患者よ、がんと闘うな 近藤誠著

★音声約4時間半の朗読読み上げ

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治療こそが悪化と悶死の元凶だった!


 この本は日本のガンの本の中でも、おそらく、もっともよく売れた本である。
日本で最初にがん治療の大量虐殺の実態を告発された本である。
 当時は50万部ぐらい売れたというから、文庫本や図書館も含めれば累計ではかなり読まれているはずである。
 今回取り合げさせていただいたのは、その本の半分弱の抜粋である。
この本は言葉尻こそ、優しく書かれているから、その事の重大性に気づけない人が多かったが、その実態は船瀬俊介さんのガンで死んだら110番 愛する人は“殺された”抗ガン剤で殺されるに匹敵する内容がある。
 言葉尻では直接、大量虐殺、大量殺人とは露骨に書いていないが、それを理解した上で読めば、言いたいことは、ほぼその通りであることがわかる。
そして抗ガン剤で殺されるなどの船瀬俊介さんの取材では、
「毎年ガン死者の8割、25万人程度が、ガン治療というビジネスによって殺害されていることは間違いない」
「今の医療は絶望的な詐欺であることは私がズッーと言い続けてきたことである」ということを証言しておられる。
この当時からそれを言いたかったことは間違いない。
 それとあわせた上で読まれれば、実はガン治療でのたうちまわって死んでいるのは、皆、治療された人々ばかりであり、治療しなかった人がそのような死に方をすると言うことは、皆無で、医療という美名を隠れ蓑にして殺して莫大な利益を吸い上げていること、ガン治療と称したトンデモナイ殺人ビジネスの本当の恐ろしいエゲツナイ実態が、さらに理解が深まるはずである。

ガンと闘うな闘病関連の雑誌記事は数百ありますが、今は準備中です。

ガンと悶死との本当の関係は治療こそが、その元凶

●ガンの恐ろしいイメージはすべて現代医療の治療がそうさせている

 私は大宅壮一文庫目録雑誌や本でガンという体験談や闘病記や死んだ人の記事を徹底的に調べた結果、ある重大な共通点があることに気がついた。
 
それはガンで壮絶死したとさせる人々は、あれこれとさんざん治療された人々であり、無治療で放置した人で、そのような死に方をした人の話というのはないという共通点である。
 もしそんな人がいるとしたら、その人の記事やニュースがあった事例を出してもらいたいものだ。
 そして、治療でガンを殺して延命しているのではなく、現代医療の治療はすべて寿命も縮めていると言うことだ。
 あなたが思いこんでいるガンは恐ろしいというイメージも、よく考えてみれば、そのすべては現代医療に治療された人たちであったことに気がつくはずだ。
 
では、その人たちは何も気がつかずに、いたとしたら、もっと早く、そんな苦しんで死んだのだろうか?
 それは本当はガンという病気がそのような苦しみや死に追いやった犯人のではなく、医者達がやりまくった、その治療こそが、そのガンの恐怖のイメージのとおりに苦しめて悪化させて殺した真犯人だったとすれば、それら不可解な共通点の辻褄が合うはずである。
 そしてその斬殺の茶番劇、壮大なマッチポンプで作り上げたガンのイメージで、人を救うと称して、早期発見、早期治療のキャンペーンを展開し、助かりたいがためにすがりついてきた大衆を高額な抗ガン剤や治療で騙しているとしたら、そのマッチポンプを仕掛けた者達こそが、もっとも巨額の利益を得てトクしているはずである。


目次 

まえがき

第1章 抗がん剤は効かない

猛烈な副作用に耐えた千葉敦子さんの「錯覚」とは?諸々のがんの90パーセントに抗がん剤は無意味である

第2章 抗がん剤は命を縮める

抗がん剤使用の背景に病院の営利体質と無見識がある。
手術で苦しむ患者に追い撃ちをかける抗がん剤の恐怖

第3章 手術偏重に異議あり

「手術万能神話」を患者に吹きこむ外科医師たちの罪。
放射線治療がなぜか後回しにされる日本医療の不思議

第4章 苦しまずに死ぬために

がん死の恐怖やタブーを煽った医師たちの責任は重い。
「生き方」と同様に「死に方」も自分自身で決めたい

第5章 がんを放置したらどうなるか

医師自身が錯覚している日本のがん手術の実態とは?欧米の手術と比較しつつその間題点を検討すると……

第6章 放射線治療の功と罪

正しく使われさえすれば、放射線治療の方が手術より遥かに利点が多い。なぜ日本で一般化しなかったか?

第7章 現代に生きる七三一部隊

治療中の患者に平然と"人体実験"を施す専門家もいる。
セカンド・オピニオンを聞いて自分で治療法を選ぽう

第8章 がん検診を拒否せよ

「早期発見が有効」という証拠はどこにもない。むしろ内視鏡での感染や医療被曝による発がんの方が問題だ

第9章 早期発見理論のまやかし

医師の言うがんには「本物のがん」と「がんもどき」がある。「本物のがん」なら早期発見以前に転移している

第10章 患者よ、がんと闘うな

「がんと闘う」という"常識"が苛酷な治療と苦しみをもたらした。後悔しない生き方のため"常識"の打破を!

あとがき

テレビ朝日 ザ・スクープ
  乳ガン名医に重大疑惑続出!

 
以下、動画像(約15分)。Windows Media Player 又はゴムプレーヤーなどhttp://www.gomplayer.jp/が必要です。多機能でゴムプレイヤーがオススメ。

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/special_back/20030518_010.html#movie

@告発!虚飾の名医~ベルトコンベア式乳ガン手術
@告発!虚飾の名医~日本一下手?信じられない手術(スタジオ→VTR 約20分) ADSL(300k)>>
ISDN(64k)>>

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/asx/scoop030518-01_0300.asx

● @告発!虚飾の名医~竹下さんの裁判・ガンじゃないのに乳房摘出?

@告発!虚飾の名医~被害者はもっといる(1)(2)
@スタジオ~ゲスト・医療事故調査会代表世話人 森功医師が指摘する問題点/清水病院の回答を紹介(VTR→スタジオ→VTR→スタジオ 約22分) ADSL(300k)>>
ISDN(64k)>>

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/asx/scoop030518-02_0300.asx

● @検証!リピーター医師・恐怖の実態(1)~富士見産婦人科問題

@検証!リピーター医師・恐怖の実態(2)~医療ミス11回のケース、リピーターは国の責任だ
@検証!リピーター医師・恐怖の実態
(3)~なぜとめられないのか?リピーター医師の告白
@スタジオ~医療事故の再発防止にはどうすればいいのか (VTR→スタジオ 約25分)
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/asx/scoop030518-03_0300.asx

静岡市立清水病院から被害をなくす会

ザ・スクープ 動画配信バックナンバー

TBS 慶応大学・近藤誠氏がリピート医療に警鐘

●『ガンと闘うな』動画


http://ark.main.jp/video/DrKondo512K.wmv

・抗癌剤治療の90%は無意味!
・手術はほとんど役にたたない!
・癌検診は百害あって一利なし!
11分50秒頃、手術で延命効果があるというデータは存在していないことが説明されている。
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/ark/GENDAI.HTM

http://www.r-pd.com/asin4479301828.html
(編注 千葉さんが打たれていたのは、WHO指定の発ガン物質である。毒ガス、マスタードガス療法であるシクロホスファミドだ。
WHO指定の最高ランク発ガン物質である。その指定は商品名、分類名でダブル指定である。さらにアドリアマイシンは、ランクはひとつ下がるがWHO指定のグループ2Aの発ガン物質である。トリプルで発ガン剤を打たれていたことになる。 )

第1章 抗がん剤は効かない

●猛烈な副作用に耐えた千葉敦子さんの「錯覚」とは?諸々のがんの90パーセントに抗がん剤は無意味である

千葉敦子さんは、なぜあれほど抗がん剤の副作用に苦しみ、そして死んでいかねばならなかったのでしょうか。
ご記憶の方も多いと思いますが、千葉さんはフリーランスのジャーナリストで、生前、自ら乳がんであることを公表し、うけている治療や日々の生活の様子などについて、死の直前まで現在進行形で発表しつづけ、人々に大きな感銘を与えた方です。
『よく死ぬことは、よく生きることだ』『ニューヨークでがんと生きる』(文春文庫)など、彼女の著作をいま読みかえしてみても、がんの数度の再発に立ちむかい、抗がん剤の副作用に苦しみながら記事を書きつづけた不屈の闘志や、情報を集めて自分で決めるという生き方に、爽やかな感動を覚えます。
しかし専門家としての目からみると、千葉さんには抗がん剤治療にたいする誤解や錯覚があったように思われます。ここでは、どこに誤解や錯覚があったのかを検討していきますが、彼女の選択や決定の誤りをあげつらおうとするものではありません。
がんに関する正確な情報が少ない日本では、患者の立場から書かれた闘病記は一般の方々に真剣に読まれ、その影響が甚大なので、千葉さんの著作をとりあげたのです。種々の闘病記の内容が、患者たちが治療をうけるかどうかの決め手になることもあると聞きます。とすれば、闘病記のなかにある誤解や錯覚の部分を指摘していくことは、私たち専門家に課せられた大切な役目ではないでしょうか。
本書では、人々がすでにうけてしまった治療について検討しますから、ときに関係者の気持ちを傷つけるだろうことは重々承知しています。が、前述のような意義にかんがみ、どうかお許し願いたいと存じます。
千葉敦子さんは左乳房のがんにかかり、一九八一年一月に乳房の切除手術をうけ、手術後十カ月目には乳房を再建する手術をうけています。ところが八三年夏に、首のつけ根のリンパ節に再発し、再発した部位に放射線を照射しました。
ここまでは東京での出来事です。ここからが千葉さんのすごいところですが、ニューヨークで仕事をしたいという長年の夢をかなえるべく、八三年末に単身ニューヨークに引っ越しました。しかし八四年夏に、胸骨の左わきにあるリンパ節にがんが再再発し、患部に放射線を照射しました。そして八四年の秋から、問題の抗がん剤治療が始まったのです。
抗がん剤治療の内容は、アドリアマイシン、メトトレキサート、シクロホスファミド、副腎皮質ホルモンの四種類を組み合わせたもので、前二者を週一回静脈注射し、後二者を毎日経口で飲むというものでした。その苦しさがどんなものだったか、千葉さんの言葉をかりましょう。
「私の場合は、最初の二回は、ほとんど副作用が現れなかった。『これは快調。この分なら六カ月くらいすぐたってしまうだろう』と楽観したが、三回目からすっかり様子が変わってしまった。
ひどい寒気。腹痛・腰痛。のどのすぐ下までたべたものが詰まっていて、ちょっと咳でもしようものなら全部戻してしまいそうな、たまらない不快感。四肢の無感覚。食欲喪失。歯茎からの出血。爪の色が紫色に変わる。(中略)
その後、白血球の数が回復して四、五回目の治療を受けたが、治療当日の夜から翌々日の日曜日の午前中くらいまでは重病人になってしまう。数時間おきにりんごジュースをすするのがやっとで、部屋を薄暗くし、電話のベルを『無音』にし、ベッドにうずくまってうなっているしかない。本を読んだり音楽を聞いたりする気力も失われてしまう。『病気が重くなっても最後までジャーナリストとして書き続けよう』などというかつての決心は簡単に崩れ去ってしまった。全く思考力が失われてしまうのだ」(『ニューヨークでがんと生きる』)
それでも千葉さんは、抗がん剤を注射してから数日後には体調がまずまずの状態に戻るので、次の注射までの期間に、集中力のありたけを注いで仕事を片づけ、友だちにも会い、遊びにも行ったといいます。その気力や行動力には圧倒されますし、頭がさがります。
しかし、そのような苦しさに耐えながらうけた抗がん剤治療は無効でした。八六年秋に、三度目の再発が生じたのです。

●千葉さんの錯覚

千葉さんの抗がん剤治療が無効というと、たちまち二つの疑問が生じると思います。一つは、無効というのは結果論で、なかには抗がん剤で治る人もいるのではないか、という疑問です。
千葉さんも、「乳がんの場合、『予防的化学療法』(注・化学療法とは抗がん剤治療のこと)の効果は、五十歳以下の患者について三四パーセント、五十歳以上の患者について二ニパーセントというのが、国立がん研究所発表の数字だ。前述したように、リンパ節転移が見つかったらすぐに始めた結果のデータだ」(『ニューヨークでがんと生きる』)、と書いていますから、二割や三割の人が治るのだろう、と考える読者が多いはずです。
しかし、その文章のなかに、すでに錯覚とおぼしきものがあります。
というのは、三四パーセントとか二二パーセントという数字はおそらく五年生存率のことでしょうが、乳がんの場合、五年生存を果たしても、かならずしも治っているわけではないからです。
再発をかかえて五年生きて、その後に死亡する患者も多々います。ことに千葉さんのようなかたちで胸に再発した場合には、ほとんどの人がいずれ死亡することになりますから、それらの数字を抗がん剤治療の根拠として引き合いにだす千葉さんには、なんらかの錯覚があったと思われるのです。
千葉さんは、「リンパ節転移が見つかったらすぐに始めた結果のデータだ」と書いていることから、がんは胸のリンパ節にとどまっている、肺や脳などの臓器には転移していない、まだ何とかなると考えて抗がん剤治療をうけていたことがわかります。
しかし彼女の再発は、たんなるリンパ節への再発という意味を超えたものでした。なぜならば最初の再発は、首のつけ根のリンパ節へ現れていたからです。この部位への再発は、乳がんの場合、臓器への転移と同義なのです。
乳がんは、わきの下のリンパ節によく転移しますが、そこへの転移は切除すれば治ることが多いものです。
しかし、首のつけ根のリンパ節にまで転移したものは、肺や脳などへの転移と同じ意味になり、乳がんの進行度の国際分類でも、臓器転移として分類されています。つまり、首のつけ根のリンパ節にまで転移していると、ほぼ一〇〇パーセントの確率で、あとから肺や脳などの臓器にも転移が出現してくるのです。したがって千葉さんの場合、二度目の再発部位が胸のリンパ節であったのは、たまたま順番がそうなっていただけで、いずれ他の重要臓器に再発することは確実だったのです。実際にも千葉さんには、あとから脳や肺への転移が現れて、それが命とりになりました。
このように最初の再発から臓器転移とみなされるのであれば、二度目の再発のときに、リンパ節転移を治療した数字を千葉さんが持ちだすことは的はずれなわけで、そこに錯覚があったことがわかります。乳がんの遠隔転移が抗がん剤で治るかどうか、今も当時も疑問視されていますから、その錯覚がなければ、彼女の選択はもっと違ったものになっていたでしょう。
千葉さんがうけた抗がん剤治療が無効、と語った場合に生じる二番目の疑問は、抗がん剤治療には延命効果くらいはあるのではないか、でしょう。たしかに、延命効果が存在する可能性は否定できません。乳がんの臓器転移の場合、抗がん剤治療によって延命効果が得られたという研究報告もあります。
しかし、研究でみられた延命効果が、日常診療の場で再現できるのかについては疑問が残りますし、それらの報告を信じるとしても、数カ月から一年程度の延命効果が得られるだけで、三年とか五年たった時点での生存率は同一に帰します。
それでは抗がん剤治療をうける意味があるのかどうかー。

●抗がん剤治療医の実態

ところで千葉さんのうけた抗がん剤治療の支払いは、薬代や看護婦への支払いなど、月々最低でも十三万千六百円にのぼりました。そして千葉さんは、抗がん剤治療四カ月目には白血球が減って三十九度四分の高熱を出し、緊急入院をしました。このときは種々の検査、たくさんの医師の診察、抗生物質の点滴などがあったので、たった五日間の入院で、百五万円を請求されたといいます。しかし、これらの支出は、前述の観点にたてば、すべてが不要だったといえます。抗がん剤治療をうけさえしなければ、月々の支払いが不要なことはもちろんですが、抗がん剤の副作用である白血球の減少も高熱も生じようがなく、百五万円の支出もありえませんでした。
一般に米国の抗がん剤治療では、副作用をつくったあとの診察や入院が高額になり、その金額がメディカル・オンコロジストの生活に必要な要素にもなっています。ここで、メディカル・オンコロジストの収入を試算してみましょう。
千葉さんが抗がん剤治療をうけた頃、全米では二十万人が抗がん剤治療をうけていました(『ニューヨークでがんと生きる』)。これにたいして、抗がん剤治療の専門医であるメディカル・オンコロジストは、八三年当時、約四千人いました(「日本医事新報」三一二四二号三頁、八八年)から、メディカル・オンコロジスト一人あたりの患者数は、約五十人ということになります。他方、メディカル・オンコロジストの収入源は原則として診察代だけで、千葉さんの場合には順調ならば月に一回の診察で一万一千八百円、ということを念頭におかねばなりません。
そこで試算すると、千葉さんクラスの抗がん剤治療を五十人全員に六カ月間行ったとすると、一年間の粗収入は、一万一千八百円×六カ月×五十人で、三百五十四万円になります。ところが実際には、当時のメディカル・オンコロジストの年収は二千万円、三千万円といったところでしたから、診察回数は試算の数倍だったはずです。診察回数が数倍にもなるのは、患者が副作用を訴えてきたときの臨時の診察や、緊急入院のときの診察のためでしょう。
そういう場合に、患者の錯覚に気づいたとしても、正直に語って抗がん剤治療を断念させるように仕向けるものでしょうか。あるいは、副作用のでにくい治療を勧めるものでしょうか。
千葉さんに使われた抗がん剤の組み合せにも疑問があります。乳がんの抗がん剤治療では、ふつうCMF(シーエムエフと読む)とかCAF(キャブと読む)という、それぞれ三つの薬を組み合わせたものがよく用いられるのですが、千葉さんのはそれに当たりません。また、CMFやCAFなど、たいていの組み合せに入っている5FU(ファイブ・エフユーと読む)という抗がん剤が入っていません。ところがそのメディカル・オンコロジストは、CMFを他の患者に行っていて、その成果を論文として発表もしているのです(「Oき8ご五一巻八〇三頁、八三年)。
うがった見方かもしれませんが、千葉さんの抗がん剤治療は、その病院の標準治療ではなかった可能性があります。というのは、5FUという薬で十分な効果をあげるには、他の薬とはちがって長めの時間をかけて点滴しなければならないからです。他方千葉さんは、金曜日に注射を打って、週末は副作用を耐えて過ごし、週明けから仕事に戻ることを希望していました。しかし、千葉さんのように考える患者は多いはずで、その場合、かぎられた診察室のスペースと時間とで全部の患者の治療を終えようとすると、5FUの点滴で時間をとられるよりは、数分で注射できる他の抗がん剤を使いたくなろうというものです。
また千葉さんは、普通より高額の支払いをさせられた可能性もあります。というのは、標準的なCMFという組み合せならば、四週間に二度の注射ですみますが、千葉さんの組み合せは、毎週一回の注射ですから、注射の頻度が二倍になり、手間賃も二倍とられるわけです。そしてCMFならば、後半の二週間は抗がん剤の副作用からほぼ解放されるのに、毎週一回の注射では、からだの休まるときがありませんから、まさに骨折り損のくたびれもうけです。

●圧倒的な疲労感

千葉さんのその後をみておきましょう。千葉さんは、八六年秋に三度目の再発を経験しました。
胸の中央部にある縦隔(心臓・食道・気管などが位置する部分)のリンパ節がいくつも腫れて神経を圧迫し、声帯が動かなくなったのです。そこで千葉さんは、ふたたび抗がん剤治療に挑み、マイトマイシンとビンブラスチンという薬を二週間に一度注射しました。しかしその抗がん剤治療もやはり無効で、八七年五月には小脳に転移が出現し、八七年七月九日、肺転移による急性呼吸不全のため死亡しました(享年四十六)。
マイトマイシンとビンブラスチンによる治療について、千葉さんは次のように記しています。
「抗ガン剤を打った日は、吐き気や全身の筋肉の痛みのほかに、形容しがたい気分の悪さに襲われる。そして一週間後くらいからは血球の数が減るため、ほかの病気にかかりやすくなるし、圧倒的な疲労感に襲われる」「毎日、何かしら取り組まなければならない仕事があるから、どんなにつらくとも、起き上がれる力さえ出れば、起きる気になる。私が仕事を持っていなかったら、どうやってこの苦しさを乗り越えていくことができるか、想像もつかない。とにかく目を開けておれないほどの疲労感が何日も続くのだ。
このコラムのように、毎金曜日に載せなければならないという義務感を盛っていなかったら、起き上がることもできないかも知れない」(『よく死ぬことは、よく生きることだ』)

読者には、なぜそこまで我慢して抗がん剤治療をうけたのか、という疑問がわいたことでしょう。千葉さんの著作を読んで、彼女のがんに立ちむかう姿に圧倒された読者も、乳がんの臓器転移が抗がん剤で治らないと知ったあとでは、まったく違った印象を抱いたはずです。抗がん剤治療にどういう意味があるかという知識の有無が、抗がん剤治療にたいする印象を百八十度変えてしまうわけです。このことからも、千葉さんには錯覚があったことがわかります。そうでなければ、あれだけの辛さを我慢することはなかったでしょう。
では千葉さんの場合、再発にたいしては、どのようにすればよかったのでしょうか。いくつかの方法が考えられますが、胸のリンパ節に再再発をみたあと、私が担当医なら、放射線の照射をしたところまでで止めて、抗がん剤治療はしないで様子をみることを提案しました。ただし、もうすこし広めの範囲を照射して、照射する線量は少なめにしておきます。広めに照射しておけば、三度目の再発部位の縦隔も含まれますから、そこには再発しなかったかもしれませんし、少なめの線量にしておけば、かりに縦隔に再発した場合にも、もう一度放射線を照射できただろうからです。そのようにすれば、抗がん剤治療をするより寿命がむしろ延びるかもしれませんし、たしかなことは、副作用ははるかに軽微だったということです。

●副作用は全員に生じる

がん治療では、積極的にがんと闘うという姿勢が、残りの人生を悲惨なものにする場合があります。がんは攻めなければならない、という通念が苦しみを生むこともあります。しかし、生きるか死ぬかの土壇場では、治療をさしひかえるという考え方はなかなか生まれにくいものです。
といって、なんでも治療をうけてみようと考えれば、その先には副作用による苦しみや死がまっています。それゆえ、心理的に困難なことではあっても、治療をうけない、抗がん剤治療をやめてみる、という選択肢を検討する必要があるわけです。その場合、医療の専門家である医師ががんにかかったとき、抗がん剤治療についてどのように考えるものかを知ると、参考になることでしょう。
前立腺がんにかかった精神神経科医師の西川喜作さんは、シスプラチンとアドリアマイシンの点滴を週一回ずつ数回うけたあと、つぎのように考えました。
「抗ガン剤の点滴治療で副作用を耐え抜けばよくなるかもしれない。しかし完治は望めないだろう。逆に副作用のためかえって再起できなくなる可能性もある。肝機能や腎機能への障害も重大だった。
主治医の方針どおりだと一クールが四カ月かかるという。一クールだけで治療がおわる保証はなく、さらにニクール、三クールと延びることも考えられる。
いまの私にはこの三カ月、この四カ月が大切なのだ。将来三年なり四年なり働けるという生命の延長がこの抗ガン剤の点滴で約束されるならともかく、そんな保証のないまま黙って三カ月、四カ月とベッドのなかで時間が過ぎてゆくのに耐えられそうもない。この三カ月、いま働ける四カ月を大切にしたかった。
やりかけた研究、これから新たに始めたい勉強そしてたくさんの患者。それらが私を待っている。私はきっぱり抗ガン剤の点滴をやめて退院することを決意したL(『輝やけ我が命の日々よ』新潮社)
西川さんの決断は正解だったと思います。が、その文章中には、前立腺がんの患者を勘違いさせかねないところが一、二あるので、あえて指摘します。まず、「抗ガン剤の点滴治療で副作用を耐え抜けばよくなるかもしれない」というところが問題です。これでは患者は、なにかメリットがあるのかもしれない、と思ってしまいますが、どういうメリットがあるのでしょうか。抗がん剤治療によって前立腺がんが縮小することはあります。しかし、それで治るとか、延命効果があるということは証明されていません。がんが縮小する人がいるのに、延命効果がみられないのは、抗がん剤の副作用によって早死にする人がいることが理由の一つです。他方、副作用は全員を襲います。要するに前立腺がんも、抗がん剤のメリットは証明されていません。これまでさんざん研究されてきて、メリットを証明できないのですから、前立腺がんにたいしては抗がん剤が本質的に無効と考えたほうがよさそうです。
また西川さんの文章からは、仕事や研究など現在するべきことを持たない人は、抗がん剤治療をつづける意味があるかもしれない、と錯覚するおそれがあるように思われます。しかし抗がん剤にメリットがないというのは、仕事の有無に関係ないことです。定年をむかえて家でぶらぶらしている人にも、お稽古ごとにいそしんでいる奥さんにも、抗がん剤の副作用は余計なものでしかありません。
何人かのがん体験記を読んでみてつくづく思うのは、人は、実際に治療をうけてみないと、抗がん剤の問題性に気づかないか気づきにくい、ということです。この点、自らの大腸がんの体験をつづった竹中文良・日赤医療センター外科部長も、抗がん剤治療をうけたあと再考して中止の決断をしています(『医者が癌にかかったとき』文春文庫)。どうも、がんへの恐怖が、抗がん剤を一回うけてみようかという気持ちにさせ、うけてみると副作用にびっくりして考え直す、というパターンがあるようです。
試しに一回うけてみる、という考え方には、一理あります。抗がん剤が無意味といわれているがんでも、がんによって引き起こされた様々な症状が、抗がん剤によって軽快することがあるからです。しかし、だれの症状が軽快するか、うけてみるまでわからないことが問題で、副作用は全員に生じますから、症状が悪化する人のほうがずっと多くなります。そして抗がん剤が無意味といわれているがんでは、症状がよくなった人を含めて統計をとっても、生存率の向上や延命効果が認められていないのですから、最終的には得をする人はいない、と考えるのが素直なようです。
試しに一回うけてみることの最大の問題は、その一回で回復不能の副作用をこうむるおそれがあることでしょう。アドリアマイシンでは、一回の注射で髪の毛が全部抜ける人が多いのですが、髪の毛はまた生えてきますから、そのことを言っているのではありません。抗がん剤によっては、一回の注射・点滴で脳障害をきたしてぼけてしまったり、腎不全になって透析生活を送るはめになる人がいるのです。そしてそういう被害者はたいてい、抗がん剤が無意味といわれるがんの患者です。
したがって、試しに一回うけてみるというのは、よほど諦めきれないときにしましょう。人生の残りの期間を有意義に過ごしたいのであれば、抗がん剤治療をうける前によく考えて、うけるかうけないかを決めるべきです。そのときに参考になるのは、どういうがんに抗がん剤が意味があり、どういうがんでは無意味か、という知識でしょう。


たとえば直径三センチのがんがあって、それが抗がん剤治療でニセンチに縮小すれば、有効と評価される決まりになっているのです。しかしそれでは、がん細胞の数は約三分の一にしかなっていないうえに、ニセンチのがんには、まだおよそ八十億個のがん細胞が含まれています。
それでは再増大は必至で、治ることは到底期待できません。しかし、有効とか、効くとか聞いた患者や家族は、治る期待を抱いてしまうわけです。
塩酸イリノテカンという新抗がん剤があります。その開発段階で、四百七十七人の被験者のうち二十人(四・ニパーセント)が副作用のため死亡したことが、九三年末に報道されました。この薬は、ある種のがんに二割もの高い有効率を示したとして、認可され発売されたのですが、この場合の「有効」が、がんの縮小しか意味しないことは、もうおわかりでしょう。
すこし横道にそれますが、新抗がん剤開発のための現行の公的ルールでは、生存率の向上や延命効果を調べない段階で、認可されることになっています。したがって、寿命短縮効果をもつ新薬が認可されてしまう可能性すらあります。さらに、たとえば被験者のがんが縮小して、その被験者が一カ月生存したあと副作用のために死亡した場合、そのルールのうえからは、有効とカウントしてよいのです。そのように副作用を無視して認可する体制になっているのですから、イリノテカンの場合、かりに副作用死が一〇パーセント、二〇パーセントであったとしても、認可されていたことでしょう。そうだとすれば、認可された薬によって副作用死が続出しているのは、きわめて当然のことといえます。
みなさんが、抗がん剤が有効だと錯覚してきた第四の、しかも最大の原因は、抗がん剤の問題点は専門家でなくとも、すこし勉強すれば誰でも気づくものなのに、専門家たちが真実を語ってこなかったことにあります。誰でも気づくといえば、前出の竹中医師は抗がん剤治療の専門家ではないようですが、抗がん剤を一週間点滴して、経口抗がん剤をしばらく飲んだあと、つぎのような理由から、抗がん剤治療を中止することを決心しました。
「・抗癌剤に著効を示す癌は比較的かぎられており、大腸癌はそのなかに入っていない。
・胃癌や大腸癌に対する経口抗癌剤の効果は不明で、欧米では効果なし、といいきるところもある。
・癌に対して効果を発揮する場合の抗癌剤の投与法は、通常は大量衝撃療法である。少量を経口的に使用してみても、目的とする癌病巣に到達する薬剤量はきわめて少なく、あまり大きな効果は期待できない。
・多くの抗癌剤は、同時にまた強力な発癌物質でもある(強力な抗癌剤と放射線を用いれば癌を発生させることが、発癌研究者によって明らかにされているし、抗癌剤から発達した免疫抑制剤を使用している患者には癌の発生率が高くなることが知られている)。
・日本では、有効率二五%程度とする報告が多い。しかし、ひいき目にみてそれだけの効果があったとしても、食欲が落ちて栄養状態が悪化すれば、免疫力や癌に対する抵抗力も低下して再発の可能性が大きくなるということもいえる」(『医者が癌にかかったとき』)
これらの理由は正鵠を射ていますが、念のために補足すると、理由中の「効果」や「有効」はここでも「がんの縮小」のことで、生存や延命にかかわる指標ではありません。
このように、抗がん剤が無意味なことは誰でも気づくのに、現実には、専門家たちは皆さんに教えてこなかったわけです。それどころか専門家たちは、強弁して、抗がん剤治療の問題点を覆い隠そうとしています。
たとえば先日、胃がん手術前後に抗がん剤が使われた患者が将来、別の種類のがんになる確率は、使用されなかった患者に比べて約二倍高い、という研究結果が報道されました(九五年二月二十四日付毎日新聞タ刊)。ところが、西満正・癌研究会附属病院名誉院長は、「二次発がんが増えたからといって、直ちに抗がん剤投与が有害だということにはならない。胃がんの場合、早期はともかく、中期では補助化学療法が有効であると考えられている」とコメントしています。
このコメントの前半部分はその通りですが、後半部分が問題で、中期の胃がんでも抗がん剤治療は有効であるとは考えられていないのです。
その証拠の一つとして、笹子三津留・国立がんセンター中央病院外科医長の「胃癌に対する補助化学療法に対しては、数多くの臨床試験が実施されてきたにもかかわらず、その有効性を立証しえた臨床試験はいまだかつてない」「わが国では、胃癌に対して化学療法剤が有効であるというコンセンサスが得られたかのごとくお考えの臨床家がいらっしゃるかもしれないが、それは大きな間違い」という言葉を引いておきましょう。要するに、西医師は、大きな間違いをコメントして新聞に載せてしまったのです。

(編注 医療とは、そのホンネは第一に患者という獲物を相手にした利益追求であるから、自分たちの既得利権や利益に都合の悪いことは皆、黙り込んで患者や大衆には知らせない、話題として取りあげない実態を説明している)

●がんファクスへの疑問

なぜ専門家たちは強弁し、抗がん剤の問題点を広く知らしめないのでしょうか。考えたくないことですが、そうすると自分たちの仕事がなくなり、生活設計がたたなくなるからかもしれません。
たとえば米国でも、現在は七千五百人からのメディカル・オンコロジストが養成されていますから、その生活のためには、年間三十万ないし四十万人の患者を必要としているはずです。
米国には、がんファクスという制度があります。米国国立がん研究所が、がんの最先端の治療に関して、世界に向けて行っているファクシミリによる情報サービスです。それには、すべてのがんについて、進行状態に応じて標準とすべき治療法が記されています。
そこで大腸がんの項目を見てみましたが、驚きました。5FUとレバミソールの組み合せによる抗がん剤治療が、三期のがんの手術後になすべき標準的治療と記されているからです。
しかしその根拠として引用されている二つの研究報告は、相互に矛盾を含むものなのです。
その二つの研究は、同じ研究者グループが別の時期に行ったものですが、どちらの研究でも、手術単独群にくらべて5FUとレバミソールを加えた群のほうが、生存率が少し高くなってはいます。
しかし手術にレバミソールだけを加えた別の群をみると、一方の研究では、手術単独群よりも生存率が高くなっているのに(「JCO」七巻一四四七頁、八九年)、他方の研究では、手術単独群と生存率が同じになっていて、二つの結果には矛盾があるのです(「NEJM」三二二巻三五二頁、九〇年)。
同一グループの手になる二つの研究結果に矛盾が生じたことは、研究のデザインや実施の過程になんらかの問題があったことを示唆します。しかし米国の専門家たちは、がんファクスを通じて、5FU+レバミソールが標準治療だと公衆にむかってアナウンスしているのです。そもそも矛盾をふくむ研究結果を根拠にしていて、ある治療法を標準的治療と決めることは、論理学のうえからも考えがたい行いです。そのような無理をなぜ冒さなければならないのでしょうか。


(編注 医者はこのように製薬会社から接待漬けのため、やたら抗ガン剤を使いたがる。再発防止に念のためというのは患者を思う心ではなく、そのホンネは、利益があるからだ。それを患者のために念のためにというわけだ。自らの利益もあなたのためという美名に隠れるのは当然である)

●「念のために」は誤り

結局、がん治療では(というより他の医療でも)、医師のいうことを頭から信じてはならないのです。その理由は大きく二つあって、一つには、医師がもたらす情報に特定の意図が混入しているからです。千葉さんのケースから示唆されるように、最新情報を集めて自分で決めたつもりになっていても、お釈迦さまの手のひらの上を行ったり来たりする孫悟空になってしまうわけです。
医師のいうことを頭から信じてはいけない第二の理由は、医師が行っている治療が、データや根拠のないものだったり、個人的信念にもとついているものだったりすることがあるからです。
その場合、医師の行っている治療は宗教もどきということになりますから、その医師のいうことを丸ごと信じると、二重に信じる関係ができてしまうわけです。それゆえ、困難なことかもしれませんが、治療法の底に流れる思想や理屈、あるいは得失を、患者自身が考え判断していかなければなりません。ここでは抗がん剤治療について、その一端を示しましょう。
まず抗がん剤治療では、念のため、という発想の成立する余地がないことを知らねばなりません。この点みなさんは、念のために手術をしましょう、念のために胃袋をとっておきましょう、などといわれると、念のために臓器をとることがあるのか、それは変ではないかと疑うでしょうが、抗がん剤の場合は、念のためという言葉がすっと心に入ってきやすいように思われます。しかし抗がん剤治療は、命を縮めるか延ばすか、どちらかしかない危険な賭なのです。
つまり抗がん剤は、かならず正常細胞に働きかけますから、それが諸臓器の副作用として現れます。この場合、治療の途中で死ななくても、長い目でみると、寿命は必ず縮んでいます。ただ、前述の第一グループや第ニグル!プのがんでは、治る人が多々いるので、その人の寿命は著しく延びています。そして残りの、がんが治らなくて、抗がん剤による寿命短縮効果だけをもらった人たちの寿命とあわせて平均してみても、寿命が延びているといえるわけです。換言すれば、グループ全体として寿命が延びている場合にも、その中の一部の人の寿命は縮まっているわけです。
そのことと関連しますが、抗がん剤が役にたつ可能性があるのは、ごく一部の例外をのぞき、すでに臓器転移がある場合だけです。臓器転移がない人では、手術や放射線治療などが必要になるだけで、抗がん剤治療のメリットは何もなく、寿命短縮効果だけしか生じません。この点、胃や子宮などの早期がんは、手術などで百パーセント近くが治りますから、抗がん剤治療をすると、百パーセント近くに寿命短縮効果だけが生じることになります。
では臓器への転移があった場合には、抗がん剤に意味が出てくるかというと、第四グループのがんでは、そしておそらく第三グループのがんでも、無意味でしかないようです。そのようにいう第一の根拠は、これまでの研究データにありますが、理屈のうえからも、抗がん剤が無意味に帰すことは明らかなのです。
理屈を考えるには、抗がん剤のがん縮小効果は割合のかたちで生じることを知らねばなりません。つまり十億個のがん細胞をその十分の一である一億個にする抗がん剤の組み合せと量とでは、千個の細胞もその十分の一の百個にしかできない、ということです。がん細胞の数が三分の一になれば「有効」というレッテルを貼る、公的なルールのことも思いださねばなりません。数回の抗がん剤治療をして、ようやく三分の一程度に減らせると、専門医たちは、鬼の首でもとったかのように「有効」とすることから、がん細胞の数を百分の一、千分の一にすることが、いかに困難かがわかるはずです。ところが臓器の転移は、たとえ○・一ミリの大きさでも千個を、一ミリの大きさなら百万個のがん細胞を含んでいます。抗がん剤の既述のような実力からは、それら全部のがん細胞をやっつけられるとは到底考えられず、いつかは再発してくることになります。

(編注 言葉尻は医者に気を使って丁寧だからそのホンネがわかりにくいが、、端的に言えば、医療関係者の飯の種のために毒殺して多くの人が殺されているのだと言うことを説明している。
あまりにも恐ろしいことなのでストレートには書けないが、ぼかしながら何が言いたいのか読者はつかまないといけない)

●専門家の生活設計の犠牲

抗がん剤が効かないのは要するに、副作用があって、それで十分な量を使えないからです。そもそも抗がん剤は毒ガスの研究から生まれたように(宮田親平著『ガン特効薬魔法の弾丸への道』新潮選書)、本来、副作用が予定された物質ですから、副作用の問題は永遠に解決できそうもありません。
副作用の問題が解決できない原理的な理由は、正常細胞ががん細胞と構造、機能、分裂の仕方などを共通にしていることにあります。両者が決定的に異なるのは、がん細胞が無秩序に分裂を続けるという点だけといっても過言ではありません。抗がん剤は、この分裂するときを狙って攻撃をしかけ、それがうまくいって治ることがあるのが第一グループ、第ニグループのがん、ということになります。ところが、正常細胞も分裂していますから、抗がん剤の攻撃をうけ、傷つき死滅します。その結果として現れてくるのが、各臓器の副作用なのです。
そのうえ正常組織の細胞も、無秩序ではなくとも、規則正しく分裂を繰り返しています。臓器によっては、がん細胞以上のスピードで分裂しているのです。そのため、腸や骨髄の細胞は、がん細胞以上に抗がん剤の攻撃をうけやすくなっていて、次章で紹介する方マも、その結果としての下痢や白血球減少のために死亡しています。
そこで専門家たちは、白血球増多剤や吐き気どめなど、副作用を抑える薬を使って、抗がん剤の量を増やそうとしています。しかし、それらの薬は、全身諸臓器に関連するあまたの副作用のうちの特定の一つを抑えるだけですから、抗がん剤の量を増やすことにより、他の副作用が増強します。その結果、他の副作用で命を縮める人が続出しています。ことに問題なのは、シスプラチンという吐き気の強い、しかしほとんどのがんに無意味な抗がん剤が、吐き気どめと一緒に頻用されるようになったことで、全体としてはシスプラチンによる死者が増えていると予想されます。
結局、私たちは、どんな病気にも薬がある、という神話に毒されているのではないでしょうか。
しかし、抗がん剤によって治るがんはごく一部で、その一部のがんにおいてさえも生存率の向上はすでに頭うちになっている(「NEJM」三二八巻一〇〇二頁、九三年)、という現実を直視する必要があります。そうしないと、いつまでたっても、専門家の生活設計の犠牲になる人があとを絶たないことでしょう。


第2章 抗がん剤は命を縮める

抗がん剤使用の背景に病院の営利体質と無見識がある

●手術で苦しむ患者に追い撃ちをかける抗がん剤の恐怖

一九九二年七月十八日、中部地方のとある大学病院の救命救急センターで、五十三歳の女性が十二日間の在院ののちに亡くなりました。
千田道子さんというその女性は、近くのBクリニックで早期胃がんの手術を三カ月前にうけたばかりでしたが、術後の経過も順調で、手術による死亡ではありません。いったい彼女になにが起こったのでしょうか。
じつは道子さんは、抗がん剤治療の副作用で死亡したのです。副作用死とする根拠は後述しますが、Bクリニックの治療に過失があったと遺族が訴えて、本件は現在、名古屋地方裁判所で審理中です。ここでは、彼女がうけた治療の内容を分析しながら、みなさんが第二の「道子さん」にならないように、日本の抗がん剤治療の問題点をさらに探ってみましょう。
生来健康で、ふつうの生活を送っていた道子さんは、背中に痛みを感じたために、一九九二年三月六日、Bクリニックを訪ねています。諸検査の結果、胃がんと診断され、四月十七日に胃の三分の二とリンパ節とを切除する手術をうけました。病理検査の結果は早期がん、それも粘膜内にとどまるごく早期のがんで、二十二個切除したリンパ節にも転移はみられませんでした。
術後の回復もスムーズで、五月十六日に退院となりましたが、その直前から問題の抗がん剤治療が始まったのです。抗がん剤治療として、まずユーエフティ(飲み薬)が一日六錠、五月十三日から六月の末まで処方されています。つぎにマイトマイシン四ミリグラムの点滴が六月四日から毎週一回、計四回、そして再入院のうえ、抗がん剤である5FU千二百五十ミリグラムの点滴が六月二十九日と三十日との計二回施行されています。
道子さんは、七月二日にいったん退院したものの、その日から三十八度台の熱がでて、それ以前からあった下痢も増強し、腹痛も強くなりました。それで七月三日に三回目の入院をして、点滴による水分補給をうけましたが、水様性の下痢はやまず、全身状態は悪化の一途をたどりました。感染症のためとみられる四十度前後の発熱がつづき、ふつうなら三千以上はあるはずの白血球も、七月六日にはわずか六百にまで減少しています。ふだん百五十以上あった血圧も、七月七日には百前後にまで低下しました。事態の悪化をさとったBクリニックは、同日、道子さんを近くの大学病院へ転送したのです。
大学病院に転送された道子さんには、白血球減少、敗血症、血管内凝固症などの診断がつけられ、集中的な治療が始まりました。しかし、翌八日には舌根がのどのほうに落ちこんで、呼吸が一時的に停止しました。蘇生術が奏功して意識はいったん回復したものの、やがて口腔内に大量に出血し、ふたたび呼吸が停止して意識が消失しました。気管内にチューブが挿入され、人工呼吸器による管理に切りかえられましたが、意識は完全には回復せず、十八日に死亡するにいたったものです。

(編注 患者を悪化させて、次の治療すればするほど、莫大な利益になる病院経営の実態を説明している。)

●治療費は五百二十四万円

道子さんのからだになにが生じたのか、その現象ないしメカニズムを分析してみましょう。まず白血球が減少したのは、道子さんに使われた三つの抗がん剤のそれぞれに、白血球の生産工場である骨髄をたたく副作用があるからです。下痢は、ユーエフティや5FUでよくみられる副作用で、抗がん剤の殺細胞効果によって、腸管の粘膜細胞が死滅・脱落して生じます。つまり粘膜に傷ができると、そこから腸管内に水分が漏れるか、あるいは口からとった水分を粘膜から吸収できなくなって、肛門から水分が流れでてしまうのです。重度の下痢が生じたことから、道子さんの腸管粘膜にはひどい傷ができていたと考えられますが、他方では白血球減少のために細菌が繁殖しやすくなっていて、それゆえ粘膜の傷のところで病原菌が繁殖して腸炎になり、そのため粘膜の傷がますますひどくなるという、悪循環におちいっていたのでしょう。転送された大学病院でも、激症型腸炎の診断がつけられています。
いつの頃からか道子さんは、感染病巣から細菌が血中に流れだす、敗血症の状態になっていました。敗血症はからだの抵抗力が細菌に負けた状態ですが、抵抗力が落ちたことには、下痢が関係していたはずです。つまり下痢とともに、水分、塩分、栄養分などが流れでて、からだが低栄養状態になり、それで抵抗力が落ちたのでしょう。現に道子さんが転送されてきたとき、脱水症、低蛋白血症、低栄養状態と診断されています。
転送された時点で、血管内凝固症と腎不全の存在も指摘されています。血管内凝固症は、敗血症の場合に好発する、血管のなかで血が固まりやすくなる状態です。血が固まってしまった臓器はその機能をはたすことができなくなりますから、諸臓器の機能不全が生じます。
道子さんがたどった経過は、次章で解説する、フジテレビ・ニュースキャスターの山川千秋さんが手術後にたどった敗血症↓血管内凝固症↓諸臓器の機能不全↓死亡という経過とそっくりです。手術にしろ抗がん剤治療にしろ、そのあと敗血症になった場合、それをコントロールできないままに血管内凝固症が生じれば、死の転帰をとるのはほとんど必然なのです。道子さんの場合も転送されたときにはすでに、救命不能の段階にいたっていたようです。
ところで、大学病院での治療がいくらについたかというと、十二日間で五百二十四万円です。
それほど濃厚に治療をしても、すでに定まった運命は変えようがありません。裏をいえば、治療費が高額になったと聞いた場合、その患者さんは死亡したと考えるのが、医療関係者の常識です。

●Bクリニックの営利体質

道子さんは、最初からいきなり救命不能の状態におちいったわけではありません。結論を先にいえば、Bクリニックが下痢への対処を怠ったために、救命可能点を過ぎてしまったのです。抗がん剤による下痢があなどれないことは、次のようなケースからもわかります。奇しくも、胃がん、五十三歳、女性という点が共通していますが、道子♪、、んとは別人です。
「胃癌の五十三歳の女性。術後十日目より5FU投与開始。二十一日目まで異常なく全身状態良好。七回投与後の二十五日目に突然頻回の下痢発現、腸管のぜん動がこう進し、その後血性下痢となる。二十七日目には発熱(三十九度)し、以後継続。各種止痢剤が無効であった。三十五日目には黄疸が出現し、三十八日目には血疾を合併した。その後多呼吸が続き、四十日目には呼吸不全により死亡L(「医薬品副作用情報w」二九五頁)
この方の経過は、道子さんのそれにおどろくほど似ています。この方にも下痢が重症になるほど抗がん剤が使われていますから、白血球も減っていたことでしょう。それで敗血症など感染症になって発熱し、血管内凝固症も生じて黄疸や多呼吸になったようです。
ここにも、下痢と白血球減少からはじまって、敗血症、血管内凝固症、そして死にいたるお定まりの坂道をころがり落ちた人がいます。
この方は、種々の止痢剤が使われたのに死亡していますが、下痢が生じれば必ず死亡するということではありません。なんとか下痢を押えこめば、そうやすやすとは死なないものです。私も日常診療の一環として5FUを使っていますから、水様性の重症の下痢が生じる患者さんをときに経験します。しかしその場合、強力な止痢剤を飲ませれば、たいてい一回で止まってしまいます。したがってこの「副作用情報」のケースでは、止痢剤の選び方や使い方が適当ではなかった可能性があります。
一九九三年末に、塩酸イリノテカンという新しい抗がん剤を開発するための臨床試験で、四百七十七人中二十七人が一カ月以内に死亡し、うち二十人が副作用死であったことが報道されました。その多くは、これまでみてきた、下痢と白血球減少のあとの坂道をころがり落ちたものです。
しかし、同じイリノテカンを開発・試験中のフランスの関係者は、「副作用対策をしっかりしているので、以前のおびただしい副作用死亡(大部分は日本)は今日では見られない」と、薬害・医療被害情報センター(TELO78-57712064)の水間典昭さんの質問に手紙で答えています。対処法いかんで、下痢や白血球減少の問題は解決可能であることがわかります。
この点、Bクリニックの対処には非常な問題がありました。道子さんが重症の下痢を発症したために三回目の入院をしたあと、止痢剤を処方していないのです。Bクリニックはそのかわり、点滴で水分や塩分や栄養分を補給していますが、それらは肛門から下痢便とともにたれ流し状態になっているのですから、それでは対処法としてはまさに尻ぬけです。
栄養分などが下痢便とともにどれほど流れ去ったか、正確な量を計測できないのですから、点滴で補おうとしても正確には補えず、その結果低栄養状態になって、からだの抵抗力が落ちてしまうのです。道子さんの場合、もっと早くに、しゃにむに下痢を止める必要があったのに、Bクリニックはそれを試みもしなかったわけです。
そればかりかBクリニックは、道子さんを自分のところに抱えこんだまま、転送の時機をのがしてしまいました。もっと早くに大学病院に転送していれば、下痢の治療もしっかりしてもらえ、敗血症にもならずにすんだことでしょう。要するにBクリニックは、下痢くらいたいしたことがないと考えていて、下痢を止める必要に気づかなかったか、方法を知らなかったようです。
Bクリニックが下痢を軽視していたことは、別のエピソードからもわかります。六月二十五日、外来で道子さんは担当医に、四日まえに一日四回ものひどい下痢があったことを伝えています。
それまでの治療の内容からみて、ひどい下痢はユーエフティの副作用で生じたと考えられますから、担当医は二十五日の外来では、抗がん剤治療を中止すべきでした。ところが担当医は、逆にその日にユーエフティをまた処方してマイトマイシンを点滴し、さらに5FU点滴のための入院まで決めています。しかし5FUの催下痢作用は、ユーエフティ以上に強烈です。前掲した「副作用情報」のケースのように、5FUだけで死亡する患者もいるのですから、ある意味ではこのときに道子さんの命運は定まりました。
Bクリニックが使った抗がん剤の組み合せもおかしなものです。前述のように道子さんには、ユーエフティに加えて5FUが使われましたが、ユーエフティは体内に入ると5FUに変換されて効果を発揮する薬です。つまり道子さんには実質的に、5FU一剤が飲み薬と点滴とで同時に使われたのと同じなわけで、これは大変奇妙です。そしてユーエフティによる下痢は、実質的には5FUの副作用ということになりますから、そこにさらに5FUを点滴したのは、わざわざ下痢を重症化させる行為としかいいようがありません。
道子さんの死亡には、Bクリニックの営利体質が関係していた可能性があります。抗がん剤治療が営利目的でおこなわれていて、道子さんはその犠牲になったのではないか、ということです。
そういうためには、まずBクリニックの営利体質を論証しなければなりませんから、道子さんへの医療行為を分析して論証してみましょう。
Bクリニックは、道子さんを一カ月も入院させていますが、これは順調だった早期胃がんの手術のあととしては、不必要なまでの長期間です。かりにその点はおくとしても、点滴が余分でした。道子さんの最初の入院は四月十五日で、手術はその二日後ですが、入院の日から点滴が始まっていて、その中身はビタミン剤など、どうでもいいものです。一般論としても、健康な五十代の女性に、手術の二日まえから点滴を開始することは必要なく、手術の直前から始めれば十分です。そして退院の日まで点滴が続行されていることも、道子さんが食事をとれていたことを考えると、医学的常識からはずれています。
抗生物質の使い方も常識はずれです。第三世代のものを含めて抗生物質が二種類、手術の直後から十日間点滴され、それが終わった二日後から、別の第三世代の抗生物質の点滴が始まり、それも十日間つづいているのです。
しかし、術後の経過が順調だった道子さんには、どういう抗生物質も必要ありませんでした。胃がんの手術の場合には一般に、せいぜい第二世代の抗生物質でよく、それも手術の前後に、一回から二回注射すれば十分なのです。
それなのに、とりわけ高価な第三世代の抗生物質を使いつづけたことは、そのことだけからも、薬の仕入れ価格と使用価格との差額(いわゆる薬価差益)をねらった営利目的の治療行為と評価できます。最初の抗生物質を十日間でやめて、二日間の休薬期間をもうけ、別の抗生物質を再び使いはじめたことからも、営利目的がみてとれます。
つまり、Bクリニックが医療保険組合へだす支払い請求書のうえからは、その二日間のあいだに別の感染症にかかって、二度目の抗生物質の必要が生じたようにみえますから、医療保険組合に支払いをカットされずにすむわけです。
抗生物質の使いすぎの結果は、患者や国民の支払い負担がふえることにとどまりません。第三世代の抗生物質をだらだらと使いつづけるのは、致死性の腸炎を招くおそれがあるなど、患者本人にとって大変危険な行為です。そのうえ、細菌が抗生物質にたいする耐性を獲得することもあります。道子さんが敗血症になったのは、熱がでたあとに使った抗生物質が無効だったことが一因でしょうが、手術後の抗生物質の使い方がもとで耐性菌が生じていたのかもしれません。
Bクリニックは検査も乱発しています。その一例は、5FU点滴のための三日間の入院中に、心臓超音波検査、眼底カメラなどの特殊な検査を施行していることです。道子さんの経過からは、その必要があったとは考えられませんが、その一方、採血という大事な検査をしていません。つまり、採血して白血球の数を調べることなしに、白血球減少作用のある5FUを点滴したわけで、これは常軌を逸しています。
道子さんの入院カルテには、検査をオーダーするためのゴム印が押してありました。ゴム印の冒頭には「入院時・一般検査」とあり、つづいて前述の心臓超音波検査などの項目があります。
めったに必要とされないそれら特殊な検査を一般検査項目とするゴム印がつくられていること自体が異常ですが、そのうえ道子さんの場合、同じゴム印にあった採血検査の項目が、どういうわけか二本線で抹消されていました。この抹消があったために、白血球の採血検査がなされなかったわけですが、反面、心臓超音波検査などの特殊な、道子さんには不要な検査を抹消せずに残していることから、営利目的が推認できます。
そして5FU点滴のためには、一般に入院も必要ありません。たいていの抗がん剤治療は、外来で施行可能ですから、Bクリニックの営利体質を考えあわせると、5FUの点滴を、入院費や検査費をかせぐ口実にした可能性があるわけです。
要するに、Bクリニックは、抗がん剤治療に関して素人です。前述した下痢への対応、ユーエフティとともに5FUを使ったこと、点滴まえに採血をしなかったことなどは、素人と考えればすべて納得がいきます。Bクリニックは、救急指定や労災指定もうけている、その地方としては大きい病院ですから、土地の人たちは抗がん剤治療をうけるのに、なんの不安も感じていなかったことでしょう。しかし実際には、抗がん剤治療のための知識や能力に欠けていたわけです。

(編注 この道子さんの例は現代医療のガン治療という悪化させて、次の治療で点数を稼ぐビジネスモデルであることを説明している。端的にストレートに言えば、今の日本のガン治療とは、痛めつけてボロボロにして殺して稼ぐ悪魔のビジネスだ。
立場上、ストレートに言うのは難しいが、書いてある内容はそのままそのとおりであることに気付くはず。船瀬俊介さんの取材でも、絶望的な詐欺であることをズーッと言ってきたことを答えておられる)

●数十万人の「道子さん」

医師に抗がん剤治療のための知識や能力が欠けていることは、Bクリニックにとどまらない問題です。イリノテカンの臨床試験でおおぜいが副作用死したことを前述しましたが、その臨床試験がおこなわれたのは、がん専門病院や大学病院です。そのことは、がん治療を専門とする医師たちでさえも、知識や能力に欠けている場合があることを意味しています。
日本中でこれまで副作用死した「道子さん」は、おそらく数万、数十万人を数えます。それでも副作用死が問題になることが少なかった理由の一つは、患者さんの遺族が、副作用死は必要な治療のやむをえない犠牲と考えていたからでしょう。
しかしたとえば道子さんの場合、そもそも抗がん剤治療の必要がありませんでした。
実のところ胃がんには、抗がん剤は無効なのです。すくなくともこれまで、抗がん剤による生存率の向上を証明した試験や結果は存在しません。これは私だけの考えではなく、外科医など胃がんの診療にあたる医師たち一般の共通認識です。
現に吉野肇一・東京歯科大学外科教授は、「(胃がんの抗がん剤の問題が)解決できない最大の理由は、胃癌によく効く抗がん剤がないことであるL(「消化器癌」三巻三〇二頁、九三年)と述べ、前出の笹子医師も、「すでに三〇年余りの年月をかけて臨床試験を実施してきながら、補助化学療法の有効性に関して証明すらできていないというこの事実は、結局のところ胃癌一般にいちじるしく有効な薬物がないことを意味している」(同三=頁)と語っています。
百歩ゆずって胃がんに抗がん剤が有効としても、道子さんには不要でした。というのも道子さんのような胃の粘膜内がんの場合には、術後の再発率は○・七パーセント程度しかないのです(「胃と腸」二八巻三号一七三頁、九三年)。○・七パーセントといえば、千人のうち七人です。
したがってその七人のために、千人全員が抗がん剤治療をうけ、全員が副作用で苦しみ、十人や二十人が副作用死するという計算になるわけです。
もっといえば道子さんは、手術の必要もなかったかもしれません。どんな臓器でも、偶然発見された早期がんは手術しないでそのままにしておいても、特に悪さをしないかもしれないのです(一九三頁参照)。つまり日本で早期がんとして発見され手術されている病変は、そのままでも命とりにならない病変らしいのです。道子さんの場合についていえば、病変がかなり横に広がっていたことから、病変が発生したのは何年もまえと推定できます。それでも、細胞は粘膜のなかを広がるだけで転移もしていなかったことは、その病変が「本物のがん」としての性質に欠けることの証拠の一つになりそうです。
ところで道子さんが胃がんを発見されたのは、背中が痛いといってBクリニックを訪れたからでした。しかし早期胃がんで背中が痛むことはほとんど考えられないことなのに、Bクリニックは背中を調べるための検査はしないで、胃の検査をしています。ここにも営利目的が働いたのかもしれませんが、胃の検査さえしなければ、胃がんの発見も手術も抗がん剤もなかったのですから、ちょっとした検査のつもりが、道子さんが死の淵に転落するきっかけになったようです。
不要といえば、道子さんに使われたユーエフティという抗がん剤は、その存在そのものが不要です。ユーエフティは、その意義がどの臓器のがんでも証明されていない、日本独特の薬なのです。それなのに認可され販売されているのは、日本のいい加減な臨床試験に最大の原因があります(第7章参照)。ユーエフティが認可・発売されていなければ、道子さんの死も避けられたでしょうから、その意味で、いい加減な薬を試験して認可の手助けをした専門家たちも、道子さんの死に責任を負っていることを指摘しておきましょう。

●鳳啓助さんの苦しみ

みなさんががんにかかったときに、抗がん剤による危険を避けるための要点は、抗がん剤治療の現状について認識を深めるにつきます。この点、漫才師の鳳啓助さんの場合が参考になります。
鳳さんはご承知のように上顎のがんにかかり、「顔は芸人の看板や」ということで手術を拒否しましたが、抗がん剤治療はある大学病院でうけています。死後に出版された本の記載から、鳳さんがどういう事情で抗がん剤治療をうけることになったかをみてみましょう。
「医長は顔を合わせるたびに、抗がん剤の使用をしつこく勧めます。治療に来る先生もやはり、抗がん剤を勧めます。私たちもしつこいくらい断り続けていました。
微熱だったのが三十八度近い高さに変わってきました。看護婦さんから解熱用の座薬をもらうこともしばしばです。夫は、目の痛みで、いらいらが募るようです。しきりに点滴を気にして、ぶつぶつ言っています。『何が体の中に入ってくるのかくらいは、こっちにも聞く権利があるやろう。先生を呼んできてくれ』
私は先生の一人を呼びました。早口で薬の名前を羅列して、効果などを説明してくれましたが、難しい医学用語が多くてさっぱり分かりませんでした。そして最後には、やはり、抗がん剤を使う以外には、良いほうに向かう方法がないと繰り返しました。(中略)
抗がん剤については、夫と二人で随分と悩み、話し合いました。そして、抗がん剤を打つことを決めたのは五月十一日のことでした。
『今の抗がん剤は進歩してますからね。そんなに具合が悪くなることはありませんよ。特に一回目ですから、そんなに急な変化はありません。患者に言わなければ、分からないくらいです』。医長は明るい顔で説明しました。そして、点滴による投与が始まりました。『なにか変だったら、すぐに知らせてくださいね。もしも、むかむかするようなら、それを止めるいい薬がありますから。昔とは違うんですよ』。医長は意気揚々、という感じで病室を出ていきました。
(中略)
『約束と違うやないか。苦しくなったらフォローしますやと、嘘ばっかりつきやがって。二度と抗がん剤なんて入れへんぞ』。夫はうめきながら、怒っていました。消耗の激しさは、日を追って増して行きました。診察室にも、歩いては行けないほどになったのです。診察の後、私は尋ねてみました。『先生、どうしたんですか、最近はぜんぜん病室に来ませんね』
『いやあ、看護婦からの報告では、どうも調子が悪いようなので、病室に行ってつらい顔を見たくないんですよ』
私は開いた口がふさがりませんでした。つらいときほど、力になってほしいのが患者の気持ちです。医師だって、そういう時に力になってこその医師ではないでしょうかL(鳳ハマ子著『鳳啓助のポテチン闘病記』毎日新聞社)
後述するように、上顎がんには抗がん剤は有効ではありません。したがって、鳳さんが抗がん剤を拒否したのは正解でした。それが、がんが進行して体調がだんだん悪くなってきたので気弱になって、医師たちの執拗な説得にもあい、鳳さんはついフラフラと抗がん剤治療をうけてしまったわけです。
しかしがんの進行はとめられず、抗がん剤はやはり無効ということになりますが、副作用のひどさは想像以上でした。
これは日常、どこの病室でもみられる光景でしょう。抗がん剤に疑問をもっている患者は多々いるはずですが、それでも抗がん剤治療をうけてしまうのは、医師の執拗な説得があるからのようです。抗がん剤を拒否すると、退院を迫られることもあるといいます。しかし、医師がどんなに抗がん剤に執着しようが、無効なものが有効にはなりません。
それにしても、鳳さんの担当医の態度には驚かされます。その医師は、副作用で苦しんでいる患者の病室には行かないようで、それで副作用のひどさを知らないのでしょう。
残念ですが日本では、医師のいうことを素直に聞くと、とんだことになりかねません。もちろん、ちゃんとした医師もいるのですが、だれがちゃんとしているかは、ただちにはわかりません。鳳さんの担当医もそこそこ説明する医師であったようで、それもあって鳳さんは、担当医のいうことを真にうけてしまったのでしょう。説明をしてくれる医師がよい医師とは限らないことがわかります。鳳さんの二の舞いにならないためには、最後の最後まで、みなさん自身が問題意識をもって、自分の頭で考えることが必要になります。


(編注 9割無効という言い方は1割は効果有りと言うことになるので、やや物足りないが、この当時は初の本格的な告発の始まりであり、いきなり全否定は出来ないということで、仕方がなかったではないだろうか。)

●抗がん剤は九割には無効

自分で考える場合、効果を期待して副作用を我慢するか、それとも再発の危険を甘受して抗がん剤をやめておくか、と二者択一的に考えるのがふつうでしょう。しかし、このような問題の立て方自体に問題があります。なぜならば第一に、我慢ならない副作用が多々あるからです。たとえばブレオマイシンによる肺の繊維症や、シスプラチンによる腎不全が代表的で、これらはいったん生じると、死に直結しがちです。
たとえ生き延びても、呼吸困難のために車イスでの生活を送らざるをえなくなったり、週三回の人工透析を強いられることにもなります。
二者択一的思考がいけない理由の第二は、抗がん剤が効くがん、効かないがんの問題に気がつかないおそれがあるからです。前章で述べたように、抗がん剤治療で生存率が向上するのは、すべてのがんの一割でしかなく、残りの九割には、抗がん剤は無効なのです。
抗がん剤でこれまで生存率が目ざましく向上したものには、急性白血病、悪性リンパ腫、子供のがん、睾丸腫瘍、子宮の絨毛腫瘍があります。乳がんも抗がん剤で生存率が向上しますが、急性白血病などほどには目ざましくなく、他の臓器にはっきりした転移がない場合に限られます。
それ以外のもの、つまり胃がん、肺がん、子宮がんなどでは、抗がん剤が生存率を向上させる証明はありません。これら証明のないがんが、全がんの九割をしめ、鳳さんの上顎がんも、このグループに入ります。
ただし肺がんのなかで小細胞型肺がんといわれる特殊なものや、進行した卵巣がん、あるいは大腸がんの一部には抗がん剤が有効といわれるのが一般ですが、それにも疑問があります。いずれにしろ、抗がん剤がすべてのがんに有効かのように思われ、医師たちもそのように考えてきたことについては、抗がん剤の専門家たちによる洗脳ないし誘導がありました(詳しくは前章二七頁参照)。
かりに抗がん剤治療をうけるにしても、知識や能力をそなえた医師にしてもらわないと危険です。その見分け方ですが、前述のように、がん専門病院や大学病院にもいい加減な医師がいるのですから、大病院の医師、というだけでは根拠になりません。
しかし他の事情から、医師の知識や能力はある程度推測することができます。
他の事情というのは、抗がん剤以外の医療行為のやり方です。抗がん剤治療をいい加減にする医師は、医療の他の分野でもいい加減なはずですから、医療行為全般のやり方が参考になります。
この点、Bクリニックのように入院、点滴、検査などが過剰なところは危ない典型です。ユーエフティをはじめ、フルツロン、ミフロール、フトラフールなど、いわゆるフルオロウラシル系の薬(経口薬ないし座薬)の抗がん剤を処方する医師も危ないといえます。それらはいずれも、どの臓器のがんでも意義が証明されていない薬です。それらの薬が使われる最大の理由は営利で、キックバックの一種としての研究費、もしくは薬価差益をかせぐことを目的として処方されているのです。したがって、これらの薬を処方されそうになったら拒否するのが賢明で、その医師の見識を疑いましょう。

(編注 医者は自分たちに都合の悪いことは言わないことを説明している。現場で見てきた、いい加減な対応、隠蔽体質を告発している)

●医師たちの隠蔽体質

最後に、副作用被害の救済の問題にふれておきます。医薬品による副作用で被害にあった場合、一般には医薬品副作用被害救済・研究振興基金から補償金がでて救済がはかられます。ところが抗がん剤の場合には、一部の薬を除いて、この基金の適用がありません。なぜかというと、抗がん剤は副作用が強いのが当り前で、死亡も十分に予測できるからだといいます。しかし道子さんのケースを考えてみれば、この制度の適用がないのは合理的ではありません。
現状では、医師のがわにも、抗がん剤で副作用がでたり死亡するのは当然、という考えがあり、なかなか過失を認めないので示談が成立しません。しかし道子さんのようなケースは、医師は損害賠償金をさっさと払うべきで、裁判をうけてたって争うことは医師のがわの横暴といえます。
これでは医療被害をつくっておいて、その損害回復の過程でもういっぺん被害にあわせるようなものではないでしょうか。
被害の回復をもとめようとする場合、患者が副作用で死亡したのかどうかということからして、遺族のがわで立証する必要があります。なぜならば、医師たちにかばい合いの体質があって、副作用で死亡したことを遺族に教えないからです。現に道子さんの死亡診断書の記載は、直接死因が「呼吸不全」、呼吸不全の原因として「肺炎」、肺炎の原因として「胃がん」となっていました。
つまり公式には道子さんは、胃がんによる死亡として扱われているのです。これは日本のどこにもみられる現象で、抗がん剤の副作用で死亡した人も手術の合併症で死亡した人も、死亡診断書のうえでは、日本には存在しないはずです。
このような医師たちの隠蔽体質も、これまで医療被害が正しく救済されてこなかった大きな原因で、カルテの改窟など証拠隠滅も日常茶飯事です。
したがって被害の回復を求める場合、いきなり病院へ文句をつけると証拠を隠滅されるおそれがありますから、弁護士に相談する必要があると思います。

(編注 山川千秋さんは悪魔の殺人医猟産業に殺害されたことをぼかしながら説明している

手術に殺された山川千秋さん

第3章手術偏重に異議あり「手術万能神話」を患者に吹きこむ外科医師たちの罪。

●放射線治療がなぜか後回しにされる日本医療の不思議

日本ではがんにかかると、手術しなくてすむ場合にまで、おおぜいが手術されてしまいます。
最初にケーススタディをしましょう。フジテレビのニュースキャスターだった山川千秋さんの手術をとりあげますが、なぜ山川さんかというと、その闘病経過が山川千秋・山川穆子著『死は「終り」ではない『山川千秋・ガンとの戦い一八○日』(文春文庫)に公表されていて、プライバシー侵害の問題が生じないからです。
山川さんは、声がカスレるのに気がつき、医師をおとずれて食道がんと診断されました。そして一九八八年六月二十九日に聖マリアンナ医科大学で手術をうけたところ、手術の合併症のため、その年の十月九日に死亡したものです。山川さんにおこなわれた手術は、肋骨をはずして胸をあけて食道を全摘し、食道のまわりにあるリンパ節を切除し、お腹もあけて胃を切りはなし、その胃を胸のほうにつりあげ、食道の残りの部分と胃とを縫合して、胃に食道のかわりをさせるものです。凄まじいと思われるでしょうが、食道がんの手術としては標準的なもので、十時間かかりましたが、無事に終了しました。
その後、山川さんは、比較的順調に快方にむかっていました。しかし熱だけがいっこうにさがらず、調べた結果、胸部の化膿がひどいことが判明しました。いわゆる術後感染症で、手術時もしくはその後に、術創に細菌がとりついて繁殖したものです。それからさまざまな治療がほどこされましたが、感染症はよくならず、それどころか九月にはいって病状は急激に悪化しました。胃かいようによる大量吐血で血を失ったのです。
健康な人でも、種々のストレスで胃かいようが生じますが、手術は極めつきのストレスですから、山川さんに胃かいようができたことは不思議でもなんでもありません。胃がつりあげられていたことや、術後感染症があったことも、ストレスになっていたことでしょう。
山川さんはその後も吐血を繰りかえし、血尿まででるようになりました。輸血をつづけましたが、回復のきざしはみられず、感染症とあいまってでしょう、四十度の高熱がでて、もうろう状態がつづきます。まもなく、敗血症、血液凝固症、さらには腎不全を併発して死亡しました。
山川さんは、必然の経過をたどって死亡した、ということもできます。というのは敗血症は、どこかに感染病巣があって、そこから細菌が血液中に流れだしている状態ですが、それは細菌にからだの抵抗力が負けてしまっているからです。術後感染症があったうえに胃かいようから出血して、からだの抵抗力がさがっていた山川さんが敗血症になることは、約束されたようなものだったのです。
そして敗血症になると、各組織・臓器の血管のなかで血が固まりやすくなり、これが血液凝固症といわれるものです。腎臓のなかで血が固まれば、腎臓の機能はとうぜん低下して、こうじれば腎不全になります。こうなると、死亡しないほうがおかしいわけです。
つまり山川さんに生じた術後感染症、胃かいよう、敗血症、血液凝固症、腎不全、そして死亡は、ぜんぶが因果の鎖でつながっているといえるわけです。そしてこの場合、おおもとの原因は手術にありますから、手術による死亡ということになります。

(編注 この事例は特別ではなく、治療されたとたんにボロボロにされて、このように死ぬ人が大勢いること、こんな死に方が当たり前になっていることを説明している。特別運が悪かったのではなく、標準的なガン治療死だという)

●味方の背後から鉄砲

山川さんは運が悪かったのでしょうか。そうではありません。食道がんでは、手術を原因とする死亡は非常にありふれているのです。歴史的にみると、食道がんの手術が開始された頃は、手術死亡は全患者の八割から九割にものぼったといいます。最近ではさすがに手術死亡は減ってきましたが、それでも二割程度までが死亡する可能性があります。
しかし山川さん本人や家族が、そこまで覚悟していたとはとても思えません。穆子夫人は手術まえに病院側から、「リスクが大きい」と説明されたようですが、その中身が二割もの死亡確率だとは、しろうとには思いもよらなかったはずです。
おまけに山川さんの場合、どうやらがんの取りのこしがあったようです。なぜそういえるかというと、まだ胸の術後感染症が治っていない時期に、放射線治療が始められているからです。山川さんの死後、「なぜ放射線治療をあの時期に始めたのか」という穆子夫人の質問に、担当医が「とにかく早く当てたかった、焦った」と答えています。
つまり外科医は、手術でがんを取りのこしたことがわかっていて、それで焦っていたのでしょう。
それにしても、穆子夫人がいぶかったのは当然です。術後感染症があるところに放射線照射をするのは、たいへん危険な行為です。
というのは、感染病巣では白血球が細菌と一生懸命闘っているのですが、白血球はどういうわけか放射線にことのほか弱いからです。細菌が死なない線量でも、白血球は簡単に死んでしまいますから、感染病巣に放射線を照射するのは、まるで味方の背後から鉄砲をうつようなものなのです。照射を始めて一週間後に、山川さんは大量吐血をしています。
それは照射をしたために感染症が勢いをまし、それがさらなるストレスとなって胃かいようを発生させた、と見ることができます。
とりわけ問題なのは、がんを取りのこす結果になることは、手術まえからほぼ確実だったことでしょう。それは、山川さんの声がカスレていたことから判断できます。著書には、声のカスレの原因として、反回神経が麻痺していたとありますが、反回神経麻痺は世界的には、治る可能性がないとして、手術不可の徴候とされているのです。反回神経は声帯を動かす神経で、それが麻痺すると声帯が動きにくくなって声がカスレます。
食道がんで反回神経麻痺が生じるのは、がんがリンパ節に転移して、リンパ節のそばを走っている反回神経を圧迫するからです。もっとも反回神経麻痺があっても、必ずしも手術不能というわけではありません。技術的には、転移病巣を切除することが可能なこともあります。しかし反回神経を麻痺させるがんはタチが悪く、手術をしてもどこかにがん細胞がのこってしまいます。そうなれば再発は必至ですから、手術に意味はないわけで、それで手術不可の徴候とされているのです。
したがって、山川さんは手術をうけるべきではありませんでした。仮に手術でがんが取りきれる可能性が一パーセントくらいあったとしても、また仮に手術による死亡確率がもっと低くて五パーセント程度だとしても、あれほどの大手術をうけることを希望する患者さんはいないでしょうから、話の結論は異なりません。
では山川さんはどうすればよかったのでしょうか。一つの可能性としては、そのまま様子をみる方法がありました。反回神経麻痺が生じた食道がんは、どのような治療をしてもまず治らないので、なにもしないで様子をみるという対処の仕方もありえたのです。そのことについては、後述しますが(九九頁以下)、なにも治療をしないことには耐えられない、というのが大方の気持ちでしょう。
その場合、放射線治療にすべきです。食道がんの放射線治療は手術にくらべてずっと安全で、手術のように死亡することはまずありません。治療自体も楽で、入院の必要はなく、通院でできますし、仕事もつづけながら治療することが可能です。そればかりか、反回神経麻痺の程度によっては、声のカスレが改善する可能性もわずかながらあります。
そのように放射線治療はいいことずくめなのに、なぜ山川さんは手術をうけてしまったのでしょうか。その原因ははっきりしているように思われます。担当したのが外科医で、手術のいいことばかりを吹きこんだのでしょう。したがって問題は、山川さんのような超進行がんにたいし、なぜ外科医は手術を勧めるのか、ということになります。
そもそも山川さんに手術後あせって放射線を始めたのは、外科医も放射線の威力を知っていたからでしょう。それならば、放射線だけで治療したほうが、放射線生物学の理論にもかないます。
というのは、手術の影響で血のめぐりが悪くなると、がんの組織が酸素不足になり、放射線の威力がおちることが知られており、したがって、手術してがんを取りのこすよりも、がんをそっくりのこしておいたほうが、むしろ放射線が効きやすいといえるからです。一般の人も手術医も、放射線も手術も両方やったほうが確実、と考える傾向がありますが、むしろ放射線一本にしぼったほうが適当な場合もあるわけです。
食道がんにたいして放射線治療が妥当なのは、山川さんのような超進行がんにかぎりません。

●臓器を犠牲にするな

いずれにしても世界では、食道がんの手術は多くなく、一部の患者が手術されるだけで、大多数は放射線によって治療されています。ところが日本では、この関係が逆転しています。手術不可の患者まで手術しているのは、山川さんを治療した大学病院だけではなく、ほとんどの大学病院やがん専門病院、あるいは一般病院でも共通してみられる現象です。それでも、成績が向上した証拠はないのです。
最近日本では、早期の食道がんは手術しないで、内視鏡の助けをかりて切除する方法が広まってきています(以下、内視鏡的治療とよぶ)。
これは、口から内視鏡をいれて、内視鏡の先端からワイアーをだし、そのワイアーに食道がんをひっかけて焼き切ったりするものです。食道壁の深部にまで達しているがんだと、壁に穴があくおそれがあって適用できませんが、適用できた場合、胸やお腹をあけなくてすみ、しかも成績は手術に匹敵しますから、一部の患者にはたいへんな福音になっています。
ところが問題は、超音波などの検査で、がんが壁の深部に達しているおそれがあると判断した場合や、リンパ節に転移があると判断した場合には、手術に切りかえられてしまうことです。さらに問題なのは、手術したあとで臓器を調べてみると、深部に達していなかったり、リンパ節に転移がないことがあります。この場合、内視鏡的治療で十分でしたから、臓器は取られ損ということになります。
手術した結果、臓器を取る必要がなかったとわかった場合、手術医たちは、がんを治すためのやむをえない犠牲だった、と考える傾向があります。
しかし患者のがわから考えれば、必要もないのに手術されて臓器まで取られたのは、まったくおかしな話で、臓器を犠牲にするなと叫びたいでしょう。それに、そもそも内視鏡的治療が生まれたのは、合併症や死亡など手術の害を避けることが出発点だったはずです。それが、ちょっとした検査の結果、ふたたび手術に逆もどりするのは、矛盾のようにも思えます。ここで、内視鏡的治療か、しからずんば手術か、という二者択一的思考に問題があるのではないか、と気づく必要があります。この場合にも第三の道、放射線治療があるからです。
九四年十月の日本癌治療学会の席上で、早期食道がんにたいして放射線治療をおこなった結果が発表されました。その結果、勧められた手術を拒否して放射線治療を選んだ患者の五年生存率は、早期がんのこれまでの手術成績とまったく変わりませんでした。その発表の場に同席した多数の外科医たちは、みな驚いたようで、なんの反論もありませんでした。要するに、検査の結果、深部に達していたり、リンパ節に転移しているおそれがある場合、放射線治療にしておけば、手術の害を避けようという発想とも整合性がつくわけですし、成績も良好なのです。
さらにいえば、現在内視鏡的治療をされている進行度の食道がんも放射線治療で十分、というデータもあります。すると、早期のがんから超進行がんまで、すべて放射線治療ですむことになり、治療方法として一貫するでしょう。

(編注 次は日本の外科医療は世界一切りまくっている風潮があることを指摘されている。ガンを見つけたとなれば、シメタとばかり切りまくっていることが、斬殺利権になっているのに誰もおかしいと指摘できない風潮があった。)

●手術しすぎの実態

一般にがんの治療に関しては、この進行度にはあの治療法、あの進行度にはこの治療法というように、進行度別にむいた治療法があると思われているようです。
しかし本当にそうなのかは、食道がんの例からもわかるように、いま一度疑ってみなければなりません。そもそも進行度の判断というのは、機械による検査に頼るために誤りをふくむものですから、そんなものを頼りに治療法をかえるのは危険といえます。また、仮に進行度判断が正確にできたとしても、ある進行度を境にして、急に手術が適当になったり、とつぜん放射線が適当になったりすると考えることのほうが、一貫しない便宜的な思考方法のようにも思われます。
食道がんの進行度といえば、過日、日本から提案された進行度分類が、世界中で使われることに決まりました。食道壁の深部方向へのがんの進行度と生存率とが関連することが、日本の研究でわかったからです。日本の外科医たちは、提案が採用されたことを名誉と考え、誇らしげです。
しかし、がんが進行しているほど成績が悪くなるのは当然です。その日本の研究が世界初になったのは、そもそも進行がんの手術成績が良好になりようがないので、他の国は日本ほど手術せず、それで深部方向への進行度を手術で正確に決めたデータに乏しいからです。
つまり日本の手術しすぎの実態が、その研究に結実したわけで、そう考えると、世界初になったのは名誉でもなんでもありません。私としてはその研究には、ドラキュラ大賞でもつくって進呈したい気持ちですが、それはともかく、なんでもかんでも手術してから臓器を研究対象とするのは、「分類あって治療なしLではないでしょうか。

●がん治療惰報の嘘

国立がんセンターにおけるインフォームド・コンセントがそのようなものだとすると、他は推して知るべしで、患者はみずから情報をもとめなければなりません。しかしそれは困難な作業です。たとえばみなさんは、がんと診断されたら、おそらく家庭の医学書などをひもといて、どのような治療があるか調べるでしょうが、それがまた危険なのです。
ある家庭医学書の食道がんの治療法の解説に、「手術も安全で、予後も良好に」という小見出しがあります。この医学書を読んだ人は、手術が第一選択なのだと思いこむでしょうが、その結果は山川千秋さんの二の舞です。
しからばと、がんに関する単行本を買いこんで、子宮頸がんのところを読んでみると、進行度別の五年生存率が出ていて、一期、二期とも、放射線治療より手術のほうが五年生存率が高くなっています(『はい!がん電話相談室です""』扶桑社)。
しかしそれは、手術できない高齢者や心肺機能の悪い人たちを放射線治療にまわした結果の数値ですから、その数値を信じて手術をうけると、ひどく後悔することになります。
つまり日本では、世のなかに出回っているがん治療の情報には、かたよりがあるのです。その最大の原因は、新聞・テレビなどでのがん治療の解説は手術医がすることが多いことにあるといえます。

(編注 外科医は手術できなくなったら飯の食い上げ。彼らが手術を勧めるのは彼らはそれで飯の食っているから当たり前だ)

●不要な手術を避ける法

ところで、立派な手術医たちもいる、という反論があるかもしれません。たしかに人格的に立派な手術医はおおぜいいますし、みんな手術の意義を信じているはずです。
しかし医療が科学を基礎とする場合、信念ほどやっかいなものはありません。科学の出発点は健全な懐疑心ですが、信念があると懐疑心をいだくことができず、いつまでたっても変革のきっかけをつかめないからです。
手術医たちは、臓器をとって患者の生活能力が向上するのか、目にみえないがん細胞をメスで追いまわすことに成算があるのか、の二点にまず疑問をもつ必要があります。
日本のがん治療をかえるために、いくつか提言をしておきましょう。開業医など一般の医師の方には、がんと診断した患者を、どこの病院のどの科に紹介するかは、よくよく考えてくださるよう要望します。食道がんや子宮頸がんなどは、いきなり放射線科に紹介したらどうでしょう。
またマスコミは、その手術偏重体質をあらためなければなりません。
手術医はせめて、手術をやめたら俺たちの仕事がなくなる、という考えだけは捨ててください。
いくつもの診療科の手術医たちから、そういう声を実際に聞きました。いちばんたまげたのは、喉頭がんは放射線治療でいいじゃないかとある耳鼻科医にいったら、面とむかって、「喉頭切除をしないと、若い医師たちの練習にもならない」といわれたことです。ハルステッド手術も、どんなに下手をしても患者が死ぬことはないという乳房の特殊性から、若い医師たちのトレーニングには最適の手術になっていて、それが日本に残存している一つの理由だ、と聞いたことがあります。
要するに患者の臓器は、手術医たちの生活の糧になっているのです。手術をするのは、あなたのためでも、あなたのがんのためでもなく、手術医の生活のためであることが多いのです。このことをしっかりと心にとめないかぎり、あなたががんにかかったときに危険を避けることはできないでしょう。
患者のがわから不要な手術を避ける方法を伝授しましょう。それは、医師の第二の意見(セカンド・オピニオン)を聞くことです。場合によっては、第三、第四の意見を探しましょう。その場合、診療科がちがっても、同じ病院の医師に意見を求めるのは、医師同士のかばい合いがでるので危険です。また病院が違っても、診療科目が一緒なら、同じ手術偏重体質に毒されている可能性が高いでしょう。

恐ろしい医者達


第4章 苦しまずに死ぬために

●がんがタブー化された理由

がんへの恐怖に話を戻しましょう。これまでみてきたように、がんにかかると痛む、苦しみのうちに死ぬ、という通念には、どうも誤りがあるようです。
したがって、痛みや苦しみが恐怖の原因になったと考えることには疑問が残ります。
しかし他方、日本では、がんという病名を本人に知らせることは、つい最近までタブーになっていましたから、その基礎に恐怖があったことも、また間違いのないところです。その恐怖ないしタブーはいつ頃生まれたのでしょうか。
この点、明治、大正の時代には、恐怖はともかく、がんはタブーではなかったようです。その証拠の一つに、前掲の桂太郎の胃がんに関する新聞記事があります。その記事では、桂太郎の意識がまだ清明であった時期に、病名までいれて詳細な報道をしていますから、タブーが存在したとは考えがたいわけです。そして昭和になっても、切腹の習慣が残っていましたし、神風特攻隊まで生まれましたから、日本人が死を極端に恐れていたとは考えがたく、第二次世界大戦以前にはがんのタブーはなかったのではないでしょうか。
がんのタブーが第二次世界大戦後に生じたとすれば、その原因としては、戦争に負けて日本人が軟弱になったとか、結核による死亡が減少して、がんによる死亡が目立つようになったことがあるかもしれません。
しかし結核も、それまで死病として恐れられていましたが、本人たちに結核という病名を知らせていたようです。したがって死病というだけでは、がんがタブー化された理由にはなりがたいように思われます。
そこでヒントとなるのが、ある患者の遺族からの次のお便りです。
「『あなたがガンになったとき』を興味深く読ませて頂きました。もう少し早くこれを読んでいたらと悔やまれます。
私の主人は昨年十一月四日、(都内の)○○病院で噴門部癌と診断され、その場で主人に告知されました(注・噴門部は胃の入り口にあたる部分。食道とつながっている)。十一月八日入院。十四日手術を受けました。
術後の説明では、胃と脾臓と胆嚢を全部取り、途中で内部検査をした所、もう少し食道を切った方がよいという結果が出たので、又食道を切り、残っている食道と小腸を胸の中で縫合したが、もしかしたら縫合した所が後で破れるかもしれないので、その時はもう一度手術になるとの事でした。
十六日、腎不全になっていると言われ、十七日にHCU(注・高度治療室)に移り、透析をしました。HCUにいた先生の話では、肝臓も悪く感染症だとの話。執刀の先生に説明を求めた所、感染症については返事をせず、縫ったところは破れているが、今は手をつけられない状態で、この一週間が山と言われ、頭の中が真白になりました。
二十一日にICU(注・集中治療室)に移り、心臓に血がたくさん行くようにフーセンを入れる手術とかもして、人工呼吸器やらいろいろな器械がたくさんついて、本人は眠らされていて意識はなく、二十四日死亡しました。HCUに移ってモルヒネも使ったと聞きました。普通に話をすることも出来ず、残念で仕方ありません。
十月には夫婦で九州旅行をした程元気でいましたので、手術をしなければ今頃まだ生きていたことは確かです。手術をしても切る所を少しにして、後はコバルト治療をすれば助かったのではないかと後悔しています。
医者に殺されたという思いで、告訴をしたい気持ちです。手術は非常に危険だということを初めて知りました。

(編注 本当はガンで死んだのではなく、ガン治療で殺されていることを説明している)

●怖いのは医師たち?

この方のご主人のように、手術後あっという問に死亡してしまう患者は無数にいますし、手術室から霊安室に直行する患者さんも、まだまだ大勢います。あるいは入院してすぐ、抗がん剤の副作用で亡くなる患者も沢山います。
しかしこれまで、手術や抗がん剤のために死亡したケースが裁判で争われることがほとんどなかったのは、なぜでしょうか。うがった見方かもしれませんが、私には、がんへの恐怖やタブーと関係していたように思われるのです。
なぜならば、がんへの恐怖があれば、「がんは恐ろしい病気だから、それを助けるためには、危険な手術や抗がん剤に挑むのもやむをえない」という、医師のがわの言い訳がたつからです。
がんへの恐怖を目一杯あおっておけば、遺族ははじめから、がんだったんだから仕方がないと考えて、医師に文句をつけるというアイデアさえ浮かばないかもしれません。
がんをタブー化することも、一部の医師には有利になります。なぜならばタブー化されれば、本人には病名を知らせないことになりますから、治療法は医師と家族とのあいだで決められます。
その場合、なんとか本人を助けたいと願う家族は、百に一つの可能性を追求しがちで、治療による副作用に目がいきません。「ちょっと危険かもしれません」程度の説明で、死亡確率が高い危険な手術や抗がん剤治療を患者本人にかわって承諾してしまいます。これが本人なら、危険性のほうに目がいきますから、拒否するのではないでしょうか。
このように、がんがタブー化されたことこそ、危険な手術や抗がん剤治療をのさばらせてきた元凶のように思われるのです。
そしてその結果、患者が死亡したとしても、遺族には、本人にかわって医師と治療法を決めたという負目が残ります。遺族が、医師の責任を追及することは、自分の責任をも追及することになってしまうのです。
これまでも、前掲の手紙の方のように、非常な怒りをおぼえた遺族が大勢いるはずですが、医師と共犯関係をむすんだような気持ちになって、訴訟などの手段をとれなかったのではないでしょうか。
このような見方がもし正しいとすると、がんへのタブーが戦後に生まれたという見方とも符丁が合います。米国から麻酔法など近代的な医療技術がもちこまれて、広い範囲を切除する長時間の手術が、いろいろな臓器のがんで可能になったのは戦後のことなのです。そして当初、大きな手術になれていない医師たちは、手術死亡を量産しました。食道がんにいたっては、十人中、八人、九人が手術死亡していたのです。それでも手術をつづけるためには、医師のがわに、がんへの恐怖をあおり、タブー化する必要があったのではないでしょうか。
こうしてみてくると、怖いのはがんでも治療でもなく、がんを治療しようとする医師たちなのかもしれません。

第5章 がんを放置したらどうなるか
医師自身が錯覚している日本のがん手術の実態とは?欧米の手術と比較しつつその問題点を検討すると……

日本には、がんなら手術という風潮が根強く存在します。手術以外の治療法には臓器を残せる利点がありますが、どこかがん細胞を残してしまうような気がするものです。これに対して手術には、悪いところを取ってしまうという明快さがありますから、他の治療法より手術のほうが確実と考える人が多いようです。
しかし本当に、がんなら手術なのでしょうか。手術の意義はどこまで確かめられているのでしょう。
手術の意義を調べる最良の方法は、がんを治療しないで自然の経過にまかせた場合と比較することです。それによって、手術にメリットがあることがわかれば、つぎに放射線治療など他の方法と比べる意味がでてくるわけです。
しかし今日では、なんらかの方法でがんを治療するのが当然とされていますから、がんの自然経過がよくわかりません。といって、がんに対する治療法がなかった時代の記録を調べてみても、それは診断法が未発達の時代でもありましたから、自然経過の参考になる記録がほとんどありません。そんななかで乳がんは、診断しやすい部位に発生するという特徴があり、その記録は参考にできそうです。
グラフー(次頁)は、一八〇五年から一九三三年にかけて、イギリスのある病院で自然経過をみた乳がん患者二百五十人の、症状出現時から死亡するまでの期間を示したものです(「BMJ」二巻二=二頁、六二年)。
乳がんの手術が考案されたのは十九世紀の終りですから、それ以前の患者たちは、包帯交換や痛みどめなど対症療法しかうけていません。グラフには、二十世紀にはいってからの患者も含まれていますが、論文の記載からは、手術不能と判定されて自然経過をみたもののようです。全員が死亡するまで観察されていますが、グラフには十年間の生存率を示しました。
この生存率曲線からは、がん患者の余命に関する重要なことがらを学べます。まず、五年生存率が一八パーセント、十年生存率は四パーセントで、最後の一人が死にたえたのは十九年後ですから、がんを自然の進行にまかせても長生きする人が意外と多いことがわかります。そして長生きは、乳がんゆえの特殊性ともいえないようです。
なぜならばそれらの乳がん患者は、超進行がんないし末期がんとでもいうべき状態にあったからです。
たとえば現在では、乳がんの直径が五センチもあると、大きいと形容されますが、当時は直径八センチのがんが「小さい」と表現される時代でした。また今日では、皮膚を食い破っている乳がんをみることはほとんどありませんが、その自然経過群の六八パーセントは、がんが皮膚を食い破って乳房の外に露出していたといいます。
そして乳がんの進行度をあらわす病期分類では、一期はゼロパーセント、二期がニパーセント、三期が二三パーセントで、今日ではほとんどみることのない四期が実に七四パーセントを占めていました(「BMJ」前掲)。それほど超進行がんないし末期がんが多かったのですから、この生存率曲線から導かれる結論は、他の臓器の進行がんにかなり適用できるのではないかと思われるのです。

●「放置」と「手術」でどう違う

学ぶべき第二は、ある期間がたつと全員が一斉に死ぬ、ということはなく、バラバラの時期に死んでいることです。そうなるのは、さまざまな進行度の患者が混ざっているから、というばかりではありません。かりに進行度が等しい患者を百人、千人と集めてみた場合にも、その生存率曲線はグラフのようになるのです。
がんを放置したらどうなるか
〈グラフ1>乳がんの生存率曲線自然経過群
つまり、がんの増大スピードが患者ごとに異なるので、初診時の進行度が等しい場合にも、死ぬまでの期間がバラバラになるわけです。このことは、どの臓器の、どういう進行度のがんにも当てはまる法則です。
したがってどの臓器でも、治療しなかったり、治療が無効であった場合の生存率曲線は、グラフーのようになると覚えておいてください。がんの種類や進行度によっては、グラフの横軸の目盛りの単位が年ではなく月になることもありますが、死ぬ時期を予想しがたい点は一緒です。
余命半年保険というものがあります。余命半年と医師に診断されると、本人が生前に支払いをうけられる生命保険で、本人がお金を使えるから合理的であるとして、加入する人が多いと聞きます。
しかし既述のように、同じ進行度の患者でも死ぬまでの期間はバラバラなのですから、どんなに熟練した医師でも余命をきちんと当てられません。
もっとも「半年」が、半年以内に必ず死ぬという意味であれば、その人選は可能かもしれません。
しかしその場合、選ばれるのは全員、体力がなくなって寝たきりになったような、明日をもしれぬ患者たちでしょう。その場合にも死ぬまでの期間はバラバラになりますから、若干長生きする人がでて、最後の一人が死ぬのが半年たった頃、となるわけです。いずれにしろ余命半年が確実ならば、その人たちは、せっかくうけとった保険金を使う気力もないはずで、海外旅行など夢のまた夢です。
生命保険会社としては、いずれ支払わなければならない保険金なら、いつ支払っても損はない、と、大宣伝をうったのでしょうが、人々の無知につけこんでいるように思われます。
グラフーには、人を誤解させるところが一カ所あります。縦軸を離れた曲線が、すぐにぐんと落下しているところがそれで、それをみると、「ああ、がんを治療しないと、どんどん死んでいくんだ」と感じるでしょう。
しかし、曲線がすぐに落下している原因は、前述した四期の患者が多い点にあるようです。現在では、四期になって発見される乳がんは一パーセント程度で、大部分が一期、二期の段階で発見されています。
他方、乳がんの増大速度に関する知識からは、一期、二期の乳がんがグラフーの患者たちの状態にまで達するには、ふつう数年、なかには数十年かかる場合もあると予測できます。したがって、今日発見されるような乳がんでは、自然経過の場合の生存率曲線は、グラフーとは大きく異なり、縦軸を発した線がしばらく一〇〇パーセントの位置を横にはい、それからダラダラと下がりはじめるはずです。要するに今日では、乳がんを放置しても、そうすぐには死なないわけで、これも他の臓器のがんに適用できる結論です。つぎに、乳がんを手術した場合のことを考えてみましょう。
乳がんの手術は、米国のジョンズ・ホプキンス大学外科教授であったウィリアム・ハルステッドが十九世紀の末に考案しました。ハルステッド手術は、乳房のみならず、乳房の裏がわにある筋肉や、わきの下のリンパ節まで根こそぎ切除するために、アバラ骨の輪郭が浮きでた格好になってしまい、腕の動きも悪くなる非常に苛酷な手術です。
しかしそれまで治療法がなかった時代にあっては、救世主的な手術として全世界に広まり、標準的治療の座につきました。

(編注 次はガンは切っても意味がないことを説明している。拡大手術しても痛い分だけ損。手術して悪くなることはあってもよくなることはないという。海外は自己反省から、撤退が続いたが日本だけは一番撤退が遅れた。強い指摘がなければいまだに古くさい理論にしがみついていたのだろう)

●ハルステッド手術への疑問

グラフ2(一〇五頁)に、ハルステッドとその弟子たちが一八八九年から一九三一年の間に手術した四百二十人の生存率曲線を示しました(「〉弓ω霞σQ」九五巻三三六頁、三二年)。なんと、五年生存率は一八パーセント、十年生存率は六パーセントで、自然経過群の曲線(グラフー)とよく似ています。この二つのグラフを比較するだけで、手術の意義に疑問が生じるはずですが、比較には二点に留意しなければなりません。
ひとつは、グラフ2の曲線の始点は手術日であることで、このことは、症状出現時を始点としている自然経過群の曲線のほうに有利に働きます。
もう一点は、手術の論文には進行度の記載がないことです。しかし、どれも治癒をめざした手術ですから、おそらく四期は含まれておらず、このことは手術群に有利に働きます。それにしても、手術群の生存率曲線が自然経過群のそれによく似ていることは、読者にとって驚きでしょう。
さらに問題なのは、手術群の曲線が縦軸の九四パーセントの地点から始まっていることです。
それは、手術後退院できずに死亡した患者、すなわち手術の合併症・後遺症による死亡とみなされる患者が六パーセントもいたことを示しています。今日では技術の進歩により、乳がん手術で死亡する患者はほぼ皆無と考えていいのですが、胸やお腹のなかの手術では、一〇パーセント、二〇パーセント程度が退院できずに死亡することがありますから、グラフ2の生存率曲線のかたちは、他部位のがんの手術に一般的に適用できることになります。
それにしても、せっかく手術しているのに、どうしてグラフ2の曲線は急速に落下しているのでしょうか。
ひとつには、在院中に死ななくても、手術の合併症・後遺症の影響で、ジワジワ死亡する人たちがいるからでしょう。
しかしそれだけでしょうか。がんそのものの性質上、急速に落下している可能性も考えられます。その検討には、がんの手術がどのような機序を通じて、がんに介入しようとしているのかを知る必要があります。
がんの手術をする場合に、働くだろうと仮定している機序は、大きくいって二つあります。ひとつは、原発病巣が増大するのを防ぐという機序です。原発病巣が増大を続ければ、患者がやがて死亡するのはみやすい道理ですから、原発病巣を取ってしまおうというアイデアは、きわめて自然な発想です。しかしじつは、ハルステッド手術ほど大きな手術をしても、原発病巣を完全に押え込むことはできないのです。現に、ハルステッド自らが手術した患者も、その三二パーセントが乳房があった付近への再発、すなわち局所再発をみたといいます。
とはいえ、その三二パーセントの患者において、局所再発が直接の死因になったとも考えにくいことです。というのも、ハルステッド手術の導入後には一般に、乳がんが局所再発しても、それで死ぬことはほとんどなくなったからです。では何で死ぬかというと、がん死した乳がん患者の九九パーセント以上が、肺や肝臓など重要臓器への転移を直接死因としています。原発病巣から離れた部位への転移という意味で、それらを遠隔転移とよびますが、遠隔転移病巣が増大した結果、臓器の機能不全が生じ、それを直接原因として死ぬわけです。グラフ2に示した手術群の場合、解剖がきちんとされていないために直接死因の解明は不完全ですが、死亡時に、からだのどこかにがんが存在していた患者は八三パーセントにおよぶと推定されており、近時の知識を加味すれば、そのほとんどは遠隔転移で死亡したものと考えられます。
がんの手術が、働くだろうと仮定している第二の機序は、この遠隔転移の予防にあります。手術で原発病巣を除去してしまえば、将来転移の生じようがないことは至極当然です。
それなのに、手術群(グラフ2)の大部分が遠隔転移で死亡したらしいことは、遠隔転移が手術時にすでに存在していたことを意味しています。
がん細胞は二分裂を繰り返して、ネズミ算式に増大します。それゆえ手術時には遠隔転移の存在に気がつかなくても、短期間のうちに急激に増大して、人を死にいたらしめる場合があります。
したがって、グラフ2の曲線が急に落下しているのは、手術の合併症・後遺症による死亡を別にすれば、気づいていなかった転移が急激に増大したためと考えられます。
いずれにしても、二つのグラフの比較からは、ハルステッド手術に意義やメリットがあるとか、手術によって寿命を延ばすという結論は導けないように思われます。いいかえれば、がんの手術が仮定していた二つの機序も、うまく働かなかったわけです。それなのに、どうしてハルステッド手術が全世界に広まってしまったのか、読者も不思議に思われるでしょう。
ハルステッド手術が広まった原因は、まず当時の医師たちに、手術して取ってしまえば治るのではないか、という直感ないし先入観があったことにあるでしょう。十九世紀以前には、どの臓器においても、あれほどの範囲を切除した経験はなく、がんを手術すると治るとか延命するとは全く確かめられていませんでした。
ただ単に、こうしたらこうなるのではないか、という推測ないし空想が手術法を考案する根拠になったのです。
しかし手術は現実の行為であり、人々に激烈な印象を与えます。実際に、臓器を取られて苦しむ患者を目の前にすると、理性的な医師たちも、自分たちのした行為に意味があるように思いこみたくなり、それが結果の解釈を曲げた可能性があります。
がんを放っておけばすぐに死ぬ、という思いこみも影響したことでしょう。前述のように乳がんでは、放っておいても長生きする人がいます。
しかし思いこみがあれば、手術したあと長生きしている人をみると、それは手術の効果だと考えてしまいがちです。乳がんの自然経過を調べた前述の論文は一九六二年に発表されたものですが、かりにもっと早くに発表されていれば、ハルステッド手術の意義を強調した報告が世にでることはなかったかもしれません。

(編注 広く切っても何の意味もないことがあとで、わかってやめたことを説明している。続けていたのは、伝統で既得利権になっており、教えられたことがやめられなかったため。近藤誠医師の強い指摘で、日本からもやっとなくなった。
誰も言わなければいまだにやっていただろう。月刊誌の寄稿のため言葉尻は柔らかく編集されているが、この話は同時に手術はまったく意味がない絶望的な詐欺だと言うことを言っている。
当時は、ズバリ、まったく百害あって一利無しとまでは言っていないが関連著書では、説明されている)

●発祥地で否定された理論

乳がんにもどる別の理由は、いろいろな臓器のがんでリンパ節を切除しているのは、乳がん手術の影響によることにあります。
つまり前出のハルステッド教授は、リンパ節に転移したがん細胞がそこだけにとどまっている時期があり、その時期にリンパ節を切除すれば臓器への遠隔転移を予防できると考えました。これをかりにハルステッド理論とよびますが、彼はこの理論にもとついて、わきの下のリンパ節まで根こそぎ切除する手術法を考案したのです。そしてハルステッド手術が全世界に広まるとともに、ハルステッド理論も広まり、それが胃や子宮などさまざまな臓器のがん治療の場にも持ちこまれた経緯があるわけです。
ハルステッド理論発祥地の乳がんでは、その正しさを証明するために、欧米のあちこちで、いくつものくじ引き試験がおこなわれました。くじを引いて、リンパ節を切除する群と切除しない群とに分けたり、放射線を照射する群と照射しない群とに分けたりする試験です。ハルステッド理論が正しければ、リンパ節を切除・照射した群では、遠隔転移率が低下し、生存率が上昇するはずです。ところがどの試験でも、遠隔転移率や生存率に変わりがないことが示され、ハルステッド理論は否定されてしまいました。
現在までのところ、ハルステッド理論を検証するくじ引き試験がおこなわれ、かつ、最終結果が報告されているのは乳がんを除くとわずかしかありませんが、報告された限りではハルステッド理論は否定されています(たとえば肺がんでは「NEJM」三一五巻一三七七頁、八六年)。
がんの性質が、臓器ごとにそう大きく異なるはずはないわけで、発祥地で否定されてしまった理論は、他の臓器のがんでも否定されると考えるのが素直でしょう。
他方、リンパ節を切除したために生じる合併症・後遺症は、胸やお腹のなかのがんのほうが、はるかに甚大になります。乳がんで否定されたのは、リンパ節を切除すると生存率があがるという考えだけです。切除による生存率低下の可能性はまだ否定されていません。お腹や胸を手術するのはことに危険なので、リンパ節を切除すると、合併症・後遺症の増加による生存率の低下ざえ生じかねないのです。
こういうことを念頭において、子宮頸がんについて考えてみると、ゼロ期では定義上も理論上も、リンパ節に転移はありません。
もっとも実際には、ゼロ期でもリンパ節転移が発見されることがありますが、それは例外中の例外で、そもそも転移があればゼロ期という診断自体が間違っているはずなのです。そしてかりに、例外の場合に当たったとしても、ハルステッド理論が働かなければリンパ節切除はなんの予防もできないわけで、それではやはり、合併症・後遺症を増やす意味しかないはずです。要するにゼロ期では、子宮摘出さえも不要なのですから、ましてリンパ節や膣の切除は不要なわけです。そういう目で、=二頁の表をもういっぺん見てみて下さい。
いかに無意味な切除が多いかが、あらためて理解できるでしょう。
一A期の子宮頸がんでは、リンパ節転移が存在する可能性が四パーセント程度まであります。
しかしハルステッド理諭が働かなければ、転移の頻度が何十パーセントであろうと、リンパ節切除の必要はないわけです。
ところが全国調査では、一A期の二九パーセントにリンパ節切除をしていて、これもやりすぎです。
一A期を年間十人以上治療していて、リンパ節切除の率が五〇パーセント以上の病院は、岐阜大、日本医大、熊本大、慶磨大、慈恵医大、奈良医大、熊本市民、埼玉県がんセンター、筑波大、厚生中央です(「日産婦誌」前掲)。
ゼロ期や一A期にまでリンパ節切除をする婦人科があるのは、なにが原因なのでしょうか。ここは推測の領域にはいりますが、ひとつには、乳がんでハルステッド理論が否定されたことの意味がわからない婦人科医がいるのでしょう。
第二は、リンパ節切除の合併症・後遺症による患者の悲痛に耳を傾けないのでしょう。第三には、考えたくないことですが、若い医師たちの練習の意味があるのかもしれません。そういえばリストには、研修病院が目につきます。
つぎに胃がんを考えましょう。がんを自然経過にまかせるより手術したほうが得かどうかは、胃がんでもよくわかっていません。わかっていないのは、なんでもかんでも手術してきてしまって、データが乏しいからです。しかし最近では、手術を拒否して生きる人がぼちぼち現れつつあり、手術しない場合のことが、だんだん明らかになってきました。

(編注 次はガンは切れば切るほど猛烈化する理由の説明が出ている。この話は近藤誠医師の本に多い。外科医も斬れば斬るほどガンが悪化することを知っているので、ガンが怒るという言い伝えになっている。このことは、文藝春秋で逸見さんの手術をした外科医も書いている。患者に都合の悪いことは言わないが、ホンネでは、手術自体に猛烈な発ガン性があることは常識だ)

●D1手術とD2手術

そういう一人に、Kさんがいます。Kさんは二年以上前に、がん検診で胃がんが発見されたのですが、もう年だからと手術を拒否しました。だんだん痩せてはきましたが、食事もまあまあ食べられて、自転車にのることもでき、まだまだ元気です。
一年ほど前に、がんの腹膜転移のために、大腸が周りから圧迫されて便秘になったので、骨盤に放射線を少し照射しました。それで便通もなんとか落ち着いて、また経過をみています。
じつはテレビ司会者の逸見政孝さんとKさんとは、がんが検診で発見されたこと、発見時の進行度、タイプがスキルスがんであることなど、出発点がそっくりです。
しかし逸見さんの場合には、最初の手術後に腹膜転移が爆発的に増大して、お腹の外からもがんが触れるようになりました。東京女子医大で再手術をうけたのに、発見から一年もたたないうちに死亡しましたが、死亡原因も腹膜転移のようです。これに対してKさんには、同じく腹膜転移がありますが、放射線治療によく反応し、現在も転移が残っていますが、暴れていません。
逸見さんの場合には、なぜ腹膜転移が暴れまわったのか。その原因は、メスを入れたことにありそうです。

(編注 手術は猛烈な発ガンの原因であることを説明している)

つまり開腹手術では、必然的に腹膜を切り開きますが、がんの増大に抵抗する生体がわの力が、腹膜の傷のところで減弱するのではないでしょうか。Kさんも、手術をうけていたら、おそらくすでに鬼籍に入っていたと思われます。
こうしてみると胃がんのなかでも、すくなくともスキルスがんというタチの悪いがんは、手術しないほうがよさそうです。そしてスキルスがんのようにタチの悪いがんでさえ放置しておくほうがよいのなら、もっと進行の遅いがんや、早期のがんではなおさらという考えも成立しそうです。各臓器をがんを放置したらどうなるか、手術の合併症・後遺症、手術を勧められたときに考慮すべきことなどについては、拙著『がんは切ればなおるのか』(新潮社)に詳しく書いたので、ここでは最近明らかになった研究結果を紹介しましょう。
研究というのは第3章六八頁でも触れた、くじ引き試験です。くじを引いて胃がん患者を二つのグループに分け、一群では胃袋にくっついているリンパ節を中心に切除し(D-手術)、他群にはそれより広い範囲のリンパ節を切除します(D2手術)。オランダでおこなわれていましたが、最近、D1手術よりD2手術のほうが合併症が多く(二五パーセント対四三パーセント)、手術死亡率も高い(四パーセント対一〇パーセント)、という中間結果が報告されました(「訂琴①ご三四五巻七四五頁、九五年)。前述した、リンパ節切除による合併症・後遺症の増加と、生存率の低下のおそれが、現実のものとして証明されたわけです。
この報告では、がんによる死亡については検討しておらず、がん死を含めた長期的な生存率が最終的にどうなるかに関しては、いずれ報告されるはずです。
しかし暫定的な結論として、その論文では、「長期生存率が報告されるまでは、西の患者にはD2手術を標準治療としてはならない」といっています。これは妥当な結論にみえますが、「西の患者(≦①ω8;Bゴ①三。。)」という語句は、なんのためにあるのでしょうか。
じつはこの語句は、日本で今まで通りD2手術を続けられるように、と付加されたもののようです。
というのも、かりにこの語句がないと、西ではない日本でも、D2手術をおこなってはならないことになりますが、D2手術は日本の標準治療なのです。この論文が載ったランセット誌の同じ号の論評欄でも、愛知県がんセンターの外科医たちが、日本でD2手術を続行することの正当性を強調しています。どうやら日本には、D2手術ができなくなると困る医師たちがいるようです。
しかし、いくら長期間まっても、D2手術が優れているという最終報告がでてくることは望みうすです。なぜならば第一に、D2手術もハルステッド理論のうえに構築されているために、その理論的基礎が崩壊しているからです。
第二には、くじ引き試験を始める前の計算には、手術による死亡がはいっていなかったからです。試験を始めた外科医たちは、かりに生存率の差があっても小さいと予想して、その小さい差をみつけるために千人近い患者を被験者にして、くじを引きました。
しかし実際には、D1手術とD2手術とで手術死亡率が六パーセントも違ってtまい、D2手術は最初から大きなハンデをかかえてスタートすることになったのですから、将来D1手術の生存率を上まわることは絶望的なのです。
西の患者という語句が挿入されたために、論文の結論は意味不明になってしまいました。たとえば、日本人がオランダに移住して胃がんにかかった場合を考えてみると、西洋人ではないからD2手術にすべきなのか、オランダという西の地域に住んでいるからD1手術にすべきなのか、その結論からは決定できません。
もっとも実際には、オランダの外科医たちはD2手術には懲りていて、黄色人種や黒色人種に対しても、絶対といっていいほどD1手術でのぞむはずです。
つまりオランダの外科医たちは、その試験では、全世界のだれにでも適用されるべき普遍的な結果がでたと考えているはずなのですが、最後の結論部分で理論をねじ曲げてしまったのです。
なぜ意味不明になることがわかっていて、その語句を挿入してしまったのでしょうか。おそらく、論文に共同著者として名を連ねる、笹子医師の影響が大きかったのでしょう(七二頁参照)。
彼は、国立がんセンターからオランダに出向いてD2手術の技術指導をおこなっており、彼がいなければこの試験は実施不可能でした。その労に報いるためもあって、この語句を挿入したのでしょうが、そのために論文の論理は台無しになって、オランダがわは大きな代償を払いました。
国立がんセンターでも愛知県がんセンターでも、D2手術をやめたという話をまだ聞きません。
危険だから西ではするなと結論された手術が、日本で標準治療として大手をふっているのはおかしな話です。病気や人体の性質には国境はありませんから、欧米でだされた結論も日本で通用するはずですし、その逆もまた真であるはずです。

●D2手術に根拠はない

そもそも日本の外科医がくじ引き試験の必要性を認めたのは、D2手術の根拠となるデータがどこにもないからでした。
そこを追及されて困った日本の外科医たちは、外国でのくじ引き試験でだされる結論でも日本に適用できる、日本のD2手術の根拠になる、と考えたからこそ、オランダの外科医たちがD2手術に興味を示したのに乗じて、日本人医師を派遣したわけです。
笹子医師がくじ引き試験の論文に名を連ねたのは、これまで世界のどこにもD2手術の根拠がないことを自認した行為だったのです。それが、くじ引き試験で不利な結果がでると、一転、日本での適用を拒むのですから、ご都合主義もここに極まりました。
ところで、オランダの試験結果が発表されたあとに、笹子氏が『胃がん治療のすべてインフォームド・コンセントのために』(築地書館、九五年九月刊)という本を出版しました。
しかしその本では、D2手術を標準治療と述べるだけで、試験結果について触れていません。自分の参加した試験結果にも触れないのでは、情報操作ないし情報隠しといわれても仕方ないでしょう。笹子氏は、世間に対してインフォームド・コンセントの必要を説いているので、良心派と考えられている医師ですが、この出来事は、そういう医師であってもメスを握る場合、手術の必要について正しく説明するのが困難ないし不可能であることを象徴的に物語っています。こういう結果になるのも、結局、がんを手術しようとか、リンパ節を切除しようというアイデア自体に無理があるから、と思われてなりません。
要するに、D2手術に根拠はないのですから、日本の患者もD2手術をうけてはなりません。
D2手術をうけると、手術死亡率や合併症・後遺症が増加して、より苦しむことは確実です。しかも手術の影響で、長期生存率も低下するかもしれず、踏んだり蹴ったりの手術なのです。
そのくじ引き試験では、もうひとつ重要なことがわかりました。従来、日本の医師たちの一部には、日本人医師のメスさばきはアート(芸)のレベルにまで達している、欧米に比べて優れている、という考えがありました。
そう考えた大きな理由は、欧米よりも日本のほうが手術の合併症・後遺症が少ないことにあるようです。ところがその試験では、笹子氏に指導されたオランダの外科医たちよりも、笹子氏のほうが、D2手術後の合併症・後遺症の率が高く、術後の在院日数が長い傾向にありました(「守こQ∩ξσQ」一五八巻四一三頁、九二年)。
そうすると、日本のほうが合併症・後遺症が少ないといわれていたのは、医師の腕前によるのではなく、合併症・後遺症の全部を報告していなかったか、日本の患者のからだの抵抗力が強かったから、という可能性があります。その可能性に思いをいたさず、臓器を取り去る腕前をアートだなどと称してしまう一部医師たちの態度には、あああと嘆息させられるものがあります。

(編注 次の章は日本のガン治療現場では患者は無断実験は当たり前になり、毒殺実験のモルモットであることを説明している)

現代医療は731部隊と同じだ
現代も続く、無断の虐殺モルモット治験




第7章 現代に生きる七三一部隊

治療中の患者に平然と"人体実験"を施す専門家もいる

●セカンド・オピニオンを聞いて自分で治療法を選ぽう

治療方法の確立のためには、患者で実際に試してみることが欠かせない、といわれます。それゆえ、がんの患者に対しても、臨床試験ないし治験という研究が行われます。しかし臨床試験が、どこでどのように行われているか、みなさんは知らないはずです。
つぎに示すのは、新しい抗がん剤の臨床試験に際して、国立がんセンターで用いられている患者への説明文書です(「癌の臨床」三九巻一三二五頁、九三年)。説明文の内容からみてパクリタキセル(別名タキソール)という薬のようですから、再発した乳がんや卵巣がんなどの患者が対象になっているのでしょう。理解を深めるために、あなた自身が担当医から以下のような説明をうけているところを想像してください。
薬剤A前期臨床第二相試験に際し患者または法定代理人の同意を得るための説明文書1。はじめに当病院では、最新の治療を患者さんに提供するとともに、病気の原因や病理を研究し、診断法、治療法および予防法の改善を常に行っております。この中にはより良い効果を示す新しい薬を選び出すことも行われており、このことを臨床試験といいます。
今日紹介するAという薬もその一つで、あなたの病気に効果が期待できる薬です。
この薬を使用するにはあなたの同意が前提となりますので、今からこの薬の概略を説明致したいと思いますので、内容を十分に理解し、納得されましたら同意書に署名、捺印をお願い致します。(中略)

2。臨床試験の目的および方法
この臨床試験の目的は、あなたの病気に対する、今まで以上の治療法を確立するために行うものです。この薬は、二十年前に米国西部にある木の樹皮抽出液の中から発見されたもので、大変良い効果があることが知られてきています。この時期に、あなたの病気に対しこの薬を試すことは非常に意義があると思います。(中略)

3。予想される効果と副作用
この薬は、海外であなたと同じ病気の患者さんに、優れた効果を示すことが伝えられています。
一方、この薬を使用して今までにみられた副作用は、自覚的な症状として、嘔気・嘔吐、口内炎、下痢、不整脈、関節痛、筋肉痛、脱毛、末梢神経障害、アレルギー様反応などがあらわれることがありました。今回この薬を使って、同様の副作用がみられることが予想されますので、これらの症状が出ましたら担当医に申し出てください。ただちに適切な処置が行われます。
また、白血球減少、血小板減少などの出現があることもわかっていますので、十分な検査を行っていきます。

4。他の治療法の有無
あなたの病気に対する治療法は他にいくつかありますが、なかなか十分な効果が得られないのが現状です。(以下、省略)
これを読むと、方式も内容もととのっているように思われるかもしれません。しかしこの文書には、問題が大ありなのです。なぜならば、まず、せっかくの文書が患者に手渡されていなかったようです。そういう根拠は、国立がんセンターが九五年四月から臨床試験の同意を得るための新しい方式を導入することになった、という報道にあります。
新しい方式は、「①臨床試験の内容を口頭で説明するだけでなく、文書にして手渡す。したがって患者は、それを第三者にみせて相談できる。②臨床試験は、すべて倫理審査委員会にかけられる。委員十七人中五人は、センター外から招かれた民間人である。③情報を得たうえでの承諾である証拠に、説明文と同意書を一連のものとする。④同意の署名は、幼児ら一部を除き、患者本人に限る。⑤署名した説明同意書のコピーを患者に渡すので、後で読み返し、副作用と照らしあわせることができる」(九五年四月七日付朝日新聞社説)といいますから、そこから逆に、国立がんセンターでは今まで、文書を作っていても口頭で説明していただけだと知れるわけです。
報道からは、説明は患者本人にではなく家族にしても可、であったこともわかります。前掲文嘱書の表題も、「患者または法定代理人の同意を得るための説明文書」となっていました。

(編注 患者には美名に隠れて治療と言っているが、その実態は、毒殺モルモットとしての研究であることを説明している。それで大勢の人が無断でやられて、悶死してきたことを説明してる)

(編注 美名に隠れた毒殺実験であることを説明している)

●「治療」ではなく「研究」

国立がんセンターが方式を変えたことは、一歩前進と率直に評価したいと思います。しかし、説明をうけた患者が、臨床試験の真実をどこまで理解できるものでしょうか。
たとえば前掲の文書からは、「これは優れた治療法らしい」「これなら被験者になってもいいか」と考える患者がでてくると思われます。
しかし実はこの試験は、とうてい治療とはいえないものです。
というのも、治療というためには、その方法になんらかのメリットがなければならないはずですが、前掲の試験は臨床第二相試験と呼ばれるもので、新抗がん剤にメリットがあるかどうか未知の段階で行われる研究だからです。第二相試験には、新しい抗がん剤で各種のがんが縮小するか否かと、副作用の出方を調べる目的しかないのです。
しかも被験者候補となるのは、どういう方法でも治ることがありえない患者です。
治ることがありえないと断言する理由は、臨床第二相試験は、乳がんや卵巣がん、あるいは胃がんや肺がんなど、抗がん剤では治りにくいか治らない種類のがんを対象とするからです。第二には、それらのなかでも、抗がん剤治療をしても進行したり再発した患者が選ばれるのですが、それはすなわち抗がん剤の無効性が証明された患者であるわけです。
第三の理由としては、急性白血病や悪性リンパ腫など抗がん剤で治るがんの場合でも、治るのは抗がん剤を複数使用したときに限られているからです。これを多剤併用療法といい、抗がん剤で治りにくいがんならば、なおさら多剤併用療法でなければならないわけですが、新抗がん剤の第二相試験は単独使用のかたちで行われますから、治ることは考えられません。

要するに、他の方法で治る可能性が少しでもあれば、医師は患者を海のものとも山のものともわからない新薬の被験者には仕立てあげないわけで、第二相試験の候補者に選ばれたということは、治ることはないと担当医が判断した証拠なのです。
それでも抗がん剤と呼ばれるからには、延命効果程度は期待できるのではないか、と考える読者もいることでしょう。この点確かに、延命効果がある可能性は否定できません。
しかし、否定できないというのは形式的な論理で、道ばたの草葉を食べても延命する可能性が否定できない、というのと五十歩百歩の理屈なのです。実際には新薬は、いのちを縮める可能性のほうが高いと思われます。なぜならば延命効果を発揮するためには、その抗がん剤に最低限、がんを縮小させる力がなければならないはずですが、ほとんどの患者のがんは、抗がん剤で縮小すらしないのです。臨床試験の中心的立場にいる医師たちも、座談会で次のように証言しています。
「抗癌剤でも単独でみますと高々十数パーセントか二十パーセント前後の有効率(注・がんが縮小した患者の割合。治る率ではない)の薬剤が多いのです。しかもCR(注・がんが、知覚できなくなるほど縮小すること)になるというわけではないのでしょう」(田口鐵男・がん薬物療法研究会代表世話人)
「わずか一~二割の症例が半分くらいの大きさに小さくなるのが一カ月続けば良いという程度ですからねL(太田和雄・名古屋記念病院院長)
「そもそもそういう薬が、適応があるとか、ないとか、ということさえ非常にむずかしい問題があるのではないかと思うのです」(田口氏)
「だんだん締め付けがきつくなって思うようにトライもできないようになってきましたね」
(太田氏)(以上「癌治療・今日と明日」一五巻四頁、九三年)
他方、抗がん剤には毒としての作用(つまり副作用)があるので、寿命短縮効果が全員に生じます。抗がん剤を始めてすぐに死ななくても、副作用のためにじわじわ命を縮めるわけです。
したがって、がんを縮小させる率が一割の場合、残りの九割の被験者には寿命短縮効果だけしかない、と考えるのが素直です。そしてがんが縮小した人も、寿命短縮効果がそれを上回って、命を縮めている可能性があり、がんの縮小効果と寿命短縮効果は正比例すると考えられます。
新薬には、じわじわした寿命短縮効果ばかりでなく、新薬の試験期間中に死亡するという、即死の危険もあります。この点、どういう抗がん剤にも即死の可能性があり、前述のパクリタキセルでも臨床試験の最中に死亡した被験者がいることが報告されています(たとえば「〉弓一艮。ヨζ巴」一一一巻二七三頁、八九年)。

●被験者が即死する例も

第二相試験のまえには、第一相試験が行われますが、これは第二相試験以上に問題です。というのも、動物で実験して有望そうだとなると、いきなり人間での第一相試験に移行するからです。
その場合、動物のデータから人間での薬量を決めるのですが、動物を人間のモデルにするには無理があり、試験を開始したとたんに被験者が即死することもありえます。
第一相試験は、どこまで薬量を増やすことができるかを試すためのもので、最初の薬量で問題が生じなかった場合には、順次薬量をアップしていき、それぞれの薬量で三ないし六人を試験します。その場合、即死しないまでも、重篤ないし回復不能な副作用がみられます。たとえば敗血症、人工透析を要する腎不全、治療に不応性の心不全、酸素吸入が必要な呼吸困難、などなどです。第一相試験は、重篤ないし回復不能な副作用がみられるまで、薬量アップを続けていく決まりになっていますから、重篤な副作用はどこかで確実に生じます。そして重篤な副作用の一歩先に死亡があるわけで、まるでロシアン・ルーレット(回転式の拳銃に弾を一発だけいれ、数人が順次、自分の頭を狙って引金をひいていく)の世界なのです。
ともかくも第一相試験が終ると、前述の第二相試験に突入するわけですが、第一相試験で副作用を調べたといっても、各薬量レベルで試した患者の数が少ないので、副作用の有無や程度は正確にはわかっていません。その状態で第二相試験に移行して被験者の数を増やすので、それまで未知の副作用がでたり、即死を経験することになります。臨床試験はこのように危険ですから、たとえば新薬の塩酸イリノテカンの認可まえに、あわせて四百七十七人の第一相、第二相試験の被験者のうち、二十人(四・ニパーセント)が即死したのも、いわば当然の事理なのです。
第二相試験が終ると、新抗がん剤は認可され、市販されますが、それで臨床試験の問題がつきたわけではありません。専門家たちは今度は、その新抗がん剤を用いた、別の臨床試験を始めるのです。新抗がん剤は、がんの縮小効果しか調べられていない、というのが理由です。

その場合、前述のように、抗がん剤治療の標準は多剤併用療法ですから、新たな臨床試験は、多剤併用療法のかたちで行われます。つまり新抗がん剤を他の抗がん剤と組み合わせて、臨床試験を始めるのですが、新抗がん剤は新登場の薬ですから、他の抗がん剤との相互作用がどれほどあるかも未知なわけです。それゆえ多剤併用療法の臨床試験も、やはり第一相試験から始められることになります。
たとえば二つの薬を用いる多剤併用療法を例にとると、第一相試験では、片方の薬の量を固定しておいて、他方の薬量を段階的に増やしていくのがふつうです。それゆえこれも、ロシアン・ルーレットもどきの増量試験、ということになります。そうやって多剤併用療法の薬量が決まると、第二相試験に移りますが、被験者の数が増えるために意外な副作用がでることがあるのは、新抗がん剤認可まえの単独使用での第二相試験の場合と同じです。
厚生省自身の責任
このようにして第二相試験が終ると、ようやく第三相試験の順番がきます。第三相試験というのはくじ引き試験で、くじを引いて数百人を、従来の標準的な多剤併用療法と、新しい多剤併用療法とに振り分け、生存率や生存期間を比べるものです。もうおわかりでしょうが、新抗がん剤に薬としての意味があるかどうかは、この第三相試験が終るまでわかりません。ここまで、新抗がん剤に延命効果ないし治す効果があるか否かは、一切調べられていないのです。
多剤併用療法の第三相試験が終らなければ、新抗がん剤に薬としての意味があるか否かはわからないのに、新抗がん剤は、単独使用の第二相試験が終ると、すぐに認可され市販されますから、製薬会社は大儲けすることができます。そして製薬会社は、多剤併用の臨床試験によっても、儲けることができるのです。なぜならば、新抗がん剤は正式に認可されているために、臨床試験でも薬代を保険請求することが可能で、病院と製薬会社の売り上げが増える仕組みになっているからです。
ところで既述したように、抗がん剤に意味があるがんは全がんの一割しかありませんから、多剤併用療法の第三相試験をしても、その意味が証明される新薬はないというのが実際のところです。しかし証明に失敗した薬も、認可が取り消されることはなく、そのまま使われ続けます。
新抗がん剤を認可した厚生省が最近、批判の高まりを考慮してか、その使用に警告を発しました。日本で最も多く使用されているフルオロウラシル系の抗がん剤(五四頁参照)が安易に使われ過ぎているとして、一九九五年四月二十八日の「医薬品副作用情報」で、その使用方法について医療機関に警告したものです。しかしその副作用情報を見ると、医師が安易に使っていることを非難しているだけで、問題だらけの薬を認可した厚生省自身の責任については言及していません。そのうえ、それらの薬になにか意味のある使い方があるように読めてしまう内容でした。
しかしそれらの薬は、臨床試験の中心となった医師たちでさえ、「そもそもそういう薬が、適応があるとか、ないとか、ということさえ非常にむずかしい問題があるのではないかと思うのですL(前掲)と語っているように、認可したこと自体が間違いでした。厚生省は、警告にとどまらず、認可を全面的に取り消すべきなのです。
それにしても、危険な臨床試験を実行する専門家たちの心理には、理解しがたいものがあります。たとえば進行期の乳がんに対する多剤併用療法の第一相試験に関して、国立がんセンターの担当医は、
「エピルビシンの投与量を漸増し、一四〇ミリグラムのレベルにおいて一症例に重篤な骨髄障害の副作用が認められた。そのレベルでさらに五症例を追加し、最大耐容量であるか否かの検討を行う」(「薬物療法を主体とする固形がんの集学的治療の臨床試験研究」協和企画通信)
と語っています。

患者が死にかけた薬量で、さらに試験を続けるというのですから、驚かれるでしょう。
しかしこれは、第一相試験を実行する以上、当然の計画であり発言なのです。また、ある座談会では第二相試験に関連して、次のような話が聞かれました。
「最初に(第二相試験の被験者の条件として)『ニカ月の生存が期待できる』というようなことがうたってあるわけですね。しかし時に二ヵ月以内に亡くなるわけです」(阿部薫・現国立がんセンター総長)
「そうなんです。それは現時点ではどうしても予測できないんですね」(栗原稔・昭和大学附属豊洲病院教授)
「それが十パーセントありますかね」(塚越茂・癌研究会化学療法センター顧問)
「十パーセント近く出てますですね」(栗原氏)(以上「オンコロジァ」二一巻六号二四頁、八八年)
被験者がニカ月以内に死亡するのは、がんの予想外の進行のためのようにも聞こえます。しかし、がんの進行は規則的ですから、経験豊富な専門家が最低ニカ月はもつと予測した場合、その予測がはずれることはまずありません。第二相試験の被験者候補とされるほどの元気があれば、一〇パーセントもの患者ががんの進行でニカ月以内に死亡することは考えられないのです。
したがってニカ月以内に死亡した人のほとんどは、抗がん剤の副作用によって死期が早まったことになります。ところが後述するように被験者は、抗がん剤が死期を早める可能性について説明されていないのです。それでは、未必の故意による殺人のように思われます。

(編注 この絵のとおり、ガン患者はマルタである。いかに患者を気遣っているように見せていようと、それがガン治療現場のホンネだ。丸太と同じだと言うことを説明している)

●現代に生きる七三一部隊

専門家たちは、どうして平然と臨床試験を実行することができるのでしょうか。その理由を考えるには、七三一部隊のことを知らねばなりません。七三一部隊をよく知らない人のために、簡潔にまとめた文章を引用しましょう。
「七三一部隊とは、一九三一年、石井四郎・旧陸軍軍医中将(故人)が創設した細菌戦部隊のことだ。隊員は、東大・京大医学部出身者ら約二千六百人で構成され、捕虜になった中国人・朝鮮人・ロシア人・モンゴル人ら三千人以上を使って人体実験をしたとされる。
彼・彼女らはマルタ(丸太)と呼ばれ、生きたまま細菌実験や生体解剖の材料となった。二日に三体のペースで殺されたという。
人体実験には、ペスト生菌を注射し発病から死に至るまでを記録する実験や、冷水を浴びせた体を零下三十五度を超す大気にさらす凍傷実験、梅毒実験、火炎放射器実験、空気静脈注入実験などがあった。
生体解剖を行った元軍医の証言では、軍医たちは笑いながら手術をしていたこともあったという。人間を物として扱い、研究のためなら手段を選ばない隊員も多かったようだ。
七三一部隊の生き残りたちは、罪をおかしながらもおとがめなしだった。そのため、その体質が、現代にまで引き継がれることになったL(塚田真紀子「隔月刊トリートメント誌」二三号、九四年)

現代に引き継がれた七三一部隊の体質をもっともよく表しているのは、エイズウイルスに汚染された血液製剤を血友病患者に使って、二千人をもウイルスに感染させた、薬害エイズ事件でしょう。エイズを発症した人も多く、現在、五日に一人の割合で亡くなっているという、最悪の薬害事件ですが、感染のほとんどは防ぐことが可能でした。
医師、製薬会社、厚生省は、血液製剤が汚染されている事実を知りながら、高価な製剤を使いきってしまいたいがために、患者に注射しつづけていたのですから、確定した故意ないし未必の故意による殺人行為といえます。
なおその詳細や感染者の無念については、『薬害エイズ原告からの手紙』(三省堂)を参照してください。医療問題に関心がある人にとって必読の書でしょう。
薬害エイズ事件は、その本質において臨床試験と共通します。第一相、第二相試験は、重篤な副作用や死亡が発生することを認識・予見しながら、どうやっても治らない患者を被験者にしてしまうのですから、そのことを患者に知らせていないとすれば、薬害エイズ事件や七三一部隊の生体実験と異なる点を見つけることは困難なのです。ところが被験者となる患者本人へ、正確な説明がなされていないのが現状です。
なぜ、そう断定できるかというと、すくなくとも三つの証拠があります。
第一に、臨床試験の専門家自身が、説明できないと告白しています。たとえば前出の阿部薫氏は、「(第一相、第二相試験に関し)説明する場合も、この薬の副作用をみるために、というふうなことは言えっこないですよね」(「オンコロジア」前掲)と語っています。
正確な説明がない第二の証拠は、説明文書の内容です。あなたが被験者候補だとして前掲の文書を読んで、治ることがないと判断されていることや、回復不能な副作用や死亡がありえることが伝わってくるものでしょうか。その文書にある「効果」というのは、治す効果でも延命効果でもなく、がんが縮小する効果の意味でしかありません。
しかし文書を読んだ患者は、他に「治療」という言葉があるのとあいまって、これは優れた治療なのだと思いこんでしまうことでしょう。
被験者に正確な説明がなされていない第三の、しかし最大の証拠は、臨床試験が現に実施されていることにあります。一般市民や患者の意識を調査するために、私は九五年になって、三度の講演会で延べ五百人近くの聴衆に臨床試験の内容を説明し、第一相、第二相試験の被験者になる意思があるかどうか尋ねてみました。その結果、被験者になってみるほうに挙手する人は誰もいず、ほぼ例外なく全員が被験者になるのを断るほうに手を挙げていました。
しかし現実には臨床試験が実施され、被験者にされている人たちが大勢いるわけで、たとえば大阪府立羽曳野病院の統計では、肺がん患者百一人中、少なくとも七十五人に臨床試験が行われていて、うち六十一人が第一相、第二相の被験者です(「日癌治」三〇巻六六四頁、九五年)。このように多数の患者が被験者になっていること自体が、正確な説明がなかったことの最大の証拠ではないでしょうか。
ところで最近、「ちゃんと説明して同意をとっている」と強調する専門家も現れました。しかし前述のように、正確に説明された場合、第一相、第二相試験の被験者になることに同意する患者がいるとは考えがたいことですから、その医師の説明のどこかに虚偽ないし嘘が混入しているのではないでしょうか。そうでなければ、患者は、医師に脅されている可能性があります。

脅しというのには二義あって、ひとつは、「この試験をうけなければ、がんで必ず死んでしまうそ」という無言の圧迫です。
しかし、被験者候補に選ばれたのは、がんの進行か新抗がん剤の副作用のために必ず死んでしまうと判断されたためですから、そういう脅しは無視しましょう。
脅しの第二の意味は、「担当医の言うとおりにしないと、病院を追い出されるのではないか」という、切ない患者心理を逆手にとったものです。そのため、いやいや被験者になる患者も多いと聞きます。
しかしどんながんでも、治らない段階になれば、ふつうの病院で十分ですし、被験者にならないほうが楽ですから、その病院を追い出されて危険な専門家との縁が切れたほうがラッキー、と考えるべきでしょう。
被験者になりたくない、という人々の気持ちが今後すぐに変化するとは思えません。したがって、どのような改革が行われようとも、第一相試験や第二相試験が今後も実施されていくとすれば、そのこと自体が正確な説明がなされていない証拠になり続け、臨床試験に携わる医師たちは、現代に生きる七三一部隊、と呼ばれ続けることでしょう。
七三一部隊の共犯にならないように、厚生省は即刻、第一相、第二相試験を中止させなければなりません。また横山新知事は、大阪府立の病院で行われている臨床試験の実態を調査・指導すべきです。

有害なガン検診を拒否せよ

第8章 がん検診を拒否せよ

●「早期発見が有効」という証拠はどこにもない。むしろ内視鏡での感染や医療被曝による発がんの方が問題だ

新聞や雑誌には、「実際に、がん検診のおかげで、非常に多くの方が命を救われております」
(久道茂・東北大学医学部公衆衛生学教授、九三年十一月八日付朝日新聞)、「元気だからこそ検診を受けなさい」(丸山雅一・癌研究会附属病院内科部長、「週刊ポスト」九五年三月十七日号)、「(肺がんを早期発見するために)胸部X線検査を年二回または一回は忘れずに必ず受けてください」(河野孝旺・北鎌倉杏林堂医院院長、九五年六月十八日付毎日新聞)、「大腸がん急増の折、皆さんも陛下のように(検診を)定期的に受けていただきたいですね」(平塚秀雄・平塚胃腸病院院長、「週刊文春」九五年七月六日号)など、がん検診の意義を強調し、がんの早期発見を勧める専門家の言葉があふれています。
しかし結論をさきにいえば、これらの言葉は間違いです。なぜならば、早期発見が有効という証拠がどこにもないからです。証拠がないのは臓器を問いませんし、市町村がおこなう集団検診も、各自が個別に病医院をたずねてうける検診も同じです。人間ドックや職場での定期健診も、がん検診を重要な目的としていますが、それも有効という証拠がありません。

●がん検診を拒否せよ

検診の無効性がはっきり証明されてしまったがんがあります。肺がん、乳がん、大腸がんがそれです。まず、肺がんのくじ引き割り付け試験の結果をみてみましょう。
くじ引き割り付け試験とは、多数の健常な人々を集めてくじを引き、検診するグループと放置するグループとに振り分ける研究方法です。
肺がんでは、米国のメイヨークリニックでおこなわれたくじ引き試験が有名で(以下、メィヨi肺がん試験と略す)、将来肺がんにかかる可能性が高いヘビースモーカー九千人を集めて、くじを引いて二つの群に分けています。一方の群は、胸部レントゲン撮影と喀疾中に含まれる細胞の顕微鏡検査とを四カ月ごとに繰り返し、他群の人たちは、咳や血疾など何か症状がでたときに検査をしました。
すると意外なことに、十一年間にわたって観察しても、両群の肺がんによる死亡数に変わりがありませんでした。というよりも、死亡数はむしろ検診群のほうが多い傾向にあったのです(百+五人対百二十二人)(「Oき8ご六七巻一一五五頁、九一年)。肺がんに関しては、他にも二つの割り付け試験が米国で実施されましたが、いずれも検診群の死亡数は減りませんでした。
それらの結果、肺がん検診の有効性は否定され、欧米では肺がん検診を取りやめました。なお日本では、いずれの臓器についても、くじ引き試験がおこなわれていないので、欧米での結果を紹介しているわけです。つぎに、乳がんをみてみましょう。

●乳房や大腸でも無効

向乳がんでは、数力国でくじ引き試験が実施されていますが、ここではスウェーデンのマルメ市でおこなわれた試験をとりあげます(以下、マルメ乳がん試験と略す)。その試験では、四万二千人の乳がん好発年齢の女性を二群に分け、片方の群はなにも検査せずに放置して、乳房にしこりが触れるなど、症状がでたときに検査しました。
他群では、マンモグラフィという乳房のレントゲン撮影を定期的に繰り返しています。その結果、十年の試験期間中に乳がんで死亡した人数は、放置群は六十六人、検診群では六十三人でした。被験者千人あたりの数になおすと、三・一人対三・○人で、これでは乳がん検診が有効とは到底いえません(「BMJ」二九七巻九四三頁、八八年)。
マルメ乳がん試験は、総死亡に関する重要なデータも提供しています。総死亡というのは、乳がん以外のがん、心臓疾患、脳卒中、交通事故など、あらゆる原因を含めた全ての死亡のことです。読者が検診をうけるのは、がんで死にたくないということのほかに、長生きしたい、ということもあるはずですが、検診をうけて長生きするかどうかを知るためには、総死亡の変化をみなければならないわけです。
ところがマルメ乳がん試験をみると、総死亡は放置群が千八百九人に対し、検診群でも千七百七十七人いたのです。被験者千人あたりになおすと、八十五・四人対八十四・三人で、差は一・一人となりますが、この程度の差は、サイコロを振ったときに同じ目が二度続いたほどの意味しかもたないもので、総死亡に変わりはなかったことになります。このように、マンモグラフィを定期的に実施しても、乳がんによる死亡も総死亡も減らすことはできませんでした。
大腸がんについては、米国のミネソタから、くじ引き試験の結果が報告されています(以下、ミネソタ大腸がん試験と略す)。この試験では、四万六千人を三つのグループに分けていて、第一の群では毎年、大便中に血液が混ざっていないかどうかをみる潜血検査をしました(毎年検診群)。
第二の群は、二年に一度潜血検査をおこない(隔年検診群)、第三群は症状がでるまで放置しました。
十三年にわたる試験の結果、被験者千人あたりの大腸がんによる死亡数は、放置群が八・八三人、隔年検診群が八・三三人で、毎年検診群は五・八八人でした(「NEJM」三二八巻一三六五頁、九三年)。放置群と毎年検診群とを比べると、大腸がん死亡が三〇パーセントほど減っていますから、潜血検査は有効のようにもみえます。
しかしこの試験には穴があります。というのは、どの臓器でも検診をすると、がん発見数が増加するのですが、この試験の結果では、毎年検診群と隔年検診群の大腸がん発見数が、放置群のそれを一ニパーセントも下回り、逆に減っていたからです。このことは矛盾で、試験のどこかに大穴があったことを物語っています(二一九頁参照)。
そのうえ、被験者千人あたりの総死亡をみると、放置群二百十六人、毎年検診群二百十六人と、ぴったり同じで、隔年検診群にいたっては二百十八人と、むしろ多めです。これでは、大腸がん検診の無効性を示した試験としか考えられません。
胃がんや子宮頸がんの検診はというと、残念ながら世界のどこにも、くじ引き試験が存在しません。それゆえ、無効とは断定できませんが、反面、有効という証拠もないわけで、有効か無効かは理屈で考えていくしかありません。その作業は次章でおこないますが、ここでは、考えかたの筋道だけを指摘しておきましょう。
それは、がん検診はいくつかの臓器で無効な場合にも他の臓器では有効になる、という性質のものなのか、です。どんな臓器に発生したがんも、二分裂を繰り返して増大し、転移があって再発もする、という性質をもちます。それらの性質は、臓器が変わっても異なりませんから、肺や乳房や大腸で無効だった検診は、他の臓器でも無効と考えるのが、むしろ素直ではないでしょうか。

●専門家たちの問題発言

このように、どの臓器のがんでも検診は無効のようですが、人マは逆に、検診は有効と信じているようです。医事評論家の水野肇氏も、「ガンはやっぱり集団検診」と題する論文を発表しています(「文藝春秋」九三年七月号)。その根拠はというと水野氏は、たとえば、がんを早期発見して手術して長生きしている人がたくさんいることが、その証拠だといいます。しかし、かりに検診が無効だとすると、それらの人たちは手術をうけなくても長生きしているはず、長生きしているのは早期発見の効果でも手術の効果でもない、ということになります。
検診無効論からは、長生きしている人たちは、うけなくてもいい手術をうけて臓器を取られ、日常動作が苦しいものになってしまった被害者と考えられるのです。
したがって、長生きした人を何万人集めても、検診有効の根拠にはならないわけで、有効無効をくじ引き試験で確かめなければならない理由もここにあります。
いずれにしても水野氏には、なにを検診有効の根拠とすることができるかについて、ある種の錯覚があったようです。
医学的知識に乏しい一般人ならば、なおさらでしょう。そして一般人は、がん死亡と総死亡との関係についても錯覚していたはずです。かりに検診が有効でがんで死ぬ人が減れば、ただちに総死亡が減って寿命が延びると考えていたはずです。しかし先にみたように、ある臓器のがんによる死亡は総死亡のごく一部ですから、かりに検診が有効でも、寿命が大きく延びることは考えられないわけです。
一般人がなぜ錯覚してしまったのでしょうか。その原因は一にも二にも、医師をはじめとする専門家たちの言動にあるはずです。専門家たちが率先して早期発見・早期治療をよびかけているのですから、一般人が検診が有効と信じてしまったのは無理からぬことです。しかし、たとえば冒頭に掲げた「実際に、がん検診のおかげで、非常に多くの方が命を救われております」という発言は、救われた人がいる証拠がどこにもないのですから、科学的でも論理的でもないわけで、こういう発言を公衆にむけて垂れ流す専門家の存在は非常に問題、というより許されるものではないでしょう。
専門家のなかでは良心派と目されている、大島明・大阪がん予防検診センター調査部長にも問題発言があります。
たとえばミネソタ大腸がん試験に関連して、「大腸癌検診が大腸癌死亡にのみ影響を与えるのは当たり前のことであって、さらに大腸癌死亡への影響を通じて総死亡に影響するが、その影響はわずかでしかないというのは、常識に照らしてみても当然のことだからである」と述べています(「メディカル朝日」九五年二月号。三月号も参照)。
しかし、検診をうければ寿命が延びると考えていた読者にとって、総死亡への影響がわずかなことは、はたして当然なのでしょうか。それにミネソタ大腸がん試験は、総死亡への「影響はわずかLではなく、影響が全然なかったのです。大島氏はマルメ乳がん試験に関連して、「(乳癌死亡でなく総死亡の減少を検診の効果の指標とするべきだとの近藤氏の)議論の展開は、一般の人々を惑わす以外のなにものでもない」(同)とも語りますが、これでは、総死亡が減って寿命が延びると考えていた一般の人マは浅はかである、と申し渡されたのも同然でしょう。
錯覚しているのは、検診にたずさわる一般臨床医や保健婦なども同様です。彼らや彼女らは、がん検診の有効性を信じきっているからこそ、自信にみちた態度でみなさんに受診を勧めるわけですが、信じこんだのも専門家たちの言動に理由があります。
たとえば久道氏は、ミネソタ大腸がん試験の論文を引用して、「(大腸がん検診は)有効という結果なのである」(厚生省老人保健課監修「がん検診のすすめ」法研)、と断定してしまっていますが、この論文は検診の無効を示した論文と考えなければならないことは、先にみたとおりです。
他方、大島氏はといえば、一般産婦人科医むけの医学雑誌で「(子宮頸がん検診は)有効性が確認されている。子宮頸癌検診の有効性についてはすでに疑問の余地はない」(「産婦人科治療」六一二巻二七二頁、九一年)、と言い切っています。
しかし子宮頸がん検診については、前述のようにくじ引き試験がおこなわれていませんから、データが決定的に不足しているわけで、言い切ってしまうのは論理的ではありません。スウェーデンの専門家も、「現行の非浸潤がんの診断基準による(子宮頸がんの)スクリーニングでは、のちの浸潤がんの発生件数を減らせないようだ」(「メディカル・トリビューン」九三年九月+六日号)と語るほど、「疑問の余地」はおおありなのです。
専門家たちは、法律との関係でも無理を重ねてきました。専門家たちのなした非論理的な報告や発言が、老人保健法というがん検診を規定した法律の根拠となっているのです。
たとえば大腸がん検診に関し、久道医師を長とする研究班がだした報告書が、さらにどのようにねじ曲げられて解釈され、大腸がん検診実施に役だったことか。その間の事情は、拙著『それでもがん検診うけますか』(ネスコ/文藝春秋)に詳しいので、ここでは肺がん検診での事情について述べましょう。
日本の肺がん検診は老人保健法のもとで、結核検診を受け継いだかたちで、なしくずし的に開始され、続けられてきました。ところが一九八七年に、前述のメイヨー肺がん試験の結果が報告され、米国ではその試験結果を重視して、肺がん検診を断念しました。
そのときまで(そして今日にいたるまでも)日本には、肺がん検診に関するくじ引き試験は存在しなかったのですから、米国を見習って、そのとき中止するのが理の当然だったはずです。しかし専門家たちと厚生省は肺がん検診を中止せず、かえって泥縄式に研究を開始しました。
それは、成毛詔夫・国立がんセンター手術部長(当時)を班長とする研究で、数年後に、研究結果が報告されました。鈴木隆一郎・大阪府立成人病センター研究所第十部部長は、研究結果から得られる結論として、「肺がん検診は有効であり、肺がん死亡率を四分の三程度に減少させえるものと考えます」(厚生省老人保健課監修『老人保健法とがん検診に関するシンポジウム』第一法規)と、検診の効果を断定的に肯定しました。
しかしその研究はくじ引き試験ではなく、肺がんで死亡した患者の検診受診歴を死後に調べた方法ですから、どういう結果が出ようと、米国でのくじ引き試験によって得られた結論をひっくりかえすパワーは本来的に有しないものなのです。
そして鈴木氏自身、同じ研究について他の研究者と共同であらわした論文で、「これらの結果は肺がん検診にいくらかの利益が存することを示唆する。検診の利益については、さらなる研究をしなければならない」(昌三一〇き。臼L五〇巻二三〇頁、九二年)と、パワーがないことを認めています。この記述は、同じ研究結果についてのものなのに、先の断定的かつ肯定的な発言とは別物です。
もっと強引なやり方もあります。一般医を対象として、坪井栄孝・日本医師会副会長と成毛氏とが共同で教育講演をしたなかで、「メイヨー肺がん試験を再分析した結果、(中略)肺がん検診が有効であったことを確認した」(「日消集検誌」三一巻二号五九頁、九三年)と述べているのです。
わたしは、専門家たちがする数マの曲解に慣れてしまっていて、少々のことには驚かなくなっているのですが、これには驚きました。「再分析した」と書いてあると、米国にある九千人分のデータを調べ直したのかと思われるでしょうが、そうではありません。再分析の対象は、だれでも購入できる医学雑誌にのっている、メイヨー肺がん試験の論文のなかにあるデータなのです。
つまり坪井氏らの講演は、その論文にのっている試験データの数値を前提にして(データは事実ですから動かしようがありません)、米国の研究者たちとは別の結論を導き、「米国の研究者たちの結論は間違っている」、と主張したわけです。
しかしメイヨー肺がん試験の研究者たちも、論理的に肺がん検診が有効と主張できるなら、そう主張したかったはずです(「モダンメディシン」
九三年三月号一三頁)。しかし試験データをみると、どう計算しても無効としかいえないので、論文に「肺がん検診は無効」と書かざるを得なかったわけです。
それなのに坪井氏らは、結論を勝手に「有効」に変更してしまったわけで、この変更を聞いたら、米国の研究者たちもさぞ驚くことでしょう。だれか英語に翻訳して、彼らに教えてあげませんか。

●欧米の専門家にも問題あり

しかし欧米の専門家だからといって、油断はなりません。前述のマルメ乳がん試験は、乳がん死亡も総死亡も減らせなかったのですから、論文の結論は「乳がん検診は無効」とか「有効でない」とするのが素直なはずです。
ところが研究者たちは、さまざまな統計的手法を駆使して、「マンモグラフィによる乳がん検診は、乳がん死亡を減らすことができるかもしれない」という結論を導いているのです(「BMJ」前掲)。その結論の文章からは、総死亡が減らなかった旨が欠落しており、一般人や一般医たちの錯覚を誘う仕組みになっています。さらに、この試験の論文だけを引用して、「集団検診プログラムは乳がん死亡を減少させた」(「∪歪σq目冨『oσ巳」三〇巻五三頁、九二年)と、断定的な総説を書いてしまった人もいます。総説は一般に信用されますから、その影響は甚大です。
ミネソタ大腸がん試験の論文でも、大腸がんによる死亡が減るかもしれないことを強調するだけで、総死亡が不変だったことに触れていません(「NEJM」前掲)。
そしてこの論文だけを引用して、「検査の有用性における論争は、(この研究の)結果の発表により終ったはずだ」と、検診の有効性を無条件で肯定する専門家もいます(「メディカル・トリビューン」九四年六月九日号)。欧米の専門家たちの言説だからといって、必ずしも信用できない証拠です。
もっとも、欧米の専門家のなかには、本音で迫る人たちもいます。たとえばカナダの専門家たちは、かりにマルメ乳がん試験などがマンモグラフィが乳がん死亡を減らす証拠になると考えても、「死亡減の割合が小さすぎ、費用がべらぼうにかかるので、公的資金を導入することを正当化できない」、と書いています(「ピ碧8ご三四六巻二九頁、九五年)。日本にこのような専門家があらわれないのは、どういう理由からでしょうか。
がん検診には、受診者に生じる不利益も山のようにあります。すぐ生じる不利益は、検査のために費やす時間です。どの臓器の検診でも、たいてい一年に一回、半日ないし一日をつぶし、精密検査(以下、精検と略す)に呼び出されてまた一日つぶしたりと、膨大な手間ひまがかかります。
この点、マルメ乳がん試験では、マンモグラフィは一年半ないし二年に一度の間隔でしたが、千人がそれだけの手間をかけて受診をつづけた結果が、乳がん死亡が○・一人減るかどうか、というわけです。
効率の問題は、日本ではさらに深刻になります。なぜならば日本人の乳がんによる死亡率は、欧米のそれの四分の一~五分の一程度なので、かりにマンモグラフィで乳がん死亡を減らせるとしても、効率も欧米の四分の一~五分の一程度になってしまうからです。
つまり日本では、千人が定期的に受診して、乳がん死亡が○・〇二人程度減るかどうかの議論になるわけです。それなのに日本の専門家たちは、これから検診にマンモグラフィを導入しようとしていますから、だれかがストップをかけねばなりません。

●医療被ばくによる発がん

レントゲン撮影による発がんも心配です。放射線に発がん作用があることは明らかで、国際放射線防護委員会が推定した危険率から計算すると、日本では将来、毎年一万三千五百人ずつが、医療被ばくによる発がんで死亡するという予測結果になります(予測の根拠は『それでもがん検診うけますか』に記しました)。そんなに数が多くなるのは、日本の医療被ばくは世界一多く、国民一人あたりの医療被ばくはイギリスの八倍にものぼっているからです。
計算してみると、日本では毎年、広島や長崎に落とされた原爆の数発分にもあたる線量を、医療の場で被ばくしていることになります。医療被ばくという名の原爆が、日本の頭上で炸裂しているようなものです。この医療被ばくが多くなる最大の原因が、集団検診などで用いられるレントゲン撮影にあるわけです。
検診したために実際に発がんが増えたらしい証拠もあります。カナダでおこなわれた乳がん検診のくじ引き試験がそれで、四十歳から四十九歳の女性五万人を集めて、くじを引いて二群に分け、片方は乳房の触診だけして放置し、他方は触診のほかにマンモグラフィを繰り返しています。
平均八・五年の試験期間ののち、総死亡は放置群百五十六人、検診群百五十九人と不変でした。
しかし乳がんによる死亡は、十八人対二十九人と、検診群のほうが六〇パーセント増になりました(「Oき竃鑑〉。。8。一」一四七巻一四五九頁、九二年)。
この試験では、総死亡が不変だったので、乳がんによる死亡の多寡を問題にする必要はないともいえます。
しかし、かりに前出の大島氏のように、総死亡が不変という事実を無視ないし軽視して、検診臓器のがんによる死亡の多寡を強調するなら、この試験の結果はマンモグラフィの乳がん死亡増加効果を裏づけたものと解釈すべきことになるでしょう。
マンモグラフィが危険となると、胃や大腸や肺の撮影はもっと心配です。
それらの臓器では、一定線量あたりの発がん率が乳房の四~五倍あると推定されているうえに、一回の検診での被ばく線量も膨大だからです。被ばく線量はミリシーベルトという単位であらわしますが、原子力産業では作業従事者が、毎年五ミリシーベルト程度ずつ被ばくしていて後年白血病が生じると、業務上の疾病として労災補償の対象になります。五ミリシーベルトというと、胃や大腸検診では一回で被ばくする程度の線量なのです。
そのうえ、胃や大腸や肺が被ばくすると、白血病以上の頻度で、それらの臓器にがんが発生すると推定されています。
つまり、検診をうけていたあとにその臓器のがんが生じた人は、検診で発がんした可能性があるわけです。したがって、作業従事者に労災補償をだすなら、レントゲン撮影を用いる検診後に白血病、乳がん、胃がん、大腸がん、肺がんなどが生じた人には、医療補償をだすべきでしょう。
被ばくの観点から一番問題なのは、間接撮影装置です。病院や医院では、肺や胃のレントゲン撮影のとき、等身大のフィルムを用いています。それはレントゲン線が直接フィルムを感光させて画像を浮かびあがらせるので、直接撮影といいます。
これに対して間接撮影というのは、からだを通過したレントゲン線を何かの上に投影して一度像を結ばせ、その像をカメラで撮影する方法です。間接撮影は幅十センチほどのロール状になったフィルムを用いますから、一本で数十人分の撮影が可能で、効率的かつ経済的な方法であるとして、がん検診の場で多用されています。
検診車に載っているのは間接撮影装置と考えてまず間違いなく、職場健診のレントゲン撮影もほとんどがこれです。

(編注 次はピロリ菌などがガン検診で感染しているという。内視鏡を使い回して、鑑賞がけ多発しているという。恐るべきズサンな実態を告発している。人間ドッグが感染症など、病気を作り出している。これは他の本、医原病などでも書かれている。病気の半分以上は医猟産業が作り出しているマッチポンプビジネスだ)

●内視鏡で細菌感染

・8・がん検診を拒否せよ
その調査でわかったもう一つ重大なことは、感染の危険です。内視鏡検査を担当する医師がB型肝炎やC型肝炎に感染する事故が、六十八件生じていたのです。
おそらく医師が素手で器具を操作したために、器具に付着した血液のなかにあった肝炎ウイルスが、手指の皮膚についていた傷から体内にもぐりこんだものと思われます。そうだとすると、検査をうけた患者のがわも、肝炎に感染している可能性があります。ウイルスに感染していた人を検査したあと、内視鏡の消毒が不十分だと、内視鏡にウイルスが付着したままになっていて、次の人に感染してしまうわけです。
細菌の場合には、内視鏡で次の人に感染している証拠があります。ヘリコバクタi・ピロリという細菌がそれで、ピロリ菌が内視鏡検査で胃に持ちこまれる頻度は、○・ニパーセントないし○・八パーセント、ときには九・三パーセントにものぼることがあるといいます(「日経メディカル」九五年六月号五四頁)。胃の内視鏡検査をうけたあと、数日から一週間ほどして激烈な腹痛が生じた場合には、おそらくピロリ菌に感染したものでしょう。しかし感染しても、急性症状を起こさないこともあるようです。
細菌が次の人にうつるなら、ウイルスも当然うつります。胃や大腸の粘膜は皮膚よりずっと脆く、内視鏡を入れればなんらか傷がつきますから、内視鏡にウイルスが残っていた場合、感染は必至です。その調査では、ウイルスに感染した患者数を調べていませんが、実際に肝炎をうつされた人は無数にいるはずです。ただ肝炎はありふれているので、感染原因不明として処理されているのでしょう。
肝炎のなにが問題かというと、将来、慢性肝炎から肝硬変になり、そして肝がんになることが考えられるからです。がんを見つけて治そうという検診で、がんが生じるのは皮肉です。
発がんといえば、ピロリ菌も問題になります。ピロリ菌は、慢性胃炎や胃かいようの原因になるといわれていますが、どうやら、胃がんの原因にもなるようなのです(「いき8ご三四五巻一五二五頁、九五年)。さらには、胃にできるある種の悪性リンパ腫も、ピロリ菌を原因としているのかもしれません(同一五九一頁)。ピロリ菌による発がん理論は、まだ研究途上なので、一〇〇パーセント確実とはいえません。
しかし、かなりの証拠が蓄積されており、検診でがん死が減るという説と比べれば、ずっと確実なセオリーといえます。
日本人のピロリ菌感染率をみると、加齢とともになだらかに上昇しています。そのうえ、三十代では四割前後なのに、四十代から急に七割台へと跳ね上がっています(「日医雑誌」=三巻三二七頁、九五年)。ピロリ菌は口から持ちこまれるので、この感染率の急騰には、戦後の劣悪な衛生環境が原因しているといわれています。
しかし既述のように、内視鏡検査がピロリ菌感染の原因になる場合があることも間違いありません。内視鏡検査は一般に、三十代以降からうけだしますから、四十代から感染率が急騰しているのは、内視鏡検査の影響もあるのでしょう。
ウイルスや細菌の感染は、十分な消毒をすれば、理論的にはゼロにすることが可能です。しかし、忙しい医療の現場で、消毒が徹底される保証は今後もありません。
したがって検査をうける人は、感染と発がんの危険を覚悟しておくべきです。将来は、エイズウイルスの危険も考えねばならないでしょう。
このように不利益だらけの一方、死亡を減らす証拠がない検診を、どうして専門家たちは死守しようとするのでしょうか。その理由は歴然としているように思われます。自分たちの生活です。
がん検診は、いまやおおぜいの人たちの生活を支えています。病院は検査の部分で稼ぐだけではなく、発見したがんを治療するところで二重に稼ぐことができますから、いまやがん検診は病院の大きな収入源になっています。
人間ドックや職場健診も、がん検診に意味がないとなれば、受診者ががた減りします。がん検診を統計的に解析する学者も、検診の無効が明らかになれば、研究対象がなくなってしまい、研究費を打ち切られる立場にいます。
行政も、保健婦や技師たちをかかえていますし、検診専門の施設をつくってしまった自治体もあります。ことに厚生省は、老人保健法という法律をつくって、がん検診をそのなかに書きこんでしまいましたから、検診の無効を認めたら、法律作成に携わった先輩たちの非を認めることになるわけです。
こういう構造がある場合、だれが自分たちの不利益になることを言いだすものでしょうか。みなさんはここでも、専門家に頼らずに、自分のあたまで判断する必要があるわけです。

●早期発見理論のまやかし

医師の言うがんには「本物のがん」と「がんもどき」がある。「本物のがん」なら早期発見以前に転移している

前章ではどの臓器でも、がん検診が有効という証拠がないこと、つまりがんを早期発見して治療しても死亡が減らなかったことを紹介しました。それを読んだみなさんは、超鋭敏な検査法を使えば検診が有効になるのではないか、という疑問をもたれたことでしょう。
しかし、超鋭敏な新方法についての実証的な試験は存在しません。そこで、その疑問に答えるために、また、がんに対する理解を深めるために、がんの性質を検討してみましょう。
がんの基本的な性質は、三つ考えられます。ひとつは、放っておけば人のいのちを奪う、です。
そのためにはがん細胞は、一個が二個、二個が四個という二分裂のネズミ算を繰り返して数を増やし、がんの病巣(原発病巣といいます)がどんどん増大しなければなりません。これががんの第二の性質ですが、じつは、どんどん増大しないがんがあるのです。「のんびりがん」とでも名づけられる病変がそれです。
四十四歳のN子さんは、乳房に小さなしこりがあることに気づきました。
しかし、なんだかんだで十二年が過ぎてしまい、わたしが診たときには、しこりは直径一・六センチほどになっていて、調べると乳がんでした。N子さんによれば、十二年前に病変は一センチ大で、それが一・六センチに増大したのですから、がん細胞の数は四倍になっています(細胞数は体積に比例します。
一・六の三乗11四・〇九六)。ということはネズミ算二回分で、それに十二年かかったのですから、一回のネズミ算に六年を要した計算になります。これでは、どんどん増大したとは到底いえないわけで、N子さんのがんは、のんびりがんといって差し支えないでしょう。
のんびりがんは一般に、がんの第一の性質(放っておけば人のいのちを奪う)も有しません。たとえば一・六センチのがんが、N子さんのいのちをおびやかす大きさになるには、ネズミ算をあと十回前後繰り返さなければなりませんが、それには六十年を要しますから、現在五十六歳のN子さんが乳がんで死亡することはありえないわけです。
なお、一回のネズミ算に六年を要するとすると、がんがどうして一センチの大きさになりえたのか、という疑問が生じます。がんが一センチになるまでに三十回のネズミ算を要するので、最初のがん細胞は百八十年前というN子さんが生まれる前に発生したことになってしまうからです。
しかしこのことは、がん細胞の分裂は最初のうち速く、途中からスピードダウンした、と考えれば説明できます。顔や手足にできる良性のほくろでも、五ミリあるいは一センチという大きさになると、なかなかそれ以上大きくならないものですが、最初のうち分裂はやはり速かったからこそ、その大きさになることができたわけで、途中からスピードダウンしたと考えなければ説明できません。胃や大腸にみられるポリープという良性の隆起性の病変でも、ほくろと同じことがいえます。
このように、細胞の急速な分裂とそれに引き続くスピードダウンは、タチの良い病変に共通する性質と考えてよいようで、のんびりがんはその性質をまだ放棄していない、ということなのでしょう。
潜伏がんというものがあります。なにかの病気で死亡した人を解剖したときに初めて発見されるがんがそれです。その発見頻度は、甲状腺では一〇パーセント、前立腺では四〇パーセントにものぼります。ということは現在生きている人も、熟年に達していれば、それと同じ頻度で潜伏がんをかかえていることになります。
ところが、実際に甲状腺がんで死ぬ人は、国民総死亡数の○・一パーセント、前立腺がんは男性総死亡数の一パーセントにも及びません。
したがって潜伏がんのほとんどすべてが、分裂途中でスピードダウンしたのんびりがんであるようです。潜伏がんは胃、大腸、肺、子宮など、どの臓器にも存在していますから、検診で見つけだされているのは、このような潜伏がんないしのんびりがんではないでしょうか。

●T子さんの乳がん

四十七歳のT子さんは、一九九二年の一月に、検診で一センチ大の乳がんを発見され、治療をうけました。乳がんでもニセンチまでを早期がんといいますから、一センチといえば極小サイズで、治る確率はかぎりなく一〇〇パーセントに近いものでした。しかし九四年の八月、四センチ大の肝臓転移が発見されました。T子さんは自分の意思で、とうぶん転移を治療しないことに決めたので、転移が増大していくところを観察できることになりました。そこから、転移が成立した時期を推定することができます。
T子さんの肝臓転移は、腫瘍マーカー(がんの存在ないし大きさの指標になる物質)の一種であるCEA(シーイーエー)を産生し、血中に放出しています。期間をおいて血液検査をすると、CEA値は五カ月ごとに二倍、四倍となっていったことから、がん細胞の分裂には五カ月かかると推定されました。肝臓転移の大きさを超音波検査などで観察した結果も、この推定と矛盾しません(なおT子さんの場合、スピードダウン現象は観察されませんでした。
転移するようながんでは、スピードダウンをなかなか期待できないようです)。
つぎに、一個のがん細胞の大きさは○・〇一ミリ程度ですから、一個のがん細胞が四センチ大になるまでに、分裂を三十六回繰り返している計算になります。そしてT子さんのがん細胞は、一回の分裂に五カ月を要しますから、肝臓転移が成立した時期は九四年八月の百八十カ月前(五×三+六11百八十)、すなわち七九年八月、という計算になります。

このように考えていくと、原発病巣のもととなった最初のがん細胞がいつ発生したかも計算できます。原発病巣が一センチ大になるまでには、がん細胞は分裂を三十回繰り返していたはずですから、最初のがん細胞が発生したのは九二年一月の百五十カ月前、つまり七九年七月となります。そうすると、がん細胞が乳房のなかに発生した翌月には、もう肝臓に転移していたことになるわけです。
T子さんのように、他の臓器に転移しているがんを、さしあたり「本物のがん」と呼びましょう。じつは本物のがんのほとんどは、T子さんのように、原発病巣が早期発見できる大きさになるずっと以前に転移している、と考えられます。
そういう根拠はまず第一に、どの臓器のがんでも原発病巣を治療した一~二年のうちに転移が明らかになることが多いことがあげられます。転移も、発見される大きさになるには、分裂を三十回以上も繰り返さなければなりませんから、かりに一回の分裂期間を短めに一カ月と仮定しても、三十カ月以上を要するわけで、原発病巣発見時のずっと以前に転移が成立していた証拠になります。
第二の根拠は、実際の観察デ…タにあります。たとえば草間悟・東京大学第一外科教授(当時)は、T子さんのように原発病巣や転移が増大していくところを観察しえた六十六人の乳がん患者について、転移成立時期を計算し報告しています(「癌の臨床」二七巻七九三頁、八一年)。その論文には、原発病巣の大きさであらわした転移成立時期を横軸に、各時期に転移した患者数を縦軸にとったグラフがのっています。グラフの曲線は、原発病巣が○・一ミリ大のあたりにピークをもっていて、ほとんどの患者で原発病巣が一ミリ以下の時期に転移が成立しています。
つまりこの実測データからは、原発病巣が一センチという早期発見可能な大きさになる以前に、転移が成立していることになるわけです。
第三の根拠は、転移のメカニズムのなかにあります。前述のメカニズムからは、転移能力をもたない細胞が何十億個そろおうが、転移が成立しないことがわかります。他方、転移能力を獲得していれば、がん細胞が生まれた最初の時点から転移が可能なはずで、T子さんの場合、がん発生の翌月に転移した計算になったことも不思議ではありません。原発病巣が○・一ミリ大付近に転移のピークがあったことも、病巣が○・一ミリになれば千個からのがん細胞がそろうのですから、転移するための数に不足がなくなったことを示すものでしょう。
要するに、これまでの転移成立時期に関する考えかたには、大きな誤りがあるのです。従来がんは、早期発見可能な大きさを超えてから転移する、いいかえれば早期がんから進行がんにいたるあいだに転移する、と考えられましたが、それは実証されていなかったのです。それどころか、種々の観察結果や考察はすべて、がんが早期発見可能な大きさになる前に転移が生じ、それ以後には生じないことを示しています。
もっとも、早期発見可能な大きさになったあと初めて転移することは絶対ない、とは言い切れません。その可能性を認めることが、科学的な態度であると思います。ただこれまでいくら研究しても、その可能性を現実のものとして立証できなかったわけで、転移していない早期がんを放置しておくと、そのすべてないし殆んどに将来転移が生じると考えるとこれまでの早期発見理論に無理ないし誤りがあることはいまや明白です。
がんは早期発見可能な大きさを超えたあと初めて転移するのではない、という命題は、がんの本質からも裏づけられます。がんの本質については次章で解説しますが、簡単にいえば、細胞の遺伝子についた傷です。正常細胞の特定の遺伝子に特定の傷がついた場合にがん細胞になるわけで、転移に必要な特殊な酵素をだすなどの能力も、特定の遺伝子に特定の傷がついた場合に獲得されます。
これらの傷は遺伝子ごと、子孫の細胞にそっくりそのままのかたちで受け継がれていくのが原則ですから、早期発見可能な大きさになるまで転移が成立していなかった場合、それ以降ももう転移しないと考えられるわけです。なぜならば一センチのがんでも、すでに三十回ものネズミ算を繰り返し、細胞の数は十億にもなっているので、その時点まで転移できなかったことは、特定の遺伝子に特定の傷をつけることができなかった証拠になるからです。

●がんと「がんもどき」

転移していない原発病巣を、とりあえず、「がんもどき」と命名しましょう。がんもどきはがんに似て、がんにあらざる病変です。みたところ本物のがんにそっくりで、見分けがつきませんが、性格は本物のがんとは決定的に異なり、転移していませんし、先の検討からは、放っておいても将来転移しないわけです。
したがって、転移のない早期がんはがんもどきですし、前述の潜伏がんやのんびりがんの多くも転移がないので、がんもどきと考えられます。がんもどきは、のんびりがんや早期がんのかたちで存在するばかりではありません。スピードがんや進行がんのかたちでも存在し、周囲の組織に浸潤していても、転移がなければがんもどきです。
がんもどきの存在に、むかしから気づいていた学者がいます。マッキノンというカナダの統計学者がそれで、彼はがんのなかに性格の異なる二種類のものが含まれていることに気づきました。
彼の論文(「Oき巴ζと」七三巻六一四頁、五五年)の主旨を紹介しましょう。
グラフー(次頁)は一九二〇年代から五〇年代にかけての、アメリカ各州における乳がん死亡数の推移を示したものです。この種の統計にありがちな曲線の細かなデコボコにとらわれず大きな傾向をみると、どの州でもどの年齢層でも、人口十万人あたりの乳がん死亡数(以下、死亡率と略す)は一定レベルで推移しています。論文にはカナダ諸州、イギリス、デンマークのグラフものっていますが、二〇年代から五〇年代まで一貫して、乳がん死亡率は一定でした。
乳がん死亡率が一定であった事実から、その期間、本物のがんの発生頻度が一定であったことがわかります。なぜならば、乳がんは抗がん剤が有効な、まれな種類のがんですが、抗がん剤が不存在のその時代にあっては、転移があれば手術しても必ず死亡していたはずだからです。
つまり乳がんで死亡した人数、イコール、転移していた患者数、イコール、本物のがんの数、と考えられるわけです。
乳がん死亡率が一定であったことは、早期発見理論からは説明がつかない現象です。というのも、それらの国や州のなかには、二十世紀のはじめから乳がん早期発見に取り組んだところがあるからです。その結果、全乳がん中に占める小さな乳がんの割合が一六パーセントの地域がある
・g5早期発見理論のまやかし
〈グラフ1>アメリカ各州における乳がん死亡数の推移(女性10万人あたり)
死亡数300zoo100 マサチューセッッ〔= ニューヨークー コネチカット醜 ミネソタ沸 ミズ軸リ!年齢馴くヘハ侃70以上
80 『 =
goo80so == へ 甑 弥 へ八/⊇一 60-69
goo =
806040 一= 一 噺 噛 ≡>>N(卜=一 50-59

4030 ~ 舳 酒 =(ぜ〉一 40-49
19211952 1937'52 1937'52 1937'S2 1937'52
一方、五〇パーセントにもなっている地域もありましたから(「O碧巴ζと」前掲)、乳がん死亡率が低下した地域があってしかるべきなのですが、実際にはそうならなかったわけです。マッキノンは、それは早期発見理論に誤りがある証拠だとして、がんもどきという名称こそ使っていませんが、本物のがんと異なった性格の病変の存在を指摘したのです。
がんもどきの数が、どんどん増えている証拠もあります。グラフ2(一九七頁)に米国コネチカット州の一九五〇年代以降の統計を示しました。乳がん死亡率をみると、最近にいたるまで一定で推移しています(「NEJM」三二七巻三一九頁、九二年)。グラフーには、同州の一九三七年から五二年にかけての乳がん死亡率がのっていますが、それも一定です。したがって同州では八八年にいたるまで半世紀にわたって、本物のがんの発生率が不変だったことになります。
他方、もう一度グラフ2を見ると、乳がん発見数が激増しています。この激増した部分は、本物のがん以外の病変の数、すなわち、がんもどきの数と考えられるのです。もっとも理屈のうえでは、その間本物のがんが激増し、同時に治療法も劇的に改善されて治る率が上がり、それで死亡率が一定で推移した、との説明も考えられます。
しかし実際には前述のように、その間の治療法としては手術しかなかったのですから、もし本物のがんが激増していたなら死亡率も激増していたはずです。
つまり、その理屈では矛盾が生じるわけで、死亡率が一定だったことを説明できません。
ところでグラフ2を見ると、一九五〇年代において乳がんの半数しか死亡していません。
そこから、すでにその頃、発見された乳がんの半数ががんもどきだったことがわかります。また一九八○年代には、発見された乳がんのうち約四分の一だけが死亡していますが、そのことは乳がんの四分の三ががんもどきになっていたことを意味します。米国ではすこし前まで、女性の一生を追うと十一人に一人は乳がんにかかる、といわれていました。それがいつの間にか、八人に一人といわれるようになり、米国女性は現在パニック状態にあります。しかし、乳がんの増加はがんもどきの増加で説明できるのですから、なんとも中身のないパニックのようです。
なぜ、がんと診断される病変のなかから、がんもどきを排除できないのか。その理由ははっきりしています。顕微鏡診断という、がんの確定診断の方法に限界があるからです。
つまり顕微鏡では、超微細な遺伝子を観察できず、転移能力の有無も判定できません。それゆえ細胞が一定の顔つきをしていれば、転移能力がある細胞もない細胞も、みんな「がん」と診断する「きまり」
があるからです。しかし、それは医師仲間のあいだの「約束」であって、科学ではありません。
この意味で今一番問題なのが、いわゆる非浸潤がんの診断でしょう。非浸潤がんというのは、正常細胞群のまわりを取りかこむ基底膜を超えていないがんのことで、上皮内がん、粘膜内がんなどと呼ばれるものも同類です。どの臓器でも、切
・g7早期発見理論のまやかし
<グラフ2>
米国コネチカット州における乳がん発見数と死亡数の推移(女性10万人あたり)▲八!
乳がん発見数

㎜人80604020
88年
80
70
60
50
0十一1940
除すれば一〇〇パーセント治りますが、それは転移が存在しないからで、かりに転移があった場合には、浸潤部分が見落とされていたことを意味します。非浸潤がんは転移が存在しないのですから、すべてががんもどき、ということになります。それなのに、非浸潤「がん」、上皮内「がん」、粘膜内「がん」などと診断されているわけです。
早期胃がん発見の歴史を調べてみると、その原因がわかります。じつは胃の早期がんとか粘膜内がんという概念は、日本で発達したのですが、その発端は一九五〇年代になって胃のレントゲン撮影の研究が進み、それまで見たこともない小さな病変が発見されるようになったことにありました。それらは粘膜のなかにとどまっているので、病理医は最初、がんとは診断しませんでした。しかしやがて、内科医や外科医の熱意に負けて(?)、細胞の顔つきを根拠に、早期がんとか粘膜内がんと診断するようになったのです(「胃と腸」二八巻三号一四七頁、九三年)。
その時点では、粘膜内にとどまっている病変を放っておくと浸潤・増大して進行がんになるとか、転移が生じるというデータは何もなかったのですから、放っておいたら浸潤・増大・転移するのではないかという推測が、がんと診断する唯一の根拠だったわけです。
そんなあやふやな状態であったのに外科医たちは、粘膜内がんを見つけ次第、胃を切除するようになったのです。同じ歴史が、乳房、大腸、子宮、肺、甲状腺、前立腺など、あらゆる臓器で繰り返されてきました。
日本では、大腸がんや乳がんの非浸潤がんの診断に、ことに問題があります。非浸潤がんと診断する基準に、病理医によるバラツキがあるのです。その原因は、この顔つきなら将来浸潤・増大・転移するのではないかという推測の程度が、病理医によって異なるからです。その結果、ある病理医が良性病変と診断するものを、他の病理医は非浸潤がんと診断しているのが現状で、ふつうなら無罪放免になる患者が、あたった病理医によっては、人工肛門にされたり乳房を切除されたりしています。
しかしそもそも浸潤していないのは、がん細胞に基底膜を超える能力がなく、まして転移能力がない証拠といえますから、非浸潤がんは全部が良性と考えていいわけです。それなのに診断基準にバラツキがあったり、非浸潤がんと診断された患者の臓器が切除されている現状は、容認できるものではありません。
日本の病理医の世界には、診断基準のバラツキ以外にも、さまざまな問題があります。その一番のものは、明白な誤診が多いことです。それは病理医の能力ないしトレーニングにかかわることで、特定の診断基準にもとついて診断しようとした場合に、正しい診断に到達できない病理医が多々いるのです。
わたしは以前「文藝春秋」に、日本で乳がんと診断されている患者の十人に一人は、じつは良性病変なのに誤診され乳房切除をうけているようだ、と書きました(九二年九月号)。それが本当なら、年間二千人以上が良性なのに乳房を失っていることになりますから、オーバーな推定と感じた読者もいることでしょう。しかしその文章が「文藝春秋」にのったあと、乳がん診断に熟練した病理医たちからは、おおむね賛同をいただきました。なかには、その推定より「もっと多いんじゃないか」、と語った病理医もいたほどです。
明白な誤診さえ多々ある現状からは、迅速診断も危険です。迅速診断というのは、手術中に組織の一部をとって手術する手をやすめ、急いで標本を作成して顕微鏡でみて診断し、手術を再開する方法です。便利ではありますが、急いでつくるために標本の質が劣り、すぐれた病理医でも誤診することがあるのです。したがって、能力が劣っている病理医が迅速診断を担当している場合には、誤診の危険は飛躍的に高まります。迅速診断を偏重して、臓器を残すか取るかという判断の決め手にして手術している病院が多いので、患者は心すべきです。

●便利な検査法の盲点

がんもどきの存在に気づくと、前章で紹介した検診のくじ引き試験で死亡数に差がでなかった事実の説明がつきます。たとえばマルメ乳がん試験では、放置群の乳がん死亡数は六十六人なのに対し、検診群では六十三人と変わりありませんでしたが、乳がん発見数は四百四十七人対五百八十八人と、百人以上も増えていたのです。メイヨー肺がん試験でも、肺がん死亡数は、放置群が百十五人に対し、検診群では百二十二人と、変わりありませんでしたが、肺がん発見数は、百六十人対二百六人と、検診群で四十六人も増えていました。
このような発見数の増加は、鋭敏な検査法により小さな病変の発見数が増えたことによるもので、増加分はがんもどきであったと考えられます。したがって、がんもどきを発見されて手術されて臓器を失った人たちは損をしました。また、がんもどきのことを知ると、一九九五年六月に天皇が検診で、良性の大腸ポリープを発見されて切除をうけたことの意味もわかります。
天皇のポリープは、検査段階から良性のものだろうと考えられていました。それでも切除されたのは、ひとつには低い確率ながら、がんの場合があるからです。
しかし、かりにがんであった場合、それは「本物」か「もどき」のどちらかに分類されますが、本物のがんなら転移があるので発見しても仕方がないし、もどきなら放っておいても大丈夫なわけで、発見・切除に意味はなかったことになります。
天皇のポリープが切除された第二の理由は、良性のポリープでも放っておくとがん化する場合がある、と主張する専門家がいるからです。しかし人が老齢期にいたれば、大腸ポリープの一つや二つは誰にでもあるのです。誰にでもあるのなら、それは老化現象といえるわけで、放っておいていい証拠といえます。
そして前章で述べたように、大腸レントゲン撮影や内視鏡検査には大きな不利益や害があるのですから、ポリープを発見するために大腸を検査するのは無駄、というより有害です。そのうえ最近では、ポリープがん化説自体に重大な疑問が投げかけられています。
つまり大腸がんは平坦な正常粘膜面に発生し、いきなり増大してくる、それゆえポリープの発見・切除は無意味、と考えられるようになってきたのです。
この点、天皇の担当医である武藤徹一郎・東京大学第一外科教授は、大腸ポリープがん化説の旗がしらですから(長廻紘編『早期大腸がん』医学書院、参照)、そのことが天皇のポリープ切除の決定を左右したのかもしれません。なおがんもどき概念からは、平坦ながんの発見・切除にも意味がないことになります。
ところで検査法が鋭敏になればなるほど、より小さな病変が発見されますから、がんもどきがますます増えて、検診はますます無意味になります。この観点からは、ヘリカルCTという最新鋭のレントゲン撮影装置を肺がん検診に導入すること、大便の潜血検査の感度をあげる試み、いきなり内視鏡を胃や大腸に突っこむこと、超音波による甲状腺、前立腺、腎、膵の検診など、超鋭敏な検査の導入はいずれも容認できません。マンモグラフィにしてもこれを導入すれば、いずれ米国のように乳がん(がんもどき)発見数が増えて、中身のない社会的パニックが生じることは目にみえています。そしてパニックによってマンモグラフィをうける女性の数がさらに増え、がんもどきの発見数がますます増える、という悪循環は必定です。
また、便利だとか簡単だという検査法ほど、多くの人びとが飛びつきますから、より多くのがんもどきが見つけられてしまうことになります。この意味で、胃がんの手がかりを得るための血液中のペプシノゲンの測定、潜血検査のための大便郵送事業、乳がん発見のために乳首に貼りつけるシール、前立腺がん発見のための血液検査なども容認できません。ここでは特に、前立腺がんの血液検査について解説しましょう。
最近、病医院や人間ドックなどで、PSA(ピーエスエー)という血液中の腫瘍マーカーの値を調べることが流行っています。PSA値が高かった場合には、前立腺を調べると、がんが高い率で発見されます。しかし前立腺でも、がんは「もどき」か「本物」かのどちらかですから、それを見つけだす意味はありません。実際にもPSA先進国の米国では、前立腺がんの発見数が急増し、前立腺切除手術の数は四倍にもなりましたが、前立腺がんによる死亡数は減っていません(「ピ雪8ご三四三巻二五一頁、九四年)。
その一方、手術の合併症・後遺症は甚大です。米国では六十歳以上の男性が前立腺切除手術をうけた場合、インポテンツの発生率が六五パーセント、尿失禁の率が八パーセントといいます(「メディカル・トリビューン」九四年十一月+七日号)。別の研究では七十五歳以上では、ニパーセントが手術後三十日以内に死亡しています(「JAMA」二六九巻二六三三頁、九四年)。
それら前立腺ごと切除できる大きさのがんのほとんどは、がんもどきであったに相違ありませんから、放っておいても死なないわけで、手術で死んだのは犬死、インポになったのは丸損です。
日本では泌尿器科医のトレーニング内容に問題があるので、日本で手術をうけたらもっとひどいことになるでしょう。
しかし、がんへの恐怖が根づよくあるので、PSA高値をきっかけにして前立腺がんを発見されてしまえば、みなさんが手術を拒否できるとは思えません。そうだとすると、PSAを測定しないで暮らすことが解決策として浮上します。ところが、病医院や人間ドックなどでの健康診断に際し、医師がPSAの測定を指示していても受診者にはわからないわけで、PSA高値が発覚して蟻地獄におちるおそれがあります。
したがって究極の解決策は、血液検査をふくむ健康診断に近寄らないことしかありません。そもそも健康診断を毎年うけていても、みなさんの寿命が延びる証拠も証明もないのですから、PSAによる蟻地獄を考えただけでも、健康診断を拒否して生きるのが賢明です。
なお日本では前立腺の検診用に、世界に例がない専用の検診車をつくって、ドルフィン号(イルカ号)などと命名して使っています。
しかしこれまでの考察からは、その名にちなんで海に沈めてしまわないと危険なことがおわかりでしょう。

●早期がんと進行がん

2・3早期発見理論のまやかし
どうしてこれまで早期発見理論が疑われなかったのか。それには、そうなる必然もあったと思います。というのは、がんと診断された人たちが全員死んでいく時代が長く続きましたから、がんと診断されたものは全て本物のがんだ、という先入観念がまずありました。そして前述のTすさんのように、わずか一センチの病変なのに転移が生じる事態に遭遇すると、早期がんもすべて本物のがんだ、放っておけばすべてが転移する、と思いこんでしまったようです。
T子さんのような場合は例外で、早期がんのほとんどは分裂速度がダウンしているため、小さなままにとどまり、それで検診で小さい病変として発見される、ということに思いがいたらなかったのです。
がんの本質や転移のメカニズムについて知識がなかった時代には、顕微鏡で同じ顔つきにみえる病変が、まったく違った性格をもつことに気がつかなかったとしても、それは仕方なかったことでしょう。ともかくもその結果、早期がんと診断されるとすべて手術されるようになりましたから、早期がんを放っておいたらどうなるかが体系的に検証されないままに終り、早期発見理論の矛盾や誤りにますます気づきにくくなってしまったわけです。
しかし今や一般の医師たちも、早期発見理論の矛盾や誤りに気づいてきています。現にある心臓外科医からは、「検診で発見された早期胃がんの患者が断固手術を拒否して何年も経過観察をしていたら、いつまでも早期胃がんのままであったという話は時に聞きますが、経過観察中に進行がんに進展したという話は聞きません」、というお手紙をいただきました。
この意味で問題になるのは、がんの専門家といわれる医師たちの態度です。がんもどき概念を指摘した前出のマッキノンはそれ以前にも、超一流の医学雑誌に同趣旨の論文を発表しています(「Uき8ご一巻二五一頁、五四年)。
したがってそれ以降、専門家たちは早期発見理論から生じる矛盾や誤りについて承知していたはずです。それなのに、みなさんが矛盾や誤りを知ることがなかったのは、専門家たちの態度に問題があったからではないでしょうか。あるエピソードを紹介しましょう。
がんの転移成立時期を研究した前出の草間氏は、同じ論文に転移成立時期の概念図ものせています。その図をみると、原発病巣○・一ミリ大のところにある前述のピークのほかに、第二のピークが加わっています。それは、原発病巣が一センチ大のあたりから転移の成立が始まり、三センチ大のあたりにピークがある曲線です。つまり実測データから得られたグラフは、ひとこぶラクダの背のような曲線であるのに対し、概念図はふたこぶラクダの背のようになっているわけです(「癌の臨床」前掲)。
しかし実測グラフは、草間氏が米国に留学していたときに病院に保管されていたカルテを閲覧して得たデータにもとついています。つまり対象となった患者は、早期がんがめずらしかった時代の、乳房が大きな米国女性たちですから、原発病巣は三センチとか五センチという進行がんになってから発見されていたはずです。
したがって、かりに早期がんが進行がんにいたるあいだに転移が成立するものならば、実測データでも、原発病巣が早期発見可能な大きさ(約一センチ)を超えたあたりに転移のピークが認められたはずなのです。しかし実測データでは、○・一ミリ大のところのピークしかみられず、それゆえ、ひとこぶラクダの背のようになりました。
それなのに草間氏は、観察できなかった第二のピークを想定して、こていねいに概念図まで描いて発表してしまったわけです。そもそも転移は物理的化学的作用の結果生じますから(一八九頁参照)、転移時期の分布は正規分布というひとこぶラクダの背のかたちをとるのが自然なのです。そのことも、草間氏は失念してしまったようです。
それ以上に奇妙なことは、これまで誰も、この概念図の間違いを指摘してこなかった事実です。
じつはその論文の内容は、第十八回日本癌治療学会総会の席上で、会長講演として草間氏が発表したものです。また、論文がのった「癌の臨床」は、専門家たちの愛読する医学雑誌ですから、がんの専門家の多くが、その概念図に接していたわけです。それなのに、これまで誰ひとりとして間違いを指摘してこなかったのは、非常に不思議な出来事といえます。

●早期発見理論の誤り

そうなった原因としては、ふたつ考えられます。ひとつには、間違いに気づいていたが指摘できなかったのかもしれません。この点、第二のピークの存在の否定は、即、早期発見理論の否定を意味します。そして早期発見理論が否定されれば、現行のがん診療システムは根本から崩壊し、多くの人たちが職を失います。職を失うのは、患者を診る臨床医ばかりではありません。転移のメカニズムを研究している専門家にしても、早期発見可能な大きさになる以前に転移が成立しているなら、研究しても診療上の実益が少ないのですから、研究費を打ち切られる可能性があるわけです。それゆえ、転移成立時期の問題は、専門家にとって重大なタブーになっているのです。
東大教授である草間氏は、癌治療学会の会長というがん診療システムのトップにのぼりつめ、ある意味で医師としての位人臣をきわめた方ですが、その氏にしても間違いに気づいて第二のピークを否定したら、村八分にされるおそれがありました。それゆえ、概念図の間違いに気づいた専門家がいたとしても、とても口にはだせなかったはずです。
ふたつ目には、誰もが早期発見理論を信じこんでいた可能性があります。前述の会長講演を聞いていた専門家たちは、原発病巣が一ミリ以下のときに転移が生じている実測グラフをみせられてドッキリしたでしょうが、つぎに第二のピークが加えられた概念図がでてくると、そうだその通り、などと内心で叫んで、妙に納得し安堵したのではないでしょうか。それもこれも、早期発見理論を信じていればこそです。
しかし今や、早期発見理論の矛盾ないし誤りは白日のもとにさらされています。それでも早期発見理論と職に固執する専門家たちは科学を離れ、どうかこれからでも転移してください、と早期がんに願をかけているようです。

(編注 次は連載の文藝春秋に載ったときのよくある質問に答えている。素人が思う盲点について説明している)

【追補】
「文藝春秋」に連載中、読者の方々から多大な反響が寄せられましたが、がん検診や早期発見理論の誤りを指摘した部分に対しては、疑問の声もありました。
それは、ある意味で当然です。みなさんはこれまで、早期発見すれば助かる、したがってがん検診は正しい、と信じてきたのですから、急に百八十度違うことを言われたら、だれでも戸惑ってしまうでしょう。しかし戸惑いというのは、新しい理論が正しいかもしれないとは思いつつも、それに対する疑問が解消しきれないために生じる感情かもしれません。そこで、疑問解消の一助とするために、反響のなかから、本文中では答えきれていないかもしれない疑問を選んで回答しましょう。

★知人には早期発見の恩恵をこうむったと思われる人が何人もいます。その人たちは何の処置もせず、今の元気を保てたのでしょうか。

これはありがちな疑問です。がん検診で発見された早期胃がんを例にとって、場合をわけて考えてみましょう。
まず、早期胃がんと思っていたのが本物のがんであった場合、どこかに転移がひそんでいますから、胃袋を切除しても転移は育って、いずれいのちを落とします。他方、その胃がんが放置された場合を考えてみると、増大して、いずれ進行がんといわれる大きさになります。
そうなると、胃の閉塞症状や出血などを起こしてくるでしょうから、検査をうけることになり、胃がんが発見されるはずです。そしてその時点で胃袋を切除しても、他に存在する転移のために、いずれいのちを落とします。つまり、死亡する時期は、早期発見しても、放置しても同じことになります。異なるのは、胃袋なしで生活しなければならない期間の長さです。
早期発見すると、胃袋を失う時期が早くなり、日常動作が苦しい期間が長くなってしまいます。
つぎに、早期胃がんと思っていたのが、転移がない「がんもどき」であった場合です。この場合、放置しておいても絶対に転移しないと断定できないこと、しかしこれまでの研究で、放置した場合に転移するという証拠もないこと、他の臓器のがんのくじ引き試験の結果やがんの本質・性質からは、放置しても転移しないと考えるほうが合理的であることを既述しました。したがって総合してみると、早期発見の恩恵をこうむったと思われる人たちは、早期発見しなくても今以上の元気を保てたと考えられるのです。
ただそれは、がんもどきを放置しておいても処置が一切必要とならない、ということではありません。がんもどきでも、なかに増大するものがあるからです。その代表が転移のない進行がんです。進行がんは、早期がんの大きさを経てさらに育ったからこそ、進行がんといわれる大きさになったわけです。しかし、その大きさになっても転移がない人は助かるわけで、転移がなくて助かること自体が、がんもどきである紛れもない証拠となっています。
つまり、進行がんなのに転移がなくて助かると、ああ運がよかった、でおしまいにしてしまうのではなく、その大きさになるまで転移しなかったのは、細胞に転移能力がない証拠ではないか、と考えてみる必要があるわけです。
いずれにしても、進行がんともなれば胃の閉塞症状や出血などを起こしてくるでしょうから、検査によって胃がんが発見されるはずで、そのときに胃袋を取るなどの処置をすれば、転移がないのですから手遅れにはなりません。したがってこの場合も、早期発見して早くに胃袋を取られてしまうより、胃袋をもったまま生活できる期間が長くなり、早期発見した場合よりも元気を保てることになるでしょう。
そして、がんもどきなら、症状を起こすまで増大するものはごく少数ですから、検診をうけなければ、臓器を失う人も、手術のために死亡したり合併症・後遺症で苦しむ人も少なくなると思われます。
★胃がん検診の受診率が高い地域では、低受診率の地域に比べて胃がん死亡が大幅に減っているが、それは検診有効の証拠ではないか。 なにを検診有効の根拠にできるかに関して、誤解があるようです。次章でも示すように、がんの発生に寄与する環境や生活習慣上の要因が多々あります。高受診率の地域と、低受診率の地域とで、それら要因の分布に偏りがあった場合には、検診と死亡率低下との間に因果関係があるといえなくなるわけです。
たとえば、高受診率の地域には、もともと胃がんにかかりにくい生活習慣をもつ人たちが集まっていたのかもしれませんし、あるいは検診勧奨をはじめとする地域保健活動が住民の健康意識を覚醒して、知らず知らずのうちに、がんが発生しにくい生活習慣に変えていたのかもしれません。
このようなことから、検診の有効性を証明するためには、くじ引き割り付け試験を行うしかないというのが、専門家たちの一致した結論なのです。そしてくじ引き割り付け試験は、肺がん、乳がん、大腸がんに関して行われ、本文で述べたように検診の無効性が明らかになりました。しかし、それらの臓器でも、高受診率の地域と低受診率の地域とを比べる、というような単純比較を行えば、いまでも検診を有効とするデータを容易に作り出すことができるはずなのです。

(編注 ガンは大きくならないことが多いという、がんもどき理論は仮説だと医者は反論してくるが、その逆のガンはどんどん大きくなる、早期発見、早期治療で助かるという理論も同じく仮説に過ぎない。証明されていないというのであれば、それは現代医療側の言っていることも同じく証明などされていない!それどころか、それを否定する根拠や事例は多数ある。医者は自分で確認せずに早野巫女だけが得意な『てっきり病』にかかっているから、てっきり、早期発見、早期治療のほうは証明されたと思っているのだ。)
★がんもどき理論は仮説にすぎないのではないか。 なるほど、この理論は仮説の段階にとどまるのかもしれません。
しかしそう言うなら、がん検診の基礎にある早期発見理論も同じことです。読者は、早期発見して早期治療すれば助からないものが助かるようになるという早期発見理論の正しさが、いまだ証明されていないことを、本文から理解されたことでしょう。それでは早期発見理論は、仮説としかいえません。
ここで数点指摘しておきましょう。まず、がんもどき理論と早期発見理論とは、片方が正しければ他方が間違っている、という両立しない二者択一の関係にあります。なぜならば、早期発見理論の中核は、転移がない(発見可能な大きさの)早期がんを放置しておけば転移が生じる、ということであるのに対し、がんもどき理論の中核は、転移がない(発見可能な大きさの)早期がんを放置しておいても転移は生じない、というものだからです。つまり転移は、将来生じるか生じないかのどちらかしかないわけで、その事実を基礎におくと、仮説も二つしか生まれないわけです(なお第三の可能性を考える方は、一九二頁参照)。
この点、たとえば恐竜がなぜ絶滅したかという原因に関しては、巨大阻石衝突説、気候変動説、種族老化説、ストレス説、ヨメ不足説など(「科学朝日」九三年六月号)、さまざまな仮説がたつのとは異なるのです。
第二点は、早期発見理論は仮説の段階にとどまるのに、がん検診システムという社会的なシステムを現実に構築して受診を勧め、がんを発見次第臓器を摘出することが許されるのか、という問題です。かりにも早期発見理論が間違っていたら、臓器は取られ損になってしまうということを、もっと真剣に考える必要があります。
最後に、もしがんもどき理論が間違っていて早期発見理論が正しい場合でも、それだけではがん検診は正当化されないことを指摘しておきましょう。
この点、かりに早期発見理論が正しくても、それはがん検診が有効になる可能性がある、という意味でしかなく、本当に有効かどうかは、実地に確かめなければなりません。そして、これまでがん検診の有効性を証明した研究や試験がない、というのが実際のところです。また、かりにがん検診の有効性が証明されたとしても、次に、総死亡の減少にどれほど寄与できるのかという効率の問題や、本文で説明したがん検診がもたらす不利益の問題を解決しなければ、がん検診を社会的システムにすることは許されないというべきです。

(編注 ガンの手遅れで死んだというよくある話は、実はガン治療こそが、あっという間に殺している本当の原因であることを説明している。
言葉尻は優しいが、その本質は殺人事件で殺されていることを説明している。また殺しても大丈夫なのように「ああ、手遅れだ。」と予防線を張るため、患者を逃がさないためににいっておくことが常套文句になっていることは船瀬俊介さんのガンで死んだら110番 愛する人は“殺された”などで説明している。手遅れだったのではなく、治療が殺したのである)
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