオニア、ミシシッピ大学のジェイムズ・バーディ博士は一九六四年一月二十一日、サルの心臓を死期の迫っていた六八歳の男性に移植した。ラッシュという名の患者は二時間後に死亡した。バーディの結論は、サルの心臓はヒトの血液循環を維持するには小さすぎる、というものだった。
「バーナード博士は次のように語って間接的ながら自分の失敗を認めている。『この失敗は我々にとっては良い教訓でした――次回はチンパンジーの心臓で試してみるつもりです』」と『コリエール・デラ・セラ』は伝える。「しかし」と同紙は続ける「そのような実験はすでに一〇年前、ジェームズ・バーディ博士が行なっているのである」(ハーディ博士の心臓移植失敗に関する参考文献としては『アメリカ医師会誌』一九六四年、一八八号、pp.1132-40「ヒトの心臓移植」およびハーモン・スミス著『倫理と新しい医学』ーアビントン出版、一九七〇年がある)。
一九七七年六月のこのイタリア女性の死の後、世界的規模で医学関係者の間で憤りの声が上がり、ついに検死尋問が行なわれた。ただし結果は予想通り、博士には過失なしとの評決だった。彼は嘆息してこう言った。「私は人の命を救おうとして責めを受けているのだ1」。
この失敗は彼の良心にいささかの影も落とさなかったものとみえる。同時にバーディ博士の前例も彼にとっては何の生物学上の教訓ともならなかったらしい。というのはただちに彼が、ヒヒの心臓はヒトには不適だと分かったので、次回はヒヒよりも大きいチンパンジーの心臓で試してみると発表したことで分かる。バーディ博士はすでにチンパンジーの心臓も不適当であると実証済みだったのである。
一九七七年六月二十二日付『ザ・バンクーバー・サン』に載ったケープタウン発AP電は次のように伝えたー心臓移植患者の夫、妻の死因は手術だと非難。
ヒヒの心臓の移植を受けた後死亡したイタリア人女性の夫、ポーテロ氏は「もし心臓移植チームがこの種の手術を行なわなければ妻はまだ生きていたでしょう」と、英語新聞『ザ・シチズン』のインタビューに答えて語った。「特定の個人を攻撃するつもはないのですが、もう「度言います。あの手術では何か間違いがおこったに違いないと確信しています」。
バーナード博士が今日ロンドンで語ったところによれば、手術時、人間のドナー(提供臓器)が見つからなかったのだという。「緊急を要する手術でしたし、人間の心臓が手に入りませんでした。それで、患者自身の心臓が回復するのではないか、あるいは人間の心臓が手に入るまで、何とかヒヒの心臓が持ちこたえてくれるのではないかという望みを持って、ヒヒの心臓を移植したのです」。
七月七日付のイタリアの週刊誌『ストップ』では、次のような記事が追加されている。
バーナード博士と接触のある人々の最近の話によれば、博士の心身は崩壊の瀬戸際にあるという――ヒヒの心臓を移植され死亡したマリレーナの夫はこの高名な心臓外科医を次のように非難する。「彼らは妻で実験がしたかったんです」。
またマリレーナの父親もバーナード博士が明らかに手術に失敗したとの手厳しい告発をしている……。
人の生命が一本の糸にぶら下がっているきわどい瞬間の責任を負う医師たるもの、敏捷な反射神経と頑健な精神力を備えていなければならない。しかし、バーナード博士にはもはやそれがないのではないだろうか。
事実、バーナード博士自身も、自分の指が比較的若い五三歳という年齢で関節炎のために曲がってしまい、手術中ずっとメスを持ち続けていることができず、たびたび助手に譲り渡さねばならない状態であることを認めていた。
フランスの権威ある新聞『ル・モンド』は、博士のこの野蛮な実験を「臨床的にナンセンス」との語で批判した。しかし、それにもめげず、南アフリカの英雄を気取る彼は、この手術失敗からわずか四カ月後、サルの種類を変えて、またもや失敗の上塗りを重ねたのだった。
七七年十二月四日、二人のドイツ人精神分析医ヘルベルト・ステイラー博士とマルゴット・スティラー博士が『ハンブルグ・アーベントブラット』に宛て、次のような投書を行なった。
「我々はこれまで、自己顕示欲の強いバーナード博士の感受性の方ばかりを斟酌しすぎたのではないでしょうか。彼は人から批判されると必ず喘息の発作をおこすほどに繊細な神経の持ち主だということはよく知られています――バーナード教授の感受性への思いやりを少しばかり減らして、彼の無辜の患者の方に、今少しの思いやりを示そうではありませんか」。
南ア連邦政府がバーナード博士のこれ以上の人体実験を阻止しようとしないことに、多くの医療関係者は驚きの色を隠さなかった。その後、博士の判断に誤りがあったのではないかとのイタリア『ストップ』誌のほのめかしを、博士自身、軽率にも認めてしまうという事態がおこった。博士があるインタビューに答えて、南アはその「敵を殺すべきだ」という常軌を逸した意見を述べたのである。
ほとんどの体制派新聞はこのニュースを差し止めた。しかし欧米の一部の新聞、たとえば西ドイツの日刊紙『ビルト』(七九年七月二十七日付)や『トロント・スター』にはケープタウン発の特別リポートとして「バーナード博士、国家の敵を『殺せ』と発言」という見出しで掲載された。
心臓移植で世界的に有名なクリスチアン・バーナード博士が、「南ア連邦はその敵を殺すべきだ」との意見を発表して、南ア国民にショックを与えている。バーナード博士は彼が抹殺すべきだと考えている人々のリストを南ア政府に提出したと語っている。
アフリカーンス語の日曜紙『ラポート』のインタビューに答えて、「南アフリカは断固、敵を殺さねばならない」と博士は語った。
一九六七年に世界初の心臓移植手術を行なって以来、数々の問題発言をしてきたこの外科医は、今回、とうとう越えてはならない一線を越えてしまったようだ。
ショックを受けた医学界の面々は、バーナード博士の殺人計画への参加呼びかけに応じる医師は一人もいないだろうと述べた――ある内科医はこう語った。「バーナード教授の発言は、すべての医師が守るべきヒポクラテスの誓いに反するものです。医師は生命の保護に献げられた身なのです」。
ところが、南ア政府はあくまでもバーナード博士を国家的英雄とみなしており、この少々神経質な御曹司に対し、声を荒げて叱責するのはどうも気が進まないといった風情なのである。
一方で、世論には変化の兆しが見えている。ヨハネスバーグのウィットウォーターズランド大学霊長類研究センターの所長であるG・A・ドイル博士は、バーナード博士の失敗に終わった二度目のサルの心臓移植を「完全に不道徳」ときめつけた。これは七七年十月十五日付『トロント.スター』に載ったケープタウン発の外電の記事によるものである。この記事には「地球上には四〇億人のヒトがいるが、チンパンジーはほんの少ししか残っていない」とのコメントが付けられている。
記事はさらに次のように続く。
ケープタウン、グルート・シュア病院のバーナード博士の心臓外科病棟に続くサルの檻では悲しみに満ちたシーンが繰り広げられていた。昨日の手術で配偶者の心臓が使われたため、今は独りぼっちになったチンパンジーが、金属製の檻の中で悲しみの叫び声を上げながら跳ね回っている。従業員の一人がこう話している。「もうこんなことに我慢できません。あのチンパンジーはここにいる人間皆に罪の意識と惨めさを感じさせるのです」。
そしてこの惨めさの結果、いったいどれだけの成果が得られるのだろうか。多少古い資料にはなるが、七〇年八月に同じ『トロント・スター』に載ったケープタウン発の記事を参考にしてみよう。
世界中でこれまでに実施された心臓移植一五九例のうち、現在生存しているのは二一人である。
チェコスロバキア唯一の移植患者は五時間生きた。ロシア唯一の患者は一日生きた。フランスでは三つの移植チームが一例ずつ手術を行なったが二日以上生きた患者は一人もいない。スペイン唯一の患者は二日生きた。ドイツで同一チームによって行なわれた二例の手術では二人とも一日のうちに亡くなった。もう一人のドイツの患者は手術した日のうちに亡くなった。インドでは同一チームによって二例の手術が行なわれているが、一人は三時間生き、もう一人は一四時間生きた。ベネズエラ唯一の患者は六時間、アルゼンチンの患者は一五時間、オーストラリアの患者は一四時間で亡くなっている。アメリカでは、一九六八年、ダラスのサウス・ウエスタン医療センターで初の移植手術が行なわれたが、患者は一時間半で死んだ。第二号患者は五日間生きた。それ以降、この手術チームは移植を行なっていない。シカゴ大学ビリングズ病院での一例は五時間後に死亡。イリノイ州ハインズ退役軍人病院での一例では四時間、ピッツバーグ・アレゲニー総合病院での「例は二日目……。
これは、奇跡をおこそうとする外科医にとっては何がしかの成果だと言えるのだろう。各国政府は、製薬.医学シンジケートに完全に洗脳された結果、檻に閉じ込めるべき対象を間違えているのではないだろうか。もし外科医たちが多少の良識が無理ならば、せめて常識さえ備えていたならば、疑うことを知らないまま死んでいった数多くの患者たちはひょっとすると今日も生きていられたかもしれないのである。
前述の記事は七〇年のものであり、それ以降、移植後の生存率が好転しているのも事実である。
しかしそれは単に患者の苦痛が引き伸ばされたというにすぎず、しかもその苦痛は多くの場合、非常に激しいものなのである。私は、七九年にフランスで、移植後「番長く生存している患者に会ったことがある。免疫機能抑制のために薬漬け処置漬けの状態にあり、その膨れ上がった顔と体を見ても、あまり羨ましい生き方とは思えなかった。彼が他人の心臓を移植されなかった場合、今以上に良い状態で生きてはいなかったと言い切れる人などいないのである。
この点に関し、内科医であり医学ジャーナリストでもある」・ライケンバッカー博士が『ビルト・デル・ヴィセンシャフト』(シュトッツガルト、No.1,」二九七六年)という科学雑誌に報告しているドイツでの例は注目に値する。六七年バーナード博士の最初の心臓移植手術のニュースが伝えられると、ベルリンやミュンヘンの心臓外科医たちは我も我もと功を焦った。ドイツでの最初の人間モルモット三人は、全員手術後二四時間以内に死んだ。そして四人目が辛うじて致命的「副作用」を免れたのである。
六八年十二月四日、この患者は、あと二四時間は生きられないとの宣告を受け、移植手術に同意した。医師団は手術にとりかかったが、土壇場でドナーの家族側でゴタゴタが持ち上がり手術は中止された。そしてその結果、この移植予定取り消し患者はライケンバッカー博士の報告の時点――すなわち手術中止の七年後だが――元気で生きていたのである。
●心臓だけではなく肺も
心臓移植手術の相つぐ失敗は、外科医たちに、デベイキー博士の例にならい、この野蛮な実験を破棄する決心をさせたのだろうか。そして医師たちは、病人に苦痛と死ではなく健康と幸福をというヒポクラテスの原点に戻って勉強をし始めたのだろうか。とんでもない。実験者どもはそのギャンブル手術を縮小するどころか、ますますエスカレートさせ、心臓と一緒に肺までも移植し、その結果を観察しようとしているのである。一九八一年三月十一日、カリフォルニアのスタンフォード大学病院で、医学史上四例目の心臓・肺同時移植手術が行なわれたと、世界中の新聞が報じた。患者はアリゾナ州メサのメアリー・ゴールク夫人(四五歳)で、術後二日目を迎え「意識はあるが危篤状態」と伝えられた。六八年から七一年にかけ、同様の心肺同時移植を受けた三人の生存日数は八日から二三日だったという。しかし病院側スポークスマンによれば、「サイクロスポリンA」というすばらしい「新薬」が開発されているために、ゴールク夫人の生存の可能性は、以前の三人に比べるとずっと大きいという。
●そして骨髄も
一九八一年一月三十日付、ニューヨーク州ハーネルの移植患者死亡」という次のような記事が載った。『イヴニング・トリビユーン』紙に「骨髄
クリーブランド発(UPI)。血のつながりのないドナーからの骨髄提供により、世界初の骨髄移植手術を受けた乳児が死亡した。しかし、これは将来における新しい治療法の採用を妨げるものではないだろう。
インド出身で、現在はニューヨーク州ウィリアムズヴィルに住むファジリ夫妻の一〇カ月になる息子カムランちゃんが、木曜日、レインボウ小児病院で死亡した。カムランちゃんは悪性の小児性大理石骨病という珍しい病気だった。
一月二十日に行なわれた手術の、一〇人の医師からなる移植チームの長、ピーター・コシア博士の語ったところによれば、カムランちゃんは移植に備えてとられた処置と拒絶反応抑制のためにとられた処置とによって合併症をおこしたという。
「患者を移植手術に備えさせるために必要だった放射線療法および集中的化学療法による合併症をおこし死に至りました――移植された骨髄が機能していたかどうかを評価するにはまだ時期尚早でした」。
拒絶反応を回避するには、生体の生命維持機能である免疫機構を麻痺させなければならない。それゆえに、この方法は袋小路につき当たるしかないのである。盲人たちにはその標識が見えないのだろう。
●そして狂気へ
一九八一年二月三日付『ニューヨーク・タイムズ』科学欄に「人工心臓、人間への適用近づく」という大見出しが踊った。これは過去二四年間にわたる人工心臓の実験で、何千何万という動物たちに与えられた苦痛の見返りとして、ついに無知な人間にももたらされることになる大きな苦痛を約束する言葉だった。
これまでも実験医学の分野では常にそうであったのだが、今回もきっと、「あなたの生命を救う唯一の方法はこの人工心臓の移植ですよ」と患者を説得する無節操きわまりない医者が現われ、またそれに同意する患者も現われてくるだろう。
次の『タイム』の記事は、我々がすっかり忘れてしまっていたニュースを思い出させてくれる。
一九六九年に、テキサス心臓研究所のデントン・クーリー博士が、死に瀕していた四七歳の男性に人工心臓を設置したことがある。患者は人工心臓で六〇時間以上生きた。この六〇時間のうちに医師たちは通常の心臓移植手術のためのドナーを見つけだした。しかし、結局、心臓移植後三二時間で、患者は肺炎と拒絶反応抑制剤の作用のため死亡した。これ以降、専門家の知るところでは、この種の試みは行なわれていない。
一方で、一部の医師たちの賢明かつ現実的な将来への展望が、一九八一年二月十一日付『レスブリッジ・ヘラルド』という小新聞に掲載された(カルガリー発「心臓移植の袋小路」)。この種の記事は、ロックフェラーセンターの束縛を受けない中小新聞にしか出ないのである。
エドモントン大学病院胸部心臓外科部長ジョン・カラハン博士は、心臓病患者の部品交換の可能性は非常に難しい生物学的壁にぶち当たっている、と語った。彼は、まず心臓移植については、非実用的であるという。なぜならば、手術費用は患者一人当たりゆうに三〇万ドルを越え、しかも手術によって延命できるのは長くても一年か二年だからである。この莫大な費用は、拒絶反応の徴候を常時監視し続け、さらに拒絶反応をおこさないよう処置を施すのに要するものである。
さらに、人工心臓については熱の発生という問題がある、と言う。これは今日製造されているもっとも高性能なポンプを使用しても解決できない……。
そこで、我々一人一人が負うべき責任は、まず心臓病を予防することだ、各人がライフスタイルを変えることによって自分の生命を救うことができるだろう、これは国中の科学者・医師・病院が心臓病治療になし得る以上のことなのである、とカラハン博士は語る。
●ついに脳の移植
以下は、一九七九年十一月十五日付、イギリスの『ガーディアン』紙の「ふたつの脳はひとつに劣る」よりの引用である。アメリカ、オハイオ州ウェスタンリザーブ大学のロバート・ホワイト博士は、向う一年以内に、完全なヒトの頭部をその脳の機能を失わせずに別の体に移植することに成功するだろうと語った……。
すでに一九六二年に『サイエンス』誌で解説されたことがあるのだが、この種の実験とはまず、麻酔をかけられた脳(当時はヒトではなくサルの脳)の外科的分離が行なわれる。そして継続的潅流によって、やがてその機能が回復する。この時、脳の生存の確認は脳波の測定により行なわれる……。
一九六九年までに、ホワイト教授はサルの分離脳実験を一〇〇例以上達成しており、心肺装置につないで一二時間まで、ドナーサプライにつないだ場合には数日間生かしておくことに成功している――過去一〇年間の間に、アメリカ、西ドイツ、そしておそらくは日本とソ連でも、サル、ネコ、イヌなどの脳移植が行なわれてきたことが知られており、動物脳の分離実験はこれまでかなりの規模で行なわれてきたものと推測される。そして今日なお続けられている。
この種の実験で非常に困惑させられるのは、実験のテクニックが進歩するにつれ、分離された頭部の示す脳波がどんどん「正常」に近づいているという点である。すなわち分離された脳が自然な動物のものだと考え得るような感覚をもっていることを示唆する結果が出ているらしいのである……。
もしこれが事実だとすれば、これらの脳の経験した感覚は想像を絶する恐怖であったはずである。それは、首を切られても生きている動物の体験する混乱、苦痛、衝撃だけにとどまらない。
動物が自然に持つ苦痛除去メカニズムではどうにも対処のしようのない、苦痛その他の恐怖感覚の人為的増幅という恐るべき状態なのである。
極度の痛みや死の恐怖という状況下におかれると、自然な動物の場合は、脳への血液の供給が失われ、昏睡状態に陥る。
ところが機械やドナーによって血液を補給される「頭部」には、この痛みと恐怖からの解放が与えられないのである。脳がどのように感じようが、痛みがどの程度のものであろうが、おかまいなくポンプが動き続けるからである。多少なりとも想像力と感受性を持ち合わせている人には、このような処置がいかなる生物に対してであっても、決して許されるべきではない蛮行だということが分かるだろう。
このような脳の感覚維持の可能性が日本の研究報告により確認されている。すなわち、外科的に分離されたネコの頭部に数時間潅流を続けた後、光をあてた場合の眼球反応や、分離されたサルの頭部の刺激に対する筋肉反応を調べた報告である……。
そもそもこのような分離脳実験や分離頭部実験は、その目的とするところが曖昧な上、実験のやり方そのものが野蛮である。それゆえに、この種の実験は文明社会においては法律により禁止されるべきであると考える……。
[参考文献]
『サイエンス』Vol.141,No3585,pp.1060-1061「試験管内でのサルの脳の分離について」
『ネイチャー』Vol.212,一九六六年十月、pp.268-270「試験管内でのネコの長時間冷凍脳の生存能力について」
『神戸医科学誌』<算P一九六九年「ネコの分離脳に関する研究」
『サルの体へのサルの頭部移植』R・ホワイト、第五回国際神経化学会、東京、「一九七六年。
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一九八〇年、ヨーロッパ各地で放映されたあるテレビ番組を、不信と嫌悪をもって見た人々が何百万人といたことだろう。その番組では、あのロバート・ホワイト博士が、タバコをくゆらせお酒をなめながら、実験室内を歩き回り愉しげにしゃべっていたのである。一方では、身動きできぬように縛りつけられてはいるがはっきりとした意識のある死にかけのサルが、鼻と口から血を流しながら、恐怖に満ちた眼差しで博士を見つめていた。「皆さんと再び御一緒できて愉快でした」というのが、この移植実験第一人者の終わりの挨拶だった。
このシーンはある諺を思い出させる――もし動物たちが悪魔の存在を信じるならば、その悪魔は必ずや人間の姿をしているだろう。
巨大な医療詐欺 第二版のための追補
本書初版の出た一九八二年夏から、その後増刷の運びとなった八五年末までの三年余の間に集まった、政府機関と化学・医学コンビナートによる組織的詐欺の新たな証拠は驚くべき量に達した。初版時に私が疑問を呈した項目のうち、この三年間に論駁されたものはひとつとしてない。かえって公式に追認を受けたものが多くある。これは動物実験が医学にとって必要不可欠であるという神話を打ち砕き、むしろ有害であるという点を明らかにした最初の本であった『罪なきものの虐殺』の場合とまったく同様である。
この追補の目的とするところは、一九八五年現在の最新の証拠の追加である。
予防接種 追補
一九七八年版の『罪なきものの虐殺』で、ポリオワクチン製造に使われるサルの腎臓に存在するSV-40ウィルスが人間に与える致命的危険性については報告したが(日本語版三二七~三二八頁)、八五年五月二十八日、「九八〇〇万人に死の宣告?ポリオワクチンに脳腫瘍ウィルス発見」という。さらに好ましくないニュースが追加された。フロリダ州ランタナの『ウィークリー・ワールド・ニューズ』よりの抜粋は次の通り。専門家によれば、一九五〇年から六〇年代にかけて、ポリオの予防接種を受けた九八〇〇万人のアメリカ人は、その予防接種が原因の脳腫瘍にかかる可能性があるという。SV-40と呼ばれるウィルスがポリオワクチンを汚染していることはすでに知られていたが、シカゴ大学医療センターの研究チームの報告によれば、最近になって脳腫瘍患者の持っていた同種のウィルスに発癌性物質が発見されたという。SV-140ウィルスは正常な脳や、体の他の部分から転移した脳腫瘍からは発見されていない、と研究チームの主任、ジェイコブ・ラクリン博士は言う。
アメリカ神経外科学会で博士は「これらの結果は、SV-140がヒトの脳腫瘍の原因の有力候補であるという点を示唆している」と語った。ただしこれはまだ「予備的段階」であると念を押している。
ラクリン博士のチームが発癌性物質を特定したウィルスは、数人の脳腫瘍患者から採取したものであるが、これらの患者の中には、妊娠中にポリオワクチンの接種を受けた母親から生まれた子供が三人含まれているという。
この記事は、動物実験による医学研究法が人類を病気から救済することなどまったくできず、むしろサリドマイド悲劇をはじめとする多くの薬害の例でも明らかなように、病気の直接原因を作っているという記事を再確認するものである。
一九八五年六月二十八日付『デイリーメイル』(ロンドン)の第一面「悲劇のワクチン、禁止」。
五カ月の双子の兄弟が謎の死を遂げたため、二種の小児用ワクチンの調査が行なわれている。
この双子は、破傷風、ジフテリア、百日咳の三種混合ワクチンの接種を受けて数時間後に死亡した。二人は同時にポリオの糖衣経ロワクチンも服用していた。
「ロサンジェルス・タイムズ』の記者ビル・カリーは、八五年六月]日付同紙「ポリオ撲滅運動論争再燃」でこう書く。
――今日のアメリカでは、ポリオ感染の唯一の経路は、国のポリオ撲滅運動の一環として乳幼児に投与されている経ロワクチンである。
予防接種問題に造詣の深いカリーがこの長文の記事の中で、ひとつ言い忘れていることがある。
それは、ポリオにとくに「敏感」な人が、ポリオ・ウイルスのキャリアと接触した時にだけ感染がおこるのだという点である。ほとんどの人はポリオに「敏感」な体質ではないし、また実際ポリオは非常に稀な病気なのである(医療機関のヒマ人が統計の数字をいじろうなどと思いつくまでは、過去においてもずっと稀な病気だった)。
たとえ「敏感」な人でも、ポリオウィルスのキャリア(非常に数が少ない!)に接触しない限りは、予防接種など受けていなくとも病気にかかりはしない。
ところが、「敏感」な人が予防接種を受けるということは、わざわざウイルスに接触して病気にかかるということなのである。
小児科医ロバート・メンデルソン博士はイリノイ大学(シカゴ)の予防医学科教授であり、州医師免許委員会の長でもある。そのメンデルソン博士による『消費者のための医学ニューズレター』(Vol.8,No.12,一九八四年)の「国民の医者」より。
今日、ソーク博士がセービンワクチンを攻撃しているが、少し前はセービン博士がソークワクチンを攻撃していた。両者ともに正しい、と私は考える。
破傷風ワクチンは私が最後まで破棄をためらっていたワクチンである。ゆえに、読者にはこのワクチンについて私に尋問する権利があるだろう。
私にとって、百日咳、はしか、風疹のワクチンは、その効果のなさと副作用のひどさゆえに、破棄するのはいとも簡単なことだった。リスクが大きく益が小さいおたふく風邪のワクチンに対しては、作られた当初から、私のみならず多くの医者が馬鹿げているとの印象を抱いたものだ。ジフテリアワクチンについての論争は、過去一五年間の流行で、予防接種をした人としなかった人の死亡率および症状の激しさがまったく同じだったところから、余り意味のないものになってしまった。天然痘ワクチンについては政府でさえ一九七〇年には廃止してしまった。
そしてジョナス・ソークが、アメリカでポリオに感染する一番手っ取り早い方法は、セービンワクチンを受けたばかりの子供のそばにいることだという証明をしてみせた時、私はポリオワクチンをも破棄した。
しかし破傷風ワクチンについては、私はこれをかなり長い間捨てることができなかった。このワクチンへの信仰を捨てるには段階を踏む必要があった……。
破傷風ワクチンの安全性と効果とを証明するための科学的対照実験は、これまでまったく行なわれていないとの認識は徐々に広がってはいる……。
近年急激な増加を見せている自己免疫性の疾病、すなわち関節リューマチ、多発性硬化症、紅斑性狼瘡、リンパ腫、白血病などであるが、これらと免疫とを関連づける理論に関心が高まっている。しかし豚インフルエンザワクチンによっておこったギリョン=バレ麻痺のケースでは、免疫との関係は理論値以上の結果が出たのである。
ロンドンの『サンデー・タイムズ』(一九八五年七月十四日付)より。
スコットランド、ダンファリンに住むリチャード・ボンスローンは現在九歳、歩くことも話すことも座ることも、頭を持ち上げることすらもできない。固形食物を咀噛することもできず、完全な失禁状態にある。しかしリチャードは障害をもって生まれたのではなかった。「いつも笑っているほんとに可愛い赤ん坊でした」と母親のアイリス・ボンスローンは、健康で幸せだった赤ん坊時代を思い出す。
一九七六年、アイリスは赤ん坊のリチャードをジフテリア・破傷風・百日咳の三種混合(DPT)予防注射を受けさせるため、近くの病院に連れて行った。二年前、リチャードの兄ジョンにも同じように予防注射を受けさせていた。
二度目の注射から一週間ほど経って、リチャードは最初の痙攣をおこした。一日に三〇回もの発作をおこすひどさだった。やがて回復不可能な重度脳障害と診断された。
リチャードの他にも百日咳ワクチンによって脳障害を負ったと考えられる子供が現在約七〇〇人判明している。七三年、ローズマリー・フォックス夫人が、「ワクチン障害児親の会」を結成し、これらの子供たちの窮状がはじめて公開された。この「親の会」のメンバーの子供たちの障害の原因として、さまざまなワクチンが槍玉にあげられている。たとえばフォックス夫人の娘へレンはポリオワクチンによる脳障害だという。
しかし、百日咳ワクチンが原因のケースがもっとも多い。
一九八五年十二月七日、アルバート.・セービン博士はイタリア、ピアチェンツァで医師たちに講演を行なった。インフルエンザワクチンが効かないという彼の主張、および抗生物質の濫用の危険性についての質問に答えて、セービン博士は次のように語った、とトリノ最大の日刊紙『ラ・スタンパ』(十二月八日付)は伝えている。
現在アメリカで実施されている大規模な予防接種は、それが免疫を与えるはずの疾病の発生状況を顕著に改善しているとは言えないとの公式データが出ています。
癌は増加 追補
癌はこの数年も相変わらず着実な前進を続けていると言ってももちろん治療が進歩したのではない。死亡率が上昇し、それ以上に癌対策費が増加しているという意味である。八五年八月十三日付『ニューヨーク・タイムズ』に「スローン・ケタリング癌研に三六二〇万ドルの寄付」という見出しの記事が載った。スローン・ケタリング記念癌研究所は、ローレンス・S・ロックフェラーより、三六二〇万ドルの寄付を受け、新しい研究所の建設を計画している……。
一方、ヨーロッパの現状はと言えば、これまでアメリカのやり方をみならってきたヨーロッパ各国の癌研究団体は、お家元のアメリカでさえ考えつかなかった新しい資金集めの方法をあみ出した。
八四年、銀行が定期的に顧客に送付する残高明細書と一緒に、癌研究への寄付をアピールする文書を送るよう主要銀行に協力を要請したのである。さらにその文書には、寄付の額が多くなればなるほど、癌問題に早く決着がつくという主旨の銀行独自の推薦文もつけるという。寄付に対し銀行側は手数料をとることができるので、協力を得るのは容易だった。
ローマ銀行が発送したイタリア対癌協会の寄付募集のリーフレットには「健康に投資しましょう」とある。
癌は来年にも あるいは三年、五年、十年後に征服できるでしょう。すべては研究に使えるお金、すなわち皆さんの寄付、にかかっているのです。資金がひどく不足していたこれまでの研究態勢下でさえ、その成果は捨てたものではありません。一九六〇年から現在までの間に、癌研究者は五〇〇名から一五〇〇名に増え、治癒率は二八パーセントから五八パーセントに上がっています。
この楽観的数値を、資金集めの団体によるものではない独立した情報源による数値と比較してみよう。まず、西ドイツの有力新聞『ハンブルグ・アベントブラット』の八四年八月十五日の記事にはこうある。
研究担当大臣ハインツ・ライゼンヒューベルは、癌の収支報告を発表した。それによれば、ドイツにおける癌の死亡率は着実に増加の一途を辿っているという。
すべての「文明国」における癌の増加は、ほぼドイツに併行している。
また、おびただしい数の動物実験を行なっても、警告からもれる癌のリスクもある。たとえば避妊用ピルの場合のように、ヒトに発生した癌の疫学的研究によってはじめて明らかにされるのである。以下はイギリスの『ガーディアン』(八五年三月二十九日付)第一面を賑わした記事の要約である。
空前の規模で実施された国際調査の結果、受胎調節用ピルに子宮頸癌をおこす可能性があると発表された。WHOの調査では、五年以上ピルを服用している女性は、癌の罹患率が二倍に跳ね上がるという。
二年以上五年以内のピル服用者の子宮頸癌のリスクは二五パーセントから七三パーセント増、五年以上になるとそのリスクは五三パーセントから最大二〇〇パーセント増にもなっていたという。
WHOの調査団は次のように言う。「最近行なわれた別の三種の調査の結果でも経口避妊薬使用者の癌、とくに子宮頸癌の増加が見られた。これら別の機関による調査結果および我々独自の調査結果を、非論理的だとして無視してしまうことはできないだろう」
八五年四月三十日付『ガーディアン』より。
一九七二年に、三四歳以下の女性の子宮頸癌患者は二〇〇〇人に満たなかった。これは癌総数の一五パーセントに当たる。ところが八二年(最新のデータ)には二五パーセント以上、五〇〇〇人に増えている。
●DESによる癌の増加
本書の「DES」の項でも述べたが、すでに一九七三年に私はDES(スチベストロール)を原因とする癌は増加するだろうと予言した。この予言は不幸にも的中した。ロンドンの『イヴニング・トリビユーン』(八四年十一月二十九日付)に載ったボストン発AP電にはこうある。妊娠中にDESを服用した女性は乳癌の罹患率が通常より高いとの報告が、今日、あった。ニューハンプシャー州ハノーバーのダートマス・ヒチコック医療センターのE・ロバート・グリーンバーグ博士は、該当する数百万人の女性はDES使用が二〇年以上も前のことであっても、早急に乳癌の検診を受ける必要があると述べた。
この間にもDES製造メーカーおよびDESを無定見に処方してきた医師を相手どっての訴訟に、患者側が勝訴するケースが増えてきた。
この種の訴訟はまったく終わる気配がないどころか、今後ますます増える気配を見せている。というのもDESは、妊娠中にDESを使用した女性の娘に癌を発生させるのみならず、その影響は、さらにその娘である第二世代の女性にまで広がっているからである。さらに最近の調査では、男児の生殖器にまで影響が及ぶ可能性も指摘されている。
ところが、飼料にDESを添加することにより、家畜の生育が促進されるということが発見されたため、今なお全世界で、食肉を通してDES使用は継続されているのである。
このような状況下で、アメリカからオーストラリアまで、DES被害者の会が次々に誕生している。が、残念なことに、これらのグループの活動は、このホルモン剤を製造販売したメーカーに金銭的賠償を求めて訴訟をおこすことに集約されており、大抵の場合、癌の根本原因DESに安全無害の太鼓判を押した動物実験を糾弾するまでに至っていない。
オーストラリア、ヴィクトリア州キャンバーウェルのDES被害者の会では、DESを含む市販薬品のリストを作って回覧している。
人間モルモット 追補
赤ん坊をはじめとする、実験動物同様に無力な人々を対象にした人体実験が増えつつあるということは本書の「人間モルモット」の項ですでに述べた通りである。この、疑問の多い人体実験の拡大は、単に数の上だけではなく、その危険度において、近年頂点に達した。一九八四年の、イギリスのホリーちゃん、アメリカのフェイちゃんのふたつのケースがそれである。「イギリスで心臓移植の赤ちゃん死亡」というAP電が、八四年八月十八・十九日付の『インターナショナル・ヘラルド・トリビユーン』に掲載された。
イギリス国立心臓病院は、世界最年少の心臓移植患者だったホリー・ロフィちゃんが金曜日、死亡したと発表した。ホリーちゃんが移植手術を受けたのは生後一〇日目の七月三十日、そして生後二八日目の八月十七日、呼吸困難をおこして死亡したという。
ホリーちゃんは生まれた時、心臓の左半分がなく、脳障害で死亡したオランダ人の赤ちゃんの心臓を移植された。これまでの心臓移植の最年少記録は、一九六七年、アメリカのニューヨーク州ブルックリンの生後二週間半の赤ちゃんだったが、この場合は手術後間もなく死亡している。
ホリーちゃんは心臓移植の二日後、腸穿孔を塞ぐ手術を受けたが、さらに腸と腎臓とにトラブルが生じ、八月九日からは腎臓透析を受けていた。
『ロンドン・タイムズ』はこの手術を手厳しく批判し、トーマス・スタッタフォードの「早すぎた実験」という長文の記事を掲載した。スタッタフォードは、生後間もない新生児に安全な範囲で投与できる免疫抑制剤の量さえまだ分かっていないとの指摘をしている。
かのクリスチアン・バーナード博士さえも、この時ばかりは批判をされる側ではなくする側の快感を味わったようだ。八四年八月十六日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に載ったUPIによれば次の通りである。
世界ではじめて心臓移植に成功したクリスチアン・バーナード博士は、ホリー・ロフィに心臓移植を行なったのは、医師たちの「重大な過ち」だと語った。
バーナード博士は、七月三十日ロンドンの国立心臓病院で生後一〇日の嬰児に対し行なわれた心臓移植手術は「あまりにも多くの未解決の問題をかかえている――ホリーちゃんの成長とともに心臓も成長するかもしれず、ホリーちゃんの生存の可能性を判断できる人間は誰もいない」と述べた。
とても信じられないことだが、この手術からわずか数週間後、あらゆる経験に基づく批判、論理的推論、解剖学的特異性、生物学的差異、代謝上の証拠、そして何よりも確実な失敗の記録をあっけらかんと無視して、死亡したホリーちゃん同様の障害を持って生まれた生後一二日目の新生児に対し、さらにリスクの大きい不自然な移植手術を、アメリカの医師たちが試みたのである。
八四年十月二十六日、カリフォルニア州ローマ・リンダ大学医療センターで、両親の希望により「フェイちゃん」と匿名で呼ばれる女児が前代未聞の試練を受けた。フェイちゃんは左心室形成不全症候群という心臓疾患を持って生まれたが、その心臓が若いメスのヒヒの心臓に取り換えられたのである。この実験は医学用語では「異種間移植」と呼ばれるものである。
次に引用する『タイム』八四年十一月十二日号の記事にあるように、この実験には最初から異議を唱えるベテラン外科医が多かった。
「これまでに異種間移植は一度も成功したことがありません」とアメリカでも指折りの小児臓器移植専門家であるミネソタ大学外科のジョン・ナハリアン教授は語っている。「現段階では、手術はただ死のプロセスを引きのばすだけです」。
さらにカリフォルニア大学ロサンジェルス校の心臓外科モネイム・ファダリ博士をはじめとする幾人かの外科医たちは、動物の臓器を使用する決断は単なる「向うみず」にすぎないと考えている。
事実、このフェイちゃんの冒険が失敗に終わるであろうことは、小児臓器移植の専門家でなくとも予測できただろう。初歩的な生物学的知識、あるいはただ健全な常識――この常識というシロモノが医学の世界のもっとも非一般的特性なのだが――さえ備わっていれば、十分に判断できたはずなのである。
半分欠けた心臓を持って生まれてきた可哀そうなフェイちゃんは、自然な死を迎えようとしていた。ところが、ハイテク医療によって、より大きなより長い苦しみへと引き戻されてしまったのである。ほんの数週間前にイギリスのホリーちゃんにおこったこと、そして賢明なるパプワース博士がすでに一九六九年にはその著書『人間モルモット』で明らかにしていたこと(『罪なきものの虐殺』日本語版四一~四三頁参照)をまったく無視した結果だった。
この手術にはさらに困難な問題もあった。ヒトの心臓では大動脈弓から出る大動脈が三本あるのに対しヒヒには二本しかない。それゆえにまずフェイちゃんの大動脈のうち二本を一本に結び合わせる作業をしてから、ヒヒの動脈につなぐ必要があった。これはそれでなくとも問題の多い冒険的手術を、さらに複雑なものにしていたのである。
では、この愚かな向うみずな実験を思いついたレナード・L・ベイリー博士とはいったいどのような実績を積んだ人物なのだろう。彼はこれまでに三〇〇頭を越すヤギ、ヒツジ、ヒヒの異種間心臓移植を行なっており、その生存率はゼロである。生存最長記録は、子ヒツジの心臓を移植されたヤギの一六五日だという。
バーナード博士の場合も、まずイヌで心臓移植実験を繰り返したが、その結果は失敗続きでベイリー博士の実績と似たりよったりだった。がそれにもひるまず、人間での移植に応用したのである。
ベイリー博士も同様に、度重なる失敗にも落胆することなく、果敢にもその破滅的実績を、まずフェイちゃんを使って、人間にも広げようと決心したのである。
無防備な赤ん坊を使ってのこの人体実験には成功の見込みなどまったくなかった。異種間移植における拒絶反応は、通常よりはるかに深刻であるが、問題はそれだけではない。そもそも、若いヒヒの心臓が人間の赤ん坊の成長と同じベースで成長するという保証などどこにもなかったのである。
人間に比べ寿命が短く、成長時の体が小さいヒヒは、人間よりずっと短い期間、一年で心臓をも含む臓器すべてが成長しきって大人になる。この異種間移植は野蛮と無知のなせるわざである。
これを犯罪行為控え目に言っても愚行だと指弾する人々が存在するのも当然と言えよう。
ところが、新聞は、この愚かな実験を新たな「突破口」として紹介した。これまでのすべての「突破口」も遅かれ早かれことごとく「行き止まり」に終わったのである。手術のわずか三日後、十月二十九日付『ニューヨーク・タイムズ』特別版に、ローレンス・K・アルトマン博士はこう書いた。「ヒヒの心臓を移植された赤ちゃんの状態は『非常に良好』と医師団発表」。
生後一七日を迎えた赤ちゃんは血色もよく、この一週間つけられていた人工呼吸器も外されて、自力で呼吸している、と医師団は語っている。
これは誤報だったということが間もなく明らかになるのだが……。いずれにせよ、一週間後の十一月六日付の『ニューヨーク・タイムズ』に、同じアルトマン博士が、大真面目で次のようなオーバーな表現で再び書いた。
――この赤ちゃんの心臓の鼓動の一回一回が、動物の心臓を移植された人間の生存記録を更新しているのである。
これは近年の医学の歴史で、もっともエキサイティング、そしておそらくはもっとも重要な一ページとなるだろう。この勇敢な実験を行なった移植チームの長であるレナード・L・ベイリー博士はこう語る。「私たちは今、世界中の誰よりも、新生児の心臓移植と免疫学とについて、多くを学んでいるのです」。
次に十一月一二日号『タイム』より。
手術後一週間経ち、フェイちゃんが非常に順調な回復を示しているため、この実験に批判的だった人々も再考を迫られている。
同じ号の『タイム』には堕ちた偶像バーナード博士の大甘の論評が載った。ほんの数週間前にはイギリスのホリーちゃんのケースを批判したこの高名な哲学者風の外科医は、明らかに心変わりした模様で、より問題の多いローマ・リンダ病院のフェイちゃんの移植には両手を上げて賛成したのである。
バーナード博士はフェイちゃんのケースを非常に積極的に支持しており、ヒヒを使用するについてもまったく懸念を示していない。博士によれば、ヒヒは南アフリカでは害獣とされ、農夫たちは見つけ次第射殺するのだという――「そのうちに我々は移植用にヒヒを飼育するようになるかもしれませんな」。
この間にも、事態は日に日にますますグロテスクな様相を帯びてきた。医師団は、移植されたヒヒの心臓をも含めてフェイちゃんのすべての臓器の検査に余念がなかった。同時に彼らは、こちらの方はまったく何の遠慮もなく、赤ん坊のヒヒに心臓移植を行ない、フェイちゃんに与えるのとまったく同じ薬を与えて、フェイちゃんの体内でおこっていることを再現する試みをしたのである。
おそらくこの医師団は、動物は薬に対し人間とは非常に違った反応を示すということ、しかもサル類の反応は他の種の動物以上に人間と違うということを耳にしたことがなかったのだろう。とは言え、このようなやり方は、大衆一般を欺いてはしゃぎ過ぎのやま師どもを、人の生命を救うため、真面目な「研究」に取り組んでいる「科学者」なのだと錯覚させるには十分な効果があった。
科学記者たち、医事評論家、ジャーナリスト、哲学者そしてバーナード博士までもが、お祭り騒ぎを楽しんでいる間、たった五ポンドの肉と骨の塊は血を流しながら、点滴につながれ、カニューレを入れられ、薬品漬けにされ、人工呼吸器と透析器にしばられ、レントゲンに晒されていた。現代の文明社会では、実験動物だけが耐えることを余儀なくされている拷問を受け続けていたのである。
初期の頃の楽観的な記者会見の内容とは矛盾する情報が外部に漏れ始めたのは少し後になってからだった。十一月十六日付の『ニューヨーク・ポスト』に、ローマ・リンダ医療センターのスポークスウーマン、ジューン・オクスが、フェイちゃんは手術後二二日目もまだ人工呼吸器をつけ点滴を続けていたことを明らかにした。同紙の週間レジメでは、十一月十二日、すなわちフェイちゃんの死の三日前の様子が、次のように報じられている。
フェイちゃんの体は当初考えられていた以上に激しくヒヒの心臓を拒絶している。医師団は強心剤の他に、これまでのサイクロスポリンとステロイドホルモンに加え、もう一種の抗拒絶反応剤・リンパ球免疫グロブリンを与えている。哺乳ビンによる授乳は中止され、点滴を再開、さらに体力保持のため人工呼吸器に戻されている。
手術後二〇日半で、医師団とジャーナリストたちにとっては後味の悪い虚脱状態が訪れた。フェイちゃんがようやく永遠の眠りについたからである。病院のスポークスマン、エド・ワインズの言葉を十一月十六日付『ニューヨーク・ポスト』は次のように伝えている。
フェイちゃんは午後九時死亡しました。体重五ポンドのフェイちゃんは、今日午前中は重体ながら安定した状態と伝えられていましたが、午後になり腎機能が停止、午後七時頃には腹膜透析が必要になりました。そして二時間後、去る十月二十六日の歴史的手術によりフェイちゃんの生命を救ったヒヒの心臓はついに力尽きました。
これ以降、科学記者たちも多少自重するようになった。動物実験と医化学業界の擁護者たる『タイム』でさえ、八四年十二月三日号では、本来だと称賛一辺倒に終わるはずの、フェイちゃん関連記事の中で、論説委員チャールズ・クローザマーが次のような疑問を投げかけている。
フェイちゃんの死亡の後、今となっては結果論でしかないが、さまざまな議論が交わされている。血の気がなくまっ青で喘ぐように息をしていたフェイちゃんが、ピンク色になりラクに呼吸していたのだから、手術は苦痛を減らすのに役に立ったのだ、という意見がある。一方で、いや報道陣のカメラが捉えたのは調子のいい時だけだったのだ、人工呼吸器、カニューレ、注射、縫合あと、不整脈、尿毒症などは公開されなかった、との意見もある。手術がなければ、自然な死はおそらくは数週間早く訪れていただろう。フェイちゃんにとって、自然な死よりも今回のような形での死が、本当に苦しみの少ないものだったと言えるのだろうか。
これは『タイム』らしからぬ論調と思いきや、やはり次のような弁解めいた文が続く。
フェイちゃんの死は、より高い目的達成の手段だったのである。この実験はフェイちゃん一人の苦しみを取り除くために行なわれたのではなく、後に続く多くの人々の苦しみのために行なわれたのである。この手術が間違っていたと言ってしまってよいのだろうか。未来の苦しむ赤ん坊たちが、今日の我々にそれを要求しているのではないだろうか。
これでこそ『タイム』らしい。かりそめの「突破口」ばかりで成り立つ「医学」という名の現代の宗教の栄光のために、これからも次々と行なわれるであろう愚かな人体実験、動物実験を性懲りもなく擁護し続けるがいい。
心臓の手手品師バーナード博士は手術失敗のたびに「拒絶反応は問題ではない」(原文のママ!)と繰り返した。同様にローマ・リンダのベイリー博士も、フェイちゃんの死因は拒絶反応ではなく、「他のいくつかの原因」――すなわち腎不全などだと発言した。
しかし、フェイちゃんの腎不全は、自然の、つまり最終的には避けられない拒絶反応の進行を遅らせるために大量に投与されたサイクロスポリンをはじめとする免疫抑制剤が原因と考えるのが妥当だろう。
ローマ・リンダの首脳陣が、再度の挑戦のための適切な言いわけを考え出すのにちょうど一年かかった。フェイちゃんの死因がヒヒの心臓への拒絶反応あるいは免疫抑制剤の作用であることを認めてしまえば、もうこの種の実験の再開はあり得ないだろう。そこでどうしても、別の死因を考え出さねばならなかったのである。
一ニカ月の間、彼らは額を寄せ集めて策を練った。そしてついに、本人たちは実にスマートだと考えたらしい結論を引き出した。八五年十月十六日付『ロサンジェルス・タイムズ』には、医学記者ロバート・スタインブルックの「フェイちゃんの死因は血液型不適合」と題する記事が載った。
フェイちゃんの心臓移植手術を執刀した外科医が、火曜日、明らかにしたところによれば、フェイちゃんの死は、異なった血液型を持ったヒヒの心臓を移植したのが原因だったという。
フェイちゃんの血液型はOだったがヒヒはABだった。「もしフェイちゃんがAB型だったら、今も元気で生きていただろう」とベイリー博士は述べた。当初、拒絶反応あるいは抗拒絶反応剤サイクロスポリンAによる腎障害が死因ではないかと考えられていた。
しかし検死の結果、拒絶反応の徴候は微々たるものであり、薬品による腎障害はまったく認められなかったと、博士は語った。
しかし、こんなにも簡単な検死の結果を発表するのになぜ一年もかかったのか、一晩で分かることではないか、この問いには誰も答えてはくれない。
また、人間とまったく同じ血液型をもつサルはいないという点や、サイクロスポリンが腎臓を駄目にするという点を一般の人々に誰も教えてはくれない。そこで大衆は、次の実験では医者はただ血液型の適合さえきちんとすれば成功間違いなしと信じ込まされたのである。
さらに『ロサンジェルス・タイムズ』は、「移植手術についての新情報を含む包括的報告」を行なったこの日のベイリー博士は非常に落ち着いた態度でユーモアさえ交えて、フェイちゃんの死への経過を語った、と報じている。
ベイリー博士はこれまで、この件に関してはいっさいのコメントを避けてきたが、今回の二〇〇人余りの医師、看護婦、その他の医療従事者を前にしての四五分の報告では、時折ジョークをも交えてリラックスしている様子だった。会議終了後、報告内容に関しての報道陣への説明はいっさい行なわれなかった。
馬鹿げた報告内容に関しての説明を拒否するというのは確かに賢い逃げ方には違いない。それにしても、ローマ・リンダ医療センターの次なる犠牲者は誰なのだろう。
付け加えると、フェイちゃんの医療費は約一〇万ドルとのことだが、これには医師の給料がいっさい含まれていない。というのもこの実験に連なった医師たちは、医学実験のために自らの技術を無償で提供したためだという。この一〇万ドルというお金は、一人の赤ん坊の苦痛をいたずらに延長するためによりも、一般の出産の取り扱いを人道的にするために費やした方がより有効だったろう。アメリカの病院では、産婦の扱いは一般にあまり重んじられていないのが現実である。さてローマ・リンダでは産婦はどんな扱いを受けているのだろう。
次に引用するのは八一年十月十八日付『ワシントン・ポスト』の「実験薬による死亡」という記事である。これは同年秋、同紙に連載された人体実験(主に子供)に関するシリーズからの「例である。
――本紙の一年間にわたる調査によれば、癌患者の死亡のうち、実験薬が原因と考えられるケースが六二〇例あることが判明した……。
ボストンのある病院では、NCI(国立癌研究所)の新薬を子供の患者たちに試したところ、数日のうちに患者たちが腎不全に陥った……。
これらの実験薬には数百に上る死亡例の他に、激しい副作用が確認されている。たとえば腎臓障害、肝臓障害、心臓障害、呼吸困難、骨髄破壊による造血機能停止、脳障害、麻痺、脳卒中、昏睡、幻覚などである。
実験薬についてはまだ未知の部分が多い。医師たちはこれらの薬剤が癌の成長を阻止するどころか、かえって助長したり、癌を発生させたりという、期待に反する皮肉な結果を生むという発見をしている。
狂気へ 追補
●一九八三年、バーニー・クラーク、人工心臓
本書の「そして狂気へ」の項で、治療の分野でのハイテク装置の採用は、ただ苦痛の増大を約束するものでしかないと書いた。とくに人工心臓が、何年にもわたる動物実験を経て、人間に応用されるのももう時間の問題というところまで来ていると書いたのだが、その後ほんの数年の問に、ついにこれが現実化し、その結果は予想通り――それもごくやさしい予想だったのだが――すべて失敗に終った。期待の頂点から幻滅のどん底へと、ローラーコースターのような急激な転換だった。一九八四年十一月十六日付『ニューヨーク・ポスト』より。
昨年、心臓病患者の延命法研究はまったく新しい方向に針路をとった。心臓病で死期の迫っていたユタ州の歯科医バー二ー・クラーク博士に、ウィリアム・デヴリーズ博士が人工心臓を埋め込んだのである。クラーク博士は鋼鉄とプラスチックの機械につながれて一一二日間生きた後、死亡した。
この勇敢な歯科医の死後になって、彼が機械につながれていた日々のほとんどを、激しい苦痛と精神錯乱のうちに過していたという事実が明るみに出た。
このケースは医の倫理について深刻な問題を提起した。すべてが終結した後、この種の手術を行なう政府の許可を得ている唯一のアメリカ人医師であるデヴリーズ博士は、予見可能な将来において、二度と手術を行なう予定はない、と述べている。
八三年四月四日号『タイム』より。
先週、ひとつの長い闘いが終わった。腎不全、慢性呼吸困難、結腸炎などによりクラーク氏(六二歳)が静かに逝った。正式な死因は「全身機能不全による循環虚脱」である。
クラーク氏が医師たちに、よりよい人工心臓を作るための助けを提供したことには疑いの余地がない。「これまで九年間、動物で学んだよりずっと多くのことをこの数カ月間でクラーク氏から学びました」とUMCの心臓ポンプテクニシャンであるハリー・ヘイスティングスは語っている。
ヨーロッパの新聞報道の論調も、だいたいこれに似たようなものだった。健康というものに対する機械論的概念を、神の言葉そのものとする現代医学の見解に則っていれば当然だろう。これが単なる無知のゆえか、知的能力の欠如のゆえか、あるいは何らかの意図あってのことかは、ここでは問題にしない。
ポイントは、人工心臓が決して人間の生理学上の問題を解決するものではないという点である。
生物学に無知、無関心のテクノクラート連中が、人工心臓を開発するのに何年という時間をかけて動物実験を行なった。
しかし、それが人間には使えないということを知るのにはほんの二~三カ月しかかからなかった。なぜこのようなことがおこったのだろうか。
それは何よりも、人工心臓が解剖学的に生物学的に代謝的にそして心理的に人間との共通点がまったくない四つ足動物――主に仔ウシだったが――で完成されたからである。
しかし、たとえヒトで完成されたとしても長期にわたって満足のゆく働きはできないだろう。というのは、自然の心臓はあらゆる心身の刺激、そして生体の中で絶えず行なわれている複雑な代謝プロセスに敏感に反応するからである。中でも重要なのが感情に対し反応するという点である。この感情という語は、グラムやミリメートルといった数量で表わせないために、研究者たちにはもっともイヤがられ、その語彙からは除外されている語なのである。
たとえば、恐怖や怒りは自然の心臓の鼓動を速める。睡眠や休息は鼓動をゆっくりにする。ところが、人工心臓は神経系から発せられる感情の刺激や代謝の変化のいかんにかかわらず、同じリズムで動き続ける。将来開発されるであろうより高度な人工心臓でもこの生物学的必然を解決することはできないだろう。
もし心臓が心理的刺激や代謝の変化に反応しなければ、ヒトは精神を病み錯乱状態に陥り、生物学上のトラブルをおこして長くは生きていられないだろう。そしてこの反応のできる人工心臓はない。機械主義的動物実験に基づく研究というものは、すべて出口のない袋小路なのである。バー二ー・クラーク以後のいくつかの実験がこの点を証明している。
報道関係者の愚かさと医学関係者の自賛ばかりが渦巻く中で、何を間違ったのか『タイム』が、クラークのケースへの理性的論評を前述の八三年四月四日号にまぎれ込ませてしまったのである。
よりよい方法は、慢性心臓疾患の予防法を開発することだろう。「もしそれができなければ、我々は永久に、この恐ろしく高価で倫理的には首をかしげたくなる未完成技術の虜になったままだろう」とスローン・ケタリング記念癌センターのルイス・トーマス博士は書いている。また、国立心臓・肺・血液研究所のウィリアム・フリードヴァルト博士はこう語っている。「私たちの目標はもちろん予防です。将来一人のバーニー・クラークも出さないことです。しかし現時点ではそれは夢物語でしょう」。
なぜ、予防が夢物語なのだろう。それは予防によって得られるものが金銭でもなく名声でもなく、ただ健康だけだからである。健康への適切な助言をしたところで名声など得られはしない。しかし、自然の心臓のかわりには決してならないが新聞の見出しにはなるような、フランケンシュタインを作れば、動物実験者には名声と金銭とが転がり込んで来るのである。
●一九八五年、ジャック・バーチャム、ウィリアム・シュローダーなど
一九八五年五月六日号『タイム』より。
イリノイ州リロイ出身の、四人の子持ちのバーチャム氏は、最初の手術から回復しないままに先週亡くなった。ジャーヴィクワ人工心臓の五人目で最年長の移植患者となってからわずか一〇日目、六二歳だった。
デヴリーズ博士が後に認めたように、人工心臓がバーチャム氏の死期を遅らせたか早めたかについては定かではない(傍点著者)。
バーチャム氏の容体の急変と死亡は、人工心臓プロジェクトで続いている失望と失敗に、またひとつ新たな失望をつけ加えた。すでに死亡したクラーク氏も、また現在、病院の向いにある特別仕様のアパートで生きているシュローダー氏も重度の精神障害に侵されている。
八五年五月十四日付『ニューヨーク・タイムズ』より。
ウィリアム・J・シュローダーが人工心臓によって生きてきた一七三日は、最初の一八日を除けば、重度の脳障害に苦しむ日々である。彼は人工心臓移植者としてはもっとも長く生きているが、先週二度目の脳卒中の発作に襲われ、話すことができなくなり、右手右脚が麻痺して完全に寝たきり状態となった。
八五年九月十六日号『タイム』より。
これまでにジャーヴィクワ人工心臓の移植を受けた患者のうち三人が生存しているが、この三人全員が重度の合併症に苦しんでいる。ウィリアム・シュローダー(五三歳)は移植後四二週目を迎え、生存最長記録を誇るが、この間に二度の脳卒中発作に襲われ、言語および記憶に障害がある。マーリ・ヘイドン(五九歳)も卒中発作を一回おこしている。スウェーデンのライフ・ステンベルク(五三歳)はストックホルムで最近激しい卒中発作に見舞われた。
八五年十一月十四日付『ロサンジェルス・タイムズ』より。
ケンタッキー州ルイスビル発(UPI)。ウィリアム・シュローダーの神経科医が水曜日、語ったところによれば、シュローダーを最近襲った三度目の卒中発作は、明らかに人工心臓からの遊離凝血が原因であり、さらに凝血を抑制するために使われている低粘稠化剤の作用が事態を複雑化しているという。
初期の二度の卒中による脳障害の結果、シュローダーは発語が不明瞭になり、ごく最近のできごとが思い出せなくなっており、さらに最近は何もしゃべらなくなってしまったと、ゲイリー・フォックス博士は語る。彼の生の質についての質問を受けたフォックス博士はこう答えている。
「私は、あんな風に生きたいとは思わないですね」。
八五年十二月九日号『タイム』より。
ウィリアム・シュローダーが自らの胸の中で脈打つ人工心臓の音に気づいてから一年が過ぎた。
しかし、その最初の日の明るい希望は消えてしまった。世界中を感動させたあの快活なシュローダーの面影は今はない。三回の卒中発作が彼を弱々しくメソメソと陰気で、しゃべることもできない老人に変えてしまった……。
先月、スウェーデンのジャーヴィクワ移植患者ステンベルク(五三歳)が死亡したが、これを機に、患者に苦痛を与えるだけの人工心臓移植手術の一時禁止を求める声が医師の間で徐々に上がっている(傍点著者)。
ワシントンDC、八六年一月四日『サイエンスニ一ユーズ』より。
ボストン大学医事法の教授ジョージ・アナスが、委員会で次のような意見を述べた。「(人工心臓移植の中止を求める理由として)最初の四人におこったことでは不十分だというのであれば、いったいこれ以上、どんなことがおこればいいというのでしょう。人工心臓は人の生命を救うことはできません。死に方を変えるだけです」。
新しい病気 追補
●エイズ
現代医学は科学ではない、果てることのない哲学論争、あるいは直感的談話にふさわしい宗教なのだ、という点をこれ以上証明する必要があるとすれば、最近ではエイズを例に挙げるのがもっとも分かりやすいだろう(ただし、せめて研究予算獲得の口実のための論争、談話ではないとしておこう)。エイズについてひとつだけ確かなのは、エイズが新しい病気であるという点である。あとは、すべてまだ論争中である。次に引用するのは、八五年十二月二十日付『ガーディアン』の「疑惑の細菌」と題する記事である。
ある医師によれば、エイズの流行は、失敗に終わった生物戦研究(微生物を戦争兵器として利用する研究――訳注)がその原因ではないかという……。
以前、ミドルセックス病院の性病科コンサルタントで、現在はハーレイ通りで開業しているジョン・シール博士が昨日発表したところによれば、アメリカあるいはソ連が、羊に感染症をおこすビスナ・ウィルスと呼ばれるウイルスからエイズウィルスを作り出したのではないかという……。
シール博士のこの主張はモスクワ放送にヒントを得たものだという。そのモクスワ放送は、エイズウィルスがCIAと米国防省の行なった秘密実験で作り出され、ヒトがこれらのウィルスに感染させられていた、と述べたという……。
ここ数年の間に、世界各地でエイズに関する記事や書物が洪水のように出版された。しかしそれらは混乱を収拾するどころかかえって激化させている。
八五年十二月号『ディスカバー』に載った、ジョン・ラニョンとサナ・シワロップの長文の記事の一部である。
エイズは新しい病気だと言われるが、それは欧米の人々にとっては新しいということらしい。
最近明らかになってきたのは、アメリカで最初の患者が発見されるより少なくとも一〇年前に、アフリカではエイズウィルスが存在していたこと、またこのウィルスは五万年も前からサルには存在したウィルスの進化したものであることなどである。
この文章の最後の方は、「科学記者」という人種がどのような無責任な当てずっぽうでも平気で言ってのけるという良い証拠だろう、盲目の国ではひとつ目でも威張れるのである。それにしてもこのような発言の情報源は何なのだろうか何もない。
古代ギリシャのホメロスは『イリアス』『オデッセイア』を書いた時、『ディスカバー』の物語作家よりもはるかに信頼に値する情報源によっていた。さて『ディスカバー』の続きである。
マサチューセッツ州サウスボーロにあるニューイングランド霊長類センターで、実験用アカゲザルが、エイズに似た奇妙な病気で檻の中で死に始め、死んだサルから、ある種のサルウィルスが発見された。どのようにしてこのウィルスがサルの群に入り込んだのかは不明だったが、檻の中での感染経路についてはこう推測したサルはグループで檻に入れられると、ホモセクシュアルおよび異性間での性関係を持ち、さらに尿のかけ合いなどを頻繁に行なう(サルを一匹ずつ別の檻に入れると発病率が下がった)。
八五年十一月二十一日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』の「新しいサルウィルス、エイズと関連か」より。
――他のサルからも関連したウィルスが発見されている。そのひとつがSTLV-3と呼ばれるウィルスで、軽いエイズに似た症状をおこすことで知られている。今回、このSTLV-3の新しい変種が七匹のミドリザルから分離された。ハーバードのP・J・カンキおよびマックス・エセックス、タフト大学医学部のJ・アロイらは、ミドリザルが、経ロポリオワクチンをはじめとする各種のヒト用ワクチン、薬品生化学研究、病気の診断などに広く使われていることから、今回の発見について懸念を隠さない。
フランスの『アクション・ゾーブイル』に載ったグスタフ・マシュー博士の記事より。
一九六九年にカリフォルニア州デイヴィス霊長類センターで遺伝実験に使われていたサルの四〇パーセントがエイズに似た病気で死ぬまでは、何ごともおこらなかったのだということを思い出していただきたい。ではこれらのサルに行なわれていた遺伝実験とは何だったのか――レトロウィルス操作と言われる実験だったのである。この操作で「ニューモシスティス・カリニ」と呼ばれるウィルスが作り出され、エイズが誕生したのである。このウィルスは何も知らない研究所の従業員によって外部に持ち出され、世界中に広がった。
実験に使われていたサルの一部が故郷アフリカに戻された可能性もあるが、その点については我々には分からない(あるいはウイルスに感染したアメリカ人が無意識のうちにアフリカに病気を持ち込んだのかもしれない)。いずれにせよ、アフリカのザイールで、エイズが数例発見されたのが七一年より前でないのは確かである。そしてロサンジェルスでエイズパニックがおこったのが八一年だった。
この結論はごく簡単である。エイズが実験室内で作り出された病気だということである。もし動物実験というものが存在していなければ、エイズという人間の発明もあり得なかっただろう。
似而非科学がレトロウィルス実験「材料」にアフリカ産のサルを使わなければ、「ニューモシスティス・カリニ」は誕生せず、人間はエイズに苦しめられることがなかっただろう。
エイズも動物実験室の産物であるという上記のような告発は、今のところまだ発表されたばかりだが、近い将来、動物実験ロビーやその関連勢力の猛反撃に会ってたたき潰される運命にあるのは目に見えている。しかし、サリドマイド、DES、スモン、ベンデクティン、オラフレックスなど、似而非健康機関によって生み出されたすべての薬害の場合を思い出していただきたい。当初はその告発に対し、動物実験側から激しい反駁が行なわれたが、やがて告発側の正しさを認めざるを得なくなったのではなかったか。しかも、その間にも、動物実験側は、世間の目を他の問題の方に向けさせようとしたり、今にも実現しそうな「突破口」の甘い夢を見させようとしたり、必死のあがきを続けていたのである。
●オキシキノール 追補
八四年四月三日付『ガーディアン』「製薬会社、示談に応ず」よりERスクイブ社に対しおこされていたハルキノール薬害の損害賠償請求が示談により解決した。
示談の内容をいっさい公表しないというのが条件である――ハルキノール(同社商品名はクイザリン〉はクリオキノール同様、ハロゲン化ヒドロキシキノリンの一種である――これらは腸で吸収され、神経系に著しいダメージを与え、麻痺や失明などをおこす。時には死に至ることもある…。
本書の「オキシキノール」の項で、スイス・チバ・ガイギー社がオキシキノール/クリオキノール製品(メクザフォルム、エンテロ=ヴイオフォルムなど)の有罪を認めようとせず、消費者に責任をなすりつけ、この売れ筋商品をあくまで市場に出し続けようとしたことはすでに述べた。しかしオキシキノールの有罪を立証する証拠が次々と明らかになるにつれ、この強力な多国籍企業も前言を翻さざるを得なくなった。
そこでチバ・ガイギーは五年以内にオキシキノール製品を回収すると発表した。しかしオキシキノール被害者やその遺族のおこす裁判の件数は膨らむ一方で、会社側は回収時期を早めざるを得なくなった。が、辛くも在庫品をすべて売りさばくだけの猶予は残した。
スイスの新聞『ベルネル・ツァイトゥング』(八四年十一月二十七日付)より。
総合化学会社チバガイギー(本社バーゼル)は、全世界でのメクザフォルムおよびエンテローーヴイオフォルムの販売を来年三月で中止する意向である。
増加する奇形児 追補
動物実験推進派の人々は、あらゆる反証を無視して、サリドマイド悲劇は、さらに徹底した動物実験を行なっていれば防ぎ得たと繰り返す。これは逆である(「増加する奇形児」の項参照)現在もなお、新薬が胎児に及ぼす影響を予知しようとして行なわれる動物実験の量は増加する一方である。それと併行して、奇形児の出生数も増加している。八三年七月十八日付、『ニューヨーク・タイムズ』の「新生児の心身障害は二五年で倍増」より。
アメリカでの新生児誕生形態の分析を行なっている医師と統計学者の結論によれば、何らかの肉体的障害あるいは精神的障害を持って生まれる赤ちゃんの数は、ここ二五年で倍増しているという。カリフォルニア大学調査グループの試算では、今年中に生まれる赤ちゃんのうち約一四万人が身体的欠陥、知恵遅れ、発達異常などの問題を持つだろうという。一九五〇年代後半にはこれが年間約七万人だった。
何か御質問は?
●ロアキュテン
ロンドンの『デイリー・メイル』(八四年九月二十九日付)第一面の「アメリカで奇形児誕生、この薬には催奇形性あり要注意」より。記者はジョン・イルマン。妊娠中に強力な痙瘡用薬剤を使用した女性が次々と重度の異常児を出産している……。
ロアキュテンという名のこの薬剤は、アメリカでは一九八二年に、イギリスでは昨年発売されたが、それ以来、悲劇が急増している。
アメリカでは二〇〇人以上の女性が、スイスの大手製薬会社ロシュ社製のこの薬を服用中に妊娠し、これまでに生まれた五三人の赤ちゃんのうち二四人に重度の奇形が見つかった。このうち半数は「中枢神経、耳、心臓奇形の三徴候」と言われる異常が原因で死亡したと伝えられている。
イギリスでは、この異常児出産のリスクを知って二人の女性が人工中絶を選んだ。
この件に対する製薬会社の言いわけ 妊娠中の女性への危険性は承知していたはずだ。
合法的大量殺人 追補
一九七八年に(イタリア語版ではさらにその二年前)拙著『罪なきものの虐殺』で安全な鎮痛剤とされるパラセタモールの危険性についての警告を行なった(日本語版三〇頁参照)。イギリスで一九七一年に、パラセタモールが原因で一五〇〇人もが入院した事実があったためである。しかし私の警告など何の効果もなかったらしい。これはすなわち、現代医学が知識に基づく科学ではなく、信仰に基づく宗教であるという見解の証明でもあろう。とにかく、七八年以降も、パラセタモールのせいで病院へあるいは墓場へと辿り着く人の数が増えこそすれ減ることがないのである。八五年七月五日付、ロンドンの『デイリー・エクスプレス』に一五年前、医師ら販売禁止を要求」という記事が出た。
一九七八年に、国立腎臓研究基金はパラセタモールの危険を警告した――このようにすでにパラセタモールが腎臓および肝臓に危険であることが知られていたにもかかわらず、七〇年代、保健教育委員会はパラセタモールを二日酔いの薬として勧めていた。
二日酔いへの適切な助言とは、さらに肝臓や腎臓を傷めつける毒薬を勧めることなどではなく、飲むアルコールの量を控えよ、に尽きるだろう。
ただしこの助言は製薬会社にとっても、そして酒造会社にとっても、都合のいいものではない。
ここにも政府が、金儲けにならない国民の健康には関心を示さず、儲けになる特定の企業に媚びへつらう、という実態が見えてくるではないか。
●ダルコンシールド
八五年九月二日号『タイム』の経済セクションに「ロビンズ社、会社更生法申請」という二ページにわたる記事が出た。以下はその要約である。一一九年の伝統を誇り、昨年度は六億三二〇〇万ドルの売り上げを記録したリッチモンドの製薬会社A.H.ロビンズ社が、目下倒産の危機に瀕している。
原因はたった三ドルのダルコンシールドと呼ばれる子宮内避妊具である。このダルコンシールドが各種の病気の原因であり、少なくとも二〇人の女性の死の原因だと告発する一万二〇〇〇件を上回る訴訟が同社に殺到するに及んで、ついに先週、倒産法「一一条による保護を申請した。
このダルコンシールド裁判は、アメリカの製薬会社の損害賠償裁判史上最悪のものになる可能性が大きい。
七四年、ダルコンシールドが四件の死亡例に関連しているとの証拠を受けとったロビンズ社は、製品の販売を中止した。
しかしそれ以来同社を相手どっての損害賠償訴訟は着実に増加し、現在までに決着のついたものが九二三〇件、賠償総額三億七八〇〇万ドルに上り、その他に法廷費用が一億七〇〇万ドル、さらに目下五〇〇〇件あまりが係争中、その上、毎月三七一件の割で新しい訴訟がおこされているという。
昨年、ロビンズ社はミネアポリスの地方裁判所で潰滅的打撃を受けた。マイルズ・ロード判事が同社を「極悪非道」「最悪の無責任集団」と非難を浴びせ、同社の書類の捜査命令を出したのだった。リッチモンドの本社の書類を綿密に調査した捜査官は、ロビンズ社がダルコンシールドの危険性を知っていながら、それをひた隠しにしていたと発表した。さらに悪いことに、かつてロビンズ社の弁護士をつとめていたロジャー・タトルが、ボスの命令に従ってダルコンシールド関係の内部書類を破棄したと証言した。もちろん会社側は言下にタトルの証言を否定した。
しかしこのタトル証言は、これまでのロビンズ社最悪の敗訴を陪審員から引き出すのに役立った。ダルコンシールド使用後、子宮摘出手術を受けなくてはならなくなったウィチタ在住の女性がこの五月、九二〇万ドルの賠償を獲得したのである。
ロビンズ社の悲劇は、今日、裁判所に疫病のごとく蔓延している損害賠償訴訟の最大の例ではあるにせよ、ほんの一例にすぎない。その他の例も少し挙げてみよう。ベトナム戦争で使われた枯葉剤工ージェント・オレンジのメーカーであるダウケミカル社をはじめとする数社が、昨年、エージェント・オレンジを浴びたために癌その他の病気にかかったと訴えたベトナム戦争退役軍人たちに計一億八〇〇〇万ドルを支払うことに同意した。
ダウケミカルの子会社メレル・ダウは昨年、ベンデクテイン被害者救済のための一億二〇〇〇万ドルの基金の設立に同意した。ベンデクティンは妊婦につわりの薬として処方されていたが、出産障害をおこすことが明らかになっていたものである。
しかし、原告の一部がこの調停を受け入れなかったために、裁判は再び法廷に戻されている。
エリ・リリー社も独自の法律問題に直面している。リリー社製の関節炎の薬オラフレックス(一般名ベノサプロフェン)が、アメリカ国内での販売許可がおりる前、外国では死亡例や発病例をおこしていたという情報を連邦政府係官に伝えていなかったとして、自らの刑事責任を認めたのである。さらにオラフレックスの肝臓と腎臓への副作用を消費者に警告する義務を怠っていたともされている。
オラフレックスは八〇年、オプレンという商品名でイギリスをはじめとする九カ国で発売され、トラブルもその時から始まった。アメリカでは、八二年四月、食品医薬品局が認可した。
連邦捜査官によれば、オラフレックスが原因の死者は全世界で一〇〇人を上回るといい、このうちアメリカでは八二年四月の発売から在庫が回収された八月までの間に、少なくとも二六人の犠牲者が出ているという。
八二年八月、オラフレックスが世界市場から撤収されたわずか数日後、巧妙にも「コキシゴン」と名前を変えてオラフレックスを販売していたエリ・リリーの西ドイツの子会社が、犠牲者たちの遺族から告訴された。ラベルこそ違え、その副作用、致死がまったく同じだったのは言うまでもない。
●急増する損害賠償訴訟
近年、司祭たる医師の無謬性が揺らぎはじめ、医療事故の損害賠償裁判で原告側が勝訴するケースが急増している。八五年九月十六日号の『タイム』には医師の保険掛け金が高騰しているとの記事が見える。全米の産科医の一八パーセントが今年度中に、その専門を別の科に変更するものと思われる。
というのも、医療過誤保険の掛け金が今や年間七万二〇〇〇ドルにもなっているからである……。
損害保険会社によれば、昨年度の赤字は三八億ドルに上っており、これを乗り切るには、掛け金を引き上げざるを得ないのが実情だという。
医学会の犯罪を可能ならしめているもの、それは動物実験こそが医学研究の正統な手法であるとの思い込み、そしてそれが全世界にはびこる医学詐欺の元凶であるという事実を受け容れようとしない頑固さである。ここでマスコミや司法がいかに熱心に医学界にその罪状を認めさせようとしても、石油化学業界の強力な後だてをたのむ被告人は、決して有罪を認めようとしないのである。
このような事態の発端はサリドマイド禍だった。ノーベル賞受賞者のポリス・チェイン博士ら世界的権威が法廷で宣誓して、いかなる動物実験も安全性を完全に保証できるものではなく、現時点ではすべての必要なテストは良心的に行なわれている旨の証言を行なった。そこで、ドイツの裁判所が製薬業者の刑事責任追及を保留したのである。以後、製薬会社は常にこれを絶好の言い逃れとして使い、「医学専門家」の意見に従うほかない裁判所もまたこれを無条件に受け容れてきたのである。それにしても、人間の吸収消化力のすごさ!
自らの過ちにかくも辛抱強く耐えられるのだ。
オラフレックスの場合も、サリドマイドの時と同じ言い逃れが繰り返された。イギリスの雑誌『エコノミスト』の八三年二月十二日号を見ると、イギリスではオプレンという商品名で販売されていたオラフレックスのメーカーが、またいつもの決まり文句を繰り返しているのが分かる。
労働党国会議員ジャック・アシュレイ氏はエリ・リリー社が、オプレンの犠牲者たちの家族に賠償金の支払いを拒否していることに抗議している。一方エリ・リリー社は、必要なテストはすべてクリアしており過失責任はないと主張している(傍点著者)。
ここでメーカー側が言い逃れとして使っている「必要なテスト」には、何千という動物を使っての例の悪名高きLD-50テストも含まれている。しかもこのLD-50テストは、実験者自身、刑事責任から逃れるためとあらば「間違った答に導く可能性のあるテスト」だと定義する怪しげなテストなのである。
もちろんこれまでに言及した例は氷山の一角にすぎない。しかし水面下にあるものを見ることのできる人々にとっては、中世以来ずっと「いわしの頭」だか何だかを神と崇め、その犠牲になるという生き方に甘んじてきた人間の愚かさが見えたはずである。中世においては、教会が人民の健康も進歩も啓蒙もすべてを管理していた。
今は、もう少し例を挙げておこう。イギリスの『エコノミスト』八三年三月十九日号より。
先週『薬品・治療報』が発表したところによれば、アメリカのエリ・リリー社製の鎮痛剤、発売されて二〇年になるディスタルジェシックが、八〇年度の事故死者・自殺者のうちの二六九人の死因であった可能性があるという……。
大製薬会社の防衛部門の仕事と言えば、薬害告発への対応と自社の経営者を無罪にする工作とに集約される。この手の仕事に明け暮れるチバ・ガイギーのスポークスマン氏が、何か悪いことをして恥じ入ったなどということがあったとすれば、それは子供の頃、クッキーのつまみ食いの現場を母親に見とがめられたのが最後だろう。大人になってからのこの少年は、恥ずかしいなどという感情はすっかり忘れてしまったらしい。
八二年、チバ・ガイギーがエジプトで、動物実験では発癌性が認められていた殺虫剤を子供たちにふりかけたという事実が明るみに出たことがある。チバ・ガイギーはこの事実を否定しなかった。
むしろ、落ち着きはらって、この情報を裏づける証拠は盗難にあったものだと指摘した。つまり大悪事を働いている大物が、自分の方こそコソ泥の被害者だと開き直ったのである――(八二年十一月十一日門セント・ガラー・タグブレット』)。
八三年五月五日付『ニューヨーク・ポスト』の「ジョンソン&ジョンソンの新しい恐怖、鎮痛剤で五人死亡」(シラキューズ発)より。
ゾマックスという鎮痛剤のアレルギー反応で五人が死亡しているが、メーカーにも食品医薬品局にも詳しい調査が終わるまではこの薬を市場から回収する計画はない、と当局は昨日語った。
当然の結果だが、この「詳しい調査」は、医学の司祭の人格と能力を信じて疑わない素朴な消費者たちを巻き添えにした。かなりの人が死んだり重度の障害者になってようやく、ゾマックスが、例の「動物実験には合格したが、後に保健当局が認可取り消しをせざるを得なくなった薬」のリストに加えられたのである。
健康を損う薬品の筆頭にくるのが関節炎とリューマチの薬-実は単なる鎮痛剤にすぎないのだが――だとすれば、ワースト2にランクされるのは感冒薬だろう。感冒薬は、政府機関やアルバート・セービンのごとき医学界の権威さえもが繰り返しその無効性を明言しているにもかかわらず、膨大な量が消費され続けている。
『デイリー・テレグラフ』の医事通信員デイヴィッド・フレッチャーは八三年六月、次のように書いている。
感冒や咳に伴う鼻づまりに広く用いられている薬には、血圧を上昇させるなどの激しい副作用のあるものがある、と昨日、ある病院薬剤師が語った。
この薬剤師によれば、フェニルプロパノラミンを含む調合薬、それに一般的な薬としてはビーチャム社のカタール・カプセル、コンタック400、ミュークロン錠剤などがこれに当たるという。この他に薬局で買える薬でフェニルプロパノラミンを含むものにはデイ・ナース、ホット.メジャー、オウブリッジ社のコールド・コントロール、プロコール、セクロン、サイン・オフ、小児用ミュークロン液などがある。
同じ『デイリー・テレグラフ』より。
グラスゴー病院集中治療室での死亡率の急激な上昇を懸念した政府医療安全委員会は、重症患者に対するヒプノミデイトの使用に対し警告を発した――医師たちは、ヒプノミデイトにより死亡した患者の数を明らかにすることを拒んでいる。
八三年一月二十四日付『ニューヨーク・ポスト』ワシントンDC発の記事より。
昨日、マリオ・ビアッギ下院議員は、心臓病用の「恐怖の薬」の全面的調査を要求した。この薬は、ニューヨーク市での八五二人の心臓病患者の死因となった可能性が報告されているものである。
ブロンクス選出の民主党下院議員ビアッギ氏が、昨夜、本紙に語ったところによれば、エピネフリンというこの心臓薬は、すでに八カ月も前に八五二人の患者の死に関連があるという事実が明らかにされていたにもかかわらず、いまだに市販されているという。
また、ニューヨーク医科大学循環器研究所のジョン・フェルドシュー博士の報告では、この八五二人のうちシカゴのアボット社製のエピネフリンの注射を受けた患者には生存者は一人もいないという――ビアッギ議員は、このような薬が、いまだに回収されていないのは戦慄すべき事実だと語った。
鎮痛剤というものは、自分の不注意や不摂生が原因でおこる体の不調(しかもそれは大抵は一時的なものなのだが)から手軽に逃れたいという大衆の要求にはうまく迎合するが、その結果がどうなるかについては責任を負わない。その鎮痛剤の類が、健康を恒久的に損い、死さえ招く最大の元凶となっているのである。八四年八月四日付のモントリオール発CP電である。
新種の強力な処方鎮痛剤による合併症で、カナダ国内で今年に入って少なくとも一〇人が死亡したと伝えられるが、保健当局は、これは氷山の一角にすぎないとして警告を発している。問題になっているのはNSAID(非ステロイド系抗炎症剤)と呼ばれるグループの約四〇種の薬品で、関節炎その他の疾患の鎮痛剤として広く処方されているものである。
オンタリオ医師会医薬品委員会のマイケル・ブレナン博士は、「おそらく、これはカナダではエイズ以上に大きな問題になるだろう」と語っている。カナダ医師会誌の最新号によれば、NSAIDの使用量は、「信じ難いほどの増加率」を示しているという。
八三年十一月、スウェーデンの日刊紙『ダーゲンズ・ニハイター』は、オーレ・ハンソン教授がスイス・チバ・ガイギー社の従業員の一人から受け取ったという秘密情報を報道した。それによれば、チバ・ガイギーの二種の抗関節炎剤ブタゾリデインとタンデリルが、少なく見積もっても一一八二人の死者を出しているという(別の情報源によれば、犠牲者は一万人を越えるともいう)。
これに対し、十一月十七日、スイスの週刊誌『ソンタグ-ブリック』で、チバ・ガイギー社のスポークスマン、ルネ・ポルシェは「この報道にはまったく根拠がない」と語り、これら二種の薬を回収すべきであるというハンソン教授の主張を「問題外」と一笑に付した。
ところが、この論争から二年も経たないうちに、チバ・ガイギーはタンデリルを市場から回収し、もう一方のブタゾリディンの方には慎重な使用を勧告したのである。八五年四月四日付『ガーディアン』より。
多国籍製薬企業チバ・ガイギーは昨日、消費者と医師たちからの圧力に屈して、同社製の抗関節炎剤タンデリルを世界市場から回収すると発表した。またタンデリルと関連をもつブタゾリディンに関しては、その使用に厳しい規制を課すという――この二種の薬剤の昨年度の売り上げ総額は、およそ五八〇〇万ポンドにも上った。
製品を市場から回収し、犠牲者には賠償金を払い、政府には罰金を払い、それでもなお、チバ・ガイギーという企業の利益は増加し続けているのである。ちなみに昨年度は五三パーセント増と報告されている。これは第三世界を含む外国での販売が大きく貢献している。それにしてもこれではまるで、法廷に引き出されることでかえって得をしているかのようにさえ見えるではないか。
八四年五月十六日付『ガーディアン』の「危険な薬、市場から回収」より。
昨日、ケネス・クラーク保健相は、二種の鎮痛剤をただちに市場から回収すると発表した。この二種、タンデリルとタンダコートは、イギリス国内で四〇〇人の死者を出しており、政府の薬品部門の番犬とも言えるCSM(薬品安全委員会)は、一〇週間も前にその販売禁止を勧告していた。CSMによれば、オキシフェンブタゾン系のこれらの薬品は、すでにこの三月一般の使用が禁止されたフェニルブタゾン系鎮痛剤に比べて、二倍も危険度が高いという。
この二種はこれまで二〇年間にわたり市場に出回っていたが、この間、これらの薬が何らかの形で関連している死亡例が一五〇〇あると考えられている。フェニルブタゾンから派生して作られるオキシフェンブタゾン系鎮痛剤の禁止が遅れたのは、メーカーであるチバ・ガイギーが医薬品法を盾に控訴権を行使していたためである。
八四年六月十三日付『ニューヨーク・タイムズ』より。
一九七九年五月に発売され、翌年一月回収されたスミス・クライン社のセラクリンの販売に関し同社の幹部四人が告発された――スミス・クライン社によれば、当時同社はアメリカ国内およびフランスで、セラクリンが原因と思われる死亡例五を含む五一〇例の肝臓障害の報告を受けていたという。
八五年一月四日付『ガーディアン』より。
真菌症の治療薬として広く使われているニゾラールで、苦しんでいる、と昨日、薬品安全委員会が発表した。
五人が死亡し七七人が激しい副作用に
八五年、西ドイツ保健省は、報道機関を通じて次のような警告を発した。
これまで、外国旅行をする人の多くが、ホフマン・ラロシュ社製のマラリア薬ファンシダールを服用してきたが、これには死に至る場合もある激しい皮膚病をおこす可能性のあることが判明した。世界中でファンシダールによりかなりの数の死亡者が出ているものと推定される(『ノイエ・プレセ』八五年三月二十三・二十四日)。
八五年七月十六日付『ガーデイアン』のアンドリュー・ヴェイチによる「薬が原因の脳障害、二五〇〇万人に」より。
ブライトンで開かれている世界精神衛生学会において、病院や刑務所で精神病患者の鎮静用に使われているラーガクティルなどの強力な精神安定剤は、今後禁止されるべきであるとの報告が、昨日あった。
チェスターフィールドのウォルトン病院の臨床心理学者デイヴィッド・ヒル博士は、これらの精神安定剤によって二五〇〇万人以上が回復不可能な脳障害に侵されたと語った……。
精神科医の多くが、精神安定剤が晩発性運動障害(DT)を引きおこすという事実を認めている。DT患者は筋肉のコントロールができなくなる――内輪に見積もっても、DT患者は三八〇〇万人、そして二五〇〇万人は永久に舌の筋肉、また、往々にして全身の筋肉をコントロールできないという状態に陥った……。
同じくヴェイチ記者による八五年八月二日付、『ガーディアン』の「生長ホルモン剤の危険性を医師が警告」より。
子供時代生長ホルモン剤による治療を受けた五〇〇人の患者が、脳細胞を襲う遅効性致死ウィルスの危険に晒されていることが昨日、明らかにされた。
一三年前、成長ホルモン治療を受けたサザンプトン在住の二三歳の女性がイギリスにおける犠牲者第一号あると、今日、報告された。アメリカではすでに三人が死亡したため、去る五月、保健省および食品医薬品局によって、生長ホルモンの使用が禁止された。
このウィルスは脳細胞の中で非常にゆっくり広がるため、七〇年代に感染したものがようやく最近になってその結果が表われ始めたものである。イギリスでこの感染症の危険に晒されているのは、七四年頃までに生成ホルモン治療を受けた五〇〇人である。それらの人々は現在二〇歳台になっているが、まったく治療の方法がないこともあり、ほとんどの人は発病の可能性を知らされていない……。
このホルモンは死体の下垂体から抽出される……。
八五年一二月一六日付『ガーディアン』の「CSMの警告をメーカーは無視」より。
医師たちからの報告を受けた薬品安全委員会(CSM)は、メリタルという薬剤に対し警告を行なった。ところが、メリタルのメーカーであるホークスト社がこの警告を取り合わなかったとして、ニューズレター『薬剤と治療』は、今日、同社を非難している。
『薬剤と治療』に載ったCSMの最新の報告によれば、血液疾患で死亡したある患者の死因にメリタルが関係している疑いがもたれているという。さらに、メリタルの他の副作用として、急性腎不全、貧血、肺炎などが挙げられている。これらの副作用は予想も予防も不可能であり、患者がメリタル服用をしばらく休んだ後、再開したような場合、たった一錠でも激しい副作用を誘発することがあると医師たちは警告している。
時は移っても、製薬会社の営利優先主義は変わらない。安全性は動物実験で証明済みーを盾に、相も変わらず公然と殺人、傷害の罪を犯し続けている。八五年十二月二十三日付『ガーディアン』をごらんいただきたい。
フェルデンがイギリスで発売されて五年になるが、CSMの調査によって、この間に七七人がフェルデン服用後に死亡し、二〇〇〇人以上が激しい副作用に苦しんだことが確認された。七七人の死因のほとんどは、消化器の穿孔と出血だった。
しかし、フェルデンのメーカーであるアメリカのファイザー社は、この薬は各種のテストに対し非常に耐性が高かったと主張し、医師の報告書は、必ずしも患者の死因がフェルデンであるとは言っていない、と指摘している。
製薬会社だけではなく医師たちも、自分の処方した薬が患者の死の原因だなどとはあまり言いたがらないものである。それをすると、保険の掛け金を高騰させている医療過誤訴訟の増加に拍車をかけることになりかねない。上記のファイザー社の言い分は、この医師サイドの優柔不断さを意識してのことである。
最後にもうひとつ、八五年十二月二十八日付『ガーディアン』の「スイス、薬品テストのデータを改ざん」である。
スイスの総合化学会社チバ・ガイギーは、昨日、同社が日本の厚生当局に提出したデータを改ざんしていたことを認めた。
今回のにせデータは、日本の厚生省への密告により発覚した。同社の四六種の抗生物質やその他の薬品の安全テストのデータだったが、これまでの、さまざまな製薬会社のデータ改ざんの中でも最大幅の不正だと言われている。日本政府はチバ・ガイギーに対し、一月六日から二〇日間、国内の二工場の閉鎖と、日本への輸出、販売の停止を命じた。
子供たちの健康の質の低下
エレン.ヘイルという記者のリポートによれば、ここ数年、「慢性呼吸器疾患に対する効果的な薬剤および治療法の開発が行なわれたにもかかわらず、喘息による死者の数は顕著な増加を示している」という。この「にもかかわらず」の部分は「がゆえに」に置き換えた方が良さそうである。いずれにせよ、ヘイルが記事中で引用した『アレルギー年報』の中で、ワシントンDCの国立医療センター小児病院アレルギー部長が、八〇年には喘息で死んだ子供の数は過去最高だった、と述べている。
また喘息による入院率も六一年から八一年の間に三倍から一八倍、死者数は七八年一一八七人,七九年二五九八人、八〇年二八九一人と増加の一途を辿っている。
八五年発行の『アメリカ小児疾病』という雑誌中の「小児喘息による不慮の死」の項を見ると、一三の死亡例が挙げられている。その一三例の死因のうち大きな割合を占めるのが、投与された薬剤であると示唆されている。アメリカでは、一七歳以下の子供の一〇パーセントが一回以上の喘息発作をおこしたことがあるという数字を考えると、この示唆の重大さが見えてくる。
死亡した一三人の子供のうち、数人はイソプルタノールによる治療を受けていた。また、九人はステロイド依存で、プレドニゾンあるいはベクロメタゾンを使用していた。一二人はテオフィリンを使用していた。検死が行なわれた九人のうち八人は、副腎ホルモンの投与を受けており、そのうち三人は副腎皮質に損傷を受けていた。専門家の指摘によれば、エアゾール剤使用の増加と喘息による死者の増加の相関関係は、最近言われ出したことではなく、七二年の医学雑誌ですでに報告されていたという(『罪なきものの虐殺』日本語版三〇頁参照)。
八三年十二月二十日付『レスブリッヒ・ヘラルド』に載ったブリティッシュコロンビア発のCP電「薬による脳障害の徴候」より。
チリワック在住の男性が、幼い娘がメタドン汚染の薬を飲んだ後、脳障害の徴候を示し始めたと語った。
月曜日、ガレット・ウォーリィ氏は、生後一五カ月の娘シャノンの行動に異常が認められるとして家庭医が懸念を示している、と語った。
チリワックのショッパーズ・ドラッグ・マートが販売したメタドン汚染の薬による薬害が五例確認されているが、被害者のうち四人までが子供でシャノンもその一人である。
事故のおこった一〇月以来の沈黙を破ってウォーリィ氏が語ったところによれば、薬を飲んだシャノンの息を吹きかえさせるのに医師たちは三時間かかったという――マディル博士は、その時シャノンは、外科手術に必要とされるよりも深い麻酔状態にあったと話す。現在のシャノンは自分の顔をピシャピシャ叩いたり、よく転んだり、さらに何か混乱しているように見受けられるという。「原因は心理的なもの、あるいは脳障害によるものだと考えられます」と博士は語っている。
本当に必要な薬の数は?
一九八〇年、ジュネーブに本部を置く世界保健機構(WHO)は、第三世界にとって「必要不可欠」すなわち十分な薬品として二四〇種をリストアップした。第三世界の医療とは、つまり西欧諸国からの援助が前提となっているわけで、この二四〇種は西欧諸国民にとっても必要十分なものだと言えよう。では、いったいなぜ、世界中で二〇万五〇〇〇種もの薬が製造されてきたのだろうか。しかもそのうちの多くは市場から回収されて久しいのである。なぜ、現在西ドイツでは六万種もの薬の販売が許可奨励されているのだろうか。なぜ、スイスでは一万五〇〇種もの、それもほとんどすべてが自国製の薬が販売されているのだろうか。
八一年十月十四日、スイスの週刊誌『ウェルトウォッシュ』が報じたところでは、国連工業開発機構(UNIDO)とWHOが協力して、第三世界にどうしても必要だと思われる薬を二六種に絞ったリストを作ったという。これはすなわち、あとの二〇万種もの薬は必要ではないということを意味することになる論理的に言えばの話である。この世界では論理は通用しないのである。
さて、この「二六」という数は、自身医学博士でありながら製薬工業とのつながりを持たなかった、かつてのチリ大統領アジェンデが、治療効果の確認できる薬とした「二六」と奇しくもぴったり一致するのである。ただし今回の二六の方がさらによくなっている。UNIDOはこの必須二六に優先順位をつけ、最重要な九種を選んだからである。
では、必須中の必須とされた九種の中でも第一位にランクされた薬とは何だったのか?それは、アセチルサリチル酸、すなわち古き良きアスピリンのことである。
これは一〇〇年以上も前に発見され、他のほとんどの薬より害が少ないということが実証されてきた。おそらくは、今日使われている薬の中で動物実験によらずに開発された数少ない薬のひとつだからなのだろう。
人によってはこの必須九種でさえも多すぎると考えているほどである。とにかく、もう今以上に新薬は必要ではない。
ことにこれ以上新しい病気を作り出したくなければなおさらである。この点を、今でも、どのようにして新薬を開発しようかと無神経な研究を続けている人種にはよく言って聞かせるべきだろう。メンデルソン博士やホームズ博士が指摘しているように(「明日の正統派」の項参照)人類は、できるだけ少ない薬、あるいはいっそのこと、まったく薬なしの方が、ずっと健康に生きられるのである。
新しい薬を開発したいと考え続け、しかも動物実験による方法しか頭にない人々は、一度、インド、中国、ペルシャなどの偉大な医学を勉強してみるといい。何千年も昔に、これらの国の医学は、動物実験などまったく行なわずにさまざまな薬を開発した。動物でテストしたものでないがゆえに、彼らの薬は千年も経った今でも通用するのである。西欧の製薬工業は、実験室内で彼らの薬のコピーを作ろうと必死になってきた。
しかし自然をベースとするオリジナルの持つ素晴らしさには、近づくことすらできないのである。
糖尿病倍増
抗生物質のはなはだしい濫用は、人間を弱め、バクテリアの抵抗力を強め、世界的な公衆衛生上の問題を生じさせた(『罪なきものの虐殺』巻頭の言葉参照)。同様にインシュリンの濫用は糖尿病を倍増させたのである。一九二〇年代には、糖尿病は比較的珍しい病気だった。しかしバンティング、ベスト、コリップのお陰でインシュリンの大量生産が可能になって以来、もっとも一般的でしかも着実に増加する疾病になったのである。
どうして、こんなにも糖尿病が増えたのか。解説は簡単である。今日新生児は誕生前後に種々の臨床検査を受ける。そこではしばしば無意味な生物学的不均衡がみつかる。そのような結果の出る理由はいくつか考えられるだろう。
(1)検査の間違い1臨床検査の誤りの多さはつとに有名である、
(2)器官の生物学的機能不全多くの場合、妊娠中母胎に与えられた薬の影響である、
(3)出産時外傷、
(4)放っておけば自然の矯正力によって治る程度の軽い先天的疾患、などである。
ところがこの出生時の検査でたまたま膵臓で作られるインシュリンが実際にであれ見かけ上であれ、不足しているということが判明すると、現代医学はお節介にもただちに動物インシュリンを新生児に投与する。
そして、まだ十分に働き出していなかった膵臓の仕事を最初から取り上げてしまう。その結果、本来ならば徐々にその自然の機能を活性化させてゆくはずだった膵臓は、のんびりと休むことを覚える。体に必要なインシュリン供給という大仕事は、別の人が肩がわりしてくれるのである。
やがて仕事のない膵臓腺はまったく機能しなくなるまでに萎縮してしまう。こうして最初は多少働きが不十分だったという程度の状態が、慢性疾病となり、生涯ハンディキャップを負う病人、司祭たる医者への従属人間ができる。これも、インシュリンの大量生産のお陰である。
糖尿病がしばしば家族全員に発病するところから、遺伝性疾患であると考えられがちだが、これは誤解である。成人の糖尿病は食習慣に起因するものが多く、子供は幼いころから親の悪い食習慣を学ぶのである。タバコ中毒者の多くは、その親もタバコ中毒である。この親子が喫煙習慣によってともに肺癌にかかったとしても、それで肺癌が遺伝病であるとは言えない。糖尿病の場合も同様である。
八三年六月十三日の新聞発表「糖尿病倍増」より。
今週の『イギリス医学ジャーナル』に載ったリポートによれば、子供の糖尿病患者の数が一〇年ごとに倍増しているという。一九七〇年に生まれた子供一万人につき、およそ=二人が一〇歳になるまでに糖尿病を発病している。これが五八年では六人、四六年では一人だった。
糖尿病は薬過剰時代のひとつのあだ花である。けれどもこの花は、医者にはバラ色の一生を保障するかぐわしい花なのである――医者が生きている限り、あるいは患者が生きている限り咲き続ける。
貧しい国からの搾取 追補
本書の「貧しい国からの搾取」に、多少の情報を付け加えたい。『タイム』は八二年六月二十八日号に、このテーマの記事を掲載している。すでに「『マザー・ジョーンズ』から」の項で触れたミルトン・シルバーマンのリポートに基づいた記事で、本書の読者にとっては、目新しくもない話題だろう。以下要約である。フィリピンでは、強力な抗生物質であるクロロアムフェニコールがインフルエンザから痙瘡(アクネ)に至るまで、あらゆる感染症に処方されている。フィリピン人医師の使っている標準医薬品ガイドブックには、この恐ろしい抗生物質の副作用――致死の可能性のある貧血の警告がない。
ケニアでは、食欲不振、スタミナ不足、無気力といった軽微な訴えに対しステロイドホルモンが処方されている。ステロイドホルモンを長期間多量に使用すると、若い女性の場合、陰核が肥大し、一般の女性でもひげが生えたり頭がはげたりする。
インドネシアでは、露店でクリオキノール(商品名エンテロ・ビオフォルム)が売られている。
この下痢止めの薬には、激しい腹痛、脳障害、失明などの副作用のあることが分かったため、日本やアメリカでは一〇年も前に販売禁止になっている。
以上は、第三世界での医薬品の宣伝、販売、使用、濫用に関する最新の報告書の中で取り上げられている例のほんの一部である。
その報告書というのは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の薬理学者ミルトン・シルバーマン、彼の夫人で同じくUCSFの研究員ミア・ライデッカー、および前保健教育福祉省副長官のフィリップ・リー博士が、八年間にわたり行なった調査をまとめたものである。タイトルは「死への処方箋」ど多少メロドラマ風ではあるが、内容は鋭く国際的製薬企業の社会的責任感の欠如を突く、七ニページにおよぶ力作である。
シルバーマンらの報告によれば、製薬会社は「あくどい二重基準」を採用して、貧しい発展途上国に薬を押し売りしているという。たとえば、西欧諸国ではすでに禁止されたり厳しい制限つきで売られている薬クリオキノールや血液疾患をおこす鎮痛解熱剤のアミノピリンが、規制のない東南アジアの市場では、鳴り物入りで宣伝され投げ売りされているという。インドネシアでは、昨年、すべてのテレビコマーシャルが禁止になったが、それまでは、大々的なクリオキノールの宣伝が、テレビで流されていた。また、ナイジェリアや中央アメリカなどの貧しい国々では、ビタミン剤や「強壮剤」が栄養失調の治療薬だと宣伝されている。しかし、シルバーマンもインタビューで指摘しているように、これらの国々で必要なのはビタミン剤ではなく食料なのである。
シルバーマンはこの報告書以前にも、製薬会社批判の著書を三冊出しており、企業にとっては一刻も早く追い払いたいしつこい「五月蝿」だろう。世界第四位の売り上げを誇る大製薬会社、スイスのチバ・ガイギーもこのリポートの中では名指しで槍玉に上げられ、クリオキノールとアミノピリンのダンピングを指摘されている。
これは余談になるが、ブイリピンのチバ・ガイギーのセールスマンが、顧客をポルノ映画と売春婦で接待したことが明るみに出ている。
誤情報宣伝局 追補
七八年版『罪なきものの虐殺』の中で、私はひとつの主張を行なった。それは、六〇年代から七〇年代にかけて、製糖産業が医学界、保健当局と手を組み、砂糖の手ごわい競争相手として抬頭してきたサイクラミン塩酸(チクロ)とサッカリンをたたき潰そうと計画した。法律によって禁止してしまうのが早道だと考えて、にせ証拠をでっち上げるべく、砂糖業界は自らの雇った「医学専門家」の手によって、何十万という無垢の動物たちに強制的にサイクラミン塩酸やサッカリンを過食させ、死に至らしめたというものである(『罪なきものの虐殺』日本語版三五⊥二六頁参照)。
この主張は当時、根拠のない憶測であるかのように受け取られた。その正当性が確認されたのは数年後、八四年から八五年にかけてのことだった。
四月に当局はこれまで禁止されていた人工甘味料の解禁に向け大きく前進した。癌調査委員会が、サイクラミン塩酸が癌を発生させるというデータには、実験に用いられたどの種の動物についても、ほとんど信頼性がない、という報告書を提出したからである。この報告書は、サイクラミン塩酸禁止の発端となった最初の動物実験を否定するものであると言えよう(八四年八月一日付『ニューヨーク・タイムズ』)。
ラットに膀胱癌を発生させる可能性があるとして、FDAが禁止しようとしている人工甘味料のサッカリンは、人間にとっては安全らしい、とアメリカ医師会が発表した。ヒトをも含む多くの種類の動物で研究の結果、サッカリンには、いかなる種類の癌との因果関係も見出されなかったという(八五年八月十日付『ロサンジェルス・タイムズ』)。
資本主義社会では当然ながら、もっとも金持ちなすなわちもっとも有力な個人や組織は、より多く利潤の上がる企業により多く投資する。その利潤の上がる企業の大部分は石油化学工業に属している。そして、製薬会社というのは公的保健機関(これは納税者の納めたお金でまかなわれている組織なのだが)と手を結んで、石油化学業界の中でも、またもっとも利潤の高い分野になっているのである。
これでなぜ有力者らが製薬会社の科学的非生産性、不道徳さに決して異議を唱えないのかがお分かりになるだろう。次に引用するのは「薬品株所有のブッシュ副大統領、税法改定に反対」という、ワシントン発のジェフ・ゴースの『ニューヨーク・タイムズ』の記事である。
七七年から七九年にかけ、製薬会社エリ・リリー社の重役をつとめ、一四万五〇〇〇ドル相当以上の薬品株を所有したまま副大統領に就任したブッシュ氏は、この三月、製薬会社の税を大幅に引き上げることになる税法改正に反対して、財務省に介入を行なった。介入の撤回を表明する四月十四日付の手紙の中でブッシュ氏は、製薬業界との金銭的な利害関係を否定しており、エリ・リリーの株式一五〇〇株も七八年に売却済みだと述べている。
しかし、八一年の資産公開文書によれば、副大統領就任当時、まだエリ・リリーの株を所有しており、しかもそれが所有株式のうちもっとも高額だったことが分かる……。
さらに八一年のブッシュ氏の会計報告を調べてみると、所有する一二種の株式のうちには、プエルトリコの製薬コンツェルン、ブリストル・マイヤーズ社の株(時価五万ドル以上)も含まれていた……。
これは、ブッシュ氏の個人的司祭であるかかりつけの医者が、彼に医学実験室でなぶり殺される動物が増えれば増えるほど、薬品株は値が上がる、と信じ込ませるのに成功した結果かもしれない。
そして明らかに、レーガン――ブッシュコンビを大勝利に導いた一般国民の健康の方は無視されていた。
もちろん大統領職をはじめとする公職に、本もののクリーンさを期待している人など今どきほとんどいないだろう。しかし、動物福祉団体までもが、残酷な動物搾取によって利益を上げている企業に肩入れして、経済的安逸をむさぼっているという状態は、驚異としか言いようがない。
動物福祉団体の中でももっとも裕福な団体、マサチューセッツ動物虐待防止協会が良い例である。
この協会は、八四年度の総資産四四〇〇万ドル、会長のデイヴイッド・S・クラフリンは、一言も動物実験の汚なさ非生産性を宣伝することもなく、年俸七万七〇〇〇ドルを得ている。協会の動物虐待防止のための活動は、動物実験の手前で足踏みしてしまう。
一年に一度の資金集めの時期がやってくると、協会は大急ぎでイメージ・アップを図るー捨て犬の実験室での使用反対!実験に使っていいのは研究目的のために特別に繁殖させた動物だけ!
しかしこのキャンペーンによって、暗黙のうちに動物実験の必要性を認めていることになるのである。
一四万人のメンバーを擁するアメリカ最大の団体、アメリカ動物愛護協会(HSUS)も似たようなものである。「HSUSは反動物実験団体ではない。これまでそうであったこともなく、将来そうなる意向もない」と会長のジョン・ホイトが、メンバーの質問に答えて明言したことがある。
手元にある資料によれば、彼の年俸は一〇万ドルを少し上回る。
イギリスでは、名誉あるRSPCA(王立動物虐待防止協会)が、さかんに動物実験を行なっている製薬会社に多額の投資を行なっていたことが、八五年に暴露された。その際、協会は、その告発を否定しなかったばかりか、投資の方針を変更するつもりはまったくない、と言い切った。
八五年五月二十五日付『ガーディアン』のペニー・チョールトンの記事より。
王立動物虐待防止協会は、昨日、今後も利益率が高いグラクソ、IC1などの製薬会社への投資を継続すると発表した。
この件に関しては、このような形で新聞にも載り、公の記録として残っているにもかかわらず、RSPCAを代表する下院議員ジャネット・フークス女史は、ラジオ放送でこれを否定した。協会がメンバーに動物実験者を加えており、その上、グラクソ、ICIなどに多額の投資を行なっているのではないか、との質問を受けた女史は、「それは誹謗にすぎません」と答えた。
●握り潰し
化学・医学・動物実験コンビナートの権力構図の中では、情報の握り潰しは、誤情報の宣伝以上に重要な位置を占める。というのも、真実の情報の公開は、コンビナート的組織は詐欺の終焉を意味するからである。これはまた、「潜入的浸透」による切り崩しを受けた動物愛護団体や反動物実験団体にも同じことが言える。彼らは、動物実験をベースとする医学研究の非生産性を示すあらゆる証拠を実に巧妙に無視し、運動を「一部の」残酷で不道徳な実験への激しい、しかしまったく無益な抗議に限定してしまう。
反対者たちが本質を突いて来ないので、実験者たちは胸を張って、反対者のことを、人間よりも動物の方を気にかけるけしからぬ奴だと非難しての応戦が可能になる。彼らのお気に入りの科白は「動物愛護者というのは、本当は人間嫌いどもなんだ」である。
一方、彼ら研究者の方はどうかと言えば、本当は動物好きなのだが、まず第一に人間の健康と長寿を願っているために、本当に残酷なことではあるが、ほんの少しばかりの動物たち――それもほとんどはドブネズミ――を犠牲にして、目標を目指して逼進している、というわけである。
本書の「世論の買収」の項で私は、もって回った方法で動物実験を擁護した、『ニューヨーク・タイムズ』のバトリシャ・カーティスの記事を、NSMR(全国医学研究協会)の「指示」を受けて書かされたものであると述べた。その後、カーティス女史は、ニューヨークの弁護士を通して、筆者が上記の主張を取り消さなければ名誉棄損で告訴すると脅しをかけてきた。
確かに筆者はカーティス女史がNSMRの指示を受けていたということを「証明」できない。
しかし、彼女の記事を熟読してみると、たとえば彼女がNSMRの動物実験支持意見(「NSMRは実験の削減は公衆の安全と科学の進歩を危地に晒すものだと信じる」)を、そのまま引用している、というようなことが分かる。その上、読者に、NSMRという団体が、その名の示すような国民の健康を気づかう無欲な科学者集団などではなく、動物実験が削減されれば自分たちの利益が危うくなるということしか頭にない実験動物業者のロビーなのだ、という情報はまったく伝えていないことも分かる。後日、カーティス女史は筆者に、例の記事が検閲による修正をまったく受けなかったこと、また、彼女自身、動物実験の現場をよく知っていたことを認めた。彼女がこのような重要な情報を握り潰していたのは故意だったのである。
しかしながら、アメリカにおける潜入的浸透は、イギリスのそれに比べると、いかにも素人っぽい。イギリスの大きな動物愛護団体、反動物実験団体は、密かに浸透されているなどというなまやさしい状態ではない。大っぴらに、その運営が、もと動物実験者、もと実験従事者などの手に、委ねられているのである。たとえば、メジャーな反動物実験団体のうちでももっとも新しい「アニマル・エイド」であるが、この団体がその設立時の純粋な精神を保っていたのはごく短期間だった。
すぐに、もと動物実験研究者のジル・ラングレイ博士が運営の実権を握ることになった。彼女の主な任務は、アニマル・エイドのメンバーに、実験廃止は今のところは無理だということを納得させ、今できることとして代替法開発のための基金にお金をつぎ込むよう説得することなのである。
このようにして、お人好しのイギリス人が、動物実験を止めさせる助けになるならばと寄付してくる相当額のお金は、結局は動物実験者の懐に入る。「代替法」基金の恩恵に浴するのは主に彼ら動物実験者であり、彼らはそのお金で、結果としてより多くの動物を買い入れている。これは、強力な化学工業のロビーが存在する国であればどこでも同じような状況である。ちなみに、ジル・ラングレイ博士の夫はロンドンのチバ(CIBA)に勤務している。
浸透されていない動物愛護団体が、好ましくない情報を流すのを阻止しようとして、製薬会社がよく使う手段は、莫大な費用のかかる名誉棄損裁判に持ち込むという脅迫である。しかもこの脅迫は、たいてい大成功をおさめる。ウエストバージニア州の小新聞、『チャールストン・ガゼット』に辛うじて滑り込んだ次の記事を御覧いただきたい。言論の自由を標榜するほどの国であれば、本来すべての新聞にもれなく掲載されるはずの記事だろう。八六年二月二日付「ダビデ対ゴリアテ」より。
国際的大企業による弱いものいじめが合法的に行なわれている。資金力曲豆かな製薬会社が小さく貧しいボランティア団体の行なった企業批判に対し、一〇〇万ドル単位の名誉棄損訴訟に持ち込んだのである。
サウスカロライナ州サマービルに本部を置く国際霊長類保護連盟(IPPL)は世界中のサル類の保護を目的とする団体である。八二年にIPPLは、多国籍製薬会社のオーストリア支社であるイミュノ・AG社が、チンパンジーを使った肝炎実験のための研究所をアフリカに建設しようとしているとのニュースを耳にした。
IPPLの長であるシャーリー・マクグリール博士は、イミュノ社の計画がチンパンジーを絶滅に追い込む恐れがあると警告した――それをマクグリール博士は、発行部数わずか三五〇部の科学雑誌の編集長に宛てた投書として発表したのだった。
ところが、この発言のために、マクグリール博士はイミュノ社から一〇〇万ドル規模の名誉棄損で訴えられる羽目に陥った。同じ研究所計画を批判した人々数人も、同様に訴えられている。
訴状はニューヨーク市の裁判所に提出されたため、彼女は開廷のたびに、サウスカロライナからニューヨークまでの往復一五〇〇マイルの旅を余儀なくされている。旅費と法廷費用とで、マクグリール博士はほとんど潰滅状態にある。おそらくは、これが、世界的大企業であるイミュノ社の意図なのだろう。
かつて、イミュノ社に訴えられたことのあるイギリスの雑誌社は、弁護士への支払いで破産寸前まで追いつめられ、それ以上の出費を避けるため、示談での支払いに応じた。このような形で、一雑誌社の口は封じられたのだった。今回のマクグリール博士は最後まで闘い抜くと宣言している……。
良心に従って公の場で発言する権利が、名誉棄損の名のもとに押さえつけられてはならない。
マクグリール博士とIPPLには、この裁判を断固闘い抜いて是非勝利してもらいたい。そしてこのゴリアテに対するダビデの闘いに要した費用を、国際的大企業に償わせてやって欲しい。
もし全国の新聞の大多数が、『チャールストン・ガゼット』と同じ勇敢な態度をとれば、小さなダビデにも醜い巨人ゴリアテを倒すチャンスはあるだろう。
しかし当分の間、そのような事態はおこりそうにもない。その理由は、モリス・ビールがすでに説明してくれた通りである(「『薬の話』」参照)。
一九八五年夏、ロンドンに本部のある世界動物保護協会(WSPA)の会長ハンス・ユルゲン・ヴァイヒェルトが、ロンドンとミュンヘン双方の弁護士に、その年の前半に出版された本書のドイツ語版(タイトルは『Die Pharma-Story,der Grosse Schwindel』)を回収するよう求めた。
同時にドイツ語版の出版人フランツ・ヒルザメルを相手どり、この日本語版では六七~六八ページにある記述に対し、五〇万ドイツマルクの名誉棄損訴訟をおこした。ヒルザメル社は、多少変わった分野を専門にしている若く気鋭の出版社で、これまでのところヴァイヒェルトの脅しに屈していない。そして、著者を信頼して内容に変更を加えず、ドイツ語版第二刷に入ってくれている。現在、この訴訟はミュンヘン裁判所で審理中である。
この出来事は、化学・医学・動物実験コンビナートが情報弾圧に用いる高圧的しかも迅速な手口を、再度見せてくれるのである。
ただし、彼らの手口は、八〇年の『罪なきものの虐殺』の時の方がはるかに鮮やかだった。心臓移植の芸術家バーナード博士が、実在しない根拠で著者を名誉棄損で訴えると脅しをかけてきた時、『罪なきものの虐殺』を出版したイギリスの大手出版社フトゥーラ社は、さっさと『罪なきものの虐殺』の残部を店頭から回収し絶版にしてしまった。その際、著者が提出した証拠には目を通すことさえしなかった。
この件に関しては、『罪なきものの虐殺一CIVIS版の巻頭の言葉に詳しいので、そちらをお読みいただきたい(日本語版一〇~一三頁)。
この製薬トラストによる実に効果的な予防的検閲システムは、一九四〇年にはすでに開始されており、モリス・ビールの指摘によってはじめて一般の知るところとなった(「検閲」の項参照)。それが今日なお生き残っているという実態は、次に挙げる例をお読みいただくとさらによくお分かりになるだろう。ただ、一般のアメリカ人にとってははじめて耳にする話かもしれない。
●AWAREのニューズレター
AWAREというのはカリフォルニア州ベンチュラに本部を置く「動物実験の公開を望むアメリカ人」という団体の頭文字である。動物実験の現状に「目を覚ませ!」(Be aware)との意味が込められているのだろうか。さて、八五年夏、AWAREは、一般配布を念頭において次のようなニューズレターを発行した。送付先は全国の主要新聞、通信社、動物愛護団体、それにヘルス・ヒューマンサービスの長官マーガレット・ヘクラー女史をはじめとする政府高官だった。〈CBS「六〇分」すべての社会悪を公開?当たり障りのない話題のみ?>
CBSの「六〇分」が、社会悪をあらゆる角度から暴く良心的報道番組として高い評価を得ているのは御存知の通りである。確かに我々は、毎週、「六〇分」のキャスターが辛辣きわまりない質問を浴びせて、不道徳な企業経営者や政治家たちを顔色なからしめ、防戦一方に追い込むさまを目の当たりにしている。
一般の人々は「六〇分」の取り上げないビジネス分野が存在するなどとは考えもしないようである。
しかし我々は「六〇分」が決して触れようとしない分野が少なくとも、ひとつある、ということを実際に体験したのである。
〔一九八二年〕我々は、我が国でひどい弾圧を受けている二冊の書物のあることを知った。医学史家であり医学記者であるハンス・リューシュの本である。
彼は医学・科学雑誌から、また医師や科学者たちから、膨大な量の情報を収集し、動物実験というものが、実験に使われる動物にとって残酷なものであるだけでなく、いわゆる「動物実験研究」によって得られる結果が、人類の健康に役立つどころか、かえって障害児出産、新種の癌、その他新種の疫病の急激な増加の原因となっている事実を暴露したのだった。
〔翌八三年〕我々は、リューシュに「六〇分」に出演する意志があるかどうかを尋ねた。その時の彼の答は、すでに数年前、出演をトライしてみたが果たせなかったというものだった。
さらに「六〇分」のスタッフは、彼の最新の著書および我が国におけるその著書の出版弾圧の記録をすでに手にしているとのことだった。もちろん、リューシュの本が、動物実験のいかがわしさを暴き、実験者たちの利益と業績のためには全人類の健康を犠牲にすることもいとわないという利己的姿勢を糾弾した唯一の本というわけではない。
しかし、これまでのところでは、彼の本がもっとも包括的で実証的なものであることは確かである。
ここで我々は、「六〇分」のスタッフに、一般大衆も今や賢くなり真実が報道されることを望んでいるのだということをアピールするために、 「『六〇分』放映嘆願書」の署名を集め始めた。
その頃までには、我々も、テレビ放送のスポンサー(および新聞雑誌社への投資)の少なくとも八〇パーセントが「動物実験」関連企業であるという事実に気づいていた。
〔八四年二月〕リューシュが四月にUCLAの集会でスピーチをするためにロサンジェルスに来る予定であることを知った。そこで「六〇分」に我々の嘆願書について書き送った。それに対するM・ホリオークという名の担当者から返信が来た。「六〇分」が、動物実験というテーマでは「近い将来」プログラムを組む「予定はない」というものだった。ところがそのすぐ後、我々は「六〇分」が、我々への情報とはまったく裏腹に、その種のテーマでプログラムを準備していることを知ったのである。
〔八四年四月〕リューシュがロサンジェルスに着く直前のことだった。我々はニューヨークの「六〇分」のオフィスに電話をかけ、すでに二万人の署名を集めたこと、また、リューシュが「六〇分」に出るためにそれ以上の署名が必要なのであれば、それを集めるつもりであることを伝えた.電話に出たヴィクター・ノイフェルト氏は、我々が何万人の署名を集めようと構わないが、いずれにせよ彼らにとっては「興味のないことだ」と答えた。そのすぐ後、「六〇分」のスタッフは、リューシュがスピーチを行なった集会に現われ、一部始終を録画して帰った。
〔八四年十月〕「六〇分」は動物実験をテ~マとするプログラム「ジャングルの王者」を放映した。これは「人類の健康VS動物の苦痛」という典型的視点から問題を捉えたものだった。動物実験に反対する医学的科学的見解はいっさい取り上げられず、動物実験以外の研究方法の方が人間にとってはるかに害が少なく生産的であるという事実もまったく話題にされなかった。また、動物実験業界には、さまざまな強力な業界、たとえばロックフェラー財閥、アメリカ対癌協会、製薬会社など、との利害関係が絡んでいるという現実も完全にオミットされていた。
さらに、この番組の売りものである「拷問」と評される厳しい質問を、研究者や関係者にぶつけることもしなかった。スタッフは質問できるだけの十分な情報を持っていたはずなのにである。ロサンジェルスの集会の映像は一応、流されたが、リューシュのスピーチの部分はカットされていた。もちろん、国民に情報を伝えまいとして、関係企業が弾圧している本についての紹介などまったくなかった。
さて、このテーマに限って、「六〇分」があえて、評判に背くような姿勢を示したという事実に疑いはない。これには、スポンサーの八〇パーセント以上を占めると言われる動物実験関連企業集団が、何らかの関わりを持っているのだろうか?この答はまだ与えられていない。
●腐敗
動物実験を基礎とする金権体質の現医療体制を、スムーズに機能させるためには、必要とあらば暴力的戦術に訴えることさえ辞さない公的保健機関の腐敗ぶりを証明する証拠は、その一部だけでも図書館の棚をいっぱいにできるほどの量になるだろう。ここでは、ほんの二~三の例だけを記すことにする。(一)西ドイツの『シュピーゲル』は、その体裁からも格式からも、アメリカの『タイム』や『ニューズウィーク』に匹敵する週刊誌である。その『シュピーゲル』八五年六月二十四日号の表紙に、大文字の見出しで「製薬工業はいかにしてボンを買収したか」、さらに副題として「新たな政治腐敗発覚」とある。近い将来、「製薬工業はいかにしてワシントン(あるいはダウニング・ストリート)を買収したか」という見出しの記事が、アメリカやイギリスの新聞雑誌を賑わす可能性はあまりないように思われるので、ここで『シュピーゲル』の記事(本来は数ページにわたる長文記事である)をごく短く要約して紹介しておこう。ことの本質としては、アメリカにもイギリスにも十分あてはまるものだと考える。
製薬企業は、原則として、政党にではなく、保健政策に決定権を持つ政治家や官僚個人に政治献金をした。そしてこれらの政治家や官僚の力を利用して、長期にわたり利益をもたらす、破格に有利な販売条件をわがものとしたのである。今や巨大産業に成長した製薬企業が、このようにして立法府を買い占めた、という事実が、公開された記録類によって明らかにされている。
以来、薬品の認可は、化学物理テスト、動物実験、および臨床評価によって明らかにされた「効能」と「無害性」の二つが条件とされるようになった。
さらに、この記事では、買収劇に関与した政治家、官僚が名指しでリストアップされ、彼らが懐にした賄賂も一覧表になっている。これを、詐欺的医療体制の維持をもくろむ団体から、国会議員に選挙資金として大金が大っぴらにわたっているアメリカの現状と比べてみていただきたい(『罪なきものの虐殺』日本語版三六〇~三六一頁参照)。
(二)一九七九年、当時イタリアの保健相だったティナ・アンセルミは、薬事委員会が無益あるいは有害だと判断した数千種の薬の認可取り消しを提案した。ただちに製薬業界の代表が、彼女がこの提案を撤回するならば三五〇億リラを指定のスイスの銀行に振り込むと言ってきた。三五〇億という数字は、どこの国の通貨単位にせよ、大金であることに違いはないだろう。
ティナ・アンセルミは翌朝、この賄賂の申し入れを公にしてしまった。数日後、彼女の車が爆破された。彼女自身に怪我がなかったのは幸運だったとしか言いようのない状況だった。この事件の後、まもなく、彼女は保健相を更迭され、今日に至るまで保健省への再推薦は受けていない。
もちろん、国民の過半数が、動物実験から生まれる合成医薬品の恩恵を信じて疑わないという状態が維持されているのは、爆弾の威力によると言っているのではない。組織的洗脳と穏やかな説得という、はるかに効果的な力によるのである。暴力よりは言葉巧みな誘惑の方が、有効で効果が長もちする。
暴力はあくまで最終的手段であって、実際に使われるのは、ティナ.アンセルミやサルヴァドール・アジェンデのようなごく稀なケースだけである。普通は工業界にバックアップされた政治とマスコミが、国民の世論を「正しい」方向に導いているお陰で、実力行使の必要はほとんどないのである。
動物保護団体や動物実験反対団体の、意図的愚鈍さといおうか、故意の事実無視という罪状は、今さらあげつらうまでもないだろう。今日、多くの医学の権威者たちが、動物実験は真の医学の進歩を妨げる破滅的行為であ筏廃止されるべきである、との見解でまとまりつつある。それにもかかわらず、体制サイドに立つ歴史のある大きな反対団体に限って、この新しい世論の流れを頑固に無視し続けている。
その理由のひとつは、とくにイギリスの団体で顕著であるが、それらの団体が、実験者やもと実験者を理事会のメンバーに据えているためだと思われる。彼ら工作員は上から与えられている指示を決して忘れないー議論は倫理問題にとどめよ、医学問題はタブーだ!
結論
健康というものに対する機械論的捉え方、そして動物実験に基づく研究方法、という二重の不条理をベースに成立している現代医学そのものが、今日の人間の病苦の最大の原因であるー識者たちは現代医学のあり方をこう批判してきた。しかし、人間というものは、その心身の形成期に与えられた価値観、すなわち人生で最初に出会った権威者たちに教え込まれた考え方、に固執するものなのである。
人生で最初に出会った権威者たちと言えば、両親であり学校の先生たちだろうが、いかんせん、これらの人々は皆、同じ教育を受けてきたのである。中世の人々が教会の奇跡の力を、理性を超えて疑わずに信じるよう教え込まれたように、現代の人々は、動物実験に基づく医学の奇跡の力を信じるよう教え込まれているのである。
実際のところ、現代の医学研究の科学的無効性を証明するのは、2+2が5にならないということを証明するのと同じくらい簡単である。
しかし現代医学の教義は、科学の方法論――すなわち、事実に基づく論理的証明で、自由な議論の対象となる――によるのではなく、宗教教育に用いられる手法――すなわち、証明できない命題を幼い頃から反復により教え込む――によって導き出されたものである。そのため、いかに証拠を示し合理性に訴えて説得を試みても、信じてしまった者の心を変えることは不可能なのである。
理性ぬきで信じさせられてしまった人の信仰を、理性によって崩すことはできない。一度浸み込んだ信仰は論理性を受けつけない。
これが、現代医学が科学ではなく宗教であると定義されてしかるべき理由なのである。動物実験が有効な研究手段であるという神話を広める医師の多くは、自分自身その神話をかたく信じて疑わない。というのも、彼ら自身、ずっとそう教えられてきたからである。彼らはこの組織犯罪の共犯者というよりは犠牲者と言うべきだろう。彼ら医師司祭は自分の語る言葉を信じている。同じように、中世の司祭たちも聖水の治癒力を信じていた。
実際、聖水はしばしば病人を癒した。少なくとも現代医学の治療法よりはるかに害が少なかったことだけは確かだろう。
医学界の現体制は異端を排除し無限に自己生産的だ。吐き気を催すような実験室内での行為に、反対するだけの知性と率直さを持った医学生が、医学校を無事卒業できる可能性たるや、疑い深い神学生が司祭に任命される可能性ほどにもないだろう。また、自分のやっていることに遅ればせながら気づき、あえてそれを公言しようとする医師は、医師仲間からは村八分にあい、資格を剥奪される危険を冒すのみならず、異端者として社会から追放される可能性すら覚悟しなければならない。
冗談ではない、これは現実に、しばしばおこっていることなのである。
時に、化学・医学・動物実験コンビナートは、自分自身の医学上の大失策を公表することがある。
それはただ、研究費の不足を訴え、資金集めの宣伝用としてそれを行なうのである。そして集められたお金は、またいつもの破滅路線上の研究に費やされる。
この好(悪?)例がDESだろう。メリーランド州ベセスダの国立癌研究所のロバート・W・ミラー博士は、DESケースの公式発表の中で、動物「モデル」による実験の強化を提唱することにより、最初の大失策を倍加させてしまったのである(『罪なきものの虐殺』日本語版三三一~三三二頁、三一二七~三三八頁参照)。
本書でリポートしたさまざまなニュースは、一般の新聞雑誌にも載っているもので、誰の目にでもとまる種類のものである。
ところが、それぞれが孤立し、解説もなく、無関係に掲載されているので、ひとつひとつの持つ意味が見えて来ない。まるで、ジグソーパズルのごちゃ混ぜのピースである。しかし、これらのピースをきちんとはめ込もうとする人、あるいははめ込める人にとって、えせ完成された絵は、ただひとつの意味を表わす。すなわち、現代医学の似而非研究法は、一般大衆の健康のために、禁止されなければならない、である。
しかし、一般大衆の健康と、化学・医学・動物実験コンビナートのトップの思い描く利益とは一致しない。そこで、コンビナート側は、本来明白な意味を持つピースをごちゃ混ぜのままにしておく。こうしていつまでも彼らの研究の失敗を、歴史的大成功であるかのようにだまし続けていられるよう図るのである。どうりで、この歴史的大成功には明確な成果がないはずだ。いつまでたっても「より高度な研究のためのより多くの予算」を要求し続けるばかりなのである。
この点に留意して、ここ数十年ばかりの新聞や医学雑誌類をめくってみると、鳴り物入りで宣伝された「突破ロ」のニュースの信じられないほどの多さに気づかされる。これらの「突破口」の実用化は、いつも「間近か」に迫っている。しかし、本当に実用化されたことは一度もない。「五年後」という約束は、常に次の新しい五年後の約束が持ち出される中で、次々と忘れ去られる運命なのである。
化学・医学・動物実験コンビナートのトップたち、先進各国の保健機関、マスコミ、そして体制派動物福祉団体これらはすべて、巨大医療詐欺の共犯者である。彼らはグルになって、動物実験をベースとする医薬研究の破滅的結果を、一般の我々の目に触れぬよう覆い隠そうとしているのだ。
これまで、イヌによって救われた子供は一人もいない(もっとも、溺れかけた子供を犬が助けた、というケースは別である)という事実を、これまで私は繰り返し証明してきた。分かってくれたのは少数である。この証明が、大多数の人々に受け入れてもらえるようになるまでは、動物実験の問題は永久に、例の絶望的似而非命題にすり換えられたままだろう――イヌか赤ん坊、すなわちフェイちゃん、か?
訳者解説 太田龍
(1)
本書、 『世界医薬産業の犯罪〔化学・医学・動物実験コンビナート〕』は、Naked Empress,CIVIS Publications,1982の翻訳である。著者のハンス・リューシュは、ドイツ系とイタリー系の血を引くスイス人で、英独仏伊の四ヶ国語に通じ、英語で、多くの小説を公刊している作家である。日本では全く知られていないが、『世界の頂点(トップ・オブ・ザ・ワールド)』という小説(英文)は、三百万部の大ベストセラーとなり、アンソニー・クイーン主演で映画化されたという。
つまり、もともとは、作家であり、しかも欧米に於ける大流行作家の一人であったようだ。
そうした(或る意味では、功成り、名遂げて、社会的地位をも得た)人物が、晩年近くになって、なぜ、本書のような(きわめてホットで、大やけどをすること確実な)テーマを取り上げる気持ちになったのだろうか。
日本には、リューシュに類する大作家を見出すことは出来ない。リューシュは、一九七〇年代に入って、医学界と医薬産業の、いかがわしい実情に関心を抱き、研究を深め、ついに、動物実験(生体解剖)を批判する『罪なきものの虐殺(スローター・オブ・ザ・イノセント)』(一九七六年)という大著を公刊するに至った。
本書、『ネイクド.エンプレス(裸の皇后さま)』は、その続編であるが、単なる続編というよりは、前著の次元を超えた著述、というべきかも知れない。リューシュは、本書に於て、 「実験動物」云々に限定、局限されることなく、それを切り口にして、現代世界体制の秘密の暗部、その最大のタブー部分を白日のもとにさらけ出す作業に着手したのである。
このタブーのまん中に、なんと、あの「ロックフェラー財閥」が居たのだ。動物実験医学とロックフェラー財閥の利害は、闇の中で、密接不可分に連結していたのだった。このことは、世間の目からかくして置かなければならない。それ故、ここに、「謀略」が必須となる。
つまり、リューシュは、恐るべき巨大な勢力(その中核に、ロックフェラーが存在することは明白だ)の仕かける、情報戦争(諜報戦)のまっただ中に、単身、突入して行くことになる。
リューシュの著作(『罪なきものの虐殺』と、本書)は、現代世界の秘密の(真の)支配権力にとって、なんとしても葬り去らねばならない「禁断の書」となったのである。
(2)
本書には、「ザ.グレイト.メディカル・フロード(医学上の大ペテン)」、という副題が付けられている。フロード(Fraud)、という英語は、辞書には「詐欺」とか「欺瞞」とかの日本語に翻訳されているが、多分、これは、余りお上品な表現ではなくて、日本語で「ペテン」といった、きついことばなのではなかろうか。
前著の「スローター・オブ・ザ・イノセント」、の「イノセント」は、イエス・キリストのように、罪なくして死刑に遭う者、の意味が強くひびく。それは、生体解剖される実験動物たちに注目している。しかし、この視点では十分ではない。
いや、十分でないというよりも、そこには大きな落とし穴が用意されている。或いは、この問題を研究する者を、本筋からわき道に外らす謀略が、ここに仕かけられている、と言うべきかも知れない。その謀略とは、動物がかわいそうだ、という、いわゆる動物愛護のお涙頂だい式キャンペーンである。
リューシュは、しかし、わき道に外れず、端的に本筋を突いた。
リューシュは、本書の冒頭で、
「実際、医薬探究の試金石として動物実験を義務づけてきたこの『医学専門家』と呼ばれる集団は、利潤追求に溺れ、人類に多大な空呈母を及ぼしてきた、史上最大最悪のペテン師集団なのである。今日、この主張に同意する医薬関係者が増加しており、本書の目的も、この主張を論証することになる」 (一一頁)と述べている。
つまり、動物実験的医学界を、人類史上最大最悪のペテン師集団であると断定し、本書の目的はそれを論証することである、という。 リューシュは、医師でもなく、医学専門家でもない。
彼の右の命題は、なにも、彼自身の独創物ではない。
彼は、動物実験が生理学、医学に義務付けられるようになった、この百数十年の医学関係の文献をくまなく収集し、分析検証した結果、既に、きわめて多くの医師(大学医学部教授を含む)たちが、動物実験が医学上の詐欺、ペテンであると告発し、糾弾していることを発見したに過ぎない(リューシュ編『動物実験に反対する千人の医師たち』参照)。
しかし、なぜ、それにもかかわらず、このような医師たちの説が消し去られ、あたかも、そんなものは存在しないかのような世間の空気がつくり出されてしまうのだろうか。
(3)
リューシュの貢献はここから始まる。つまり、これは単なる医学界に限定された問題でもないし、まして「動物かわいそう」式の、動物愛護のテーマでもない。十九世紀後半に始まる、石油産業資本の秘密の謀略、それこそが、問題であったのだ。
通常、動物実験に批判的な医学専門家たちも、そこまで深く追求はしない。リューシュは、どこまでも真実を追求する、練達の作家、著述家として、一つの国にとらわれず、欧米及び全世界に調査研究の網を広げた。
医学専門家たちには、すべての「専門家」がそうであるように、視野の狭さがある。そこで、彼らには、十九世紀後半以降、医学界を襲う怪物の全体像が見えない。この怪物が、いかなる最終目的と、大戦略を以て医学界を料理しようとしているかが見えない。
リューシュは、ここに、化学工業シンジケート、医学シンジケート、動物実験シンジケート、という、三つのシンジケートと、その結合体を見出した。リューシュは、「第四章、権力の実像」で、アメリカ入独立ジャーナリスト、モリス・ビールの『驚くべき薬の話』(一九四九年)という著作を詳しく紹介している。
ビールは、そこで、アメリカ最大の財閥ロックフェラーの石油会社が、製薬工業に進出し、これを支配下に置くプロセスを解明したという。製薬工業は、化学シンジケートの一部である。そして七大石油メジャーは、石油化学(石油を原料とする化学工業)の創業によって、化学産業と結びついた。
大量生産される薬は、消費=販売されなければならない。
つまり、薬の市場が創出されなければならない。これは、ロックフェラー財閥の至上命令である。そのためには、治療とは反対に、病気が、無理矢理つくりだされねばならない。これが真実なのだ。
もちろん、彼らのこの本音、本当のことは、決して、大衆に知られてはならない。謀略が不可欠カネだ。ロックフェラー財閥は、金の力で、インテリ学者を買収し、マスコミを買収し、教育機関を買収し、大学医学部をまるごと買収する。これが、十九世紀末から二十世紀初頭のアメリカに、現実に生じたことだという。その魔界は、アメリカから全世界に拡がってゆく。
(4)
それでは、この化学(製薬)・医学・動物実験コンビナートは、いかなる役割を負わされているのだろうか。アメリカ、ニューヨーク州、ナイアガラフォールズの医師J・W・ホッジ博士は、
「アメリカ医師会(AMA)は、――歴史上類を見ないほどに傲慢、危険、かつ専制的な組織」
(一七七頁)である、と言い、また、リチャード・クニーズ博士は、「AMAは、アメリカ医師会(アメリカン・メディカル・アソシエーション)ではなく、アメリカ殺人協会(アメリカン・マーダー・アソシエーション)だ」と公言し、AMA大会の場で、自分の会員証を焼き捨て、『金か命か』(一九四七年)というAMA告発本を著したと、リューシュは記している。
動物実験は、まさに、このアメリカ医師会こと、「アメリカ殺人協会」の正体を蔽いかくす仮面であり、カムフラージュ(迷彩)なのである。
リューシュは、しばしば「もはや現代欧米の動物実験医学は、科学ではなくて宗教である」、と糾弾しているが、
ここに、彼が「宗教」という意味を、ありきたりの宗教と取るべきではない。
それはむしろ、「黒魔術」と記述すべきではなかろうか。
つまり、今日の欧米の(とりわけ、その「最先端」はアメリカだが)動物実験医学の医師たちは、「黒魔術師」以外のなにものでもない。
そして彼らの「黒魔術」テクノロジーの本体こそが、動物実験=生体解剖なのではなかろうか。
一説によると、世界人間牧場(大衆を家畜人として飼育する牧場システム)の完成を目指す、世界支配の陰謀組織、フリーメーソンの頂点は、ロスチャイルド家であり、そしてこのロスチャイルドに、世界中の何万人という黒魔術師が直結しているという。
地中海周辺の諸文明は、どういうわけか、悪魔とその魔術(黒魔術)の大群を生み出した。或いは、この土地の自然条件に、問題があるのかも知れない。
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この地域で、数千年にわたって蓄積されて来た黒魔術(悪魔学)の、今日的発展形態が、クロード・ベルナール創始にかかる動物実験医学である、と見てよいだろうか。
リューシュは、ここまで見ているわけではないが、「現代医学は科学でも技術でもない、人を救うよりも殺すことの多い偶像崇拝の宗教である」(一八〇頁)、というリューシュの言を、私は、そのように読んでみたいのだが。
(5)
しかし、我々は、「化学(製薬)=医学=動物実験コンビナート」は、もう一歩、踏み込んで考察すると、そこに、「マスコミ」を含めなければならないことに気付く。つまり、
「①化学(製薬)=②医学(教育を含む)=③動物実験=④マスコミ」コンビナート、
としなければならないのではないか。
この四ヶ軍団の共同結合体(コンビナート)の威力はまさに天下無敵だ。こうなると、この力に打ち負かされないものはこの地上に存在しない、とさえ思えてくる。この「システム」を、まっさきに確立したのは、二十世紀初頭のアメリカである。アメリカから、イギリスとヨーロッパ大陸へ、そして日本を含む全世界へ、それは輸出されたもののようだ。
しかし、ここに一つの問題(或いは、この犯罪コンビナートにとっての障壁)が生じた。それは、イギリスでは、クロード・ベルナールの動物実験的手法がフランスで時流に乗って台頭して来た直後(一八六〇年代)に、ベルナールの助手をしていた医師を中心に、激烈な動物実験全廃の運動が起き、かなり強力なものとして発展もした、という事情である(この辺のことについては、拙著『声なき犠牲者たち動物実験全廃論』〈一九八六年、現代書館〉にやや詳しく紹介してある)。
この、動物実験禁止運動の結果、全面禁止の要求は斥けたものの、英国議会は、一八七〇年代に、文章の上では、動物実験に、かなり厳しい歯止めをかける法律を可決した。
そして、BUAV(英国動物実験廃止連盟)などの運動団体が何万人という会員を集め、各界の有力者(ヴィクトリア女王を含む)の支持を得て、強力な運動を展開していたのだった。
そして、イギリスにならって、順次、ヨーロッパ大陸諸国にも、同次元の動物実験禁止を要求する運動が成立している。
そこで、アメリカ型の「システム」をヨーロッパに首尾よく移植するためには、こうした、動物実験廃止の団体を、うまく料理する(無力化する、無実化する)必要が生じることになる。
リューシュの大きな功績の一つは、この「システム」の謀略を、見事に、徹底的に見破ったことにあるのではなかろうか。
リューシュは、それを、「潜入的浸透(インフィルトレーション)」ということばで表現している。
このリューシュの洞察によって、我々のこのシステム=犯罪コンビナートについての状況認識は、飛躍的に深められた、と、私は評価している。
(6)
従って、我々は、リューシュによって、「①化学(製薬)=②医学=③動物実験=④マスコミ=⑤動物実験反対運動への潜入的浸透(そして、必然的に、この反対団体を変質させ、逆に、動物実験陣営の道具に変えてしまう)」コンビナート(共同結合体)、
という図式を与えられる。
まさにこの悪魔の五者共闘、ともいうべき構造が、二十世紀の初めから一九六〇年代にかけて、この約半世紀の間に、イギリスを含むヨーロッパとそしてアメリカで、完成されたものの如くである。
リューシュが、前著『罪なきものの虐殺』を書いたときには、未だ、この構図の全体、とくに、「潜入的浸透」と構造は見えていなかったのではなかろうか。
しかし、その直後からの、見えざる敵=「システム」との大会戦の教訓を、リューシュはよく学んだらしい。本書では、ほぼ、前出のコンビナート五者共同体の構図が浮き彫りにされている。
インフイルトレ ションリューシュの戦いの主要なものの一つが、「潜入的浸透」の国際謀略の暴露と摘発に向けられざるを得ない。
それでは、この「国際謀略」の奥の院には何者が鎮座しているのだろうか?
リューシュは、そこに、アメリカのCFR(外交関係評議会、カウンシル・オン・フォーリン・リレーションズ)を見出した。CFRは、『フォーリン・アフェアーズ』という機関誌を発行して居り、最近、『中央公論』誌が、その全論文の日本語訳を毎号連載する契約を取り決めた。
しかし、アメリカに於けると同じく、日本でも、その名は、世間には殆ど知られて居ない。にもかかわらず、第一次世界大戦後に、ロックフェラー家によって設立されたこの機関は、事実上のアメリカの陰の政府である。
そのメンバー(現在二、三千人程度か)は、ロックフェラー財閥によって指名され、金融界、産業界、マスコミ、教育、学界、宗教界、芸能界、軍首脳、法曹界、議会、など、ようするにアメリカを動かすすべての実権者たちを網羅して居る。
過去七十年のアメリカ大統領と行政府高官の、殆どすべてが、CFRの会員から供給されて居る、とされる(アメリカの現大統領、ブッシュ氏も、もちろんCFRのメンバーである)。
ついに、リューシュは、動物実験問題をたぐり寄せて行くうちに、とてつもない巨大な化け物の尻尾をつかんでしまったわけだ。
事は、センチメンタルな「動物がかわいそう」式、の、うさんくさい、偽善的な、いわゆる動物愛護問題の次元ではなくて、現代世界と人類の命運にかかわる、きわめて重大な文明のシステム、体制問題の次元に深められたのである。
(7)
私はここで、エイズがアメリカ政府の生物兵器として(動物実験によって)開発された、という説を取り上げなければならない。リューシュも、本書の二九二頁以下で、それに触れて居る。最近では、『ビッグ・デイズ』(大阪日日新聞発行)創刊号が、この件についての、驚くべき内部告発記事を翻訳掲載して居た。この記事によれば、カーター大統領の命令によって、アメリカの過剰(不要)人口のスムースな殺戮処分のための兵器として、エイズ・ウィルスが動物実験的に開発された、というのだ。そして、その後、この開発に従事した研究者約百人が、続々と変死を遂げて居る、というのだ!
この世のものとも思えない悪魔的なひびきを持ったストーリーだが、しかし、本家本元のアメリカで、ロックフェラーら、陰の地下政府のコントロールするマスコミがこれを黙殺すれば、この事件は存在しないことにされてしまう。
前出の記事によれば、エイズ・ウィルスの開発にかかわったこの内部告発者自身も、生命の危険に脅えているという。
けれども、こんなことぐらいでびつくりしてはならない。
実は、H・G・ウェルズやラッセル(いずれも、二十世紀前半の、イギリスを代表する高名な大作家、大思想家として世間から尊敬されて居る)のようなお歴々が、将来、過剰人口処分(殺戮処分のこと)のために、微生物兵器の製造・使用が必要になろう、と明言しているというのだ。
いや、更に恐るべき超秘密文書が出て来た。
「沈黙の兵器――第三次世界大戦へのマニュアル」(一九七九年)、という、五十頁余の機密文書が、アメリカで偶然の機会に発見され、公刊されたのだ。
それによると、一九五四年に、某所で、国際エリートの会議が開かれ、そこに於いて、全世界の大衆の完壁な奴隷化と、適切な人口計画のための大量殺繊処分を目的とした、第三次世界大戦の宣戦布告が行なわれた、というのだ。そしてこの第三次大戦は、静かな戦争であり、そこで使われるのは、コンピューターや生物的心理的兵器である、とされるのだ。
カーター大統領のエイズ・ウィルス開発命令は、この線上でのみ、合理的に了解出来るのではなかろうか。
そして実に、「化学=医学=動物実験=マスコミ=ニセモノの動物実験反対運動」のコンビナートは、秘密の地下世界帝国の第三次世界大戦遂行の不可欠の要素として機能して居るとも考えられるのだ。
(8)
ここに、『エイズ――アメリカを締めつける包囲網』(スタンレイ・モンティス医学博士、一九九一年、アメリカ)、という一冊の著作がある。本書の著者は、三十年間、カリフォルニアで整形外科医を開業して来た高名な医師であるが、一九八〇年代に、エイズの危険を警告して精力的に訴えたにもかかわらず、レーガン政権も、学界も、マスコミも、実質的にはなんの対策も取らず、エイズの拡大を放置するという、了解不可能な対応しか返って来なかった、と結論付けている。
もしこれがアメリカをコントロールする世界地下帝国の謀略であるとすれば、すべて符節が合うことになる。
「罪なきものの虐殺」とは、断じて、「罪なき動物たちの虐殺」、などと翻訳されてはならない。
このような日本語訳は、問題を矮小化し、結局は、リューシュの真意をないことにしてしまう謀略の片棒をかつぐことになるのではないか。
問題の犯罪シンジケートによる大虐殺は、動物たちに限らない。リューシュが、本書で強調しているように、この犯罪シンジケートは、「合法的大量殺人」の意図を抱いている。つまり、大虐殺の対象には、まさに、人類が含まれているのである。しかし、「合法的」ということばに注意しなければならない。
合法的に殺人をなし得るものは、国家権力以外にない。
百七十余の国家群のうち、最大なるもの、超大国は、今や、アメリカ一国である。このアメリカの国家を、或る地下秘密結社がコントロールして居るとすれば、この謀略機関は、アメリカ政府を通じて全世界に一つの権力を打ち立て、この世界帝国に、過剰人口処分の合法的権限を与えようとするのではなかろうか。
そして、この処分をスムースに遂行させるテクノロジーの開発を、動物実験的医学に命じるのではなかろうか。
沼正三氏の『家畜人ヤプー』というSF小説は、我々の推理を進めるのに、大変、役に立つ。つまり、「システム」にとって、「動物実験」の主流は、今や、分子生物学、遺伝子操作、生命工学、そしてマインド・コントロールの領域に移されて居るのであって、一九八〇年代のエイズ・ウィルスは、この潮流の先駆的兆候の一つに過ぎない、とも考えられるのである。
これ程の恐るべき悪魔的な「仕事」(大殺戮と、そして家畜人ヤプー化)をやってのける科学者、医学者たちが、この世に存在するものだろうか、などと疑うのは、ナイーヴ過ぎるのではなかろうか。
(9)
私は、動物実験(実験動物)は、家畜制度の最新の位置形態である、と見て居る。従って、家畜制度の枠組みを容認したままで、動物実験を否定し切るわけにもゆくまい。動物実験を禁止するためには、家畜制度そのものの廃止を日程に上せなければならない。そもそも、家畜制度とはなんだろう。
それは、人間が動物界に宣戦布告し、動物社会と永久の戦闘状態に入ることを意味しないか。
しかし、人間は、まぎれもない動物社会の一員だったのではないか。動物界と絶縁して、それを敵と見ることによって、必然的に、人間は、植物界とも戦闘状態に入り、更には、微生物をも敵とせざるを得ない。これこそ、「人間の神への反逆」、「ヒュブリス(傲慢)の罪」でなくてなんであろうか。
しかしながら、この家畜制度の論理をどこまでも突き詰めてゆくと、必ず、それは、人間社会それ自身の内部に持ち込まれざるを得ない。ということは、人類が、貴族、選民、エリート、権力者と、家畜人の群れ、とに分裂し始めることを意味する。
この傾向は避けられない。そして、太古の時代はごく微々たる流れでしかなかったのが、時と共に膨張し、ついには、収拾つかないような圧倒的な勢いに転化する。
動物実験は、生体解剖(ヴイヴィセクション)、と言わなければならないが、この手法の創始者、クロード,ベルナールに於いては、最善、最良の生体解剖の材料は、人体でなければならない。
だから、動物実験、という言い方が、ものごとを曖昧にさせるのである。
沼正三氏の『家畜人ヤプー』では、生体解剖用の専門ヤプーがつくられることになっている。例テストロヤベノトライヴトランスプラノトえば、病理実験用倭人、生体移植臓器の供給源、病態展示保存畜人などが列挙される。こうした家畜人ヤプーの医学的利用によって、白人の平均寿命は、二百歳に延び、しかも寿命の尽きる直前までの健康を享受できるようになった、などという。
こうした状態を、「世界人間牧場」、と名付けることも出来るかも知れない。
ロックフェラーらの世界帝国(新世界秩序、ワンワールド)の意図するものは、国際エリートによる大衆の家畜人化の完成、ではないだろうか。
そして、他ならぬ問題の我が動物実験医学は、大衆を世界人間牧場に巧みにかこい込むためのテクノロジーではないのか。
(10)
従って、本書は、前著(『罪なきものの虐殺』)を更に一歩深めて、あくまでも、世界地下帝国の犯罪、その正体を突く告発レポートであり、この世界帝国の必須の「部を成す、化学H医学目動物実験シンジケートに対する正義の戦いのための書であって、動物愛護の書、動物愛護家のための著作ではない。それ故、いわゆる動物愛護家(欧米白人文明がつくり出した、鼻持ちならない、欺髄的偽善的スタイルとしての)には、本書は縁がないと、はっきり、言って置かなければならない。
こうした、近代欧米文明の産物としての動物愛護家たちは、「戦い」を好まない。しかし、リューシュは、全身これ闘志である。そして本書は、世界医薬産業と、その背後の世界地下秘密帝国の支配体制に対する、高貴な戦闘、神聖なる戦いの記録である。そして、このような聖なる戦いに共鳴し、共感する人々に対しては、本来は、尽きせぬ教訓と、知識と、激励を与えるであろう。
しかし逆に、世界秘密帝国の側に立って、世界人間牧場実現のために、医薬産業に従事して居る科学技術者たちにとっては、本書は、最高のタブーの書であり、存在してはならない禁書の一つであろう。
私は、一九八〇年以来、東洋医学(漢方医学、自然医学)を、よりすぐれたものとする立場から、西洋医学の動物実験を全面禁止すべきである、と主張して来た。
一九八五年には、『家畜制度全廃論』(新泉社)を公刊し、また、ヨーロッパへ旅行してその地の動物実験廃止運動と交流し、日本で初めて、動物実験即時全面禁止の運動を創始した。
この運動はいま、「日本動物実験廃止協会」(機関誌『コンパッション』、一九九二年十月までに、四十八号発行)として結実している。
一九八五年、ヨーロッパ旅行中に、リューシュの存在を知った時から、彼の著作を日本語で紹介しなければならない、と思い続けて来た。
ここに、『ネイクド・エンプレス』の日本語訳が公刊される運びとなり、喜びに堪えない。
なお、残る、リューシュ編の『動物実験に反対する千人の医師たち』、更には、イタリーのクローチェ教授(医師)の『動物実験か、科学か』などの日本語訳も、日本の心ある読者の皆さんに紹介できる日の近いことを祈りたい。
また、リューシュの研究・著述の重要な主題の一つである、動物実験反対運動(一般には、動物インフイルトレ ション愛護運動)への、地下秘密世界帝国の潜入的浸透の実態については、前出の『コンパッション』誌に、詳細に紹介され、また、論評されている。
その中でも、とくに重要なケースは、「世界動物保護協会」(WSPA)、及び、『動物の解放』の著者として有名な(或いは、地下世界帝国のコントロールするマスコミによって持てはやされている)、ピーター・シンガー教授(オーストラリア)であろう。
この問題にとくに関心のある方は、『コンパッション』誌を参照して頂きたい(申込み、郵便振替東京七-七六五六六、年間六千円)。
動物実験推進の敵陣営に浸透され、その道具と化した欺瞞的詐欺団体としては、日本では、
「動物実験の廃止を求める会(JAVA)」、
「日本動物福祉協会」、
を挙げて置く。
注意して頂きたい。
本書の訳出に当たっては、長崎恵子さんの全面的協力を得た。
また、三交社の高橋輝雄氏には、本書の出版を快諾して頂いた。
厚く感謝の意を述べさせて頂きたい。
最後に、私は、前記『コンパッション』誌に、「ハンス・リューシュ論」を十六回にわたって、連載している。
興味のある方は参照して頂ければ幸甚である。
一九九二年十二月