20世紀最大の発ガン作戦疑惑を関係者に訊く
ところで、製薬会社の人間や抗ガン剤を投与している医者たちは、WHOで指定されている猛烈な発癌物質を売りさばき、医者が患者に投与していることについて一体どのように思っているのだろうか?
そして、今後、遺族や被害者が彼ら犯罪者達を追求した場合、彼らはどのように反論してくるのだろうか?
私はこれらの20世紀最大の疑惑を追求するために製薬会社や医者たちにメールで質問状を送ることにした。
そのうち数人が私からの疑惑追及に対して返答をしてもらった。
●回答をそのまま記載できない理由について
このような質問に関しては、私からのメールや彼等の返答を誰が答えのかも明かした上で、一問一答をそのまま載せること、電話であれば録音をそのまま公開することが最も説得力のある結果の提示ではあるが、残念ながら、彼らの返答を直接転載することはできない。
なぜなら、このような取材であるということは隠してあるからである。
もし事前にそのような事を書いていれば、無視される可能性が高いからである。
私が抗ガン剤を打たれたがん患者であったり、打たれたがん患者の家族や遺族でそれらの薬物を投与された同じや遺族であれば、それを使った病院や医者などは、返答しないで無視するということは、道義的に不可能である。それを第三者が聞いても医者や病院に答える義務はない。
彼らと私にはそのような関係はなく、彼らには、そのようなことをいちいち私に返答する義務はない。
私はそのような立場の人間ではないから、彼らが答えてくれなければそれ以上追求することはできない関係である。
それを返答してもらったご厚意に答える意味でも、それらの一問一答の掲載や相手の会社名などの身分を詳細に明かすことは一切出来ない。
もしそのようなことを勝手にしてしまうと、今後、私は信用を失い、誰も取材に応じてくれる人がいなくなるからである。
このことから、一問一答のやりとりではなく、ここで提示できるのは、私の質問のまとめと彼らの共通した言い分や反論をまとめたものになる。
おそらく、遺族が医者や製薬会社に問いただしても彼らの認識や反論してくることは同様であり、同様の回答が来るであろう。そしてその反論に即座に次の証拠を突きつけることが出来る。
●私の疑惑追及質問のまとめ
●WHO指定の発ガン物質であることについて
1,抗ガン剤のほとんどが添付文書で発ガン性を認めて警告しており、WHOも最高ランクで指定する猛烈な発ガン物質ではないか。あなたたちは、そのことを知っているのか?
あなたたちはこれらの発ガン物質という認識があって発ガン物質を薬と称して売りさばき、患者に投与していることに良心が痛まないのか?
●シクロホスファミドはマスタードガスではないか
2,シクロホスファミドなどのアルキル化剤はWHO指定の最高ランクの発ガン物質であり、実態は毒ガス化学兵器マスタードガスである。
マスタードガスは猛烈な発ガン性が1950年代にはハッキリと確認され、シクロホスファミドが開発される以前からわかっていた発ガン物質ではないか?この歴史的事実をご存知か?
●WHO指定の発ガン物質の半数は抗ガン剤や放射線ではないか
3,WHOの発ガンリスクランクのうち、発ガン物質に指定されている危険物質の半数が抗ガン剤や医薬品や放射線である。
アルキル化剤、メチル化剤、エチル化剤は究極の発癌メカニズムと言われている。抗ガン剤のほとんどにこのほとんどの発ガンメカニズムが組み込まれていることについてご存知か?それをどう思っているのか?
4,抗ガン剤の治験が4週間判定なのはどういうことか?瞬間的な反応を治癒と偽った詐欺ではないか。
5,これら一連の疑惑はわざと悪化させて次のリピート治療をねらう悪魔の殺人計画ではないか?
●抗ガン剤メーカー、医者の返答
1.2.3についての彼らの認識について
彼らはこれらの発ガン物質であるという事実、こちらのマスタードガスの歴史の指摘について、まったく悪びれもなく周知の事実であること、発ガン物質であることを自分たちも認識したうえで売っていることをあっさりと認めた。船瀬さんの厚労省の回答と同じである。
これについてどう思われるだろうか?
それにも関わらず彼らは抗ガン剤として使用されるには、正当な科学的根拠があると堂々と反論する。これに関する彼らの反論については後述するし、こちらの反論も後述で書いている。
やはり、彼らはほとんどすべての抗ガン剤が発ガン物質であること、シクロホスファミドはマスタードガスであり、高い発ガン物質として危険視されていたものが抗ガン剤として選ばれたものであることを知っていた上で続けていたのである。
返答がない人は知らなかったのかも知れないが、使う医者や製薬会社では広く認識はされているということだ。
これは船瀬さんが厚労省の医師免許を持つ抗ガン剤担当の紀平技官に電話したときと同じである。
船瀬さんが「抗ガン剤はたいへんな発ガン物質ではないか?」という問いに
紀平技官は「そのとおり、たいへんな発ガン物質です」と答えたとおりだ。
医者たちは抗ガン剤と称したものが猛毒であるが強い抗ガン作用があると思っているどころか、「これからこの人に発ガン物質を打つぞ」と言う認識が前々からあって続けていたわけだ。
猛烈な毒物ではあるが、強い抗ガン作用があるからやむを得ないと思っているのならまだしも、猛烈な毒物であると同時に強い発ガン物質であることを認識しながら投与しているというのだから患者が知ったら卒倒するのではないか。自分に使わないのも当然である。
そして彼らは真顔で、その発ガン物質を投与する動機を「患者さんのガンを治してあげたいという善意でやっている」と反論する。恐るべき実態ではないか。
●発ガン物質であることを否定することは不可能
まず、この事実の追求に対して、彼らが否定することはまったく不可能である。
なぜなら、抗ガン剤の発ガン性は添付文書にも記載されている重大副作用であり、WHOが発癌物質に指定していることは、インターネットで検索すれば即座に誰でも確認できることだからである。
またそれは自社の添付文書でもラットや患者に腫瘍が発生したとか、二次癌の警告をしているのであるから、売ったり使用する人間が「そんなことは知らなかった」と答えたらどんな教育をしているのという別の問題に発展して一大事である。
担当者たちがそれらの副作用をほとんど認識しておらず、まったく抗ガン剤の添付文書を読んでいないことになるからだ。
さらにこちらはその証拠資料のある記載アドレスなどを示して質問しているのであるから、それら発ガン物質であるという周知の事実から逃げることは彼らにとっても不可能なことである。
だからこそ、この事実に対して彼らは争わない姿勢である。
これらの事実から彼らが指定発癌物質であるということを認識しているということは、周知の事実と同様なのである。
●彼らが発ガン物質に抗ガン作用があると信じる根拠
それでは、彼らが指定発癌物質を治療薬と称して堂々と販売し、ガン患者に発ガン物質を投与してくる正当性とは何であろうか?彼らが悪びれた様子もなく、あっさり発ガン物質であることを認めて、何が悪いのかと反論するには彼らなりの根拠があるという。
しかも、彼らの反論は疑惑に対して返答してくるくらいであるから、意外なほど堂々としたものだ。「確かに指定発ガン物質ですよ。それの何が悪いんですか?これも医学的には使い方次第で強力な抗ガン作用となり、多くの人を救っているのですよ」と。
彼らの反論を大まかに端的にまとめると次の通りである。
これは原文をそのまま転載したものではなく、私が彼らの言い分を複数まとめたものであり、一人の人間の回答ではない。
そしておそらく、遺族や被害者が医者や病院や製薬会社に問い合わせてもだいたい似たような回答が来るであろう。
これらの彼らの思考回路や反論のパターンをあらかじめ認識していれば、彼らに対して即座に反論の準備が出来るはずである。
抗ガン剤を使う医者や抗ガン剤を売る製薬会社の言い分
●発ガン物質でガン治療をすることに疑問を持つことはもっともなことである
「確かにご指摘の通り、抗ガン剤の多くは発癌物質であり、WHOにも指定されている発ガン物質である。人はなぜ発癌物質が抗ガン剤として認可され、患者の治療に使用されているのかという事について疑問に思われるかもしれない。それはもっともな疑問である。
しかし、その正当性は、次のように説明することが出来る。
薬というものは多かれ少なかれ毒性のあるものであり、最終的にそれを使用するメリットのほうが大きいことが科学的に確認されているから厚生省は認可をだし、世界的に使用されているのである。
抗ガン剤が指定発ガン物質であっても、それはさじ加減によっては、それは強い抗ガン剤を示すものであり、ガンの増殖を抑えて患者を救っていることが証明されているのであるそのことを確認するために5台中薬物が試され、ほとんどの者が画面にでボツになり、わずかなものだけが試験をクリアして選ばれているのである。。
その効果を示す証拠や根拠は多数ある。その決定的な証拠のひとつが、無治療患者群と抗ガン剤を使った治療群との比較試験の延命効果である。
●科学的根拠に基づいた科学的治療法
我々は代替療法と違い、科学的根拠、延命データの試験に基づいて治療薬を開発し、使っている。
あなたが言う発癌性があるというのは量や使われ方の問題によって生じることである。また抗ガン剤を打たれた人の全員が発ガンしてくるというものではない。
もし、比較試験において抗ガン剤を投与したほうが発ガンしているのであれば、それは、薬としては認可されるはずがないではないか。
あなたは一面の結果を取りあげて鬼の首でも取ったかのように現代医療に悪意があると主張してくるが、それは大きな誤りである。あなたの論法なら何にでも悪に出来る。
たとえば塩にしてもそうである。塩を食べ過ぎれば人は死んでしまうから毒である。ビタミンにしてもそうである。ビタミンAを2g投与したら、○○がすぐに死にました。この場合、ビタミンAは悪なのか?あなたの論法で言えば、どんなものでも悪にできるのだ。ビタミンAは摂取しすぎると肝臓毒があり、重篤になる。これといっしょである。
言い出したら何にでも『これは人が死んだ、これは毒性が出たから危険だ』といくらでも当てはめることが出来るではないか。あなたの論法は都合のいいものを寄せ集めて過剰に不安を煽るやり方である。
言い出したら何にでも『これは人が死んだ、これは○グラム投与した実験で毒性が出たから危険だ』といくらでも当てはめることが出来るではないか。人に一気にビタミンAを10グラム投与してみなさい。猛毒で死ぬではないか。
ニートログいい整理ができ役であるにもかかわらず、心臓秒な人々を作っている。抗ガン剤もこれと同じ事なのである。
薬などは量によっては、人を助けている。薬や抗ガン剤として使われるものはすべてそういうものである。要はさじ加減、ひと加減の使い方の問題こそが薬効であり、現代医療が人を救うために研究している医療技術なのである。
世界中の医療関係者がどれだけ使ったら人は死ぬか人に買いがあるかを確認しどれだけつかえが逆にがんを殺して延命効果が得られるかということを研究してそれがエビデンスとなっているのである。
シクロホスファミドをたくさん投与すれば猛毒で死ぬでしょうし、発ガンもするでしょう。これは抗ガン剤に限らずどんな薬でも同じ事なのである。
それは使い方によっては抗ガン作用を示し、延命効果があることが科学的に証明されているから、それを認めた上で厚労省は承認をだして、世界中でもっとも効果のある治療法として確立しているのである。
そうでなければ、とっくに認可は取り消されているはずではないか。救っている実績があるからこそ世界中で使われているのである。
●最大の根拠は無治療群との比較延命効果の立証
その根拠のひとつは比較試験である。あなたは知らないかも知れないが、たとえば、○○ガンの患者○○人の比較において、抗ガン剤を使用した群と無治療の群の比較では抗ガン剤を使用した人のほうがあきらかに延命効果が確認されている。それに対して無治療群は○○ヶ月で死んでいる。
ということは明らかに抗ガン剤治療をした患者達のほうが延命効果があったのである。これは証明された事実である。※
これは世界中で幾度も試験が繰り返され、証明されている明かな事実である。この比較試験の説明が続く…
そして、結論として…
●あなたの言う代替療法には科学的根拠がない
現代医療というものは、科学的根拠に基づいて行われているものである。あなたのいう代替療法などは科学的根拠がないではないか。
なぜあなたの主張する代替療法が認められないのか、多くの人に受け入れられないのか、あなたはそれがわかっているか?それを謙虚に自分でよく考えてみなさい。
わからないのなら指摘してあげよう。
つまり、これだけ患者が救われているというデータがないから、認められていないのである。それは人の命がかかっていることについては当然のことである。そのような非科学的なものを厚労省が認可するはずがないし、受け入れられるわけがないではないか。
われわれ現代医療はすべて科学的根拠に基づいた上でしっかり比較試験を行い、そのなかでも有益なものだけが選ばれている学問である。
私たちはその最高の実績、世界中から集められた比較試験や実験の研究結果に従って、日々、患者を救うために日夜研究史、もっとも救命効果のあるものを使用している。」
要約すると彼らの言い分はこのような感じである。そこには実際の比較試験のデータやそれらを示した殺人猟法のサイトがリンクされている。そこにあるデータこそが証拠であるというわけだ。
●彼らには証明された科学的根拠という武器がある
きわめて堂々としたものであり、意外に思われるかもしれないが、彼らは返答や反論してくる人についてはWHOの指定発ガン物質であることなど、狼狽えるどころか、まったく動じない様子だ。
なぜなら彼らには抗ガン剤をやった患者と無治療患者屠畜の延命効果の比較試験による効果が確認されているのだから、薬効は間違いないという彼らにとっては絶対的な反論の武器があるからである。
逆に言えば、これさえ崩せば彼らは発ガン保険金殺人疑惑についての完全に反論の武器を失ってしまうわけである。
また毒性で死んだとかという記録もビタミンや塩など何にでもいくらでも適応できる話であるという言い分だ。
この言い分が本当に正しいとすればダイオキシンやアスベストもさじ加減で使えばガン患者を救えることになる。こういうと発ガン物質の内容によると言われるかも知れないが。
私は抗ガン剤を打たれた被害者とか、その遺族ではないから、彼らに対してこれ以上強い態度で質問を続けることはできない。
私に抗ガン剤を投与したという病院であれば、いくらでも追求できるが、もしそうすれば、彼らは返答する義務がない関係において返答してこなくなるからである。
もちろん、私は彼らの返答してきた主張に関しては自信をもって、何がおかしいのか、すべて完全に崩すことができている。
彼らの主張は、すでに返答が返ってきた時点で完璧に崩れているのである。私は一瞬で彼らの言い分が何がおかしいのか速トクすることができる状態である。
それは、すでに何十年も前から論破されている矛盾ばかりなのである。彼らがそれを認めずにいつまでも間違った医学教育続けているだけではないか。
これらは詳細にわたって徹底的に彼らの主張する科学的根拠を崩さなければならないからこれらの反論を完璧に粉々に崩せる証拠は膨大にある。それは1ページや2ページだけで、取り上げられるような量ではないので、このサイト全体に多岐にわたって書いている。
ここではその一部分である無治療患者との延命比較効果のトリックを書くことにする。
●平岩医師の「抗ガン剤に発ガン性があることは聞いたことがない」発言は何だったのか?
延命比較臨床試験のトリックを暴く!
発ガン疑惑反論の最大の根拠は完全に崩壊する!
●数百のデタラメを組み合わせたクジ引き臨床試験
彼らは延命効果が証明されているデータについてクジ引き臨床試験による無治療群との比較を科学的根拠と主張する。発ガン物質だけど、効果があったというデータがあるのだから使った方がいいではないかというのが彼らの言い分だ。
ということは、これが崩れたらすべて彼らの反論の持ち駒はパーになると言うことだ。
クジ引き臨床試験とは、無作為に患者を選定し、クジ引きで選んだ人間にある治療を施したり、無治療の患者と比較させて、どちらが最期は長く生きたか比較することで治療効果を確認するという方法である。
彼らはこちらが、「患者の振り分け、分母を選択しているんではないか」と追求すると、彼らは「そのような不正がないように、患者は無作為クジ引きによってどの治療を受けさせるか患者選んでいる」と反論してくるだろう。
もちろん建前上、「クジ引きで無作為に選んで行われているから公正だ」と言ってくることくらいはわかっている。そんなことはとっくに解決済みである。
クジ引き臨床試験で重要な前提は「効果があったかどうかと言う判定は無治療群との比較」であると言うことだ。
つまり、相対比較において無治療群にされたほうが早く死んでくれればくれるほど○○の治療法は延命効果があることになる。絶対比較ではなく、相対比較だからである。
しかし、このクジ引き臨床試験は製薬会社や医猟産業が商品をアピールするための最大のパフォーマンスであり、もちろん、その結果次第で利益が左右するから、「こういう結果を出してくれ」「良い結果を報告しなければ次の仕事が来ない」などそれに携わる関係者のさままざまな心理的ノイズが膨大に入り込み、何から何まで、すべての前提操作において、数百、数千の作為やデタラメが重なっていくウルトラペテンの温床なのである。
近藤誠氏の本を読むとこのクジ引き臨床試験のデタラメさがあちこちに書かれている。
ただし、それはそのままストレートに過激に書くと慶応大学病院に不都合だからかわからないが、20%くらいに抑えて書かれているのである。
私が過激に書くと次の通りだ。
●言われた答えだけを盲信している医猟産業の働き蜂たち
彼らにとって最大の反論の根拠となっているのは、発ガン物質に指定されているとか、いろいろ不利な話はゴロゴロでてくるが、それでも彼らが強気に反論してくるのは、無治療で放置した無治療群のガン患者と抗ガン剤の治療群と比較した試験において、抗ガン剤を使って治療した方が延命効果があるということが世界中の比較試験によって証明されているではないかということである。
これは放射線にしろ、手術にしろ、それらのクジ引き臨床試験によって有効性が証明されていると主張する。
彼らはこれを絶対的な根拠であると自信を持って信じて反論してくるようだ。
ところが、私が調べてみると、これらの根拠というのはまったくのデタラメ。彼らの反論になっているクジ引き臨床試験は多重デタラメの温床だったである。
私の中ではそれらはすべての過程においてデタラメな前提操作が行われ、なにひとつ公平な比較などできていないことは既に解決済みである。
●まったく科学的根拠にならないクジ引き臨床試験
その延命データをたたき出すすべての操作において、まったく治癒効果も延命効果など無い猛毒で猛烈な発ガン物質が人を救っているという偽りのデータに差し替えるトリックが多重に駆使されていたのである。
それを彼らは発ガン性があろうがなかろうが、結局それを使った方が延命効果が出ているのであるから人は救われているではないか。その科学的根拠がはっきりしているではないかというのが彼らの言い分である。
しかし、それらクジ引き臨床試験を詳細に分析してみると科学的根拠などとはほど遠いいい加減デタラメな呆れた医療データの捏造実態が浮き彫りになってきたのである。
このような思考回路の人間を作り出すことこそが現代教育の最大の欠陥なのである。バカを作り出す教育こそが、何がおかしいのかも全く気づけないような狂った人間ばかりを生み出し、果ては狂った社会、阿鼻叫喚地獄をつくり出しているのである。
彼らは教えられた結果という答えだけを盲信しているだけでその中身が本当にどうなっているのかをまったく分析もしなければ興味も探求心も持っていないのである。
電話帳暗記、しょうもないウルトラクイズ受験で骨の髄まで探求心を失っているからだ。そこで産まれてくるダメ根性は答えだけを丸暗記して評価をもらう手抜きである。平岩医師のように東大に10年通って、自分一人では添付文書一枚読めない医者が続出するのは当然ではないか。
ただ狂師から教えられて、延命効果が出たという答えを信じて従うことこそが彼らにとって安易な出世の道であり、受験に勝ち抜いてきたノウハウなのである。
小学校から始まる義務教育から大学の試験まですべてがこのような駄目な思考回路を作り出す人間の知能破壊ではないか!
多重デタラメの温床だったクジ引き臨床試験
●延命比較臨床試験とは無治療群と治療群の比較による延命効果の確認
彼らは延命効果があると言うが、その延命効果とはいったいどうやって確認されたデータなのだろうか?
まさか同じ肉体を二つにコピーして、一方には○○の抗ガン剤、もう一方の身体には何もしないで、どっちがいつまで生きられるか放置して比較し、無治療のほうは抗ガン剤を使った方の身体より早くくたばって死ぬことが多いと言うことでも確認できれば、結果は、彼らの言うように抗ガン剤を使った結果で何もしないよりは救命効果があると言うことがはっきりしてくるが、こんな比較などしようがないではないか。
となると、無治療群と治療群の比較というのは当たり前のことだが違う人間を選りだしてやっているのである。 この前提自体がそもそも延命効果の証明などまったく不可能な不完全な比較の前提ではないか!
なせなら比較している人間と言うのは性別くらいは同じ性で比較しているのかも知れないが、年齢も生活も抱えている持病も現代医療から受けたダメージの総量もすべての条件が違うのである。その条件が全く同じでない限り、そもそも延命効果を比較するというスタートラインにすら立てていないのである。
彼らの延命比較による効果の証明というのは、比較するスタート時点ですでに完全に頓挫して、科学的根拠としては成立していないという事に気がつかなければならない。
つまり、クジ引き臨床試験の本当の狙いとは製薬会社や病院が大衆や無知蒙昧な獲物に「○○の治療をしたほうがいいですよ」という商品のアピールに使うためのパフォーマンスだったのである。
そのアピールのためには、当然のことながら、無治療のほうが抗ガン剤なり手術したほうよりも、早くくたばってめでたく死んでくれなければならない。そうなれば彼らの言うやったほうが長く生きたという延命効果ができあがるわけである。
ここで重要なのは選ばれた無治療群には、できるだけサッサと早く死んでもらわなければ彼らは比較による延命データ作成の都合上困ると言うことだ。無治療群には早くくたばって死んでくれる患者であるほど彼らには都合が良いのである。
●比較試験の基本は分母の選択である
比較試験に対しては本でもネットでも様々な角度からいかにデタラメにいい加減な基準で行われているかということは、暴かれていることである。
現代医療のデタラメを告発した近藤誠氏はこれらの比較臨床兼比較試験の前提を自分で検証してみた結果、そのすべてにおいて、それらには検証の前提において医者から病院から患者まで、すべてに分母の操作や選択が自由に出来るという重大な欠陥があることを発見する。
つまり、その結論はすべて公正、公平な比較ではないから、どうにでも欲しい結果に導くための操作を行い、作り出せるというまったく無効なデータばかりだったのである。
そして、それらの盲点をまったく無視したまま作為的なデータが一人歩きして世界的な治療エビデンスが確立してきたのである。
WHO指定の最高の発ガン物質が彼らの言う科学的根拠においてはもっとも延命効果を上げているシクロホスファミドが乳がん治療の70%を占める主剤になっているのもこんなカラクリがあったのである。もちろん実態は患者を救うどころか、世界一の殺人屠殺剤である。彼らの統計では世界一人を救っていることになっている。
まず、本当の意味での比較試験というのは全く同じ人間を同じ状態から、治療する方と全く治療しない方を比較しなければ本当の意味でも比較することはできない。
なぜなら現代医療のやっている比較試験というのは全く別の人間を比較しているからである。分母の選択ができる以上は科学的根拠になりえない。それは作為的根拠でありカネを使えばどうにできることである。
つまり、全く同じ人間を同じ状態から両方比較する等という事は人の肉体をドラえもんの道具のようにコピーして、もうひとつ作れない限り、不可能であるから証明など不可能なことである。
他人の身体で比較して証明したような気分になっているのはやっている人間の自己採点にすぎない。
厳密に言えば、現代医療のやっている比較試験というのは本当の意味での証明にはなっていないし、そんな証明など絶対に不可能であるという事に気がつかなければならない。
臨床比較試験の前提に重大な疑惑がある
●クジ引きなどしていない可能性の高いクジ引き臨床試験の実態
クジ引き臨床試験とは、建前では、高校野球の抽選のように誰かがクジ引きをして施す治療を割り当てることになっている。
それが夏の甲子園のくじ引きであれば、NHK がクジを引くところを映してるから視覚的に、公正に行われる可能性が高いということは、第三者が見てもわかる。もちろんそれでもやろうと思えば不正は可能である。
では、現代医療の現場で行われているくじ引き臨床試験はどうであろうか?本当に厳密にクジ引きで選ばれているのだろうか?
これはよく考えてみるとわかるように、本当にクジ引きで選定がに行われるかということを第三者が確認するものはまったくないのである。建前上、クジでひいて選んだことになっているだけだ。
つまり、医者が会議で選び出して、報告ではクジで選ばれたことにしておいてもまったくそれを監視することはできない。自由自在に選定が可能である。
私は懸賞の裏技のような本を読んだ事がある。あれらは商品のパッケージに建前では「抽選で500名様にプレゼントします」等と書いてあるが、その抽選というのは、おそらくくじ引きのように箱から無作為に引く事であろうが、実際には懸賞の達人が言うには、クジ引きなどでは選ばれていないのだ。
誰も見ていない場所で社員がやってることであるから実際には、抽選などせずに、はがきを見て応援してくれたり、この人にあげたいと思わせるような内容が書いてあったりかわいいイラストがあったりすれば、ぶっきらぼうに字が書いてあるだけよりも、そちらが優先で選ばれるようになっているのである。
あれら懸賞は実際は読んで選んでいることが多いのだ。それは人間の心理が働くからである。
だからこそ、メーカーの社員の心を掴む懸賞の達人と言われる人々ののテクニックが存在するのである。
そうすれば当たる確率が数十倍から数百倍に上がるからだ。それらはもちろん無作為クジ引きなどでは選ばれていない。
それは選別すると言うことには、必ずロボットではなく、人間の心理というノイズが生じるからである。
何が言いたいかというと、実際にはくじ引きで無作為に選んでいるかどうかなど誰も確認してないから、いくらでも前提を操作ができるという事である。
つまり、本当は医者達が会議で「この人にはあの治療、あの人には無治療にしよう」という事をすべて、もしくは大半を医者たちが会議で相談して決めている可能性が高いのである。
私は発ガン物質でも延命効果があると反論する医者達にこう聞いてみたい。
「それらの延命効果が科学的根拠として証明されているというのなら、その根拠となるクジ引き臨床試験が本当にクジ引きで選ばれていると言うことをあなたはどうやって確認したのだろうか?
もしくはそれを誰が確認しているのだろうか?その第三者確認の根拠はどこにあるのだろうか?そこまで彼らを無批判に信用する根拠とはいったい何なのか?」と。
●クジ引きで選んだつもりでも分母の選択が行われる
また、よしんば、決められたルールの通りに、くじ引き自体は一応やっていたとしても、そこで選別される入院患者自体がすでに治験を請け負う病院に患者として受け入れるかどうかを選ばれているからである。その時点でまったく無作為になっていないという欠陥に気がつかなければならない。
この問題は単にクジ引きをちゃんとしているかどうかだけの問題ではなかったのである。
結果的には、クジで選ぶ患者群自体の分母もそれをやる医者も病院も利益という目的を目指して選ばれているのである。
つまり、本人達は公平にやってるつもりでも、その前提を分析すれば、実は選択された人間が選ばれているということである。
本当に無作為でくじ引きで選ばれたという事をいったいそれを誰が確認しているのだろうか?
その現実は密室の中で無作為に選んだことになっているだけではないか。ましてやそれは、利益を出すために動いているビジネスの現場で行われていることであるということを前提に心理的ノイズが絡んでいることも含めて分析しなければならない。
そもそも彼らが提示してくる延命効果のデータとは、最初の前提で本当に無作為にクジ引きによって治療が決まっているという証拠や根拠が全くないのである。あるなら出してみたらいい。何一つないことに気づくはずである。
発ガン物質を投与された遺族や患者は彼らが先のように反論してきたら、それを徹底的に追求するべきである。彼らは答えられないはずだ。
それを信じるというのは「まさか不正はしていないだろう」と人間の良心を無批判に信じているだけではないか。
彼らは民間療法には科学的根拠がないと主張する。民間療法が正確に統計データを作れないのには理由がある。
しかし、科学的根拠がまったくないのは現代医療もまったく同じなのである。こんな根拠のどこが科学的根拠なのだろうか?
これが反論できない時点で彼らの主張する科学的根拠はゼロになったわけである。
●実際にはクジ引き臨床試験をやっていない動機がある
客観的に考えてみれば、くじ引きなどしないで 無作為には選んでいない可能性の方が高いのだ。
それはクジ引き臨床試験や治験などを請け負っていること自体がすでに良い結果を出して治験で稼ぐ医療ビジネスになっているという前提があるからである。
本質をはっきり言えば臨床試験ビジネスとは人体実験ビジネスである。近藤誠氏は怒りの余りか、これらを行う病院や医者の名前も実名で出してしまった。そこで延命効果というデータも作為的に作られているのだ。
ビジネスというのは必ず利益を出すために動くという優先順位が働く。そこには利益のために心理的ノイズが発生するから絶対に公正になど出来ないという前提があることに気がつかなければならない。厳密に決められたルール以外は彼らに都合の良い自己ルールが横行する。
そこでできあがるのは人を悪化させて暴利を狙う病院、阿鼻叫喚地獄へと誘うウソ八百のウルトラペテン統計である。
だからこそ、猛烈な発ガン物質を投与して悪化させて稼ぐビジネスが横行しているのである。もちろん悪化させるほど利益率は跳ね上がって、暴利が儲かるからだ。
まず、治験や臨床試験を請け負う病院や医者はそれで依頼してくれる製薬会社の気に入る良い結果を出さなければならない。
なぜなら、今回自分達におカネをくれる製薬会社の利益に繋がるような良い結果を出さなければ、次の依頼が来ないからである。
つまり、今回良い結果を出せなければ治験ビジネスの医者や病院関係者はオマンマの食い上げになるからだ。彼らが依頼主のために良いデータを作るために手心を加えるのは当たり前のことである。たとえ意識していなくても無意識にそのような前提操作が必ず生じてしまう。
今回、製薬会社を持ち上げる良い結果を出さなければ、次から「あの病院に頼んでも良い結果を出してくれないからやめておこう」と思われたら、臨床試験ビジネスとしてはメシの食い上げになる。
つまり、臨床試験というのは本当にクジを引いて選んだのかすら、監視もされていなければ、野球で言えば打率のようなものを評価されているインチキの温床なのである。
●本来なら病院自体もクジ引きで選ばなければならない
だから必ず治験を請け負うと手を挙げた病院経営者や現場の医者には、製薬会社に都合の良い結果を出さなければならないというプレッシャーがのしかかっているわけである。
ここで、もし本当に彼らが言う偶発的な要因で選ばれたという無作為を正確にするなら、臨床試験を行う病院自体も医者もクジ引きで決めなければならない。
もちろん、実際にはクジ引き臨床試験や治験などは人体実験だから受け入れるところは限られている。
私のところでやると手を上げた病院や医者のところだけだ。どこの病院でやるかと言うことは依頼する側が選んでいるのだから、それは自分たちに都合の良い口利きをしてくれるところにしか頼まなければいいのである。
もちろん両者の目的はビジネスである。それ自体がまったく正確なデータを採取できる環境ではないことに気がつかなければならない。
病院や医者はそれに応じなければ次の依頼は来ない。そういう計らいをしなければ自分たちのオマンマの食い上げになるからだ。
このクジ引き臨床試験には、人間の心理メカニズムから考えて、良い結果を出したい製薬会社の圧力やそれに答えなければオマンマの食い上げになる医者や病院関係者という不正が横行する心理的欲望が渦巻いているのである。
そんな環境で誰も監視していないのに正確な統計を作ることなど不可能ではないか。
このような心理的環境に置かれて誰も監視していない密室で本当にクジ引きで患者は選定されているのだろうか?
またそれを無批判に信じることが果たして科学的根拠で証明されたと言えるのか?それは宗教の盲信、盲従の世界ではないか。宗教ならまだ人間の崇高性が残っている可能性もあるが医療は利益を追求するビジネスである。
地球最強の猛烈発ガン物質で延命効果があると信じている人間は一事が万事で何から何まで荒唐無稽な盲信、盲従の世界に生きているのである。
この時点で全く公正公平な試験等できるわけがないから当然すべての過程において意識的にも彼らが自分では気づいていないこと、無意識的にも不正が起きる。
誰もそれを監視する人はいない。わずかな不正も関わる人間が多く過程が長くなるとドンドンドンドン真実からは歪んでいく。
ルール作りも彼らの自由自在だ。クジ引き臨床試験のクジ引きというのは、その正確さをアピールするためのポーズに過ぎないのである。
それを一体誰が監督、監視、第三者チェックをして公平やな比較試験が行われているかということを確認しているのだろうか?
そのクジ引き臨床試験をやっているすべての関係者が治療したほうが成績が良いというアピールの結果を出すために動いているビジネスなのである。
クジ引き臨床試験の科学的根拠ははじめの前提から頓挫しているのである。
もし実際に良心的にクジ引きで選んでいるとしてもまだまだ穴はある。
暴かれる無治療患者というデタラメ
無治療患者という言葉のトリック
●本当に無治療の人をどうやって治験の比較に参加させるのだろうか?
次に、治療する患者群と治療しない無治療の患者群というのは本当の意味においてちゃんと比較できているのだろうか?
これを分析してみると全くのデタラメで前提がおかしな条件において治療したという患者と治療しなかったという患者が比較されているということに気づくはずである。
まず、抗ガン剤とか、何とか治療で、治療する群と、何もしない“無治療群”という臨床比較試験は、本当に“無治療群”は全く最初から何も現代医療の治療をしていない人達のことなのであろうか?
これがクジ引き臨床試験という虐殺収奪詐欺犯達のポーズで人を騙す言葉のトリックなのである。
医者が患者や家族への説明で当然自分たちの商品を売りつけなければオマンマの食い上げになるから治療するように勧める。このときに、
「無治療の患者は治療された群よりも早く死んでいます」というと、それを聞いた人たちはてっきり、無治療の患者とは、現代医療の治療をまったく受けられなかった人のことだと思いこんでしまうだろう。
普通はそのように思いこんでしまうハズだ。これがまったくのデタラメ。この無治療という言葉に人を騙す大きなウソがある。
その前提をよく考えてみたら気がつくことだが、本当の無治療群というのはそもそも最初から病院になど頼ってこないで身体のあちこちにあるガンを放置して、自分でもガンだとは気づいていない人たちのことである。
あるいはガンだとは知っているが、最初から病院になど頼らず自分で自宅で勝手に民間療法などをやっている人たちだ。検査や告知だけ受けて二度来なくなる人もいるだろう。
当たり前のことだが、本当の無治療群の成績とは、もちろんまったく一度も現代医療の治療を受けずに死んだ人のことだ。
では、現代医療の医者達や製薬会社は病院や薬に頼ってもこないし、現代医療がガン患者であると認識していない本当の無治療群の潜在患者との比較、水と油ほど違う人間をどうやって彼らは比較しているのだろうか?
これは前提をよく考えて見れば妙なことに気づくはずである。そんなことはけっして成立できない比較試験なのである。
つまり、臨床比較試験自体が無治療の患者などとはまったく比較できていない、まったくウルトラペテンだったのだ。
●無治療群とは現代医療の治療を受けたことのない無治療の患者ではなかった!
そこで考えられる重大な疑惑が比較臨床試験において無治療群は先に死んだとされていた患者たちというのは本当に何も治療していない人達がちゃんと選ばれていたのだろうか?というクジ引き臨床試験自体に重大な前提疑惑が生じるのである。
この無治療の患者という前提がウソなら、比較臨床試験による延命データは全部パーになり、彼らの根拠はまったく無効である。
これが本当に無治療でなかったら、「発ガン物質であろうと比較臨床試験において延命効果が確認されているのだから間違いないではないか」という彼らの反論は完璧に崩壊することになる。
抗ガン剤治療で有名な平岩医師は肝臓に10cm ぐらいのガンがあっても本人は全く気づいてない人がいっぱいいるという事を言っている。
当たり前のことだが、10センチのガンは昨日とか今日とか1年前にできたものではない。それだけ大きくなるのには30年くらいかかっているかも知れない。
それでいて、何も悪さもせず本人も気づいていないというのである。ということは無治療患者としての成績はこの時点で推定30年である。
しかも、本人も気づいていないくらい自覚がないのだからクオリティ・オブ・ライフは現代医療の残酷な治療の後遺症と違い、最高レベルであるということになり、さらに延命記録を更新中と言うことになる。
こんな人があなたのまわりにも実はゴロゴロいるわけである。
そのラジオを出す。ガンはそれだけ自分では認識しにくい病気だからだ。
そのような人たちをどうやって現代医療は認識して比較できているのだろうか?
つまり、このトリックはこういう事である。
現代医療が○○の治療群との比較する無治療群というのは、本当の意味で無治療なのではなく、現代医療の有害な治療をさんざん施されて、すでに後遺症でボロボロになった人を最期は何もしないで様子を見るという比較に利用しているだけなのである。
これは前提を考えてみればそうとしか考えられない前提があることに気づくはずである。
●比較試験の無治療群とは、最初から最後まで無治療でとおした人のことではない
本当に無治療群というのは最初から最後までまったく何の現代医療の治療も受けなかった人たちのことだろうか?
この疑問を考えるには、以下のようなシチュエーションを自分で想像してみたら、いかに本当の無治療患者と比較することなど、あり得ないことかがわかるであろう。
たとえば、あなたがこのサイトに書かれているようなことをまったく知らない50歳の女性だとする。
もちろん一般の人はほとんどこのサイトに書いてあるようなことは知らないから、ガンマフィアの宣伝通りに思いこまされている。そして多くの人のように現代医療を信じているとする。
最近風呂に入ると乳房にしこりが感じられるようになって「これはテレビでも警告されている乳癌ではないか!」と不安になって家族からも早く病院に行った方が良いと急かされ、病院に検査に行ったとする。
乳癌ではないかと不安になって病院に助けを求めに行くような人であるからガンマフィアの思惑通りに「もし、がんであればすぐに治療をしなければ大変なことになる」と思い込んでいるだろう。
そして、検査の結果、「残念ですがこれは3期の乳がんです」と宣告される。あなたは宣伝されて思いこまされているように、焦って一刻もはやく手術などの治療をしなければあちこちにガンが増殖して、命に関わると思うだろう。
このときに、医者が今後の治療方針について、こう説明したとしよう。
「当病院は文部科学省から指定された臨床比較試験の指定病院です。そこで、あなたの治療方針についてですが、こちらで比較対象者の選定として、くじ引き試験を実施させていただいた結果、あなたに対しては全く治療をせずに他の抗ガン剤治療との延命比較臨床試験の対象者とさせていただくことになりました。
あなたへの治療方針としては、全く治療をせずに最後まで様子を見るとどうなるかということを比較する無治療患者群として協力していただくことになります。」と説明を受けたとする。あるいは、そうクジ引き臨床試験のことをまったく説明しななかったとしても「無治療でいいと思う」と説明したとする。
端的に言えばガンと闘わずにガンに蝕まれてくたばるまで様子見をさせてくれと言っているわけだ。
実際にはその選択のほうが正しいのだが、現代医療に助けを求めて病院に駆け込んだはずのあなたは唖然とするであろう。
ガンを治してほしいと頼っているのに医者は「放置して死ぬまでの比較をさせてくれ」と言っているわけである。普通なら怒り出すはずだ。
つまり、これこそが本当の意味でまったく現代医療のガン治療を受けない患者という無治療群としての比較なのである。
ではこんな比較は実際に可能だろうか?もし、本当にそんな比較をしたら、その人たちは30年40年もおばあさんになるか、不慮の事故死でもするまで生き延びてしまうことになるだろう。
本当の意味での無治療群とは一度も現代医療のガン治療を最初から最期まで受けていない人のことである。彼らは無治療患者との比較において…と言うが、本当に無治療患者に定義できるのはそういう人だけだ。
しかし、こんな滑稽なコントのような比較前提が実際の病院で行われているとしたら人はどう思うだろうか?
もしそんな無治療患者の参加した比較臨床試験が実際に行われているとしたら、前提がおかしいことになる。
「助けてくれ」と病院に通ってきているのに勝手に医療側がくじ引きをして「あなたは何もしないで最後まで様子を見るということに決まったから何もしないで放置するという試験に協力してください」と言って、それを人はすんなり「了解しました」と協力するであろうか? 前提を考えればまったく無治療の人間が比較試験などに参加するわけがないであろう。
臨床試験のために、よほど莫大な協力費をくれるという条件でもあれば別だが普通は現代医療の治療を信じているのだから断るはずである。
ということは、最初から現代医療の治療をまったく受けさせずに比較する無治療群の患者のほうは集まらないはずである。
病院に来るのは、もともと病院に頼ってきているような人間である。
「ふざけるな!人の命をなんだと思っているのか!」と怒って逃げていくに決まっているであろう。
●わかっている人は最初から病院に行かない
また私のサイトを読んでいるような人はもともと病院に行かないし、ましてやそんなものにいちいち協力などするはずがない。本当に無治療の患者と自分たちの治療を受ける患者と延命比較することなどまったく不可能なことである。
そもそも本当に無治療のガン患者は現代医療の現場に来ないからである。
では、彼らはどうやって本当にまったく現代医療のガン治療を受けていない無治療群として比較に使える患者を採用しているのだろうか?
つまり、本当に現代医療のガン治療をまったく受けていない無治療の患者を実際に比較臨床試験に採用するという前提自体が、よく考えてみたら、あり得ないコントのような滑稽な条件で行われていることになっているということだ。
もちろん実際には無治療の患者の比較など行われていない。彼らは無治療との患者の比較と言うが、そもそも世界の医療現場に無治療比較など存在しなかったのである。
この矛盾について彼らはどう説明するのだろうか?
無治療群という言葉のあやこそが、比較データ最大の心理トリック
●ボロボロにされて治療はもう懲り懲りの人々が最期に無治療群として比較される
ここで何を言わんとしているか気がついたはずである。無治療群というのは、現代医療の治療をまったく受けていない人という意味ではなかったと言うことだ。
○○の治療群と比較する期間だけは何も治療しないで様子を見ると言うだけのことある。何もしなくてもすでに発ガン物質を打たれているのだから後遺症はどんどん身体を蝕んでバタバタ死んでくれるというカラクリなのだ。
実態は無治療の人とは、まったく逆に現代医療の治療をてんこ盛りに受けた人々が最期に後遺症で死んでくれて、治療群の成績をもり立てさせるために無治療群に選ばれているのである。
彼らが言う比較試験でやったという無治療群というのはまったく無治療な人々などではなかったということである。全然無治療でない人間を「無治療なら早く死んだ」というのだから詐欺ではないか!
要するに「ワシらの商品買わんと寿命が縮みまっせ。ワシらの商品をはよう即決して買うてくれや」ということである。
クジ引き臨床試験の無治療群とは、本当の無治療で来た人とはまったく逆なのだ。さんざん現代医療の治療をされた治療漬けの人たちなのである。
それは次のような想定をして考えてみたらわかりやすいはずである。
あなたのお母さんが子宮ガン検診とかのニュースを見て念のために病院に行ったらガンが発見されたとする。
その日から家族の認識ではガン患者と言うことになる。本当は10年くらい前にはガンはあった可能性がたかいから、本当は10年以上前からガン患者である。
ということはガン患者として無治療で10年は生きていると言うことだ。この10年という期間を現代医療は生存期間として採用するだろうか?まったくしないはずである。
これ自体が自分たちに不都合なデータは一切採用しない医猟産業の実態なのだ。
なせなら彼らの商売にとって無治療だとガン患者はすぐに悪化して死ぬと言うことになっていなければ彼らは困るからである。
だから、不都合な生存期間は一切データとして採取、採用しないルールが暗黙の了解のうちに決まっているのだ。
無治療なのに人が普通に生きていたと言うことは彼らには不都合だからである。
潜在患者としての生存期間はまったく採取しないカラクリ
●発見されるまでの生存期間は一切採取しない
潜在患者は全部無視して、治療を受ける患者ですらガンが発見されるまでの潜在期間を生存期間成績としては数えないというのだから、統計作成の前提はデタラメもいいところである。
彼らにいじくりまわされた患者も老人なら3期、4期になるまで50年くらいかかっている可能性もあるのだ。その50年については一切無視する。
治療するまでは50年平穏に生きていたなんてことが一般大衆にバレたら、誰もガン治療など受けなくなり、オマンマの食い上げになるからだ。
もちろん、彼らは「あなたはそういうが、いつから、ガンができたのかはわからないではないか」と反論してくるだろう。
まったくそのとおりである。確かに、いつからガンができていたのかは正確にはわからない。
だからこそ私はこのサイトで何度も繰り返し医療データというのは絶対に正確に採取できないものであり、不確定性原理が生じているからあてにならないと繰り返しているのだ。代替療法のデータがないというのもそのためである。そもそも現代医療にしろ、代替療法にしろ、正確なデータなど作りようがないからだ。
ましてや個々が勝手に単独でいろいろ組み合わせて単独でやっている代替療法など誰が何の目的でその統計を作るのだろうか?
彼らが提示しているデータもこのページで書いている通り100%デタラメで作為的に築いた虚構である。
いつからできたのかは、わからないとはいえ、自分達に不都合な生存期間というものを彼らは一切認めないのであるから、客観的に考えてみたら無茶苦茶な統計である。
都合の悪いものは無視すると言うことが分母の選択である。統計に不都合な分母で出したい結論にふさわしいものだけを認めて採取する。
ここに彼らが自由自在に獲物を落とすデータを作り出すためのトリックが隠されていたわけだ。
彼らが言う無治療患者の生存期間というのは当たり前だが潜在患者期間の年数はまったく含めない。無知蒙昧な獲物たちが真実に気づくとマズイからだ。
それら不都合なことは無視して、とにかく彼らは無治療だと短命化すると言いたいわけである。いじくり回すことには、生活がかかっているのだから当たり前である。
メーカーやいじくり回してナンボの商売をやっている医者が自分たちの商品は必要ないなどというデータを作ったり、提示してくるわけが無かろう。
当たり前だが自分たちの利権に不都合なものは一切無視するのである。そんなデータがどこが科学的根拠なのだろうか?
不都合なものは無視して、気づかなかったフリをして出さなければ良いだけだ。彼らの檻に入った瞬間から彼らの術中にかかっているわけである。
●最初の前提から結論は決まっている
すべては最初の前提からストーリーも結論も決まっているのである。
無治療の成績を作るならこの期間を取り入れないというのは明らかに不公平であるし、作為的である。
なぜならガン患者と認定している人たちは、認定以前からガンだったのに自分では気づかないほど普通に生きていたのだから、その生存期間はどうなるのだろうか?
まして年々進歩する診断機で発見されたなら、自覚できるほどになるまで、この先何十年かかったかも知れない。それどころか、医猟の毒牙にかからなければ死ぬ日まで何も気づかなかった人も多いだろう。
医者もガンはかなり前からできていたということはいろんな本で認めているし、常識的に5センチのガンが、1年前とか、きのうとか、きょうできたものではないことは誰でもよく考えてみればわかるはずである。
わからないとはいえ、潜在患者期間の生存年数を一切無視するというのはいくらなんでも科学的根拠を無視した暴挙である。
猛毒猛烈発ガン物質であるマスタードガスをブチ込んだ方が延命効果があるという荒唐無稽な医者には、彼らが出してくるデータには、この疑問が含まれない医猟界の不正を徹底追求するべきだ。彼らも追求されれば、その期間は無視されていることを認めざるを得ないはずだ。そうなると彼らが反論の持ち駒として出してきた根拠はパーになる。
なぜなら、発見されたガンが、昨日とか今日できたものではないことは絶対に間違いないことで彼らも追求すれば認めざるを得ないことだからである。
彼らは生存期間どころか気付かなかったクオリティ・オブ・ライフの快適期間も一切無視する。
まさか彼らが「気づかない期間は快適に過ごせてたんですよねぇ」なんて言うわけがない。そんなことに気づいたら獲物に逃げられるではないか。
ガンを放置してクオリティ・オブ・ライフが何の違和感もない期間が30年も続いたなんて隠された真実のデータが浮上してきたら、ガン産業は壊滅するだろう。
これらをマスコミはほとんど報道しないのである。当たり前である。彼らから莫大な資金が流れ込んで、不都合な番組は作らないように口止めされているからだ。
彼らが作るデータなのだから彼らの商品の宣伝に都合の良いデータになっているのは当たり前である。
彼らが薬を使うように説得に提示してくるデータにこれらは一切含まれないという重大な欠陥があることに読者は気づかなければならない。
彼らは潜在患者期間を無治療患者としての成績に取り入れることを絶対にしない。
なんのことはない。自分たちに不都合なものは全部認めないで完全に無視するのである。こうすれば商売に都合の良いデータを作れるからだ。
●彼らのデータには推定生存期間すらない
彼らは推定生存期間という成績すらも一切作らないのだ。これの何が科学的根拠か。
当たり前のことである。無治療だったらはやく死ぬという成績データを作ることが彼ら、医者、製薬利権など臨床試験を行うものたちの共通の目的だからである。
こうやって不都合な潜在患者はすべて無視して、受ける患者ですらも推定生存期間をバッサリ削除するとなると、不都合なものは全部無視していくと、必ず無治療のほうがはやく死ぬという恐怖のデータができあがる。
その実態は治療漬けでボロボロにされた人々が後遺症で死んだ期間なのである。これほど現代医療のクジ引き臨床試験の成績はデタラメの温床だということだ。
だから、本質を分析せずに彼らの言う結論だけ聞くと、治療すればするほど延命できると言うことを思いこまされていくのである。
彼らはその前提を一切分析していない。受験テクニックと同じく結論だけ丸暗記して意味もへったくれまったくわかっていないのに答えの部分だけを信じさせるというのが現在の学校凶育、医学凶育だからである。
このバカな人材と作り上げた虚構データを暴利の抗ガン剤を売りつける宣伝文句に利用するシカケ。
だからこそ無治療の患者は必ず治療群より先に死んでいるデータだけを繰り返し、強調して、逆のデータは一般の人には見せないようにしているのである。無知蒙昧な大衆はガンにかかったら真っ先に病院に飛び込んで暴利商品を即決で購入させられるシカケ。
そもそもデータなんてものはビジネスのためのに作られたものであり、必ずデータを作成している企業の都合のいいようにデータが採取されることは当然のことだからである。その目的はもちろん自分たちの商品の効果を宣伝するためだ。
無作為クジ引き試験はクジ引き試験になっていない
病院にセンセイセンセイと頼ったら、いきなり比較臨床試験の対象に選ばれて、「センセイは無治療で良いって言うの。あなたどう思う?」と聞かれたとする。
娘であるあなたは、その病院に対してどう思うだろうか?
こんな前提が果たして日本の病院で行われているのだろうか?あるわけがなかろう。
無治療群との比較というのが本当に現代医療の治療を受けたことのない無治療の人という意味で比較が行われているとしたなら、こういう人がゴロゴロいなければおかしいからである。
また仮にこのようなことをやっていたとしても、患者にも選択権があるのだから、ほとんどは逃げられてしまって都合良く同じ状態の比較患者など集まるものではない。
無作為臨床試験というのは同じ程度の患者が集まらなければならないが、そんな都合良く治療群と無治療群に分けて比較できるはずがないのである。
さらに本当の無治療群というのは自分がガンであるとまったく気づいていないときから死ぬまで全く現代医療のガン治療を何もしないで最後まで様子を見たという人の意味であって、そんな人間がどうして、現代医療の現場に行って臨床試験に参加などしているのだろうか?そんなことは前提を考えてみたらあるわけが無かろう。
つまり、彼らの言う無治療群というのは全然無治療群などではなかったのだ。
彼らの言う抗ガン剤治療をした人より早く死んだ無治療群というのは、最初から最後まで現代医療のガン治療を全くしなかった人たちではないのである。
この無治療群という言葉こそが、この比較データの最大の心理トリックなのだ。
人は「無治療のガン患者群と何とかの治療をした方の患者屠畜の延命比較試験では、○○の治療をした患者達のほうが長く生きました」というと、てっきり、無治療のほうは最初から最後まで全くガン治療を受けなかった人たちのことであるかのように思い込んでしまうはずである。これが前提を詳しく言わないでてっきり○○だと思いこませる心理トリックなのだ。
実際はこうである。無治療群というのは、比較する時点から、○○の治療をやったほうと何もしなかったほうの比較なのである。
彼らはこのくじ引き試験についてくじ引きで決めているのであるからどの治療をするか無治療にするかの患者の割り当ては公平に選ばれていると主張するかもしれない。
それは果たして本当であろうか。
これには、前提をよく分析してみれば医猟産業に都合の良い結果を作り出すトリックが存在することに気づくはずである。
クジ引き試験の実際はクジ引きでは選ばれていなかった
見落とされているクジ引き試験の重大な欠陥
●無作為ランダム臨床試験のトリックは解決済み
医者や製薬会社たちは科学的根拠としてランダムに選び出したクジ引き臨床試験で治療したほうが長生きした延命効果が証明されていると反論してくるだろう。
猛烈な発ガン物質などを投与していることの正当性を裏付ける根拠はクジ引き臨床試験の結果くらいしかないのである。
あくまでも、「無作為なランダム試験でその治療をしたほうが無治療よりも延命したというデータがあるから間違いないではないか」と。
私は「それは患者の分母を選んで都合良くやっているではないか」と言えば彼らは
「そのような不公正が生じないように医学ではクジ引きなどの無作為ランダム試験で公正さを証明しているのです」と答えてくるだろう。
これだけが彼らにとっての反論の砦である。発ガン物質を投与していることは認めざるを得ないのだから、これが崩れたら全部パーになる。
これらの偽りのデータを作り出すトリックも既に解決済みである。
私はこの無作為クジ引き臨床試験というのはあたかも偶発的に選ばれた患者が無作為にどの治療をするかを振り分けるという建前に過ぎず、実際にはほとんどが都合良く被験者が選択されているものであるという事実に気が付いた。
クジ引き臨床比較試験では薬の臨床試験と物理療法では事情が違ってくる。
そのカラクリは次の通りだ。
●物理療法は患者に偽ることが出来ないという問題がある
まず、比較するのに問題なのは、手術や放射線など物理療法に関してである。
薬の臨床試験と物理猟法が決定的に違うのは抗ガン剤の臨床試験は無治療群にもプロシーボ効果を確認するための毒にも薬にもならない小麦粉のような偽薬を偽って飲ませて患者には治療群と同様に同じように治療しているかのように思わせる方法をとるから両者に建前では同様に治療するということにしているが、物理療法のうち、とくに手術は無治療群には実際にお腹を切ったりするまねごとはできないから患者が治療しないことに気づいてしまうことになるし、結果どのようになるか事前に説明しなければならない。
クジ引き臨床試験にとって患者が無治療であることや○○の治療をされるということに気づいてしまうこと自体が無作為ランダム試験にとって重大な障害なのである。
本来の比較は偽薬を使うように両者に同じように治療を施すという建前を信じてもらわなければ公正な比較などできないからである。
ほとんどの治療である物理療法では、これができないという前提に欠陥があるのだ。
たとえばハルステッド手術などの徹底的にとる全摘手術と温存療法の比較臨床試験ではやることが全然違うから、クジで決まったと言っても患者が嫌だと言えば変更せざるを得ない。
たとえばあなたがそのクジ引き臨床試験の被験者の立場に立ったとする。医者はクジ引きで引いたとおりにあなたには全摘手術を勧めてきたとする。写真
あなたはその説明を聞いておっぱいとか子宮が全部無くなるのは嫌だから断ったとする。これだけで医者がひいたとおりに無作為ランダムに患者を選んでそのとおりに施すことにはならないではないか! 患者が断れるとか逃げ出せるという余地を与えている以上は絶対にランダムな選択にはなりえないのである。
クジ引きで選んでも変更が生じると言うことは無作為にランダムに選べないと言うこと欠陥に気がつかなければならない。
実際の医療現場では無作為にクジ引きで選んでも必ずクジの結果以外に変更が起きてしまう。患者の意志で嫌だと言われれば再変更される。
患者の意志というものがある限り、無作為に選んだクジ引きだけで実際に無作為に選ばれることなど不可能ではないか。
この時点でまず、彼らの言う無作為ランダムに公正に患者が選ばれて比較しているという最初の主張が崩れた。
それはそもそもクジ引きをする以前に病院に来ている患者というもの自体が既に偏った前提の中で選ばれているという前提がある。
そのカラクリは以下の通り、さまざまな欠陥がある。
●病院に来る人が無治療を望むだろうか?
まず、クジ引き臨床試験に使われる患者は病院を信頼して頼ってきている人を対象にしていると言うことである。
だからそもそも病院に頼ってきているのに、今後のガン治療は無治療でいいという希望はよほどダメージを受けて懲りた人しか希望しないはずである。
なぜならダメージがないのに無治療を希望するような人は最初から病院に来ないから臨床試験をするような現場にはいるはずもなく、臨床試験の対象にしようがないという前提ができあがっているからである。
そうすると最終的に無治療群に落ち着く患者のタイプというのはボロボロにされて懲りた人たちが大半を占めるようになってしまうわけだ。
このようにくじ引き試験というのは完全にくじで引いた通りに行われていないで、本人の希望に合わなければ再選定が行われるという重大な盲点があることに気がつかなければならないのだ。そこには患者意志も尊重するというクジ引き以外の変動が起き、心理的ノイズが生じるからである。
結局はクジ引きというのは単なるポーズ、建前であって実際は患者の希望が優先されることになるから必ず偏りが生じてしまう。
●患者は断ることが出来るというクジ引き臨床試験の盲点
臨床試験をよく分析していない人にとっては、「無作為クジ引きで選んでいる」と説明されれば、くじ引きで選べば誰が○○の治療をするか、無治療に選ばれるか、それなりに偶発的なクジ引きで選ばれたものだから一見すると公正な試験のように見える。
しかし、ここには重大な盲点があって、くじ引きをしても、その出たくじの結果を承諾するかは患者の承諾を得なければならない。ここが科学的根拠に欠ける重要なミスポイントなのである。
これをあなたが自分がその臨床試験に参加する患者の立場に立って考えてみるとこう思うはずだ。
主治医からあなたへ、「この治療でをいきましょう」と言われた。或いは「もう無治療で行きましょう」と言われた。そもそも本当に無治療がいいと思う患者ならそもそもなんの目的で病院に頼ってくるのだろうか?必要があると思うから頼ってきているのではないか。
ダメージが少ないのに本当に無治療がいいと思う患者はそもそも病院には来なくなるから臨床試験に参加などしているはずがないのである。
病院に頼るくらいの患者であるから、治療を受けようと思っているはずであるし、そのクジ引きの結果が希望でなければ断るはずである。主治医はあなたにクジ引きの割り当てを引き受けさせたり、行使することができなくなる。
実際には、いくらクジ引きで公平に選んでいるつもりでも、患者が断れば再度選びなおされることになる。その時点でもう無作為試験ではなくなっているではないか。
なぜなら、クジ引きで選んだ割り当ては100%行使されないからである。それどころか60%ですらあやしいものだ。医者はクジ引きで選んでも同時に患者の意志も尊重しなければならないからである。
あなたが「無治療でいきましょう」というほうに選ばれてもあなたが「闘わずして死ぬのを待つなんて冗談じゃねぇ」と怒って断ればそのくじの結果は適応されない。患者は逃げ出して出て行くことも可能である。
つまり、実際にはクジ引きをして無作為選択をしたつもりでも断る人間と治療したい人間の意見が合わなければ再度やり直して選定されることになる。
断った人間は臨床試験の対象者から外すのだろうが、これを繰り返していくと結局、本人の希望通りの者だけが偏ることになる。
クジ引き臨床試験が絶対的な科学的根拠であるという医者は、これを繰り返して再選定をしていくとどういうことになるか考えてみたことがあるだろうか?
本人の意志と一致するまで繰り返していけば、ある種の人間は治療したいといって断り、ある種の人間は無治療のほうがいいということに分かれてくることになれば、最初のクジ引きの公正効果はドンドン薄れていく。
これは一見するとクジ引きで偶発的に公平に患者群が選ばれたように見えるが最終的な割り当てでは、まったく公平には選ばれておらず、結局、患者の意志によって決まっていたと言うことである。
731部隊のような逃げられない実験棟でない限り、患者は自分の希望でない治療方針につきあう義務はないからである。
●強制試験でなおかつ逃げだしは不可能にしないと無理
クジ引き試験、比較臨床試験と言っても昔の731部隊の人体実験のように医療側が一方的にクジ引きで決めたことを押し付けて実行させることが出来ないから、患者の承諾をとって最終的に今後は無治療群と治療群の比較が行われている。
これ自体が不確定性原理であり、正確なデータを採取するに不都合なノイズが発生してしまっているのである。統計をねじ曲げるのは常に人間の心理的ノイズである。
医者がクジをひいてどちらに治療をやってもらうかを決める現在の無作為試験の科学的根拠の前提はこれが100%行使されているという前提があるから信憑性があるということになっている。これがまったくの間違いだったということは無作為試験のすべてのデータが無効になったと言うことだ。
このクジを患者がひいたとしても患者の気が変われば別の病院に行くことも可能であるから、実際にはいろんな患者を相手にすればクジ引きで決まったとおりに割り当ては行えない。
これこそがクジ引き臨床試験の正確性を歪ませる重大な欠陥であり、彼らの言う公平さというのは、この時点でまったく消滅しているのである。
あなたに、「○○抗ガン剤の治療しようと思う」とか、くじの結果で出たように、あなたには「何も治療しない方がいいと思う」と勧めたとしても、患者のあなたの方が「それは嫌であるからこうしてほしい」とか病院を移るということになれば、そのクジ引きの結果は必ずしも適用されない。クジ引き試験というのは建前で、よく分析すれば結局は、クジ引きでは決まっていないことのほうが多いはずである。
そもそも病院に頼って臨床試験の現場にいるような人は現代医療を信用しているから来るのである。その現場にいると言うことは通常は治療する気があると言うことだ。
そんなところにいながら無治療に応じる人間は治療の過酷さに懲りた人間だけである。 つまり、無治療になる人間は累積ダメージの多い人間に偏ってしまう。
彼らが言う無作為試験の正確さを優先するというなら、くじ引きで選んでそれに応じない人間をはずしていくと無治療にしたい患者と治療してもいい患者はドンドン偏ってしまうから、ひとりでもクジ引きに従わなければその病院のクジ引き臨床試験はすべて無効で中止するべきである。
クジに従わない患者が一人出ただけで公正さは欠落するからである。そんなことしたら、すべての病院課でのクジ引き臨床試験は全部ダメになる。
中止しないのだから、すべて不正な捏造であるデータの操作であるが、さらに問題なのはそれを監督、監視する人がいないために彼ら自身も自分で気がつかないうちにデータが歪んでいっていることに気がつかずに、彼らは自分たちの臨床試験を自己分析できずにちゃんとやっている気になっているということである。
自分たちに都合の良い不正には人は甘くなるものだ。そして、逆に自分たちに不都合なデータは入りにくくなるように厳しく排除するのである。このように医猟産業は必ず利益のために関係者の心理的ノイズが発生する。
捏造しているにもかかわらず、自分たちが捏造しているという自覚がないままデータが発表されているから、さらにたちの悪いデータが横行しているということである。
●薬の無作為試験にも欠陥がある
では次に抗ガン剤などの薬の臨床試験はどうか?
薬に関しては治療群と同じように患者には治療していると思わせるために無害な偽薬を投与するから、患者は無治療ではなく、治療しているというつもりになっているから断ったりしないだろうという反論があるはずだ。
それもウソである。なぜならクジ引きで割り当てが決まった後でも○○の治療は嫌だと言えば採用できなくなるからである。
薬の無作為試験については無治療群と言わず偽薬で治療しているような気分にさせているプラセボ群という言い方をする。
これらにはあらかじめ「無治療でいきましょう」という宣告はしていない。
●無作為臨床試験などいまだかつて行われたことはない
これによって彼らの言う無作為でクジ引きで選んでいるから公正な前提でやっているという主張も完全に崩れたはずである。
最初はくじ引きで選んだようになっていても、実際はくじ引きではなく、最終的には医者や患者の意思によって選定されているという重大な欠陥に気がつかなければならないのだ。クジ引きというのは少しずつ割り当てが変化していく。無作為選択はあくまでも建前なのである。前提を分析すればそのとおりにいくはずがないではないか。
もしクジ引き試験の公平さを訴えるなら、絶対に変更不可の条件で、ひとりでもクジで決まった割り当てに従わなければその病院の臨床試験は没と言うことでやらなければならない。
そうなるとどういう割り当てが出ても出た人間には○○抗ガン剤を○グラム使うということになり、まるで731部隊の実験棟だ。それは人権無視の強制人体実験である。そんなことが今の時代にできるだろうか?
もしこの条件ならすべての臨床試験は頓挫して世界中一例も臨床試験が実施できないことになる。だから、必ず変更が行われてクジどおりの割り当てでは行われない。
妥協策で変更しても続行される。その時点で彼らの言う無作為で選んでやった結果、出たデータであるという主張は完全に崩れているのである。
もし厳密に無作為でやった場合は医猟産業が作りたいデータが出にくくなってしまうだろう。
さらにはその厳密ルールで無作為でやっても途中で逃げ出したり、病院を移って独自に別の治療をする患者が出てくるのだから、そういう患者を捕まえて死ぬまでクジで決まったとおりに実験に参加させることは不可能だ。
どっちにしても患者が全員死ぬまで公正にデータをとるなど不可能だ。医者も患者もわざわざそんなルールをやりたがるはずがないし、そんなルールなら参加する人がいなくなってしまう。
つまり、結論としては、医療現場では正確にデータを採取することは出来ないという臨床試験の不確定性原理である。
クジ引き臨床試験というのはテレビ中継で国民が監視している甲子園の組み合わせ抽選などとはまったく違うのだ。
無作為臨床試験など実際には存在しない。そんなものは行われた試しがなかったのである。
なぜ治療群のほうが長生きしたという結果になるのか?
●ガン治療に懲りた人間ほど無治療群に集まるカラクリ
これらのクジ引き臨床試験の一連の流れをよく分析してみると、最終的に治療をする方に落ち着く患者と治療しない側に落ち着く患者というのは大体人間の心理作用から考えるおおかた決まってくるのである。
これは自分がその立場に立たされてる患者の状況を自分にあてはめて想定してみたらわかりやすい。
あなたはすでにさんざんいろんながん治療うけて放射線でおっぱいは焼け焦げて痛いわ、抗ガン剤で猛烈に吐いて、髪の毛は抜けるわ、吐き気はするわ、苦しいわ、それでいて治っている実感がまったくない。このときにどういう心理に陥るだろうか?
それで「あなたは○○抗ガン剤のクジ引き臨床試験で○○の抗ガン剤を○グラムやってみましょう」と言われた。「冗談じゃねぇ」と思うはずだ。もう懲り懲りのハズである。ガン治療に懲りた人間は無治療群に集まると言うことである。
では治療群に集まるほうはどうか。
○○抗ガン剤を打つ方として引き受ける人間はどうか。それは自分の立場になって考えてみればわかるようにまだガン治療に懲りている度合いが比較的に少ないからだ。
当然ながら無治療群にはどういう人間が偏るかは予測できるはずである。
それは、結局、さんざん治療で痛めつけられてボロボロになった「ガン治療はもう懲り懲り」というガン患者のほうが多くなることは言うまでもない。
それに対して治療する群は比較的にまだ懲りていないダメージの少ない闘おうという気力の残っている群である。
つまり、よく分析してみれば、有害治療の累積ダメージによって結果的に治療群と無治療群は選定されてしまうのである。
医者たちは発ガン物質でも効果がある根拠として、くじ引きで選んでいるのであれば完全に100%公平な比較ができていいと思っているが実際にはこのような人間の心理というノイズが強烈に入っているから全然くじ引き通りに等行われていないので、この時点でくじ引き試験であるという公平さは完璧に崩れている。彼らの主張はまったく無効になっているのである。
これは現代医療にとっても都合が良いからだ。
●無治療群には早く死んでもらいたい現代医療関係者のホンネ
なぜなら、無治療群というのはアピールしたい薬を使っているほうよりも早く死んでもらいたいからである。
早く死んでくれることで、「やっぱり積極的にわれわれの治療を受けてもらったほうが長く生きたではないか。この薬のおかげてある」という宣伝ができるからだ。
やる度に無治療群のほうが長く生きたのでは薬屋も医者も不要だったことになり、面目丸つぶれである。そういうことは怒ってもらってはならないという心理が働いている以上、必ず心理的ノイズが常に生じて前提操作が行われるのである。
なにしろ、薬の使用群よりも無治療群のほうが長生きしてもらっては絶対に困るのだ。そんなことがあれば、自分たちの犯罪、殺人事件を立証することになっちまうではないか。
自然な流れで無治療群には累積ダメージの大きい人が偏ることになるから、当然ボロボロになった後遺症でサッサとバタバタ死んでいく。願ったり叶ったりのシカケである。
つまり、クジ引き試験も何度か再選定をしていけば治療を受けたいほうの人間と二度と治療などしたくない人間がクッキリと別れることになるわけだ。このような患者側の心理的ノイズが公正な比較であるはずの比較臨床試験に強烈に影響していると言うことについてどう思われるだろうか?
これでは正確で中立的な比較など不可能である。だから、実際にはクジという偶発的なものだけで患者を選ぶことなど、現実的にはほとんど不可能である。
治療をしたくないほうの人間とはもう予測が付くはずである。
当然、前提を考えれば、ボロボロにされたほうが懲りているから、無治療群に偏ることになる。苦しい有害な治療を受けて心身共にボロボロにされて、「もう現代医療のガン治療は懲り懲り…」という人たちが「もう治療はやめときましょう」という医者の方針に飛びついて、無治療群に丸く収まることになる。クジで選んだように見えても、実際はクジよりも患者の希望が優先されるから、クジの優先順位は低くなる。
甲子園の高校野球なら「やっぱりうちは初戦でPL学園とはやりたくないから変えて欲しい」などいって変更は利かないからかなり公平であるが、現代医療の比較臨床試験は患者にも人権があるから、クジで引いた通りにはいかないのである。これがクジ引きは公正であるという主張の盲点である。
ボロボロ群の患者たちに医者が「もうこれ以上、何もせんときましょう」と言えば快諾してホッとするであろう。
治療群はその逆だ。この時点でどっちのほうが先に死ぬ()というのはやる前から決まっているのである。
まだ累積ダメージが少ない分だけ、「私はまだ、闘います」という気力が比較的残っている。累積ダメージの低いものが治療群になり、累積ダメージの多い者が無治療群に集まるシカケ。
当然この時点から毒を盛られても累積の体力が残っている分だけ死ぬ時期はボロボロ群よりも遅れることになる。
なんのことはない。抗ガン剤や手術の延命効果というのは、トリックの原理が解けてみれば、現代医療や治療技術の治療効果とはまったく無関係だったのだ。
これならシクロホスファミドを打っても無治療群よりは長く生きるはずである。もっと毒性が強くてもさじ加減でそうなるだろう。どんな有害無益な毒でも、この前提であれば自由自在に延命効果が証明された薬を作ることが出来る。
●累積ダメージで悶死して犯人の商品の演出に利用される悲劇
当然ながら無治療群はこれまでの過酷な治療による累積ダメージが大きいから、治療群より早く累積後遺症で衰弱してバタバタ死んでくれる。
大衆はてっきり○○の抗ガン剤とか治療法は延命効果があったと飛びついてくるシカケ。
これが○○治療の延命効果を見事に立証してくれるというシカケのカラクリである。最初からこういう血かを導き出すストーリーは決まっているのだ。
あくまでも無治療群との比較においては無治療だった人よりは長く生きたと言うだけに過ぎない。それが本当にまったく現代医療の治療をされていない人だったらまったく治療されていない人のほうがはるかに長生きしているはずである。
それらは本当の延命効果などではなく、操作されたインチキの檻の中で演出されたウルトラペテンだったのである。
こう考えると臨床比較試験はほとんどの場合、彼らに都合良く、無治療群のほうが早く死ぬのは当たり前のことではないか。なぜなら、そういう選別が自動的に振り分けられるように仕掛けられているからである。
それは無治療群の本質とはタップリと治療されてボロボロにされた人々なのだから。後はほっといても勝手に早く死んでくれるシカケ。
そしてその本当の原因は無治療によって早くガンが悪化して死んでいるのではなく、累積後遺症による殺人事件なのである。
一方の治療群が長生きするカラクリはこうだ。
それらは「まだ治療しよう」と決めた分だけ累積ダメージが少ないから、無治療群よりは残りの人生を長く生きただけに過ぎない。それらの前提は一切無視されているのである。
●本当の無治療ガン患者が場違いな場所にどうしているのだろう?
本当の無治療というのは、最初から最期までまったく現代医療のガン治療を受けなかった人たちのはずである。
そういう人たちをどうやって現代医療のクジ引き臨床試験に取り入れることができるのか?
そんな人たちが、どうしてそんな場違いな場所で医者の指示に従って殺戮ガン病棟で入院などしているのだろうか?
あるいは入院していないとしても関わっているのだろうか?よく考えてみたら前提がオカシイ妙な話である。
本当に現代医療の治療を拒否するような無治療の人が現代医療の治験現場などに参加しているわけがないではないか。
またそういう人は現代医療に郷里よくする気などないからデータをとることもできない。どうやってそんな現代医療を拒否しているような人間が場違いな場所で医者の言うことを聞いているというのだろうか。
彼らが都合よく利用した無治療群の本当の実態は無治療とはまったく逆らメチャクチャに痛めつけられた人々なのである。全員ではないだろうがそういう人がかなり含まれているはずだ。
それらは現代医療の有害治療のてんこ盛り経験群なのだ。てんこ盛りに仕掛けた後に放置したら力尽きてバタバタ死んでくれるというのが本当の結果である。
無治療群が猛毒を打たれた人よりもバタバタと力尽きていくのはガンとはまったく無関係なのである。それは私が書いているとおり有害な現代医療に殺されているのだ。
●悪い状態と比較させて架空の手柄を作り出す心理トリック
クジ引き臨床試験で重要なのは、延命効果の立証というのは本人の絶対比較ではなく、選び出した他の患者との相対比較である。要するに比較させた無治療群のほうがサッサと死んでくれれば試した薬の手柄になるシカケ。
より悪い結果と比較させて、「薬を使わなければもっと早く死んでいたはずだ」という架空の前提を想定し、「使った方は薬のおかげで延命したのだ」
これがクジ引き臨床試験の狙いである。同じ人間ではまったく証明していないのだ。
これは何度も言うように実際の比較は不可能だが、もし仮に同じ人間が何もしなければ間違いなく毒を盛られなかった身体のほうが長生きしていたはずだ。それはさまざまな状況証拠から言えるのである。崩せるものなら、これらの前提を覆して正当なものであると説明してみよ。
現代医療のトリックは、より悪い比較対象を作り出して心理的に比較させることによって架空の手柄を作り出し演出するという心理トリックなのだ。
現代医療の手柄や進歩というのはよく検証するとほとんどすべてこの心理トリックである。
ガンで死んだら110番 愛する人は“殺された” 船瀬俊介
第4章 いまも日本の病棟では、ガン患者がモルモットとして殺されている
ガン治療現場は人間モルモットの殺戮工場だ
●「抗ガン剤は効果がない」(厚労省医療課長)
「抗ガン剤は効かないんだってネェ……」
「お医者さんは、自分は抗ガン剤を打たないらしいよ」
講演会などに行って、このような会話をよく耳にするようになった。人々は気づき始めている。今のガン治療には恐ろしい嘘がある。罠がある。ガン患者の五人に四人は、ガン"治療"で殺されている……。その戦慄の事実に。
厚生労働省の専門技官ですら「抗ガン剤はガンを治せない……」と独白しているのだ。(拙著『抗ガン剤で殺される』花伝社)
私は、その正直な告白に驚いた。
しかし、いまや、公開の場でも堂々と厚労省幹部が「抗ガン剤はガンに効かない」と公言しているのだ。
以下は厚生労働省の保険局医療課長、麦谷眞里氏の驚くべきホンネの発言だ。
「……私的意見としては、抗ガン剤は、保険で払う必要がないと考えている。なぜかというと、(抗ガン剤は)三つくらいを除いては、いくら使っても効果がない……からだ。抗ガン剤使用の現状をみると、たとえ延命三か月と言われた人の命が、一年に延びるなど、ほとんどの場合、それは延命効果で投与されているにすぎない」
これは二〇〇五年一〇月二〇日開催『医療経済フォーラムジャパン』の第四回公開シンポジウム席上での発言。満席の聴衆を前に、クニの医療責任者が「抗ガン剤は効果がない」と言い放ったのだ。
●毒殺されたガン患者一〇〇〇万人超の戦慄
その発言趣旨は「抗ガン剤は効果がない」だから「保険で払う必要がない」。全国のガン患者が聞けば驚倒驚愕する内容だろう。
ついにガン産業の中枢である"クニ"もホンネを洩らしはじめた。もはや「抗ガン剤は効かない」という真実を隠し通せない。彼らはそう判断したのだ。
『抗ガン剤で殺される』(前著)を一読すれば、だれでも「抗ガン剤投与は、未必の故意殺人である」ことは、一目瞭然。
犠牲者は年に約二五万人。戦後六〇年余で"毒殺"されたガン患者は一〇〇〇万人を軽く超えることになる。
アウシュビッツ大量虐殺、七三一部隊惨劇も顔色をなくす戦慄の大量殺戮だ。それに国民、だれひとり気付かぬ現実が空恐ろしい……。
さらに、薬害エイズ事件の数千倍もの厚労省の"不作為の罪"つまり「ガン患者が毒殺されることを知っていながら放置した罪」(不作為罪)が問われることは一〇〇%確実だ。
だから、ガン産業(ガン・マフィア)中枢を占める厚労省幹部たちは、「実は、抗ガン剤は効かないんだ」と責任逃れを始めたと、私は見る。
●"延命"ではなく抗ガン剤の毒性差
しかし、この保険局医療課長、麦谷氏の発言にも問題はある。
医療現場で「抗ガン剤は、もはや"治す"目的ではなく、"延命"目的で投与されている」
のは事実だろう。抗ガン剤に"延命"効果がある……と信じるのは早計だ。
たとえば、それは、抗ガン剤Aなら三か月しかもたない。しかし、新しい抗ガン剤Bに替えたら一年生きた……という論法にすぎない。
これは、強い毒Aを盛ったら三か月で死に、弱い毒Bを盛ったら一年後に死んだ……ということと同じ。
これを五十歩百歩という。患者を"毒殺"したことに、変わりはない。
抗ガン剤という名の毒薬A、Bを、どちらも投与しなければ、患者はさらに長く生きただろう。
さらに、食事を完全に自然に変える食事療法などの代替療法を取り入れれば、ガンの完全消滅ですら"奇跡"でもなんでもなく、起こり得る。
ガンで死んだら110番 愛する人は“殺された”
●ウルトラ大転倒のゲームオーバーに備えはじめた関係者達
麦谷眞里氏がこのようなホンネを公で発言したのは今後、ウルトラゲームオーバーの大発覚に備えてであろう。
いよいよ近づいてきたらウルトラ大転倒のゲームオーバーの激震に関係者達も備え始めたのだ。
なぜなら、この虐殺が発覚すれば凄まじい怒りで国家は転覆するし、役人にも個人追求が起きるだろう。
厚労省の役人に対しても、薬害エイズ以上の犯罪追求になることは確実だからである。
その前に、このように「私は反対していた。取り消すべきだ」とさんざん訴えて奔走していたという発言が公で言った記録として残っていれば、後の裁判で有利になる。
巨大な医猟産業の中で一役人としてはせいいっぱい反対したが、それを一役人である自分が認可取り消しまで覆すのは不可能であるから無罪だという言い訳が成り立つからである。
そのような言い分であるとしたら、たしかにそのとおり得策だ。いまのうちにこのようなアリバイを作っておかないと後でたいへんなことになるだろう。
事実、いくら権限のある役人とはいえ、世界中で行われている治療を否定し、既に認可されて、世界中で行われている薬品の認可を取り消しさせて潰すと言うことなど無理だからである。それは製薬会社の社長であろうと大臣であろうと医学部の部長であろうとも同じだ。
●発ガン物質で延命効果があるという荒唐無稽な主張
余命宣告効果もいっしょである。ほっといたら5年くらいは生きそうでも先に1年くらいで死ぬと言っておく。
その後で3年生きたら1年の寿命を3年に延ばした名医と感謝される。5年と言って3年で死んだら医療ミスでも疑われて医者は恨まれるだけ損だ。
治療で延命されたのではない。単に無知な患者達を相手に早く死ぬと言って思いこませていただけである。差分の2年分が医者や治療の手柄になるシカケ。
実際は彼らの薬のおかげでも何でもなかったのである。今まで何百人と虐殺を繰り返しながら、誰一人救ったことのない医者がマスコミで名医と持ち上げられる演出カラクリはこれなのである。まずは無治療だったらどんな悲惨な死に方をしてみな助からないかということを先に見せて印象を植え付けておくわけである。
彼らの比較試験は前提自体が操作されたまったくのデタラメ、多重インチキなのだ。
つまり、臨床比較試験の延命データは、あらゆることがデタラメな前提操作、心理操作、心理的ノイズの上に作れた虚構の延命データなのである。ひとつだけではなく、これだけ歪みが生じてしまうのだから、出てきた結論の科学的根拠はゼロ。完全に無効である。
そもそも無治療患者と言っているものが現代医療の治療を受けてボロボロにされた患者たちで本当の無治療患者とはまったく逆である。この前提がまず詐欺的である。こんなものの何が科学的根拠なのだろうか。
実際によくよく考えてみれば猛烈な発癌物質で抗ガン作用とか延命効果などあるわけがないではないか。
医猟産業の働き蜂たちは、数字を言えば信じるというのはまったく中身がわかっていないのである。そのような凶育が行われているからだ。
●代替療法が犯人にされるカラクリ
これは代替療法が叩かれるカラクリも同じである。
●治療すればするほど短命化することが立証されていた
つまり、これは本質的に分析すると、現代医療のガン治療は、無治療であればあるほど長生きするということ、治療すればするほど寿命を縮むと言うことを彼らの比較試験によって完全に立証していたのである。ウソだと思ったらこの前提を覆してみよ。
この人たちが最期に比較臨床試験で無治療群となり、それまでに受けた有害治療の後遺症でバタバタと早く死んでいくことで、○○抗ガン剤の延命効果を立証する役割として、自分たちがボロボロに痛めつけた患者が利用されていたのである。
最期には犯人たちの商品を持ち上げる役目を掴まされて犯人達に栄光まで召し上げていたのである。
そしてなぜ、そんな選択を現代医療のガン治療現場に関わりながら承諾するのか?無治療で最期まで様子を見るという比較に選ばれて承諾する人たちはどういう人たちなのかは想像力を働かしてみれば、簡単に予測が付くはずである。
あなたが、思ったそのとおりである。さんざん過酷な治療に痛めつけられて現代医療のガン治療にはもう懲り懲りという人たちなのだ。だからこそ、最期はクジ引きで「これ以上は何もしないで様子をみましょう」と言われて今後は無治療を選択したのである。
つまり、無治療群というのは、比較する時点から無治療だったというだけのことで、最初から最期までガン治療を受けていない人たちのことではないのである。
そんな人がなぜ現代医療の比較試験に参加しているのであろうか?おかしいではないか?
このように比較試験ではいい加減な前提で行われているという事をご存知か?
たとえクジ引き試験で平等に選んだと言っても、そのクジ引き試験で選ぶ事典で分母の選定が行われていると言うことである。
その前提には重大な欠陥がある。ガンを患っていても本人は気づいてないような人たちはそもそも病院に頼ってこないのであるから、本当の意味でのガン治療の比較をするというのであれば、そもそも病院にも頼ってこなかったような潜在的なガン患者と比較しなければ本当に治療した人の方が長生きしているかどうかなどわからないはずである。
それをどうやって確認したのであろうか?どうやれば比較できるであろうか?
司馬遼太郎との対談において、医師である山村雄一は、司馬の「患者も、医学・医術が進歩すればするほど、哲学を持つことが大切ですね」を受けて、つぎのように語っている(前掲『人間について』)。
八十歳を過ぎた人間の全身をていねいに調べると、約半分の人ががんを持っているんですよ。
そうすると、八十歳を過ぎた人はうかうかできんわけですな。だけども、多くの人はがんを持ったまま、ほかの病気で死ぬんです。
だからそういう人たちがお医者さんを走り回って、『統計で半分ががんになってるから、オレの体を診てくれ』と精密な検査をしてもらう必要があるか。
むしろ、そのまま、持って死にましょうと、考えてはどうですか。とくに八十歳を過ぎた後のガンは、ゆっくりしてますし、たとえ手術が成功しても、取ったために長生きするのと、手術という外からの一つの大きなストレスを加えることによって体が弱り、早く死んでしまう危険性とを考えてみると、どちらがいいかわからないですね。
そのまま何もしないでのんきに暮らしてるほうが、かえって長生きするかもしれない。だから、医者も患者の立場に立って、その患者の哲学がどんなものか、もしも自分が患者だったらどうかと、考えてみなければいかんですね。
とにかく一番いいといわれている方法を無反省にやればいいということでいいか。患者さんも考えなければいかんし、医者も考えなければいかん。
ただ、そうは言っても、患者さんは、しばしば司馬さんが言われるような考えをしてくれないわけです。むしろ過剰な医療を要求する。『もっと薬をください』『何とかしてください』と言ってすがりついてくる。すると今度は医者の哲学が乱れて、『これだけ言われるなら何とかしよう』ということになって、結果的に患者にとっては、不幸な場合が起こるわけですね。そこらがこれから非常に大事だと思います。
無治療群の生存期間と言うが、そもそも本人が自覚していないで50年くらいガンを抱えていたのに最後まで気づかなかった人というのは、無治療群の生存期間が50年であるにも関わらず現代医療の比較統計には一切含まれない。
ドイツでは交通事故は全部解剖していたそうだが、60歳以上は50%以上にあちこちにガンがみつかるということである。その人たちは何十年、あるいは何年も前からガンだったのに本人は事故に遭うまで、何も知らずに平穏に生きていたと言うことである。この無治療潜在患者を現代医療は認識していない。当然ながら比較などしようがないということだ。
http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E3%80%81%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%82%84%E3%82%8B%E3%80%82%E2%80%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%81%8C%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%82%92%E6%8A%B1%E3%81%8D%E3%81%97%E3%82%81%E3%81%A6-%E5%8F%A4%E5%B3%B6-%E7%94%BA%E5%AD%90/dp/product-description/4827601992
こういう人は現代医療の無治療群の統計はにはけっして含まれない。
これこそが重大な盲点なのだ。病院に来る人というのは、悪化して悪くなったから助けてくれと来たのであって、実はそうでない人が膨大にいるという事を考慮してないことが最大の盲点なのである。
まして悪化が自覚できたから、病院に来て「ガンです」と言われた人が、医者から「あなたの治療方針は、クジ引き試験で無治療比較試験に参加してもらうことになったので放置します」と言われて「了解しました」という人がいるわけがないであろう。「ふざけるな!」と怒って逃げていくよ。
あなたに質問である。こんなバカげた前提でお医者さんに頼って行って「あなたはガンですが、比較試験で無治療の比較をさせていただくほうに、こちらでクジ引きで選ばしてもらいましたから、今後は何もせず、検査だけ来てください」と言われて「了解しました。それで結構です」と従うか?
あなたが根拠に上げている無治療群との比較というのがいかにバカげた滑稽なる前提で行われているかに気がついてくれ。
無治療群が最初から無治療なわけがないであろう。最後にボロボロにされて、治療は懲り懲りというガン治療に懲りた人が最期、何もせずにどうなるのかの無治療群の比較に選ばれているのだ。ガンを無治療で放置したから死んでいるのではなく、後遺症で力尽きているのである。
●医療産業は都合の良いことしか教えない、提示しないだけの洗脳である
あなたは無治療比較試験の結果を延命効果の根拠に上げるが、その比較の滑稽なる前提を考えたことがあるか?近藤誠氏は書いてる。
治療された人間のガンが猛烈に進行するのはあなたたちが売っている発ガン剤に放射線で猛烈な発ガン因子を植え付けているからだろう。
気づいていない人たちのガンがあっというまに悪化して、みな手遅れになって死んでいるというのはどこにそんなデータがあるのであろうか?現代医療が完璧なら当然それも出せるはずであろう。その科学的根拠を提示してみよ。
そもそも現代医療は自分でガンと気づいてないような人をどうやって比較統計に含めているのであろうか?完全な証明をしようと思ったらそこまでしないとできていないであろう。自分たちの出したい結果に都合の悪い分母、患者群は全部無視して、無治療群というのは治療群よりも早く死ぬ人間、早く死ぬ病院、医者を選んで作る。これが現実である。
それが、答えられなければその比較試験の根拠というのはすべてパーになるということである。
要するに、医学生や製薬会社のセールスマンにはガンは放置すると猛烈に悪化するから、抗ガン剤をたくさん使わないといけないのだという情報を徹底的に繰り返し植え付けて、そう思い込ませているだけなのである。まずは、配下の人間にそう信じてもらわなければ薬を大量に売りたい製薬会社の商品が売れずに利益が伸びないからだ。それしか教えないに決まっているであろう。
●現代医療の統計が完璧という幻想が間違い
あなたの返答では、現代医療の統計自体が完全に漏れなく完璧に作られたものであるかのような自信を持った前提で反論をされているが、実はこの統計というのは自分達が認識していない、どうもなっていない患者群は一切統計に含まれないし、無視するという全く不完全、不公平なものなのである。
私の友達のおばあちゃんは、81歳で亡くなったけど、若い頃からしこりがあって放置したら、最後、おばあさんになった頃にはおっぱいを超える巨大キノコのようになっておっぱいがなくなる程ガンが巨大化した。この人は最期まで無治療であったが、ガンを認識してから40年以上、おそらく気づいていないときも含めて、潜在ガンにかかってから60年ぐらい普通に平穏に生きていたことになる。
ではあなたに質問である。この人は最期まで病院に頼らなかった。この人が無治療群で60年ほど生き延びたということを現代医療はどうやって統計に含めているのであろうか?本当の無治療群の比較とはこういう人と比較することである。そうなれば何もしないのが一番延命効果があることがバレて製薬利権も医者もオマンマの食い上げである。配下の者に教えるわけがないであろう。
あなたの言う無治療の人たちは、どれだけすぐに悪化して、すぐに死んでいるかというデータを確認して欲しいと言うが、まったくこのような人たちは無視されているし、そもそも統計として採取しようがないと言うことがわかっていないのである。
こんな話が調べてみたら巷にゴロゴロあるのだ。
そもそも現代医療がでどうなったかと言っているのはそもそも現代医療に頼って来たという人だけなのである。
現代医療に頼ってこなかった人はどうなっているのだろうか。ほっといたら勝手に治った人は、当然病院になど来るわけがないであろう。
森山という医者は本の中で、何もしないで勝手に治った人が自分の経験の中でもいるけれども、実際にはそんな人は膨大にいるのではないかと書いている。なぜなら勝手に治って医者に頼ってこないような人は自分達は認識できないだけだからである。
あなたが盲信している統計の何がダメなのかと言うことである。
つまりこうした現代医療の治療を受けなくても長生きした人、頼ってこなかった人というのは、現代医療という商売にとって都合の悪い分母であるから一切無視して病院に頼ってきた人だけを比較対象にしていること自体がそもそもおかしな前提が採用されているということである。
●医者の論文を鵜呑みにしてはならない
乳がんの補助療法に関するクジ引き臨床試験は、(出版時点で)世界中で172施設で行われたことがわかっています。
しかし、そのうち成績が報告されているのは97にすぎません。埋もれた研究の結果はどうなっているのでしょう。 「Aという新治療を試験したが、今までの方法と成績に差はなかった」という論文と「Bという新治療法を行って有望な結果を得た」という論文を比較してください。差が出たという結果は報告しやすく、差が出なかったという結果は発表しにくい心理が働きます。
またどちらを学術雑誌の編集者が採用しようとするでしょうか。意味がないという論文を百個並べても、その雑誌の名声は高まりません。
したがって、差が出なかったという研究結果は埋もれやすいわけです。 がん治療では、最初有望と発表された新治療法が、後に結局効かないことがわかったとされることがほとんどです。
世間の注目を集めて、名声や研究費を獲得したいという研究者の願望が、強い影響を与えているのでしようか。
有効とされた新治療法が後に無効とされるのは、かなり必然的です。医学の分野では、統計的有意差をもって有効と証明されれますが、統計的有意差とは5%の危険率ということです。
わかりやすくいうと、新治療法が優れてもいないし画期的でもないのに、ある研究ではたまたまそういう結果が出ることがあります。そういう偶然の産物である可能性が5%というわけです。
いいかえれぱ、本当は差がない新治療法と旧来法の比較実験を20の施設で行ったときに、19の施設では差がないという結果が出るのに、残りの1施設では有意差ありという結果が出るのです。
ある推定では、有意差ありと報告されている論文の50~60%は、たまたま差が出た「偽陽性」の報告であろうといいます。追試実験があちこちで行われれば、化けの皮がはがれるわけです。しかし、いったん有望という結果が公表された後で、旧来の治療法と比べる臨床実験をもう一回行う人たちがいるでしょうか (koumatsuba:現実には行われるが、少ないの意)。その新治療法は旧来のものに比べて、本当に画期的かもしれないのです。
ですから、結局追試実験は行われず、その新治療法がそのまま普及することになります。 このように、統計的有意差があるという報告でも、それを鵜呑みにしてはなりません。同じ傾向・結果を示す研究がいくつもそろってから、あの最初の報告は正しかったと考えるようにしなければなりません。
がんほどつきあいやすい病気はない 講談社+α文庫 近藤誠著より
これらはすでにいろんな本でもネットでは完全に暴かれていることである。
さらに出版バイアスという法則がある。これは都合の悪いデータができた時は発表しなければいいだけだということである
要するに比較試験というのは、治療効果の成績にしろ、これだけこの治療法には良い結果が出ましたよ、効果がありますよということを商売を目的で作ってるデータである。
では、あなたに質問である。自分達が出したい結果と逆の結果が出た時も必ずそれは出版するのであろうか?必ず発表するのであろうか? 。 w w 自分達でお金おかげでこれはある試したけれども有害な結果が出たということをいちいちバカ正直に発表しているのだろうか?
●現代医療の統計は誰が第三者確認をしているのか?
簡単なトリックだろう。たまたまいい結果が報告できる結果、つまり分母の組み合わせによる好都合が出た時を取り上げ、報告してるだけなのである。それ以外の結果が出た時は発表しなければいいだけなんである。
ではその比較試験は誰が監督、監視して比較試験の公正さを第三者評価しているのだろうか?
それは他でもなく、利益のために動いている製薬会社やその仲間の病院や医者であろう。
しかも、その治験や比較試験では、いろんなところに頼んでやってもらい、良い結果を報告してくれる病院ばかりが残ることになる。医者は次の治験でも稼ぐために極力製薬側に良い報告しなければ次の仕事が来ないから、そこでも分母の選定で製薬側に有利な計らいが行われる。こんな前提操作だらけの比較試験のどこが公正なデータなのであろうか?あなたはその前提を分析されたことがあるか?
厚労省は「自分たちは提出されたデータから判断するしかないから、製薬会社が嘘をついたらどうしようもない」と言っている。
これは別冊宝島や週刊誌等で語り尽くされてる重大な欠点なのだ。自分のテストを自分で採点する。それも厳密に定義が決まったことではなく、それが正解であるか、正解ではないかというあいまいな解釈や判断も自分たちでやっている。
不都合な分母は一切排除し、前提を作り出して自分たちのテストを自分達で採点する。これが現代医療の統計の実態であろう。そしてそんなデタラメなものをあなたたちが盲信する医療の実態であろうか?
患者よガンと闘うなの近藤誠氏の本を読まれたことはあるか?彼はその前提を分析した結果、現代医療の統計はまったくの捏造、操作から来る虚構であることを発見した。さらに船瀬俊介氏の本を読んでそれらの事実について反論してみよ。自信があるならできるであろう。
人の耳に入ってくるのは、分母の都合の良い組み合わせで、都合の良い結果が出た時のことばかりだから、人は繰り返し入ってきた同じ情報の印象から、あたかもその治療法が非常に効果があったように繰り返し思い込んでしまうだけなのである。
この狂った前提がある限り、本当の意味での正確な結果というのはデータになっていないのである。
●発ガン物質で延命効果があるという荒唐無稽な主張
常識的に考えて、量とかさじ加減など関係なく、猛毒の毒ガス化学兵器の発ガン物質によって延命作用などあるわけないであろう。あるというなら、次は病院に通って来ない自覚症状がなかった潜在しているだんだんじゃを使って支度してみたいい。もしそれで治療された患者の方が早く死んだとしても、絶対に現代医療はそんな発表などするはずがないのである。
どこの誰が「自分たちのやってきた治療法は間違いでした。治療したほうが早く死にました」と、わざわざお金おかげで発表するのだろうか。するわけがないであろう。
すべては操作された前提によって築かれた虚構のデータだったということである。あなたの主張している根拠というのはすでに10年以上前から論破されていることである。それをいまだに無知で書いてきているわけである。
いまだに現代医療の現場では無知な学生に教えて続けているということである。
もしこの言い分に反論するのであれば、出版バイアスというのは一切存在せず、どんな都合の悪い結果が出た時も、都合が良い結果が出た時と同じようにお金をかけて、みんなに発表しているということを証明しなければならない。一切やっていないではないか。
あたかも効果があるような印象が高まっていくのは、そのような発表しかしないようになっているからである。
そしてこれは利益を得るためにやっているという前提から考えると経済至上主義社会の当たり前の事なのである。
わざわざ不都合な結果が出た事をいちいち誰が何の目的で発表などするのであろうか?
●不確定性原理に気づいていない医者達
不確定性原理というものがある。ものごとは同時に正確に測ることは出来ないと言うことだ。
現代医療が認識して統計を取っている患者自体がそれは不正確なデータを作り出す前提があるからだ。
たとえばインフルエンザにかかったとする。3日ほっといたら勝手に自然治癒力で治ったとする。いちいち「こないだまでインフルエンザだったけど勝手に治った元インフルエンザの患者です」と病院や厚労省に報告するであろうか?来なかった無治療患者を現代医療はどうやって認識したり、比較するのだろう?
つまり、ガンなどはひどく悪化した人しか頼ってこないと言うことである。その人たちだけで比較できたような気になっていること自体が滑稽なる前提だと言うことである。先の無治療で81歳まで生きたおばあさんのようなことはそこら中で膨大にあると言うことだ。それらは現代医療は患者として認識していないが故にまったく統計化する人がいないと言うことである。
統計にする人がいないと言うことは存在しないと言うことではない。誰がその統計を調査して統計化するのだろうか?
本当の無治療患者というのは発ガン物質を打たれていじくり回された人間よりもはるかに長生き延命できていると言うことである。それを現代医療の病院に通ってきた人間さらには現代医療の残酷な治療の数々ででボロボロに痛めつけて、後遺症で懲りた人間を最後には無治療で放置する群に採用して使っているから無治療群の方が早く死んでいるという統計が作られてるだけなのである。何度もいうように無治療群というのは最初から最後まで全く原材料の治療をしなかった人という意味ではないのである。これのどこが無治療群なのであろうか?
あなたの反論を読むとあたかも現代医療はすべての潜在ガン患者もすべて認識し、治療群と正確に比較できているような自信だね。全部いろんな本や医者が告発で論破されていることばかりである。良心的な医者は全部この出鱈目のに気づいてるのだ。うん。そして誰でもその本を読めばすぐにこのような今日がおかしいという事に気づいてる事である。そんな10年以上前に鈍化され尽くしていることをいまだにを反論として書いてきているわけである。
これはメールであるから8時でませんがまだまだそれにまつわるにしようや矛盾点はまだまだ膨大にある。
これでも、現代医療の統計というのは完璧に作られたものか? あらゆる前提にトリックがあるのだ。比較試験のデータは根拠としては完全に崩されていると言うことである。 これらは私が紹介しようとしていた近藤誠氏や船瀬俊介氏の本に書かれていることである。あなたはその一部だけをみてわかったような気になって間違いであると指摘していたが、それであれば私が今書いた事も説明してみよ。
●単剤試験をそのまま複合治療に取り入れる盲点
他にもまだまだ重大な盲点がある。治験による確認というのはあくまでも○○の抗ガン剤でどれだけ効果があるかという確認試験である。
けれども、実際の治療現場では放射線や他の抗ガン剤等様々な複合的な毒性やダメージの要因が全部重なって行われている。
単剤だけの試験で認可されて、実際は混ぜて使うワケだ。マスタードガスの原料は一段階前の化学物質はほとんど無害だが、塩素を化合して猛毒になる。
例えばシクロホスファミドを1ヶ月投与しただけの試験というのは、実際の現場では複合的にいろんな薬剤を使っているのであるから現実的に考えると、治験で行ってる条件と現場でやることは全然違う。現場でやる複数の組み合わせについてはどうやって誰が治験で確認したのであろうか?
つまり治験の安全性というのは、相互毒性というものが一切無視されているという重大な盲点の上に行われて出た結果だということである。
もちろん、その治験に使う人間も治験のオリンピック選手と言われるほど良い結果を出すために病院も医者も患者も前提が選び出されたものである。
化学薬品というのは、複数がまじった時に、予測のつかない毒性を発生させるということがあるが、それらの毒性というのは、三つのものを使えば、薬の数の3乗になるのであるから、治験では実際に確認しようなどない。
これらの実際の現場で行われている相互毒性というのは、どうやって安全を確認されたのであろうか?確認しようがないではないか? 誰が確認し、それをデータ化して報告するのだろうか? ほとんどまったくされていないではないか?
確認できているというならどうやって確認したのか答えてみよ。
つまり、単剤で出た結果をいくら組み合わせても危険性が変わらないという前提で行っていることに重大な欠陥があると言うことだ。あらかじめデータの採取のために決められた条件で比較する比較試験と現実の治療現場でやっていることは前提の条件がまったく異なっていると言うことである。
●誰が組み合わせの安全性を確認するのか
これについては認識されているか? あなたが武田の社員だとして、塩野義やファイザーの抗ガン剤と組み合わせてデータを採取するか?実際の現場ではそういうことをしているのだ。複剤の相互毒性はどうなるのだろうか?
これは医者が書いている本でもしょっちゅう書いてあることである。それを一切こういうデータを作る人間や厚労省は無視するというのは犯罪だと言うことだ。
治験の安全性など実際の現場でやっている組み合わせの安全性などまったく確認できていないと言うことだ。いろんなものをごちゃまぜで使ったらどうなるかなんて誰も確認してデータなどとっていないのであるから。
誰も確認していない重大な盲点が実際の治療の実態であると指摘されていることである。
何が言いたいかというと単剤の安全性が確認されたという結果は、前提を分析してみると実はまったく無効で非現実的なデータだったと言うことである。
ということはそれに関する延命効果比較試験の結果も延命の証明もパーになって振り出しに戻ったと言うことだ。
残るのは私が指摘したようにWHOが指定する猛烈な発ガン物質であり、マスタードガスは1950年代に猛烈な発ガン性が確認されていたという事実である。これでも抗ガン剤に延命効果が証明されていると思うか。
●抗ガン剤はガン治療以外でも使っている
それから抗ガン剤はガン患者以外に使っていないというのはあまりご存じないようだ。
私は徹底的に調べている人間だ。たとえばシクロホスファミドは臓器移植でも使っている。
間質性肺炎やリウマチの患者にも使用している。抗ガン剤はがん患者以外にも投与する使い方が確立している。シクロホスファミドの用途を検索すればすぐに出てくる。
これらは治療ガイドラインの読めばわかるし、ネットで検索すれば抗ガン剤はガン以外以治療にも使っているということが書かれている。私は抗ガン剤の薬の事典を見ても確認している。
●コミュニティで反論された4週間の認可基準の件
あなたは4週間以内で判断されることはないと反論していましたね。そんなことを信じているのは無知であると。
その反論はまさしく、船瀬俊介氏の厚労省への指摘、抗議によって2004年に突然方針転換し、変わったものです。
あなたは船瀬俊介氏の抗議で厚労省が方針を変えたことをどう思われますか?
抗ガン剤で殺される
あとがき
366
▼取材直後に厚生省、突然方針転換のミステリー
「抗ガン剤 - 『延命効果』重視へ」 (『朝日新聞』二〇〇四年一〇月二六日)
新聞の見出しが目に飛び込んできた。さらに「『縮小で承認』変更……癌治療学会・新指針策定」とある。……おどろいた。ア然とした。つまり、抗ガン剤の〝効能″判定を、これまでの『縮小』から『延命』効果に一八〇度シフトする……という突然の発表である。じつは、わたしが本書の取材で、厚労省薬務局(審査管理課) のK専門官に電話取材を敢行したのが一〇月五日、午後八時三〇分。そこで、私は「抗ガン剤の〝効能″判定に、投与後、わずか〝四週間″ での腫瘍『縮小』効果のみで〝有効″と判定することの愚劣性、犯罪性を徹底追及した。(9章参照) ……「抗ガン剤はガンを治せるのか?」 「〝四週間″ で腫瘍が縮んだだけで〝有効″か?」「それも残り九人にはまったく変化なし」さらに「反抗ガン剤遺伝子ADGでガン細胞は耐性を持つ」「抗ガン剤を無力化して必ずリバウンド(再増殖)する」「抗ガン剤自体が猛烈な発ガン物質」「他のガンを増やす増ガン剤でしかない」 「抗ガン剤は、物凄い毒物で免疫力を殺ぐ」 「喜ぶのはガン細胞だけ」……私の激しい質問、追及に、担当専門官は、いっさい反論できず、これらすべてを認めた。さらに私は問い質した。「抗ガン剤等は凄まじい毒性、地獄の苦しみ…ガン専門医は、毎年、ガン死亡者三一万人のうち『七~八割は、抗ガン剤、放射線、手術などガン治療で殺されている』
と証言している。つまり二五万人近くが虐殺されている。これが医療ですか。アウシュビッツ、七三一部隊に匹敵する虐殺じゃないか!」 満身の怒りをこめて抗議した。これに対し厚労省担当者はほとんど絶句……沈黙。
「抗ガン剤の取り扱いは、厚労省として、これから見直しの方向でキチンとしていかなければ……」と答えるのが精一杯。
私は、怒りに震えながら、「この抗ガン剤問題は絶対本に書きます!」と通告して電話を切った。
それからたった二〇日。突然、厚労省の手のヒラを返す変身だ。
▼「縮小」から 「延命」効果へ一八〇度シフト?
「厚労省の委託で、抗ガン剤の臨床試験(治験)手順や評価方法の見直しを進めている日本癌治療学会(理事長=北島政樹・慶応大医学部長)は、ガンの縮小効果ではなく、延命効果を中心に薬効を判断すべきだとする新しい指針をまとめた」 (『朝日新聞』前出) その報道によれば「日本では、これまで縮小効果があれば、新薬として承認されてきたが、今後は欧米並みに既存の治療法とくらべて生存率や生存期間が優れていることを証明する治験が必要となる」という。
私が厚労省の担当者に猛抗議したらまるで慌てふためくように、わずか三週間足らずで日本のガン治療は突如、方針転換を決めた。
なには、ともあれ本書で告発した絶望的、殺戮的な日本の〝ガン治療″という名の〝虐殺″が少しでも改善されるならば患者にとっても朗報だ。
●再度新基準で従来の抗ガン剤は再検討、再認可されたのか?
それと重要なことを盲点として見過ごされているのではないでしょうか。
2010年の癌治療ガイドラインの使われている抗ガン剤のうち、2004年以降の新しい基準で認可されたものは何割ぐらいになるでしょうか?
私は2010年の治療ガイドラインも何冊も調査しています。それら現在も使われる古参の抗ガン剤が認可されたのはいつでしょうか?
4週間以内の治験で確認されたものがほとんどではないですか?これらは今の規準であなたが反論したように、再度、再調査されて認可が更新されたのでしょうか? されていないではないですか。
つまり、結局、今の治療ガイドラインで使われている抗ガン剤ならぬ発ガン物質はその95%以上においては、あなたが反論した規準で認可されているものではないし、再確認もされていないということですよ。
あの反論は的外れだったと言うことです。なぜなら、旧規準で認可されたものが再調査されていないまま今も使われているのですから。あなたが反論したものはごく最近のものだけであり、それも乳がんだけてだいえばわずかでしょう。
しかも、それを変えたのはコミュニティで引用していた船瀬俊介氏だということです。ご存知でしたか。
違うというなら新しい規準で再調査されて、免許の更新のように再度確認してから今のシクロホスファミドなどは使われているのですか?もしあなたが言うように再確認すれば二度と通らないでしょう。昔からの悪しき習慣でいまだに悪化させてリピートを繰り返して稼いでいると言うことです。
あなたが反論した規準で再確認がされていないとしたら、あなたがコミュニティで反論したことはまったくのウソになると言うことです。
今回コンビニちやメールで浜田が反応してきたことは全く科学的根拠にはなっていないではないでうん。
そもそも現代医療の統計というものが完璧につくられているものであると思っている前提自体が大きな誤謬なのです。前提の操作をして都合のいい運動選び出せばどんなあもうドームであろうが、いくらでも患者を救っているというデータを作りやことはできます。
これについてはどう反論されますか。
●代替療法にはデータがないと言うことについて
誰が統計を作るのだろう?
現在、自分の言い分がどうなのか、いろいろ調べているところです。
川崎さんの先日の返答の要点を念のために確認させてください。
おっしゃりたいことは、以下のような主張であると認識しています。
抗ガン剤の多くは発ガン性もあること、そのなかでもとくにシクロホスファミドなどのアルキル化剤が指定発ガン物質であることに関しては私の指摘の通り、WHOも警告しているので、そういう性質も一面であることは医者や製薬会社も周知の事実で間違いないと言うことでしょうか?
けれども、その反論として、無治療患者との比較において抗ガン剤などの現代医療の治療は比較においては治療したほうが長く生きたから延命効果がちゃんと確認されているから、実証において正当性があると言うことでよろしいでしょうか?
自分の中でも盲点がいくつかあったことに気がついたので、いま調べています。
>また、CRYSTALさんには各がんの無治療の場合の生存できる期間を確認して頂ければ幸いです。
ここでいう無治療の場合という無治療というのはどういう意味の無治療でしょうか?
今調べておりますのは、無治療群との比較試験についてですが、この無治療群というのは、下記のうち、どちらの意味での無治療ということになりますでしょうか?
1、産まれてから一度も現代医療のガン治療をまったく受けずに最期まで一度もガン治療を受けずにガンと闘わずに亡くなったガン患者という意味の無治療のことでしょうか?
生涯現代医療のガン治療とは無縁のまま死んだ無治療を貫いた人
2,それまでは現代医療の治療は受けてきたけれども臨床比較試験で比較される時点からは受けてきた治療を辞めて無治療で過ごしたという意味になりますでしょうか?
現代医療の治療は受けてきたが、比較試験期間においては無治療という立場で比較された人
というのは、これというのは、無治療との比較といってもまったく違う意味になるからです。前者の1番は正真正銘の無治療ですが、後者の2番に関しては実態はタップリ現代医療の治療されている人で、単に比較期間だけは何もしなかっただけのことで、本当の無治療の患者ではないからです。
後者の2番であれば、単に最期の比較期間だけ何もしなかっただけのことであり、延命効果の根拠は崩れるのではないかと思うからです。
無治療群との比較による延命実績こそが抗ガン剤や現代医療が効果を上げている最大の証拠であり、抗ガン剤が有効である科学的根拠であると思われるのであれば、具体的におっしゃっている「無治療群」というのはどっちのことなのか? そのへんの認識をご返答いただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
●高学歴というのは低学歴の証明である
ところで、現代医療に携わる医者たちは、どうして自分では、劇薬であろうと普通なら10分もあればすぐ読める添付文書1枚すらもまともに読めない、それらの矛盾に自分で気づけないようなダメ人間にほとんどがなってしまうのであろうか。
この知能や探求心が破壊されていく悲劇のメカニズムに気がつかない限り、この社会の悲劇の本当の元凶にはたどり着けないのである。
私はかなり大勢の人とつき合った人間ではないから多くの人を調査しているわけではないが、例えば電化製品のちょっとした使い方も自分では使えない人、例えば、ビデオデッキをテレビにつなぐとか、そういう説明書を一読すれば簡単にわかる単純なことでも、自分ではできないから電気屋さんに頼まないと取り付けられないような人というのは実は高学歴の人間であればあるほど、その傾向が強くなるということに気が付いたのである。
そしてそういうことがまったく不得意な人間こそが医者なのである。彼らは人間の中でももっとも知能と知性の低い人間だ。
●100%近い患者を殺害している埼玉医科大学病院の悲劇
これは実際の実例で完全に証明できる。私は埼玉医科大学の事件について調べているが、ガンに限らず、この大学病院で死んだ患者の80%以上は彼らが殺害している。
もちろん名指しでそれだけのことを書くには、それだけの相当な根拠がないと書けないし、事実でなければ訴えられるだろうし、警察が営業妨害で捕まえることも出来るだろう。証拠がなければ、私はここまでのことは言わない。
これは買ってはいけないの共同執筆者である三好医師が「過去のカルテを精査すれば恐ろしい事実が続々と上がってくるでしょう」と証言している。
その本音は、「実は遺族が気づいていないだけで、ほとんどが彼らに殺されているのでしょう」。ということを裁判で証言しているわけだ。この証言は船瀬俊介著の医薬品添付文書をくださいにある。
彼らのワナにかかったら最期、屠殺場の檻の中である。
船瀬さんの娘さんの事件にしても、古館さんの事件にしても、それら発覚した事件は、遺族がおかしいと気づいて発覚したというだけに過ぎず、この病院で毎日亡くなる患者の80%~100%に近い割合で彼らが殺しているのである。
そしておかしいと気づいて指摘した遺族が8000万円以上の賠償を勝ち取っていると言うことは認識が広まれば全部パーになると言うことだ。
もちろん彼らをゲームオーバーに追い込むために私は膨大な情報を公開することにしたのである。
この病院は発覚しているだけで短期間に、いろんな事件を起こしているが、どれも凄まじくズサンである。
古館さんの事件では主治医、指導医、教授の三者が1週間と1日の違いを把握しておらず誰も使用抗ガン剤の添付文書を読んだことがなかった。そんなアクセルもブレーキもわからずにダンプカーで左通行も信号も無視して、人を轢き殺しながら走り回っているのが現代の日本の医療現場の実態なのだ。
さらに悲劇は続く。一週間も経たないうちに歩けなくなり、家族が訴えているのに三者どころか、まわりの医療スタッフは誰もおかしいと思わずにそのまま同じ治療を続行し続け死亡したと言う事件だ。
亡くなった直後に遺体に触れるだけでミイラのように崩れてきたという。
その話だけでもどれだけズサンで凄まじいことが起きたかがわかる。これらのズサンな実態は実際に民事裁判、刑事裁判で証明され、埼玉医科大学病院は完全に敗訴して確定している。
これを彼らは病死であると説明して、徹底追求の末に認めたというのだから、その悪質さには仰天するだろう。
なぜそのようなもっとも最低のダメな人間が教授からシド委、主治医という人材に配置されているかということは、この組織だけの問題ではないのである。殺害の実行犯だけの問題ではないのである。
それは組織全体の成り立ちが根本から腐っているから、このようなことが起きているのである。
ロックフェラーの家畜奴隷牧場の呪縛を断ち切れ
●最高の教育という荒唐無稽な幻想
これが多くの人が最高の現代医療であると信じている大学病院で起きた、たった2週間足らずの出来事である。
ここでわかることは、添付文書を読まないのは現場の医者どころか教授や指導医ですら同様であり、そんな人間が三重にも揃って人材が配置されていたというのは、あきらかに個人の問題や個々の病院の末端の問題ではないと言うことである。
そして、この悲劇の根本的な原因は今も全く何も変わることなく、今日もこの悲劇が起き続けているということである。
なぜそれが変えられないのか?それは多くの人が学歴主義という悲劇に気づかないからである。その本質は全く中身のない人間に国家利権とつるんだ連中が資格という形だけを与えて莫大な金をだまし取って骨の髄までシャブリ尽くすビジネスである。狂育詐欺と医猟詐欺は密接に繋がった詐欺仲間なのだ。
狂育マフィアはがんマフィアのビジネスと同じことである。その根本はどちらもロックフェラーだ。
そして人は自分が掴まされたババに固執しているからいつまでもあらゆる悲劇の根幹が変えられないのだ。
この根本的な悲劇の構造を改めるには、医学教育等という末端の問題だけでなく、義務教育自体から完全に間違っていたことを見直さなければならないからである。それが国民感情でできないから今も何一つ改まることなく同じことを続けているのだ。
もし、そうなると、今まで長い間受けてきた電話帳の暗記競争のようなことに明け暮れてきた労力と莫大な資金が詐欺にあったことや騙されて喜んでいるクルクルパーであることを認めざるを得なくなる。
そして苦労して手に入れた学歴などという価値は全部パーになる。パーどころか汚点になる。これを多くの家畜奴隷たちは自分の価値が下がることを恐れて認められないのだ。
もしこれらの悲劇のカラクリを本当に議論して改めるのであれば、それは医療狂育の問題では済まない。
世界中でほとんどの人が受けてきた義務教育も高校教育も全部根底から間違っていたということ、価値がなかったことを認めて全部廃止して改めなければならないから、それはババをつかまされたに人間たちの本質を見抜かれたくないという感情が邪魔するからできないのである。
だから、もちろん、末端の医療狂育の部分だけを部分修正するなど不可能なのだ。人間は一度流れができたら、その流れを90度途中から変更するなんてことはできない。
人間は習慣の生物である大学に入った途端にいきなり今までの流れとは違うことをやるのできない。
埼玉医科大学が、毎日殺人に明け暮れているのも、多くの人が受け入れる義務教育の流れの中で起こっていることであり、もちろんこの大学医学部の教育だけの問題ではないのである。それは医学部狂育どころか義務狂育も完璧に間違っていた延長である。
だから、改革をやるのであれば、最初から全部叩き壊して改めなければならないのだ。
私がこんな事を言ったら、すでにババを掴まされた人間たちが猛反対するのだろう。
当たり前のことである。それは自分たちのやってきたことが全く間違っていたこと、価値がなかったということをを認めることになるからだ。
ババを抱えた者たちは虚構の社会を受け継いでもらわないと自分たちの正体がばれて困るのだ。
ましてやのめり込んで犯人に貢いで騙されるような人間である。形式を取り払った素の状態の自分では何の能力もない人間である。
これを、取り払ってしまえば狂育詐欺に騙され続けて人生を棒に振って何の価値もない人間であるということを見抜かれて困ってしまうからだ。
役人も同じである。学歴という形を取り去れば素の状態では何の能力もない人間である。さらにはすでに手に入れた国家権力という立場である。彼らがそうそう簡単に認めるはずがない。私はその証拠として具体的に医猟産業の実態を取りあげた。
だから彼らは今の形で騙された社会体制をバラされたり、崩されては困るのである。
なぜこの医猟の悲劇が終わらないかというと、そういうババを抱えて虚構の形式主義社会に執着する人間の方が多いから、いつまでたってもこの悲劇のシステムは変えられないのである。
●ロックフェラーの家畜奴隷牧場だった日本の義務狂育の本質
このサイトのタイトルにもなっている「がん患者よ、医療地獄の犠牲になるな」の著者である、宗教学者のひろさちや先生は今の日本のシステムは戦時中と同じ戦後教育から続いている義務教育が元凶であるという事を詳しく説明されている。いじめが起きるのも豚小屋に豚を詰め込むとしっぽや耳をを食いちぎったりするのと同じことだ。いじめ自殺の本質はいじめっ子が殺したのではなく、本質的にはいじめっ子とはあまり関係なく、文部科学省や狂育にたかる連中が犯人である。鹿川くんも大河内君もいじめで死んでない。ガンが○○さんを蝕んだという逃げ切りの手法と同じだ。
狂った社会も埼玉医科大学病院の悲劇も医猟産業の犯罪も元凶は狂った狂育という強制家畜奴隷牧場に収監される奴隷制度である。この根幹に気づかない限り何も変わらない。
だからその結論は私と同じく医療の悲劇を解決するには義務狂育自体から完全に無くす必要があると言うことだ。羽仁進氏のように自分の子供を学校なんかに行かせないことである。
大量虐殺の医療産業の悲劇もこの義務狂育の人間破壊から来ている。
今の義務教育の本質というのは、日本が敗戦して、マッカーサーが来て日本人というものをアメリカの家畜奴隷工場にするために組み込まれた家畜奴隷養成制度で、戦後の義務教育というものが始まった時点で、今までの戦争と同じ悲劇がこれからも続くということに絶望した人たちがいっぱいいたのである。気づいていたけれども負けた立場から断れなかったのだ。
そんなロックフェラー狂育のババを掴まされて本気で価値があると思っているアホがゴロゴロいるのだ。うんざりである。
つまり、義務教育というものを最初からやるべきではなかったし、戦争に負けようがマッカーサーの要求を断るべきだったのである。戦後学校狂育を廃止するべきだったのである。
この悲劇のロックフェラー狂育の制度に乗って医者と同じく狂師などの最低の連中が子供という弱い獲物にたかってきたから、このような悲劇が続くのである。
そういう意味で狂師などは社会の浄化のためにマスタードガスでさっさと屠殺処分するべきであろう。できないなら、子供たちの賠償のために私財没収で放りだしたらいいのだ。
私はこれらを子供たちに徹底的にこの奴隷化の歴史をマンガや風刺画を駆使して伝えるつもりだ。
最初からわかっていたのに戦争に負けてアメリカの言いなりになるしかなかったという悲劇のシステムが流れの中で今もやめられないのが、義務教育なのだ。
アメリカと書いているが、それをもっと詳しく言えば世界の経済の仕掛け人であるロックフェラーの利権である。今の日本の狂育というのはロックフェラー運営の家畜奴隷牧場である。
もちろん現代医療や仕掛けて稼ぐ発ガン剤利権もガン保険も同じくロックフェラーである。巡り巡ってそれらの資金は世界経済の支配者であるロックフェラーやそれらの利権に転がり込んでいくシカケ。もちろん発ガン作戦もシクロホスファミドの採用も彼らのアイデアだ。
それが末端で埼玉医科大学病院のような殺人ロボットだらけの医療現場の元凶なのであるから、個々の大学や病院のマニュアルの改善くらいでとうてい解決できるような問題ではないのである。
私は別に個人的にどこかの大学病院に被害を受けたとかで恨みを持っている遺族でも被害者でも何でもない。
赤十字社や製薬会社に対しても同様である。その狙いはロックフェラー利権の体制を崩すためである。テーマは医療からはじめなくてもよかったのである。
末端からおかしな狂った産業を崩壊させていくことで最終的にはその本体を破壊するためだ。
●今の地球は人間も含めた屠畜牧場である
小澤博樹先生も言われていることで日本というより地球は人間という家畜の家畜奴隷牧場である。太った良い頃合いで屠殺する家畜であるから屠殺場が必要になるのは当然だ。そして最期に病院という屠殺場で資産を解体される家畜たちの末路というわけだ。だいたい日本の家畜奴隷人間の半分は屠殺処分され、そのうち三分の一は逸見さんのように壮絶悶死である。
ガン産業のカラクリが見えてくると世界経済支配システム、人間社会の残酷な仕組みの本質が見えてくる。
ガン産業が発ガン物質を投与させて悪化させてシャブリ尽くすのと同じく、それをやらせている教育ももちろん教育なんかする気などまったくない。彼らは人間によりよい教育をほどこす愛情など最初からサラサラなかったのだ。
本当にこの医療産業の悲劇に気づくということは、なぜそのようなことが起こって誰がその事をさせているかということに気づくことである。
●狂育が作り出す宇宙ワースト級の知能
人間のバカさ加減、冷酷さというのは私から見れば、宇宙にこんな愚かで知能の低く、残酷で狂った生物は他に存在するまいと思うほど滑稽である。
そのもっともなるダメ生物のトップがマスタードガス猟などを信仰する現代医療の医者達だ。宇宙ワースト級の狂育を受けて狂育された末路できあがる殺人ロボットなのだから宇宙ワースト級に狂っているのは当然である。
よく考えてみたらわかるように、牛や豚ですら、人間の家畜奴隷制度に対して喜んで等いない。
ところが人間というのは地球上で最もバカな生物であるから、その家畜奴隷制度で、檻の中に飼われていることに気づかないところが、彼らの卑劣な犯人の用意した学歴等というとる奴隷階級システムに喜んで飛びついて、さらには大金を投じて屠殺場に飛び込んでいくのである。飛んで日にいる夏の虫どころではない。
千島学説の千島喜久男は、その現代文明を人間誘蛾灯時代と言った。わかっている人というのはいろんなことを連鎖的に気づいているのである。ひとつわかれば連鎖的に狂った社会の本質が見えてくる。
その最高に従順なアホな家畜奴隷の成績優秀者には国家権力という立場を与えれば日本の奴隷システムは末永く崩壊することなく運営されるというシカケ。
彼らが従順な奴隷ほど国家の幹部するのは当然のことではないか。だからこそ、医師免許は大学医学部を持った人間にしか与えず、医師免許のない人間には医療行為をさせないように法律を作らせているのである。
もちろんそれはロックフェラーの独占医療利権のためだ。
つまり、その本質というのはアメリカ、そしてもっと正確に言えばロックフェラーの家畜奴隷牧場に強制的に収監させ、牛とか豚とかにやっていることと同じく家畜社会を築いているわけである。
それでいまだにやられているのが今の子供たちなのだ。
もちろん、高校も大学も給食で何を食べされるかまで彼らの思惑通りである。そんな奴隷牧場で家畜奴隷をやっているのが北朝鮮よりもさらに劣る滑稽なる日本人の実態である。
●掴まされたババを抱え込む愚かな心理
チンケな学歴詐欺、高校卒業資格とか大卒資格などと言う資格商法のババを掴まされた者たちは自分の掴まされた資格に実態価値がないということを悟られることを恐れているのだ。掴まされたのは仕方がないがその価値を捨てられないのである。
なぜなら形式主義社会の中で本質的には何の価値も持ってないからだ。単に資格商法に騙されて「ババを抱えています」という建前に社会が騙されてくれなければオマンマの食い上げになるからだ。
だから、資格ビジネスにだまされた学歴というババを抱えて、それが価値があるという社会の幻想が崩れてもらったら裸の王様であることに勘付かれるから困るのである。
だからこそ、先の埼玉医科大学病院のような仰天するようなズサンな狂った事件が起きてもその本当の原因を社会は議論できないし、何も変えられないのである。本当のことに気づいたら、自分が学校に行って子供時代を棒に振ったこと、自分の子供を学校に行かせていること自体が間違いであると言うことを認めるのが怖いからである。
人間を家畜奴隷化するロックフェラー狂育のこんな腐ったシステムのなかで構築された教育を受けてきているのであるから、埼玉医科大学病院にしてもどこの現代医療の病院でも一事が万事で他の患者をまともに治療などできるわけがなかろう。
ほとんどが殺害して利益を得て、巡り巡ってロックフェラーの懐に転がり込んでいくシカケ。
発覚していないのは遺族には知識がないから、医療に殺されたという認識ができていないだけにすぎない。
もちろんこれは埼玉医科大学病院に限らず、その精神性は日本の国立の大学病院も同じだ。これが最高教育、最高学歴などというものの滑稽なる実態である。
もちろん医者に限らず役人もまったく同じ。日本の教育は優秀な人材を作っているという学歴信仰の幻想を完全に打ち砕く事件であったのだ。
船瀬俊介さんは岡山大学付属病院で患者の80%を殺害し続けていることを告発されたが、これはいまだに当の病院はもちろん、関係者からの苦情、誤りの指摘はゼロであるという。
当たり前のことだが毎日惨殺で保険金殺人を繰り返す事実に対して反論など出来るわけがなかろう。
●保険金殺人以外では生きていく術のない病院関係者たち
彼らも事実であることを認識しながら、毎日オマンマを食っていくために殺害を実行しているからだ。殺害の事実を彼らも認めている屠殺ビジネスである。
気づいたからといって子供時代からチンケな学歴詐欺のババを掴むことに全労力を費やしてきた彼らには何の才能もなく、習った虐殺保険金殺人ビジネス以外には何の能力も才能もない連中であるからやめるにやめられないのである。
わかっていてもやめたらオマンマの食い上げになるからだ。殺人だと気づいた後も保険金殺人以外で生きていく方法がないのである。
船瀬さんの本を上回る証言はこの丹羽博士の証言である。丹羽博士は80%殺害しているどころか、東大病院でも京大病院でも100%殺されていることをアッサリ証言した。「どこの病院でも実態はダンプにひかれてペチャンコになった猫の死体と同じ、これが当たり前のことです」という。最高の医学だと思っているものの正体を現場でゃつてきた医者として証言した意味は大きい。ウソ、大げさな証言を言うメリットなどない立場だからだ。その証言こそが家畜奴隷たちが嬉々と通っている現代医療の正体である。
船瀬さんの本に丹羽博士の話は出てこないから別の所にも同じような証言があるということに注目だ。
埼玉医科大学病院だけではないのだ。やっていることはどこも同様である。東大でも京大でも実態は治療されて亡くなった患者の100%近くは医猟犯罪で殺されて、巡り巡ってロックフェラーに利益が転がり込んでいるのである。
●子供達が怯えてくれないと商売にならねぇ狂育マフィアたち
殺人ロボットの医者も儲けているが、所詮は使い捨ての奴隷である。いずれは屠殺処分されて段階を分けて資産没収、日本の税金となり、その国家資産は日本の支配者へと貫流されるシカケ。
これがわかっているから彼らは人間の一番弱い時期に強制奴隷牧場に収監させる法律を作らせて、従わない人間を許さないのである。
当たり前である。その体制に従ってもらわないとこの体制のからくりに勘付く人間が出てきて、連中は反体制の組織によって潰されかねないからである。
要するに子供たちが学歴がないと生きていけないと怯えてくれないと彼らは商売にならねぇのだ。
この理屈はガン産業のカラクリでさんざん書いていることと同じである。
この奴隷制度維持するためには、支配者たちのいうことをよく聞く人間ほど、ある種のご褒美が多く入るような仕組みにしておかなければならない。
なぜなら、言うことを聞く家畜奴隷にも言うことを聞かなかった出来の悪い家畜奴隷にも、同じ扱いにしてしまうと、電話帳暗記競争のようなバカげたことに参加する人間がいなくなってしまうからだ。医猟にしろ、狂育にしろ、獲物たちにその本質に勘付かれたり、病気が治ったり、賢くなったりしたらオシマイである。
だから医療であれば、悪化させてリピートを繰り返し、狂育であれば知能を破壊してバカになっていくほど次のリピート効果が続くようになっているのだ。
彼らはまず、それらの商品を買わなければどれだけ悲惨なことになるか恐怖を植え付け、そのようなことにならないように自ら「いくらでも払うから奴隷証書を売ってくれ」と飛び込んでくるように心理的シカケを施しているのである。これはマスタードガス猟で患者の法からいくら暴利であろうと「抗ガン剤を打ってくれ」と頼んでくるシカケと同じ。
学歴ビジネスに大金をつぎ込んで自分たちから飛び込んでくるように良い大学というものは人数制限などでパイを絞ったり、それに勝ち抜いた人間には国家権力を与える等のご褒美を与えるのもパイを絞ることに選る希少価値を上げる心理トリックだ。
彼らはこの滑稽なる奴隷制度の価値を維持しようとしているわけである。
よく考えたらわかるように、本当に東大の授業に価値があるなら国民の税金でやっているのだから誰でも自由にダウンロードして動画で見れるように全部公開すれば良いではないか。
さらには学校の授業も徹底的に動画でわかりやすい教材をインターネットで流せばいいのである。そんなことをしたら奴隷制度が維持できなくなっちまう。要するにそのホンネはいい教育を施す気などサラサラないのだ。
彼らにはそもそも最初から子供を想う気持ちなどないのだ。そんなことやったら価値が激減するからである。
入れるパイを絞り込むことで、光インターネットの時代に明治時代のようなチンタラ授業をあたかも価値があるかのように思いこませているのである。
テクノロジーか進んだ今となっては、明治時代のチンタラ授業など時間の無駄なのにいまだに莫大なカネをつぎ込んでいるのだから滑稽な光景である。本質を見抜けないバカな親や獲物が大金を投じて飛び込んでくるシカケだ。
これらは気づいてみれば猛毒発ガン物質が0.1グラム10万円になり、追い込み猟で追い詰められた患者が即決で飛びついて打ってくれと頼んでくる心理トリックのカラクリとまったく同じである。こんなチンケなインチキに一生翻弄されて屠殺されるのが滑稽なる人間屠畜牧場の真実なのである。
そしてその制度に従わなかった人間があたかも生きていけないように洗脳して、子供を次なる奴隷信者に仕立てているわけである。
どおりで大金をつぎ込んで学歴ならぬ奴隷認定証書に飛びついてくるわけだ。
私は警察や検察や国税なんかが来たらそういう生き方の何がダメなのか徹底的に論破するつもりである。
彼らの正体はロックフェラーの軍隊である。そんな狂った奴隷制度に喜んで飛びついてきたようなチンケな連中である。従う必要なんかまったくない。
なんでそんなチンケな国家権力に飛びついて、チンケな国家権力でやっているかというと自分という人間の本質に自信がないから、そんな国家権力にたかって権力でも持ったような気分になっているわけである。
そのホンネは自分でやるのが怖いからだ。国税が税金を払えといって強制徴収に来たら国税のインチキをあらいざらい提示したらいいのである。
そんものが日本中に知られたら日本はパーである。だから相続税や所得税は彼らが追求できないように堂々と一切払わずに済む方法があったということである。彼らのインチキを私が医猟産業でやっているように証拠を集めて突きつけてやればいいのだ。
自分に自信というものがあるのであれば、そんな国家権力等という形に入る必要などないはずである。ちゃんと本質を見抜かないから、そんなチンケな連中にへいこらしているのである。
もし私を逮捕するような事があればそんな奴らの犯罪をあらいざらい医猟産業と同じようにぶちまけて警察なんてものが町を歩けないようにひねり潰してやるつもりだ。
その奴隷優秀成績者を国家権力の支配者として配置しているわけだ。
その本質は日本の学校がロックフェラー牧場と同じく、ロックフェラー運営の屠殺場である。
もちろんそれは、ロックフェラーが悪で関わる人間はみんな善意でやっているというような単純なものではない。
医療にしろ教育にしろ、そのもともとのアイデアはロックフェラーが考え出したものかもしれないが、「ええ、獲物がおるわ、ワシらの生活の糧にできるでぇ」とそこにたかってきているのは、狂師や医者といった魔物達だ。
単純に言えば、仕掛け人はロックフェラーでも、その収奪のアイデアに乗ってくる人間がいるからこんな魔界地獄が現実化しているのである。
京大病院も東大病院もその本質はロックフェラー牧場の屠殺解体場だったのである。東大で言えば、ロックフェラー東京屠殺場だ。
日本の総理大臣ならぬ家畜奴隷国家の屠殺国家長は順天堂大学病院で屠殺解体することは恒例である。
そしてこの自分ではできないという傾向というのは実際に20年以上も凶育された最高学歴である医者に当てはめてみたら、その傾向は非常に強くなり、完全に当てはまっているのだ。
そのような精神状態というものが、築かれていくメカニズムが学歴という人間の精神破壊の過程にあるのである。
現代医療を斬るの著者である小澤博樹先生などはそのことに完全に気づき子供を義務凶育や学校に行かせるべきではないことを主張されている。
つまり、医学の悲劇もそもそもの悲劇の始まりは学校教育による知能を破壊することから始まっているのである。
そしてそれは戦時中のあの壮大な悲劇がなぜ起こったのかというのはすべて根本的には国家教育による人間性の破壊、知能の殲滅から生じているということに気が付けば、その悲劇の構図は、今も昔も全く同じく変わっていないのだ。義務教育による知能殲滅から、あらゆるおかしなものが派生してきているわけである。
人間というのは学習能力がないから、同じ愚行を繰り返し続けるかということを物語っているのである。
●凶育されればされるほど知能は破壊される
そもそも多くの人はガンマフィアや医療マフィアと同じく狂育マフィアにだまされて一回乗ったら降りられない地獄行きの新幹線に強制的に乗せられて高校までは卒業しなければならないし、大学という商品を買わないとまるで生きていけないかのように思いこまされている。
こういうと高校以降は義務教育ではないから行かなければ良いではないか義務教育ではないというトンチンカンな反論は多い。
しかし、それは人間の心理というものを無視した反論だ。実際には体験しているように中学までは半ば強制的に通わされて、高校は行かないなど言う選択は心理的にかなり難しいはずである。その狂育地獄の中に乗せられてきて、自分だけ急に飛び降りるのは大変だ。高校も大学も心理的には義務教育なのである。
一旦医猟の罠にかかると彼らの術中にはまってガン治療を受けないと大変なことになるという恐怖心とまったく同じだ。
人々が高学歴というものはてっきりいいものであるかのように思わされているが、それは医療が人を救っているという幻想と同じだ。
がん治療や現代医療自体が、実際には何の治癒効果もなく、人体を蝕み、悪化させてしゃぶり尽くすだけの悪魔のビジネスであるように狂育ビジネスというものもまた、それとまったく同じく、人間性と知能と探求心や精神を蝕むことはあっても向上させたり、学力を高める効果など全くないどころか全く逆に全部破壊していているということに騙されて気が付いていないのだ。
現代教育の本質は人間の家畜奴隷化である
●百害あって一利無しの現代教育
私は医療は人間がこれほど退廃して地球の害獣となってしまった以上、その人口調整機関としての役割があるから百害あって一利なしと、全面否定はしないが、現代狂育こそ百害やって一利なしである。
私はこのことについて、プライベートでは、何で学校狂育はダメなのかということを、たいていの場合、話すようにしているが、プライベートで話してみると、この私と同じことに気が付いている人がかなりの割合でいるのである。
それは私と関わりを持つような人であるから同じような精神性のものが寄り集まって気が付いているという意味もあるだろうがそれだけではないはずである。
しかし、そのようなことを公で言える人は滅多にいない。現代医療の残酷さについて語っている人であっても、その元凶が狂った現代教育にあるということになると、途端に口をつぐんでしまうのである。
それは学校教育を否定するということ、学歴というのは、奴隷社会の奴隷証書であるということ、そこで選ばれたエリートというのは実はロックフェラーの軍隊であることを語ることは、わかっていても言ってはいけない、この社会の最大級のタブーであるからだ。これを言うことは現代医療が大量虐殺をしてることを語るよりもさらに難しいのである。
もちろんそれを言わせないのも北朝鮮や大日本帝国と同じく狂育による洗脳なのである。
しかし、本でもボカシボカシ書いている人はいる。たとえばひろさちや先生であり、もっともストレートに書いたのは安原顕さんだ。
現代教育を否定することは、医療を否定するよりはるかに心理的に難しい状況が戦後続いてきているからである。
●ダメな人間のほうが多すぎて批判できないジレンマ
では、なぜこのようなことは公の場では言えないかというと、それは、公で現代医療の批判ができないのと全く同じなのである。
それは今の時代、大勢の人間がすでにその狂育という仮面をかぶった徴兵制度、奴隷制度の流れの中で、学歴という奴隷化教育の恥ずかしいババを掴まされてしまっているからババを掴まされた人間の方がはるかに多い中で、大勢の人のやってきた価値を根本から否定することが、できなくなっているのである。
けれども、潜在的には実際に学歴主義というものの実態は昔の軍隊狂育、軍隊階級の悲劇とまったく同じであるということに人々は薄々気が付き始めているのである。それどころか最初からわかっていたのである。
とくに現代医療が人を蝕むウルトラペテンであることに気がついている人はほとんどが医猟と狂育詐欺はセットで気がついている。
当たり前だが教育が狂っているとそこから派生する産業は全部ダメになる。医猟はもちろん、おかしな産業も毒の木から毒の実が実るかのように派生してきているのだ。
もちろんその根本を解決するためには毒の木自体を切り倒して、根っこも切り刻んで燃やして二度と再生できないようにするしかないのである。狂師のようなA級戦犯は厳しく処分しなければならない。
これを多くの人は、批判できないのも、メディアが露骨に取り上げることもできないの。もちろん、医猟マフィアから多額の資金が流れているのと同様に狂育マフィアから多額の資金が流れているからであるということはもちろんのこと、余りにも多くの人が学歴詐欺、資格商法のババを掴まされて、多くの人の人生を根底から否定して批判するような番組をつくれないからである。 テレビを見れば見るほど奴隷化するのは当たり前のことだ。
僕の下にどっかの大学に日程大学を卒業するということは、半分が多数という隠れみのを得ることによって、遊ぶために必要なものであるから1社等に比べると格段にその精神以外は、少ないのである。
ところが、医者というのは、そのような一般の大学生と違って、小学校の頃から徹底的な治療を破壊同音が行われている。最も知能が破壊され、人間性も破壊された人種なのだ
●現代医療は上官の言うことを絶対視する軍隊の階級制度と同じ
そう考えると、平岩医師どころか、世界中のほとんどの医者が自分では添付文書1枚も読まずに何十年も劇薬を投与し続けているという不可解な事実に気づけるはずである。
添付文書を読むような知能を残していると本質に気づいて、殺人医療が存続できなくなるから、ちゃんと知能や探求心を潰してあるのだ。
殺人ロボットが自分で確認して不審に思ったりして命令に対して疑問を持ったら屠殺ロボットとしては使い物にならねぇからだ。軍隊と一緒である。
彼らは権威から教えられたもの以外は、実際に自分でそれを確認したり読んだりすることができない精神性が染みついてるのである。
またそういう人間だけが厳選されて残っていく受験システムになっているからである。それは服従の確認である。記憶力競争などではない。電話帳暗記などバカげたことにいかに従順に従えるかを確認しているのだ。
これは日本に神風が吹くとか信じていたような究極のアホばっかりが上官の言うことは絶対である軍隊で出世できたのとまったく同じなのだ。
私から見れば今の日本、地球人の精神状態はあの滑稽なる大日本帝国の軍隊映画とまったく同じである。人間がいかに本質に気づけず進歩のない生物であるかがよくわかる。
そして、過程の確認を自分では行わずに指示されたことだけを従うという究極の手抜きを行って、その手抜きや確認の省略テクニックを駆使して彼らは点数を稼いでそうしたシステムの受験戦争に勝ち抜いてきたのだ。
だから動物も人間も阿鼻叫喚地獄で屠殺されるすべての悲劇が終わらないのは、当たり前のことである。
いちいち答えにたどり着く意味まで自分で確認や探究をしようとしていたら、そんな電話帳丸暗記競争のような受験戦争を勝ち抜きできるわけがないではないか。
だめな人間だけを選び出しシステムここが現在のこの社会の悲劇の根本原因なのである。
●ロックフェラー牧場で飼育された家畜奴隷たちの悲劇
●世の中の本質はマスタードガス猟と同じ
ここにロックフェラー牧場で飼育される人間家畜奴隷たちの壮大な悲劇がある。
一回狂育に騙されたら、その思考回路はカネヅル奴隷として狂育されているから、完全に彼ら牧場主の術中にはまっているのである。
だから次の医猟でワナに落とすことは騙される精神の基本ができあがっているから簡単である。
医猟も狂育もその支配者は同じなのだから、彼らが考える追い込み作戦の本質がどれも似たり寄ったりになるのは当然だ。あとは同じ方法でシカケて追い込めば、一生のカネヅル奴隷として思惑通りに墜ちていくシカケ。
最期は屠殺処分すればその家畜奴隷からは利益確定である。
本質が見えてくるということは心眼を開くと言うことである。そうするとこの世の中の仕組みというのは滑稽なるロックフェラーのインチキの檻の中であることがわかってくる。学校とか医療とか政治とか当たり前に思っている習慣そのものが、実は滑稽なロックフェラーのワナなのである。
もちろんそれは政治や国会や産業など国家そのものがチンケな奴隷制度なのである。そのカラクリはマスタードガス猟で悪化させて稼ぐ現代医猟と同じ。ガソリンをぶっかけて延焼させてニーズを増やしているわけだ。ガン産業のからくりが分かってくると世の中の滑稽なるカラクリが見えてくるのである。
だからもちろん私には法律なんか一切関係ない。もしそれで逮捕されても今のインターネット時代なら反論して国家にも勝てる自信があるからだ。それに本質が滑稽なる実態なのは国家や法律のほうなのだから、いくら権力でも本質に勝てるはずがないのである。
この社会の構造とは何かにつけて滑稽なる実態が連鎖的にわかってくるのだ。
http://hon42.com/
http://hon42.net/
●今後は狂った権力に動じない耐性児童、耐性国民が続出する
日本人というのは最初から最後までこんなチンケな殺人ビジネスに一生だまされて、屠殺代の積み立てに明け暮れ、最後は屠殺処分されて、犯人にお礼まで言わされているのが日本人の一生なのだ。だから日本の本質は北朝鮮以下である。
本質が見えてくると滑稽なる社会のカラクリが見えてくるはずだ。ガン産業などは悪徳金融も青ざめるようなヤクザ映画すらも超えたマンガである。
私はこれらの自分の気づきを余すことなく子供たちに伝える。もちろん文字だけではなく、マンガだ。
この気づきが余すことなく浸透すればいずれ現在の制度はパーになる。
法律など従わない農薬に耐性をもった昆虫のように法律や大人の言うことなどバカにして従わない耐性児童が続出するだろう。
例えば大人や警察に従わない子供が続出する。そして警察も子供を逮捕すること等できなくなるだろう。インチキは本質を見抜かれたらオシマイである。
なぜなら、私が子供たちにこの国家の狂ったからくりを全部気づいてしまうからだ。そうなると、警察がいかにチンケなものであるかという事に気づかれてしまっている以上、子供たちを警察が逮捕する等ということはできなくなる。子供の追求に警察が反論できないからだ。
国税にしても同じである。今後、所得税など堂々と払わない国民が続出するだろう。なぜそんな事が堂々とできるかというと、国税というものの本質はロックフェラーの奴隷牧場で動かされているロボットであるに気づくからだ。
さらには、日本最大の脱税集団が実は国税であるという事を国民から追及されれば、国税が今までのように横暴に税金を取り締まるなどということは不可能になる。そうなれば自動的に国家転覆である。
私から見れば今の人間の馬鹿な生物は、宇宙のどこを探しても存在しないであろうと思う。
その滑稽な本質に子供たちが気づけば変わるはずだ。
癌腫瘍は生体のゴミ箱である
●ガンができないと長生きするというのは何が根拠か?
たとえば、発ガン物質であるアスベストに関しては、こう考えたらわかりやすい。
アスベストのような繊維が身体に循環するようなことになれば体中の内臓機能が侵されることになる。
そこで、身体は排泄できないアスベストの繊維に対して、やむなく、取り込んで石灰化させて固めることによって、それ以上の被害が拡大しないようにしているわけである。
そう考えると、アスベストに冒された肺が硬くなってしまう理由の説明がつく。
それ以上反応する必要ない状態に固めてしまえば、それがどんどん分裂して拡大する等ということはないのだ。癌が大きくなり続けるするとしたらそれは分裂しているのではなく、同じ生体汚染の状態が続いているから仕方なく大きくなっているだけである。本人がその原因に気づいていないだけだ。
アスベストの肺がんで放射線や手術でガンを破壊したら、中身が漏れ出してくると言うことだ。空恐ろしい事態である。
さらにもうひとつ重要なのは、そのガンができなければ、本当にその人がそれまで無事だったか、がんが発見されるまでもちゃんと生きていたかということは誰も比較した事がないということである。
もちろん私たちの結論から言えばガンができるという治癒反応によってその人は生きながらえてきたのだ。ガンができていけなければとっくにあちこちの臓器がダメになって死んでいただろう。
よく、原発の批判で「トイレのないマンション」という例え話がある。
これだけ科学汚染やアスベストや、様々な有害物質に囲まれ水道水も空気からも食品からも、膨大な発癌物質を体に取り込んでいる現代社会で、ガンにならない身体、すなわち、トイレのないマンションならぬ、ゴミ箱のない生体になったら、取り込んだ身体の毒素がどんどん濃度が高まって循環し続けるのに、どうやって生き延びるのだろうか?
現代医療の医者にはそのようなことまで考える知能などあるはずもない。
●治療すればするほど人体は悪化する
彼らが善意で患者を助けようとしているというなら、ガンが消えてなくなるほうが、人間はがんがある状態よりも長生きできると思い込んでいることになる。
狂育された愚か者に人を救うことなど出来ない。虫をいじくりまわして殺すのと同様に痛めつけて殺すのがオチである。
彼らのその思い込みの根拠というのは一体何を根拠にそう思い込んでいるのだろうか?ロックフェラービジネスの狂育の結果そのような荒唐無稽な思考回路ができあがっているのである。
実際の事例を見ればまったく逆であることが圧倒的に多い。ガンを消滅させた頃に患者は死ぬのだ。
また放置した患者というのは現代医療の統計にならない。病院に来ない人だけで追跡すると相当しぶとく長期間生き延びているものである。
たとえば加藤清師の本に出てくる81歳の女性は早期発見、早期治療で5ミリの頃に現代医療のマスタードガス猟法、放射線を受けて、また大きくなる度に再治療を受けていたら81歳まで平穏に生きていただろうか?写真撮影時で81歳だから最終的にはそれ以上生きられたはずだ。出版時から考えると現在も生きておられるとしたら100歳を超える。
またガンが大きくならなければもっと無事で長生きできているのだろうか?
●完全な統計を作っているような狂育になっている医学者達
彼らは「そんな比較データはないではないか」というかもしれないが、そもそも病院から抜け出して二度と戻って来ない人の統計をどうやって誰が追跡調査しているのだろうか?ないのは調査する人がいないだけのことである。
最初から来なかったり、病院から逃げ出して結局どうもならなかった人は医者に頼ってこないだけのことである。彼らは一切これらの不都合な事実は無視するのだ。そんなことを認めたら自分たちの商品が売れなくなり、オマンマの食い上げになるからだ。マスコミもカネをくれる人間のほうを向いているので、そういう彼らに都合の悪い話題はなかなか取りあげないのだ。
彼らは放置した癌は悪化して死ぬという。そしてそいうデータがあるとかそういう印象ばかりだという根拠を出してくる。
それは現代医療に頼ってきた人間たちを相手だけ統計を取っているからである。リウマチの治療院にはリウマチの患者しか頼ってこないのと同じだ。そうならなかった人は来ないから認識できていないだけだ。
彼らには戻ってこなかった人がどうなっているかというところまでバカであるから気が回らないのである。そんなことを考える能力があるなら虐殺工場で働いているわけがなかろう。
●やたら多いガンが消えたら患者が死んだ闘病記録
闘病の本や記事や遺族の体験記を読んでいるとガンは消えたが、患者は死んだというような話がやたら多いことに気がつくはずだ。そして犯人達もその事実を認める。
あるいは、ガンが一旦消えたが再び増殖して、また治療をして、そのあとにすぐに死んだというような話だ。
この最期の直前の再発というのはわかっている人なら察しが付くように、なんとか現代医猟の毒牙から汚染を守ろうと最後の力を振り絞って生体治癒反応が働いたのである。ガンが大きくなることは治癒反応そのものである。
ガンが大きくならなかった人はそれもできずにトドメを刺されたからすぐに死んだのだ。
彼らのガンが治ったというのは単純に目視的にガンが消えたということだ。そんなものは治癒ではないのである。
だから瞬間的な縮小効果だけを狙ってマスタードガスをバンバン投与してくるのである。それも承認のために確認された期間は4週間のみ。凄まじい毒性で瞬間的には治癒反応がストップするためだ。だいたい一ヶ月だけで発ガンするような発かん゛ぶっしつなど存在しない。
こんなことだから、ガンが消えたら患者が死んだというギャグのような話が医猟現場ではゴロゴロあるわけだ。
●ガンが大きくなった頃に限界が来て力尽きた過ぎない
ガンが大きくなって死んだというのは解釈の問題である。それは、がんが大きくなるという症状が患者を殺したのではなく、余りにも生体汚染の原因が長く放置されてしたために限界が来て、最後にガンが大きくなった頃に死んだというだけの事に過ぎない。
そのガンが大きくなっていなければその人は本当にそれまで何十年も生きて来れたのかどうかというのはガンができない状態と比較したのではないのだから誰も確認していないではない。
これは浄水器のカートリッジも極限に使っていると、今度は浄水する機能どころか汚水を垂れ流すようになる。原因は水道水の汚染をずうっと放置したからであって汚染物質が分裂して増えていったのではない。
本当にガンが殺したのかどうかは確認していない。あくまでも歪んだ見方がそのように解釈させているに過ぎない。
それは彼らには自分たちの罪をかぶってくれる存在としてガンが悪役になってもらわないとオマンマの食い上げになって困るからだ。
欲望がそのような歪んだ物の見方をさせているのである。現代医学理論とは産業にたかる魔物達の欲望が作りだした欲望の産物である。そのような魑魅魍魎の欲望が渦巻いているのだから阿鼻叫喚地獄が作られているのも当然だ。
私が彼らを徹底批判するのは、その根底におぞましい欲望があるからである。善意の勘違いなどではないのだ。
抗ガン剤で殺される 恐怖の〝警告″
第10章「添付文書」「副作用情報」が明かす地獄図
●生命にかかわる - 覚悟しておけ
代表的な「プラトシン」 (協和) の 「医薬品添付文書」を検証する。
冒頭から「警告」 の囲み注意。
「 - 本剤をふくむ抗ガン剤併用療法は、緊急時に十分対応できる医療施設においてガン化学療法に十分な経験を持つ医師のもとで、本療法が適切と判断される症例についてのみ実施すること。また、各併用薬剤の『添付文書』を参照して、適応患者の選択に十分に注意すること」
「緊急時」とは、シスプラチン治療は「生命に関わる重大事態」が発生する……と「警告」しているのだ。「十分対応」とは「様々な救命措置」 のことだ。
ここまで、読んだら、だれでも「これは、そうとうヤバイ(危険な)抗ガン剤だぞ」と緊張する。
●ついで 「禁忌」……
車腎障害‥重篤な腎障害のある患者。腎障害を憎悪させることがある。(シスプラチンの)。腎からの排泄が遅れ、重篤な(命にかかわる)副作用が発現することがある。
車過敏症‥本剤または他の白金をふくむ薬剤に対して過敏症を起こしたことがある患者。これは、他と同じくアレルギー・ショックを恐れている。
車妊婦など‥妊婦または妊娠していたり、可能性のある婦人。授乳期の女性も禁止(他項目、参照)。
「効能」ゼロ!
●「臨床成績」 「有効データ」一切ナシ!
「添付文書」で、冒頭から、これほどまでに緊迫感を誘う「警告」があるからには、相当なガン腫瘍への〝効能″があるのだろう……と、だれもが思う。ましてや、他の抗ガン剤が「無効」でも、プラトシンは 「有効」だというのだから……。
ところが、四ページものの「プラトシン‥添付文書」(協和)のどこにも「臨床成績」も「有効デー夕」も一切見当たらない。こんな「添付文書」は初めてだ。
不可解、奇妙、ミステリー。「添付文書」とは「用法」「用量」から「効能」「副作用」「使用上注意」まで、クスリに関する全情報がこめられるべきものだ。
なぜなら、この情報公開を指針として薬剤師、医師らは、患者に処方するからだ。
「どれだけ有効か?」が、一切不明(あるいはゼロ) の薬剤を、どうして販売しているのか? その神経を疑う。
「効能」の記載ゼロ……。これに対して「使用上注意」と「重大副作用」群はピッシリページを隙間なく埋め尽くしている。「効能ゼロ」で「副作用」山盛り……。なんという医薬品だ。
なぜ書けない?
●「使用成績も副作用調査もしていない (!)」
「添付文書」 の「副作用」 の項目を一目みて、絶句……。
ナント「……本剤(プラトシン)は、使用成績調査などの副作用発現頻度が明確となる調査を、実施していない」。(図e) 「わが目を疑う」とは、このことだ。この抗ガン剤プラトシンは、製造・輸入元は、あの世界的巨大メーカー、ファイザー㈱だ。輸入販売しているのが協和発酵工業㈱。
しかし「臨床成績」「有効率」(「奏効率」「寛解率」「治癒率」あるいは「五年生存率」……などなど)を一切、公表していない……どころか「調査をしていない」と公言している。「添付文書」という公的文書に堂々と『臨床試験。成績も副作用調査も存在しない,・……!?
出典:シスプラチン『プラトシン注』「医薬品添付文書」より。輸入元:ファイザー(株)販売元:協和発酵工業(株)
と明記している。その神経におどろく。つまりプラトシン「臨床試験データ」抜きで、抗ガン剤として〝認可″され、〝輸入″され、〝使用″されているのだ。
●これは薬事法違反の重大犯罪では?
薬事法二三条には「医薬品の輸入販売業者」に、以下の義務を課している。
(国内の医薬品製造販売の規制‥同法(一三~一九条)が準用される)
つまり薬事法一四条「2、医薬品の承認は、厚労省大臣が、効能、効果、性能、副作用などを審査して行う」 「次の場合は、承認を与えない…… ①申請による効能、効果又は性能を有すると認められないとき。
②……効能、効果又は性能に比して、著しく有害な性能を有することにより、医薬品として医療価値がないと認められるとき。
③その他、医薬品として不適当なものと、厚労省令の定めに該当するとき。
さらに同条は厳しく定める。「3、(輸入などの)承認を受けるには、厚労省の定める申請書に、『臨床試験』の試験成績に関する資料、その他の資料を添付して申請しなければならない」「資料は厚労省の定める基準に従って収集され、かつ、作成されたののでなければならない」
●『臨床試験』成績ゼロで 〝承認″された謎
太字の部分を、よく読んで欲しい。
つまり医薬品の製造、輸入、販売は……薬事法一四条の以上の規定を、法的に満たしていなければならない。
ところが、輸入元‥ファイザー㈱、販売元‥協和発酵工業㈱の抗ガン剤プラトシンの「添付文書」は「……『使用成績』調査など、『副作用』発現頻度が明確になる調査を実施していない」と、堂々と明記している。
っまり、薬事法一四条の医薬品「承認」審査に必要な「効能、効果、性能、副作用」の情報資料を添付するどころか「調査していない」と言い切っているのだ。
臨床試験で「……効能、効果、性能、副作用」を「調査すらしていない」医薬品(抗ガン剤)が、〝承認″され、〝販売″され、全国の病院で〝使用″されている。これぞ、真夏のミステリーではないか……! 同法「3‥承認を受けるには、指定の申請書に『臨床試験』の試験成績に関する資料を添付して」申請されなければならない。
ずさんの極み
●なぜ臨床成績が存在しないか?
ところが、ファイザー㈱などは「『臨床試験』など調査していない」と公言しているのだ。「調査すら」していない……『臨床試験』成績など申請書に添付することは不可能だ。つまり、薬事法一四条で規定するの医薬品「承認」審査に必要な申請書『臨床成績』は存在しない。『臨床試験』成績がなくて 「効能、効果、性能を有する」と認められるわけがない。「副作用の認定、考察」などありえない。よって薬事法一四条に基づきで、抗ガン剤プラトシンの輸入販売の承認は、絶対にありえない。なのに、堂々と日本全国で販売、使用、投与されている。
なぜか……?
●後発は試験も副作用調査も不要とは!
ファイザー社から回答文が届いた。要約すると 「『プラトシン注』は、後発商品のため、承認申請に臨床試験や副作用調査などの資料を求められていない。よって臨床試験をしていない、副作用発生頻度の調査もしていない」という驚きいった内容であった。つまりシスプラチン (一般名) の先発商品は 「ランダ注」 (日本化薬) と 「ブリプラチン」 (ブリストル・マイヤーズ) の二製品で、これらには臨床試験結果と副作用発生頻度の提出が義務化され「プラトシン注」 には一切提出義務はない……とは、呆れ果てた不平等〝規定″だ。まず医師は 「プラトシン注」が先発か後発商品か知るすべもない。その 「医薬品添付文書」 に重大情報の①副作用発生頻度、②有効率……の二点が抜け落ちていたら、これは欠陥「添付文書」だ。医薬品使用の原点、リスクとベネフィット評価がまったく不可能となる。その背景には、医療ミス防止という「添付文書」存在意義を踏みにじり薬事法に真っ向から違反する犯罪的な欠陥通知があった。(薬案第698号)
●欠陥「添付文書」 を乱造する欠陥行政
私は、ただ後発品という理由だけで重大情報「副作用頻度」 「有効率」を載せない……ことこそ「薬事法違反ではないか?」と厚労省担当者を追及した。「臨床データは個々の会社の持ち物なので……」と歯切れが悪い。それら先発品のデータでも、後発品の 「添付文書」 に転載させなければ薬事法で定める「添付文書」本来の機能は果たせない。大企業に違法な便宜を計る厚労省官僚たち…。その癒着と薬事法違反の欠陥行政が図らずも明らかになったのだ。そこから生まれた欠陥「添付文書」も、抗ガン剤殺我による被害を助長していることは間違いない。この杜撰きわまりない違法な「薬案第698号」 の撤廃を強く要求する。
〝副作用″か〝毒殺″か?
● 「調査してないL から全て (頻度不明)
その「重大副作用」を一読すれば、これはもはや〝副作用″というより〝毒殺″ ではないか? なお、そもそも「臨床成績」を「調査していない」 のだから、副作用の発現率もすべて (頻度不明) となっている。少なくとも (〇・一%~五%) などと不完全ながら (頻度) を明示している日本の他メーカーが、誠実にみえてくるから不思議だ。
「悪心・嘔吐・食欲不振などの消化器系症状は、ほとんど全例に起こる……」 (基本的注意) とは、言ってくれるじゃないか。「腎障害、骨髄抑制など重篤な副作用が起こることがある。頻回に臨床検査を行う」 (同) さらに 「小児に投与する場合……」 の項目にガク然。子どもにまで、この猛毒を「注射せよ……」というのだ。「外国で聴器障害が高頻度に発現するとの報告がある」。「副作用の発現に特に注意・慎重に……」とは噴飯。最大の安全対策は……「投与しない」ことなのだ。
●猛毒注射に全身臓器が悲鳴を上げる
ー さて、以下、ザッとプラトシンの「重大副作用」を目で迫って欲しい。抗ガン剤ならぬ凄まじい猛毒物・プラトシン注射で、患者の全身の臓器が、絶叫を上げるのだ。その悲鳴が……聞こえてくる。
抗ガン剤で殺される 船瀬俊介 花伝社

つまり、安全性は証明などされていないのである。


